Jumper -IN CHRONO TRIGGER- 作:明石明
千年祭の最終日――現代組以外の仲間たちを見送ったあの日から数日。
今、俺は砂漠から再生した森にあるサンドリノの町のフィオナ神殿に来ていた。
もちろんサラも一緒に来ているのだが、今回は観光が目的ではない。
「……やっぱり、緊張するな」
身に着けた儀礼用の騎士甲冑を見下ろしながらつぶやく。
着慣れない鎧を着ていることもそうだが、これからのことを思うとどうしても硬くなってしまう。
「そんなに緊張しますか?」
「心の準備も万全でないのにここまで来たら、そりゃ緊張も強くなるって。 ――なんせ、人生の大きな節目だからな」
壁に寄りかかっていたクロノにそう返しながら、現在の状況に至った出来事を思い返す。
◇
千年祭が終わった後のリーネ広場には祭りの面影などどこにもなく、変わったことといえばリーネの鐘が世代交代を迎え、新たにマールディアの鐘が設置されたくらいだ。
またクロノ家の一大事(猫大脱走まっしぐら事件:マール命名)も無事に終息し、シルバードは今回の事件をきっかけに解体するのはもう少し先延ばしにするという方向で話がまとまった。
ちなみにすべての猫を回収したクロノたちは旅の途中で何を見たのか、「三柱神の異名を垣間見た」と語りその言葉から中世で家臣の三人が何かやったのだと尊は悟った。
閑話休題
サラがルッカの家で開かれる女子会に招待されて尊が一人トルースの宿で荷物の整理をしていたところ、クロノと女子会を開いていたはずのマール、ルッカの三人からリーネ広場の中央広場に来てほしいと告げられた。その場で何故かと尋ねるも答えをはぐらかされたので、とりあえず要望の場所へ移動することに。
「それで、何の用なんだ?」
マールディアの鐘の下に集まっていた三人に改めて尋ねると、マールが神妙な面持ちで口を開く。
「確認したいんですけど、ミコトさん。黒の夢でジールに言ったことは本気ですか?」
「ジールに言ったこと?」
記憶を掘り返してジールとのやり取りを思い出し、今マールが聞こうとしていることがどれのことなのかに思い当たった。
「もしかして、サラをもらっていいかのやり取りか?」
「そうです! ミコトさん、それは今も変わりませんか?」
「あたりまえだろ。どうした、いきなりそんなこと聞いて?」
訳がわからないと言った風に聞き返すと、三人はニヤッと目配せをして鐘の下から移動する。すると柱の陰から少し恥ずかしそうな面持ちをしたサラが姿を現し、尊の前までやってくる。
「……マール、一体どういうことだ?」
「私たちのことはお気になさらずに~。クロノ、ルッカ、いこ」
クスクスと笑ったマールは二人を引き連れて脇目も振らず南広場の方へ駆け出し、クロノとルッカも親指を立てたり手を振ったりすると後を追うように駆けだした。
残された尊とサラはどこか気まずい空気を感じながら向かいあい、やがて空気に耐えきれなくなった尊が口を開く。
「あー、なにがどうなってるんだ?」
「い、いえ、私がお願いしたことなんですけど……その…………」
「……サラ、とりあえず深呼吸だ」
言いにくそうにもじもじするサラを見かねた尊がそう促し、言われるがまま数回の深呼吸をすると少し落ち着きを取り戻した。
「落ち着いたか?」
「あ、はい。その、ありがとうございます」
「――それで、俺が呼ばれた理由って、なんだったんだ?」
「……ミコトさん、あの時母上に自分は私の未来の旦那様だって言ってくれましたよね?」
「……言ったな、確かに」
あの時言ったことを好きな女性に面と向かって言われたのが恥ずかしくなり、尊は少し赤くなって頬を掻く。
サラはもう一度深呼吸をし、顔を赤くしながらも意を決したようにしっかりと尊を見据える。
