【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第二二章 ②

 ドッパア!! と麦野は地面目掛けて原子崩し(メルトダウナー)を叩き込む。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)対策に、以前やったことのある応用だった。

 相手の至近距離に原子崩し(メルトダウナー)を浴びせることで、直近の地面を爆発させる。幻想殺し(イマジンブレイカー)は異能を殺すことはできてもその二次被害まで殺すことはできないから、爆風に対する耐性が存在しなかった。同じ幻想殺しであるというのであれば、これが通用する。

 そして、原子崩し(メルトダウナー)の攻撃時間はまさしく電瞬の刹那。撃ってからどうこうしようとしても無駄であり、自分への攻撃のリスクを考えデルフリンガーを防御に使わざるを得ない以上、この攻撃を防ぐことはできない。

 

 が。

 

「なァっ!?」

 

 ミョズニトニルンは、麦野が原子崩し(メルトダウナー)を浴びせる一瞬前には、そこから飛び退いてしまっていた。

 そして、今度は返す刃で、ミョズニトニルンの猛攻が始まる。素早い剣閃が麦野を襲ったかと思えば、今度は死角に回られる。麦野はアスカロンのその巨大な刃を盾に使うことで辛うじてその猛攻を凌いでいくが――それでも防ぎきれない太刀筋が、麦野の身体に切り傷となって蓄積していく。

 明らかな劣勢だったが、今度は原子崩し(メルトダウナー)を撃つことができなかった。

 麦野は能力の行使に、照準と照射の二工程を必要とする。本来は気になるほどのものではないのだが、しかしこの接近戦の最中においてはその照準に使わなくてはいけない『一瞬』が命取りとなる。その上攻撃は全て無効化されるとあっては、使うに使えないのが現状だった。

 

「くっ……!」

「どうしたのかしら? 身体能力はガンダールヴであるアナタの方が上のハズ。何故防戦一方になるのかしらねぇ?」

 

 まるで刀が自分の手足であるかのように振るうミョズニトニルンは、そう言って優越感からか勝ち誇って見せる。それが麦野のことを逆上させる為の罠であると自覚しつつも、麦野は自分の裡にふつふつと沸き起こる怒りの炎を自覚した。

 

(……クソ! なんだ、あれは……? ミョズニトニルンの使う異能は異能を殺す幻想殺しのハズだ。術者そのものは戦闘の心得なんてない。なのに、さっきもそうだったがあまりにも動きが機敏すぎ――いや、戦い慣れしすぎてる)

 

 その炎に無理やり蓋をする形で、麦野は相手の動作を観察する。無数の切り傷というカードを支払うことで、一つずつ相手の情報を積み重ねていく。

 

(さっきの死角に潜り込む動きにしても、爆発の回避にしても、その後の立ち回りにしても、動きの前兆を見ているんじゃなくて明らかに経験則からこっちの戦法を読んで対応している。であれば……それを得る為に、何かしらの細工が施されている?)

「そろそろ気付いて来たかしらね」

 

 麦野がその違和感を明確に認識したところで、ミョズニトニルンは笑った。まるで、麦野の思考の足跡などお見通しであるとでも言うかのように。

 

「教えてあげるわ。デルフリンガーには二つの能力が存在している。一つは、異能の無効化――幻想殺し。そして二つ目が、それに宿る人格」

『ウグ、アア、ウアアアア…………』

 

 ミョズニトニルンが剣を動かすと、鍔がカタカタと動いたのが分かった。

 それはまるで、囚われた哀れな犠牲者の呻き声のようだった。残忍な気性の麦野をしても、その有様はあまりに痛々しく――同情と言うよりは、その美意識から『醜い』と感じて眉を顰める。

 

「これは……インテリジェンスソードよ。この人格が持つ能力が、『持ち主の操作』。数多の英雄に振るわれてきたこの剣の経験を、そのまま持ち主にフィードバックすることができるというわけ。ちょっとした剣の達人という訳ね。化け物じみた身体能力も、その応用よ」

「あり得ない。幻想殺しはあらゆる異能を問答無用で無効化する能力のハズよ。ならその『持ち主の操作』だって打ち消されないとおかしい」

 

