【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第二五章

 麦野が凄絶な笑みを浮かべた、その直後。

 

「させると思うか、この俺が――!!」

 

 言うが早いか、ワルドの剣閃が奔った。

 ヒュバ! と金属の輝きが閃き、余裕――いや、もはや『油断』とすら表現できるほど悠長な構えをとっていた麦野に肉薄する。容赦など一片もない、完全に殺す気の一撃。

 ルイズが制止する間もなかった。

 

 しかし、ワルドの剣が麦野の柔らかい肉を裂くこともまた、なかった。

 

 ………………彼の姿が、一瞬後にはその場から、跡形もなく消え失せたからだ。

 もちろん彼の卓越すぎる足運びや速すぎる身のこなしによるものではない。目の錯覚などではなく――――もっと単純に、素朴な意味で、その場から消えた。

 ()()()()()()()()()()

 

「……私が目視することも難しいくらいの高速で動けば、あるいは能力を使わせる前に殺せるとでも思ったのかしらね? ……()めェなァ。斬りかかってくるってことが分かってりゃ、待ち伏せして『私の周囲にある固体』を指定して無差別に吹っ飛ばせんだよ」

 

 その掌に『この世の全て』を収めた女は、愚かなヒーロー気取りを冷笑するかのように溜息を吐いた。

 

「…………じゃ、ジャン……? シズリ、あんたジャンをどこにやったの……?」

「安心なさい。殺してないわ。あの程度のボンクラ、わざわざ太陽系の外に飛ばしてやるまでもないからね。…………おっと、この世界じゃ太陽系と言っても通じないか」

 

 麦野はせせら笑いながらそう付け加える。逆に言えば、殺そうと思えば殺すことができたということだ。そんな、単なる憎しみよりもよっぽど冒涜的な感情でその力を振るうことができるということだ。

 

 麦野沈利は、『完成』してしまった。

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、『間に合わなかった』。

 

 ルイズが認めようと認めなかろうと、後戻りできる段階は終わっている。

 これまでの――『〇次元の極点』を求めるだけだった状態の麦野なら、まだ大丈夫だっただろう。その状態でルイズが勝利すれば、あるいは麦野を説得し、引き返すことができたかもしれない。

 だが、今はもう駄目だ。

 〇次元の極点を手に入れてしまった麦野は、この世が自分の思い通りにできることを知ってしまった。これからは、それを実感するだけだ。そして彼女がすべてを手に入れた後にすることは、こことは違う歴史がすべてを証明してしまっている。

 

『何だよ…………もう色褪せてんじゃん、この世界』

 

 ――――〇次元の極点を手に入れ、世界の頂点に立った麦野沈利が実際に言い放った言葉だ。

 それから麦野は自らが手中に収めた世界を『派手にブチ壊す』という選択を躊躇なく選んだ。つまり、麦野沈利はそういう人間ということだ。そして『〇次元』を手にしてしまった以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ! ルイズ、此処は――」

「蜃気楼ならどうにかなるとでも思ってんのかァ?」

 

 言った瞬間、キュルケが、タバサが、シルフィードが、ジョゼフがその場から消え失せる。

 この場にいるのは、麦野とルイズ、それから麦野の仲間であるロングビルのみ。

 

「……()めェっつってんだろ小娘が。蜃気楼で誤魔化そうが数メートル程度のズレなら『蜃気楼も含めた座標ごと』テレポートさせちまえば無意味だ。……あ、もしかしたら腕だけ飛ばし損ねちゃったりするかもしれないけどね?」

 

 文字通り世界そのものを掌握している麦野は、意外にもただそう吐き捨てる以上のことはしなかった。その気になれば世界の全てを片手間で捻りつぶせる怪物なのに、こうしてルイズと向き合っている――そんなちぐはぐな状況が続く。

 

「他の有象無象どもを殺してやっても良かったけど…………そんなことやってアンタの『純度』を損ねたら勿体ない。…………万全じゃない状態のアンタを潰して、後から勝敗にケチがつくのも面白くないからね……♪」

 

 ただし、麦野のそれは決して善意なんかではない。

 彼女の悪癖だった。

 狙うなら、ノーミスクリア。後から自分が嫌な気分にならないように、完璧に舞台を整えた上で不純物を取り除いた『一〇〇%のルイズ』を叩き潰すと言っているのだ。

 そこには、ルイズ個人を見る視点はない。目の前に立つ彼女を『処理すべきタスク』としか扱っていないからこその言動。もはや『道具』とすら見ていない――極大の傲慢が、そこにある。

 

「……………………」

 

 その後姿を、ロングビルはじっと見つめていた。そして彼女が何か言おうとした瞬間、

 

「あ、そうだ」

 

 麦野は、ふっと何かを思い出したような調子で口を開いた。

 そして何気ない様子でロングビルに視線を向け、

 

