女神を腕に抱く魔王   作:春秋

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第四章 太陽と魔王


 

 

 

イタリアで過ごす夏休み。

《赤銅黒十字》の用意したコテージに宿泊する護堂一行。

 

世話役として同居するアリアンナの用意した食事を堪能したあと。

暫く放心していたアテナが、ポツリと呟いた。

 

「やはり間違いない、女神の神気が昂ぶっている……」

「ん? 俺は何も感じないぞ?」

「まつろわぬ神にはまだ遠い故な、あなたには解からぬだろうよ」

 

アテナ曰く、何らかの神具が大地の精気を蓄えているらしい。

大地から力を得るという事は、地母神に関連する物なのだろう。

 

現にアテナも――

 

「何やら、ざわめきを感じるのだ……」

 

そう漏らしている。

アテナとてかつては神々の女王、偉大なる大地母神だった。

神話上、無関係ではない神の遺物なのではないか、というのが彼女の見立てだ。

 

「護堂、放っておくのか?」

「ああ。ここはサルバトーレ・ドニの領土なんだろ? 俺たちの方に何もなければ、あいつに任せるべきだ。何かあったら、自分で突っ込んでくれるだろうしな」

 

剣の王が秘めた闘争の飢えを思い、そう結論付けた。

アテナも神が顕現するまでは細事に過ぎないと、夫の判断に習う。

 

数日後、護堂はこの判断を後悔することになる。

サルバトーレ・ドニのバカさ加減を見(くび)っていたと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、アリアンナが二人の夕食を拵えている頃。

 

ソファーに腰掛け女神を抱き止め、いつもの体勢で寛いでいた時だった。

身体が余分な熱を排出しコンディションを整え始める。

カンピオーネとして戦闘態勢に入ったのだ。

 

護堂の腕から抜け出し立ち上がったアテナは、既に戦装束へと変わっていた。

 

「まつろわぬ神が現れたな、例の地母神の神具が発動したのか?」

「いや、これは……」

 

女神は視線を数瞬迷わせ、次に鋭さを宿す。

 

「違う。神具が溜め込んでいた呪力を暴走させ、地脈から神獣が生まれたのだ」

「それから?」

 

現れたのが神獣だけなら、カンピオーネが反応する訳が無い。

神殺しの宿敵足り得るのは、まつろわぬ神だけなのだから。

 

「神獣は地母神の性質から竜として顕現した。竜とは即ち翼を持つ蛇、蛇は女神の写し身だ」

 

雲のない満天の星空から、不意に落雷が降る。

草薙護堂の権能、『天空神の威光(Lightning of Zeus)』の発動だ。

 

雷に撃たれ神速に入った護堂は、アテナを抱き上げて現場へと疾走した。

 

「そして蛇を討ち倒すのは英雄――恐らく《鋼》の類が顕現したな」

「《鋼》というと、軍神とか闘神とかそのあたりか……」

 

《鋼》――存在そのものが剣の暗喩であり、外敵をまつろわす生ける剣神。

 

石、鉱石より生まれ。

火、鉄を溶かす高熱に晒され。

風、火を煽る風を受け。

水、冷やし固める水を浴びる。

 

これらの属性と共生関係にあるのが鋼の英雄。

龍蛇を滅ぼし、その不死性を取り込む戦神(いくさがみ)たちなのだ。

 

状況を把握したところで騒動の現場が見えた。

 

「――アレかっ!」

「急げ護堂、あの竜を殺させてはならぬ」

 

四肢と翼を持つ西洋風の竜と、それに斬りかかっている金髪の男。

その出で立ちは現代の物ではない。

 

間違いなくあれこそが、新たに顕現した鋼のまつろわぬ神なのだろう。

であるなら、男の好きにさせてはいけない。

 

あの竜は大地の化身。

それを滅ぼしてしまえば、この周囲一帯が不毛の大地に成りかねない。

 

「荒っぽく行くぞ、気を付けろよ!」

「望むところだ!」

 

言葉通り、護堂の取った行動は荒々しいモノだった。

 

雷光を先行させて男の動きを妨害する。

動きが止まった隙を縫い、落雷として竜と男の間に落ちたのだ。

 

これには流石に、男も意表を突かれたらしい。

手傷を負うようなヘマこそしなかったものの、着地の衝撃に吹き飛ばされた。

 

……近くにいた銀髪の少女も同じく。

 

「一般人じゃないと思うけど、人間の女の子まで吹き飛ばしてしまった……」

「年若いが、魔女だな。死んではいないようだ」

 

