この章、最終話です。
楽しんで頂ければ幸いです。
セネルにテッドとリズの兄妹を任せ俺は覚醒者となったセラとの戦いへと再び向かう。
ジェシカ達は覚醒者の猛攻を凌ぎながら隙を見て斬りつけていた。
だが、覚醒者の圧倒的な再生力の前にジリジリと傷付き疲れ始めていた。
特に片腕をなくしたエルダは既に限界が近く、そのフォローをしていたジェシカにも余裕はない。
エルダを守るために覚醒者を"止め"ているようだ。
そして"止め"るための一瞬の集中がジェシカを危険に晒している。
綱渡りのようなギリギリの回避を行っているのが分かる。
あれでは何れ終わりが訪れるだろう。
実際今もジェシカへと向かって鋭い振り下ろしが迫っている。
ジェシカへと迫る腕をぶった切る。
「待たせた!」
「ふふ、遅いわよ?」
「悪いな」
ジェシカはいつも通りの口調で返してくるがその額には汗が滲んでいる。
他のクレイモア達に声を掛けるが、アリスには無視されてしまう。
エルダは友軍として考えていないのか、いれば助かる程度の感覚で軽く頷いただけだった。
先程より顔から血の気が失せているから純粋に片腕では辛くて返事をする余裕などないだけかも知れないが。
ジェシカは俺の事を待っていたらしく俺が戻ってきたことを機に一気に畳み掛けることを宣言する。
「どうやら奴は一辺に2箇所しか再生できないみたいよ」
戦闘を続けながらジェシカがこれまでの戦いで分かった事を教えてくれる。
「そこで私が一瞬だけ奴の動きを止めるからアナタ達で四肢を落としなさい」
「了解だ」
「分かりました」
「……ハァ、ハァ、了解ですっ」
ジェシカの指示で俺達は配置に付く。
俺は妖魔だがジェシカの指示であれば取り敢えず協力してくれるらしい。
アリスもエルダも素直に配置に付く。
準備が整ったのを確認したジェシカが一旦距離を取る。
そして、自らの妖気を鎮め、目を瞑る。
「今よ!!」
その言葉と同時に覚醒者の動きが不自然に停止する。
自らの意志ではない停止に覚醒者はバランスを崩す。
その隙に俺、アリス、エルダは斬りかかる。
俺は右手、アリスが左手、エルダが左足だった。
3つの部位が空を舞う。
「グギャアアアアアアァァアアァ!!!」
覚醒者の絶叫が響き渡る。
残った右足を無茶苦茶に振り回す。
同時に左手と右手を修復するために糸が伸ばされる。
「もう一度行くわよ?」
ジェシカの指示に従い再び止まった覚醒者を狙う。
アリスとエルダが修復しかけている左右の手を狙い、俺は残っていた右足へと向かう。
前回とほぼ変わらない展開だった。
再び3つの部位が地へと落ちる。
唯一違ったのは四肢の全てを失った覚醒者が地に落ちた事だろう。
「これでっ!終わりだ!!」
俺は隙だらけになった覚醒者の身体を駆け上がり渾身の一撃を覚醒者の首目掛けて振り下ろす。
セラの覚醒体は胴体がとても大きいが頭は人のサイズとほぼ変わらない物だった。
元は髪だったのだろう。頭と胴体の間は太いケーブルのような物で覆われており首は目視できない。
渾身の一撃が首のケーブルへと当たる。
刹那、素手で鉄塊を叩いたような感触が伝わってくる。
反動で全身が痺れる。
弾かれたのだ。
想定外に硬い物体を叩いた
「っ!?……ここだけっ硬い!!」
他の部位が柔らかかったために全く警戒していなかったが、首のケーブルだけが極端に硬かった。
覚醒者がまだ糸が繋げただけの右手を鞭のように使いエルダとアリスを吹き飛ばす。
未だに痺れて満足に動けない俺も覚醒者の背中から叩き落とされる。
……滑り落ちた、と言った方が正しいのだが。
覚醒者が今まで見せた事のない動きをする。
身体を丸め丸い尻尾のような部分をジェシカに向けたのだ。
そして尻尾から白い線のような物が吐出される。
"糸"だ。
蜘蛛のように糸の塊を飛ばしてきたのだ。
ジェシカは高速で迫る糸の軌道を見極め最低限の動きで回避しようとする。
