【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第二章

 罰として爆発によって発生した瓦礫の後片付けをしながら、麦野はルイズの変調の原因を悟っていた。

 負けん気の強いルイズが授業前にどこかそわそわしていたのは、このことを恐れていたからだ。せっかく自分に(たとえぞんざいでも)敬意を払ってくれる使い魔がやってきてくれたというのに、その結果が『爆発』とあっては、すぐに敬意は失われてしまう。またすぐに、他の生徒たちと同じように自分を『ゼロ』とさげすむに違いない。

 

「……これで分かったでしょう? わたしが『ゼロ』って呼ばれる理由」

 

 そんな感情が、ルイズのその一言から漏れ出ているようですらあった。

 教壇の横で、膝を抱えて突っ伏しているルイズは、明らかにいじけていた。

 麦野は、赤ん坊ほどもある瓦礫を片手で持ち上げ、教室の隅に放り投げていた。

 ルイズの問いには答えなかった。というよりは、答えを持ち合わせていなかった。こういう話し方をする人間は、そもそも会話をする気がないのだと麦野は経験上知っていた。

 

「…………」

「何とか、何とか言ったらどうなのよ! どうせあんたも、わたしのことを心の中で馬鹿にしているんでしょう!?」

「知っていたわよ」

 

 麦野はルイズの心を癒す話術なんて持っていないし、わざわざルイズの心を癒す必要性も感じていない。使い魔のルーンなんて言うがこんなものは実利的な物ばかりで、主人と使い魔の心の絆を育むような役割は一ミリたりとも存在してくれていない。

 だから、麦野がそう言ったのは単純に面倒臭い癇癪から逃れる為だった。

 

「……え?」

「『知っていた』、って言っているのよ。アンタが『ゼロ』って呼ばれる理由は。あの威力は予想以上だったけどね。……昨日私がどれだけの間あのコッパゲに質問していたと思っている? その中で一応とはいえ主人の情報を聞いているとは思わなかったの?」

「あ…………」

 

 劣等感に苛まれていたルイズは、そこまで考えが至っていなかったらしい。いや、麦野が形式上とはいえ丁寧な態度をとっているから、それで気付いていないと思ったのだ。

 だが、正解は違っていた。麦野はルイズが蔑まれる所以を知った上で、ルイズに接してくれていたのだ。つまりそれは、ルイズのことを魔法抜きで認めてくれる存在に他ならなかった。

 

 ……重ねて言うが、麦野は決してルイズのことを慰めるつもりで言った訳じゃない。

 彼女の言動から勘違いしている部分をピックアップし、それを素早く解くことで余計な癇癪に煩わされるリスクを取り除いた、ただのそれだけだ。

 だが、人の心を癒すのに、必ずしも思いやりは必要じゃない。

 今のルイズにとって、麦野の無関心な台詞は特効薬にも等しかった。

 

「……う、う」

 

 無条件に自分を肯定してくれる存在。

 ……いや、厳密に言うと麦野は肯定なんてこれっぽっちもしていないのだが、ともかく『ゼロ』であることとは無関係に自分と接してくれる存在というのは、ルイズの固くなった心をときほぐすのに十分だった。

 

「うあぁああ……!」

 

 ぼろぼろと涙を流しながら、ルイズは半壊した石造りの机を両手で持ち上げている麦野の背中に抱き付いた。『うお!?』と思わず机を取り落としそうになり、麦野は足を踏ん張る。

 ゆっくりと瓦礫を床に置き、麦野はルイズの頭に手を置いた。

 そして、

 

「……片付けの邪魔だ。というかアンタもいじけていないで手伝いなさい」

 

 ピシリ、と何かが軋む音を、麦野は聞いた。

 せっかくいい雰囲気だったのに、台無しじゃないのよ馬鹿メイド!! という怒鳴り声と、呆れたような溜息が教室から聞こえてきた。

 ただ、少なくともルイズの方は、着実に麦野に心を許しつつあった。

 

