日本に点在する地方都市のひとつ、『駒王町』。この町の中心部から遠く外れた寂しげなストリートの一角に『Devil May Cry』と書かれたネオンを掲げる事務所がある。
事務所を入ればまず目に入る年代物の重厚な椅子と黒檀のデスク。そこに腰を掛けデスクに足を放り投げるのは赤いコートと銀髪の男――ダンテ。彼は気だるげな表情で『この世界』についての事実と現状をゆっくりと反芻していた。
◇
ダンテは神社の境内での一件の後、とりあえずは現状を把握するため手当たり次第に各地を転々とした。そして彼は最大の発見にして大前提ともいえる事実に行き着いた。
――どうやらここは自分の居た世界とはまったく違う世界らしい。
異世界なるものが本当に存在しているなど甚だ信じられないが、元居た世界とこの世界とのあらゆる相違点からダンテもここが異世界だと信じざるを得なくなった。
まずこの世界には彼の父親である魔剣士スパーダについての伝承やそれに類するおとぎ話などは欠片ほども存在しない。
そしてこの世界の悪魔は元居た世界の悪魔とはだいぶ性質が違う。それどころかまったくの別物だ。
この世界の悪魔は下級の存在であっても人語を理解する上、理性も併せ持っている。そのため妄りに人間を襲うことはしないし、むしろこっそりと人間界に住み着いている者も存在するらしい。
更にこの世界には悪魔以外の人外も存在する。天界には天使、冥界のもう半分には堕天使、その他にも北欧やアイルランドの神話の神、ドラゴンや妖怪といった生命体も存在する。
この中でも天使、堕天使、悪魔は三大勢力と呼ばれる。彼らは過去数千年前に三つ巴の戦争を起こし、互いにその数を大幅に減らした。『悪魔の駒』などはそれに対応するための施策ともいえるだろう。
もちろん、多くの人間はその戦争どころか彼らの存在も知ることはなく、人外たちも人間の前には姿を現さず、正体を隠して行動するなりしている。例に漏れるものも存在するが……。
次に明らかになったのはダンテ自身のことだ。
こちらに転移した際にどういう理屈かダンテは若返った。魔帝の騒動があった頃まで容姿が巻き戻っているのだ。死んだ筈が異世界に転移、そして容姿が若返る。まるで説明のしようが無い事象にダンテは考えるのをやめた。
そして戦闘の要である魔具だが、これまた頭の痛いことに見知った魔具のほとんどがダンテの体に魔力球の状態で格納されている。借金の形として喜んで売り払った魔具たち、さらには魔剣スパーダまでもがそろっている。
ダンテは死ぬ直前、手元に残っていた魔具は売り払い、魔剣スパーダは後継者へと引き継いだ。そのはずなのにすべてが手元に戻ってきている。これにはさすがに首を捻った。魔具に眠る悪魔たち――比較的話の通じるネヴァンやケルベロスに話を聞いてみたが、彼らにもこの状況は説明できないらしい。結局ダンテは考えても仕方がないと割り切り、有効活用していく方向に考えをシフトした。実は悪魔の住む冥界と人間界を行き来する際にこの魔具たちが役立つのだ。
そんなこんなで数年を費やして大体の現状を把握したダンテは、はぐれ悪魔狩りやその他の依頼で稼いだ資金を投じて元居た世界同様に便利屋『Devil May Cry』を開業するに至った。
この『Devil May Cry』は表向きには便利屋。裏では、はぐれ悪魔や指名手配された人外達の討伐を請け負っている。
しかしこの駒王町という場所は現魔王の一人、サーゼクス・ルシファーの妹であるリアス・グレモリーの管轄地でもある。ダンテは彼女に面識など無い。更に無断でこの地に事務所を開業している。そのため討伐依頼は目立たぬように処理しなければならないし、彼女に先手を打たれてしまうこともある。結果、近頃のダンテの懐は大寒波に覆われている。これではピザどころか酒すら飲めない。
