ちょっといつもと少し書き方を変えてみました。
妖魔の死体が発見されて数日
レイとセネルは"英雄"となっていた。
町を妖魔の手から救った新しい英雄、その真実を知っている二人にとってその称号は少々苦味が混じった物だった。
そしてようやく後処理も一段落した事から、今まで行われていなかった葬式が執り行われる事となったのだった。
その葬式は殺された内の一人が町の顔役だった事もあり葬式と言うよりも慰霊祭とでも呼ぶべき大規模な物を予定されていた。
side セネル
慰霊祭前日、夜セネル宅
その日の夜、ようやく兵団の幹部としての雑務を終えた俺はレイを晩餐に誘ったのだった。
カムリも誘ったのだが何やら用事があるらしい。
できればカムリも一緒にこの事件の真実を知る者全員で飲みたかったのだが仕方あるまい。
晩餐は久方ぶりの賑やかで楽しい時間だった。
カミラの思いも掛けないイタズラにあたふたするレイの姿を楽しむこともできたし良い時間だったと言えるだろう。
晩餐の後、俺達は書斎で静かにグラスを傾けていた。
父が遺したワイン、カタントから持って来た数少ない私物を楽しむにはちょうど良い日だった。
たまに一言二言話しながらワインを味わう。
静かで穏やかな時間が過ぎていく。
ワインも進み酔も回ってきた時の事だった。
「"英雄"か……ガラじゃないな」
不意にレイが呟く。
その内容に僅かに顔を顰める。
この事は予想はしていたとは言え自分にとっても不本意な事だからだ。
「不本意だろうが町を救ったのは事実だ……受け入れろ」
「ハッ、そんな不満そうな顔で受け入れろ、何て言われてもな? なぁ、もう一人の"英雄"さん」
「ふんっ、お前はともかく俺は本当に何もしていないからな」
事実だった。
この事件において俺は何一つリスクを負っていない。
それなのに名声を得てしまっている。
それに比べれば真実は捻じ曲げたとは言え確かに町を救ったレイはその名にふさわしいだろう。
「そんな事もないだろ、実際計画とか準備とか後始末は全部お前任せだったしな」
「逆に言えばそれしかやってないって事だ、俺じゃなくてもできた仕事だ」
「……だが、決断したのはお前なのは確かだろ?」
レイがそんな事を言うので俺は鼻を鳴らし、視線を逸らす。
会話が途切れ沈黙が満ちる。
用意されたワインを喉に落とす僅かな音だけが残る。
酸化してしまったのだろうか?
ワインもさっきよりもくどく味が落ちたように感じる。
どれくらい時間が経ったのだろうか?
それ程は経っていない筈だがいつの間にかグラスには何も残っていなかった。
「……出て行くつもりなのか?」
そんな事訊く気などなかったのに気付けば俺はそう尋ねていた。
「ああ」
「この町で一緒にやっていかないか?」
レイと、友とこれからも一緒に働きたい、俺は心からそう思っていた。
だがレイは何かから逃れるように何も残っていないグラスへと顔を向ける。
「昔のようにはいかないさ」
「だが!?……いや……そう、だな、昔のようにはいかないか……」
一瞬激昂しかけるがすぐに思い直す。
俺はレイの答えを知っていた気がする。
だからこそ俺は問を口にしないように逃げていたのではないだろうか?
そう納得した時、何か胸にストンと落ちた気がした。
「……なぁ、レイ覚えているか?」
それからの数時間、俺達はあるだけの思い出を語り合ったのだった。
side カムリ
慰霊祭前日 同時刻 大聖堂内大司教執務室
私はセネルの誘いを断ってイルデブラン大司教の執務室に居た。
執務室の中には私と大司教以外には誰も居ない。
大司教は幾つもの書類を読み、時に書付やサインをしていた。
大司教に呼び出されたのだが、来た時から変わらず書類を決済していた。
友との晩餐を楽しみたかったが呼び出されたのでは諦めるしかあるまい。
「今話題の英雄……名前はレイとか言ったか、彼の者には褒章を与えねばならないと思っておる」
ようやく一段落したのだろう。
鷲の羽の一番良い部分を使用した立派な羽ペンを置いて私に尋ねてくる。
その声は良く響くバリトンで威厳に満ちていながらどこか柔らかかった。
「その通りかと思います」
大司教の言葉に端的に同意する。
「何せ目障りな害虫の駆除を無償で請け負ってくれたのだ、少し
「……その通りかと」
まるで邪気を感じさせない優しい笑顔で同意を求められる。
先程と同じように同意の言葉を返したつもりだが上手くいっただろうか?