***

 

 その日の昼食も、麦野は厨房の賄いだった。

 朝も昼も厨房は忙しく、さながら鉄火場といったような雰囲気だったが、麦野は気にせずに食事を済ませた。朝のうちに知り合いになった黒髪のメイドに昼食を片付けるよう頼むと、さっさと立ち上がり厨房から出ようとする。

 

「おい、そこの!」

 

 逞しい声に呼び止められたのは、その時だった。

 呼び止めたのは茶髪の暑苦しそうなシェフだ。名前はマルトー、この魔法学院の厨房を取り仕切る役割を担っていた。

 

「何そこでぼさっとしてんだ。見ない顔だが新入りか? 出ていくならこいつらも運べ、人が足りねえんだ!」

 

 そう言って、配膳車を示した。ああ、と麦野は納得した。どうやら麦野は格好のせいでメイドと間違われてしまったらしい。目立たないのは良いことだが、間違われるのは面倒だな、と麦野は思った。とはいえ、此処で間違いを訂正するのは、マルトーが忙しいせいもあって難しいだろう。変に話をこじらせるよりは、さっさと仕事を済ませてそのままばっくれるのが得策である。

 そう判断した麦野は、あえて何も言わずに配膳車を運ぶことにした。

 

「ムギノさんも大変ですね」

 

 その様子を見ていた黒髪のメイドが、茶化すように言う。麦野も面倒をさせられている自覚はあったので憮然とした表情で返すにとどめる。というかお前が行けば良いじゃないか、と思ったが、どうにも彼女の方も仕事があるらしく、押し付けるのは現実的ではないように思えた。

 

「仕方ない……。行くしかないわね」

 

 あとでルイズにちくって、それなりの給金をもらおうと麦野は思った。

 

「……あんた何してんの?」

「雑用よ、雑用」

 

 食堂に行くと、真っ先にルイズに見つかった。麦野は適当に答えつつ、ルイズのテーブルにデザートを載せる。

 

「デザートになりますわ、お嬢様」

「だからあんたそれ何なのよ……」

 

 ルイズの至極まっとうなツッコミを背に、麦野はてきぱきとテーブルの上にデザートを載せて回った。元々要領は良いタイプだったので、特にトラブルになるようなこともない、と。

 

(ん?)

 

 麦野は、配膳車の向こうに紫色の瓶みたいなものを確認した。

 香水だ。それも、おそらくなかなかの高級品である。

 麦野はそれを拾い上げ、軽くあたりを見渡した。殆どの人はその様子を気にしていないが、ただ一人、金髪でフリルな薔薇男だけが露骨に麦野から目を逸らしているのに気付いた。

 召喚直後に今日の授業と、なかなか凄みまくった自覚のある麦野は一瞬そのせいかと思ったが、他の生徒たちはすっかり麦野に気付いていないようなので、おそらくはこの瓶が原因なのだろうと麦野は考えた。そして、目を逸らしているあたり見つかってはいけないものだということも。

 にんまりと麦野は薔薇少年に嫌な笑みを向けると、頷いてメイド服のポケットにその瓶をしまった。此処で貴族に恩を売る方が、後々便利だろうという思いからである。

 

「ねえあんた、ちょっと待ちなさい」

 

 大方浮気の証拠かそのあたりだろう――とあたりをつけてデザート配りを再開しようとしたとき、背後から声をかけられた。

 振り返ってみると、そこにはドリルツインテの典型的なお嬢様が仁王立ちしていた。

 あたりを見渡してみるが、この少女に話しかけられたというような顔をしている者はいない。

 

「あなたよ、そこのメイド。あんた今、ポケットに何を入れたの?」

「何も……何も拾ってなんていないけど?」

 

 麦野は、しらばっくれることにした。薔薇少年とアイコンタクトは交わしたが、別に言葉を交わしたわけではなかった。此処で白状すると色々と面倒臭いことになる。何を言われてもシラを切り通せば、自分はルイズの使い魔なのだから無理やり服の中を調べられることもないだろうしコトが明るみに出ることもない、と思ったのだ。

