【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第六章

 トリステインの首都――トリスタニアに到着したルイズ達は、城下町を歩いていた。

 

「あのドラゴンは置いて行って良いの?」

 

 歩きながら、ルイズは後ろを歩くタバサに尋ねた。

 シルフィードは流石に大きすぎるので、此処には連れてきていない。町の外れに待機していろとタバサが指示していたが……。

 

「問題ない」

「シルフィードはお利口だからね~。ちょっとした買い物の間くらい放っておいても大丈夫なのよ」

「何であんたが自慢げなのよ……」

 

 涼し気にしているタバサの横で、ただでさえ大きな胸を張るキュルケ。ルイズはちょっとげんなりしたような表情を浮かべ、麦野は完全に無視している。

 しかし、無言であたりを見渡した麦野は、おもむろに口を開いた。

 

「スリが多いね。まだちゃんと財布は持っているかしら?」

「ええ、もちろん。……でもなんで分かるの?」

「雰囲気だよ」

 

 適当そうに麦野は答える。が、それではルイズが納得しないことは分かっているのか、あまり間をあけずに続けた。

 

「職業病ってヤツでね。『警戒心』を持って動いてるヤツは自然と分かる。呼吸の仕方とか、体重の動かし方とか、視線の質とかでね。……たとえばそう、そこにいるアンタ」

 

 そう言って、麦野はタバサに視線を向けた。ピクリとタバサが肩を震わせる。

 

「あからさますぎて挑発してるかと思う程ね。死にたくなけりゃ喧嘩を売る相手は間違えるんじゃないわよ?」

「……分かってる」

 

 この場で麦野の『本質』をあの事件以前に見抜けていたのは、タバサしかいない。だからキュルケは麦野の言っていることの意味が理解できず、タバサを庇うように麦野との間に入った。まるで私が悪役だな――事実そのようなものだが――と麦野は肩を竦め、タバサへの追及をやめる。もともと釘を刺す程度のつもりだったのだ。

 

「そうそう……『警戒心』って言えば、ロングビルもそうね」

 

 話を逸らす意味合いもかねて、麦野は三人にそう話を振った。すると、ルイズ達三人はみな一様に意外そうな表情を見せる。タバサもミリ単位ではあるが驚いていた。

 

「……その様子だとあの女、意外と出来るヤツみたいね」

「だって……ミス・ロングビルはオールド・オスマンの秘書で有能だけど、メイジとしての実力はそれほどでもないわよ。代講で何度か魔法の腕前を見てみたけど……」

「二流」

「ルイズよりはずっとマシだけどね」

 

 散々な言われように、麦野は顔を顰めるにとどめた。他の二人はともかく、タバサまでもがノーマークとなると、流石に違和感をおぼえる。ロングビルの『警戒心』は確かに麦野が簡単に看破できる程度ではあったが、アレはそんな『二流』が放つ警戒ではなかった。むしろ、麦野と同じ。『命がけの戦い』というものを幾度となく経験している『プロ』の警戒だったように思える。

 

(魔法学院の教師は貴族の次男三男か、さもなければ爵位すらない弱小貴族、あるいは犯罪者一歩手前の没落貴族だとコッパゲは言っていた。だからロングビルもコッパゲ同様脛に疵を持ってる輩だと思っていたけれど……はてさて、これはどういうことかしらね?)

 

 タバサが気付かないということは、つまりロングビルは普段そういった『経験者』としての威風をおしこめているということになる。

 タバサが警戒心を見抜くのに劣っている――というのは、あり得ない。彼女は麦野の見立てが正しければ模範的と言えるくらいの『プロ』だ。つまり、考えられる可能性はロングビルがそんなタバサの目をも掻い潜るほどに力量を隠し立てすることに優れている、ということだろう。

 

(おそらく、私が『気付けた』のは偶然。ロングビルが、警戒の『手の抜き方』を知らなかったから、思わず本気で警戒してしまったのを、運悪く私が拾ってしまった。そういうことなんでしょうね)

 

 さて、そうなると気になるのは何故ただの秘書であるロングビルがタバサの目を欺くほどの力量を持っているのか、だ。

 コルベールは、以前麦野と同じように、組織の為に公にはできない汚れ仕事をしていたことを匂わせていた。あるいは、ロングビルもその系統なのだろうか?

