【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第二一章

「ガリアがトリステインに宣戦布告ですって!?」

「ああ……どうやらラ・オセールで爆撃テロ騒ぎがあったのを、トリステイン側の破壊工作だったと言いたいらしい」

 

 その知らせをルイズが聞いたのは、ワルドのコネを使ってガリア行きの準備を整えていたまさにその時だった。

 事実――ラ・オセールで確認された光は麦野の能力であるし、麦野の所属はトリステインということになる。麦野の能力をガリア以外の諸外国が知らないから国際的な非難は免れている状態だった。

 

「そんな……このままだと、シズリを追うのは余計厳しく……!」

「それについては俺に考えがある」

 

 焦るルイズに、ワルドはそう言って不敵な笑みを浮かべた。すっと口を閉じ、あたりの気配を探ったらしきワルドは、

 

「……それは君も分かってるだろう……? シャルロット・エレーヌ・オルレアン……いや、此処では『タバサ』と名乗ってるんだったか」

「!!」

 

 そう、ゆっくりと口を開いた。

 その言葉に呼応するようにして、物陰から一人の少女が現れる。

 タバサ。ルイズにとっては、キュルケの横にくっついている青髪――程度の認識だ。あのタルブの旅行で行動を共にしたため、今は立派な友人だとも思っているし、遠慮もなくなっていたが……。

 

「オルレアンって……あんたそれ、ガリアの王弟の……っていうか、何でここに……!?」

「ルイズ。彼女はガリアのエージェントだ。まあ……トリステインの虚無である確率の高いルイズの監視ってところかな?」

「……何故?」

「なぜわかった、ってところか。流石に……匂いが隠しきれていない。俺のような『一流』には分かってしまう。暗殺者には向いてるけど、密偵には向いていない性質だね」

「………………」

 

 ルイズにすべてを説明するワルドに、タバサは諦めにも似た沈黙を続けた。

 実際には、ガリア王――ジョゼフの思惑はともかく、タバサはルイズが虚無であるなど知らなかったどころか、『特別な才能がある』ということすらあのタルブの旅行での初耳だったのだが……それに対して訂正することはなかった。事実ジョゼフはおそらくそう考えていて、自分はその為の駒だったから、否定する余地はないと思っていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()! あんた、ガリアのエージェントってことは、国に顔が利くのよね!?」

 

 しかし、ルイズはそんなことに頓着せずにそう問いかけた。

 ガリア王弟家オルレアンは不名誉印で貴族の称号を剥奪されているから、エージェントとして働かされているタバサはおそらく不合理な扱いを受けているので、ガリアに対してあまり良い感情を持っていないだろう――という計算があったわけでは、勿論ない。

 そうではなくて、単純にタバサがどこの誰で今まで自分達にどんな隠し事をしてきたかなど、これっぽっちも興味がなかったからだ。

 自分の馬鹿な悪友は、そんなこと気にせず自分にぶつかってきてくれた。

 だからそんなことよりも重要なのは、タバサが()()()()()で、何ができるかという部分。

 

(やはりルイズならそう動くと思った……流石は俺のフィアンセだ)

「お願いがあるの……タバサ! わたし達をガリアに連れて行って!」

 

 ワルドの温かい視線を背に、ルイズはさらに言い募る。

 此処が無理ならば、ルイズが麦野に追いつくのはいよいよ絶望的になる。そうなれば、さらに酷いことが怒ってしまうかもしれない。

 それに対し、タバサは――――。

 

***

 

第二一章 雪風の決断 Opening_Ceremony.