「…………ルイズの側を一人にしたってのに、私に仲間がいたら片手落ちじゃない」

「…………っ! ムギノ、あんた……っ!!」

 

 麦野の一言に、ロングビルは取り繕った口調もかなぐり捨てて、呻くように言った。

 確かに、ルイズは麦野が他の面々の命を奪っていないと確信している。彼女の人間性をある意味で深く理解しているからだ。

 だが、ロングビルの視点からではそんなことは読み取れない。麦野は何やら勝ち誇って意味の分からないことを喋っているが、消された人達が『どこか遠くに飛ばされた』なんて分かりようがないのである。

 

 だから、彼女は動いた。

 

 『聖なる兜(あるくきょうかい)』のフードから吐き出されるように放たれた『異界の書(ルーン)』が四つの異なる『異彩の駒(おりがみ)』を乗せて舞い、『破壊の槍(フリウリスピア)』と『封印の杖(しちてんしちとう)』を両手に持ったロングビルがその中心で舞を踊るように二つの得物を構える。

 

 麦野が何かを言う間もなく吐き出されたルーンは部屋中に張り巡らされ、そして彼女の背後には六体のゴーレムが生み出される。

 ――ただし、それは土くれではない。

 青銅によってつくられた、女騎士――ワルキューレだ。

 

 ルイズは知っている。

 

 それは、『青銅』の二つ名を持つ浮気がちな少年の専売特許だ。

 確か、ルイズの記憶では、彼は浮気がバレてボコボコにされた腹いせ(と、暴言への報復)の為に決闘を仕掛け、そこで七体のワルキューレを振るっていたはずだ。

 結局、七体のワルキューレで終始優勢な状況を作っていたのはよかったが、情けをかけて与えてしまった青銅の剣でガンダールヴに覚醒されて敗北を喫したのは記憶に新しい。

 

 ――――()()()()()()()()()

 

 その瞬間、ルイズの脳裏に情報が弾けて、

 

 しかし、ロングビルの反抗はそこで終わった。

 

 時間にして、一秒もなかっただろう。

 コンマ数秒の抵抗の末、ロングビルの身体が編集でカットされたみたいに消え失せてしまう。

 

 ――そして、後には二人以外の誰も残らなかった。

 

「シズリ、ミス・ロングビルは――フーケはあんたの仲間じゃなかったの!?」

「ああ……アンタの側から見ればもうロングビル=フーケは確定してたんだったか。クク……その観察眼もそうだが、まったく面白いことになったもんだ」

 

 これで、この場にいるのはルイズと麦野の二人だけ。

 味方のはずのロングビルさえも退場させた麦野にルイズは思わず驚愕するが、麦野はそんな小さなことはどうでも良いと言わんばかりに話し始める。

 

「なあ、お前は時間ってヤツについて考えたことはあるか?」

 

***

 

 第二五章 そして訪れる終末 Defind_Catastrophe.

 

***

 

「…………時、間?」

「そうだ。さっきジョゼフの野郎が言っていただろ? 『時間というのは一本のゴム紐のようなものだ』ってなァ。……いいね、ヒントが勝手に転がって来てくれるってのは。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………………、」

 

 ルイズは少しだけ考え込んで、

 

()()()

 

 すんなりと、麦野の軽口を肯定した。

 

「このカタストロフは、あんたが召喚された瞬間から確定していた」

 

 ルイズは、ただの小娘であったはずの少女は、きっぱりとそう断言してみせた。

 

「…………あんたは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。本来わたしの隣には、あんたじゃない誰かが立っていて、そいつと一緒にわたしは冒険するはずだった」

 

 麦野は、そんな台詞にくっくとくぐもった笑いを浮かべる。

 何一つ間違いではなかった。

 科学の都市から召喚された少女? ヒロインのことを徹頭徹尾人間扱いせず、力を手に入れたら即座に殺害する主人公?

 そんな歪な物語が、あるはずない。そんなもの、物語として成立していない。

 

 そんなイレギュラーが実現してしまうとすれば、

 

「…………そして、わたし達の時間軸は、あんたの召喚によって『通常では有り得ない方向』に捻じ曲がっている」

「そ。並行世界ってヤツね。アレは世界が何個もあるんじゃなくて、一本の時間軸をどこの未来(ピン)で固定するかって話だし。この世界は、正しい時代とは全く別方向の未来を進んでいるわ」

 

 ギーシュ・ド・グラモンの決闘の消失。

 マチルダ・オブ・サウスゴータの凋落の阻止。

 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドの反逆の撤回。

 そして、アルビオン王国の敗北の妨害。

 

 『正しい歴史』においては『確定事項』として扱われていたはずの事件の数々は、今に至るまで完璧に打ち崩されてきた。

 それこそが、今起きている歴史が正しいものではないという証左だ。

 