「ミス・ロングビルがこの学園で働き始めてから、もう数か月になるけど……わたしの目には、普通の親切な人ってイメージしかなかったわね」

「あたしも、ルイズに同じく」

 

 ルイズとキュルケの二人は、そんなことを言う。一般生徒からすればその程度の認識らしい。いや、麦野がコルベールから聞いた教師評でも、ロングビルは猫を被り通しているようだった。あの戦士であるコルベールすらも籠絡しているのであれば、ロングビルはかなりの凄腕であり……よほどの『事情持ち』ということになる。

 過去にいくら負い目があろうと、今に負い目がなければ、その情報は察しやすくなる。たとえばコルベールも、くぐった修羅場の数ならば麦野よりも数倍はあるし、事実経験値も段違いだろう。だが、それでも麦野に事情を察されているのは、目の前で警戒している姿を見せてしまったというのもあるが、現在の彼が特に罪を犯していないからである。

 

(……だとすると、ロングビルの『偽装』には、何らかの後ろ暗い行動を隠匿する意味合いがある……か?)

 

 別にそれを突き止めてロングビルを糾弾するつもりは麦野には毛頭ない。ただ、好奇心が刺激されるのは確かだった。

 が、差し当たっては、

 

「だから気を付けろっていったわよね、私」

 

 メギ、と麦野はとおりすがった男の手を掴み、そして片手を肘に当てて、てこの原理を使って九〇度でへし折った。無論、関節の動きには真っ向から反逆している。

 

「いぎっ? ぎっ、ぎっ、がボォ!?」

 

 折れ曲がった自分の腕を見て悲鳴をあげそうになった男に、麦野は無事なもう片方の手を掴んで口の中に突っ込ませる。悲鳴はあげられない。周囲の人間は驚愕しているが、それで止まるほど麦野は優しくなかった。

 

「し、シズリ、」

「メイジのスリが出るからってさあ……。私の推論に聞き入るのは良いけど、気を抜きすぎるんじゃないわよ」

 

 ルイズが止める間もなかった。

 くるりと一回転した麦野は、そのまま下手人の腹に回し蹴りを叩き込む。スリはノーバウンドで数メートルも吹っ飛び、酒場の入り口まで吹っ飛んだ。先程の一瞬で懐からルイズの財布を抜き取っていた麦野は、それをルイズに手渡すと、吹っ飛ばしたスリに近づく。

 

「本来なら『貴族様』に対してスリを働いたんだから問答無用で死罪だけど、私は優しいからね……『これ』で『ご主人様』に手打ちにするようお願いしてやるわよ。有難く思いなさい」

 

 耳元で囁きながら、スリの懐から財布と杖を抜き取る。やはりメイジのスリだったらしく、財布の中身はそれなりに豪華だった。紙幣が価値を持たない時代なので、ずっしりとした重さがそのまま財産を感じさせる。

 思わぬ収入(勿論ルイズはおろか公的機関に渡すつもりなど毛頭ない)を得た麦野は、そのまま上機嫌で財布を懐に仕舞う。

 

「ちょ、ちょっとシズリ! あんた何してんのよ!」

「何って、『ご主人様』から財布を抜き取った下手人を処罰しただけよ。使い魔として。ほら、使い魔の役割その三」

 

 『使い魔は主人の身を守る』。確かに、財産を守るという点で麦野は使い魔の業務を遂行したに過ぎない――という風に言えるかもしれない。

 その横で杖を使って男の吹っ飛んだ先を示したタバサは、そんな詭弁を弄する麦野にこう言った。

 

「やりすぎ」

 

 見ると、勢いよく叩き飛ばされたスリによって、テーブルの一つが真っ二つにへし折れている。麦野が下手人を吹っ飛ばした先は、どうやらゴロツキが集まる酒場らしかった。

 視線の先では、食べ物を丸々ダメにされたゴロツキが呆然としている。

 とはいえ、ゴロツキが麦野に対して当り散らすことはなかった。何故なら、彼らの『嗅覚』が鋭いからだ。

 喧嘩を売って良い相手、悪い相手、それすら見極められない者は彼らの世界で生き残ることなどできない。つまり、スリをノーバウンドで数メートルも蹴り飛ばすような化け物に喧嘩を売る馬鹿、命知らず、あるいは切れ者は此処にはいなかった。

 ただ一人を除いては。

 