 

***

 

 タバサにとって、ルイズはただの、級友とも呼べない程度の知り合いだったはずだ。

 少し前まではキュルケのついでに挨拶を交わす程度の間柄でしかなく、親しくなった経緯もキュルケの旅行について行ったついで。だが、それでも彼女はタバサが分かるほど目に見えて成長していった。

 自分と同じように、誰も信じられず差しのべられた手を突っぱねることしかできなかったのが、今となっては自分一人でしっかりと立ち、差し伸べられた手を掴むどころか、他の誰かにその手を差し伸べられるような存在になっていた。

 

 だから興味を惹いた、という部分もあったのだろう。

 

 タバサにとって、成長したルイズはもはや今までのような背景の一つではなく、キュルケと同じような――自分にはない強さを持っている興味の対象になっていたのだ。

 その彼女が、理由は分からないがガリアを脅威に感じ、麦野を救うためにそこに向かいたいと言っている。

 

「…………、」

「このままだと、トリステインとガリアは戦争になっちゃう――いや、それ以上に酷いことが起こっちゃう! それだともう何もかも手遅れになっちゃうの! その前に止めないと……!」

 

 ルイズの必死の願いにも、タバサは無言を貫き通していた。

 否、無言のタバサの胸中では、様々な思いが巡っていた。

 

 母。

 仇。

 責務。

 願望。

 過去。

 

「わたしは……、」

 

 一瞬のうちに胸中を駆け巡る思いを一つ一つ、ゆっくりと吟味していったタバサは、やがて一つの決断を下す。

 

(わたしは……かあさまを助け出す。その為には、解毒薬を手に入れないといけない……だから、ジョゼフに逆らう訳には――いかない。ルイズを、ジョゼフのもとへ連れていく訳にはいかない……!)

「わたしは、あなたたちを、」

「あらあら、こんな屋外に『サイレント』の結界が~?」

 

 タバサが口を開いた瞬間、聞き慣れた声が間に入って来た。

 

「……キュルケ……」

「こんな学院の中で物騒な話をくっちゃべってるんじゃないわよ。『サイレント』を使ってても、分かる人には分かるんだからね」

 

 現れたのは、誰あろうキュルケ・フレデリカ・アウグスタ・フォン・ツェルプストーだ。最近のタバサの様子がおかしいことを察知していたキュルケは、たびたび彼女が不審な行動に出ていないかさりげなく観察していたのだ。そんな中で『サイレント』による静音領域が見つかったのだから……好奇心旺盛な彼女が立ち止まっている訳がなかった。

 キュルケはその場にいる面子の顔を一瞥した後、呆れたように赤髪をかき上げ、

 

「そんな怖い顔してたら、聞いてくれるお願いも聞いてもらえないわよ。ルイズはともかく、子爵様も説得は苦手みたいね?」

「面目次第もないな。…………『聞いてくれない』ものと、思ってたもので」

 

 指摘を受けたワルドは、そう言って肩を竦めた。

 そこまで言われて、タバサは自分に向けられている、巧妙に隠された『殺意』の片鱗に気付いた。彼が馬鹿正直に『ガリアのエージェント』に声をかけたのは、協力を得る為ではなく『目の前でわざと敵対しやすくすることによって、自分のコントロールできないところで敵対され襲撃を受けるリスクを減らす為』だったのだ。

 おそらく、その上でタバサを撃破し、彼女を人質に使うなりして風竜のコントロールを得る算段だったのだろう。

 

(おそらく……この人は、わたしが既にガリアからルイズの動向を観察するように密命を受けてることに感づいてる……)

 

 ルイズの友人であるタバサにする仕打ちにしては非情にすぎるようにも思えるが、現にタバサは友情よりも母への愛情をとり、そして二人は軍人だ。ワルドの選択は正しかったというほかない。もっとも……この場にキュルケが現れるまで、の話だったが。

 

「タバサ」

 

 キュルケは油断なくワルドの一挙手一投足に集中しているタバサに向き直った。

 

「あんたが何を考えてるのか知らないけど……どんなことになったとしても、私も()()()()()()、あんたの味方よ」

 

 その言葉を聞いて、一瞬タバサはあきらめにも似た安堵の表情を浮かべたが、次に『多分ルイズも』と言われたことを思い出して怪訝な表情になった。

 この局面で『私はどんなことがあってもあんたの味方よ』と言うのは、つまり『ルイズ達の申し出を断って離別したとしても、自分はタバサの味方でいるから安心しろ』という意味にとれるだろう。だが、『ルイズも』というのはどういうことだ? たとえ申し出を断っても友情は終わらない、という意味なのだろうか? それは少し違うように思える。それなら、キュルケの性格ならもっとはっきり言うだろう。