が、目前まで迫った糸の塊は突然爆発する。
四方八方に糸が撒き散らされる。
それに巻き取られてしまうジェシカ。
どうやら粘着性も持っているらしく容易に脱出できないようだ。
硬直から抜け出した俺は時間を稼ぐために覚醒者の尻尾を斬りつける。
直前で気付かれたがどうにか浅くはない切り傷を作ることに成功する。
覚醒者の傷がゆっくりと再生し始める。
今までならすぐさま再生していたのに尻尾の傷はゆっくりだ。
どうやら回復できる部分が決まっているらしい。
そこに僅かな光明を見出す。
覚醒者が四肢の再生を終え、本格的にこちらを狙ってくる。
今まで3人で捌いていた攻撃が1人に集中する。
幸いと言って良いのか、覚醒者の長い手足は1人を狙うには向いていないらしく想像程攻撃は激しくない。
それでも比べ物にならない攻撃が続く。
もうダメかも知れない……
そんな弱気が顔を出す。
それを無理矢理ねじ伏せる。
が、そんな事とは関係なく追い詰められてしまう。
回避する隙がない。
既に大剣と部分的な硬化を最大限に利用しながら辛うじて逸らしているだけだった。
覚醒者の攻撃は重く鋭い、逸らしてもなお命を削られてしまう。
「あっ……」
崩壊は突然訪れる。
回避も逸らす事も間に合わない。
防御は上から抜かれる。
そんな攻撃が来る事が分かる。
命を奪う一撃が
これなら間に合うかも知れないと思うが自分の動きはさらに輪をかけて遅い。
ああ、これが走馬灯なのか……
そんな諦めが身を包む。
それでも最期の足掻きとして身を捩りつつ後ろに跳ぶ。
当たる直前だった。
唐突に致命的な一撃の軌道が逸れ始める。
いや、攻撃だけではな覚醒者自体が傾いでいく。
そして世界の速さが戻る。
轟音を響かせながら頭の数ミリ横を掠っていく。
掠っただけで切れてしまい血が流れる。
轟音に頭の芯が痺れている。
だが、生き残った。
原因を探す。
直ぐに分かった。
覚醒者の向こうにアリスが居る。
アリスの大剣は覚醒者の右足を細切れにしていた。
アリスが助けてくれたのだ。
アリスと二人で覚醒者に挑む。
右足を細切れにしたことで再生は遅れているが、覚醒者は未だに健在だった。
一瞬アリスと視線が交差する。
既に互いにボロボロだった。
頷き合い、同時に斬りかかる。
二人に増えても覚醒者はやはり圧倒的だった。
大きいのは尻尾の回復が終わったことだった。
攻撃のバリエーションが格段に増えたのだ。
俺とアリスは受けるだけでこちらから攻めることができない。
その時だった俺はヌメっとした物を踏み抜く。
糸だ。
外れた糸がこびり付いていたのだ。
その隙を覚醒者が逃す訳はなかった。
大剣を構え、全身を硬化させ防御態勢を整える。
とんでもない衝撃が全身を貫く。
衝撃に吹き飛ばされる。
幸いと言って良いのかこの段階ではまだ生きている。
だが、完全に身体が言う事を聞かない。
壁が急速に近づいてくるのが分かる。
その時だった。
鈍い感覚の中で誰かに抱きとめられたのが分かる。
そして衝撃。
覚悟していた物よりも数段優しい衝撃だった。
「大丈夫か?」
素っ気ない声でそう尋ねられる。
反応の鈍い身体を動かしどうにか声の主を見る。
そこに居たのはエルダと呼ばれたクレイモアだった。
エルダもまた傷がない部分がない程ズタボロだった。
先程の負傷だろうが特に左足が酷い。
完全に押し潰されており再生していないのだ。
「……お陰で、な」
どうにかそう言う。
次の瞬間全身が燃えるように痛み出す。
どうやらようやく頭が痛みを認識し出したらしい。
全身傷だらけだった。
それでも立ち上がる。
この状況でも離さなかった大剣を持ち上げる。
「……?」
妙に軽かった。
そこにあったのは刀身が半ばから存在しない剣だった。
おそらく大剣が砕けることで衝撃を吸収してくれたのだろう。
この戦いの中で何度も命を救ってくれた大剣に一瞬だけ黙祷する。
その様子に何か感じる事があったのだろうか?
