鈍感な彼と自意識過剰な彼女の学園物語   作:沙希

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 臨海学校初日。空には多少雲が浮いているが晴天である。

 イヤホンから流れ出す美しい演奏が歌声とマッチしており、心が躍る。

 音楽プレイヤーから流れる音楽を聴いていると、数日前の一件を思い出してしまう。

 白鳥さんからの、不意打ちとも言えるマウス・トゥ・マウス。

 

 

 あの時は茫然としたけど後日振り返ると思わず朝から歓喜の叫び声を上げて、訓練に励んだのが数日前の事なのに記憶に新しい。

 しかし、それだけで喜んでいるわけにはいかない。キスされた次の日に白鳥さんから『あれはアクセサリーのお礼よ』と言われた。

 あの時の雰囲気からして、白鳥さんは俺に好意を持っているのではと思っていたのだがどうやらまだまだその意気に達していないらしい。

 10段階で言うなら、5、もっと欲張るとするなら6くらいだろうか?

 

(でも、半年で随分と進歩した気がする。まだまだ時間はあるし、これからも白鳥さんにアプローチしなくちゃな)

 

「一夏、なんだか楽しそうだね。そんなに臨海学校が楽しみなの?」

 

「え?あぁ、臨海学校か。まぁ、それなりに楽しみかな?」

 

 臨海学校は、まぁ海とか温泉とかが楽しみだな。

 白鳥さんが幽霊じゃなかったら、ぜひ二人きりで行きたい。

 勿論、混浴があるところがいいなぁ。

 

「嫁よ。何だか厭らしい妄想をしていないか?」

 

「い、いや、してないぞ!?なんだよ、厭らしいって」

 

「本当か?まぁ、それはいいのだが。さっきからイヤホンで何を聴いているんだ?まさか、盗聴――――――――」

 

「ラウラはいったい俺をどんな目で見てんだよ。音楽だよ、音楽」

 

「そう言えば、よくイヤホンを耳にしているのを見かけるけど、一夏はどんなジャンルの音楽を聴いてるの?」

 

「ジャンルは…………まぁ、聞いてみれば分かるかな」

 

 俺はイヤホンの電源を切り、音楽プレイヤーを皆に聞こえる様に流す。

 最近の音楽プレイヤーなので、イヤホン有無を両方行えるタイプだ。

 因みに白鳥さんに買ってあげたアクセサリーより安かったけど、3万はした。

 

「綺麗な歌声……………」

 

「素人だが、歌い手が凄いのが分かる…………」

 

「良い曲だろ?って、セシリア?どうしたんだそんな顔を青ざめて?」

 

「い、いい、一夏さん?この曲の伴奏をしているお方はだ、だだ、誰でしょうか?」

 

「なんだよ、そんな怯えたように。伴奏がどうかしたのか?」

 

「え、えっとその……………演奏の音色が幽霊の時の音色と被るので」

 

 あぁ、なるほど。

 セシリアは貴族だし、音楽にも秀でているから演奏者も分かるんだろうな。

 セシリアが思っている通り、演奏は白鳥さんで歌も白鳥さんがやっている。

 

 

 しっかし、いつ聴いても良い曲だよな。歌詞を聴いてみたけど、調べてみれば本当にこの世界に存在しない曲ばかり。

 白鳥さんの世界に、こんな綺麗な曲があるんだな。

 とりあえずセシリアには答え濁らせ、再び俺はイヤホンを耳に引掛ける。

 

(そういや、最近白鳥さんと会話してない)

 

 キスされたあの日から、全然会話していない。

 会話が出来ても、白鳥さんが時々心此処に有らずという状態だし。

 嫌われている訳ではないのは分かるけど、なんでだろうか。

 照れている、という訳でもない。なんだろうか、この違和感。

 

(『どうしたの、そんな顔をして』)

 