金を借りようにも戸籍すら無いダンテの社会的信用は小学生以下。リアス・グレモリーに文句を言うのも流石にお門違い。むしろ場所代を請求される恐れもある。ここ最近は何も知らずにこの街に事務所を建てた過去の自分を恨むばかりだ。
このままではマズい。ううむと唸るダンテの思考は、唐突に開かれたドアの音で遮られる。
「ん?」
両開きの重厚なドアが開かれ、姿を表したのは艶やかな黒髪を腰まで垂らした着物の女性だった。
その着物は花魁もかくやというほどに肩まではだけており、豊満な双球は今にもこぼれ落ちそうなほど。裾丈はミニスカートさながらに短く、そこから伸びる足は健康的ながらも艶めかしい。妖艶の一言に尽きる美しさだが、体にはいくつもの生傷が走っている。
ダンテは女性をじっと見据える。ダンテの気を引いているのは肢体でも生傷でもなく女性の周囲に漂う独特な魔力。何らかの術で素性を隠しているようだが、ダンテも長年伊達にこの稼業をしているわけではない。そして何よりダンテに流れる人魔双方の血が彼女の正体を見破る。
――この女、十中八九悪魔だ。
深夜に美女の来客。しかも正体は悪魔。ダンテはそのシチュエーションに若干の懐かしさを覚える。考えるより先に口が動いていた。
「トイレなら裏だぜ。急ぎな」
至極当然といった顔でさらりと言いのける。女性は一瞬呆気にとられた様子を見せるが、即座に気を取り直して答える。
「遠慮するわ。それより『Devil May Cry』の店主のダンテってあなたでいいの?」
「ああ。俺で間違いないが、こんなしがない便利屋に何の用だ? そのケガの治療をしたいってんならお断りだぜ。ここには飲料用のアルコールしかおいてないんでね」
飽くまで『しがない便利屋』であるとと嘯き、更には見当違いな事を言い出すダンテ。しかし女性はダンテの軽口にはまったく取り合わない。
「表では便利屋で通ってるみたいだけど、こっちの世界では相当有名よ、あなた」
「へぇ、どんな風に?」
「気に入らない依頼ならどんな大金積もうと跳ね除ける偏屈者だけど、実力は折り紙つき。類まれなセンスと多彩で強力な攻撃手段。それらを持ち合わせながらも飽くまで戦闘を楽しもうとするスタンス。そのイカれた戦いぶりで『悪魔も泣き出す』デビルハンター、だなんて呼ばれてるわよ」
「そりゃ光栄だ」
「それで、『悪魔も泣き出す』デビルハンターに悪魔がなんの用だ?」
「……っ!」
言葉の後、女性の顔が強張った。気配を隠す術はお得意のようだが腹芸までは得意とはいかないらしい。ダンテは意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「そう構えるなよ。話なら聞いてやる。どうやらワケありのようだしな?」
女性は足元に視線を落とし幾分か思案し始めた。だがそれもすぐ終わったようで再び金色の双眸でダンテを見つめる
「私を匿って欲し……ッ!?」
突如、けたたましい音を上げて玄関ドアが蹴り破られた。
開け放たれたドアから5人の集団がなだれ込んでくる。それぞれが魔術師然としたローブを羽織り、深々とフードを被っている。女性は反射的に振り向くと同時すぐさま後方に飛び退いてダンテの側につき、それに相対するように魔術師達が構える。
状況から察するにこの女性はお尋ね者のようだ。どういう理由でここに逃げ込んだかは定かではないが、この女性が面倒事を運んできたのは間違いない。ダンテはつくづく自分は女運に恵まれないようだと嘆息する。しかし本心は新たな騒乱への期待に打ち震えていた。
――ヤバい仕事は大歓迎だ。
「ママにドアの使い方を習わなかったのか?」
