【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第三章

「待ちなさい! 待って、待ってってシズリ!!」

 

 歩き始めた麦野のことを、ルイズは即座に制止した。焦って声が上ずっていたが、しっかりと麦野の耳に届いたようだった。もっとも、それで麦野が言うことを聞くかと問われたら『NO』だが。

 

「……何だ? ヴェストリの広場の位置なら昨日コッパゲに聞いて知っているわよ」

「そうじゃなくて!! なんであんたヴェストリの広場に行こうとしてんのよ! あんなふざけた決闘なんて、受ける必要ないに決まってるじゃない! 六対一よ! しかもメイジよ! そんなの、たとえ『メイジ殺し』だって勝てっこないわ! あんた、元の場所で何やってたか知らないし、どこか変わった感じはあるけど、絶対に殺されちゃうわ!」

「問題ないわ」

 

 必死になって説得するルイズの言葉を、麦野は歩きながらバッサリと切り捨てた。あまりにあっさりと言い切られたので、ルイズは頭に血が上る前に頭の中が真っ白になった。

 そんなルイズに言い聞かせるように、麦野は言う。

 

「安心しなさい、迷惑はかけないから。貴族同士の決闘は禁止されているけど、貴族と使い魔の決闘は禁止されていない訳だしね。それにお前の家柄なら、周囲から追及を受けることもないでしょう」

「わっ、わたしは! 自分の問題に家の力を使うなんて……っ!」

 

 麦野の言葉の中に、ルイズの『誇り』をけがす言葉があったから、ルイズは顔を真っ赤にして反論した。

 だから、彼女は直後の麦野の呟きを耳にすることはなかった。

 ルイズの見ている『麦野沈利』とは全く別の側面を持った、『学園都市の頂点に君臨する怪物』としての彼女に、気付くことはなかった。

 麦野はその時、こんなつぶやきを漏らしていたのだ。

 

「――それに、異世界の技術が『〇次元』に使えるか、確認もしておきたいしな。使えなかったら『それまで』だが」

 

***

 

第三章 頂点に君臨する者は Top_of_the_World.

 

***

 

 麦野に決闘を仕掛けた貴族の少年たちのうち、リーダー格の少年は軽く焦っていた。

 何故かと言うと、目の前に決闘を申し込んだ少女使い魔――麦野沈利がいたからだ。

 ……何を言っているのか、と思うかもしれないが、そもそも少年は麦野が決闘に来るとは思っていなかった。六人の貴族に取り囲まれ、決闘を挑むなんて言われたら、想像するのは間違いなく『六対一』だ。そもそもメイジ殺しでもない限り一対一でさえ勝てる訳がないのに、六対一ならどんな手練れだろうと平民ならお手上げだ。麦野の世界で言うなら、無能力者(レベル0)一人を、異能力者(レベル2)が六人がかりで取り囲んでいるようなものである。

 だから、当然少女は決闘には来ず、少し待ってから『ふん、どうやら彼女は決闘から逃げたらしい。諸君! あの使い魔は強がっているが所詮はこの程度、貴族とは平民の上に立つ者なのだ。あの使い魔を恐れた者は恥を知れ!』……と、そう言ってことにケリをつけるつもりだった。

 だが、来てしまうとそれはそれで問題なのだ。何故なら、相手は平民。そんな相手にメイジが六人がかりで勝っても、そんな結果で誇れるはずもなかった。

 

「……よく来たな。その勇気だけは褒めてやろう」

「御託は良い。お前の『魔法』の性能を見に来ただけだからな」

 

 貴族を前にして、なおも不遜にそう言い切る麦野の後ろには、心配げな表情を浮かべているルイズの姿があった。すぐにでも止めに入りたいが、麦野がこの調子なのでそうも行かない――そんな感じだ。

 

「で? 全員でかかるのか? 私としちゃあそれでも問題ないが」

 

 そう、何てことなさそうに言う麦野を見て、リーダー格の少年はふと確信した。

 ……コイツのこの態度は、ハッタリだ。

 平民がこの状況で余裕ぶるのはあり得ない。何か秘策があるにしても、正攻法で勝とうとするなら絶対に一対一の方が良いに決まっている。なのにこの状況であえて自分が不利になるのに多対一に持って行こうとするのは、何回も一対一を繰り返しては種がバレる可能性のある『手品』に勝算を見ているか、あるいは多対一だからこそ成立する何かの策を持っているということだ。

 この平民は、何か策を持っている。逆説的だが、リーダー格の少年はそう思った。

 

「ふん。平民相手を大人数で嬲るなど貴族にあるまじき行為ッ! 神聖なる決闘は『一対一』で決着をつけることが流儀だ!」

 

