【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第一四章

 麦野は目の前にいる軍勢を見た。

 流石に、全員が全員ゾンビというわけでもなかったらしい。数としては、一万かそこら。多分、ゾンビだったとしても爆発に巻き込まれて粉みじんになった連中は再生しきれずに死んでいるのだろう。

 歌を歌うような調子で、麦野は言葉を紡いでいく。

 

「っつーかさぁ、こっちに来てから、チカラぁ制御しなくちゃならねえわクソ生意気なガキの子守をしなくちゃならねえわでこちとら鬱憤が溜まりまくってんのよ」

 

 まるで散歩でもするみたいな足取りの軽さで、麦野沈利は、学園都市が生んだ正真正銘のバケモノは、一万の軍勢に歩み寄って行く。一万対一。桁がいくつ違うとかいう話ではない。そもそも比較にすらならない勝負。

 もはや一を全体の中から見極めることが難しいレベルの構図でも、麦野は笑みを崩していなかった。

 不敵な笑み、ですらない。彼女は、目の前の『これ』を障害と認めていない。久しぶりにハメを外せる。そんな感覚しかない。

 

「だから、ちぃーっと憂さ晴らしに付き合ってもらいましょうかぁ!!」

 

 麦野が、右手を突き出す。

 ――瞬間。

 光が、席巻した。

 ゴヒュガバゴッッッ!!!! と、それだけで一万の軍勢の一角が『消滅』した。麦野が突き出した右手の先から放たれたまばゆい光が、不死身のはずのゾンビを跡形もなくこの世から消し飛ばしていた。

 それを認めた麦野は、ただ右手を振る。それだけで、大剣と化した光条が横薙ぎになる。ボバッッ!! と散発的な爆発を発生させながら、冗談みたいに敵兵をなぶり殺しにしていく。

 

「オラ、どうしたどうした! ハルケギニアのメイジってのはこの程度かァ!? もっと骨太なのはいないのかしらねえ!?」

 

 後には――何も残らない。

 そこは、妙に現実感の薄い世界だった。悲劇なんか、どこにもない。腕を消し飛ばされて悲鳴を上げる敵兵も、上半身だけが転がっている不運な被害者も、そこにはなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 麦野沈利は、そんな安易な悲劇を認めない。

 血飛沫も、悲鳴も、人間らしさなんてどこにも残さない。

 『眼に見えない』レベルまで引き上げられた殺戮。

 そこに人間がいたという証さえ、殺し尽くす。

 死体として戦場に転がるという、人間に残された最後の尊厳さえも失わせるのが、第四位の異能だ。

 

「くだらねえなあ、一万の軍勢? こんなのなら二万でも三万でも持って来いよ! この私の前に立ちふさがったのが運の尽きだ! いくら有象無象を積み重ねたところで、私に勝てる訳がねェんだよ!!」

 

 その時、軍勢の生き残りから複数の雷が放たれる。

 雷光輝槍(ライトニングクラウド)。風のトライアングルスペルで、雷を相手に撃ち込む攻撃だ。

 その飛来速度はまさしく『雷速』。伝説の使い魔『ガンダールヴ』でさえ、咄嗟に剣を構えることしか許されなかった神速の領域。躱すどころか、防御する事さえ凡人には許されない。

 それが、複数。たとえどんな達人であろうと、防御できるはずがない。それどころか、生存さえ危うい一手。

 しかし、

 

「釈迦に説法って知ってるかァ脳筋どもォ!」

 

 本質的には電撃使い(エレクトロマスター)でもある麦野に、それは無意味だった。麦野に当たる前にそれは弾かれ、返す刃で放たれた滅びの光がまた人間の尊厳を毟り取って行く。

 麦野は高笑いしながらも、頭の中ではものすごい速度で思考を巡らせていた。

 考えるのは、あのルイズの『エクスプロージョン』のことだ。

 

