【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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序章

「で、最終的にこうなるわけだ」

 

 

 とある研究所。

 体育館ほどもある広さの実験室で、麦野沈利は落ち着き払ってそう言った。

 茶色い長髪をゆるくウェーブさせた優雅な風貌の彼女は、やはり優雅に佇んでいる。実年齢は高校生なのだが、大人びた雰囲気に顔つき、服装などの関係から、彼女が年齢通りに見られることはあまりない。成人女性として扱われることもたびたびあるくらいだ。

 実際のところ、彼女としてもこの展開は大いに予想通りだった。

 木原数多と、彼が横槍を入れて入手したという妹達(シスターズ)の一人。その協力を得て、麦野は『とある実験』をしていたのだ。

『〇次元の極点』。

 次元というのは、『切断』するごとに一つずつ下に落ちていく。

 立体である豆腐を包丁で切れば、その断面はただの長方形であるのと同じように。

 この世界においてn次元の物体を切断すると、断面はn-1次元になる。

 ならば、理論上一次元の『点』を切断すれば、その断面は〇次元になるはずだ。

 そして、もしもその『〇次元の極点』を制御することができたならば。

 理論上、〇次元と三次元の世界は対応しているが、三次元世界の広さに対して〇次元は『一点』しかない。〇次元の『一点』という『世界のすべて』さえ手元にあれば、三次元のすべての座標とリンクが可能であり、そこをワープやテレポートの為の中間地点にすることだって可能なはずだ。

 しかも、テレポートする部分に関しては、能力による現象ではない。

 あくまで能力者が制御するのは『〇次元の極点』で、三次元と〇次元の座標リンク程度のものだ。

 だから通常の空間移動(テレポート)と違い、この方式なら欲しい物、必要な物は銀河の果てからでも手元に引き寄せ、要らない物、嫌いな物は全部まとめて銀河の果てまで吹き飛ばすことができる。しかも能力と違い、いつでも自由に、どこでも好きなだけ干渉することができる。

 麦野沈利は、その『〇次元の極点』を制御する為の実験に参加していたのだ。

 

「……命令通り、麦野沈利を包囲しました、とミサカは連絡します」

 

 そう言ったのは、木原数多に操作されている妹達(シスターズ)、ミサカ一〇〇三二号だ。

 

「別に何も嘘はついちゃいないぜ? 最初に言ったはずだよな。俺に協力すりゃあ、テメェより上位の超能力者(レベル5)をブチ殺す為のチャンスが与えられる、って」

 

 そして、一〇〇三二号の言葉に応じるように、暗がりから金髪の、刺青が目を惹く男……木原数多が現れる。

 第三位、そして第一位。

 実験に参加する見返りとして、彼らを亡き者にする為のセッティングを木原に行わせたのは、他でもない麦野だった。

 その動きに反応してやってきた金髪にサングラスの少年やツンツン頭のヒーローもまた、亡き者にされた超能力者(レベル5)達と同じ道を辿った。

 そのせいで上条当麻を慕っていたとあるシスターや海軍用船上槍(フリウリスピア)を使う少女魔術師、とあるシスターを慕っていた赤髪の魔術師に極東の聖人、最終的にはその存在を危ぶんでローマ正教からやってきた『後方』を司る二重聖人などとも戦ったが、全て例外なく消し炭にした。

 そして今、麦野の前には彼女のサポートをしていたうつろな眼の少女と、金髪の研究者がいる。

 木原は悪びれずに、むしろハメられた麦野をあざ笑うかのようにして、言葉を紡ぐ。

 

「今度はこっちのお願いを聞いてもらう番だ。っつー訳でー、実験機材になりやがれ」

「私の原子崩し(メルトダウナー)は――」

 

 麦野は、そんな木原を遮るようにして言葉を紡いだ。

 

「――電子を粒子と波形のどちらにも変えずに曖昧な形のまま高速で射出する能力よ」

「ああそうだ。ミクロのレベルであらゆる物体を繋ぎとめる電子を、量子論すら無視して強引に操る能力。テメェの言う通り、ある意味で第四位は第三位以上のバケモノって訳だよ。まあ、なんにしても」

 

 麦野が以前その言葉を吐いた意図は半分以上負け惜しみだったが、木原は皮肉にもそれを全面的に肯定していた。

 

「……一次元の『点』をぶち壊すにゃあ、御誂え向きの能力だよなあ!!」

 

 木原は、まるで遠足の前日の少年のようにわくわくした、それでいてその遠足が血と肉でまみれているかのようなむごたらしい期待の笑みを浮かべて吼える。

 もはや麦野は、何も言わなかった。

 此処まで来たら、あとはただぶつかるだけ。

 

