あと、前話が急展開過ぎたので閑話を追加しました。
もしよろしければそちらも読んでください。
妖魔と殺人事件 Ⅰ
妖魔ではないかと疑われ、アリスに妖魔である事がばれてから早1年が過ぎた。
最初の方こそ、いつ自分が追い出されるのかとか、いつの間にか自分の正体が街中に広まっているのではないかとか疑っていたが、そんな事は全く起こらず変わらぬ日常が続いていた。
変わった事と言えば、アリスとの距離が近くなった事だろう。
とは言え表面上はあまり変わりない、せいぜい、俺がアリスと呼び捨てにするようなったり、アリスがレイお兄ちゃんと呼ぶようになった程度だろうか?
……ああ、急に呼び方が変わった所為でグリアさんが俺の事をジトッとした目で見てたな、しばらくしたら元に戻ったが……
アリスは俺が妖魔である事を知ったにも関わらずほとんど態度が変わらなかった。
これには俺の方が戸惑ってしまった。
だってそうだろ?
家族と思っているような人が実は人を喰う化け物だったんだ、裏切っただの言われても仕方ないと俺は思う。
それなのにアリスは責めるどころか慰めてくれたのだ。
アリスが幼いというのは理由の一端ではあるだろうが、アリスが優しいのだろう。
……俺の様な化け物を受け入れてしまう程に
まぁ、そんなこんなで俺はもう手に入れる事ができないのではないかと思っていた何でもない日常を生きる事ができている。
一度失い、また失うかとも思った、このいつ崩れるかも分からない崩れやすい日常、だからこそ俺は全力で生きていた。
そして、今日もまたいつも通りの日常が続いてくれと祈っていた。
……生憎、神様は俺が嫌いらしい。
俺は今分厚く頑丈そうな石とこれまた太く頑丈そうな鉄柱に囲まれた部屋、いわゆる牢屋と呼ばれる場所に居た。
「……はぁ、何でこんな事になったんだか……」
ぼやいてみるが、何が起こったかなんて分かっていた。
何せ自分から牢屋に入るって言ったのだから
あれは、今日の昼頃だった。
そろそろお昼にしようかな?なんて詰所で待機しながら思っていた時の事だった。
太った中年のおばさんが青い顔をして詰所に飛び込んできたのだ。
宿屋を営んでいる……確かバーバラさんだっただろうか?
宿屋と言うのはこの街の中で酒場に次いでかなり問題がよく起こる場所だし、何か事件でも起きて、その対処を頼みに来たのだろう。
とは言え顔色が悪いから面倒な事になりそうだな、これは昼食いそびれたなとか俺は呑気に思っていた。
その時はそんな程度の認識だった。
まさか、街中が大騒ぎになって俺も追いつめられるような大事件だとは思ってもみなかったんだ。
「大変なんだよ!はやく来ておくれよ、人が私の宿屋で!血に中に倒れてるんだよ!それで机が壊れてるんだよ!アルタラ産の高いヤツなのに、何だかね腹が搔っ捌かれてて、中がね、大変なんだよ!とにかくいいからはやく来ておくれよ!」
「まぁまぁ、落ち着いてください」
混乱して捲し立てるように話すバーバラさんの話をまとめてみると要は客の一人が殺された、そう言う話らしい。
俺と詰所で待機していた他の兵士はバーバラさんに水を一杯渡して落ち着かせ改めて話を聞き、現場の宿屋へと急行した。
そこは既に野次馬で囲まれており、巡回中に駆け付けたらしい兵士が宿屋の中に野次馬を入れないように立っていた。
どうやら、周りにいたほぼ全ての兵士が集まっているらしい。
バーバラさんの話を聞いたりした関係で出遅れてしまったらしい。
俺達は野次馬を掻き分け、その兵士に声を掛ける。
「お疲れさん、中の様子はどうなってる?」
「今、中で隊長とグリアさんが仏さんを見ています。」
そう言うと、周りに聞こえないように声を抑えながら
・・
「……どうやら妖魔が出たみたいです」
そう告げる。
俺は動揺をどうにか抑えながら詳細を尋ねるがどうやら知らないらしく、グリアさんに聞いてくれと言われてしまう。