「お願いします。あの時の言葉を、もう一度言ってくれませんか?」
あの時の言葉。つまり、黒の夢で言った言葉を改めて伝えてほしいということ。
それがわからないほど尊も鈍感ではないし、何より彼にとってはいつか言おうと思っていたことが今になっただけだった。
「……虹のリング、ちょっと貸してくれ」
「はい」
サラの径に合わせて作られた虹のリングを受け取り、尊も深呼吸をして片膝をつく。
「……俺、月崎尊はサラを愛している。これからの人生を、命尽きるまで共に歩みたい。だから――――」
一度区切り、手にしたリングを差し出す。
「こんな俺でよければ……結婚してくれないか?」
「――はい!」
月崎尊、一世一代のプロポーズ。感極まり涙を流しながらもそれを受け取り、しっかりと答えるサラ。
応えてもらったことに尊も思わず顔が緩み、嬉しさのあまり尊がサラを抱きしめようと立ち上がる。
「「「おめでとー!!」」」
――その瞬間、背後から祝福の声が上がり抱きしめようとした動きがぴたりと止まってしまう。
嬉しそうな表情と引きつった表情を足したような顔で振り返ってみれば、先ほど立ち去ったクロノたちのほかにジナやタバン夫妻、おまけにガルディア33世に大臣までそこにいた。
「はっはっは。ここまでしっかりとプロポーズができるのも若者の特権ですな」
「うむ。ワシもアリーチェに告白したのを思い出すよ」
「良いもの見させてもらったわ、ミコト君」
「あんちゃん、嫁さんを泣かすんじゃねえぞ!」
次々と贈られる祝福に戸惑いながらも尊はこの状況をセッティングしたであろうマールたちへ問い詰める。
「おい、これは一体どういうことだ?」
「実はサラさんがミコトさんに改めて告白してもらいたいって話になって、だったらそういう場面を作っちゃおうって流れになったんです」
「ならガルディア王やジナさんたちは何でここにいる!?」
「陛下はスポンサーで、ジナさんたちは完全に野次馬です」
「……は? スポンサー?」
ルッカが解説する内容で野次馬は理解できたが、ガルディア王がスポンサーと言う言葉を聞き返さずには居られなかった。
尊がサラに告白するシチュエーションを用意するだけならスポンサーなどいらないはず。ならば何故一国の王が出張る必要があるのか。
「さあ、二人の門出を祝うためにもふさわしい場所に向かうぞ」
「ハッ!」
王の一言で側に控えていた兵士たちが一斉に動き出し、北の広場から数頭の馬に引かれた豪奢な馬車が姿を現した。
「さあミコトさん、サラさん。乗ってください!」
「行きましょう、ミコトさん」
「お、おい!?」
マールに促されサラが尊の腕を引いて馬車へと連れ出す。
されるがままになっている尊とサラが席に着き、クロノたちが乗り込んだところで馬車がゆっくりと動き出す。
「マール! 今からどこに行くんだ!?」
「決まってるじゃないですか!」
清々しい笑顔で親指を立てるマールの横で、クロノが苦笑いしながら繋げる。
「お二人を祝福するのに相応しい場ですよ」
◇
そうして連れてこられたのがフィオナ神殿であり、ここで婚礼を上げるために必要なもの――資金であったり衣装であったり――をガルディア王が全て用意してくれたと言うわけだ。
確かに婚礼に必要なものを用意してくれたというならガルディア王はまさにスポンサーだろう。だが新郎が知らないところで式を挙げることが確定していると言うのも、正直どうかと思うが。
神殿に着くなりサラは女性陣に連れられて、俺とクロノはガルディア王と大臣に連れられて移動しそこで用意された儀礼用の鎧を纏うことになった。
ガルディア王曰く、これはかつて魔王と戦った勇者の甲冑を再現した物だそうだ。
勇者と聞いて緑の彼が脳内を掠めたが、鎧の形状からどちらかと言えばその友や騎士団長が身に着けていた鎧に近かった。