先程まで女性に集中していた視線がダンテに集まった。そしてダンテのど派手な服装とそれが違和感なく似合う容姿に呆気にとられる。
ダンテは集まった視線にひとしきり満足した後、ドンッという鈍い音と共にデスクの上に立ち上がった――デスクに足を放り投げた状態から。一切予備動作の無い、曲芸とも言える挙動。とんでもない膂力に魔術師達は更に目を剥く。が、直後、即座に顔が引き攣る。
なぜならデスクから魔術師達を見下ろすダンテの両手には、到底人間には扱えないであろう長大な二丁の銃――エボニー&アイボリーが握られ、その銃口が彼らに向けられていたからだ。
ダンテの顔に浮かぶのはイタズラが成功した悪ガキさながらの微笑。だがそれとは対照的にアイスブルーの双眼は獲物を狩る猛禽のようにギラギラと輝いている。
もはや一方的に場の主導権を握ったダンテはこれまた一方的に死刑宣告を言い放つ。――この状況の元凶であるはずの女性を置き去りにして。
◇
まず戦闘の口火を切ったのは、けたたましい銃声だった。
魔力を用いた砲撃線で従来の重火器による攻撃など障壁を張ってしまえば牽制にもならない。そうタカをくくった魔術師たちはシングルアクションで簡易な障壁を張る。
「グッ……!?」
しかしダンテが握る双銃の威力は牽制にはとどまらず、一発でも被弾すればその部位ごと吹き飛びかねない威力だ。しかもその凶弾はフルオートさながらの連射力で発射される。
顔を歪めた魔術師たちは咄嗟に障壁を重ねがけて展開することで難を逃れる。だがそれも気休め程度にしかならない。
劣勢と判断した魔術師達はすぐさま体に強化の魔術を施し、一斉に地を蹴り後退した。そして後退した先で身を寄せ合い、互いの魔力を結集させることでより強力な障壁を展開する。
新たに展開された魔力障壁はそれなりに強力でしっかりとエボニー&アイボリーの凶弾から魔術師たちを守っている。しかし障壁の維持に手一杯で攻撃にまで手が回らない。
ダンテとしてはこのまま根競べと洒落込むのもいいが、それでは華がない。そう思い立つと銃をくるりと回した後ホルスターへ押しこむ。
「鉛玉はお気に召さないって顔だな。それじゃ――こいつはどうだ?」
言葉の後、ダンテの右手に一振りの大剣が顕現した。
剣の刀身はダンテの身長ほどもあり、刃は綺麗な曲線を描き鉄塊のように分厚く、それでいて鋭利。持ち手には煌々と赤く光る瞳がはめこまれた髑髏の装飾があしらわれ、その禍々しさに拍車をかける。
その剣の名は「リベリオン」。幾万の同族を、悪魔を斬った父スパーダの形見の1つ。
魔術師達はこの距離でも空気を介して伝わるその大剣の圧倒的な存在感に目を奪われ、足を竦ませる。
呆気に取られる魔術師たちを尻目にいつの間にかデスクから降りたダンテはリベリオンを逆手に持ち変えた。そして大きく後ろに引き絞り腰を落とす。同時にリベリオンの刀身へ魔力が蓄えられ、バチバチと赤いスパークが飛び散る。
その音と魔力の余波でやっと気を取り戻した魔術師達は愕然とする。
――あれはマズい。
これだけの莫大な魔力を指向性を伴って放出されれば、その破壊力たるや相当のものだろうと予測できる。
「全員、ありったけの攻撃を打ち込めッ!!」
ならば攻撃が発動する前に全力をもって打ち消すしかない。半ば破れかぶれの思考でそう判断したらしい魔術師達は色鮮やかな魔弾をダンテ目がけて斉射する。それぞれの威力は上級悪魔の一撃にも匹敵する程に強大だ。
しかしダンテの微笑は途絶えない。
もうすぐで直撃する――というタイミングで遂にダンテは逆手に持ったリベリオンを振り抜いた。
瞬間、リベリオンから赤い斬撃が射出される。呆れるほどの強大な魔力が斬撃を飛ばすという絵空事を実現させる。分厚くそれでいて鋭利なリベリオンの刀身。その生き写しともいえる赤い斬撃は、殺到した魔弾を霞のように消し飛ばし、勢いそのまま魔術師達に飛来する。