(あの時、私は見た。『レキシントン』の側面だけが、まるで切り抜かれたみたいに局地的に爆破されたのを。アレは、『爆発』を『送り込んでいる』んだ。『〇次元の極点』を介してな……。……ルイズはそのことに気付いていないだろう。あの魔法を開発したのは『始祖』――ブリミルであって、ルイズはいわば用意されたプログラムをただ走らせただけだ。プログラムの一部分に使用されているにすぎない『〇次元』関連を抜き出させるのは、アレがいくら勤勉だからって無理でしょうね)

 

 魔法を撃ち込むだけでは侵攻は不可能と判断したのか、二割ほどが消し飛ばされたゾンビの軍勢は数に物を言わせて麦野に突撃を始める。だが、それこそ麦野の思うつぼだった。地面に適当に放射された地獄の熱線が、地面をグツグツのシチューのように沸騰させてしまう。ゾンビたちは構わず進むが、当然ながら人間が溶岩の上を歩けばどうなるかなど知れている。燃え上がったゾンビたちは溶岩地帯を渡り切る前に消し炭になっていく。

 

(だが、そこは重要じゃない。重要なのは『ルイズが〇次元の極点に干渉するスキルを持っている』っていう一点だ。スキルの解析は、理論を知る私がやれば良い。もともと、ネックは『〇次元の認識』だった。それを片付けるピースが揃っていれば、あとは簡単に話が進む)

 

 燃え上がる仲間の死体を足蹴にして溶岩地帯を突破してきたゾンビ達のど真ん中に突撃した麦野は、そのまま右手を突き出して一回転した。ラ・ロシェールの時に放った物の数倍の規模の絶滅の大剣が振るわれ、麦野の半径五〇メートルから生命の痕跡を削り取る。

 麦野が陣中に入って来た今、彼女を無視して侵攻すべきと判断したゾンビ達はそのまま進軍を再開した。しかし麦野がそれを許さない。両手を広げた体勢を取った麦野は、今度は両手から莫大な光を放つ。

 

(つまり)

 

 ゴールテープのように広げられたそれは長さにして一〇〇メートルを超え、麦野が腕を振るった瞬間、後方部隊を除くすべての軍勢――つまり、全体の六割がこの世から消滅した。

 

(あと一回だ。あと一回、ルイズが『あの爆発』を発動させれば、私の『〇次元の極点』も完成する)

 

 であるならば、どう動けば良いのかは明確だった。

 ルイズの様子を見るに、『あの爆発』は連続して発動することはできないのだろう。一発撃てば精神力は尽き果てる。回復にどれほど時間がかかるかは不明だが、通常のメイジが空っぽになるまで精神力を使い切った後、全快になるまで二日から三日はかかるということから、最低でもそのくらいはかかると考えられる。威力からさらにかかる可能性も考慮して最大でも一か月程度と仮定して、最短でルイズに『あの爆発』をもう一度使わせるにはどうすればいいか。

 簡単だ。戦争を起こして、それにルイズを巻き込めば良い。

 ルイズの身の安全など、究極的にはどうでも良い。『〇次元の極点』さえ開花してしまえば、ルイズはおろかこの世界のすべてに用はない。精々飽きるまでこの世界の頂点とやらを楽しんで、飽きてしまえば捨てて新たな『世界』に目を向けよう。

 

「しっかし歯ごたえがねェよな。有象無象は死んでも有象無象かよ。『黒幕』ももうちょい歯ごたえのあるヤツを用意してくれたら面白かったんだがなあ――」

 

 麦野は、呆れるような声色で呟いた。

 これが『虚無』でないことは明らかだ。ルイズの魔法を見れば、分かるだろう。あの桁違いの威力を。アレに釣り合うようなレベルでなければ、虚無とは到底言い難い。出来損ないの生きる屍を生み出す程度では、『虚無』とは言えまい。

