『101番目の哿物語』   作:トナカイさん

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第十五話。魔女喰いの魔女

「き、キリカ?」

 

「ふふ、モンジ君はどこを弄られたら喜ぶのかなあ?」

 

「……じ、実践経験があるのか?」

 

「目下、試す相手を検討中……かな?」

 

その試す相手って誰の事だよ⁉︎

と、いう突っ込みを心の中でしつつ、俺はキリカの顔を見つめる。

キリカは俺に寄り添うように体を密着させてきて、その体からは甘い香りが漂ってくる。

 

「モンジ君が望むなら……いいよ?」

 

何がいいんですか?

キリカさん。

 

「例えば、こうやって……そっと撫でるのを、フェザータッチと言うのだよ」

 

キリカは色っぽい手つきで、俺の顔をじーっと見ながらソフトなタッチで俺の胸元などを撫でてくる。

 

「お、お、お、な、なんかぞわぞわしてくるな!」

 

「ちなみに、モンジ君がして貰って気持ちイイことは、相手にもしてあげると気持ちいい。

これは未来でもずっと役に立つ知識だから……よく覚えておくんだゾ?」

 

色っぽい目つきは俺を見つめたまま、手先はあくまでフェザータッチをしたままで俺を攻めてくる。

そんなキリカの色気に気づいた俺は、このままやられっぱなしなのもどうかと思ったのでちょっと彼女に悪戯を仕掛けた。

多用は禁じられているが、目の前にいる彼女が俺の予想通りの存在ならば、その『正体』を確認できるかもしれないしな。

 

「そうか、でも……」

 

声質は、こんな感じで良かったかな。

 

「キリカ」

 

落ち着けキンジ。落ち着けば出来るはずだ。

 

「キリカは俺の事を心配して言ってくれているんだね。ありがとう。でも俺は大丈夫だよ。

キリカみたいな可愛い女の子にこうされる機会なんてそうそうないだろうしね。

それに俺がこうされたいのはキリカみたいな子だけだよ?」

 

「か、可愛い?私が?」

 

「ああ、キリカは可愛いよ。自覚してなかったのかな?

キリカみたいな可愛いくて、清純悪戯小悪魔系なタイプも俺は好きだよ。

それにお姉さんキャラなところもあるんだね?キリカ」

 

ヒステリアモードの甘い艶を交えた声で、キリカ、キリカ、と名前を織り交ぜて語る。

 

「好きでしょ、年上のお姉さんキャラ?

だからそんな催眠術なんてかけようとしなくてもいいんだよ?」

 

しかし、キリカは普段と変わる事がない、いつも通りの態度で返事を返した。

まさか……『呼蕩』が効いていない?

いや、それどころか、バレている……だと⁉︎

俺が驚いた顔をするとキリカはその口元をニヤりとさせて、ねめつけるような視線で俺を捉えたまま、手をお腹の方に持って行き______

 

「で、手はこうやって焦らすみたいに、そっと回転させるようにすると……」

 

キリカが手を動かすと俺は体を動かせようと、抵抗する気がなくなりキリカにされるがままにされてしまう。

 

「ぐっ、ちょっ……キリカ……やめ……」

 

「ふふっ……」

 

蜘蛛が獲物をとらえた相手をじわじわと糸で包み込むみたいに、キリカは俺を捉えようと動いた。

顔を俺の頬に近づけてくるキリカに、完全無抵抗な俺。

なすがままにされる中、その手が俺の下半身の方に行き______

 

 

バチッッッ‼︎

 

 

「っ‼︎」

 

「痛でえぇぇ」

 

突然、そのキリカの手と俺の手元から、赤い火花が散った。

その衝撃は、それまでキリカに抵抗しようとしなかった俺が我にかえるほどであった。

 

「痛え……大丈夫か、キリカ?」

 

ヒステリアモードの俺は自分の事よりもまず、キリカの心配をしてしまいキリカの方を見た。

見るとキリカの手からは血が出ていた。

 

「ごめんよ、痛むかい?」

 

「ううん……ふーん、なるほどね」

 

キリカの手をハンカチか何かで慌てて抑えようとする俺だったが、キリカのその視線を見て手が止まる。キリカの視線は、無邪気なものでもなく、色っぽいものでもなかった。

まるで人が虫を見るかのような冷たい視線で……

俺の手______に握られた、Dフォンに向いていた。

 

そう、さっきの火花は、Dフォンがキリカを拒絶するかのように電撃めいた力を発したものだったんだ。

 

「キリカ……?」

 

その雰囲気がさっきまでとはまるで違う事に気付いた俺は、キリカの名前を呼んだ。

 

「なるほど、プロテクトも万全という事か。

やられたなあ、モンジ君なら簡単に落とせると思ったのに」

 