ただし、彼らのものが黒や金色であったのに対し、こちらは白を基調にしてところどころに青色がちりばめられている。
控えていた兵士に着るのを手伝ってもらい兜以外の装着が完了するが、今まで感じたことのない重量にどうしても違和感を隠せない。
サラの準備がまだかかると知らされ控室へ案内されるが、これからのことを考えただけでどうしても緊張してしまう。ここまで緊張したのは就職活動の最終選考以来……いや、度合いで言えばそれ以上だな。
「そう硬くなることもない。それ以前に、花嫁を見ればそんな緊張などどこかに消えてしまうからな」
「そうでしょうか……?」
「少なくともワシがアリーチェの姿を見たときはそうだった。まあ、経験者のアドバイスとでも思てくれ」
「……ありがとうございます」
ガルディア王の話を聞いて幾分か気が紛れた。それにしても、王様ともなれば緊張なんてどうとでもなっていると思っていたが、やはり緊張する時はするんだな。
その後もクロノを交えて結婚したあと夫としての心構えだとか、嫁は大切にしろだとかの話をして時間を潰していると、唐突に一人の侍女が入ってきた。
「皆様、花嫁様の準備が整いました」
その言葉を聞いた途端、紛れたはずの緊張が再度体を支配し始めた。
クロノとガルディア王は先に礼拝堂へと移動し、俺は侍女の人に連れられて礼拝堂の入り口まで移動する。
――会ったらまずなんて言えばいいんだ? ドレスを見て似合ってるって褒めればいいのか? それともこの式について話したほうがいいのか? ……ダメだ、考えがまとまらない。
落ち着け、月崎尊。深呼吸で頭をクールに――。
「ガチガチだな。もっと肩の力を抜いたらどうだ? 花嫁はまだ時間がかかるからな」
「……え?」
突然、目の前の侍女からそんな言葉が上がったと思うと彼女から光が発せられ、俺にとって見覚えのある姿へと変化した。
「――女神様」
「久しぶりだな。世界を隔てていた壁がなくなったから見に来たんだが、面白いことになっているな」
何が面白いかは置いといて、ここにいるということはラヴォスを倒したことで元の世界を行き来できるようになったらしい。どうやらあれを倒せば行けるという推測は当たっていたようだ。
「サラの時間がかかるっていうのは、どういうことですか?」
「なに、君を連れ出すために早く準備ができたと伝えただけだ。 それにしても、人生の伴侶を異世界で見つけるとはな」
「それについては自分でも驚いてますよ。意外な世界で、意外な人を好きになるなんて思ってもみませんでしたから」
「そうか。 さて、私がここまで来たことについてだが、まずは謝罪させてくれ。こちらの都合で命の危険にまで晒してしまい、本当にすまなかった」
「いえ、確かに危険なことでしたけど、俺は全く後悔していません。むしろ、俺は感謝したいくらいなんですから」
確かに事の始まりは偶然で、死んでもおかしくない危険な旅ではあったが、今ここにある結果は俺にとってかけがえのないものとなったのだから。
「それでも、あってはならないことが起きたのは事実。感謝してもらったとしても、それで終わりというわけにもいかない。なので謝罪の形として、こちらには君の要望……願いを可能な範囲で三つかなえる用意がある」
「願いを三つ……ずいぶん大盤振る舞いですね」
「今回は明らかにこちらの過失だった上に、移動先にいる化け物退治も押し付けてしまったからな。破格の報酬で手打ちにしようというわけだ」
「なるほど……」
神様が可能な範囲で願いをかなえてくれるか……まるでドラゴンボールの神龍だな。
それはともかく、願いを三つか。一つは確定として、残りは…………こうするか。
思い描いた内容を伝え、それが問題ないかその都度確認をする。
