妖魔?……もしかしてクレイモア!?   作:Flagile

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毎度毎度お待たせして申し訳ありません。
また鬱な感じですが楽しんで頂けると幸いです。


第二章 流転
変容


目が覚めるとそこは知らない天井だった。

声に出したい所だが喉が枯れていて声が出ない。

頑張れば掠れ声ぐらいは出せそうだがそこまでする事じゃないだろう。

目が覚めたが俺はほとんど身体を動かせなかった。

 

何故?

 

そんな疑問を抱く。

唯一動かすことのできた目玉を動かし身体の方を見る。

 

真っ白だった。

……いや、完全には真っ白ではない、所々赤く滲んでいる。

特に左肩の辺りは真っ赤に染まっていた。

俺は全身を包帯で包まれていた。

左腕は肩からなくなっていた。

 

ここまで来て漸く何があったのかを思い出す。

……全てを失った。

そんな空虚な喪失感が俺を襲う。

 

思い出されるのは盗賊を血の海に沈めた時の事だった。

盗賊を殺した事に後悔なんてない。

 

だが……

溢れてくる本能に任せて暴れた。

押さえようのない本能に身を委ねた。

 

……そして鮮明に思い出されるのだ。

生き生きとして甘露な血の味を!

えもいわれぬ程に濃厚な臓物の味を!

他の何物にも代えがたい、そう思ってしまう。

今まで摂取していた腐りかけの血など泥水のような物だった。

戻れるだろうか?

無理、かも知れない。

そんな諦念が頭を過る。

 

血と臓物と同時に脳を貪ったためだろうか?

盗賊どもの記憶が何となく分かる。

仕方なく盗賊に身をやつした者が居た。

否応なく巻き込まれた者が居た。

家族が待っている者も居た。

もちろん同情できない悪党も居た。

だが、その何れにも全く罪悪感を抱けなかった。

そんな人物だったという記録としか認識できなかった。

その事が何よりも恐ろしい。

俺は心まで化け物になのか、と

 

「アリス……」

 

既に居ない存在の名を掠れた声で呟く。

俺を受け入れてくれた人間の名前を呟く。

涙が溢れそうになる。

だが、泣くことは許されない。

襲撃の原因の一端は自分なのだ。

盗賊の記憶から理解る。

盗賊が狙ったのは用意していた妖魔討伐の依頼料だった。

自分が妖魔を倒してしまったからこそ街に残った物だ。

依頼料は高額だ。

それが現金という持ち運び易い形でまとめてある。

さらに兵士にも死者が出ておりいつもより襲い易い。

格好の獲物だった。

俺が妖魔を倒さなければ……

あるいはもっと早く倒していれば……

そんな風に思う。

 

ドアが開く

誰かが入ってくる。

誰が入ってきたのかは見えない。

動かせる視界の外にドアがあるからだ。

 

「あら、起きたのね?」

 

そんな声と共にジェシカが俺の側に来る。

 

「……ここは?」

「近くにあった山小屋よ、倒れたあなたを運ぶのは大変だったんだから」

「そうか……ありがとう」

 

この治療をしてくれたのもジェシカなのだろう。

その意味も込めて感謝を表す。

ジェシカは柔らかく笑った後、俺に向かって手を翳す。

 

「?」

 

何をしているんだ?

そんな意志を込めてジェシカを見つめる。

何か変な感触がした後、唐突に激痛が走る。

 

「っっっ!?」

 

声にならない悲鳴を上げて身を捩る。

しばらくこの世の物とは思えない激痛にのたうち回っていると段々と治まってくる。

例えるなら爪を連続で剥がれるような痛みが小指をタンスの角にぶつけた痛みが連続で来るぐらいに。

 

「何しやがる!?」

 

激痛の波が治まって来た俺はジェシカに掴みかからんばかりの勢いで糾弾する。

そんな俺にジェシカはシレッとした表情で宣う。

 

「ただの治療よ?」

「あんな治療があるか!?」

「あら、でも元気になったでしょ?」

 

そう言われてみると目が覚めた直後は動かす事もできなかった身体が動かせるようになっている。

余りの激痛に全く気付いていなかった。

……仮に気付いていても感謝できたかどうか微妙だが

とりあえず治療だった事は理解できたので何をしたのか尋ねる。

 

「……何をしたんだ?」

「妖気の流れを整えたのよ、痛かったのは繋がっていなかった痛覚が繋がったからでしょうね」

「……そうか、非常に言いたくないんだがありがとう」

「ふふっ、どういたしまして」

 

ジェシカは俺の妖気を操作して治療を行ったらしい。

そう言われてみれば激痛の直前に体内の淀みが一気に動いた気がする。

妖気がちゃんと流れるようにすることで俺の妖魔としての治癒能力を促進したのだろう。

詰まって機能不全に陥っていた下水道をちゃんと流れるようにしたって感じだろうか?