「はぁっ!?」
魔弾の群れを突破してもまるで威力の衰えを見せない真っ赤な斬撃が魔術師5人に迫る。咄嗟に障壁を張ろうとするが後の祭り、そのスピードは先の魔弾の比ではない。
斬撃は直撃した後、彼らの意識を刈り取り呆気無くドアごと店外へと吹き飛ばした。
◇
馬鹿げている。女性は内心呟いた。
あの魔術師達は、はぐれ悪魔の討伐のため編成されたチーム――それも主に上級クラスの悪魔を対象とした――だと聞き及んでいる。もちろん実力は折り紙つきで、生半可な実力でどうこうできるものじゃない。それをこの男はたった一回の斬撃で一蹴した。圧倒的な力を目前にして女性はただ立ち尽くすのみだ。
そこで不意に声がかけられる。
「さて。勝手に美味しいとこ貰っちまったが、問題ないよな?」
「え、えぇ。……むしろお礼を言わせてもらいたいぐらいだにゃん」
「そりゃよかった」
先の戦闘をまるで些事だとでも言わんばかりの口調。いや、実際そうなのだろう。あれほどの魔力をぶっ放しておきながらダンテはまるで消耗した様子を見せない。
女性の目的は、目障りな魔術師達を追っ払ってもらうことだった。そのためにこちらの事情を話そうとしたのだが、思ったよりも魔術師達の到達が早かったためそれをせずとも済んでしまった。ならば早々に立ち去った方がいいだろう。
そうと決まれば話は早い。女性は「それじゃあ」というとなるべく自然な仕草で出口に向かいツカツカと歩こうとする――が、途中で大きな人影に阻まれる。その人影の正体は言わずもがなダンテだ。
意地の悪そうな笑みを浮かべたダンテは話を切り出す。
「俺もお前の面倒事に巻き込まれたんだ。こうなった事情は話してくれるんだよな?」
話すかどうかの判断は女性に委ねる。そんな体裁をとっているが、その語調と鷹のような瞳は強く話せと告げている。
強行突破で逃げ出す事も考えるが、却下。実力は拮抗どころか向こうのほうが遥かに上だろう。それにあの得体の知れない魔剣。あれはきっと悪魔にとって猛毒だ。矛盾しているようだが女性はそう感じた。あんなもの、振りかぶられただけで心臓が止まってしまう。
自分が入り込んだのが便利屋などではなく虎穴だったことに今更ながらに気付かされる。
遂に観念した女性はつらつらと昔話を語り出す。
◇
「それで……こっそり妹を見るためにこの町に来た訳か」
着物の女性――黒歌は、猫又という妖怪の分類の中でも希少な猫魈という種族らしい。幼い頃に両親は他界し、残されたのは自分と妹だけ。身寄りもないためしばらくは各地を放浪していた。
その際に希少な種族というのも手伝ったのか、とある上級悪魔から二人の保護を名目として眷属としてのスカウトを申し込まれた。自身が眷属として悪魔に転生すれば妹の面倒も見てくれるというので黒歌はコレを快諾した。
しかしある日、主である上級悪魔が黒歌に肉体関係を強要してきた――さもなくば妹を人質に取る、と言って。主が姉妹を気に入った理由は猫魈としての力だけではなかったのだ。確かに受け入れれば苦しむのは自分だけで済む。しかし妹の容姿は黒歌に似て可愛らしい。なし崩しに妹まで巻き込まれる可能性も否定できない。
進退窮まった黒歌は主である上級悪魔を殺害。その後逃亡し、はぐれ悪魔の仲間入りとなった。
そしてはぐれ悪魔生活も板についてきたところで妹がリアス・グレモリーの眷属になったという情報を聞きつける。それで黒歌はリアス・グレモリーの居住地兼管轄地のここ駒王町に赴いたのだ。
黒歌の過去に対する是非はともかく、ダンテとしては納得できない点が1つあった。
「なんでワザワザここに逃げ込んだんだ?」