自分に対する僅かな疑念を打ち捨て次の言葉を待つ。
「……その褒章なのだが、金だけで良い物なのか悩んでおってな」
「とおっしゃいますと?」
「うむ、あれだけの腕なのだ、これからもこの町の役に立って貰う方が互いのためになるのではないかと思ってな」
イルデブラン大司教の言葉に一瞬詰まってしまう。
もちろん彼の友人としては喜ぶべき話だと思う。
だが、同時にあの事件の真実を知っている人間として、これから町を担っていく人間として僅かな疑念が残る。
「それは……彼の者とは些か縁がありましたが
「ほう、町のためにならんと思っておるのか?」
「……いえ、彼の者の武は不確定要素と成り得る物かと愚考いたします」
そして町の人間の命を背負う者――
危険を知っているのであれば友人の事でも――否、友人だからこそ疑わなくてはならない。
その覚悟の元、大司教に進言する、が反応は意外な物だった。
「ほっほう、お主にそこまで言わせるか、面白い、実に面白いのぉ」
「……大司教様?」
「うむ、決めたぞ、彼奴をどうするかは実際に会ってから決める事にする」
決断は下された。
意図が正確に伝わっていない可能性もある。
眼鏡に適わなければ良し、危険を知った上で受け入れるならなお良し、誤った時はその時諫言すれば良い。
ならば全ては大司教が自らの目で判断した後の方が良いと判断する。
「承知いたしました」
それでその話は終わりだった。
大司教は私に細々とした雑務を命じ、退出を促す。
それに従い部屋を出てただ祈る。
どうか彼の未来に幸あれ、と
最善の未来を望みながら雑務をこなすべく歩みを早めるのだった。
side リブストス
慰霊祭当日 昼 慰霊祭会場入り口
慰霊祭は教会が主催し誰でも参加できる形で行われていた。
慰霊祭と言っても形式張った物ではなく――正しくは形式張った物は午前中に行われた――各人が自由に故人を悼む物だった。
スラムの住人は元よりラボナの一般市民からも慕われていたシヴァさんの葬式だけあって町中の人が集まっていた。
斯く言う私も彼とは少なからず付き合いがあった。
スラムの治安を守る自警団の武具の依頼主と言うだけのビジネスライクな物だから大した物ではない。
それでもその僅かな時間で彼ができた人物である事は分かった。
だからこそこうして葬式に尋ねる程度には彼の死は悲しかった。
殺されたのが主にスラムの住人だっただけにスラムの人間も多く居たが、流石に今日騒ぎを起こすようなバカは居ないらしい。
故人と関係がある者が各々それぞれに故人を弔っていた。
それにしても今回の事件では一部の市民はシヴァさんが妖魔だ、何て噂に踊らされていたようだ。
もちろん私も含めて大多数の市民はそんな事を信じたりはしなかった。
実際、シヴァさんは妖魔に殺されてしまった。
妖魔は別に居たのだ。
疑いが晴れ、懸念はなくなった。
だが、同時に思う。
もっと別の結末はなかったのか、と
そんな気持ちを抱えながらもシヴァさんに別れを告げる。
シヴァさんの事は悲しい事だが、いつまでも悲しんでもいられないしそうするべきでもない。
慰霊祭の会場から少し離れた場所で宴会も行われている。
この町が妖魔の危機から救われた祝い、そして死者への餞だ。
気持ちを切り替えるように宴会場へと足向けるのだった。
宴会場には入り口からでも分かる大きな人集りができていた。
幾つかの纏まりがあるらしい。
どうやら奇術師や大道芸の
だが、最大の集団は別にある。
今話題の"英雄"達だ。
その片割れ、レイさんに会いに行きたい所だが流石にこの人ではなかなか近づく事もできない。
自分が作った剣が彼の役に立ったかどうか聞きたかったのだ。
むしろ
仕方なくしばらく時間を置いてから行く事にして今は料理でも頂くことにする。
「おや、これは……?」
ラボナの料理自慢達によって作られた御馳走を平らげていると見たことない食べ物に行き当たる。
どうやら鶏肉を小麦粉に包んで揚げたものらしい。
まだ作られて時間が経っていないのか熱いぐらいの肉汁が噛んだ瞬間に溢れだす。
香ばしい匂いと衣のカリッとした食感、そして溢れてくる肉の旨味。
初めて食べる旨さだった。
他の料理ももちろん美味しい。
だが、この料理だけ毛色が違うのだ。
この会場に用意された料理は贅沢
それもそうだろう。
清貧を胸としている教会関係者もたくさん来るのだ贅沢品はマズイのだろう。
だが同時に腕をアピールするチャンスである事も確かだった。
だからこそ料理人達は贅沢ではないが工夫が凝らす。
要するにここの料理は贅沢ではないとは言っても基本的には高級料理なのだ。
その中にありながらこの料理だけはどこか庶民的だ。
「あら、リブストスさん、その料理がお気に召したのかしら?」
料理に夢中になっていた私に声を掛けてきたのは子供を連れた優しそうな美女だった。
何度か見たことがある。
確か……セネル隊長の奥さんだっただろうか?
