前回ラストで出てきたクレイモアが主人公です。
わたしの名はジェシカ、組織の戦士、いわゆるクレイモアだ。
組織や仲間からは審判のジェシカなんて呼ばれている。
ナンバーは5、正直私はナンバーに相応しい実力を持っているとは言い難い。
正面から一対一で闘ったなら一桁上位勢は当然の如く、8,9でも勝てるとは言い難いだろうし、10番台でも苦戦は免れないだろう……さすがに負けるとは思わないが
まぁ、回復が得意というわけでもなく、強力な必殺技も持たない、そんな戦闘力の高くない私が上位ナンバーであるのは私の能力が影響している。
私は妖気感知能力に優れている、というよりそれしか能がないと言っても過言ではないだろう。
その所為で私は組織の眼なんて役割を任されている。
私は自分の役割が好きではない。
妖魔や覚醒者の情報収集だけなら良いのだが、仲間の監視なんて仕事もたまにやらなければならないからだ。
監視対象では無くとも広い範囲を見て回る事になるから仲間の死や覚醒なんてものも視てしまう事になる。
そしてあえなく散っていった中には粛清なのか、格上に挑まされて全滅なんて事も何度かあった。
私の報告で分かっている筈なのに、だ。
妖魔が大量に集まっている妖魔の巣とでも呼ぶべき場所を敢えてスルーするように配置と依頼を操作していると分かった時はつい笑ってしまった。
そこまで組織はするのか、と
組織を維持するためには定期的に妖魔討伐の依頼が必要だ、というのは判らないでもないのだが、それでも気分が良いものではない。
それにその巣にしても私が気付かない内にいつの間にか妖魔の数が増えている。
私は女の妖魔や子供の妖魔なんて見たことないしそれらしい妖気を感じたこともないのだがな……
そう考えるともしかして、妖魔は……
まぁ、所詮人間の敵は人間という事なのだろうか?
単に知り過ぎれば疑心を生み不幸を呼ぶという事なのだろうか?
……考え過ぎである事を祈るばかりだ。
他の仲間みたくひたすら妖魔を憎み戦い続ける、そんな戦士の方がどれだけ気楽だった事だろうか?
下手にこんな妖気感知能力を持ってしまったためにこんな事で悩む事になるのだろう。
普通の攻撃型か防御型になりたかった……
攻撃型か防御型か、その分岐点は戦士となる時に抱いていた感情らしい。
妖魔に襲われた時に相手を殺す事を考えるか逃げ出す事を考えるか、これが重要らしい。
しかし、生憎と私はひたすらに人間に裏切られて組織に入ることになった。
男ができただけで愛してたし愛されてたと思っていた母に裏切られた時は絶望したもんだ。
それからも信じて裏切られて、流れ流れて組織に売られた。
故に他の同期のような殺したい程の憎悪も逃げ出したい程の恐怖も知らない。
そんな妖魔に対して特に何も感じていなかった私はどうなるのだろうか?
憎悪と恐怖を知らなかった私だからこそ感知に優れた戦士となったのかも知れない。
正直、あまり嬉しい話ではないが……
組織の眼として様々な事を見てきた。
組織にとって不都合な事も知っている。
だからだろうか、最近組織が私を排除したがっている気がするのだ。
組織から回される依頼が達成できるかどうかギリギリの任務が増えているように感じる。
……いや、単に次世代の目が育ってきたから、今まで格下が主だった任務が普通の扱いになっただけなのだろう。
まだ、達成する可能性がある任務しか任されていないのだから……
どちらにしろ扱いが悪くなったのは事実という訳だが……
アイツを見つけたのは、そんな風に自分の最期を真剣に考えなくてはいけなくなった頃だった。
最初は新たな妖魔が街に住み着いただけだと思っていた。
だから全く気にせずいつも通りに組織に報告しただけだった。
それから何度か街のある方向を探査したはずだが記憶にはない。
単なる妖魔、それも弱い個体など一々記憶していられる程私は暇ではないのだ。
次にアイツの存在を認識したのは組織の黒服にカタントの街に本当に妖魔が居るのか、と確認された時だったな、私からすればその街に居ることは明白なのに疑われてるみたいで不快だったので覚えている。
詳しい話を聞くとカタントの街に妖魔が居座ってからそれなりに時間が経つのに一向に依頼を出す気配がないので何か特別な事情があるのではと調査したらしい。
そしてその調査でも全く被害が見つからないから妖魔の存在自体が疑われたという事らしい。
その時はよほど巧妙に隠蔽しているのだろう、という結論を出した記憶がある。
これ以来だった。私がこの謎の妖魔を調べ始めたのは
幸い私はこういった調査に特に向いた能力を持っていた。
私の感知能力は距離も深度も優れているが、それ以上に遠距離にいる対象を深く知ることに優れていた。
この点だけは次世代の目にも決して負けることはないと言い切れるだろう。
その分感知できる範囲がかなり限られている。
イメージとしては細い糸状の感知範囲を遠くまで伸ばしている感じだろうか?