 しかし、ドリルツインテの少女は斜め上の行動に出た。

 

「知ってるのよ! あんたがあたしのギーシュへのプレゼントをポケットにしまったこと! バレないとでも思ったの!」

 

 そう言って、ドリルツインテの少女は杖を振った。

 すると、麦野のポケットが淡く光り出した。麦野は此処に至って自分の不備に気付いた。そう、此処は魔法の世界。通常ではあり得ない現象が起こって当然なのだ。もっと厳重に隠しておくべきだった。

 さて、このままだと麦野は盗人の誹りを受けることになってしまう。自尊心の固まりである麦野にとって、それほど腹立たしいことはない。もしも間抜けにもそんなことを言ったのなら軽く『躾けて』やろうかと思った、その時。

 ガタン、と一人の少女が席を立ちあがった。

 

「ギーシュ様……ミス・モンモランシと付き合っているという噂は本当だったのですね……」

「け、ケティ!」

 

 薔薇少年……改めギーシュは、そう少女の名前を呼んだ。

 その言葉を聞いて、ミス・モンモランシと呼ばれたドリルツインテの少女ははっとした表情になった。

 

「……あんた、一年生の子に手を出してたのね」

「い、いや違うんだモンモランシ―! これはだね……」

「そこのメイド、疑って悪かったわね。大方ギーシュの浮気を隠すように言われてたんでしょう。あんたは戻って良いわ」

 

 つかつかと、二人の少女達はギーシュのところへと歩み寄る。

 そして、

 

「嘘吐き!」

「さようなら!」

 

 それぞれ一発ずつ、頬にビンタをかまして浮気男の前から去って行った。

 しばしその様子を見ていた生徒たちだったが、やがて爆笑の渦が巻き起こった。目の前でこれほどまでに見事な浮気男への制裁が繰り広げられたのだから、娯楽に飢えた貴族の子供達がそうなるのも無理からぬことだった。

 だが、ギーシュとしてはそれでは腹の虫がおさまらないのも事実だった。

 二股がバレた挙句笑いものになっておしまいでは、あまりにもミジメすぎる。誰かにこのやるせない怒りをぶつけて、発散したかった。もちろんその発想自体が傍から見ると滑稽極まりないのだが、ギーシュもまた貴族とはいえ思春期真っ盛りの少年なのだった。

 そこで目に留まったのが、麦野だ。

 麦野は既にギーシュから興味を失っており、適当にテーブルに小瓶を置いてそのまま遠のいていくところだった。

 

「待ちたまえ」

 

 その麦野に小走りで歩み寄り、ギーシュはその肩を掴んで振り向かせた。

 

「あ?」

「あ゛」

 

 そして、間近で見たことにより、ギーシュは麦野の正体に気付いた。

 学院で普通にメイドをしているので、ただの平民メイドだとばかり思っていたが、良く見ればその顔は昨日、それから今日、たったの一言で場を静まり返らせたあの不気味な使い魔ではないか!

 ……ギーシュはこの時点で、完全に委縮してしまっていた。

 

「な、なんだ……。る、ルイズの使い魔だったのか……。ま、まあルイズの使い魔であのくらいできれば上出来か……。いや、良いよ、行っても。呼び止めたりして悪かったね……」

 

 チラチラと目を逸らしながらやっとの思いでそう言ってのけるギーシュはあまりにも情けなかったが、麦野の機嫌はそれで怒るほど悪くなかったので、そのまま給仕に戻り、デザートを全て配り終えてから無事ばっくれることに成功した。

 ルイズはその一部始終をしっかり見ていたが、麦野が危ない目に遭いそうな風でもなかったので特に何も言わなかった。

 

 しかし、この場面において一つだけ、決定的な部分があった。

 ギーシュが麦野に委縮して、難癖をすぐに引っ込めてしまった、という部分。

 これは、見様によっては『貴族が平民に屈した』風に映らないだろうか。

 そしてそれは、公衆の面前で行われたのだ。

 

 そんなものを見せつけられて、『誇りある』貴族たちが黙っていられるはずが、なかった。

 

***

 

第二章 決闘はディナーの後で Pride?

