次話からは新章の始まりです。
第一部にチラッと出た金髪ドリル少女が出ます!
よかったね。やっと出番だよ。
忘れてないよ?
一之江とキャラ(主に体型)が被るから、とかそんな理由でアレ以降出番がなかった、とかそんな理由じゃないよ?
おや、なんか地面から青白い手が出てきたゾ?
2010年6月18日。夜坂学園校舎内廊下。
一之江と廊下を歩いていると、多くの生徒から注目を集めている視線を感じた。
無理もない。一之江は隣街の名門校、蒼青学園の制服を転入してきてからずっと身に付けているのだからな。
ごくごく平凡な生徒からしてみると、その制服だけでお嬢様イメージがついてしまうのだろう。
しかも、彼女は衣替えが終わっても同じ制服を着続けているのだからな。
以前、制服の事を聞いた時には『噂されやすくする為』などと言っていたが、俺達ロアは噂に左右されやすい存在なはずだ。
そんな噂に左右されやすい俺達ロアが噂をされやすくするメリットがあるのだろうか?
それとも、『
うーん、わからん。
一人で考えても解らなかったので、俺は階段の踊り場までくるとまずそれを尋ねてみることにした。
「なあ、前に制服の事を聞いた時に噂されやすくする為って言っていたが」
「はい? ああ、何故この学園の制服を着ないでわざわざ蒼青学園の制服を着続けているのか、という問いですか?」
「あの時にも疑問に思ったんだが、ロアの正体はバレた方がいいのか?」
ロアは噂に左右されやすい存在だが、その正体を明かしてしまってもいいのだろうか?
正体を明かしてしまったら他のロアに狙われやすくなるのではないか。そう考えると正体を無闇に明かすのは危険だが……。
逆に明かした方が噂になりやすくなる。
より強力な存在になるなら明かした方が物語としてより完成するのだからそっちの方がいいのだろうか?
どっちの可能性もある為、ロアの先輩の一之江に尋ねてみると。
一之江は……。
「ああ、いえ、噂される程度が丁度いいんです。バレてもいいっちゃいいんですが、私くらい有名だと他のロア狙われまくってしまうので。殺しまくるのも疲れますし」
さらりに物騒な事を呟いた。
「その辺りのシステムがいまいちまだ解らないんだよなあ」
「その手の説明担当はキリカさんなので、彼女の復活を心待ちにして下さい」
「うーむ……そうかぁ」
キリカが情報担当。一之江は戦闘担当みたいな役割りが二人の間に出来ているようで、キリカは優しく、例えば話を使っていろいろ話してくれたり、一之江は容赦なしで俺に戦闘訓練を課してくる。
ただし、ここ数日は一之江がどちらも担当していた。
一之江は基本面倒くさがり屋なので、こうして保留にすることが多いのだが。
「うーん……」
「そのうちイヤでも解りますよ」
不思議そうな顔をしていたからか、一之江は溜息交じりにそんな返事をしてきた。
俺も、いずれは自分の噂を広める行動をとらないといけないのだろうか。
自己プロデュース、みたいな事を。
極力目立つ行動はしたくないんだがな。
「聞きたいのはそのことでしたか?」
「いや、違うな。っていうか、こんな話題を堂々と人前でしていいのか?」
HR前とはいえ、廊下には学生がチラホラいるんだぞ?
「構いません。私達の話題に聞き耳を立てている人物がいたとしても、それがどんな話の内容かを理解できなければ話半分になりますから」
「へえ……そんなもんなんだな」
「そんなもんです。むしろ、たまに聞こえる会話というものの方が噂になりやすいので、こういう話題は理解されない範囲でバンバンした方がいいとも言えます」
「なるほどなぁ。噂を広めるのにも広めるテクニックとかがあるんだな」
「ええ。理解されない程度の会話でも、『アイツ、もしかして?』という認識をされれば私達ロアはより強くなりますから」
そんな会話をしていたその時だった。
俺達がいる階段の踊り場に向かって近寄ってくる聞きなれた奴の足音と声が聞こえた。
「いやあー、やっぱこう、凄いわけよ、間近で見ると!」
我がクラスの残念なイケメン。アラン・シアーズが友人と思わしき少年達と一緒に会話しながら、階段の下を通りかかった。
「やっぱ、鳴央ちゃんのあれはFカップはいってるとみたね! 姉妹揃ってデカイって、たまらんたらないだろおい!」
F?
