予告通り原作キャラが出てきます。
夜遅くまで語り合い、飲み明かした俺はセネルの好意に甘え一泊していく事になった。
と言うか、この時間に開いている宿などないから他に選択肢が野宿しかなかったのだが……
場合によってはそのままこの町から出て行く事も考えていたから仕方ないと言えば仕方ないのだろう。
まぁ、幸いな事に予想もしていないような豪華な部屋に泊まることができたのだ。
役得だと思っておくことにする。
翌朝、差し込む柔らかな太陽の光と小鳥のさえずる声に優しく起こされる。
清浄な空気を胸いっぱいに吸い込む、実に清々しい朝だった。
久しぶりに何の心配もなく熟睡できた俺は気持ちの良い朝を迎えたのだった。
朝食に呼ばれた俺はそこで初めてセネルの家族と顔を合わせる。
初めて会ったセネルの奥さんのカミラは嫋やかな美女だった。
白魚のような指で息子のガークを優しく抱えていた。
俺の姿を見た時、彼女から僅かな驚きと不安を感じる。
彼女もカタントの街の住人だったのだ。
当然俺の正体を知っているのだろう。
ならば事前に知らされていたとは言えこの反応もおかしくはない。
むしろ僅かな反応のみで後は柔らかく微笑みこちらに近づいてくる事の方に驚くべきであろう。
「お久しぶりです、いえ初めましてと言うべきでしょうか?セネルの妻のカミラです。主人からも聞いているとは思いますが、あの時貴方に助けて貰いました。本当にありがとうございます」
感謝の言葉を口にするカミラ、その言葉には心が篭っていた。
その柔らかい微笑みには一切の嘘が感じられなかった。
「いえ、もっと早く駆けつけられたら……と今でも思っています」
もっと早く駆けつけられたら……
あの時街から離れていなければ……
もっと沢山の人を守れただろうか……
アリスを、助けられただろうか?
後悔は先に立たない、それでも思わずにはいられない。
これまでも何度も思った事だった。
「そう、ですね……でもこの子を、見て下さい。名前はガーク、貴方が救った命です」
ガークを見る。
まだ小さな子供だった。
生意気そうな顔立ちをした男の子だった。
まだ、甘えたい盛りなのだろう。
チラッと俺を見た後はしっかりとカミラさんに掴まっていた。
歳は3歳と聞いていたが、それにしては大きい。
身長の高くないカミラさんが抱きかかえるには少し重そうだった。
俺がこの子を救った。
……本当にそうだろうか?
ガーク、彼の名前はガークだ。
そこに少し引っ掛かる。
ラボナでガーク、確証はない。
だが、原作で兵士をしていた彼の幼い時の姿なのではないだろうか?
ならば、カタントの時に俺がカミラさんを助けなくても何らかの事情で助かったのではないだろうか?
そんな疑念が頭を過る。
「貴方は全てを救う事はできませんでした……でも、確かに救われた命があるのです。私もその一人です。貴方は確かに救ってくれたのです。その事に感謝します」
話はそこで終わり、微妙な疑念を抱きながらも朝食を共にする。
ガークは見知らぬ俺が怖いのかカミラさんにピッタリくっついてチラチラと見るだけだった。
カミラさんやセネルとは拙い言葉で必死に話していたが俺が話しかけてもカミラさんにくっつくだけだった。
……もしかして俺、嫌われている?
ちなみに司教をやっているカミラの叔父――カミラの父親の兄――は基本的に大聖堂で生活しているらしくめったに来ないらしい。
朝食を済ませ、セネルの家を辞去する。
妖魔を討伐する準備ができ次第連絡してくるらしいので一先ず時間ができた。
「どうするかな……」
この町にしばらく滞在する事になりそうだ。
先に宿を確保するべきだろう。
そう思いセネルに勧められた宿へと歩き始めるのだった。
宿の手続きを終わらせ再び外へと出る。
昨日の約束を果たしに行くのだ。
職人通りへと足を運び、店を冷やかしながら目的地へと向かう。
やはりリブストスさんの所程目を引く物はない。
「あっ!!レイ兄ちゃんだ!!」
「あら、おはようございますなのです」
しばらく歩いていると不意に声を掛けられる。
そこにはテッドとリズの兄妹が居た。
「ああ、おはよう、リズ、テッド」
「兄ちゃん!どこ行くんだ!?」
「ん?お前達の家に行こうと思ってたとこだぞ」
「そうなのかー!じゃあ、案内するぜ!」
「テッド兄、そんなに引っ張ってはダメなのですよ、さぁ、出発するなのです」
テッドとリズに左右の手を引っ張られる。
仕方ないなぁ、そう思いながら子供達に身を任せて歩いて行く。
結局店まで引っ張られながら連れて行かれてしまった。
中に入りリブストスさんとブリジットさんに挨拶する。
「レイ兄ちゃんが来たぞー!!」
「ただいまなのです。レイ兄を連れて来たのです」
「おはようございます。またお邪魔します」
「あらあら、いらっしゃい、よく来てくれたねぇ」
「よく来てくれた、歓迎する」
お客さんも居らず比較的暇だったらしく歓迎される。
しばらくはお茶を御馳走になったり子供達と遊んだりして時間を過ごす。
そんな和気藹々とした時間が穏やかに過ぎていく。
「そう言えば鍛造は行わないんですか?」
リブストスさんにその話題を振ったのは雑談の続きだった。
以前から気になっていたのだ。
この大陸に来てから鍛造による剣を見たことがなかったからだ。
今までは聞く相手も居なかったしそこまで興味もなかった。
しかしせっかく本職と仲良くなれたのだ、聞いておく。
「鍛造か、量産する必要のない物や簡単な物、それに修理する時は鍛造でやるね」
「剣を打つ時には使わないんですか?」
「そうだね、ちょっと形を直したい時にやるぐらいかな?基本的に鋳造のみだね」
リブストスさんはどうだい、凄いだろと言うような感じそう語る。
そこには自分の技術に誇りを持つ職人の姿を見た。
ふむ、鍛造よりも鋳造の方が先端技術扱いなのか?
