【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第二二章 ③

 そのまま距離を取ったミョズニトニルンは、何事もなかったかのように立ち上がりデルフリンガーを構え直す。

 遅れて着地した麦野も、すぐさまアスカロンを構え直し、肉薄していく。

 

(何だ……? コイツの今の動き)

 

 攻撃の手を緩めずに剣閃を瞬かせながら、麦野は怪訝に思っていた。

 今の動きは――人間というよりは、獣の動きの方が近い。まるで、目の前の存在が不定形の存在であるかのようなつかみどころのなさ。不可視の殻のような本質が別にあって、自分が今見ている彼女の姿自体はどうにでも変更可能なような――そんなおぞましさを感じる。

 まるでちょうど――学園都市兵器の持つ、人間を人型という当たり前の形式から逸脱させる恐ろしさのような感覚を。

 

「テメェ……!」

「……フフフ」

 

 呻くように言う麦野の言葉に、麦野の突進を紙のようにひらひらと躱したミョズニトニルンは剣を振るいながら応じた。

 

「……『駆動鎧(パワードスーツ)』の技術の応用か!」

 

 ギィン! と金属音が響き、二つの剣が衝突する。

 

 麦野が学園都市にいた頃にお目にかかったことはなかったが、暗部にいた彼女は『それ』を知っている。人間以外の生物の生態を参考にすることで、単純に人間を模した鎧を纏うよりも先鋭的な強化を得る技術論の存在を。そして、直感した。彼女の知らない『超能力者の先(ファイブオーバー)』に辿り着いた学園都市なら、その領域に至っているであろうことを。

 おそらくミョズニトニルンは、ファイブオーバーの技術を解析していたのだろう。麦野は自動操縦だったからあのファイブオーバーを無人機と考えていたが、学園都市の技術力なら中に意識を失った人間を入れておけば、その人間の脳を使って自動操縦くらいはしそうだ。

 技術の原理が分からなくとも、『人間の身体意識を人間以外の外殻で補強する』という方法論さえ理解できれば、マジックアイテムを、それを構成する先住魔法の力のレベルまで分解して応用することが可能なミョズニトニルンなら如何様にも応用することが可能なはずだ。

 

「遅、い……遅ォい」

面白(おもし)れえ……この私を踏み台扱いか。越えられるモンなら越えてみろ三下ァあ!」

 

 剣同士を衝突させた勢いで、接触点を支点にしてくるりと回転し麦野の後ろに回ったミョズニトニルンは、そのまま振り向きざまに剣を振るう。麦野はそれを身体を前に倒すことで回避し、そのまま後ろ足で腕を蹴り上げる。

 

「ッ!!」

 

 ブゥン! と倒れたままの麦野が、横合いからアスカロンを振り回す。無理な体勢で技術も何もない状態だったが、それでも二〇〇キロの鋼鉄の塊は殺人的な威力を持つ。ミョズニトニルンは咄嗟にデルフリンガーを盾にするが……あっさり力負けして吹っ飛ぶ。

 

「……チッ」

 

 しかしながら、麦野の表情に明るい色はなかった。

 

(手ごたえがねえ……。大方、ネコ科の動物の身体の構造でも参考にして衝撃を吸収したか……)

 

 それでも、吹っ飛ばしたことによって生まれた僅かな時間を使って思考を巡らせる。

 

(相手はおそらく、魔剣デルフリンガーが今まで見て来た生物の身体構造を応用した身体操作が可能だ。となるといくら武術の達人ガンダールヴの能力があったとしても、単純な『手数』の分野で分が悪くなってくる……能力が効かない以上、このままだとじり貧になるのは目に見えているわね)

 

 しかも、ガンダールヴの恩恵があるとはいえ人間としての体力の限界がある麦野と違い、おそらくミョズニトニルンはデルフリンガーの操作によってスタミナの問題を解決している。もちろんデルフリンガーの操作を解けばただでは済まないだろうが……問題なのは今だ。

 

(かといって、ロングビルの援護は期待できないし……何より問題なのは、アスカロンの大きさね……)

 

 アスカロンの巨大さは麦野の武器にもなっているが、先程からミョズニトニルンはその巨大さを逆手に取った攻撃をとっている。人間以外の生物の身体機構を応用した身軽さを獲得しているとなると、余計にその差は広がっていくだろう。

 

(……いや、待てよ? …………これは利用できるわね)

 

 麦野がほくそ笑んだのと同時。

 ガササササ!! と、麦野が焼き切った倒木から音が聞こえて来る。そこに気付いて麦野は思わず舌打ちした。倒れた樹木の陰を通って、麦野のことを攪乱しているのだ。音のする方に原子崩し(メルトダウナー)を放っても無意味だろうし、むしろ逆に相手はその隙を突いて麦野の死角に回って攻撃を仕掛けて来るはずだ。

 ならば接近戦を挑む……というのも当然考えたが、ミョズニトニルンは木の近くにいる。大剣で枝を鋭く切り落とした木槍でも作っていれば、接近戦を挑んできた麦野にそれを投げつけ、対処に『一手』使わせるという策を撃ってくることも考えられる。デルフリンガーでブーストした木槍の投擲とはいえ麦野ならいくらでも対処できるが、その対処に使う『一手』は達人同士の戦いにおいては致命的な差だ。

 

(なら)

 

 決断した麦野は、思い切りアスカロンを地面に突き立て、

 

(こっちも飛び道具で応戦するまでだ!!)