 ならば系統魔法かと言えば、そうとも言えない。数万にも及ぶ生きる屍を生み出すのは、スクウェアでも不可能だ。

 では――最後に残るのは、『先住魔法』の可能性だ。だが、反乱軍の長オリヴァー・クロムウェルはただの聖職者であり、エルフではない。だとするならば、彼は傀儡であり、それを操る『何者か』がレコンキスタを裏で操っていると考えるのが自然だろう。

 

「――あん?」

 

 そこで、麦野は気付いた。

 ふらふらとよろめくばかりだったメイジの向こう側に、『おかしなもの』が存在している。

 それは、この世界ではとんと見ない形状のものだった。

 全体的なシルエットとしては、カマキリが近いだろう。両手に巨大な重機を抱え、何本もの足を生やしたそれはどこか生物的な印象を感じさせる。しかし、その材質はどうしようもなく無機物だった。金属的な光沢、そして無機質な駆動。その全てが、ハルケギニアにはあり得ない『機械』の存在を示している。

 

 麦野は、『それ』が何なのか知らない。

 無理もないだろう。『それ』は彼女がこの世界に移動したときよりも幾分先の未来において、発展を遂げた『その街』が作り出した、新たなる兵器なのだから。

 FIVE_Over.Modelcase_"RAILGUN"。

 第三位の最後の切り札、レールガンを超える出力の弾丸を一分間で一〇〇〇発放つ、正真正銘のバケモノ。

 限定的とはいえ第三位を上回った『それ』が、第四位に牙を剥く。

 

***

 

第一四章 科学の発展は日進月歩 VS_"3rd"_Over.

 

***

 

「な、なあ、ミス・シェフィールド。我々は本当に大丈夫なのかね?」

 

 光の殺戮を操る女がいる戦場より、馬で数時間ほどの地点。

 そこにレコンキスタの本陣はあった。本来ならばアルビオンの首都に居を構えているべきなのだが、今はまだ戦争中だ。士気を高める為にも、首領であるクロムウェルがのんびりとしている訳にはいかなかった。こういった『サービス』を積極的に行っているからこそ、クロムウェルの求心力も高まっているのだ。

 

「問題ありません。『あれ』を投入いたしましたので、何かしらの成果はあるでしょう」

 

 シェフィールドと呼ばれた黒髪の女性は、そう言って不安そうなクロムウェルを宥める。

 長い前髪によって隠されたその額には、伝説の使い魔『神の頭脳(ミョズニトニルン)』の証であるルーンが刻まれている。つまり、正真正銘、彼女もまた虚無の使い魔ということになる。

 

(……しかし、私達『ガリアの虚無』ばかりが強化を受けていると考えるのは少しばかり早計だったようね……)

 

 シェフィールドは無能な傀儡を宥めながら、そう思った。

 『場違いな工芸品』、というものが存在している。

 どこからか東方から流れ着くもの、という認識が大半だが、実際にはそうでないことをシェフィールドは知っている。

 『場違いな工芸品』とは――ガンダールヴの『右手』にあたる武器のことだ。

 ガンダールヴの左手には、常にデルフリンガーという魔法の剣が携えられ、右手にはそのとき世界で最も強力な武器が与えられる。六〇〇〇年前はそれが『長槍』だったが、今はそうではない。それだけのことだ。

 始祖の『虚無』は東方の果てに世界を繋ぐ扉を生み出し、そして『長槍』となるべき武器を呼び込んでいる。それが、『場違いな工芸品』が現れる理由だった。

 

(我が主――ガリア王ジョゼフ様は、エルフと契約を結んでおられる)

 

 だから、ジョゼフは『場違いな工芸品』のうち幾つかを所有していた。今回、シェフィールドが洗脳した兵士を収容して自在に操れるようにした『あの兵器』も、そうした手駒の内の一つだった。

 ジョゼフとしては、玩具をシェフィールドに貸し出して適当な場所で試し打ちでもさせるつもりだったのだろうが、予想外にトリステインの虚無は強力だった。『エクスプロージョン』なんてものを撃ち出した挙句、その使い魔は一万の軍勢をたったの一人で消し去る勢いだ。こちらも隠し玉を投入しなくてはならなくなった、と言う訳である。