「出やがれ、化け物! こいつを能力だけのマリオネットにしちまえ!」

 

 木原数多の言葉と同時に、食塩水の中に突き立てた棒に塩が結晶するみたいにして、一人の少女の姿が浮かび上がって行く。

 かつて、あの〇九三〇事件の中で見た少女。

 木原は、その少女を独力で手中に収めることに成功していたのだ。

 だが、麦野は止まらない。

 獰猛な笑みを浮かべて、

 

 

 次の瞬間、眼前に浮かび上がった『鏡』に呑み込まれた。

 

 

「…………あ?」

 

 土壇場で実験機材が消えた木原は、数瞬の間をあけてそんな間抜けな言葉を吐いた。

 だが、一流の研究者としての木原数多は、『虚数学区』の存在を理解して、研究者としてさらなる『段階』に辿り着いていたので、

 

「……あー、なるほど。つまりそういうことかよ」

 

 正解に思い至ったかのように頭を掻き、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 次の瞬間。

 木原数多の台詞を実証するかのように、二〇〇〇年昔の『彼』が能力を発動させた。

 

***

 

 時間の流れというのは、一本のゴムひものようにあらわされる。

 時間の流れのゴムひもを引き延ばしてピンで留めてしまうと、時間の流れというのはそこで通常ではあり得ない方向へ向かってしまう。

 だから、通常ではあり得ない者が勝利する、『異常な法則の世界』が生まれてしまう。

 それが、『彼ら』の扱う力の正体だった。

 さて、ここで問題だ。

 時間の流れの中から一人の少女が消えうせた時、その少女を元通りに戻すにはどうすればいいか。

 答えは簡単、時間を巻き戻してその少女が消える前まで状況を戻せば良い。

 少女が消えるのは『その位置にピンをとりつけたから』起こったのであって、全く別の位置にピンを留めれば少女は消えずに歴史は再開される。

 実際、今回の問題はそれで解決した。

 だが、仮にもしも、その少女が『消え失せた』のではなく『どこかに移動した』のだとしたら。

 少女は、巻き戻って復活した一人と、どこかに移動した一人の、二人が同時に存在することになるだろう。

 

 

 ……そう。

 これは科学でも魔術でもない、絶対に交差するはずのなかった世界に移動したもう一人の麦野沈利を追う物語である。

 

***

 

序章 異邦より来たりて Begining_with_First_Kiss.

 

***

 

 春の使い魔召喚と言えば、メイジの一生のパートナーである使い魔を召喚する為の儀式であり、魔法学院の生徒は此処で召喚された使い魔を元に自分の属性を見定め、そして専門課程へと入って行くものだ。(尤も、人によってはその時点で既に自分の得意な系統を理解しているが)

 その意味で、彼女――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの召喚した使い魔は異質だった。

 

「あんた……誰?」

 

 と、少女ルイズがそう言ってしまうのも無理はない。

『誰』。

 つまり、少女の召喚した使い魔は『人間』だったのだ。

 ちなみに、使い魔召喚で人間を召喚した例はかなり珍しい。絶無、と言っても良いレベルだった。座学に秀でているルイズをして、前代未聞である。

 召喚された茶髪の少女は、見たこともない服装をしていた。

 ゆるくウェーブがかった茶色い長髪、大人びた顔立ち、そして落ち着いた物腰……どこか上の姉にも近しい雰囲気を持つ少女だったが、前代未聞は前代未聞だ。

 

「……アンタこそ誰よ?」

 

 正体不明の少女は、草原に尻もちをついた状態からそう問い返して来た。

 ルイズは思わずむっとなったが、少女が大人の同性という、ルイズにとって一番強く出づらい存在だったので素直に答えることにした。それに、召喚された直後で混乱しているだろうというのもあった。

 

「……、私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」

「――此処はどこかしら」

「此処はトリステイン。トリステイン魔法学院よ。あんたは使い魔になる為に此処に召喚されたの」

「……魔法……」

 

 ルイズの言葉を聞いて、少女はそのまま顎に手を当ててブツブツと考え込んでしまった。

『魔術か?』『あのわけのわからん仕組みなら……』『学園都市に戻るには……』『悪意はなさそうだが……』などとブツブツ呟いている少女に軽く気圧されていたルイズは、しばしその様子を見ていたが、

 

「私、麦野沈利よ」

 

 少女――麦野がそう答えたのを皮切りに、再起動を果たした。

 

