鈍感な彼と自意識過剰な彼女の学園物語   作:沙希

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 部屋に案内され、俺は適当に時間を潰すのであった。

 シロナと談話しようと思っていたのだが、シロナは百合香さんの手伝いに向かったので会話することが出来なかった。

 何やら遠くから百合子さんの残念そうな声と、シロナの慌てたような声が聞こえたのが疑問だけど。

 

 

 とりあえずテレビでも見て時間を潰していたら、いつの間にか時計の針は7時を指していた。

 7時となったと同時に、シロナが俺の部屋に訪れ、夕食が居間に来るようにと言われて俺とシロナは居間へと向かうと百合香さんとジョシュアさんが居間で待ち構えていた。

 テーブルには、一般的な食卓とは思えない量の夕食が並べられている。

 

「これは…………」

 

「シロナが彼氏さんを連れて来たお祝いよ♪」

 

「だから、彼氏じゃないって言ってるじゃないお母さん!」

 

「またまた照れちゃって~。お二人ともお似合いよ?ジョシュアさんもそう思うでしょ?」

 

「あ゛ぁ、そうだな。とても、お゛似合いだ」

 

 いや、絶対にそう思ってないだろ。

 『あ』と『お』に濁点が付いてるぞ。

 つうか目が、『死にさらせ小僧』と訴えかけてるし。

 お似合いどころか、さっさと破局しろってオーラが滲み出るし。

 

「っと、俺はどこへ座れば」

 

「庭にでも座ってろ」

 

 この野郎。

 

「もう、ジョシュアさん。いじわる言わないのですよ?」

 

「むぅ、しかし百合香――――――」

 

「ジョ シュ ア さん?」

 

「………………………シロナの隣に座れ、小僧」

 

 ジョシュアさん、尻に敷かれてるのだと俺は思った。

 いや、まぁ仕方ないだろう。

 百合香さんから感じる得体の知れないプレッシャーと笑っているようで笑っていない笑顔が恐ろしく感じるんだから。かかあ天下になるのは仕方ない。

 

「じゃ、じゃあ、白鳥先生。失礼します」

 

「え、えぇ、どうぞ」

 

 シロナに許可を取り、俺は隣に正座する。

 全員揃ったので、俺たちは手を合わせて『頂きます』と挨拶をし、目の前の料理を箸で掴み取り口にする。

 

(こ、これは………)

 

「どう?美味しい?」

 

「は、はい!とても美味しいです!この煮物は百合香さんが?」

 

「えぇ、そうよぉ。このテーブルの右から半分はわたくしで、左から半分はシロナが作ったものなの。よかったらどうぞ」

 

 百合香さんが教えてくれた左テーブルに並べられているシロナの料理を箸でつかみ口に運ぶ。箸でつかんだのは、那須を味噌で炒めたものだろうか。口に運ぶと味噌の味が広がり、味噌の過剰な濃さを感じさせない丁度いい味わいが口に広がる。

 

「美味いっ!俺も料理を作ったりしますけど、俺が作る料理より美味いです!」

 

 スゲェ、まるで料亭とかで食べる料理を口にしてる味だ。

 二人の料理はどちらも甲乙付け難いくらいの腕前だぜ。

 これ程の料理を作れる女性と結婚できる男は幸せ者だろう。

 

「あらぁ、良かったわねシロナ。織斑君、大絶賛よぉ~♪」

 

「い、いちいち報告しなくてもいいわよ!」

 

「……………………」グググググペキャッ

 

「旦那様。箸の御取り替えを」

 

「問題ない。まだ使える」

 

 しっかし、こうもテーブルに並べられていると、どれを取るか迷ってしまう。

 どれも美味しそうだし、また同じものを食べたいってのもあるし、別の料理も食べてみたいなと右往左往してしまう。

 とりあえず、まだいっぱいあるんだしゆっくり食べるとしよう。お、筑前煮。これにしようかな。

 

「って、あれっ」

 

 箸で掴もうとしたが、するりと里芋が落ちてしまった。

 もう一度掴み取ろうとした、またするりと。

 さらにもう一度取ろうとするのだが(ry

 

 

 ぜ、全然取れない!

 突き刺して取るのは行儀が悪いし、こうなったら意地でも取ってやる!

 そう思い、再びチャレンジしようとしたらシロナが横から里芋を箸で掴んだ。

 あ、俺の里芋!