 

(とはいえ、『場違いな工芸品』を抑えている以上、ガンダールヴの左手は封じられている。あの能力でどこまで行けるか見ものだけど)

 

 シェフィールドはそんなことを考える。

 

(名も知らぬ異世界の兵器の基本スペックはこちらも調査済み。アレは人間を食い、そして人間の知能を利用する鉄のバケモノ。『破壊の暴風』を撒き散らす、これまでの『場違いな工芸品』とは隔絶したもの。さらにそれにスクウェアメイジの固定化をかけている――最強の矛に、最強の盾。いかにあの使い魔と言えど、)

 

 そう考え、もう一度戦場に目を向けたシェフィールドは、驚愕すべき光景を見た。

 

***

 

「おーおー、学園都市製の兵器が紛れ込んでいたとはねえ」

 

 麦野は、鋼鉄製のカマキリを目の前にしてそんなことを呟いた。

 流石にハルケギニアのメイジは歯ごたえがないと思っていたが、その結果出て来るのが元の世界の産物というのは少々皮肉がききすぎだ。

 暗部に身を置いている麦野をして、この兵器は見たことがなかった。どうやらガトリングを両手の鎌に一門ずつ装備しているようだが、たかがその程度の機械が『学園都市製兵器』として完成するはずもない。何かしらのゲテモノ科学が組み込まれているはずだ――、と。

 ヴン、という音が聞こえた。

 見てみると、それは鋼鉄製のカマキリが宙に浮いた音だった。機体背部にある翅型のパーツが高速振動し、それによって超音波を生み出し、渦型の気流を生み出して浮かび上がっているのだ。

 麦野は、なるほど――と思った。

 彼女の能力の欠点として、照準にほんのわずかな『ラグ』があることがあげられる。その為、高速移動する敵に対してはなかなか狙いを定めきれず、不発に陥ることがままある。(尤も、これは躱されるたびに彼女が熱くなって偏差射撃といった手を考えなくなってしまうこともあるのだが)

 その点で、空を縦横無尽に動くという性質を持つ兵器はなかなかそれなりに相性のいいチョイスと言えるだろう。

 

「しっかし、どこから出て来たコイツは? まさか私の様に使い魔召喚でこんなブツが出て来るとは思えないし……何かしら、召喚されるルートがあるってことか? 確か、『場違いな工芸品』とかって話をコッパゲがしていたが……」

 

 麦野が分析する間もなく、鋼鉄製のカマキリは攻撃を開始した。

 その攻撃を難なく電子の盾で防ごうとした麦野は、次の瞬間驚愕に目を見開くことになる。

 

 直後、暴風。

 

 ドドドドガガガガガガガガガガガガガザザザザザザザザザザザザギギギギギギギギギギ!!!! と。

 地盤さえ粉砕するのではないかと錯覚するほどの『弾丸』の嵐が、周囲を席巻した。

 とてもではないが、まともな科学の代物とは思えなかった。

 麦野がいた世界の科学では、こんなものは作れなかったはずだ。

 そして、麦野は不意に気付いた。

 翅を格納する為と思しき腹部パーツに刻印されていた、その名前。

 ファイブオーバー、というその言葉。そして、それに続く文字の羅列。

 その意味を理解した麦野は、

 

「……ぷっ」

 

 笑った。

 

「あはははははははははははは!!!!!! そう、か、そうかそうか、なるほど、学園都市ってのはついにそこまでやっちまったか!! 単純な科学で、第三位の、お株を奪うって? くくっ、あのクソガキ、何だよこれ、滑稽にもほどがあるぞ! それをこの『第四位』の私にぶつけるって、あは、あははははははは!!」

 

 もはやまともな文法すら成立していない有様だったが、それほど麦野の感情は揺さぶられていた。

 そう。

 