 なのであえて、リーダー格の少年はそう言い返した。

 表向きには貴族の誇りを弁えた台詞に、観衆は一気に沸き立った。ごく一部の面々――赤毛の少女だったり青髪の少女だったり女好きの薔薇少年だったり――は様々な理由で冷ややかな視線で少年を見ているが。

 

 少年は賢かった。だから、麦野の台詞から最悪の可能性を見出し、そしてそれを封殺する為の選択肢を選んだ。

 現に、同じ可能性を考えていたルイズは麦野の思惑が看破されたと思い、顔を真っ青にして麦野の顔色を窺っていた。

 だが、麦野は微動だにしていなかった。

 少年は賢かった。だが、根本的に彼は普通の貴族だ。だから、当たり前だが誰もが考えないその可能性を考慮しなかった。

 

 ……単純に、麦野が六人のメイジを相手にしても簡単に勝つことができる、という可能性。

 

 麦野が元いた世界風に言うなら、異能力者(レベル2)風情が数万単位で群がったところで、超能力者(レベル5)に勝てるはずなどないのだから。

 

「では諸君! 決闘だ!」

 

 そう言って、リーダー格の少年は杖を取り出す。

 大仰な動作で杖を振ると、少年の周囲に風の流れが生まれた。

 

「我が名は『旋風』のショーン・ド・ラヴィエ。風の系統を司るラインメイジだ! 貴族である私は当然魔法を使う。平民の君に、武器は必要かな?」

「必要ないわ」

「……後悔しても知らないぞ」

 

 麦野は身体の調子を確かめるかのように、指を動かす。パキリ、と少女のものとは思えない音が鳴り、それが開始の合図になった。

 リーダー格の少年――ショーンは杖を振り、風の流れを掌握する。杖の先から放たれた気流の槌は、ちょうど麦野の眼前の地面に衝突するような軌道をえがいて飛んで行った。

旋風の槌(エアハンマー)』。

 まずはこれで麦野を怯ませ、恐怖させる。平民の使い魔が何もできないということを証明する。その上で武器を与えてやり、さらにそれにも勝利する。思い上がった平民は自らの身の程を知り、そしてショーンは寛大にもそれを許す。無能な『ゼロ』に代わって使い魔を躾けてやる、というわけだ。

 ……それは現代日本的な価値観からしたらひどく傲慢だったが、彼らの倫理では当然の発想だった。むしろ良心的な部類ですらある、と言っても良い。

 

 だが、ショーンの目論見は最初の最初から打ち砕かれた。

 ドッ!! と、『エア・ハンマー』が地面に着弾したとき、麦野はさらにその着弾地点よりも前に進んでいた。むしろ、『エア・ハンマー』の余波に乗ったのか、明らかに平民の少女とは思えない速度でショーンに接近する。

 超能力者(レベル5)としての戦力ばかりが注目されがちだが、麦野沈利という少女は、少女とは言い難い身体能力も凶悪さを強める一因となっている。

 たとえば、アスリート選手並の肉体を持つ不良を蹴りだけでノーバウンドで数メートルも吹っ飛ばしたり。

 たとえば、完璧にノーマークの状態から側頭部に鉄材を叩きつけられても、数秒で意識を取り戻したり。

 冗談のように感じるかもしれない。だが、そんな冗談のような身体能力もまた、麦野沈利の『強さ』の一つだ。

 

「……『詠唱』してから異能の力を振るうわけか。『魔術』とも仕組みが違うな。どっちかというと、『暗示型』の学園都市製能力に近いか?」

 

 平静そのものといった風に近づいてくる麦野に、ショーンはすぐさま返す刃で『旋風の鞭(エアウィップ)』を放つ。気流で生み出した鞭で相手を攻撃する、風の近接用魔法だ。鞭の軌道は操作できるので、同じ近接技である『旋風の槍(エアニードル)』よりも低威力だが取り回しは簡単である。

 しかし。

 

「だがこんなのじゃあ『〇次元』には使えないな」

 

 麦野はそんなこと意にも介さず、鞭を右腕で受け止めた。パシィン!! という音が響き、麦野が僅かに顔を顰めるが――それまでだ。それ以上のダメージは、生まれない。

 

「……()てえじゃねえか」

 

 至近距離から、左手を伸ばして顔面を掴む。

 貴族の――メイジの特権である『魔法』を意にも介さず、そして接触。観衆は、思わず騒ぐのも忘れてそれを見入っていた。

 

「クソガキがぁ!!」

 

