妖魔騒ぎが一段落してから早数日、俺はまだカタントの街に留まっていた。
クレイモアに見つかったのだから早く逃げた方が良い。
そう思うがどうしても街を立ち去ることができずにグリアさんとアリスとの生活を続けていた。
ここに来た時にはただ生き残りたいとだけ思っていた。
そのためにグリアさんに弟子入りして剣術を習い、少しでも強くなるように努力してきた。
だが、妖魔であることを知っても変わらず接してくれたアリス、不審人物としか思えない自分を受け入れ鍛えてくれたグリアさん、気の良い同僚達……
そんな人々に囲まれ、温かい生活に慣れてしまった今、その全てを捨てて再び孤独に戻る勇気は俺にはなかった。
しかし、ここは勇気を出すべきだ。
このままグズグズと留まっていれば今度こそクレイモアによって襲撃されるだろう。
その時街の人はどうなる?
俺の所為で犠牲者なんて出したくはない。
……それに街のみんなに妖魔であることを知られたくない。
なら、この街を出るべきだ。
これまで何度も出した同じ結論に思考は収束した。
それでも覚悟が決まらずじっとしていると外からいつもより賑やかな喧騒が聞こえてくる。
「そう言えば今日は祭だったな」
ちょうど良い、そう思う。
今日の祭りが終わった後街を出よう。
俺は自然とそう決意を固めたのだった。
街は陽気に賑わっていた。
妖魔騒ぎの所為で例年よりも数日遅れたが、今日は年に一度の豊穣を祈る祭りの日だ。
毎年近くの街からも大勢の人がやって来て大きな盛り上がりを見せるのだが、今年は特に明るい雰囲気が漂っているらしい。
誰が妖魔なのか分からない不安感、もしかしたらアイツが妖魔なのではという疑心暗鬼から解き放たれた所為だろう。
妖魔騒ぎがあった直後に祭りを開催することに反対意見もあったが、こういう時こそ祭りを開くべきだという意見が通り開催の運びとなった。
この祭りには悪化した人間関係を清算し、水に流す、そう言う役割もある。
要は非日常に区切りをつけ、日常に戻るための儀式、それがこの祭りだ。
祭りと言っても別に縁日のように屋台が立ち並ぶ訳ではない。
屋台もない訳ではないが、各家庭で作った料理を持ち寄った物が中心だ。
俺も前世の知識を生かし唐揚げを作り提供した。
以前老いた鶏を締めた時に作ってあげたら気に入ったらしく今回も強請られたのだ。
こんな機会でもなければ鳥の唐揚げなんて作ることができないので俺も張り切って調理した。
と言っても所詮一般的な一人暮らしの男の料理レベルなのだから大したモノではないのだが
日も暮れ、夜中央広場には街のほぼ全ての人が集まっていた。
広場の中央には大きな篝火が焚かれ、供物が供えられた祭壇が作られていた。
篝火の周りでは人々が談笑し、時には男女のカップルでダンスを踊っていた。
雰囲気としては祭りというよりは盆踊り、もっと言えば屋外のパーティーの方が近いかもしれない。
そんな楽しげな雰囲気の中、俺は端の方にあった石に腰掛け祭りの様子を眺めていた。
最初はグリアさんと一緒に兵士の同僚たちと飲んでいたんだが、
酒が回るにつれてノンストップで次から次へと酒が注がれ山ほど飲まされたのだ。
さすがにあのテンポで飲み続けられないと逃げ出したのだ。
隣の村で作られたエールをチビチビと飲る。
暴力的とまで言える芳醇で粗野な匂いと鋭くどっしりとした苦味、そして口に広がる麦芽の深いコク、キレこそ悪いが不思議といつまでも飲んでいたいと思わせる味だった。
この街に来てからこの味にもだいぶ慣れた。
飲みに行った時に今では逆にこの味がないと落ち着かないぐらいだ。
そんなエールが今日はいつもより苦く感じる。
これを飲み終わったら荷物をまとめ出て行こう、そう思う。
直接別れは告げない。
会えばこの街から出て行きたくなくなる。
だから手紙を残した。
「……大丈夫だ」
未練はある。心残りもある。だが遣り残した事はない。
僅かに残ったエールを煽る。
ゆっくりと立ち上がり、広場を後にする。
一度だけ振り返り、その光景を目に焼き付ける。