(『っ………………ビックリしたぁ。白鳥さん、急に現れないでくださいよ。しかも、屋根を通り抜けていきなり現れるとホラーですよ』)

 

(『ふふふ、ごめんなさい。ついついからかいたくてね。でも、あまり良い反応はしてなかったようだけれども』)

 

(『ずっと白鳥さんと居れば大体慣れますよ。もう耐性はついてます』)

 

(『あら、じゃあ貴方が泳いでる途中に白式を展開して太平洋まで飛ぼうかしら。きっと鮫が襲い掛かってくるでしょうね』)

 

(『ふぉぉい“!?それは絶対にやめてくださいよ!?』)

 

 絶対にISは展開出来ないようにされるだろうし、もし太平洋まで飛ばされたら鮫のエサとなるだろう。俺は鮫に生身で勝てる様な人間に出来上がっていないからな。

 てか、白鳥さん普通に話せるようになってるな。

 気のせいだったのだろうか?

 

(『臨海学校って、実際に学校行事としてあるものなのね』)

 

(『白鳥さんの世界では、そういうのは無かったんですか?』)

 

(『ある学校もあったけど、私の学校は無かった。正確には無くなったと言えばいいかしら。お蔭で私以外の生徒は文句をもらしてたわ』)

 

(『じゃあ、初めてなんですね』)

 

(『そうなるわね。でも、臨海学校とかって泊まり込みの遠足みたいなものでしょ?別段行けなくてもどうでも良かったわ』)

 

(『遠足って………まぁ、否定はできませんけど』)

 

 しかし、向かう先の旅館は結構有名な旅館だと聞いている。

 こんな豪華な遠足をタダで行けるんだから、自慢できるだろう。

 まぁ、自ら口にして自慢しようとするほど子供じゃないけれども。

 そんな事を考えていると、バスは旅館に到着するのであった。

 

 

 

 

 

 

 旅館の女将さんに挨拶をして、俺は自分の荷物を部屋に置いて更衣室へと向かう。

 因みに、俺の部屋はというと俺一人だと周りの女子生徒が押しかけてきそうだという理由により千冬姉と同室になった。まぁ、別に困る事は無いけども。

 

(『良かったじゃない。大好きな姉と同室よ?テンション上げていきなさい』)

 

(『白鳥さんは俺をシスコンだと認識しているようですけど、違いますからね?確かに千冬姉は大切な家族ですけど、違いますからね?』)

 

(『知っているかしら?そう言って大切とか異性としてじゃないけど好きとか言っている人間ほど疑われるのよ?』)

 

(『つまり俺はシスコンって言いたいんですね分かります』)

 

 まぁ、確かに言われてみるとそんな感じがするな。

 じゃあこの場合どう返せば疑われないのだろうか。

 嫌い、とは言えないし、仮に嫌いと言っても嫌よ嫌よも好きの内って返されるに違いない。あれ?八方塞がりじゃね?

 

(『よく見ると貴方の身体、結構筋肉が付いてるわね。お腹割れてるわ』)

 

(『あ、そう言えばそうですね。やっぱり白鳥さんの訓練方法のお蔭でしょうか』)

 

(『筋肉をつけすぎると身長が伸びにくくなるけど、大丈夫かしらその筋肉で』)

 

(『え?マジですか?』)

 

 だとしたら少し困ったな。

 俺の身長、172くらいだしもう少し、175以上180以下くらい欲しいな。

 でも、そうなると白鳥さんと並んで歩くとき補導されないだろうか。

 白鳥さんの身長、鈴より少し高いけど下手したら小中学―――――――――

 

「ぐふっ!?」

 

(『いま私の身長をネタにして小学生とか思ったでしょ?』)

 

(『し、白鳥さんの拳が水月にっ…………というか、なんでわかったんですか』)

 

(『女の勘よ』)

 

 万能ですね、女の勘って。

 というか、白鳥さんの勘だと○ュータイプの領域に行き届いているに違いない。

 