その糸が触れている範囲の事はよく分かるがそれ以外は全く分からない、そんな感じだろう。
そんな自分の特性を生かして私は仕事の合間合間に暇を見つけては謎の妖魔を観察していたんだ。
最初はごく一般的な妖魔だと感じられていたんだが、ある時違和感に気付いたんだ。
この妖魔はまるで人間のような喜怒哀楽を常に示していた。
もちろん妖魔にだって喜怒哀楽は存在する。
しかし、だ、それは妖魔として妖魔らしい活動ー例えば人を喰ってる時や襲っている時ーをしている時に限られている事が多いのだ。
普通の人に化けている妖魔は、その周囲に対する反応を脳を喰った人間のそれをほぼ自動で再現しているだけで、妖魔自身の感情としてはつまらないな、程度しか感じていないのだ。
それなのにこの妖魔は常に感情の起伏がしっかりと感じられる。
街の中に居る筈なのに、常に妖魔の状態であるかのように感じられるのだ。
そんな事はありえる訳ない。
と言う事は、この妖魔は人間に化けながら、人間としての生活を満喫しているという事になる。
それに気付いた時からだろう私が本当にこの妖魔に対して興味を持ったのは
それまでは、精々不快な気分の原因である狡猾な妖魔を確認してみるか、程度の興味だったのだが、仕事を放り出して見ていたくなるくらいの興味を惹かれる存在へと変わったのだ。
妖魔でありながら人の中で人よりも人らしく生きようとしているその姿に私は興味を惹かれたのだ。
直接見る事は任務の性質上できなかったが、それでも妖気を感じるだけで多くの事が分かる。
……いや、下手に直接見るよりも感じる方がよほど多くの事が分かるのかもしれない。
そして、驚いた事にどうやらこの妖魔は人を食っていないらしい。
段々と妖力が痩せ細ってしまっている事から分かる。
一応、そのペースは非常にゆっくりである事から何らかの対策を施しているように感じられる。
なぜなら毎晩のように妖魔化した後にほんのわずかだが妖気が回復しているからだ。
この時に何らかの方法ー死体でも漁っているのだろうか?ーで補給しているらしい。
とは言え元々微々たる回復量に加えて、その後の訓練だろうか、妖力を大きく消費してしまっている事からほとんど意味をなしていない。
なぜこの妖魔は人を襲わないのだろうか?
私には分からないが、その頑なで真っ直ぐな意志はまるでこの妖魔は自分が人間であると無言で訴えているように感じられ、組織の黒服や母と比べるべくもないほど好ましいものに感じられた。
こうして私は段々と厳しくなっていく任務をこなす傍らで彼の事を見つめていた。
そんな日々がしばらく続いた頃だった。
彼のいる街の近くで任務があったのだ。
離反したナンバー7アビゲイルの粛清
組織の戦士が離反する事は珍しいがたまに発生する事だった。
今回は戦士として限界が来ているのに死にたくない、と逃亡したらしい。
組織の対処も大概は粛清として戦士を送るという事が常だった。
今回はそれなりに上位のナンバーと言う事もあり、私の他にナンバー14ベラ,ナンバー28シェリル,ナンバー41ダイアナと人数だけは揃っていた。
おそらく、覚醒する可能性を考えての編成だろう。
私の経験上でもこの類の離反者は追いつめられると死よりも覚醒を選ぶ傾向にあるからだ。
そして、覚醒する可能性を考慮しても一見すれば十分な戦力が揃っているように見える。
しかし、その内実は直接的な戦闘力の高くない私に覚醒者討伐の経験のない中堅が二人、戦力になるとは思えない下位ナンバーと不安が拭えない。
もし覚醒させてしまった場合、普通にやればまず勝ち目はないだろう。
……これは邪魔者を一掃しようとしているのだろうか?
さて、普通にやれば勝てないと言ったが、要は普通にやらなければいいのだ。
……正直に言えばこの方法は取りたくなかった。
とは言え正面から挑んだ場合覚醒させてしまう可能性が高い。
そして任務を放り出して逃げる事も死ぬ事も私には選択できない。
ではどうするのか?
私は悩んでいた。
結論から言おう。
私達はナンバー7アビゲイルを無事、粛清することに成功した。
覚醒させる事もなく、もっと言えば妖力解放する暇も大剣を抜かせる事もなく、暗殺した。
結局私は正面から戦士として挑む事を選択できなかったのだ。
その決定をした時、若いヤツは文句を言っていたが幸いナンバー14ベラは賛同してくれた。
なので反対していたナンバー28シェリルとどうするか迷っていたナンバー41ダイアナ置き去りにして二人で任務に挑んだ。
自分ですら正しいと思っていない事を他人に強制できる程私は強くない。
それにこの類の任務なら私にとっては少人数の方がやり易いといった事情もあった。
暗殺自体はスムーズに進行した。
もう既に何度も繰り返した工程だ。
今さら大きな問題を起こす訳がない。
妖気を抑えてアビゲイルに気付かれないように近づき、眠ったのを遠距離から確認した。
その後に妖力同調で感知能力を誤魔化す。
そして、ベラが一撃
それで終わりだった。
あっけなく首を落とされナンバー7だった戦士は死んだ。
アビゲイルは死んだ事にも襲われた事にも気が付く事なく眠りの中で死んでいった。
戦士として死ぬ事も選択させてもらえず、遺言を遺す事もできずに私達に殺されたのだ。
何度行っても慣れる事のない後味の悪い仕事だった。
そしてこれが私が審判のジェシカなんて呼ばれている理由だ。
表向きは妖力同調により動けなくした妖魔の首を一撃で刎ねる姿がまるで妖魔に審判を下しているようにみえる、と言う事らしいが、実際はこうして暗殺者じみた事を実行する事から付いた通り名なのだ。
この通り名を聞く度に私は自らが犯した罪の重さに潰されそうになる。
だが、私はこれまで殺してきた者達に謝る気などない。
謝ってしまったらその者達の死を否定する事になるからだ。
……所詮、これも感傷でしかないが、譲れない私の想いだ。
私は今まで殺してきた全てのモノを背負って生きていくしかないのだろう。
そんな感傷に浸りながら私はアビゲイルの死体を埋葬し、その場を去るのだった。