 では…………、と考えて、タバサはキュルケの視線に気付いた。

 まるでルイズを見ているときのような、呆れが滲み出た視線だった。『こんな簡単な事にも気付かないの?』とでも言うような。

 

 ――不意に、タバサは思った。

 もしもこのキュルケの一言が、タバサ自身も気付いていないタバサの本音を言っているのだとしたら。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 差しのべられた手を、掴んでも良いと言ってくれているのだったとしたら。

 本当は一番の望みだったくせに、そうであれば母も守り抜けるほど強く在れたハズなのに、巻き込むことなんてできないと遠慮して最初から選択肢から弾いていた可能性。それを、キュルケは最初の最初から見抜いていたのだとしたら。

 

 ……流石に、自分の親友なだけはある。

 

 タバサは分かる人にだけ分かる微笑みを口元に湛えながら、しかしいつものように冷淡な調子で言った。

 

「――――条件がある」

 

 それは、彼女なりの『快諾』だった。

 

***

 

 そして、タバサは全ての顛末を話した。

 

 父の殺害と、自らの毒殺未遂。そして、自分の代わりに毒を受け、自分のことを認識できなくなってしまった母。それを人質に取られて、信じられないような過酷な戦場を渡り歩かされたこと。

 同情を誘いたくて言ったわけではないので、母の心が死んだ部分以外は極めて簡潔に(というか説明が足りないとキュルケに文句を言われるくらいに)話したが、それでもルイズは目に涙を浮かべるくらいに憤ってくれた。

 タバサは、それを素直に『嬉しい』と思えた。

 

「それで――条件、というのは、その母君のことかな?」

 

 タバサは、こくりと頷いた。

 

「私がガリアを裏切って、貴女達の入国を手引きしたことがバレれば……まず間違いなく、お母様は殺される。だから、トリステインにはお母様を匿ってもらう。それが、わたしがあなたたちに協力する『条件』」

「…………フム。なるほど、面白い――ああいや、君のことじゃないよ。ちょっとね」

 

 決死の表情のタバサに、ワルドは何かを考えるような表情でそう言った。

 その表情は魔法衛士隊隊長ではなく、ワルド子爵領領主としての――政治家の顔だった。

 

「君の母上に関してはおそらく問題ないだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()。おそらくは渡りに船とばかりに歓迎されるはずだ……連絡に関しては、これから王都に行く。姫様に話をつければ、あとはトリステイン軍が上手くやってくれるさ」

「……ジャン、そんな簡単に行くものなの?」

「そりゃあそうさ。トリステインだって――ガリアの次期国王には、恩を売っておきたいからね」

 

 そう言って、ワルドはタバサに目配せをした。

 ――そうだ。トリステインとガリアが戦争になるとすれば、トリステインとしては勝利した暁にはガリア王は国王の座から引きずり降ろさなくてはならない。その時にタバサを代わりに王として建てる動きを見せれば、今回のガリアとの戦争に『王位を簒奪した暴君に、正統なる王の血筋を引く者が鉄槌を下す、その手伝いをトリステインがする』という大義名分が成り立つ上に、実際にそうした後、戦後のドタバタで不安定なガリアに戦争協力の恩を思い切り売りつけることで有利に外交関係を構築することができるのである。

 

「…………」

 

 タバサも、それを了解の上だった。

 彼女が政治を知らないというのもあるが、ガリアはそもそもそのくらいで揺らぐ程度の国ではないということもある。ハルケギニア最強の大国という触れ込みは伊達ではなかった。

 

「話はまとまった。それでは、まずは王都トリスタニアだ――――皆、心してくれよ。これから俺達が向かうのは…………」

 

 ワルドは、隣に立つルイズの肩を抱き、厳かに言った。

 

「戦争だ」


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