「あんた……どこの平民?」

 

 とにもかくにも、素性を知らねばならない。

 そう思いルイズが問いかけると、脇で待機していた少年少女達も騒ぎ出した。

 

「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするんだ?」

「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」

 

 ルイズはそう言い返したが、多勢に無勢だった。

 

「間違いって、ルイズはいつもそうじゃないかにゃーん?」

「その使い魔、平民にしちゃあ変わった衣装だけど、やっぱり平民じゃなあー」

「流石は『ゼロ』のルイズだな!」

 

 誰かがそう言うと、人垣がどっと爆笑する。みんなが笑いだして話を聞かなくなると、ルイズは顔を真っ赤にして俯いた。

 

「ミスタ・コルベー、」

「……うるさいわね」

 

 耐えかねたルイズが監督の教師――ジャン・コルベールに使い魔召喚のやり直しを要求しようとした時、じっと周囲の様子を観察していた麦野が唐突に声を発した。

 小さく、しかし重く放たれた言葉は、それだけで笑いこけていた少年少女を黙らせるだけの迫力があった。

 『経験』したことのない彼らには分からなかっただろうが、それは『殺気』と呼ばれるもので――監督の教師であったコルベールが、即座にそれに反応した。

 

「……ミス、あなたは」

「さっき言ったわ。麦野沈利。あー、ここの言い方に合わせるなら、シズリ・ムギノかしら?」

「そうではなく……」

「アンタくらいなら、私が()()()()で何をしていたかくらい分かるんじゃない?」

 

 酷薄な笑みを浮かべ、麦野はそう言った。

 

「ちょ、ちょっと! 何わたしを置いて話を進めてるの? あんたは私の使い魔なんだから。さっさと契約を済ませるのよ!」

 

 再起動を果たしたルイズは、そう言って草原に座り込んでいた麦野と視線を合わせる。

 麦野は、それについて殊更拒否しなかった。

 ルイズはというと、本当は使い魔の召喚やり直しを要求しようと思っていたのにはずみでああ言ってしまったのでもう平民を使い魔にするしかないということで、内心後悔しまくっていたが、持ち前の意地っぱりで『もう此処まで来たらやるっきゃない!』と逆に覚悟を決めていた。

 じっと目を見つめ、ルイズは唱える。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 すっと、杖が麦野の額に置かれた。

 そして、ゆっくりと唇を近づけて来る。

 

「なっ」

 

 これにはさすがの麦野も動揺したようだった。

 

「じっとしていて」

 

 それを制するようにルイズは言うと、そのまま一息に口づけをした。

 一秒か、二秒か。

 そのくらいの時間が経った後、ルイズは口を離し、立ち上がる。同性とはいえ気恥ずかしさがあったのか、ルイズの顔はほんのりと赤く染まっていた。

 

「終わりました」

「はい。……ミス・ムギノ」

 

 コルベールはルイズの返事を受けて、応答もそこそこに麦野に視線を向けた。呆気ない『儀式』に理解が追いついていない様子の麦野はそれにこたえて視線を向け、

 

「!? っがァァああああッ!!」

 

 突如左手を抑えて熱さと痛みに叫び声を上げた。

 

「ど、どうしたの!?」

 

 ルイズはそれを見てすぐさま屈もうとした。

 その瞬間。

 

「ミス・ムギノ! それは使い魔契約の副作用だ! それ以上に害のあるものではない!」

 

 コルベールが叫ぶようにして、麦野に言った。

 今しも罵声を吐きそうなほどに顔を歪めていた麦野は、それで止まった。彼女の身体の陰にあった電子の光もまた、消えうせる。

 『幸運』だった。

 コルベールが叫ぶのがあと数瞬遅ければ、ハルケギニアの空に異質な雷鳴が鳴り響いていたことだろう。

 

「……使い魔契約の副作用?」

「ああ、そうだ。左手の甲を見てほしい。おそらく、そこにルーンが刻まれているはずだ」

 

 『ルーン』。そういえば、前の世界で戦った魔術師の中にルーンとかいうものを扱っていた魔術師がいたな――と麦野は思った。確か、我が名が最強である理由を此処に証明する(Fortis931)とか名乗っていた。勿論、上半身を消し飛ばして殺したが。

 

「……確かに、彫られてあるわね」

 

 左手の甲を見てみると、確かに文字の羅列が刻まれているようだった。麦野はそれに対してそれ以上何も言わなかったが、コルベールは違った。

 