エルダが告げる。
「これ、持ってけ」
そう言って差し出されたのはエルダの
「だが……」
「どうせ、この手足じゃあな」
そう言いながらエルダは失くなった右腕と潰れたままの左足を見やる。
そしてもう一度大剣を受け取るように言う。
その言葉に俺はエルダから大剣を受け取る。
「必ず返す」
それだけエルダに告げ、エルダの大剣を手に駆ける。
そこでは驚くべき光景が展開されていた。
全身鎧を身に纏った兵士が数人居た。
その手には投槍、ラボナの兵士達が戦っていたのだ。
町を破壊しながら暴れる覚醒者に兵士達が立ち上がったのだ。
その中心に居たのはセネルだった。
大声を張り上げ叱咤しながら指揮を取っている。
俺に気付いたのかニヤリと笑い掛けてくる。
「バカ、野郎……」
泣きそうになりながら呟く。
彼等の気持ちが痛いほど分かるからだ。
歯が立たないと分かっていても町を、人を守りたい。
ただそれだけなのだ。
俺も覚醒者へと斬りかかる。
俺の姿に兵士達が僅かに動揺するがセネルの叱咤で一丸となり覚醒者へ向かう。
その中で一つの流れができる。
兵士達が気を逸し、クレイモアが一撃を与える。
その繰り返しだ。
そして俺も参加したことでその流れが加速する。
徐々に再生が間に合わなくなってきたのだ。
そして今度はアリスが首を狙う。
先程俺が渾身の力でも弾かれてしまったのを見ていたからであろう妖力を限界近くまで解放し尚且つケーブルの隙間を狙う。
アリス渾身の突きが覚醒者に吸い込まれる。
覚醒者の断末魔を上げる。
最期の足掻きとばかりに無秩序に暴れまわろうとする。
が、四肢も尻尾もなくした状態では何程の事もできない。
俺とジェシカもアリスと同じように隙間を狙って突きを叩き込む。
それで終わりだった。
覚醒者は打倒された。
だが、被害は甚大だった。
ラボナの町の5分の1程が壊滅した。
できる限り巻き込まれないように戦った。
だが、それでも少なくない人間が巻き込まれてしまっただろう。
そして何より共に戦った兵士達だ。
全滅だった。
自らの存在を賭けて戦い、そして死んだ。
セネルも死んだ。
最後まで生き残っていたセネルは隙を作るために覚醒者の尻尾を切り裂き、そして怒り狂った覚醒者に上半身を吹き飛ばされた。
疲労でその場にへたり込む。
近づいてくる足音がある。
覚醒者との戦いは終わったのだ。
当然次は妖魔の番なのだろう。
だが、動けなかった。
いや、動く気力がなかったと言うべきだろうか?
また一人友を失った。
守れた者がおり守れなかった者がいる。
大剣が突き付けられる。
「……次は俺か?」
「そうよ……死にたくないかしら?」
「ああ、死にたくないな」
無言の時間が過ぎる。
アリスとエルダも近づいてくる。
近づいて来たエルダを見て思い出す。
「……そうだ、これありがとう、助かった」
「そう、か」
エルダに大剣を返す。
左手で大剣を受け取るがうまく力が入らないのか取り落としそうになっている。
これで借りていた物は返した。
未練はある。後悔もある。守れた者もある。守れなかった者もある。だが精一杯生きてきた。
ここでジェシカの手に掛かるのも悪くはない。覚悟を決める。
エルダの様子を見ていたジェシカが尋ねる。
「エルダ、アナタこれからも戦えるかしら?」
その問にエルダは返答に窮する。
クレイモアには2種類の型がある。
攻撃型と防御型だ。
その名の通り攻撃型は攻撃に優れる。そして防御型は再生能力に優れている。
そして防御型ならば失った手足を元の通りに再生する事ができる。
だが、攻撃型は精々一般人並みの筋力の手足しか再生する事ができない。
エルダは攻撃型、即ち失われた右腕は再生できないのだ。
場合によっては潰された左足も諦める必要だってあるかも知れない。
その事を一番理解しているのはエルダなのだろう。
だからこそ返答に窮する。
「……元の様に、は無理だと思います」
「そう……質問を変えるわ、これからも戦いたい?」
戦えなくなったクレイモアの最期は悲惨だ。
無理して戦いに出て殺されるか組織に処分されるか、だ。
負傷したクレイモアと言うのは覚醒しやすい存在だ。
覚醒者を無闇に増やしたくない組織にとって厄介者なのだ。
だからと言って逃げる事もできない。
粛清の刃が待っているからだ。
そして目の前に居るのはその粛清を最も多く行ってきた審判者
その前でエルダは本心を吐露する。
「戦いたく、ないです……!!」
そんな事情はその時は知らなかった。
だが、エルダが涙を零す姿に心打たれる。
「そうよね、よく言ったわ」
そう言いながらジェシカが優しくエルダを撫でる。
落ち着いてきた所でジェシカは俺の方に向き直る。
そしてとんでもない事を宣うのだった。
「ねぇ、レイ、アナタ組織の戦士になってみないかしら?」
「「「…………はい?」」」
そして驚愕の声がラボナの町に響き渡る。
はい、これにてこの章は終わりです。
実はこの章は本来2章、3章に分けて書くつもりだった事を無理矢理1章にまとめた物です。そのため作ってもらった大剣が活躍するシーンがバッサリカットされたり、人間に裏切られ絶望する話もお蔵入りしてしまいました。(書いても書いても進まない私の文章力が問題なのですが)
そろそろ1年も経つのに未だに完結が見えてこないのでざっくりカットしてしまいました。
これからも完結目指して頑張っていきたいと思います。