なんのことだ?
気になった俺がアランに話しかけようとしようとした時、隣にいる一之江の様子がおかしいことに気づいた。
「
牛乳呪呪呪呪呪呪呪呪呪……」
「一之江が壊れた⁉︎」
リアル呪いの人形である一之江が呪いをかけようとする姿はなんというか、マジで恐ろしいな。
今の一之江を見たらきっとみんなこういうのだろう。
『牛乳を呪う女を見た!』と。
ああ、つまりはこうやって新たな都市伝説が誕生するんだな。
「って、感心してる場合じゃない、落ち着け一之江!」
「落ち着きましょう」
……あ、戻った。よかった。
「話が逸れましたがああして、六実鳴央の名前とFカップという噂は広まり、彼女イコールでかい胸、という認識が世の中に広がっていくというわけです」
そんな説明を淡々とする一之江も凄いが、そうかぁ、鳴央ちゃんはFカップもあるのか……俺的には要注意だな。ヒス的な意味で。
そしてなんとなく『噂のシステム』みたいなものも解ったような気がした。
「あ……モンジさんっ。おはようございます」
「うん? モンジじゃない。おはよ。なんでそんなトコでコソコソしてんの?」
噂をすればなんとやら。
その噂の人物である鳴央ちゃんと音央の六実姉妹が揃って階段を上ってきた。
アラン達とは違い、俺や一之江の姿にちゃんと気づく辺りやっぱり違うなー、なんて思ってしまう。
ちなみに鳴央ちゃんという人物こそ、先の事件で『神隠し』をやっていた少女で。
今は六実音央の双子の姉ということにして生活している。
清楚でお淑やかな黒髪の方が鳴央ちゃんで、強気で薄い茶色の髪をツインテールにしている方が音央だ。
「おはよう。っていうか、二人揃ってモンジっていうのはやめろ。俺には一文字疾風というれっきとした名前が……」
「え、ですが……音央ちゃんが、その方がモンジさんが喜ぶわよ、って……」
うっ。マズイ、血流が……。
はにかみながら、手を胸の前で合わせてもじもじするその姿に思わずドキッとしてしまう。
言葉の内容はさておき、彼女からは俺を喜ばせたいという想いが伝わってきた。
……そんな仕草とかをされたら見逃すしかないか。
「いいじゃない、モンジは所詮モンジなんだし。で、一之江さんと密談?」
鳴央ちゃんに吹き込んだ当の本人はこれだしな。
っていうか、所詮ってなんだよ。所詮って。
俺が一人心の中で抗議していると。
「ちょうど、鳴央さんの話をしていましたよ」
一之江がさらりと告げた。
「え。わ、私、ですか……?」
何故か鳴央ちゃんの頬はさっと朱色に染まり、俺をもじもじと上目遣いで見てくる。
うん? なんだ。
俺何かしたっけ?