ここ『Devil May Cry』は人に仇なす人外を狩ることを稼業としている。はぐれ悪魔など迷い込めば、ダンテの人柄次第では即行で狩られる可能性もあった。
ごく当然の疑問。だが、返ってきたのはなんとも歯切れの悪い回答だった。
「えっと、その……なんとなくだにゃん」
「へぇ、『なんとなく』ねぇ。まぁ理由はどうあれ知らぬ間に美女の信頼を勝ち得るなんて男冥利に尽きるね」
気障ったらしいセリフにわざとらしい身振りを付け加えるダンテ。無策さを皮肉られた黒歌の頬がヒクヒクと引き攣る。妙に様になっている点が腹立たしさを助長するのかもしれない。
なんとなくで火中とも言える場に身を投じる丹力にはなんとも恐れ入る。しかしその点ではダンテも人のことは言えないので口には出さない。それにしても主に牙を向いた悪魔といえば懐かしいかつての相棒が思い出される様な経歴だ。
この黒猫ならうちの閑古鳥を追っ払ってくれるかもしれない、と唐突に閃いたダンテは話を振る。
「それはさておき、俺から1つ提案があるんだが」
「……提案?」
「あぁ。簡単に言えば契約だ」
契約。そこはかとなく物々しい響きに黒歌は顔を強ばらせる。
ダンテは契約と聞くやいなや警戒心を顕にした黒歌に苦笑する。さっさとこの面倒くさそうな黒猫の誤解を拭うべく手をひらひらとふりつつ付け加える。
「そう身構えるなよ。あんたにやって欲しいのは俺に依頼を持ってくること。それだけだ」
「依頼って、はぐれ悪魔討伐の?」
「ああ。依頼でも情報でもなんでもいいぜ。その替わりと言っちゃなんだが、ここを自由に使ってくれていい。なんなら転移用の魔方陣でも置いてくれていいぜ。」
さらっと何でもないことのように言いのけるダンテだが、この業界の人間としてはとんでもないことだ。情状酌量の余地があるとはいえ、はぐれ悪魔を泳がし更には匿うなどコトが知れれば各勢力に睨まれることは必定。最悪、悪魔側から指名手配される可能性もある。
黒歌にしてみれば大して負担にならない降って湧いたような話だが、ダンテの負うリスクが大きすぎる。
「そんな虫のいい話信じられる筈ないじゃない。なにか裏があるんでしょ?」
「特に何も無いんだが……まぁいい。それじゃこの話はなかったことに――」
「待つにゃんッ!!」
「……なんだよ?」
食いつきが悪い上に予想以上の警戒心。そんな黒歌が面倒になってきたダンテは一転、早々に話を切ろうとするが、黒歌が反射的に待ったをかける。対するダンテの表情はやはり面倒だとでも言いたげだ。
「そこは普通もう一押しするところじゃないのかにゃん!?」
「生憎俺は普通じゃないんでね。それに普通じゃないのはお互い様だろ?」
「うっ……」
ダンテという男は風貌から実力まで普通どころかその真逆にぶっ飛んでいるのは一目瞭然だが、言われてみれば黒歌の境遇も普通とは言いがたい。黒歌は苦々しげに呻き黙り込んでしまう。
黙って俯く黒歌の姿はそれだけでいちいち絵画じみた神秘性を演出するが、生憎ダンテは高尚な芸術観など持ちあわせていない。
「この話、乗るのか乗らないのかどっちだ?」
ダンテは大胆にも二択を叩きつける。
まず黒歌にしてみれば逃亡生活をしている上で入ってくる同類の情報などいくらでもある。表には出せないような内容の依頼なら渡りをつけることはできなくもない。ダンテが要求を満たすのはそう難しくないのだ。
そしてその要求の見返りとして強力な用心棒付きの隠れ家が手に入る。さらにここは妹の様子をこっそり見に来るためにうってつけの立地。室内が御世辞にも――いや、かなり手入れが行き届いていないのが気になる点だが。
だが黒歌が真に懸念しているのは室内環境ではない。重要なのはこの男が信用するに値する人物かどうかという点だ。