 

***

 

 夕暮れ時。

 夕食も食べ終えたので、麦野は湯浴みに行くルイズの付き添いをしていた。

 

「今日のギーシュは面白かったわ~。でもシズリ、貴方って妙にプレッシャーがあるような気がするけど、元いた場所で何してたの?」

「あ~、まあ、色々よ。色々」

 

 あの教室での一件を経て、ルイズは目に見えて麦野に懐き始めていた。

 麦野としてはあの言葉はまるでやさしさなどではないので、あまり懐かれるのも困りものなのだが……どうにも、ルイズにはそんなこと関係ないらしい。同性という気安さと、使い魔と言う優位性、それから麦野の無遠慮な態度が、ルイズの警戒心をうまいこと削ぎ落しているようだった。

 

(しかしこうして引っ付かれると、フレンダの奴を思い出すわね……)

 

 元の世界に置いて来た部下の顔を思い出すが、特に望郷の念はなかった。元々フレンダにしても、換えの利く人員の一人でしかない。それより、せっかく鬱陶しいのを置いて来たのにまた増えた、という思いの方が大きかった。

 と。

 

「ねえシズリ、今度の虚無の曜日なんだけど、やっぱり新しい服を――」

「とまれ、『ゼロ』のルイズ」

 

 声と同時に、ルイズ達を取り囲むように複数の『気配』が現れた。

 現れたのは、神経質そうな金髪の青年をリーダー格とした、六人の生徒たちだ。学年は、三年生。ルイズよりも一つ年上だった。

 

「……一体、何の用?」

 

 その表情から、あまり面白い話ではないだろうと思ったのだろう。ルイズは眉間にしわを寄せて身構えた。

 だが、事態は彼女が想像していたよりも悪かった。

 

「率直に言おう、我々はその使い魔に『決闘』を申し込む」

「…………は?」

「既に準備は済ませてある。ヴェストリの広場だ」

「ええ、と。ちょっと待ちなさいよ。決闘? シズリと? シズリは平民よ? それを貴族が六人で寄ってたかってって……そんなのってないでしょ! いいえ、そもそも貴族が平民と決闘なんておかしいわ。そんなのただのリンチよ!」

「来ないのならばそれで良い。態度がでかくとも所詮は平民。さあどうする? 逃げたとしても、我々は君のことを臆病者とは思わないだろう!」

 

 そう言い切ると、生徒たちはさっさと去って行ってしまった。おそらく、ヴェストリの広場へ行ったのだろう。

 彼らがこう言ったのには、事情がある。

 それは、貴族の誇り。いかにドットとはいえ、将軍家たるグラモンの四男が平民に屈したとあっては、貴族の沽券にかかわってくる。

 だが、必ずしも彼らは決闘などする必要はないと考えていた。ようは、名誉さえ回復できればそれでいいのである。使い魔の方が勝てる訳ないと諦めて広場に来なければ不戦勝。相手は敵前逃亡するしかできない臆病者だったと言えば、名誉は回復する。

 六人で出てきたのも、妙なプレッシャーを放つとはいえ平民、六人の貴族を相手に戦えるはずもなく、すぐに諦めるだろうと考えての事だった。

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 生徒たちが勝ち誇って、麦野に逃げても臆病者とは思わない、と言った部分。

 これは、見様によっては『暗に侮辱した』風に映らないだろうか。

 そしてそれは、麦野に対して行われたのだ。

 

「デカい口叩いて良いヤツと媚び諂うべきヤツ、上下関係の見分け方から教えてやらないといけないのかしら? この学校の馬鹿共は」

 

 そんなものを見せつけられて、『誇りある』麦野が黙っていられるはずが、なかった。


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