「……おそらくは、こんなイレギュラーが生じたのは私が原因でしょうね」

 

 麦野は、落ち着いた様子で自らの歩んできた道を振り返る。

 ただし、それは彼女の表面的な行いに原因を求めるものではなかった。

 そんな次元の話では、ない。

 

「………………私は、『前の世界』に居た頃から捻じ曲がった歴史の中にいた。いや、ある意味で中心点にいたと言っても良いかもしれないわね。どこぞの誰かに選ばれた『勝者の立ち位置』。そこに、私はいたわけだ」

「………………、」

「……そして、何の因果か『歪みの中心点』にいた私はお前に召喚された。だが、ここで一つ疑問が生じるわけだ。…………果たして、そんな狂った歪み(シナリオ)の中心点たる因子を持った私が混じった歴史が、本当に真っ当な道筋を進めるのか?」

 

 麦野の表情を、笑みが彩る。

 ただし、彼女の笑みは、狂っていた。

 

「そんなワケがねェよなァ! それも、ただ歪むだけじゃない! その歴史の歪み方も、『私』っていう歪みの頂点を元に構成される! つまり、『元の世界』で私がやり残していた『歪み(シナリオ)』をそのままなぞるって訳だ!!」

 

 ――――つまり、これはそういうお話だったということ。

 落ちこぼれの少女が、異世界から来た殺し屋の女と交流し、その中で少しずつ成長していく物語などではなく。

 そんなのはただのおまけで。

 麦野沈利がやり残した、『世界の頂点』に辿り着き、そして世界を滅ぼすというカタストロフこそが世界に用意された『本筋』だったのだ。

 だから、配役が用意された。

 彼女が前の世界でやり残していた、『狂った科学者(マッドサイエンティスト)』の始末。

 ()()()()()()()()()自身も気付いていないようだったが――本来彼は『豆腐』などという言葉は知らない。にも拘わらず、彼はその言葉を口にした。前の世界で同じ配役だった木原数多が口にしたからだ。

 そして、そのジョゼフは倒れた。

 麦野沈利は、『〇次元の極点』を掴んだ。

 

 掴んでしまった以上、あとは根本の歪み(シナリオ)通り、世界が一度滅ぼされるだけだ。

 『〇次元の極点』により、一度米粒サイズまで圧縮され、どうしようもなく消滅する。空虚な少女の『自殺』に巻き込まれる、という形で。

 

「させないわ」

 

 ――――阻止する方法は、ないわけではない。

 つまり、現時点でおかしなピンに引っかかっているゴム紐を取り外し、元に戻せばいいのだ。

 想定されるカタストロフは『その位置にピンをとりつけたから』起こるのであって、全く別の位置にピンを留めればカタストロフもまた消滅する。

 もちろん、未来や過去などの『時間』を操る技術はこの世界には存在していない。だが、未来はまだ確定している訳ではない。

 だから、此処で麦野を止めることができれば、世界が崩壊することも食い止められるだろう。

 しかし、

 

「――――どうやって?」

「……、」

 

 その麦野の行動は、歴史によって後押しされている。

 〇次元の極点がどうとかいう、表面的な問題ではない。

 そもそもこの物語は、麦野沈利が主人公の、世界を滅ぼすという救いようのない筋書きによって構成されているのだ。

 ――――勝利が約束されている『主人公』に、どうやって勝つ?

 

 それも、出来損ないの虚無魔法以外には、()()()()()()()()()程度の幻想殺ししか持たない少女が。

 

「………………」

 

 ルイズの脳裏には、あの日見た夢の内容が蘇っていた。

 ロングビルが生み出した青銅製のワルキューレによって、全ての真実に気付いたからこそ呼び起された記憶だった。

 

『だがなルイズ――アンタにはまだ知らないことがある。障害は私じゃあない。もっとnbv根plkcyqg的な問題がある』

 

 あの日、麦野はそんなことを言っていた。

 あの時は、すぐ目覚めたこともあり何のことなのかさっぱり分からなかったが……、

 

「…………『根本的な問題』」

 

 今のルイズは、いや、世界は、既に()()()()()()()()()

 

 それはある種危機的状況でもあったが、ルイズにとっては『ようやく敵が見えてきた』というにすぎなかった。

 敵は、麦野沈利ではない。

 世界の全てを掌握するとかいうゼロの極点でもない。

 最大の敵は、そんな彼女の背中を押し続ける、残酷な世界の歪み(システム)だったのだ。

 

「そう、ね。確かにそうだったわ。あんた個人に敵対心を燃やして、向き合っているだけじゃ片手落ちよね」

「…………何の話をしている?」

「あんたを倒すってことよ」

「だから、」

 

 麦野は掌の光の球をこれ見よがしに突きつけ、

 

「どうやって?」

 

 握りつぶす。

 

 それだけで。

 

 世界は一度、完膚なきまでに圧搾された。


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