俺は話をするために身体を起こそうとする。

肘をついて身体を持ち上げようとしたのにその肘がない。

その時初めて実感した。

俺は左腕を失ったのだ、と

 

「なぁ、左腕は治せないのか?」

 

俺はダメだろうと思いながらもジェシカにそう尋ねてしまう。

俺の質問にジェシカは

 

「治るんじゃない?」

「…………えっ?」

「だって、あなた妖魔じゃない?」

 

そう軽く答えるのだった。

そうだった俺は妖魔なのだ。

この程度の傷であれば治せるのだろう……多分

 

詳しく聞いてみると時間が経ち過ぎなければ再生できるのではという事だった。

そして治療と左腕の再生のために妖力操作を教えてくれることになった。

まずは妖気を動かす感覚を掴むことからという事でジェシカが手本を見せてくれる。

ジェシカがゆっくりと妖気の歪みを正常な状態に戻す。

すると最初の治療では治りきらなかった小さな傷が癒える。

どうも完璧には治りきっていないらしくあの傷の治りかけの痒さが全身を襲う。

掻き毟りたい、そんな衝動を抑えながら俺も真似をして傷を癒していく。

最初は当然上手くいかない。

しかし、しばらくやっている内にドンドン上達していく。

……と言うより痒みが治まってきたため集中できるようになったためだろうか?

自分の体内、自分の妖気だけあってジェシカの妖気操作にかなり近づく事ができた。

が、残念ながらジェシカに追いつく事はできなかった。

他人の妖気なのに俺より精緻に操作できるって、と落ち込んだのは内緒の話だ。

その訓練の中で思ったんだ。

……最初の治療、一気にやる必要ないじゃねぇか!!

 

 

 

 

あれから数日最低限の治療と再生を終わらせた俺はジェシカと共に歩いていた。

クレアに連れられたラキのように

左腕の再生はまだ完全ではなかったがそれ以外は完治したと言っていいだろう。

旅をする事に問題はない、そう判断できた。

一刻も早くカタントの街から離れたかった俺は無闇にこの山小屋を離れる事にしたのだった。

そんな行く宛の無くなった俺に次の街まで同行しないか、とジェシカが申し出てくれたのだ。

俺を放っておけなかったのだろうと思う。

そして俺はその好意を受けた。

だから共に歩いているのだ。

だが会話はない。

たまに俺を気遣うような視線をジェシカが寄越していた。

そしてその度に何か言おうとしてどう声を掛けるべきなのか分からず諦めて無言でいる事にも気付いていた。

それに対して俺はどうにも気分が上がらなかった。

守れなかった、そんな罪の意識がある。

俺が居なかったら、そんな罪の意識もある。

そして何よりも自分が化け物である、という事が恐ろしかった。

自分は人間を好き好んで喰らう化け物なのだ。

再生した左腕を見て思う。

普通の人間は手足を失ったらそれまでだ。

だが、俺は……

そんな風に自己嫌悪に陥っていた。

もう我慢するのをやめて、普通の妖魔として生きてどっかのクレイモアに殺されればいいんじゃないかな、そんな考えが頭を過ぎり必死に否定する。

こんな状態で自分から会話をしようという気分にならないのだ。

その上、被害妄想と言っても良いだろうが、話し掛けた挙げ句拒絶されるの恐れているのだ。

相手が話したがっているのは分かっているにも関わらず嫌な考えがどうにも思い浮かぶのだ。

根本的に俺はどうにもジェシカを信頼しきれないのだ。

だってそうだろう?

俺は妖魔でジェシカはクレイモア、一体何故俺を助けてくれたのか全く分からないのだ。

……だが、それでも助けてくれた事は事実だ。

だから信頼したいと思う、でも何を考えているのか分からない。

聞けばいい、そうも思う。

結果殺されることになっても仕方ない事だとも頭では思う。

だが身体が動かないのだ。

……俺は臆病だ。

そう改めて自己嫌悪に陥りながらこの痛い沈黙を維持し続ける。

そんな気不味い雰囲気、どうにかするべきだと思う。

俺達はただ黙々と歩き続けていた。

 

日も沈み、夜

結局俺達は一日中ハイペースで歩き続けた。

妖魔である俺で無ければ死にかねないような強行軍だった。それでも化け物である俺にはそう問題にならない。

こんな些細な事でも人間では無いのだと改めて思い知らされる。

そんな自分を気遣ってくれたのだろうか

ジェシカが模擬戦を提案してくる。

この提案はここ数日俺が戦闘できる程度まで回復してからは毎日行なっている事だった。

身体を動かせば少しは気分が紛れる。

少なくとも動いている間は嫌な事を考えずにすむ。

そんな思いで承諾する。

 

模擬戦は気が紛れた。

……というかそんな事を考える余裕がなんてなかった。

何せジェシカと剣で打ち合っているのだが、ジェシカの攻撃に容赦など微塵もないのだ。

掠るなんて当たり前、さっきなど骨が見えるほど深く切り裂かれた。

その程度の傷簡単に治せるのだから問題無いだろうとの事だ。

ジェシカさんマジでドS

……むしろ俺を殺そうと思ってるんじゃないかと何度思った事か

ちなみに肉を切らせて骨を断つと言うが、俺の場合は肉を切られて骨も断たれたとでも言う感じだろうか?