 そして、麦野は考える。

 その『おかしい』部分を支える『何か』があるハズだ、と。それを打ち崩せば持ち主の操作の異能は失われ、相手に残るのは幻想殺しのみ。そうなれば麦野に勝てない相手ではない。

 だが、その麦野の思考を見越してか、さらに絶望的な情報をミョズニトニルンは突きつける。

 

「――幻想殺しだって、万能ではないのよ?」

 

 その口元が、三日月のような笑みを形作る。

 本来は泣きごととして使われるであろう言葉を、勝利に近づく為の布石として用いる。

 

「アナタの異能の余波を打ち消せないように、人間を斬っても魂を殺せないように、幻想殺しにも殺せないモノは存在する――たとえば、そうね……この世界に深く根付いた『先住魔法』とか。幻想殺しは、世界のサイクルの一部。だから同じ世界のサイクルの一部分を破壊することはできない」

「……世界の、サイクル……?」

「ま、それで異常な存在たるアナタを殺せないのは疑問なところではあるんだけど…………そこまではマジックアイテムを支配する私では専門外ね。ま、ある程度見当はついてるけれど……」

「何言ってやがる、テメェ」

「言っても分からない人に一から一〇まで説明してあげるほど、話好きじゃないの」

 

 その後、やや沈黙があった。

 しかし、それはただの停止ではない。交わしあった視線の中で、彼女達は無数の手をシミュレーションする。それは、眼前で行われる幻影同士の戦闘でもあった。

 そして、動きがあった。

 

 ドッ!! と両者がほぼ同時に地を蹴る。間合いの上では、有利なのは麦野だ。アスカロンの長さは三・五メートル。対するデルフリンガーの射程は精々が一メートル超と言ったところだから、先に相手を間合いに収めるのは麦野の方ということになる。

 しかし、二人の強者の戦いは、互いが互いの間合い内に入る前に始まっていた。

 

「一つ、言っておくが」

 

 ギン、と大剣を構えた麦野は、片手でアスカロンを握ったまま、肩と片手で耳を塞ぐ。

 

「『達人の経験』を利用できるのは、テメェだけじゃねえぞ」

 

 次の瞬間。

 ボバッッッッ!!!! という轟音が周囲の大気を振動させた。

 何のことはない――ただ、アスカロンの平で地面を()()()だけだ。だが、三・五メートルの巨大な物体が超絶的な破壊力で地面に叩きつけられたとあれば……当然ながら、その衝撃波は想像を絶するものとなる。たとえば――防御なしで食らえば、一撃で鼓膜が粉砕するような。

 

「が、ばッッッ……!?」

「『ガンダールヴ』。テメェが使い魔の能力をフルに使うってんなら、私も傭兵の流儀(ハンドイズダーティ)で応じさせてもらおうかァ!」

 

 次の瞬間には既に大剣を構え直していた麦野は、両耳から血を垂れ流すミョズニトニルンを袈裟切りにすべくアスカロンを振り下ろす。しかし麦野の思惑はある意味で無意味だった。両耳の鼓膜が粉砕したとしても、デルフリンガーによる体の外部制御をおこなっているミョズニトニルンの動きが鈍るわけではないのだ。ギギギ、と身体が不自然に軋むような動作の直後、目にもとまらぬ速さでデルフリンガーを構え直し、

 

 ガギィン! という金属音が響いた。

 

 受け止めていた……のではない。もしも受け止めていれば、アスカロンの重量でミョズニトニルンは叩き潰されてしまうだろう。ミョズニトニルンは、最小限の力でアスカロンの受け流し(パリィ)を成功させたのだ。

 

「ッチィ!!」

 

 攻撃が受け流されたのを直感した麦野は、柄を握ったまま手を滑らせ、三・五メートルの剣身を盾に使う。ギィン! と追って放たれたミョズニトニルンが、寸でのところでアスカロンに阻まれた。

 麦野は即座にアスカロンを下から上に振り上げ、ミョズニトニルンを数メートル単位で吹っ飛ばして状況を仕切り直す。ズザザザ!! と地を滑りながらも二本の足で持ちこたえたミョズニトニルンは、余裕さえ感じられる構えで麦野の方を一瞥した。

 

「まだまだこんなモンで終わりじゃねェぞォお!!」

 