 

「何をやっているのよ。ほら、あーんしなさい」

 

「え?」

 

「あ゛ん?」バキッ

 

「旦那様、失礼ながら箸を取り替えます」

 

「あらあらあら♪」

 

 思わずキョトンとしてしまった。

 すると一拍してからシロナはいま自分が何を言ったのか気づき、顔を真っ赤にさせる。

 

「っ………ごめんなさい!その……つい、癖で。…………昔、お父さんが織斑君と同じようにさっきみたいに食べ物を落とす事があったから、こうしてたの…………」

 

「そ、そうなんですか………………」

 

 だから今までにないくらい殺気を出して俺を睨みつけてくる訳か。

 というか、昔っていつの事だろうか。

 きっとシロナが小さかった頃に違いない。

 

 

 とりあえず、シロナがいまだ筑前煮の里芋をいまだ箸で掴んだままなので、冷えてしまうのは勿体ないと思い俺はシロナの方へと体の向きを変える。

 

「じゃあ、その……………お願いします」

 

「いいの?その、こんな子供みたいなこと恥ずかしくない?しかも、相手は年上だし、私なんだし……………」

 

「いえ、全然。むしろ俺(とジョシュアさん)の業界ではご褒美です」

 

「そ、そうなの?」

 

「……………………」

 

 えぇ、そうです。何せ現に向かい側に座るジョシュアさんの雰囲気(殺気MAX)からでも分かる通り、男である俺にとっては『あーん』はご褒美なのだから。

 

「じゃあ……………あーんっ」

 

「あー…………んっ……………。美味しいです」

 

「そ、そう。それは、良かったわ…………うん、良かった」

 

「じゃあ、次は俺の番です」

 

「な、なんでそうなるのよ!?」

 

「いやだって、受けた恩は倍にして返せがモットーですから」

 

 因みに受けた痛みも倍にして返せというのもある。

 まぁ、そんな機会は一度もないけどな。

 

「い、いいわよ別に。私は十分に箸は使えるし、子供じゃあるまいし」

 

「そう言わず。とりあえず、はい。どうぞ」

 

「人の話を聞きなさい!!」

 

「食べないと冷めますよ?」

 

「~~~~~っ……………はぁ、分かったわ。あ、あーん」

 

 シロナは赤面したまま目をつもり、口を開く。

 俺はそっとシロナの口の中に、和え物を放り込む。

 俺が『美味しいですか?』と問うと、シロナは更に顔を赤くさせて『…………おいしいわ』と答える。あぁ、シロナとこうするのが夢だったんだよなぁ。

 これで一つの夢が完遂したぜ!

 

「あらあら、何だか昔を思い出すわねぇ」

 

「…………本来なら私がシロナにされるはずなのに、小僧ォォっ」

 

「もう、ジョシュアさんったら。ほら、あ~んっ」

 

「むっ、百合香、お前まで。私はもう子供では――――――」

 

「じゃあ、口移しがよろしいのですか?わたくし、一向にかまいませんわよ?」

 

「…………………箸で頼む」

 

「ふふふ、照屋さんねジョシュアさんは♪」

 

 俺とシロナが食べさせ合いをしている尻目に、百合香さんとジョシュアさんも食べさせないを始める。こうして、混沌に染まった食卓が未だ続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食後、俺はトイレの場所を聞いた後で部屋に戻って寛いでいた。

 夕食は美味しかったのだが、流石に量が多すぎた気がする。

 殆ど俺とジョシュアさんで食べつくしたんだけどさ。

 

「げふっ、もう何も入らねぇ…………トドメにデザートが来るとは予想してなかったぜ……………」

 

 良心的にリバースするような甘ったるいものじゃなかったのが救いだった。

 とりあえず、一休みしたら水を貰いに行こう。

 そう思っていた矢先に、襖を叩く音がした。シロナだろうか?

 

「は~い。いま開けま―――――――」

 

「失礼するぞ、小僧」

 

「のあっ!?ジョシュアさん!?」

 

 襖を開けると、ジョシュアさんが目の前にいた。

 俺の横を通り過ぎ、ドカッと畳の上に座る。

 えっと、俺に何か用なのだろうか?

 

「えっと、何か俺に用でも?」

 

「用があるから来たのだ。そんな事も分からんのか?察しの悪い小僧だな」

 

 いちいちムカつくなこの人は。

 まぁ、察しが悪いのは否定できないから仕方ないのだが、そこまで邪険されると流石にこっちまで気分が悪くなってくる。

 

「座れ、小僧」

 

「小僧じゃない。俺には織斑一夏って名前が」

 

「座れと言ってるのが聞こえないのか小僧? 跪け」

 

「っ!?」

 

 思わず俺は身構えた。

 一瞬だけだが、心臓を握りしめられた様な感覚に襲われる。

 ジョシュアから送られてくる威圧感と殺気によるものだろう。

 

 

 夕食の時やその前の時よりも、重かった。

 俺は若干驚きもあったが、冷や汗を流し黙って従った。

 これ以上変に突かっかかるだけ無駄だと判断したからである。

 しかし、だからと言って気を緩めるわけじゃない。

 

