Muv-Luv Alternative×創世奇譚アエリアル とある確率分岐世界 作:†バレット†
12月11日
――――――横浜基地シミュレーターデッキ
時刻は早朝、日に日に寒さが厳しくなっていく中、横浜基地第一シミュレーターデッキには強化装備に身を包んだ戦乙女達が上官である部隊長に敬礼し、整列していた。
「……休め。昨日は突然の出来事ではあったが警護任務ご苦労だった。それと、各員知っての通りだが、今日の訓練内容であった実機演習は急遽中止となり、シミュレーター訓練へと差し替わる事となった」
そう、部隊長の伊隅みちるが部下である彼女達に言ったように本来今日この時間は実機による模擬訓練で新しく配属された新人達の能力を推し量ろうと思っていたのだ。
それがどうしたことか、今朝になっていきなり彼女の直属の上司である香月副指令から訓練内容の変更を聞かされたのだ。
そして、それだけならばまだしも、その本人がCP将校である涼宮遥と一緒にシミュレーターデッキの制御室に今いるのだ。
唯でさえ多忙極まる香月副指令。
それが昨夜の出来事も合わせ、想像するのも恐ろしい程に多忙である副指令がわざわざ足を運び、例え自らのお抱え中隊とは言え高々シュミレーション訓練を見に来ているのだ。
これは……何かあるな。ただ事ではない何かが……。
部下達に対して指示された訓練内容を伝えながら、伊隅は今回の訓練に対する警戒心を引き上げるのであった。
「……大尉、一つ質問を。何故今回は急にシミュレーター訓練になったのでしょうか?」
「速瀬か、何簡単な理由さ。新人達は不知火が搬入され次第それに搭乗することとなるが、それはまだ少し先な話だ。
それ故にシミュレターで不知火の感覚を覚えさせ、吹雪との差を自覚させるというのが今回の狙いらしい」
「なるほど、そういうことでしたか」
こくこくと頷く突撃前衛長。
こういう素直でサッパリした性格を私は好ましく思えるのだが、だからこそ宗像に毎度毎度弄られてしまうのだろう。
今度それとなく忠告して上げた方が良いだろうか?
「他に質問は無いな?よし。総員シミュレーターに搭乗!!」
「了解!」
私の声に部下たちは威勢よく覇気のある声で答えて見せる。
唯一の心配要素であった新任達も何とか各々で区切りはつけてきたらしい。
(ふふっ、どうやら特別指導の必要は別段なさそうだな。副指令の目論見は兎も角、貴様達の実力、見せてもらうぞ!)
「全機、シミュレーターの起動を確認」
「そう、じゃあ予定道理にお願いね」
シュミレーターデッキの制御室、その一室にいる二人の女性の声が部屋の中に静かに響く。
一人は別段何ともないとでも言うように超然とした様子で。
そしてもう一人はこれから起きるであろう悲劇に顔を青くさせながら、短く「了解です」とだけ告げるのだった。
辺りには廃墟も建築物も一切ない平野部であった。
BETA進行時に均された大地、そういわんばかりに真っ新な何も存在していない大地。
それが今回訓練を行うフィールドだった。
「全機起動したな? よし、それでは訓練を開始する。
やる事は簡単だ、湧き出るBETAを倒すのみ、ただし撃墜される事は許さん!新人共は一早く不知火の挙動を実践の中で掴むんだ!甘ったれてる暇はないぞ!!」
「了解!!」
「ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズへ、大隊規模のBETA群が出現、接触まで約1分!」
約1000近くのBETA出現の方に新人達の表情が微かに強張る。
トライアル時に相対したと言っても、まともに対峙するのはこれが初めての事なのだ。
死ぬ事の無いシミュレーター訓練といえども彼女達の緊張は見て取れる。
「榊、御剣、彩峰、鎧衣、珠瀬、お前ら少し気負い過ぎだ、もう少し肩の力を抜け。
お前らだけで戦ってる訳ではないんだ、周りの先任をもっと信じろ」
「「「「「了解!!」」」」」
少しは私の言葉にも効果があったらしい、新任達の気負いは多少マシにはなったがこれ以上は期待する方が酷というものだ、後は実戦の中で乗り越えていくしかあるまい。
ちらりと目線を新任達から離せば、もうすぐ傍まで突撃級の一団が砂埃を巻き上げ、最高速度である時速170Kmの速度を持ってして迫る姿が。
「ヴァルキリー1よりヴァルキリー各機へ。各小隊に分かれ、突出している突撃級の背面に回り込み、後続のBETAに留意しながら平らげるぞ!光線級の存在も忘れるなよ!!」
「了解!!」
「よし!A小隊続け!!以降兵器使用自由!」