「――――――この私をナメんのも大概にしろよ」

 

 これ以上ないほどに、キレていた。

 

「よりにもよって!! 『第三位を超えた兵器』だと!? あんな応用性だけが取り柄のメスガキをレールガンの一点突破で超えただけの兵器を、この麦野沈利に!! 最悪の破壊力を誇る原子崩し(メルトダウナー)にぶつけるだって!?」

 

 『前の世界』において、麦野沈利は完全に第三位に勝利した。

 麦野と共闘した御坂妹(シスターズ)に対し白井と美琴が本気を出せなかったこと、上条当麻の死亡によって御坂美琴の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)に大きな揺らぎがあったこと、木原数多による妨害工作など、様々な偶然や要因が重なったものの彼女の自意識に置いて第四位は第三位を超越した。

 しかし、それでもなお麦野沈利という人間にとって、『第三位の能力』は拭いがたいコンプレックスだった。御坂美琴は克服できたかもしれない。だが、それでも原子崩し(メルトダウナー)が第四位であることに変わりはない。自分の才能では、超電磁砲(レールガン)の後塵を拝し続けるしかない。そういう意識が、麦野の中にはこびりついていた。

 だから、その『第三位』を『スペックの上で超越した存在』というものが現れた時、彼女の自尊心は激しく刺激されたのだ。

 

「オラぁご自慢のレールガンでコイツが防げるのかよォ!?」

 

 一筋の光条が放たれるが、これはファイブオーバーによって回避される。

 返す刃でファイブオーバーが死神の鎌を振るうが、これもまた電子の盾が遮る。ただ、それでも余波を抑えきることはできず、麦野の頬に一筋の切り傷が生まれた。

 電子の盾では、防ぎきれない。いや、正確には()()()防ぐことが出来た。しかし、流れ弾が弾いた瓦礫だけでも殺人級だ。麦野の身体に細かな破片が幾つも突き刺さる。

 一万の不死者の軍勢を無傷で消し飛ばし、あまつさえ最後の尊厳さえも無慈悲に毟り取った怪物が、いとも簡単に傷を負っていた。

 

「逃げてんじゃねえぞ羽虫ィ!! ブンブンブンブン飛び回りやがって逃げ足まであのクソガキみてェだなオイ!」

 

 このままいけば、麦野沈利は敗北する。

 

 確かに、麦野の攻撃は最強だ。スクウェアが固定化をかけようと、そんなものは関係ない。それ以上の力で機体をブチ抜くだろう。だが、最強の矛も当たらなくては意味を成さない。対してファイブオーバーは、着実に死神の鎌を首筋に押し当てつつある。たとえほんの少しずつでも、ファイブオーバーは機械で麦野は人間。そのスタミナの違いは、やがて大きな差となってくる。たとえファイブオーバーの弾丸に限りがあったとしても、それが尽きる前に麦野沈利の命が尽きる。

 消耗戦にすら勝機を見出すことができない。

 ファイブオーバー。

 第三位を超える兵器に、第四位は勝利することができない。

 

「わ・け・が・ね・え・よ・なァ!!」

 

 勝利することができない――はずだった。

 少なくとも、スペックシートを見れば誰もが絶対にそう言うはずだ。麦野沈利はファイブオーバーには勝てない。頼みの綱の能力は当たらず、そして徐々に体力は削られていく。そんな状況で勝機を見いだせるほど、学園都市の兵力は甘くない。他がどうだとしても、此処だけは法則が違う。此処は剣と魔法の世界ではない。もっとどす黒くもっとうすら寒くもっと救いようのない何かが渦巻く法則に支配されているのだから。

 だが。

 

 ガグン!! とファイブオーバーが空中で傾いた。

 

「……テメェのその浮遊方法。その翅の振動で空気をどうにかしてんだろ? なら簡単だ。それを徹底的に乱してやればいい」

 

 勿論、ファイブオーバーにもその対策はなされていた。ガトリングレールガンはその威力の関係もあって空気を多大に撹拌する。そんなものを撃ちながら空を飛ぶことができるのだ。生半可な気流の乱れは意味を成さない。

 なら、麦野はどうやってファイブオーバーの動きを止めることに成功したのか?