 

 ボバッ!! と。

 ガンダールヴの膂力を用いて、大小様々な瓦礫片を高速で撃ち出した。所詮は土の塊だが、焼けた木の幹程度は余裕で貫通する威力だ。これならば接近するまでもなく攻撃を仕掛けられる――と考えていたが……実はそれこそが、ミョズニトニルンの狙っていた展開だった。

 ズガガガガガガガガガガガガガガガ!!!! と散弾が突き抜けていくが……肉を貫く音は聞こえない。葉が擦れる音もない。それはつまり、倒木の向こうにミョズニトニルンはいないということだ。

 麦野は即座に判断した。

 

「――跳躍か」

 

 麦野が瓦礫の散弾を放った直後には、ミョズニトニルンは既に天高く跳躍し、麦野に迫っている最中だった。

 先程の麦野の攻撃の焼き直し――と言うべきか。麦野はニタリと笑みを浮かべ、

 

「どれだけ素早かろうと、落下速度は一定だ。テメェが最初にそれを利用したんだからな?」

 

 思い切り剣を振った。

 しかし、その攻撃は――一瞬だけ早かった。

 まだミョズニトニルンが射程距離に入っていないのに、一瞬早くアスカロンを振り始めたのだ。そのことを瞬時に察知したミョズニトニルンは、怪訝な表情を浮かべる。

 

「フン。テメェが無策でこんな真似してくるとは私も思っちゃいないわよ。大方何かしらの策があったんでしょうが……それにしたって、自分が設定したタイミングでないと『準備』ができないわよね?」

 

 瞬間。

 麦野の剣閃が『伸びた』。

 

「手、放ッ!?」

 

 それを、アスカロンを手放すことでリーチを伸ばす作戦と判断したミョズニトニルンには、しかし打つ手は残されていなかった。首を正確に狙った最後の一打は、麦野が狙った通りの位置を精密に通過していく。

 

 そしてその瞬間を、ミョズニトニルンは五体満足で過ごしていた。

 

「……な、んだと?」

 

 むくり、とミョズニトニルンはゆっくりと身体を起こす。

 

 確かに、最後の一撃はミョズニトニルンの想定外だった。ゆえに蛇の動きを参考にした柔軟な身体の動きによる剣閃の回避を使用する余裕はなかった。

 しかしそもそも、身体制御の魔法に限らずミョズニトニルンの用いる異能は彼女自身のものではなく、デルフリンガーによるものだ。そして、デルフリンガーには操られてこそいるものの『自我』が存在する。

 つまり、自分で考え、操縦者のことをサポートする知能が。

 その知能が、土壇場でミョズニトニルンの身体を『操作』して回避を成功させたのだった。

 

 グチュルグチュルという水音を響かせながら、ミョズニトニルンは笑う。

 

「ん、ん。フフ……ヒヤヒヤさせたけど、これで終わり。大剣を手放した貴女にもはやガンダールヴの力はない。この勝負、終わりよ」

「ああ、終わりだな。ただし――私の勝利で、だけど」

 

 ――――その瞬間、ミョズニトニルンは自分の身に何が起きたか理解できなかった。

 じわり、と腹に暖かいものが滲むような感覚が生まれ、それがやがて熱として暴走しだす感覚。

 言葉にして説明すれば、そうなる。

 

 ……視線を落としてみると、アスカロンの柄が、腹に突き立っている。

 麦野がとっくに手放していたはずの、アスカロンが。

 

「……な、……んで? ……ガッフ!!」

「コイツはな、ドラゴンを殺し尽くす為に必要な理論上の機能を叩き込まれた仕込み大剣なんだよ」

 

 最上級の威力を発揮する刀身での攻撃しかしていなかったが、ワイヤーやピックなど、ドラゴンの部位を破壊するのに最適な形状や機能が一本の剣に叩き込まれているのがアスカロンだ。そして、そのアスカロンには最後のギミック――刀剣射出機能が備わっていた。

 元あった世界において、とある傭兵がとある騎士団長に用いた最後の手。刀剣が抜けた後には、細剣が備わっており、これでの戦闘も可能という代物である。

 

「理解したかしら? それじゃあ負け犬らしく――――無様に死になさい」

 

 ゴリ、と麦野は致命的な領域まで剣を差し込んでいく。

 その刹那、不意に麦野はある違和感に気付いた。

 

(……そういえば、どうしてコイツは急に流暢に会話できるようになったんだ? 鼓膜が破れていたはずなのに。というかそもそも、最初の散弾による負傷はどうした? 身体操作にしたって、アレは明らかに関節とかに『動かしようがない』ダメージを与えていたは、)

 

 瞬間。

 頭部に受けた衝撃で、麦野は意識を失った。


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