次の話とまとめて一話にするつもりだったのですが……
色々あったがようやくラボナの街に入ることができた俺はテッドとリズの兄妹の家を訪ねることにした。
セネルとの約束――街に入る際に伝言とメモを兵士から貰ったのだ――は夜なのでまだ時間がある。
その空き時間を利用して先に用事を済ましてしまおうという訳だ。
街に入るとよりハッキリと分かる。
今、この街には妖魔が居るのだと。
外に居た商人や巡礼者とは違い、どう見ても街の住人に活気がない。
商店は開いているし人も歩いている。
だが、他人に関わりたくないという雰囲気が感じられる。
暗い、と言うのとはまた少し違う。
何というか怯えている、と言った感じだろうか?
用事がない限り外に出ない、有ったとしてもコソコソと済ます。
そんなマイナスな雰囲気が街を覆っていた。
その元凶である妖魔の気配も色濃く感じられる。
これは俺の妖気探知能力が高いからではない、この妖魔には気配を隠す気なんてさらさらないのだ。
その事が距離が近づいた事でよく分かる。
そして詳細に探れるからこそ、この妖魔がどれだけ人を襲ってきたのか分かる。
妖気に纏わり付く血の匂いとでも言うのだろうか?
そう言った物が感じられるのだ。
忌々しい
そう思う。
この感じからすれば遠からず許容できなくなってクレイモアに依頼を出すことになるだろう。
例えラボナと言えどもこの選択肢以外にはない。
クレイモアがこの街にやって来るきっかけを作った事も忌々しい。
だがそれ以上にコイツから感じられる血に酔った気配、無駄な流血を好んで行うであろうその在り方が許せない。
そう思う。
しかし、今はまだ動くことはできない、べきではないと言うべきか……
ラボナとの付き合い方が分からないのだ。
まだ時間はある筈だ。
それが分かってからでも遅くはない、そう思う事にする。
伝えられた通りに歩いて行く。
セネルとの再会も気になる所だが街に入れてくれたという事はそう悪い事にはならない筈だ。
それに今考えても情報が少な過ぎてどうしようもない。
そう半ば開き直りメインストリートを物色しながら歩く。
メインストリートを外れ職人通りとでも呼ばれそうな通りへと入る。
実に興味深い。
今は時間がないからじっくりと見ることはしないが、この場所にはラボナの鍛冶師などが集まっているらしい。
店先に並べてある物を見るだけでもその事が理解る。
明らかに質が良い。
特筆すべき点はその全ての品物の品質が良い事だろう。
粗悪品らしき物が一つもない。
こう言った場では敢えて粗悪品と一般的に量産品、それに手が出ないような高級品を混ぜて売っている事が多い。
高値で粗悪品を掴まそうとしたり、量産品を高級品と偽ったりするのが当然だったのだ。
しかし、ここではそう言った事が見受けられない。
あくまで適正な価格で売っているように感じる。
まぁ、他の街で買うよりも少し高いようだがラボナ産というプラスアルファ程度に収まるものだ。
良い物があれば買おう、そう考えてしっかりとしかし素早く剣を確認していく。
今買わずともいい店を見つければ注文する事もできるので抑えておく意味は十分にある。
一軒一軒品定めしていく。
なかなか良い物が揃っているのだがこれは、というようなモノには出会えない。
次々に店を確認していく。
行き着いたのは通りの外れの方にある工房だった。
ピンと来る物のないまま終わりが近づき、腕の良い鍛冶師を探して作って貰うしかないかなと考え始めた時の事だった。
既に半ば諦めかけていた時にその工房に入った。
店の中まで入ったのは外に置いてあった剣が何れも高いレベルで均質な良い剣だったからだ。
良い剣ではあったが求めている物とは違う。
しかし、その出来、特に複数の剣を高いレベルで同じように作る事に惹かれたのだ。
店と工房が一体となっているよく見かけるタイプの鍛冶師が営んでいる店だった。
店に入った瞬間にむわっとした熱気が襲いかかってくる。
どうやら工房と店に区別がない類の建物だったらしい。
店の奥の方に大きな炉が見える。
この大陸の物にしてはかなり大きい、個人で所有するには限界に近い大きさだろう。
その奥には何か作業をしている男の姿がチラッと見える。
壁には思った通り外にあるモノよりも良い剣が並んでいる。
これならば……そう思う。
「いらっしゃい!……あら、来てくれたんだねぇ!」
カウンターで何か書き物をしていた女性が俺に気付いたらしく声を掛けてくる。
その時になって気付く。
カウンターに居た女性に見覚えがある事に
「おや、ここがケヒトさんのお宅でしたか、良い剣に誘われて寄ったのですが」
ここはテッドとリズ兄妹の実家ケヒトさんの工房だったのだ。
ちなみにお母さんの名前はブリジット=ケヒト
お父さんの名前はリブストス=ケヒトという。
名乗った時に鍛冶をやっているという話は聞いていたのだがここまでレベルが高いとは正直思っていなかった。
そして、これは……ちょうど良い、のではないだろうか?