「了解ッ!!B小隊行くわよ!」
「C小隊了解。ふっ、新任どもに先任の実力とやらを見せてやらないとだな」
宗像と速瀬がこの程度相手にもならないと言わんばかりに余裕綽々で前線に上がるのを横目で確認し、自身は新任の部下達に声を掛ける。
「
「「「了解!」」」
「よし!行くぞ!!ヴァルキリー1フォックス3!!」
香月副指令が開発したXM3という最新OSのお陰で飛躍的に操縦性の向上した不知火を操り、突撃級の間隙を突いて背面を一瞬で取る。
慣れ親しんだと言ってもいいほど何度も取ったこの動作だが、XM3のお陰で旧OSに比べたら咄嗟の回避機動が取れる分応用性が上がったともいえる。
慣れ親しんだ動作から、続けて不知火の右腕に装備された突撃砲から36m弾が掃射され、私の横をすり抜けた突撃級達の比較的柔らかそうな後部の腹とも尻とも取れる部分に次々と着弾していき、崩れるように転倒し、すぐ後方を走っていた突撃級数体を巻き込んで停止する。
「ヴァルキリー7、フォックス3!」
「ヴァ、ヴァルキリー9、フォックス3!」
「ヴァルキリー8、フォックス3っ!!」
私に少し遅れながらも新任3人はポジションを確保し、後方に抜けて行こうとする突撃級を36m弾でハチの巣にしていく光景が見て取れた。
(シミュレーター訓練でややぎこちなさはあるとはいえ、初めての不知火をここまで乗りこなすか……流石は神宮寺軍曹の御墨付き……か」
「いい調子だぞお前達、さて次は後続の要撃級達のお相手だ。
奴らは旋回能力が高く、そして何よりタフだ。倒したと思って油断して見切りを早くつけると後ろからガツンとぶん殴られるぞ、注意しろ!!」
「「「了解!!」」」
突撃級の死骸から目を離し、次いで迫る蠍を巨大化させたような奇抜なデザインの生物を視界に収める。
嫌悪感を煽るようなその容貌の陰からチラチラと赤い生物の存在が確認できるのを私は見過ごさなかった。
「要撃級の陰に戦車級の存在を確認。前哨戦は此処までだぞ新任共、腹を決めろよ!」
「「「了解!!」」」
「ヴァルキリー9、接近される前に出来る限り数を減らします!フォックス3!!」
唯一突撃砲に比べれば高精度高射程を誇る支援突撃砲を装備している珠瀬機が此方に向かってくる要撃級に対して狙撃を仕掛ける。
その恐るべき精度は、高速で移動しているにも関わらず、要撃級のタコの頭を皺くちゃにして不気味にして見せたような頭部らしき場所に、悉く紫色の気色悪い花を咲かせるほどだ。
(ほう……)
その光景に、伊隅は内心舌を巻いていた。
隊の中でも一番狙撃能力の高い風間とほぼ同列……いや、それ以上かもしれない。
それほどの才能の片鱗を垣間見たのだ。
(神宮寺軍曹の報告書は誇張表現のし過ぎではなかったという訳か……ふっ、あの人がそんな事するはずもないというのにな……)
極東一のスナイパー。
その一文が乗せられた報告書を思い出して伊隅は仄かにはにかむのであった。
――――――――
「ヴァルキリーマムよりヴァルキリー各機へ、残存BETAの掃討終了を確認。
お疲れ様、後は機体の補給を済ませたら訓練は終了ですよ」
最後の要撃級を速瀬中尉の不知火が長剣で切り捨てると、CP将校の涼宮中尉から通信が入る。
各々がほっと一息を吐き、特に大きな損傷や死者を出さなかった事に安堵しているようだった。
(ふむ、特に何も起こらなかったか……私の考え過ぎだったか?」
部下に補給の作業を指示しながら先の訓練の内容に考えを馳せる伊隅。
内容としては上出来だ。シミュレーターとはいえ新任達の技量は想像以上のものであったのだから。
「ッ!!ヴァルキリーマムよりヴァルキリー各機へ!データの無いアンノウンが急速接近中!!警戒して下さい!」
「えっ?!どういう事なの?BETAじゃないの遥!?」
「ヴァルキリーマム、状況を詳しく報告してくれ!何が何だか分からない」
戸惑う速瀬を無視して、私は遂に来たのかと思いながらCP将校である涼宮に問いただす」
「ヴァルキリーマムからヴァルキリー1へ、突如出現したアンノウンが其方へ接近しています。数は70、ですが……最高速度約750kmです!!」
「最高速度約750kmだとッ!?確かなのか!!」
最高速度750kmだと!?不知火の最高速度とほぼ同等という事か!!
「間違いありません!……ッ!映像出ました!!其方に送ります!」
「なっ……なんなんだこいつ等はッ!」
それは、見た事もないメタリックな表面に覆われた蟲のような存在が、背中の翅を高速で震わせ此方に向かって真っすぐに進んで来る醜悪な姿であった。