 戦闘が小休止に入った一瞬の隙を突いて、破滅の雷光が電瞬の速度でミョズニトニルンに迫る。しかしミョズニトニルンはそれに対して剣閃を翻すだけで既に対応していた。デルフリンガーに触れた瞬間、何物をも消し去るはずの輝きにヒビが走り、粉々に砕け散るが――最初から麦野の狙いは、原子崩し(メルトダウナー)の直撃ではない。

 能力を消し飛ばす一瞬ではあるが――ミョズニトニルンは、麦野の姿を見失う。

 

(目晦まし……とすると、向こうが来るのは)

 

 原子崩し(メルトダウナー)を潜るように――はない。アスカロンは巨大だ。身体を低くしつつ振り回せるほど細かい取り回しができるようなものではない。

 右、左――もない。ミョズニトニルンは原子崩し(メルトダウナー)を消す為に眼前に剣を構えている。その為内側(ミョズニトニルンの正面)目掛け剣を振るえば容易に受け流し(パリィ)されるので不意打ちの意味がなくなるから、外側から剣を振るわざるを得ないのだが――その場合、アスカロンの巨体が原子崩し(メルトダウナー)で隠しきれなくなる。この場合も、不意打ちの意味がなくなる。

 となると、残る答えは――、

 

(――上っ!?)

 

 弾かれたようにミョズニトニルンが上へ視線を移すと、そこには大上段にアスカロンを振り上げた麦野の姿があった。

 

(でも、あの大振りでは攻撃に時間がかかる……今からでも対処は十分に間に合、)

 

 確かに、『達人の経験』に裏打ちされたミョズニトニルンの推測は正しい。ガンダールヴの膂力があると言っても、それでデルフリンガーのブーストを得たミョズニトニルンと互角。大振りの攻撃は相応の隙が発生する為、防御どころかカウンターすら狙える、ということになる。しかも、空中では足場が存在しない為、機敏な動きが出来ない。どんなに素早く動ける生物だろうと、落下の速度は変わらないのだ。

 しかし――次の瞬間、麦野はそんなミョズニトニルンの思考を上回った。

 

 ダン! と。

 空中で()()()()()()()()()さらに加速したのだ。

 

 アスカロンの重量は実に二〇〇キロにも及ぶ。女性の麦野が思い切り蹴り飛ばしたところで、ぴくりとも動かない重量だ。それはつまり、地面が存在しない空中に置いて麦野が蹴ることができる『足場』になりうるという意味でもある。

 当然剣は手放され、ガンダールヴの能力は一時的に失われるが……平常時でもアスリートレベルの身体能力を誇る麦野にとって、たった一瞬の能力低下はあまり意味を成さない。ミョズニトニルンが虚を突かれたその一瞬で肉薄した麦野は、そのままの勢いで腕を振りかぶり、

 

「やっほお、子猫ちゃあん☆」

 

 ドッゴォ!! と思い切り顔面に拳を振り下ろした。

 

「ごっがァァああ!?」

「これで終わりだ、クサレ売女(バイタ)ァ!」

 

 遅れて落下してきたアスカロンを後ろ手で掴んだ麦野は、頭部を地面に叩きつけられたミョズニトニルンにトドメを刺すべく最後の一撃を振り下ろす。

 ――身体の構造上、人間は四足での移動に向かない。地に付した状態での移動速度は、二足でのそれに比べて大きく低下すると言わざるを得ない。そしてその移動力の差は、達人同士の戦いではまさしく『致命的』だった。

 ズドォン!! と、アスカロンが振り下ろされ――、

 

「あ、()ァ、い」

 

 鼓膜を粉砕された為か、妙に舌足らずな呟きが、麦野の耳に入った。

 直感で恐れを感じた麦野は、ビギン、と右足に無理な力がかかるのも無視して、瞬時に飛び上がった。上体を振り下ろし、下半身を振り上げる体勢の為に麦野の身体は大きくぶれて空中に浮きあがるが――そのお蔭で、麦野はたった今回避を選んだ自分の判断が正しかったことを思い知った。

 そこにはゾザザザ! と、不利なはずの四足による移動でアスカロンの一撃を回避するばかりか、デルフリンガーで麦野の足があった位置を切り裂いているミョズニトニルンの姿があった。


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