「おい嬢ちゃん達」

 

 現れたのは、まさしく『傭兵アガリです』といった感じの男だった。ボサボサの髪、無精ひげ、厚めの唇、熊が人間の皮を被っていると説明されても違和感がない程屈強な肉体に、ルイズは思わず身じろぎし、キュルケは舌なめずりをし、そしてタバサは身構えた。

 ゴロツキたちは、その男を見て囃し立てる。男はその酒場のマスターだった。荒くれ者の集う酒場の店主が備品を壊されたとあっては、黙って引き下がることなどできはしない。

 ……とはいえ、店主の男は面子の為に麦野に立ち向かっていた訳ではない。彼にも彼の打算があった。

 

(あの茶髪の嬢ちゃんはともかく、三人のカラフル頭に関しちゃまだ常識が頭にあるみてえだな。しかもさっき『ご主人様』って言っていたあたり、ヒエラルキーは桃色頭の方が上。なら、嬢ちゃんにではなくカラフル頭の方にプレッシャーをかけてやれば良い。勝手にブレーキを入れて、オレの交渉が上手く行く可能性が上がる)

 

 この店主の男ことアル=グリーンバードが傭兵稼業で命がけの仕事を繰り広げること七年。やっと金が溜まり開くことが出来た酒場だ。この五年で軌道にも乗り、段々と客層も危ない客からまだまともなゴロツキに変わりつつあった。こんなところで躓く訳にはいかなかった。

 

「まあまあ、そう身構えるな。安心しろよ。オレも『良心的』な商売を心がけてる酒場のマスターさ。若い頃の貯蓄をもとに商売に精を出して、ジジイになる頃にゃ倅に店を任せて隠居する程度の善良な市民よ。テメェらを取って食いやしない。だが、オレらにも面子ってモンがあるわけだ。テメェの従者が叩き割ってくれたテーブル代、弁償してもらわにゃなあ?」

 

 グリーンバードの目論み通り、ルイズはぐっと小さく呻くだけで、特に反論しなかった。これは行ける、と思いグリーンバードは麦野に視線を向ける。

 ……此処で調子に乗って、ルイズにテーブル代を弁償させるのは簡単だ。だが、貴族が面子を大事にすることは良く知っている。公衆の面前で弁償という『恥』を掻かされた貴族が、逆上してこの途轍もなく腕の立つ(少なくともグリーンバードの経験上では最高レベル)用心棒を差し向けたりすれば、グリーンバードは一巻の終わりである。

 そして、彼は商売勘定のうまい男だった。

 

「『広告料』で勘弁してやる」

 

 その言葉に、グリーンバードは麦野がにい、と口端を吊りあげたのを見た。『正解』、ということだろう。一気に肩の力が抜けるのを感じた。

 

「貴族の舌にゃ、オレらの下賤な味は合わねえと思うが文句は言わせねえ。テメェらにはオレの店で飯を食って、『グリーンバードの酒場は貴族御用達の店だ』って宣伝文句の材料になってもらうぜ」

 

 情報は、いつの世も最大の力となる。

 元傭兵のこの店主の男は、実体験でそれを痛いほど良く分かっていた。

 そして――ほかならぬ元凶である、この茶髪の少女も。

 

***

 

第六章 転がり出した謎 Thus_Spoke_Mercenary.

 

***

 

 さて、酒場での華と言えば客や店主との四方山話である。こういった場に不慣れな(店主曰く)カラフル頭三人娘は居心地悪そうにしていたが、意外にも麦野は平然と店主と会話していた。

 自分は策を弄さないとまともに会話すら成り立たないので、ルイズとしてはかなり面白くない気分だったが。

 

「――しかしアンタ、さぞや凄腕の傭兵だと思うが、なんでこんなちんちく……おっと失礼、お姫様の護衛なんてやってんだ?」

「私も不本意だけど、ちょっと召喚されてね」

 

 アルビオンの情勢について、傭兵視点からの分析を一通り聞いたあとだったか。話の区切れに、グリーンバードは麦野に話を振っていた。麦野は相変わらずのメイド衣装なので、一見すると従者のようにも見えるのだが、身に纏う覇気は明らかに人殺しのそれだ。それも、人殺しを日常とするようなレベルの。

 使い魔――という話を聞いて、グリーンバードは目を丸くした。

 