名前は、思い出せない、いや聞いたことがない、筈だ。
「ええ、初めてこんな美味しい物を食べましたよ、えっと……セネルさんの奥さんが作ったのですか?」
「ふふっ、カミラですわ、リブストスさん」
「そうそう、カミラさんでしたね」
そう言えば家内がセネルさんとこのカミラさんが子供をどうたらとか言っていた気がする。
「これ、唐揚げ、と言うそうなのですが、誰が作ったか分かります?」
カミラさんがいたずらっぽく笑いながら尋ねてくる。
こう聞いてくるという事はカミラさんではないのだろう。
では、誰が?
おそらく驚くような人物の筈だが……
「ふむ、カミラさんではないのですね?……まさか、大司教猊下、とか」
「ふふっ、外れです……何と正解は今をときめく英雄の一人レイさんなのでした」
そこで挙げられた名前は確かに意外な物だった。
だが、同時にどこか納得のいく驚きであった。
「なるほど、レイさんでしたか、確かに彼ならば……」
思い出すのは彼の造詣の深さだ。
単に知識の量が多い訳ではない――いや、確かに知識も多いのだが――
何やら彼は驚くべき知恵を持っているようなのだ。
そしてそれは分野を選ばないらしい。
あの今子供達が熱中している遊び――カンケリとか言っていたが――や製鉄に関する思いも掛けないアドバイス、そして今回の料理だ。
何れも思いつければ大した事ではない。
だが、発想の転換がなければ思いつくことができない事ばかりなのだ。
「あら、リブストスさんもレイさんのお知り合いなの?」
「ええ、少しばかり縁がありましてな」
その時、会場を白い光が迸る。
驚いて振り返ると一つのとても大きな集団から大きな拍手が巻き起こる。
どうやら騒ぎの中心は奇術師の一団らしい。
いつの間にか"英雄達"の集団と合流した奇術師がとっておきでも披露したのだろう。
何が起こったのかはよく分からないがその結果今の白い光が発生したのだろう。
「びっくりしましたわ、一体何かしら?」
「何やら奇術師がやったようですな」
「ええ、そうみたいですね……そう言えば、もしかしたら奇術師ではないかも知れませんよ?」
「と言うと?」
そしてカミラは語りだす。
前日にあったちょっとした騒ぎを
side カミラ
慰霊祭前日 夕刻 セネル宅
「唐揚げを作って欲しいって?」
「ええ、明日の慰霊祭に出して欲しいの」
私はそうお願する。
レイさんにとっては思いも掛けないお願いだったようで鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていて可愛らしい。
これが今町で話題の"英雄"だとはとても思えない。
「まぁ、別に良いけど……?」
「あら、ありがとう、こんな事今話題の英雄さんにお願いするのはどうかと思ったのだけどね?」
「確かにカタントの祭りで一度作った事あったけど……よく覚えていたな」
「ああ、知らないわよね」
一度言葉を切り、イタズラっぽい笑顔で伝える。
「あの後唐揚げがカタントで流行ったのよ」
これまた意外な事実だったのか困惑している様子のレイさん。
祭りの中で好評だったのは覚えているが軽く作った男の料理がそこまで好評だとは思ってもみなかったのだそうだ。
「実は――」
それから当時の町の事を伝える。
盗賊の襲撃の際に鶏を盗もうとした盗賊が居た事。
鶏を殺されてしまった事。
持ちきれずに大量の鶏が残されていた事。
その大量の鶏をどうにか腐る前に処理しなくてはいけなくなった事。
その一環として唐揚げを作った事。
そう言った事を伝える。
町の事を話すとレイさんは嬉しそうなような悲しそうなような不思議な雰囲気を纏わせながらもうんうんと話を聞いてくれた。
「そうなのか……いや、でも流行ったなら俺じゃなくても作れたんだろ?」
「うーん、あなたの作ってくれた物程美味しくできないのよ」
「?特別な調理なんてしてないし一緒に作ったおばさん達なら同じように作れると思うんだがな」
単に衣を作ってまぶして揚げただけ、唐揚げを作るなんてそんなに難しい事ではない。
確かにコツはあるが、所詮素人の料理だ。
むしろ料理を毎日行っている分慣れているおばさん達の方がよっぽど上手くできそうな物だ。
そうレイさんは不思議そうに主張する。
その姿に私は残酷な事を告げなくてはいけない事を知る。
だからことさら淡々とただ事実だけを告げる事にする。
「……死んだわ」
「えっ?」
「盗賊達に全員殺されたの」
「そう、か……」
衝撃だったのだろう。
レイさんは傍から見ても驚くほどショックを受けている。
もしかして死んだ人の中に誰か親しい人でも居たのだろうか?