 簡単だ。()()()()()()()乱した。

 麦野の原子崩し(メルトダウナー)は凶悪な威力を誇っている。触れたものそのあまりの抵抗力に激しく熱され、跡形もなく消し飛ばされてしまう程だ。

 では、空ぶったからといってその威力はまったく無意味になるかと言うと、そうではない。何もない部分を通過しているように見えても、原子崩し(メルトダウナー)は空気――より正確には、空気中の塵を焼き尽くしているのだ。

 平時なら全く問題ないとしても、断続的にガトリングレールガンを叩き込まれ、粉塵が多く舞っているこの状況下、原子崩し(メルトダウナー)の残光はファイブオーバーの翅に致命的なダメージを与えた。

 そしてその結果が、この隙だ。

 

「フン。ま、テメェもあのガキと同じようにそのあたりでくたばってるのがお似合いの最期だよ」

 

 本来ならば。

 本来ならば、この展開はあり得ないはずだった。そもそも、怒りに我を忘れた麦野沈利はこんな搦め手を使うことができないはずだった。コンプレックスである第三位を超えた兵器という肩書に対し、真っ向勝負で叩き潰さないと気が済まないとばかりに馬鹿の一つ覚えで能力を使い続け、それで消耗して敗北する、それが麦野沈利という少女の持つ精神性の欠点だったはずだ。

 にも拘らず、麦野沈利は勝利した。まるで、そういう形に、彼女が絶対に勝利してしまうように『運命』そのものが歪められているかのように。

 

「んじゃ、そういうわけで――」

 

 麦野は、これ以上ないくらいに愉悦に顔をゆがませて、勝ち誇って呟く。

 ゆっくりと、唇が最期の言葉を紡いでいく。

 

 ――ブ・チ・コ・ロ・シ・カ・ク・テ・イ・ね。

 

***

 

「何だ、あれは……」

 

 誰かが、呻き声をあげた。

 そこにあったのは、ルイズの虚無を見た時のような希望ではない。まず、『あんなものがこの世に存在していていいのか』という恐怖。そして『あれが向けられているのが自分達でなくて良かった』という安堵。

 それが、今、彼らを支配している感情だった。

 だが、彼らを薄情者と罵ることが出来る人間がどこにいようか。一万もの不死者の軍勢をものの十数分で蹴散らして、鉄の暴風を吹かせるカマキリの怪物との死闘を制して、それでもなお愉悦と嗜虐の禍々しい笑みを浮かべる人間のどこをどう切り取れば、救国の英雄と手放しで称えられるだろうか。

 

「シズリ……」

 

 それはルイズも同じだった。

 いや、ルイズが物憂げな表情をしているのは、他の兵士たちと同じような理由からではない。ルイズの心配の種は、麦野の『奇妙なやさしさ』にあった。

 あの麦野が、どうして急に優しく豹変したのか。そして、何故あれほど機嫌が良くなったのか。聡いルイズは既に理由が分かっていた。『虚無』だ。麦野は、ルイズの『虚無』を見て機嫌をよくしたのだ。

 その『虚無』をこんなところで失いたくないから、麦野は一万の軍勢を消し飛ばした。麦野にとって『価値』が生まれたから、ルイズのことを認めた。

 それは、ルイズにとってはとても悲しいことだった。だって、こんな形で麦野に認められたって、それは麦野がルイズの成長を認めた訳ではないから。ただ、麦野はルイズが生まれつき持っていた()()の『虚無』を認めただけだから。

 

「私は……私は、こんな形でアイツに名前を呼ばれたかったんじゃないのに…………」

 