 ぐん、と。

 その瞬間、ショーンは奇妙な浮遊感を感じた。

 首に引き延ばされるような痛みを感じ、それから下半身が振り回されるような遠心力をおぼえる。顔面を掴まれているので、自分に何が起こっているのか分からないが――端的に言うなら、捕まれた部分を起点に『振り回されている』かのような。

 そして……その自己分析は、限りなく正確だった。

 

 ドゴシャア!! と麦野は、ショーンの身体を振り回して、そのまま全身を地面に叩き付けた。

 超能力者(レベル5)としての能力など、一ミリも使わなかった。

 そんなことをしなくてもこの程度の格下には勝利できると、そう言わんばかりに、麦野はあっさりとショーンの意識を刈り取った。

 地面に思い切りたたきつけられたショーンは体の背面はほぼ全面が打撲し、より遠心力の働く手足については半ば砕けてしまっている有様だった。

 

 そのあまりにあっけなく凄絶な決着に、暫し広場の空気が凍りついた。

 

「で? 次はどうした。私の右腕は痺れているぞ。今なら少しは有利になれるかもしれないなぁ? オラ、残りは五人だろ? どうした? 怖気づいたか? 何なら全員まとめてでも良いぞ?」

 

 悪鬼のような笑みを浮かべ、麦野は自分に喧嘩を売った不届き者を見る。少年たちは顔を青くしていたが、やがてそんな恐怖を振り切るかのように、雄叫びをあげながら突撃していた。

 麦野の迫力に、完璧に呑み込まれていた――というのもあるが、根本的に、貴族というのは『誇り』が絡むと合理的な判断ができなくなる。ムキになったときの麦野と一緒だ。失敗をそれ以上の功績で帳消しにしようとする。その為ならばどんな犠牲を払っても良いと思う。たとえ、本末転倒になったとしても。

 この場合ならば――貴族が一対一の戦いで、ただの平民の体術に捻じ伏せられたという『失敗』を帳消しにする為に、完膚なきまでに麦野を叩きのめそうとした。たとえそれが、『貴族がただの平民を嬲る』という決闘にあるまじき行為で、それによって彼らの『誇り』が失われるという、本末転倒極まりない結末を迎えたとしても。

 

 メイジの一人が、火の弾を放つ。

 メイジの一人が、水の鞭を繰り出す。

 メイジの一人が、土の槍を伸ばす。

 

 様々な魔法が繰り出され、麦野はそれを躱していたが、その表情は見る見る『失望』の色を色濃くしていた。

 

「火、水、土、風……昨日の説明に遭った通りの『四属』。つまんないわね。実地で見れば『〇次元』に応用できるものもあるかと思ったが……まあ、せいぜいがラインかそこらじゃあ早々特殊な魔法も出てこないか」

 

 麦野が、火メイジの方へと走り寄る。火メイジは小さく悲鳴を上げ、麦野に火球を飛ばそうと杖を向ける。が、麦野は寸でのところで身を捻り、その射線から逃れて腕に裏拳を叩き込む。メシメシと嫌な音が響き、火メイジは悲鳴を上げながら杖を取り落とした。

 次に麦野はその火メイジの襟首を掴み、水メイジの方へと投げ飛ばす。恐怖で足がすくんだ水メイジは回避することもできずに火メイジに押し潰され、ともども気絶してしまう。

 

「くははは、何だこの有様は。貴族だ? メイジだ? 絶対的な差だ? 『ただの平民』一人に此処までされておいて、よくもまあそんな口が叩けたものねぇ? もしかして貴族ってのは、全員そろって愉快な誇大妄想狂の集まりだったのかにゃーん?」

 

 麦野が、嘲る。

 決闘に参加している貴族の少年たちだけではない。

 それを見ている、数多の観衆。その全てに向かって、麦野は言っていた。

 ……あの麦野沈利が、鬱憤を感じていないはずがないのだ。

 彼女は超能力者(レベル5)だ。学園都市の頂点に君臨する怪物だ。恐れられこそすれ、『平民だから』なんてくだらない理由で侮られるいわれはない。そんな状況に甘んじていられるほど、彼女は物分かりのいい性格ではない。

 まして麦野から言わせてみればこの少年たちは世界の酸いも甘いも知らない『甘ったれのクソガキ』である。自分より弱く、自分より愚かな存在に舐められて、平静でいられるわけもなかった。

 ……麦野は、ある意味で待っていたのだ。

 こういう状況を。だから目をつけられるリスクを冒して公衆の面前で高圧的な態度をとり、馬鹿な貴族が釣られるのを待った。表向きはルイズに大人しく従っているように見せて、喧嘩を売らせることで『自分は悪くないが思う存分力を発揮できる』場を整えた。

