問題児たちと時空間の支配者が異世界から来るそうですよ? 作:ふわにゃん
翌朝、あれだけ飲んだ黒ウサギは嘘のように元気で蘭丸にチョップされるところから始まった。そして十六夜がまだ本拠から出てこないでいた。
初日から参加することになった飛鳥は日傘を片手に遠出用の鞄を隣に置いている。真っ赤なドレススカートは今日も鮮やかに映え、凛とした彼女の佇まいを優雅に引き立てている。
「十六夜君、まだ見つけられないの?夜通し探したのでしょう?」
「Yes。子供達も総動員して探しているのですが……うう。そろそろ出ないと間に合わないのです」
いつものミニスカにガーターソックスを着込んだ黒ウサギは、ハラハラしながら十六夜を待っている。
「心配すんな。俺ならギリギリでも間に合わせるからな。…つーか俺の髪留め昨日無くしちゃったわ。あっちでなんか売ってるかな?」
と髪留めが無くおろしている髪を手櫛ですく蘭丸。腰まで伸びている桃色の髪といつもの黒のスーツが不思議と似合っていた。
「あ!来ましたよ」
ジンが声を上げる。しかし十六夜の頭上にはヘッドホンが無く、代わりに髪を押さえるためのヘアバンドが載せてあった。
黒ウサギは目を丸くして十六夜に問う。
「ど、どうしたんですか?それ」
「頭の上に何か無いと落ち着かなくてな。それより話がある」
十六夜が道を開けるとトランク鞄を引く耀と三毛猫が前に出た。
「本当に良いの?」
「仕方ねえさ。アレが無いとどうも髪の収まりが悪くていけない。壊れたスクラップだが、無いと困るんだよ」
髪を掻きあげながら飄々と笑う十六夜。
耀は瞬きをしてからしばらく十六夜を見上げ、ふっと、花が咲いたように柔らかい微笑みで十六夜に礼を述べた。
「ありがとう。十六夜の代わりに頑張ってくるよ」
「おう、任せた。ついでに友達一○○匹ぐらい作ってこいよ。南側は幻獣が多くいるみたいだしな。俺としてはそっちの期待が大きいぜ?」
「ふふ、分かった」
耀は十六夜に手を振り、三毛猫と共に飛鳥たちのもとに駆け寄る。
「じゃあな。留守番頼んだぞ」
「ヤハハハ!任せとけ」
蘭丸と十六夜はフッと笑みを浮かべあった。そして蘭丸もゆっくりと飛鳥たちの後を追った。
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二一○五三八○外門。噴水広場前。
“境界門”の起動は定時に行われる。個人での使用は緊急の時しか出来ない為、起動時間には行商目的のコミュニティも一斉に集まってくる。
“地域支配者である蘭丸達は列とは別の脇から門が開くのを待っていた。
「皆さん、外門もナンバープレートはちゃんと持っていますか?」
「大丈夫よ」
飛鳥が鈍色の小さなプレートを黒ウサギに見せる。このナンバープレートに書かれた数字が“境界門”の出口となる外門に繋がっているのだ。
「しかし十六夜がヘッドホン一つで辞退するなんてな」
「そうねあんなに楽しみにしてたのに」.
「きっと十六夜にとって大事なものなんだよ」
耀が首に掛かったペンダントを握り締める。そして“境界門”の準備が整った。
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箱庭七七五九一七五外門。“アンダーウッドの大瀑布”フィル・ブルグの丘陵。
「わ、」
「きゃ……!」
ビュゥ、と丘陵に吹き込んだ冷たい風に悲鳴を上げる耀と飛鳥。多分に水を含んだ風に驚きながらも、吹き抜けた先の風景に息を呑んだ。
「デカイ水樹だな。あんなデカイの始めて見たな」
遠目からでも確認出来る巨躯の水樹を見て蘭丸も感嘆の声を上げた。
「飛鳥、下!水樹から流れた滝の先に、水晶の水路がある!」
今まで出したことの無いような歓声で飛鳥の袖を引く耀。巨大な水樹から溢れた水は幹を通して都市へ落下し、緑色の水晶で彩られた水路を通過して街中を勢い良く駆け廻めぐっている。天を衝つくかの如き巨躯の水路と、河川の隣を掘り下げて形成された地下都市。これらの二つを総じて“アンダーウッド”と呼ぶのだ。
(あら、あの水路の水晶……?)