 

 今にも襲い掛かってきそうなオーラが漂っている。

 下手に気を緩めれば一撃入れられてしまうだろう。

 そう思っていた……………しかし―――――――――

 

「これでもビビって逃げない辺り、『世界最強』を背負うだけはあるようだな。とりあえず楽にしやがれ。襲ったりしねぇよ」

 

「は、はぁ…………」

 

 ジョシュアさんからオーラが無くなり、楽にしろと言われた。

 いったい何の冗談なのかと思ったが、殺気と威圧感が感じられないあたり何もしてこないのだろう。とりあえず俺は少しだけ気を緩め、ジョシュアさんは懐から煙草を取り出し、火をつけて一服する。

 

「ふぅ………さて、織斑一夏。お前は、シロナの事をどう思っている?」

 

「白鳥先生のことですか?えっと、白鳥先生は――――――」

 

「長ったらしい建前や下手な嘘はつくなよ?俺が聞いてるのは、好きか嫌いか。その2択だけだ。」

 

「………好きです」

 

「ほぉ、どのくらいだ?シロナを惚れている誰よりも?世界一?星の数ほど?宇宙一?とか言うんじゃないだろうか?」

 

「俺は白鳥、いえ…………シロナを愛しています。世界一だとか星の数とかそんな陳腐な理屈じゃなく、―――――――心からあの人を愛しています」

 

 そう。理屈なんて要らない。

 好きになったのだから、くだらない理屈なんて並べたくない。

 シロナは他の誰よりも、俺にとって掛け替えのない女性なのだから。

 

「…………………そうか」

 

 そう言ってジョシュアさんは煙を吐いて、灰皿に煙草を置く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ジョシュアさんから会話が無かったため沈黙が続く。

 何時まで続くのかと思い始めたその時、重たい沈黙を破ったのはジョシュアさんからだった。

 

「シロナが家族や使用人の前以外で、あそこまで動揺したり赤面したり、喜んだりするのは正直初めてだった。それだけお前の事を心から気を許しているんだろうな」

 

「………………」

 

「シロナの美貌と白鳥家の財産、コネクションを狙う男なんぞ幾らでもいる。だからこそ、俺はシロナを変な男に嫁がせたくはなかった。だがお前は………………………ふんっ、多少はマシな面するじゃないか。安心したぞ」

 

「えっと………………ありがとうございます」

 

 正直、褒められるのは予想外だったので思わずどもった。

 あれだけ邪険してきたかと思えば、笑みを浮かべて友好的な態度で接してきている。

 流石に違和感あり過ぎて、裏があるんじゃないかと思ってしまったのは言うまでもない。

 

「もう一つ聞くが、お前はシロナのどこに惚れた?」

 

「全部ですかね。具体的に言えば、口が悪くて偉そうだけど何だかんだ言いながら優しいところや自分を磨き上げるためなら努力を惜しまないところ。それに――――――」

 

「あぁ、分かった分かった。もう分かった」

 

 いや、まだ前半の途中なんだけど。

 シロナの惚れた理由はまだまだこれからだったんだけどな。

 

「お前の目を見れば本気だって十分に分かった。お前なら、シロナを任せられるな」

 

「そこら辺の男とは違うんですよ、俺は。少なくともジョシュアさんよりはシロナを知ってるつもりですし、愛しているつもりですから」

 

「はっ。生意気言うじゃねぇか小僧。まぁ、精々泣かすんじゃねぇぞ小僧。泣かしたら……………………死後でもぶっ殺しに来るからな」

 

 そう言って部屋を出て行く。

 最後に不吉な言葉を残していったのだが、ジョシュアさんなら出来そうで怖いな。

 

 

 でも、態々部屋に来てシロナへの想いが本気なのか確かめに来たくらいだ。

 それだけシロナの事を愛しているのだろう。

 

「………………しかし、話すべきだろうか」

 

 俺は指にはめてある白鵠の待機状態である二つの指環を見つめる。

 この中には、シロナの最後の別れのメッセージが残されている。

 それに音楽プレイヤーも持ってきており、勿論この中はシロナの演奏と歌が録音されている。

 

 

 いま居るシロナは別人かもしれない。

 しかし、話すべきなんじゃないだろうかと思っている。

 例え俺の事を知らなくても、知ってほしいのだ。

 シロナとの出会い、日常、そして最後を。

 

『織斑君。シロナがお風呂に上がりましたが、いかかがなさいますか?』

 

「あ、いただきます!」

 

 とりあえず、風呂に入ろう。

 話すか話さないかを決めるにはまだまだ時間がある。

 それにしても、白鳥家の風呂か。

 こんな大きな屋敷だから、風呂も結構大きいのだろうなぁ。

 

 

 


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