 結果として、超能力者(レベル5)の本領を発揮するまでもないほどの三下だったが、麦野はそれでも満足していた。こうして他を圧倒しているのだから、もはや自分に向けられる感情は畏怖と警戒。他人を足蹴にしそして頂点に君臨することこそ、麦野沈利にとって最も基本的な喜びだ。

 

「言い返す言葉もねえ、か? オラどうした、『ゼロ』の使い魔だのなんだのって言ってたボケはどこのどいつだった? 何が『ゼロ』か教えてほしいわね。テメェらの勝利する可能性か? ハッ! コイツは傑作ねぇ!?」

 

 ――これは、明らかに麦野の悪い癖だった。

 勝利を確信し、勝ち誇る。

 そこに隙が生じ、そこを突かれて窮地に陥る。

 この時点での麦野は経験していないが、彼女はそうやって格下の無能力者(レベル0)に敗北したのだ。

 そして、此処に置いては、

 

「……『エア・ハンマー』」

 

 ゴッ!! と半ば折れた腕で魔法を発動させたショーンの風の槌が、麦野の側頭部に突き刺さった。

 

「し、シズリぃぃぃいいい!!」

 

 枯れ木のように吹き飛んだ麦野を見て、ルイズは改めて彼女が自分と同じ女性であるということを思い出していた。やはりメイジ殺しだったのか、五人のメイジ相手に互角以上に渡り合う技量は流石としか言いようがなかったが――一つ、計算外があった。

 意識を取り戻したショーンが、卑怯にも横合いから魔法を発動したのだ。

 卑怯にも……というか、既に決闘は全員がかりになっていたし、麦野も決闘している意識はまるでなかったので、これは倒したショーンから注意を外していた麦野の迂闊さという要素もあるのだが(少なくとも青髪の少女ならこんなことにはならなかった)、『ルールに則った決闘』を見ているつもりだったルイズからしてみれば、これは卑怯な横槍だった。

 

 すぐさま駆け出し、倒れた麦野に駆け寄る。

 しかし、貴族の少年たちはそれでも止まろうとしていなかった。

 麦野の挑発で頭に血が上っていた――のではない。むしろ逆だ。少年たちは恐怖していた。だから、目下最大の脅威である麦野沈利という戦力をこの程度で無力化できたとは思っていなかったのだ。

 もはや、貴族の誇りという建前はなかった。目の前の恐怖を殲滅しなくては、という意識のみがあった。

 

「もう、もうやめて! 決着はついたでしょう!? あんた達の勝ちよ。シズリはもう気を失ってるのよ、これ以上傷つける必要はないわ!」

 

 ルイズはそう言って、麦野を庇う。

 先程の麦野の言動。普段の冷静な彼女からは想像もつかないくらい苛烈な口調だった。そしてあれが麦野の本性なのだとルイズは悟っていたが、それでもルイズは麦野のことを庇った。

 たとえ本性が残忍だとしても、あの性格では別にルイズに対して好意など抱いていないとしても、麦野はルイズと魔法抜きで向き合ってくれた。そこに好意がないとしても、軽蔑せずに接してくれたのだ。ルイズにとってはそれだけで十分だった。もう戦えない使い魔の為に盾になることに、一縷の迷いもなかった。

 

「それでも続けるって言うんなら…………私が、この『ゼロ』のルイズが相手になるわ!!」

 

 杖を構える。爆発しか起こせないルイズなど、戦ったところで勝てるはずがない。だが、それでもルイズは退く気になれなかった。

 

(貴族って言うのは、魔法が使えるから貴族なんじゃない。敵に後ろを見せないから――貴族なのよ!)

 

 不退転の心持ちで立ち向かおうとするルイズ。

 だが、その覚悟はほんの一瞬で打ち砕かれることになる。

 ぐい、と。

 手加減抜きで、マントが後ろに引かれ、そして思い切り転がってしまったからだ。

 

「な、ぐは! へ?」

 

 目を白黒させながら見てみると――そこには、彼女の使い魔が佇んでいた。

 さっきまで気絶していたはずなのに、もう危なげない足取りで立っていた。

 麦野の表情は、後ろにいるルイズからはうかがい知ることはできない。できないが、きっととても怒っているのだろう、ということだけは分かった。何故なら、彼女の表情を見ている少年たちや慣習は、みな一様に蒼い顔をして麦野の表情から目を逸らしているからだ。

 

「し、ずり……?」

 

 これから、彼らは知ることになる。

 ――麦野沈利が、立っていた。

 そしてそれは。

 怪物が――学園都市に君臨する第四位が、本当の意味で牙を剥いたことを意味していた。


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