縁があると言い換えても良いだろう。
「あらあら、嬉しい事言ってくれるわねぇ」
「いえいえ、本当の事を言ったまでですよ」
ブリジットさんはバシバシと背中を叩きながら嬉しそうにそう言う。
「アンタァ!レイさんが来たわよぉー!!」
奥からリブストスさんと子供達が出てくる。
どうやら子供達も奥に居たらしい。
「わぁ!正義の味方の兄ちゃんだ!」
「テッド兄!それは秘密だって約束したのですよ!」
「いっけね、ごめんねレイ兄ちゃん!!」
子供達が俺の姿を確認すると同時に飛びついてくる。
テッドは俺の事を"正義の味方"と呼んでいた。
しかし面倒な事にしたくなかったし、そう呼ばれるに足るとも思っていなかったから止めさせようとしたのだが、この調子では意味がなかったようだ。
実際、噂の中身のように盗賊共を倒したのは俺なのだが”正義の味方”の所業ではないだろう。
片っ端から皆殺しにして来たのだから……
だからだろう。
正義の味方と呼ばれる度に微妙な気分になるのだ。
テッド達にとって俺がヒーローに見えたというのは分からないでもないのだが……
「いやはや、良く来てくれましたレイさん!あなたを歓迎します!それにしても良くぞ、良くぞ息子達を助けてくれました。あの日息子達が戻って来なかった時から方々手を尽くしたのですが手掛かりもなく絶望しかけていた所でした。本当に、本当に感謝します。ありがとうございます!ありがとうございます!!」
「私からも言わせてくれよ、本当にありがとうねぇ」
旦那さん、リブストスさんが涙目になりながら俺にお礼を言ってくる。
さっき子供達を迎えに来た時にも号泣しながら何度もお礼を言われた時には気付かなかったが、その頬は痩け眼の下にはクマが見て取れる。
子供達が外で遊んでいた時に誘拐されてからまともに眠っていないのではないだろうか?
方々手を尽くしたと言っていたが本当に文字通りの意味なのだろう。
それに比べたら俺は大したことはしていない。
その事を素直に伝える。
「いえいえ、私は大した事はしていませんよ、あなた方の努力がこの結果を引き寄せたんですよ」
「そんな事ありません!あなたが居なければ今頃子供達は……、是非何かお礼をさせて下さい!!」
「別にお礼なんていいですよ。これだけ感謝して頂いたのならそれで十分です」
「そうもいかないよ、……そうだ!アンタさっき剣を見に来たって言ってたわね!」
「……そうか!!どうでしょうか?私からあなたに一振り剣を送りたいのですが受け取って頂けないでしょうか?」
「そこまでして頂く程じゃ……」
何か話がドンドン上手い方向に進んでいく。
断ろうと思ったのだが、ここで受け取らないという選択肢はない事に気付く。
ここで断るとこの人達の善意を無碍にする事になる。
それはよろしくない。
実際、今良い剣を求めているのだ。
ならば気持よく善意を受け取るのが最善だと思う。
その上で別の形で返すべきだろう。
「いや、やはりここはご好意に甘えさせて貰います。是非あなたの打った剣を頂けないでしょうか?」
俺がそう言うとケヒト一家は破顔する。
ブリジットさんとリブストスさんだけじゃなく子供達も喜んでいる。
正義の味方の兄ちゃんが家の剣使うんだって!何て無邪気に喜んでいる。
そしてどんな剣が良いのかと根掘り葉掘り聞かれる。
最初は要望に近い剣を持ってくるために聞いているのだろうと思っていたのだが、聞いてみると当然のように今から打つ、と言われてしまう。
それには少し困ってしまったがこれからの事を考えると良い物を手に入れる絶好の機会を逃す手はない。
ついでに短剣や欲しかった特殊な物を幾つか注文する。
これらもタダで作ってくれると言ってくれたのだが、そこはさすがに受けずにオーダーメイドした場合の正規の料金よりも割増してお金を押し付けるように渡す。