「使い魔ねえ。こいつは驚いたな。人間の使い魔なんざ聞いたことがなかったが……」

「うちの『ご主人様』は特別製なのよ」

 

 麦野は肩をすくめて言い返す。隣で黙々と(どうやら口に合わないといった心配は無用だったらしい)ポテトとハンバーガーを頬張っていたルイズがむっとしたが、麦野は華麗に無視した。

 

「それにしてもこの酒場、色んな人が来るのねぇ」

 

 そう言いながら、麦野はあたりを見渡す。既にテーブル破壊については『酔っ払ったスリの野郎が派手に転倒したせいでテーブルが壊れた』ということで手打ちになっており――スリの男については本当に同情する、とルイズは始祖に祈りをささげた――、利用客の方は何てことない風で食事をしていた。客層はむさ苦しい男だけではなく、中にはそれなりに女もいたが、麦野の様に(少なくとも見た目は)可憐な風貌ではなく、やはり筋肉質な女性の方が多い。

 

「ああ。オレもこの店を開いて長いからな。……そろそろ女房が欲しいところだが、生憎いろいろな人間が来てもオレの女房は来てくれないらしい」

「結婚したければそのボサボサの髪とむさ苦しい髭をどうにかすることね。毛がセックスアピールになるのは獣までよ」

「せっくすあぴーる?」

「モテ要素ってことよ」

 

 麦野は適当に言って、本題を切り出す。

 

「ところで、色んな人が来ているなら、少し前まで此処に緑髪の女が入り浸ったりはしていなかった?」

 

 麦野の問いかけに、それまで淡々とポテトの山を掘削していたタバサが目の色を変えた。ごくりと一ダースのフライドポテトを食したタバサは、徐に口を開く。

 

「あなた、最初からそれが?」

「どうなの? 見た?」

 

 タバサを無視して、麦野はさらに言い募る。

 麦野がスリを蹴っ飛ばしてテーブルを破壊したのは、彼女の過失ではない。

 故意だった。

 酒場には情報が集まりやすい。荒くれ者の多い酒場に喧嘩を売って、それを適当にしめれば簡単に情報を集めることができる。ロングビルが脛に疵を持っているならば、学院に勤める前は此処に顔を出していた可能性は高い。

 

「……、ああ、緑髪の女なら、入り浸るどころかちょっと前まで此処で給仕として働いていたぜ」

「なんですって?」

「給仕だよ、給仕。白髪と髭のジジイに引き抜かれて辞めちまったがな。あの娘のお蔭で売り上げが上がってたりもしてたのによ……。そうだムギノの(あね)さん、アンタも此処で働いてみねえか?」

「冗談。私は『ご主人様』のお世話があるからね」

 

 そう言って、麦野は立ち上がる。

 ルイズの方は、最後の最後で麦野が誘われた時はヒヤヒヤしていたのだが、あっさりと袖にしたことで気分をよくしていたので、立ち上がった麦野に合わせて立ち上がった。とっくに他の傭兵に色目を向けていたキュルケも、二人が帰り出すのを見て適当に切り上げてきたようだった。

 残るタバサは――、

 

「これ、テイクアウト」

「……毎度」

 

 食べきれなかったポテトの山と肉を袋に詰めてもらっていた。

 

「また来るわ。良い話を聞けたし」

「おう、待ってるぜ姐さん」

 

 手を振り、麦野を先頭にして四人は酒場を後にした。

 ほどなくして、タバサがそんな麦野の横に並び、横顔を覗き込む。

 

「疑ってる?」

 

 タバサは、麦野がロングビルの経歴に何かしらの疑問を持っていると考えていた。確かに、麦野の分析を聞いてみるに、ロングビルには何か秘密があるのは間違いないだろう。だが、それを言ったらコルベールはじめ、教師陣のうち何人かは『事情』を隠している。それ自体はおかしなことではないし、麦野の気を惹くようなものでもないと思った。

 

「さて、何の事かしらね?」

 

 対する麦野は、肩を竦めるにとどめた。

 

「それより、本題に戻りましょう。いい加減、この野暮ったいメイド服にも飽きが来たところよ」

「平民の娘が学院付きのメイドって、かなりの大出世なんだけどね……」

 

 彼女の本来の目的は、着替えの購入だ。既にこの一週間でメイド姿の悪魔という異名が板につきそうな勢いの麦野だったが、そんな余計な異名はないに限る。

 