アテナの補足に安堵の息をつく。

戦闘の仲裁に来て過失致死など笑えない。

 

気を取り直して、護堂は土煙の向こうにいる英雄神を睨む。

共に来たアテナは背後に庇う神獣に向き直り、その身を(いたわ)っているらしい。

 

「暫し眠れ、我が眷属たる大地の子よ。妾の胸にて身を休めるがいい」

 

竜の体躯が呪力に解け、女神の内に溶けていく。

これでアテナ本人がどうにかならない限り、この土地は安泰だ。

 

あの英雄は、草薙護堂が倒せばいい。

そこまで考えて、ふと思い出したことがある。

 

「こんなイタリアのど真ん中で神が現れたのに、サルバトーレ・ドニはまだ来ないのか?」

 

あの男の戦場を嗅ぎ分ける嗅覚には戦慄させられた。

そんな戦闘狂が、この場に居合わせていない事が不思議でならない。

 

護堂の疑問に答えたのは、神と共に吹き飛んだ銀髪の少女だった。

 

長い銀髪を一括りにした、利発的な佇まいの少女。

アテナを前にしてこのような表現をするのは憚られるが、まるで月明かりに照らされた妖精のようだ。

 

銀糸の髪を尾のように揺らし、少女は騎士のように膝を付いた。

 

「恐れながら、御身を日本のカンピオーネ――草薙護堂様とお見受け致します」

「ああ、そうだ。キミは?」

「申し遅れました。このナポリにおける魔術結社、《青銅黒十字》にて大騎士の位を授かりました、リリアナ・クラニチャールであります」

 

銀髪の少女――リリアナ・クラニチャールは名を告げる。

彼女の名乗りにそこはかとなく既視感を感じた護堂だが、今は先に聞くことがある。

 

このタイミングで話しかけて来たのだから、教えてくれるのだろう。

あのはた迷惑な男、サルバトーレ・ドニについて。

 

「サルバトーレ卿の行方に関してですが、先程までこの場にいらっしゃいました」

「ここにいた? 念願の神様を前にして、どっかに行ったっていうのか?」

「いえ……」

 

疑いの眼差しを向ける護堂に、リリアナは苦虫を噛み潰したような顔を向ける。

 

「卿は我ら《青銅黒十字》が守護していた神具――ヘライオンという石柱を切り裂かれたのです」

 

その「また面倒を起こしやがってあのバカは!」と意訳できそうな顔を見て、護堂も納得した。

 

件のヘライオンというのが、数日前からアテナの感じていた神気の原因。

魔剣の権能で斬られた事により蓄えていた大地の精気が溢れ出し、さっきの竜が生まれたのだ。

 

「それから意気揚々と竜に挑まれたのですが、剣を手放しておいでだったため攻撃手段がなく、神獣が起こした波に攫われて……」

「どこかに流されて行方不明って事か……あのバカめ」

 

事情を聞き、遂に呆れが溢れ出してしまった。

奴が余計な事をしなければ、こんな事にはならなかったかもしれないのに。

 

いや、それはそれで違う神が現れていたかもしれないのだが。

 

護堂は頭痛が襲ってきたように感じた。

サルバトーレ・ドニは計り知れないバカなのだ。

 

自分の見識だけで判断するべきではなかったと、魔王の滅茶苦茶さを痛感した。

本人も割と似たようなイメージを持たれていたりするが、そこは割愛する。

 

今は目先の問題を片付けるべきだろう。

 

「分かった。サルバトーレ・ドニが使い物にならないみたいだから、今回は俺が出張る。って事だ、相手は俺がするぜ」

 

最後の一言は、リリアナの更に後方へ。

投げかけた声に、いつの間にか佇んでいた英雄神は朗々と応える。

 

「君は当代の神殺しのようだな少年。そこな女神と現れた事にも興味が尽きない、是非名を聞かせて貰いたいな」

「草薙護堂だ――アンタは?」

 

護堂の言葉に、愉快とばかりに笑みを浮かべた。

鋼の英雄は歌うように、歌劇の一幕が如き名乗りを挙げる。

 

「フッ……良くぞ聞いた、若き神殺しよ! 我が名はペルセウス! 神々に歯向かう大妖・カンピオーネよ、我が名の下にひれ伏すがいい!!」

 

英雄神ペルセウス推参。

草薙護堂のイタリア旅行は、女神の予言通り波乱の展開を迎えたのだった。

 

 


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