これでも剣をオーダーメイドする事を考えればまだ安いのでお礼としては十分過ぎるのだ。
それでも若干渋っているリブストスさんに制作風景を見せて欲しいとお願いする。
正直この要望が通るかどうかは微妙だと思っていたが、リブストスさんはあっさりとその程度で良ければ、と受け入れてくれる。
絶対に他には漏らさないようにと釘は刺されたが、まぁ当然だろう。
オーダーメイドする事になった剣を作るには材料が足りないらしいので短剣を制作してくれるらしい。
炉の方に進むと何処からか若干黒みがかったインゴットをリブストスさんが持ってくる。
既に炉に火は入っているらしく赤い炎が燃え盛っている。
インゴットと小さな金属片をいくつかるつぼの中に入れ、それを炉の中に投入する。
長いハサミで場所を整えた後、フイゴで風を送り込む。
火が一気に燃え上がり黄色い炎が発さる熱気が頬を撫ぜる。
リブストスさん様子を見ながら風を送り続ける。
時折何か粉末状の何かをインゴットに掛けては落とすと言った作業を行なっている。
傍で見ているにも関わらず光で目が痛くなってくる。
そんな火をずっと見つめ続け、熱気を最も近くで受けているリブストスさんはどれだけ大変なのだろうか。
インゴットが完全に溶け液体のようになっていく。
十分に溶け混ざり合った事を確認し容器を取り出し、湯口から金型に流し込む。
どうやらこれで一旦は終わりらしい。
「……これで一段落ですね。後の作業は冷えて固まった後ですね」
「なるほど、溶けた鋼を型に流し込んで形を作るのですね」
「ええ、ラボナ最新の技術です。ですので他言無用に願います。」
「分かっています」
予想していた事だがこの大陸における鉄製品は軒並み鋳造らしい。
鍛造品らしき物は見たことがない。
もっとも別に専門家でもないから単に見逃しているだけの可能性も高いのだが……
鍛造の方が性能が良い筈なのだがないならばどうしようもない。
自分でやろうにもさすがにそんな技術も知識もない。
唯一可能性があるとすれば”組織”だろう。
さすがに組織に剣を作って貰う訳にはいかない。
やはり何処かでクレイモアの大剣を手に入れたいものだ。
正直あの武器の性能はおかしい。
何しても折れも曲がりもしないって一体何でできているのやら……
だが、だからこそ武器の差をなくすためにも大剣が欲しいのだ。
何処かに墓標として置いていかれた物が出回ってないかとか落ちてないかとか目を光らせているのだが今の所見つかっていない。
その後、晩御飯に誘われたが先約があると断ってケヒト家を立ち去る。
その際に子供達が行かないでと大変だった。
また明日も来ると約束してどうにか我慢して貰った。
因みに注文した物が全て出来上がるまでに一週間掛るらしい。
正直に言えば出来合いの剣を買ってすぐに街を出るつもりだったのだが想定以上に街に居なくてはいけないらしい。
そうなってくると問題になるのが妖魔だ。
関わりたくなかったのだが、関わらざる負えないのかも知れない。
最優先はクレイモアと遭遇しない事だ。
そのためであれば妖魔の排除も選択肢の一つに入れておくべきだろう。
人目がある場所で妖魔を討伐など組織に見つけられるきっかけになるだけだからやりたくないのだが仕方あるまい。
それに知らない人ならばともかく知り合ってしまったのだ。
死んで欲しくなどない。
だがそれでも俺は……
迷う心を抱えたまま、もう一つの懸案事項へと俺は向かうのだった。
アンケートやネタバレではご迷惑をお掛けしました。
まだまだ未熟なので気になった点はどんどん指摘して頂けると嬉しいです。
より良い作品にできるようにこれからも頑張っていきます。