今日一日で黒歌と男が交わした言葉の数は人柄を知るために十分とは言いがたいが、その中で分かった事が1つある。この男の底はまるで見えない事だ。
まずこれほど裏で有名なのにもかかわらず素性が全く知れていない。実力は想像の遥か上を行き、さらにその奇怪な戦闘スタイルが彼の得体の知れなさに拍車をかけている。
だが一方で悪人なのかというとそういう訳でもない。一応はこちらの怪我を気遣う素振りも見せたし、その実力に相応した理性も垣間見える。手放しに信頼はできないが、ビジネスの上でなら多少の信用は置けるかもしれない。それに丁度ここ最近は追っ手との抗争が激化しており、なんらかの手立てを立てなければならないと思っていたところだ。
ならば信じてみてもいいんじゃないか――リスクリターンの計算を終えた黒歌はゆっくりと頷く。
「わかった……。この話、乗るにゃん」
「そうか」
幾重もの思案の末、黒歌は搾り出すように肯定の意を述べた。それに対してダンテの返答はなんとも素っ気ない。ただその口元は満足気な微笑をたたえているが。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はダンテだ。よろしく頼むぜ?」
「変な名前ね。さっきも言ったけど私の名前は黒歌。こちらこそよろしく」
二人は改めて互いの名を言い合うと、どちらともなく歩み寄り友好の証とばかりに握手をする。
と、ここでダンテの表情が急に引き締まる。なにかあったのかと黒歌は首を傾げるがさすがに表情からはその機微は悟れない。
互いに見つめあい幾分かの間が過ぎた後――唐突にダンテは握手した状態の黒歌の手を引き寄せる。
「にゃっ!?」
黒歌は予想外の事態に為す術なく引き寄せられる。そして慣性の法則に従いダンテの胸元にすっぽりと収まる。黒歌の肩にはいつの間にかしっかりと彼の腕が回されており、退くこともままならない。
混乱した黒歌の心中を知ってか知らずか真剣な面持ちのダンテは口を開く。
「ここからは個人的な頼みなんだが聞いてくれるか?」
このシチュエーションで個人的な頼みなどと言われたら導かれる解はひとつ。ピンクな妄想が黒歌の脳内を駆け巡る。結局はこの男も体が目当てだったのかと失望するがその反面、受け入れてもいいと思ってしまう自分がいるのだ。
あれだけ頑なに主との関係を拒んだ黒歌だが、ダンテにならいいと思えてしまう。ダンテにはそう思わせるような魅力がある。そのアイスブルーの瞳に見つられるだけで思考を蕩かされ、硝煙の匂いはこのムードにスパイスを与える。悪魔に魅入られるとはこのことを言うのだろうか。
すっかり蕩けきった表情の黒歌は所在なさげな左手を胸元でぐっと握る。
「……うん、聞かせて?」
「ここの後片付けと表でノびてるやつらの処理をたのむ」
「はい……って、え?」
「俺は寝るからなんかあったら起こしてくれ」
そう言うなりダンテはツカツカと二階に上がっていってしまう。取り残された黒歌はポカンとした表情のままだ。周囲には大きくえぐれた床板と、斬撃の余波で吹き飛んだ多数の家具が点在していた。
「――――ッ!!」
やがて我に返った黒歌はアワアワと声にならない叫びをあげる。ダンテの思わせぶりな態度にも腹が立つが、不覚にも期待してしまった自分が一番恥ずかしい。何をするにもままならない黒歌はしぼんだ風船のようにペタンと座り込んでしまう。
真っ赤な顔を手で覆い隠して黒歌はぽそりとつぶやく。
「こんなの私のキャラじゃないにゃん……」
その声は誰も居ないこの一室によく響いた。
異世界だろうとダンテが
◇
イタリア系アメリカ人は女性の扱いが上手い(偏見)
主殺しの悪魔といえば相棒ポジですね。黒歌の過去もややダーティになりました。
あと三段ドライヴはまたの機会ということで……。
次回、原作突入です。