隠しておいた荷物を回収し街の外へと向かう。
誰もいない門を潜り、一度立ち止まる。
振り向かず、振り切るように一歩足を踏み出す。
「行っちゃうの?」
後ろから声を掛けられる。
アリスだった。
誰にも気付かれていないつもりだったが気付いていたらしい。
「……ああ」
それだけしか言葉にできなかった。
「この街でこれからも一緒に暮らしましょうよ」
「……すまない、そしてありがとう」
「そう、どうしても行くのね……」
アリスの声は気丈に振舞っていたが、僅かに震えていた。
それに気付かないフリをして再び足を踏み出す。
「本当に行っちゃうんだ?」
突然軽い調子でそう問われる。
いつからそこに居たのかソイツは門の上に腰掛けていた。
「貴様は!?」
「ふふっ、久しぶりって程じゃないけどまた来たわ」
門の上から飛び降り悠然と佇んでいたのはこの前のクレイモアだった。
剣を抜き構える。
しかし、こうして改めて相対すると理解る。
勝てる訳がない、と
「……何しに来た!?」
「あら、そんなに緊張しちゃ嫌よ、ちょっとお話しに来ただけなんだから」
「クレイモア……」
突然降ってきた銀眼の美女にアリスは呆然と呟く
「ふふっ、そうよ銀眼の魔女とも呼ばれているわね?」
そう言いながらクレイモアはアリスへと近づいていく
それを見ていながら俺は何もできない。
理性的な部分ではクレイモアは人間を傷つけることができない筈だと思っている。
だがそれ以上に圧倒的な強者と向かい合っている恐怖から動くことができない。
クレイモアはアリスのすぐ側まで歩み寄ると優しく頭を撫でる。
「ねぇ、あなたは彼に出て行って欲しくないと思う?」
アリスは黙ったまましばしクレイモアを見つめ、コクンと頷く
そう、とだけ返しクレイモアは俺に問う
「この子はこう言ってるけど、あなたはどう?」
「……居たいさ、居たいに決まってるだろ!?」
「なら、何も問題ないじゃない?」
「それはお前らが!」
「あら、私はあなたに手出しをする気も組織に報告する気もないわよ?」
クレイモアがとんでも無い事を宣う。
だが、それが本当だとしたら……
「……そんなのが信じられるか」
「私は組織のナンバー5ジェシカ、この意味が理解るか?」
組織のナンバー5!?
強いとは思っていたが一桁ナンバーの上位勢だったのか……
いや、それをここで告げる意味は何だ?
いつでも殺せるぞ脅しか?
……違う、いつでも殺せるのに動いてないって事か
「……ふぅん、その様子だと意味が理解ったみたいだね?それにしてもどこで知ったのかな、隠してはないけど外に広がるような話でもないんだけどな?」
同時に今まで隠していた妖気を開放する。
それだけで頭に殺されるイメージが奔る。
震えながらもいつの間にか下ろしていた剣を咄嗟に構え直す。
まぁ、別にいいけど
そう続け、あっさりと妖気を抑える。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「まっ、組織はあなたの事を知らない、私も手出しする気はない。で、私としては街を出てどっかであっさりと殺されるよりはこの街で暮らしてくれた方が面白いのよ。それにこの街は大陸の端っこにあるから、隠れとけばまず見つからないわよ?」
固まっている俺にクレイモアージェシカとか言ったかーはまくし立てる。
何故かはよく分からないがどうやら本気でこの街に留まって欲しいらしい。
ある意味理想的なのか?
俺はこの街でまだまだ暮らしたいし、ジェシカにも殺されない、それに他のクレイモアにも見つかりにくいらしい
とは言え事実上選択肢なんて無い。
まぁ、俺の望みにも適ってるから問題なんてないのだが……
そして、俺は新しい自分の決断をジェシカとアリスに告げるのだった。
本当はもっとアリスとかとのイチャイチャを書きたかったんですが、
そう言った話に適正が全くないみたいです。
何度書いても微妙なできに……
これからも日常パートは飛ばし気味になると思いますが、話の間に仲を深めてると思っといて下さい。