「キリカ……やはり君は……」

 

彼女は俺のDフォンから目を離さないまま、自分の手についた血をペロリと艶めかしい舌で舐めた。

 

「ふふっ。なあんだ、やっぱりバレていたんだね」

 

その舌が、唇が、妙に赤く感じられて______俺はようやく確信を得た。

仁藤キリカ。

彼女が、彼女こそが俺と一之江が探していたロアで……アリサが言っていた、『凶悪で最悪な魔女』なんだと。

 

「ふふっ」

 

キリカの手からベンチに血が一滴落ちると、先ほどの蜘蛛がその血に駆け寄ってきた。

いや、先ほどの蜘蛛だけじゃない。

『赤い』色をした蜘蛛以外にも、赤い色の蟻、百足、ヤスデ、芋虫、アブラ虫、名前も知らない無数の『赤い虫』達が、まるでベンチの下から湧いて出たかのようにワラワラとその血に群がった。

 

「うわっ、気持ち悪いな」

 

そんな感想を抱いた俺とは対照的に、キリカはそんな虫達の女王様であるかのように『いつものように』クスクスと笑っていた。

 

「キリカ?君は……」

 

「モンジ君を気に入っているのも本当だけどね。でも、モンジ君にもバレちゃったし、そのDフォンにも嫌われちゃってるみたいだしね。そのDフォンがあれば私も便利だと思ったんだけど……」

 

「便利って何がだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お・しょ・く・じ♪」

 

言葉と同時に、大量の虫達が赤い巨人のように、むくりとキリカの隣に立ち上がった。

その内部も表面も、まるでエサに飢えた獣のようにざわざわと蠢いている。

 

「……まさかと思うがお食事って」

 

キリカの目はいつの間にか、爛々と赤く輝いていた。

まるで人間ではないかのように。

大量の虫達を脇に従えて、ベンチの上でニコやかに佇んでいる。

 

「本当はね、もっとゆっくりと過ごすつもりだったんだけど……モンジ君がそんな凄い存在になっちゃうなんて思わなかったしね」

 

「そんなに凄い存在なのかな」

 

「まあね!素質はあるなー、と思ってたんだけど。ロアの世界に来てもやっていけるようなそんな素質があるって。でもだからって、よりによって『百物語の主人公』だなんて。しかも『不可能を可能にする男(エネイブル)の主人公』も同時に持ってるなんて。本当にビックリしたんだよ?あの当選を教えてくれた時は」

 

「まあ、俺もビックリしたからな」

 

「ノーマークだった『お友達役』に選んだ子が、まさかの大抜擢。私としては、おかげで長居できなくなっちゃったんだよね。いつか、正体がバレるかもしれないから」

 

「まさか、って言いたいのは俺も同じだよ。

君みたいな子がまさか、本当に魔女だったなんてね」

 

「もう、私がこの公園に来た時には既に解ってたくせに」

 

「キリカ……君が『ロア喰い』なんだね」

 

「うん、私の別名みたいなものだね。本当の私は『魔女喰いの魔女ニトゥレスト』って言う、ロアなの」

 

「ニトゥレスト……」

 

その名前にどんな意味があるのかは解らないが、それがキリカの本当の名前なんだろう。

 

「ロアを食べて、ずっと生きているっていう魔女のロアか……」

 

キリカが『魔女喰いの魔女』

今まで何度もこの可能性を否定してきた。

それは信じたくなかったからだ……キリカがロアで俺の事を、クラスメイトの事も騙していたなんていう事を。

だが、本人の口からそれを言われてしまったからには、信じるしかない。

別に本当の『ロア喰い』がいて、キリカを操っている、という可能性も考えられなくはないが……希望的観測過ぎるしな。

何より、俺のDフォンがほのかに赤くなっているのが証拠だ。

しかし、一之江の時と比べて熱すぎるわけではない。

……絶対的な危険ではなく、あくまで警戒レベルって事かな?

となると、キリカは俺に危害を加えるつもりはないのかもしれないな。

 

「ロアを食べて生きる、って言われているんだけど……ただ、私は『魔女』だからロアに限らず……」

 

キリカがその手をベンチに平行に持ち上げると、さらにぽたぽたと血を落とす。

そこに、さらにどんどん、群がる赤い虫達。

その中には、見たこともない不気味な足がいっぱい生えた虫までいた。

 

「美味しそうな、強い魂の人間は食べちゃうかな?」

 

その瞬間、ゾッとした。

もしかして、いや、もしかしなくてもこの虫達が俺を襲って食べる、という事だな……これは。

それに、もしかしたらこの虫達のように、自動的に群がるような状態だった場合……Dフォンは、警告出来ないのではないか?