宿屋に入ると中では隊長とグリアさんが何か深刻そうな顔でヒソヒソと話し合っていた。
ときおりありえん!とか馬鹿な!とか隊長が声を荒げている。
「隊長、グリアさん、状況はどうなっているんですか?」
「レイか……言葉でどう言ったって仕方ねぇ、とりあえず見て来い……覚悟だけはしけおけ」
それだけグリアさんは告げると二階を指さす、どうやら現場は二階らしい。
それにしても1年以上もこの仕事をやっている俺に対して入ったばかりの新人にするような警告をするとは、よっぽど現場は酷いのだろう。
二重の意味で覚悟を決めなければいけないようだ。
一つはもちろん悲惨な状況を見る覚悟、
そしてもう一つはおそらく飛び散っているであろう美味しそうな死体に飛びつかない覚悟だ。
この仕事で初めて死体を見た時はついフラッと食べに行きそうになってしまった。
その時の行動を若干不審がられたが、初めて死体を見て衝撃を受けたのだろうと判断されたから良かったが危うかった事は間違いない。
正直真剣に転職を考えたものだ。
……結局、この仕事を続ける事にしたのだが
階段をゆっくりと上がり、現場を見に行く。
現場からは美味しそうな血の匂いが漂っていたため簡単に見つかった。
無惨だった。
部屋に入ると惨状が目に入る。
同時に五感全てが旨そうだ、喰えと訴えかける。
頭は惨いと思い、身体は旨そうだと感じる。
何回体験しても身体と心の不均衡が不快だ。
部屋中に飛び散った血、壊れた家具、そしてその中心におそらく男であろう死体があった。
断定ができないのは頭を捥ぎられたあげく顔が潰され、腕や足も潰され、腹の中の詰め込まれているため、人相どころか骨格すら判別する事が難しかったのだ。
「お前さんはこの惨状をどう判断する?」
一緒に現場に上がってきたグリアさんが俺に対してそう問う。
俺はその問いかけに対して、もう一度今度はじっくりと観察する。
死体を見るだけでおぞましく、そして食欲をそそられるが、我慢して観察しているといくつかの事が分かる。
「おそらく犯人は最初に被害者を殺し、その後に死体を弄んだのではないでしょうか?この離れた位置にある頭部を見て下さい、身体と頭部の位置から判断するにまず頭部を切り落とした物と考えられます。また頭部が潰されていますが、この傷跡から見るに殺された後に付けられた傷の可能性が高いと思います。ある意味被害者にとっては幸いだったのではないでしょうか?……何の慰めにもならないですが……」
この無惨な状況に何の意味のない言葉をつい付け足してしまう。
グリアさんは何も言わず黙って先を促す。
再び観察していく……どうも、明らかに死体の量が足りない。
……なるほど、わざわざ持ち去る訳がないから妖魔が喰ったのだろうと考えたのか
「……死体の量が明らかに足りません、特に内臓が……この事から犯人は妖魔もしくは妖魔の被害であると偽装しようとしていると考えられますが、おそらく妖魔です」
「……やっぱりお前もそう思うか……」
やはりグリアさんはこの殺人事件が妖魔によるものだと判断しているのだろう。
……その推測はおそらく当たっている。
傷口の断面が粗いのだ、まるで力任せに捥ぎ取ったかのように……
そんな事がただの人間にできるとは思えない。
そして、最大の理由はこの部屋から臭ってくるのだ、同族の臭いが!
そして、一つ言えるこの犯人は俺が絶対に捕まえなくてはならない。
もちろん許せないと言う思いは強いが、理由はそれだけではない。
このまま犯行が続けばクレイモアを雇う事になる。
それは、この日常が終わる事を意味するだろう……
だから、自分のためにもこの事件の犯人を俺が捕まえなくてはいけない。
そう、俺は静かに決意を固めるのだった。
事件が起こった段階で終わってしまいました……
本来は牢屋に入れられるまで話を進めるつもりだったんですが……
区切りが悪いと感じたためここまでです。
続きは早くても日曜日の夜になってしまいます。