そんな話は聞いたことがないが、
人なんていつ死んでもおかしくないし、誰だって死ぬ覚悟、そこまでは行かなくても死ぬかもしれない危惧ぐらいは持っている物だ。
だったら
ならばきっと誰か親しい人が居たに違いない。
そして、その人の死を私が不意打ちで知らせてしまったのだ。
その姿に放っておけなくなった私は彼を連れ出すことにする。
確か、家の裏の広場で大道芸の一団が練習をやっていた筈だ。
どうせレイさんは明日まともに見ることができないだろうし、頼み込めば見せてくれるかも知れない。
そう思い、レイさんの手を引っ張って外へと連れ出すのだった。
見学の許可は簡単に降りた。
何せ今話題の英雄なのだ。
むしろ問題は芸人達がレイさんと話をしようと寄ってくる事の方だった。
たまに寄ってくる芸人に対処しながら大道芸の練習を見ている。
ジャグリングや手品、それに歌、様々な芸を練習している。
それを見ている内に少しは元気が出てきたのか興味深そうにレイさんも練習を見ている。
そうやって芸に見とれていると気付けばレイさんが居ない。
どこに行ったのかと見回すと何やら端っこの方で怪しげな格好をした男と話し込んでいるらしい。
「全く、何を話しているのかしら?」
そうぼやいてみるが口元は緩んでいる。
何せレイさんはとても楽しそうに何かを話しているのだ。
どうやら完全に元気になったようだ。
連れて来てよかった、そう思う。
「レディーを放って何をしているのかしら?」
近づいてみると怪しげな男と二人でこれまた怪しげな粉末の入った袋を幾つも並べていた。
「ああ、カミラさん、ちょっと気になる物を見つけたんです」
「……気になる物?」
「ええ、気になる物、です」
「それは一体何かしら?その粉末の事?」
「ふふ、秘密です。明日を楽しみにして下さい、きっと驚きますよ」
どうやら教えてくれないらしいが、明日分かると言うならその言葉に従い何が起きるのか楽しみにする事にする。
きっと度肝を抜かれるに違いない。
その後しばらくサーカスを楽しんだ後、家に戻り晩餐を取る。
その中でちょっとした意趣返しを行ったがきっと許してくれるだろう。
side リブストス
慰霊祭当日 夕刻 宴会場
「――と言う事があったのですよ」
カミラさんの話が終わる。
気になる点が幾つもあったがそこは敢えてぼかしていたように感じる。
それを尋ねるのはまた今度の機会にして今は関係ある所だけ尋ねることにする。
「今の光にレイさんが関わった、という事ですか……」
「そうなんじゃないかしら?昨日レイさんと話していた怪しげな方が輪の中心にいらっしゃいますし」
どうやら私の知人は想像以上に色々できるようだ。
その事に驚く事も考える事もどうやら無意味らしい。
取り敢えずそんな結論を出して今はこの宴会を楽しむことにするのだった。
こういう繋ぎの回は非常に苦手です。
中々できない上にできが良いと思える物が書けません。
という訳で3話ぐらいになりそうな所を1話にまとめてみました。
ようやくこの章も終わりが見えてきました。
ここから大きく物語を加速させるつもりです。