幸いにして三つとも特に問題はなく、最後に内容の変更をしないという誓約書にサインをして契約を完了させる。
「――手続きはこれで完了だ。内容の履行は元の世界に戻ると同時に行われ、君が望んだ通りの物が指定の場所に用意されることになる」
「ありがとうございます。正直、無茶な内容だと言われるんじゃないかって思っていたんですけど」
「なに、あれくらいなら特に問題はないさ。 さあ、そろそろ本当に花嫁さんの登場だ。私も陰ながら祝福させてもらうよ」
女神様はそれだけ言い残すと再び侍女の姿になってその場を後にした。
それにしても、さっきのやり取りで大分緊張がほぐれたな。後は待つだけか。
「――おまたせしました、ミコトさん」
これ以上緊張しまいと何度か深呼吸をして気を紛らわせていると、不意に聞き慣れた声が俺を呼ぶ。
最後に大きく息を吐いて振り返ると――――
「――――っ」
――――さっきまでの緊張が、言葉とともに消し飛んだ。
派手さはないが清楚な彼女のイメージを十分に引き立てている純白のドレス。普段結い上げている髪はすべておろされており、ベールに包まれた顔は薄く施された化粧もあってか普段とはまた違った魅力を醸し出していた。
「……綺麗だ、サラ」
思わずこぼれた言葉だが、それ以外にかける言葉が見つからない。
いや、この場合は下手に言葉を飾るなど無粋だろう。そんなものがなくとも、彼女は十分すぎるくらい魅力的だった。
「ミコトさんもお似合いですよ」
「ありがとう。 それじゃあ……」
「はい」
左手にブーケを持ち、右手が俺の腕に絡められる。緊張は、もう微塵もなかった。
そして入口の扉が開き、俺たちは歩みを進めるとと同時に祝福の喧騒に包まれた。
◇
フィオナ神殿で尊とサラが挙式を上げて数日。
サテライトゲートで世界を渡るのに必要なエネルギーのチャージが完了し、ついにその日がやってきた。
「今まで世話になった、本当にありがとう」
「こちらこそ。正直、あの戦いはミコトさんたちがいなかったらと思うとゾッとしますね」
「ああ、あれは俺も予想外すぎたからな。 今さら言うのもなんだが、よく生きて帰ってこれたなと思うよ」
あの日と同じようにリーネ広場のテレポッドが設置されていた場所に集まった尊とサラ、そしてクロノたち。
クロノは握手をしながら最後の戦いを思い返し、わざとらしく身震いさせる。尊も自分が知るものより数倍は強かった敵を思い返し、あんな敵の相手はもう二度と御免だと付け足した。
「それで、サラさんはこのまま連れて行って大丈夫なんですか?」
「問題ない。その辺の話は既につけてあるから向こうでの生活はもちろん、またこっちに遊びに来ることも出来る」
ルッカの疑問に尊は挙式の日に女神と交わした内容を思い返しながら答える。
三つの願いのうちまず尊が望んだのは、自分の世界でのサラの戸籍と経歴だ。
尊の世界での彼女は『サラ・J・クレイニア』という日本出身のイギリス人で、幼いころに両親を亡くし尊と出会うまで孤児院で生活していたということになっている。
街中で出会って交流を深めるうちにお互い好きになったという、まるで漫画やドラマの展開だが無難といえば無難なのでその設定が採用された。
二つ目の願いはサテライトゲートによる自分の世界とクロノトリガーの世界――以下、クロノ世界と呼称――を行き来できるようにしてもらうこと。
移動方法は今までと同じサテライトゲートを使用しての移動となるが、女神の計らいで月の光だけでなく自分のMPを消費することでチャージを早めることができるようになった。
尊の全MPを費やすことで30%分チャージされ、エーテルなどを持ち得ればその日の内にチャージを完了させることも可能。そしてゲートの出口はこのA.D1000年だけでなく、B.C12000年やA.D2300にも設定できる。