「……珍しいルーンですな。記録してもよろしいでしょうか。それと、詳しい話も聞きたいので、あとで少しお時間をよろしいかな」

「とか言ってるけど、『ご主人様』は良い?」

 

 コルベールの申し出に、麦野は半分茶化してルイズに言った。ルイズは急に水を向けられて驚いていたようだが、こくりと頷いて許可をだした。教師のコルベールが言うのであれば、ルイズは拒否する理由もなかった。本当は召喚された使い魔と色々話をしたかったのだが、これは仕方がない。

 

「では、これで授業は終わりです。みな教室に戻りましょう」

 

 コルベールは踵を返すと、何事かを呟いてから宙に浮いた。他の生徒たちも、麦野を多少気にしつつ浮かび上がった。

 麦野の傍らにいるルイズだけは、飛んでいない。

 

「ルイズ、お前は歩いて来いよ!」

「あいつ、『フライ』はおろか『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」

「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」

 

 口々に、そう言って笑いながら飛び去って行く。飛び上がる自分達をただ見ていることしかできないというので安堵したのか、あるいは扱き下ろすことで自分の優位性を保持したいと思ったのか、どちらにせよ最後にそう言った少女は不幸だった。何故ならその顔を麦野に覚えられてしまったからだ。

 残されたのは、ルイズと麦野だけになった。

 

「これからよろしくね、『ご主人様』」

「…………殊勝でよろしい」

 

 微妙な顔で言ったルイズに付き添って、麦野は建物――学院の中へと歩を進めて行った。

 

***

 

 ――留まる理由もないが、帰る理由もない。

 麦野沈利の現状への評価は、そんな程度の物だった。

 此処が元いた『学園都市』のある世界とは別の世界だというのは、最初に分かった。

 理由は簡単。口の動きだ。

 先程から何故か日本語のように聞こえているが、ルイズ達の口の動きは日本語のそれではない。唇を観察して脳内にある言語と照らし合わせてみたが、地球上のどの言語とも、ルイズ達の言葉は別種だった。ならば当然、此処は地球上のどこでもない場所ということになる。

 だが、学園都市には決して戻れないとして、麦野はわざわざ帰りたいと思う程あの世界に未練がある訳ではなかった。

 まして、()()()()()()麦野の殺気に気付けたのが()()()()()()しかいないような世界だ。学園都市にいるよりも安全という意味では遥かに良い。

 暮らしやすさも、肌の手入れ具合や言動から言って、ルイズが元の世界における『外』の富裕層並の生活水準で過ごしているらしいことはすぐに分かった。使い魔というからにはその財力の庇護にあずかれるという意味である。

 自分が誰かの下につくというのは麦野沈利という人間にとっては納得のいかない話だったが、あの『ご主人様』なら適当におだてておけばそれで誤魔化されてくれるだろう、という算段もあった。

 つまるところ、麦野は生活保護や安全保障などの面から考えて、元の世界を捨て、この世界に永住することを選択したのだった。

 

(『〇次元の極点』なら、別にこの世界でも探究できるからな……。材料は揃っている。気長に研究すれば良い。そして完成すれば、どんな世界だろうと関係はなくなる)

 

 否。

 正確には、『世界がどうであろうとどうでも良い』と言った方が正確か。

 こちらの世界の方が、研究するのに危険がない。その麦野にとって重要なのはその一点だけだった。

 

 本来の麦野なら、『〇次元の極点』を知らない状態の麦野だったなら、たとえ危険だろうと帰還を選んだことだろう。最悪ルイズの上半身を消し飛ばしてでも、元の世界に戻りたいと思ったはずだ。いくら危険であろうと、元の世界の方の環境の方が快適だし彼女の財産もあった。

 だが、『〇次元の極点』を知ってしまったことで、麦野は『自分がその気になれば何でも手に入る』ことを知った。それは逆に、単純な器物への執着を薄めていた。そうなると、今度は『危険であるか否か』という一点で物事を判断するようになる。どうせなら安全に『〇次元の極点』を掴みたいからだ。

 ある意味、『幸運』だったということなのだろう。

 あの時点でなくてはならなかった。

 麦野が『〇次元の極点』の全容を聞いていない状態だったならば、こうはならなかった。

 麦野が木原数多をくだし、完全に『〇次元の極点』をものにした状態ならば、こうはならなかった。

 木原と対峙している状態の彼女だったからこそ、この状態になったのだ。

 

 そして、ルイズと麦野は、いや、『世界』は、これから思い知ることになる。

 『歪んだ時間の流れ』の因子たる麦野が組み込まれた世界が、これからどうなっていくのか。


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