飛鳥は水晶の輝きを見て首を傾げる。勘違い出なければ…
(あの水晶……確か北側でも、)
「二人とも……上!」
耀が言う方向に首を向けると何十羽という角の生えた鳥が飛んでいた。
「ほおーペリュドンか。実物見るのは始めてだな」
「蘭丸、知ってるの?」
「ああ、確かあいつらはアトランティス大陸の幻獣で、先天的に影に呪いを持っていてな、自分とは違った影を移すらしい。その解呪方法が“人間を殺す”なんだ。言うならば殺人種ってとこだな」
「ねぇ。もしあの鳥と友達になったらどうなるかな?」
「あんまり想像しない方がいいな。もし呪いまで貰ったらとんでもないことになると思うしな」
耀はシュンと肩を落とした。それを見て蘭丸は頭を撫でながら
「まあそんなに気を落とすな。南側にはまだ沢山の幻獣が居るんだ。友達はそこで作ればいい」
「うん!ありがとう蘭丸」
耀が蘭丸に礼を述べると旋風と共に懐かしい声が掛かった。
『友よ、待っていたぞ。ようこそ我が故郷へ』
巨大な翼で激しく旋風を上げ、現れたのは“サウザンドアイズ”のグリフォンだった。
「久しぶり。此処が故郷だったんだ」
『ああ。収穫祭で行われるバザーには“サウザンドアイズ”も参加するらしい。私も護衛の戦車を引いてやって来たのだ』
見れば彼の背中には以前よりも立派な鋼の鞍と手綱が装備されている。契約している騎手と共に来たのだろう。
グリフォンは黒ウサギ達にも視線を向け、前足を折る。
『“箱庭の貴族”と友の友よ。お前達も久しぶりだな』
「Yes!お久しぶりなのです!」
「お、お久しぶり……でいいのかしら、ジン君?」
「き、きっと合っていますよ」
「久しぶりだな」
言葉の分からない飛鳥とジンはその場の空気で取り敢えずお辞儀をする。言葉はわからないが蘭丸は笑顔で応える。
『此処ここから街までは距離がある。南側は野生区画というものが設けられているからな。東や北よりも道中は気を付けねばならん。もし良ければ、私の背中で送って行こう』
「本当でございますか⁉︎」
喜びの声を上げる黒ウサギと、会話が通じずに首を傾げる飛鳥達。耀はグリフォンから一歩距離を置き、深々と頭を下げた。
「ありがとう。もしよかったら、名前を聞いてもいい?」
『無論だ。私は騎手より“グリー”と呼ばれている。友もそう呼んでくれ』
「うん。私は耀でいいよ。それでコッチが蘭丸に飛鳥、それにジン」
『分かった。友は耀で、友の友は蘭丸に飛鳥、そしてジンだな』
バサバサと翼をはためかせて承諾する。その間に事情を説明された飛鳥、ジンは頭を下げてグリーの背に跨る。三毛猫は黒ウサギの胸に抱かれて同乗する。自らの力で飛べる耀と、空間を走ることのできる蘭丸はグリーとペリュドンについて話していた。
「……そうなんだ。やっぱり蘭丸の言ったとおりなんだ」
『全く。何処の神が掛けた呪いかは知らんが、実に悪趣味だ。生存本能以外で“人を殺す”という理由を持たされた彼奴らは、典型的な、“怪物”なのだろうな。普段なら哀れな種と思い、見逃すが、今は収穫祭がある。再三の警告に従わぬなら……耀たちには今晩、ペリュドンの串焼きをご馳走することになるな』
グリーは大きな嘴でニヤリと笑う。
翼を羽ばたかせて旋風を巻き起こすと、巨大な鍵爪を振り上げて獅子の足で大地を蹴った。
「わ、わわ、」
「ほい!」
“空を踏みしめて走る”と称されたグリフォンの四肢は、瞬く間に外門から遠のいて行く。耀は慌てて毛皮を掴み並列飛行するが、彼の速度について行くのは生半可な苦労では無い。それでもなんとか付いてくる耀に、グリーは称賛の言葉を投げかけた。
『やるな。全力の半分程しか速度は出していないが、二ヶ月足らずで私についてくるとは』
「う、うん。黒ウサギが飛行を補助するギフトをくれたから」
「Yes!耀さんのブーツには補助の為、風天のサンスクリットが刻まれております!」
「へえ。面白いギフトもあるもんだな」
「…蘭丸さんはなんで普通に空中を走っているのですか?」
蘭丸はグリーや耀のように“空を踏みしめて走る”というわけでなく、“地面を走るように走っている”と言うことに走っていた。それを見てグリーも耀も唖然としていた。
『耀…あいつは何者なのだ?』
「ごめん。私もよく分からなくて。“時と空間を操る”って言っていたけど…」
『なるほどな……それは興味深いな』
と前では当たり前に話しているがジン、飛鳥、三毛猫は危険であった。
『お、おじょぅうおおぉおおおッ!!! も、も少し! も少し速度落としてと旦那だんなにつぅたぅえてぇええええええ!!!』
ギニャアアアアアア!と叫んでいる様にしか聞こえないが、割と本気で命が危険だった。耀は慌てて減速するように頼む。
「グ、グリー。後ろが大変。速度落として」
『む?おお、すまなかった』
「わあ……掘られた崖を、樹の根が包み込むように伸びているのね」
半球状に広く掘り進まれた地下都市は、樹の根の広がりに合わせて開拓している。所々に人為的な柱も存在するが、多くは樹の根と煉瓦のようなもので整備されていた。
「アンダーウッド”の大樹は樹齢八千年とお聞きします。樹霊の棲み木としても有名で、今はニ○○体の精霊が棲むとか」
『ああ。しかし十年前に一度、魔王との戦争に巻き込まれて大半の根がやられてしまった。今は多くのコミュニティの協力があって、ようやく景観を取り戻したのだ』
グリーはゆっくりと街へと下がって行く。
『今回の収穫祭は、復興記念もかねたものである。故に如何なる失敗も許されない。“アンダーウッド”が復活したことを、東や北にも広く伝えたいのだ』
強い意志を込めて訴えるグリー。網目模様の根っこをすり抜け、地下の宿舎に着いて耀達を背から下ろす。すると彼は大きく翼を広げ遠い空を仰いだ。
『私はこれから、騎手と戦車を引いてペリュドン共を追い払ってくる。このままでは参加者が襲われるかもしれんからな。耀達は“アンダーウッド”を楽しんで行ってくれ』
「うん分かった。気を付けてね」
言うや否や、グリーは翼を広げて旋風を巻き上げながら去って行った。
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