そして最後の願いはこの世界で得た力やアイテムなどをそのまま残しておきたいというものだ。
尊としてはこれは却下される可能性が高いと思っていたのだが、自分の世界では制約付きで有り。クロノ世界では制約なしで有りという条件付きで許可が出た。
制約内容については非常時以外での使用の自粛や、仮に使用したとしても武器や魔法の能力は著しく低下してしまうというものだ。
精神コマンドに至っては『勇気』と『覚醒』が行き過ぎた力と判断されたため、元の世界での使用は禁止とされた。
しかし尊からすればこれくらいの制約は当然であり、使う機会といってもクロノ世界でのみに限定しようと思っていたので大した問題ではなかった。
「私たちのほうから遊びに行くことってできないんですか?」
「俺たちが遊びに来た時の帰りに便乗すれば可能かもしれないが、しばらくはバタバタするはずだからこっちに来るのは先になるな」
その返答を受け少し残念そうに肩を落とすマール。そこへサラが歩み寄り、微笑みを浮かべてその頭を撫でる。
「そんな顔しないで、マール。必ず会いに来るから」
「サラさん……」
撫でられたマールは恥ずかしそうに顔を染め、嬉しそうに目を細める。
微笑ましくその光景を見ていた尊は中央広場から聞こえる鐘の音を聞き「そろそろか」とつぶやく。
「それじゃ、俺たちはもう行く。次に来るのがいつになるかわからないが、必ずまた来るからな」
「その時は、またたくさんお話ししましょうね」
「待ってますよ、一年でも十年でも」
「その前にこっちがシルバード改造して迎えに行くかもしれませんよ?」
「また会いましょう! ミコトさん、サラさん!」
尊はサラを抱き寄せながらサテライトエッジを取り出し、いつかと同じように頭上へ掲げる。
「――俺の世界への道を開け、サテライトゲート!」
振り下ろされたサテライトエッジは地面に叩きつけられると光の粒子へと変換され、二人の足元で六角形の扉を形成する。
青白い光が二人を包み込み、そのまま扉の中へと吸い込んでいった。
光が収まった後には二人の姿はなく、見送りにいたクロノたち三人だけが残された。
「……行っちゃったね」
「ああ。けど、今生の別れってわけじゃない」
「そうね。いつになるかわからないけど、あの二人なら必ず会いに来てくれると思うわ」
三人は笑いあい、次に彼らが遊びにきたら何をしようかと相談しながら歩き出した。
再開への期待を胸に、守り抜いた明日に向かって。
◇
――――月日は流れ、尊は二つの写真を手に笑みを浮かべていた。
一つは集合写真のようだが、そこに写っているのは人であったりロボットであったり、人とは違う姿の人物たちだ。
もう一枚の方は少し若い自分が白い鎧を身に着け、ドレスを纏った妻を抱き上げてる写真だ。
「……あれからもう5年か。早いのか遅いのか、どっちなんだろうな」
もっと早く会いに行くはずだったのだが、ゴタゴタが長引いてこんなに時間がかかってしまった。
当時のことを思い出し、自分たちを待っているであろう三人の姿を思い描く。
いずれも少年少女と呼べた彼らだが、5年もたった今なら男性女性と呼べるくらいに成長しているだろう。
――どんな風に変わったか気になるが、向こうもこっちがどう変わったか気になっているに違いないな。
あの時と比べて自分たちの外観は多少変わっただろうが、それ以外については大きな違いがある。
「てやぁー!」
「おっと」
掛け声とともに軽い衝撃が背中を襲い、体を揺らす。頭に何か突きつけられるが、尊はそれを何でもないように無視して腕を後ろに回して飛びついたそれを捕まえ、自分の膝の上に乗せる。
「今のは何だ、キッド」
「おれのあたらしいひっさつわざだ! これで″ヤマネコ″もいちころだ!」