「どうせエロい話でもしてたんでしょ?」
反して、じとー、という目で睨んでくる音央。
いやだから、俺何もしてないんだが。
全く同じ顔をしているのに、どうしてこうも印象が違うのだろうか。
元々は同じ人間だったというのが信じられないくらい、二人の個性は完璧に分かれていた。
「胸がFカップという話を」
「っ⁉︎ ど、どうしてそれを……⁉︎」
っ⁉︎。エ、Fカップだと⁉︎
白雪や中空知級……或いは二人よりもデカイのかもしれないな。
いや、白雪のバストサイズなんて知らないが。
「こら、鳴央。そこはちゃんと誤魔化さないと。ほら、モンジがエロい目でアンタの胸をじろじろー、って見ちゃってるわよ?」
「は、はぅっ」
音央の言葉に鳴央ちゃんは慌てて自分の胸を隠すように押さえたが。
そんな態度すら、大変奥ゆかしくてたまらなくなる、
特に
「ご馳走様です」
「拝まれましてもっ!」
高まっていた血流をなんとか抑えていた俺だが、彼女が胸を隠す仕草をしたことによりついに、俺の対ヒステリア堤防は決壊した。
思わず手を合わせる仕草をした俺に、鳴央ちゃんは困ったような表情をしながらもツッコミを入れてくれた。
うん、可愛いツッコミは華があっていいよね。
なんて馬鹿な事を考えていると。
「拝まれましてもっ」
グサッ。
「ぎゃあ⁉︎」
何気なく俺の背後に回った一之江が、俺の背中に何かを突き刺した。
「い、痛い⁉︎ 何を刺したんだ⁉︎」
「別に、何も」
ほら、と両手を開いて見せる一之江。
その手には確かに何もなかった。
一瞬で制服の中にしまったにしては、今の衝撃は大きかったが……っというか、俺は一之江の胸を拝んだりしていないんだが。
「だ、大丈夫ですか?」
心配してくれるのは鳴央ちゃんだけだ。
「あ、ああ、うん、大丈夫だよ」
「いつものことみたいよ」
「そうなんですか?」
音央の「いつものこと」というフォローも嬉しくないが、まあ中学時代からの付き合いだし、これくらいの痛さなら前世でも今世でも日常茶飯事だから、まあいいや。
「で、胸の話ですが」
「続くのかよ」
一之江が語り始めたので、俺は思わずツッコミを入れてしまった。
「せっかく、音央さんも鳴央さんも二人ともいますしね」
「うん? ……そっち系の話?」
一之江のその言葉に音央の顔つきも真面目なものになった。音央の隣に立つ鳴央ちゃんも姿勢を正して聞いている。
「気をつけないといけないのは、Fカップの噂話をされているのが、鳴央さんではなく、ここにいる音央さんだった場合です」
「あたし? まあ、それくらいよくされてるけど……」
よくされてるのか。
まあ、噂の中心人物になりやすいのは確かだな。目立つし、可愛いし、スタイルもいいし、雑誌のモデルもやってるし、生徒会副会長だし、と話題のネタは尽きないからな。
「例えば音央さんの胸が『Zカップだぜヒャッハー』とか広がったとします。世間的にもそれが認知されてしまうとしましょう」
「Zって。しかもヒャッハーって」
その表現はさすがにどうかと思うよ?
「それが世界に認められると、音央さんの胸はZカップに変貌してしまいます」
「「うっそ」」
驚きのあまり、俺と音央の声が重なってしまった。
「Zってどんなだよ」
メーヤや詩穂先輩より柔らかい胸というわけだよな。
……戦艦で例えるなら航空母艦とか、宇宙戦艦並みの大きさだよな?
ありえるのか、そんな胸を持つことが。
だとしたら一之江も噂されればゴムボ「ツーアウトです」……女性は胸じゃないよな!
うん、女性は胸じゃない。
だから背にチクチクする物騒なものを押し当てるのやめようか。一之江さん。
やっぱり一之江に胸の話題は鬼門のようだ。
「さて、ハゲは後で殺すとして。
Zカップを持つものは凄いことになります」
「凄いこと?」
「はい、それはもう、ボバーン、と凄いものに」
両手を広げてその大変さを無表情のまま、アピールする一之江。
言われた音央は顔をしかめている。
「音央ちゃんは……その……『ロア』だからなんです」
鳴央ちゃんが言い辛そうに言った。
長年『神隠し』としてロアの世界に身を置いていたせいか、『ロア』である音央よりも鳴央ちゃんの方がこういう事には詳しかったする。
「……そうなのね」
今の音央は元々存在しない人間だ。『
今でこそ別々の人間として存在しているが、それはキリカの魔術を使ったからであって。
俺達ハーフロアとは違い純粋な『ロア』なんだ。
だけど、元々一人の存在だけあって音央と鳴央。