「剣を鋳造で作るのは安定した質が得られるからですか?」
「そうだね、鍛造でやると質が安定しないし何より
「……なるほど」
どうも鋳造技術に偏って発展したのではないかと思える。
原因は何かは分からない。
採れる鉄が鍛造に向いていないのか……
もっと単純に技術が追いついていないのか……
切れ味が求められなかったのか……
「あの昨日の続きって見せて貰うことはできませんか?」
「ん?ああ良いよ、後は型を外して削るだけだから……ちょうど良い、この後仕上げをしようと思っていたんだ」
昨日とは違い見学をあっさりと認める。
俺を信用している、という事だろうか?
いや、それよりもここからの工程に
リブストスさんは外していた手袋を身に着け、置いてあった金型をハンマーを使って器用に取り出す。
そして出来上がったバリが付いたままの短剣の形をした鉄塊を炉にくべる。
軽く赤熱し始めた程度で引き上げ、長いハサミで器用にバリと湯口――溶けた金属を流し込む場所――を切り取る。
そして未だに赤熱している鉄塊を液体に突っ込む。
液体――おそらく油――に入った熱した鉄が急冷され液体が音を立てて弾ける。
十分に冷却された鉄塊を今度は水の入った水槽に入れ洗う。
そして、出来上がりを確認し、ブリジットさんを呼ぶ。
何かよく分からない木製の装置――手動の研磨装置だろうか?――の前に移動する。
「じゃあ、行くよ」
ブリジットさんが言い、両手で装置に取り付けられた紐を持ち、その一方を力強くしかし滑らかに引く。
すると、装置の一部が回転を始める。
一方の紐を引ききると逆側の紐を今度は引く。
今度は逆回転を始める。
それを一定のペースになるように何度も繰り返す。
タイミングを見計らいリブストスさんが大分短剣らしくなった鉄塊を装置に近づける。
甲高い音が響き剣の刃を装置が削る。
それを刃全面に行なっていく。
紐を引き続けているブリジットさんから玉のような汗が湧き出る。
一方そこまで汗をかくような作業でもないリブストスさんにも汗が滲む。
それだけ集中しているのだろう。
俺も息を呑んで作業を見守る。
どれぐらい時間が経っただろうか?
ようやく刃全てを削り終わる。
終わったのを見て取ったのか子供達がやって来る。
手には飲み物、両親とついでに俺にも飲み物を用意してくれたらしい。
「はい、飲み物なのです」
「父ちゃんと母ちゃんもおつかれ!!」
ありがたく頂戴する事にする。
冷たい飲み物で軽く休憩を取った後、作業に戻る。
今度は砥石を用意して研ぎ始める。
機械ではできない繊細な仕上げを手作業で行うらしい。
そして短剣の刃が出来上がる。
手早く柄と鍔を取り付ける。
短剣が完成する。
今まで見て分かった事は鋳造がメインで鍛造はほとんど行われていない事
部分的ではあるが熱処理――焼入れが――が行われていた事
そして、俺の知識ではこれ以上どうすれば良いのか分からないという事だ。
刀を打つのに何度も叩いていたな、とか温度管理が重要なのだ、とか他にも何か熱処理していたなぐらいは分かる。
逆に言えば俺の製鉄に関する知識はその程度しかないのだ。
昔鉄工所を見学した程度の知識では適切なアドバイスなど不可能だ。
結論は良い物を見つけるしかないという物だった。
「やはり、どこかでクレイモアを……」
「ん?何か言いましたか?」
「いえいえ、何でもありません。それにしても見事な仕上がりですね」
これ以上考えても仕方ないと思考を止め、ケヒト一家との雑談を楽しむ事にする。
その日は結局夕方まで子供達とせがまれるまま遊ぶことになるのだった。
はい、という訳で初登場の原作キャラはガーク(子供)でした。
初の原作キャラがガークになるとは……
流れを弄った結果なので私にも予想外でした。
本当はもう一人登場させる予定だったのですがそこまで行きませんでした(汗)
ここから段々と原作にも出てきたキャラ達が登場し、物語が加速していきます(予定)。