そう思った俺は片手を動かしてDフォンを操作しようとして______

 

「おっと、ダメだよモンジ君」

 

「何がだい?」

 

内心ギクりと動揺しながらも平然を装ってキリカに返事を返した。

 

「『百物語の主人公』がどんな能力を持っているかは解らないからね。多分、そのDフォンが特殊である、というのは……他の物語の『主人公』達の経験からして、間違いないと思うんだけど」

 

「他の主人公達とも、面識が?」

 

「うん、私は魔女だからね。何人もやっつけたよ♪」

 

「その人達も食べた……のかな?」

 

ちょっと意地悪な質問かなあ、と思いつつ尋ねるとキリカは______

 

「うん♪」

 

すっごいいい笑顔で頷いた。

 

「……物理的意味で、かな?」

 

「性的な意味で」

 

「本当に⁉︎」

 

「う・そ♪」

 

「く、これが『魔女の口車』か……」

 

「あははー!モンジ君ってばやっぱり面白いねー」

 

楽しそうなキリカはやはりいつも通りだった。

だからこそ、ちょっとだけ寂しくなったり、悔しく思ったりした。

キリカが人間ではなくロアだから……という理由ではない。

キリカが『ロア喰い』である事や、『魔女』である事とか、そんな事はぶっちゃけ、俺にはどうでもいい事だからな。

そんな事より……俺はキリカがちょっと怖いと思ってしまった。

そして……そう思ってしまった自分が許せない。

 

「ごめんね、キリカ」

 

「うん?」

 

「キリカの事、友達なのに、親友なのに、ちょっと怖いって思ってしまったんだ」

 

それが俺には悔しかった。

一之江と違って姿も見えているし、キリカらしい部分もいつも通りだったのに、親友で大好きなキリカの事を、一瞬でも怖いと思ってしまった。

そんな自分が許せない。

 

「……なんで謝るの?」

 

「それは大切なキリカの事を、大好きなキリカの事を怖いって思ってしまったからだよ。

女性に対してそんなの失礼だろ?」

 

キリカはそう告げた途端、目をきょとん、と丸くした。

直後、肩を揺らして笑い出した。

 

「あ……あはははは‼︎そっか、怖がらせてるのにね、私!なのに、モンジ君ったら、そう受け止めるんだ、あはは!だからモンジ君の事、好きだよ私!」

 

ベンチの上でお腹を抱えて笑うキリカ。

 

「俺も好きだよ、キリカ」

 

ばちんとウィンクしながらベンチから飛び起きた。

その際一瞬だけ、腕を亜音速にさせ『桜花(おうか)』を使って正拳突きを放って近づいてきた虫達を吹き飛ばした。

もちろん、キリカに腕が当たらないように気をつけながらな。

しかし、こういう、凄い子らにしてみると、俺の返事っていうのは爆笑の対象なんだろうか?

 

「ふはー、可笑しい。面白かった……うん、やっぱりモンジ君ったら、美味しそう」

 

「君が望むならもっとドキドキハラハラさせてあげるよ?」

 

「へえー、それはそれで楽しみだなあ。

でもそっか、君は『不可能を可能にする男(エネイブル)』のロアでもあるから虫さん達からも逃げれるんだね」

 

「その『不可能を可能にする男(エネイブル)』のロアの事も詳しく聞きたいな」

 

「うん、それじゃあ『物知りキリカ』さんが特別に教えてあげるね。

最期の友情の証として。

8番目のセカイにね、載ってたの。

そのロアは……

あらゆる物語を改変して______新しい物語を生み出す事が出来る……そういう可能性がある物語ってね!」

 

「あらゆる物語を改変して新しい物語を生み出す?」

 

「過去に一度だけ生まれたみたいだよ。

詳しいことは載ってなかったけどその能力の効果だけは8番目のセカイにも載ってたし……」

 

「へえー、何て書いてあったんだい?」

 

「あれ?8番目のセカイを見てないんだね?

ってきり知ってるとばかり思っていたんだけど……」

 

「何故か繋がらなくてね」

 

「ふぅん、でも既に敵である私に知られているのに慌てないんだ?」

 

「キリカみたいな可愛い子に隠し事はしたくないからね!

それに人間の、俺の全てを知るなんて事は誰にも出来ないからね」

 

「自信があるんだね。

そっか……なら私も本気でやるよ!

あっでもその前に教えてあげるね。

『不可能を可能にする男(エネイブル)』が持つとされる能力名を……」

 

「あれ?いいのか?」

 

「うん。君とは対等なままで最期までいたいからね。

だから教えてあげるね……その能力名は……」

 

キリカは一度言葉を止め、胸にかかる赤色の長い髪を片手で払ってから俺の顔をじっと見つめ直してから口を開けた。

 

 

「君が持つロアの能力は……『事象の上書き(オーバーライド)』だよ」


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