その内面は似ているところが多い。
「純粋な『ロア』は人の噂として認識されてしまうと、その存在になってしまうのです」
そう言い放ち一之江は鋭い視線を音央に向ける。
彼女にしてみると、仲良くはしているが音央は『ロア』だ。
心を許せる存在ではない、と思っているのかもしれない。
「なるほど、ね」
多少青ざめながらも、音央は気丈一之江の視線を受け止めた。
「ですから、貴女が『悪の妖精・神隠しボインクィーン』とか呼ばれるようになったら、貴女はそういう恥ずかしい存在になってしまうのです」
「え、何それ恥ずかしい⁉︎」
何だよ神隠しボインクィーンって。
神隠しがボインでクィーンなんだろうが。
やたら恥ずかしい存在だな。
そんな事を思っていると、音央の隣にいる鳴央ちゃんまで便乗して深刻そうな顔で語り出した。
「悪の妖精神隠しボインクィーンは、妖精と人間を入れ替えて、人間界の全ての人々を妖精にしようと画策する恐怖の女王なんです……」
「え、鳴央⁉︎ あんたまで何言ってるの⁉︎」
「その悩殺バディから繰り出される、必殺『ボインバスター』により、数多くの勇者たちが殺されたのです……」
「やめて一之江さん! 必殺技が嫌すぎるんだけどっ!」
「俺も『ボインバスター』には勝てないな……」
「あんたも乗るな‼︎」
と、そんな事を考えていた俺の頭に音央のチョップが炸裂した。
「何で俺だけ⁉︎」
「あんたが一番ムカついたのよ」
何この理不尽さ⁉︎
男女差別反対だ。
だが、今の俺はヒステリアモード。
そんな理不尽な暴力を受けても許してしまう。
「悪かったよ。調子に乗りすぎた。
『ボインバスター』を使えなくても音央は音央だ。
俺は今の音央の方が好きだよ!」
「なっ⁉︎ ば、バカじゃないの⁉︎
バカ、バカのノーベル賞よ」
意味が解らん。
「ふふっ、すみません、モンジさん。
音央ちゃんは照れてるだけですから怒らないであげて下さいね?」
音央の隣にいた鳴央ちゃんが俺の頭を優しく撫でてくれた。
「ああ、大丈夫だよ。音央が素直じゃないのは昔から知ってるから」
鳴央ちゃんみたいな美少女が俺の頭を優しくナデナデしてくれている。
それだけで俺は幸福感に包まれていた。
「ふん。すぐに鼻の下伸ばして。まったくもう……」
「モンジは後でモグとして。「モグなよ⁉︎」と、まあ。そんな感じの存在になるかもしれないので気をつけて下さいね」
「そ、そりゃ気をつけるけど……今まであたしが普通に過ごしていたのは、もしかしてたまたまってことなの?」
「音央ちゃんの場合、雑誌モデルとかの時にスリーサイズが掲載されているからですね。
公式発表的なものがどこかにあれば、人はそれを真実と認識するんです」
「それじゃ、音央がいつだって理想なバディをしているのは、周りの人間から『そういう最高のスタイルをしている』と認識されているから……そんな可能性もあるってことか」
「そうなの? あたし、結構頑張って筋トレとかダイエットとかで体作ってるのに」
「そういう努力も広まれば、より確実ですね」
噂によって自分の体が左右されてしまう。
そんな恐怖を感じたのか音央は眉をひそめていた。
「音央ちゃん……」
そんな彼女の背に手を添えて鳴央ちゃんは励ましている。
「ん……大丈夫、ありがとう鳴央。別にそれくらい……なんてことないわ」
音央は下唇を噛み締めながら、前を睨んだ。
音央と鳴央ちゃん。
二人が『神隠し』として犠牲にしてきた人々はもう戻ってはこない。
だけど二人は二人として生き続けることを選択したんだ。
そんな選択をした二人はこれからも、罪の意識と戦い続けながら、償いの人生を歩んでいくことを決意したんだ。
自分が感じる恐怖、そんなものに負けていられないと。
恐怖に負けずに、前を睨む音央の姿は格好良かった。
『ロア』と『噂』と『認識』______ロアとして過ごす以上、これらに気をつけなければ大変なことになる。
それこそ、大切な人を失わせない為に重要な知識なんだと理解した。
そして、そんな彼女らを自分の物語として引き入れた俺は、彼女ら以上の覚悟が必要だった。
音央と鳴央ちゃんの悩みや苦しみ、恐怖や不安。
そういったものを全部受け止めて、それでいて二人が『生きていて良かった』と思えるような。
そんな物語をこれからも作っていかなければいけない。
毎日が楽しく、平和で、明るく過ごせる。
そんな誰もが当たり前に過ごせる普通の『日常』を歩めるような物語を作っていく。
それが俺の『主人公』としての役目なのだから。