とにかく全く歯がたたない。

ある程度は分かっていたがナンバー5と言うのは化け物らしい。

まず初めて戦った時は攻撃が見えなかった。

当然その一撃で剣が吹っ飛ばされて気がついたら剣を突きつけられていた。

その時もナンバー5ヤベェと思ったのだが、その後に

 

「すまん手加減を誤った。かなりゆっくりやったつもりだったんだが……」

 

そう、微妙に申し訳なさそうに言われてしまったのだ。

手加減って見えなかったんですけど……

そんな感じで適切な手加減具合で相手をしてくれるのだが、それでもやっぱり全く歯がたたない。

何というか小足見てから昇竜余裕でしたって感じだろうか?

どこにどう打ち込もうとあっさりと対応されて応手で詰んでしまうのだ。

 

そんな感じに昼は移動で夜は模擬戦といった風に一日中動き続ける毎日がしばし続いていた。

既に俺の左腕も完全に再生し傷も完治していた。

それでも生傷の絶えないそんなある日の事だった。

そして今日も今日とてジェシカ相手に無謀な挑戦をさせらる。

……いや、ありがたいんだけど半強制イベント何だよね、これ

そしていつもと同じようにー若干、僅かに、微妙に長く打ち合えるようになっているような気がするがーあっさりと倒される。

 

勝てない

 

そう思う。

そんな俺の思いを察したのだろうか

ジェシカが淡々と尋ねる。

 

「何故勝てないのか理解るかしら?」

「……地力と経験、技術に圧倒的に差があるだろ?」

 

とりあえずジェシカと比べて劣っているだろうことを思いついた端から言う。

模擬戦の時は比較的会話が弾む。

弾むといっていいのか分からないが、互いに気兼ねせずに済むからだろう。

 

「それもあるわ」

 

肯定、だがまだ足りないらしい。

後は何があるだろうか?

 

「身体能力……は手加減してもらってるから今回は関係ないか……」

「それは違うわ。あなたと私の身体能力はほぼ同等よ」

 

力ではあなたが勝り、スピードでは若干私が勝っているが決定的ではないわ。

そうジェシカは続ける。

 

「えっ?」

 

てっきり身体能力も圧倒的に負けていると思っていたのだが……

一部とは言え俺の方が勝っている?

驚愕の事実だった。

 

「とは言えあなたの動きは最適化されていないのよ。だから身体能力に差があるように感じるの……でもこれは経験と技術の差に含まれるわね」

 

ついでに言えば速さの差は他のモノより大きく感じるからその所為でもあるらしい。

では何が足りないのでしょうか?

と言うような感じで見つめられる。

頭を捻って考える。

ダメだ。何も思いつかない。

諦めて、素直に分からないと告げる。

そう、とあっさりと答えた後、表情を引き締め淡々と告げる。

 

「あなたの剣は人間が人間を捕らえるための剣なのよ」

 

その通りだ。

俺が習ったのはグリアさんの剣、即ち街を護るための剣、それも犯罪者を捕らえることを主眼に置いた剣術だ。

故に相手をいかに効率的に無力化するかを重視している。

……ジェシカが言いたいことが分かってきた。

 

「人間が化け物(妖魔)に立ち向かうための剣でもない」

 

そこで一旦言葉を切り俺をじっ、と見つめる。

 

「そして化け物(あなた達)が人間を蹂躙するための剣でもなく、化け物(私達)化け物(あなた達)を殺すための剣でもないわ」

 

ジェシカの美しい銀の瞳に吸い込まれそうだ。

しかし目を離すことができない。

俺もじっとジェシカを見つめ返す。

 

「あなたはあなたのための剣を見つけなさい」

 

それだけ言うとジェシカは俺から離れていく。

二度と離れないのではないか、そう思った銀眼が視界から消える。

 

「……俺らしい剣」

 

俺はへたり込みそう呟く。

そうだ。

俺のための剣が必要だ。

力があれば守れたのだ。

最初の妖魔も力があれば犠牲を出さずに倒せた。

盗賊の襲撃も力があればきっと撃退できた。

そう力があれば……

俺は何だ?

……妖魔(化け物)

だが、俺は人を護りたい。

俺は今まで妖魔である事を否定していた。

だが、そんな必要はなかったのだ。

無理に否定するから無理が出るのだ。

ならば俺は俺らしく人を護れば良いのだ。

 

「アリス、俺理解ったよ」

 

化け物()化け物()らしく殺し尽くす事で人を護ろう。

 


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