 もう、麦野はルイズの『虚無』しか見てくれないのではないか。表面上は、自分と対等の存在として尊重してくれるだろう。上っ面だけ見れば、今までとは比べ物にならないくらい充実した関係になるだろう。

 だが、麦野はその裏でルイズのことを体の良い『道具』としてしか見ない。そして、その状態でルイズの『価値』は固定されてしまい、もうどうしようも動かせなくなるのではないか。そんな不安が、ルイズに襲い掛かる。

 伝説の系統に目覚め、『ゼロ』の汚名をそそげるはずだったのに、ルイズの心はちっともはずんでくれない。本当の本当に認めてほしかった相手は――もう二度とルイズのことを見てくれない。

 そこまで考えて、ああ、とルイズは腑に落ちた。

 何で、麦野に認めてもらうことに、あんなに躍起になったのか。

 使い魔にいつまでも舐められる主人なんて貴族として失格だからとか、自分を侮る麦野を一言ぎゃふんと言わせたいからとか、そんな理由だと、ルイズは今の今まで思っていた。だが、違った。これは、この喪失感は――。

 

「皆の者!!」

 

 そこで、ウェールズの檄が聞こえた。

 見ると、長剣を携えたウェールズが勇ましい顔をして恐怖に囚われた兵士たちを鼓舞していた。

 

「道は『虚無』の聖女とその使い魔が切り開いてくれた!! 伝説とはいえただの学生が勇気を振り絞って立ち上がってくれたのだ!! 軍人たる我らが此処で怖気づいてどうする!! アルビオンの誇りを見せようという昨晩の気概はどこへと消え失せたのだ!?」

 

 ウェールズの言葉に、一人、また一人と戦意が奮い起こされる。数秒と経たないうちに、アルビオンの兵士たちはルイズの『虚無』を見た直後と同等以上の士気を取り戻した。

 未来の王の掛け声と共に、たった数百の兵士が進軍を開始する。

 ルイズは、ただその後姿を見ているだけしかできなかった。

 

***

 

『……して、どうだったね? 愛しの女神(ミューズ)よ』

「……レコンキスタは、もう駄目でしょう。アンドバリを以てしても、跡形もなく死体を消し飛ばされては再生のしようもございません。ワルドからの連絡もありませんし、王党派も本拠地めがけ進軍を始めています」

『そうか。ならそれで良い、余のところへ戻るが良い。そんなところでミューズを失う訳にはいかんからな』

「ジョゼフ様、勿体なきお言葉です……」

 

 シェフィールドは、頬を赤く染めながら歩いていた。

 その手には鏡のようなマジックアイテムがあり、中には青髭がたくましい壮年の男――ガリア王ジョゼフの姿があった。

 その彼女はレコンキスタに見切りをつけ、緊急脱出用のフネで空の国アルビオンを後にするところだった。ちらと後ろを振り返ったシェフィールドは、ふとあの使い魔に思いを馳せる。

 あの様子から察するに、どうにもあの機械と因縁があったのだろうが、アレは『場違いな工芸品』。この世界ではないどこかから来ていることを、東方ロバ・アルカリ・イエの出身であるシェフィールドは知っている。あの妙な能力と言い、あの使い魔は異世界の人間らしい。

 ジョゼフはそのことを知り、早くもあの使い魔とトリステインの虚無に興味を示したようだ。せっかくの遊び道具が壊れてしまいどうなることかと思ったが、結果としてジョゼフを楽しませることができたのだからこれで良かったか、とシェフィールドは思う。

 

「あのお方を喜ばせる為に――精々、頑張ってね。トリステインの虚無」

 

 この時、シェフィールドは気付いていなかった。

 自分達が盤上で見ている『駒』が、盤面の上どころか、駒を操る『プレイヤー』にさえ牙を剥きかねない存在だと言うことに。

 

 ――レコンキスタが壊滅し、アルビオンの内戦が終結したのは、翌日の朝のことだった――――。


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