「そりゃすごい。母さんには見せたのか?」
「みせた! すごいってほめてくれたぞ!」
「そうかそうか、よかったな!」
自分が考案したという必殺技と誇る青い髪をした幼い娘――ユウナの頭をガシガシと撫でまわし、尊も笑う。
彼女は尊とサラがこの世界に帰還した年に生まれた最初の子供であり、二人の自慢の愛娘だ。
キッドとはユウナが自分を呼ぶ時はこう呼べと強要した名前で、昔テレビで放送していた西部劇の主人公に憧れて名乗りだした名前だ。口調や行動も映画の影響で男の子っぽくなっており、近所の子供たちからはリーダーキッドなんて呼ばれたりしている。ちなみにヤマネコとは映画に出てきたラスボスの呼称で、先ほど尊の頭に突き付けたのは割り箸で作られた輪ゴム鉄砲である。
微笑ましい光景ではあるが、父親にはかなりの親バカ補正がかかっているようだ。
「ミコトさん、準備できましたよ」
「お、了解だ」
ユウナの後を追うようにやってきた尊はもう一人の子供を抱えた自分の妻――サラの言葉に答えるとユウナを膝から降ろして立ちあがる。子供が生まれてからサラは昔のように髪を束ねず、真っ直ぐなストレートで過ごすことが多くなった。
ちなみに現在この月崎家では尊が会社員として働いて収入を確保し、サラは自宅で子供を育てながら時間を見ては――表向きには――かつて自分が暮らしていた孤児院の手伝いをしていた。
「シュウは……よく寝てるな」
「まだ小さいですからね。向こうに着くくらいには起きると思いますよ」
サラの腕の中で寝息を立てている青色っぽい黒髪をしたユウナの弟、シュウの寝顔を見て自然と口元が緩む。
シュウは2年前に生まれたばかりで、ユウナのように活発ではあるものの幼さ故に体力切れも非常に早かった。先ほどもユウナと走り回っていたのだが、今やサラの腕の中ですやすやと夢の中だ。
「じゃあ、そろそろ……」
「はい。クロノたちをびっくりさせましょう」
荷物を手にした尊はユウナを立たせ、サラとともに広い客間へ移動する。
起動させるのは実に5年ぶり。
しかし、確実に移動できるという確信はあった。
「――あの世界とこの世界を繋ぐ扉を開けろ、サテライトゲート」
言葉とともに床に置いてあった――現代社会の時代には非常に不釣り合いなもの――青い刃のハルバードがあの時のように光の粒子になる。
向かう先は二人が出会った思い出の星。
その気になればいつでも行けるほど近いが、普通の手段では決してたどり着けないほど遠い場所。
「すげー!」
「懐かしいな、この光も」
「ええ、本当に」
娘の興奮した声を聴きながら、4人は光に包まれて扉をくぐる。
再開への期待を胸に、極めて近く、限りなく遠い世界に向かって。
Jumper -IN CHRONO TRIGGER-
The End
どうもこんにちは、リアルが忙しかったり最後の展開に四苦八苦したりミスって執筆したデータを消し去ってしまった作者です。
去年の秋に投稿を開始したこの作品もついにフィナーレを迎えました。
長かったのか短かったのかはわかりませんが、どうにか一つの目標である本編の完走を達成しました。
本編の更新予定はもうありませんが、番外編や外伝、IF続編は企画検討中ですのでまた彼らとお会いできる日が来るかもしれません。
その時が来たらどうかまた尊たちの活躍を見てやってください。
なお、これからの活動予定としては更新を止めていたもう一つの作品、『Muv-luv Over World』に取り掛かろうと思います。
作品を楽しみにしていただいていた読者様には大変お待たせしましたとしか言いようがありませんが、どうかまたお付き合いください。
最後にこの作品を読んでくださった全ての読者様へ、多大なる感謝を。
それでは、またお会いしましょう。