「此処よ。クラインの服屋。わたしもよく使ってるんだから」

「へえ。『ご主人様』のお墨付きなら、まあ最低限度の品質は保証されてるな」

 

 そう言って、麦野はルイズの服をまじまじと見ていた。

 流石に学園都市製の被服と比較すると物足りないが、ルイズの服――魔法学院の制服は、中世レベルとは思えない被服技術が用いられていることが分かる。おそらく、貴族用にと錬金などの魔法で服を作っているのだろう。金に物を言わせる、というのはまさにこのことだ。

 麦野はそこまでは求めない。オーダーメイドなんか頼んでメイド服で過ごすよりは、多少みすぼらしくとも今すぐ服を得られる方が良い。

 

「それで」

 

 そこまでで、麦野はタバサとキュルケに向き直って問いかける。

 

「此処までで、アンタ達に何かしらの収穫はあったかしら?」

 

 キュルケとタバサはその言葉でこれまでの麦野の言動を思い返し、それから肩をすくめてこう返した。

 

「無論」

「ええ。嫌と言う程ね」

 

 二人が得た結論は一つ。

『触らぬ神に祟りなし』――である。

 

***

 

 かつん、という足音が聞こえた。

 魔法学院にはいくつかの『塔』がある。教室や学院長室のある本塔を中心とし、東西南北に一本ずつ。

 そして此処は、宝物庫のある本塔だった。

 ()()()()()()()女性が、小さく舌打ちする。

 

(クソ……あのコッパゲの話だと、この学院にかかっている『固定化』の魔法は衝撃に弱いって話だったけれど……壁自体の厚みがこんなにあるんじゃあ、あたしの『ゴーレム』でもブチコワシは厳しいわね……)

 

 女は、巷ではこんな風に呼ばれていた。

 『土くれ』のフーケ。

 どんな財宝であろうと完璧に盗み通すという評判の彼女が次に狙い定めたのは、この宝物庫の中にあるものだった。

 『破壊の槍』。

 見た目は、ボロの木槍らしいが、その槍は振るだけで『とある魔法』を扱うことができるらしい。槍としての性能も申し分ないらしく、その強力さはワイバーンをひと突きで跡形もなく消し飛ばしてしまうほどのものなんだとか。売れば公爵家の財政が左右できるほどの財産が得られるという話を聞けば、もはやフーケを止められるものはなかった。

 が、肝心の宝を守る壁がこれほど堅牢なのは、さしもの彼女も予想していなかった。お蔭で数か月も粘ってしまったが……。

 

(ここらへんが潮時かしらね……)

 

 フーケは一流の『プロ』だ。それだけに、引き際も弁えている。どうにもならないものに固執したところで、破滅が待っているだけである。こういう場合、すっぱりと諦めて気持ちを切り替えるのが肝心だった。

 壁から降り立ち、屋内に戻ろうと踵を返したところで、フーケは自分の上って来た階段から足音が聞こえて来ることに気付いた。彼女はすぐさまフードを取り外し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、やってきた人物の姿を見た。

 

「あら……どうしたのです? ミス」

 

 その人物は、女性だった。

 フーケは思う。確か、この人物は朝にトリスタニアに買い物に出かけたはずだ。これほど早い帰宅は――いや、確か彼女の『ご主人様』の級友に、ウィンドドラゴンを使い魔にした少女がいたか。

 その女性は、茶色い髪を肩にかけていた。

 服装は普段着ていたメイド服ではなく、平民用の素朴な布地を、何やら奇怪に着こなしていた。彼女は知らないことだが、平民の服で以前持っていた服を再現しているのだ。これは、夏に『第三位』を研究所で迎え撃ったときの服装を再現していた。

 

「どうしたのです? ……っていうのは、私の台詞よねぇ」

「どういうことですか? 私にはどういう意味だか……」

「高位の土メイジは、踏むだけでその地面の質が分かるらしいわね。厚みとか、強度とか」

「っ!!」

 

 思わず息を呑み、そこでフーケは自分の失態に気付いた。

 この状況でそのリアクションは、殆ど自白しているようなものだ。

 

「隠さなくて良いのよ? ()()()()()。いえ、ここは怪盗フーケ……と言うべきかしら?」

 

 麦野沈利は、そう言って三日月のような笑みを浮かべた。


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