(『って、いま気づいたんですけど白鳥さん此処に居て大丈夫なんですか?』)

 

(『何がよ』)

 

(『俺、今から着替えるんですよ?』)

 

(『…………………………』)

 

(『…………………………』)

 

 長い沈黙。

 俺と白鳥さんの間に、長い沈黙が続いた。

 そして白鳥さんの頬が段々と赤くなり、こちらに背を向ける。

 

(『さ、さっさと着替えてきなさい』)

 

 そう言って白鳥さんは更衣室から出て行った。

 どうやらさっきまで気づいていなかったらしい。

 白鳥さんにしては、珍しい反応だった。

 とりあえず、これでようやく海水パンツに履き替えることが出来るな。

 

 

 

 

 

 若干居てほしかったのは、一応内緒だけど。

 

 

 

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(『海はもう嫌である』)

 

 隣の織斑が、疲れた表情でそう呟いた。

 夕食の時間帯になると織斑を含む生徒全員は広間に集まる事になり、夕食を摂る。

 そしていま、夕食を食べ終えたので部屋に戻っている途中なのだ。

 

 

 因みに、この旅館の夕食は私から見ても普通に豪勢だったし美味しそうだった。

 そういえば物がつかめるんだし、食べる事も出来るんじゃないだろうか?

 だとすれば惜しい事をした。

 

(『まぁ、あれよ。良かったじゃない。一応、役得だったんだし』)

 

(『やく、とく?』)

 

 なによその有り得ないものを見たような眼は?

 ドリルの裸を見たんだから、男にとっては役得なんじゃないの?

 まぁ、その後ドリルからビンタされたわけなんだけど。

 あれは邪魔したツインが悪いのにねぇ。

 

(『これからは男友達を含めて海に行くようにしましょう。もうあんなイベントには遭遇したくないのでござるよ』)

 

(『口調が変わるほど嫌だったのね。もう過ぎたことなんだし、忘れなさい。せっかく美味しい食事を摂ったんだから。あと、この旅館の温泉って露天風呂なんでしょ?満喫して忘れなさい』)

 

(『まぁ、そうですけども。それよりも、女子が上がったら直ぐに風呂に行きますけど、その間白鳥さんは何してます?』)

 

(『そうね……………部屋に居ても、あの独身女くらいしかいなくてつまらないし、旅館の周りを見て回ろうかしら』)

 

(『……………因みに独身女って、千冬姉の事ですか?』)

 

(『それ以外何がいるってのよ?』)

 

(『絶対に千冬姉に言わない方がいいと思います。たぶん、旅館が潰れますから』)

 

 それは建物の事なのだろうか?

 それとも営業停止という意味でだろうか?

 まぁ、別にそんな事はしないけど。

 

(『あ、そういえば………………』)

 

(『どうかしたの?』)

 

(『いえ、ただ…………部屋にテレビがあるんですし、剣術のDVDを持ってくれば良かったなぁと思って…………』)

 

(『あら、殊勝な心掛けじゃない』)

 

(『いまだ技が一つですからね。あと二つくらい今月までに作りたいと』)

 

 流石にそんなに急がなくてもいいのに。

 前に見せてくれた技なんて十分すぎるくらいだったのに。

 まぁ、それくらい欲張るのも悪くないわね。

 私の影響、なのかしら?

 

(『女子があがるまで暇ですねぇ……………』)

 

(『ジェンガでもやってみればいいじゃない』)

 

(『一人ジェンガとか、どんだけ寂しい人間ですか』)

 

(『まぁ、暇なら外に出て素振りというのもあるわよ?』)

 

(『あ、それいいですね。でも、木刀ないですし』)

 

(『雪片を振ればいいじゃない』)

 

(『後で怒られそうな気がしますけど、まぁ部分展開ですし大丈夫、なのかな?とりあえず、千冬姉にでも聞いてみますね』)

 

 そう言って織斑はUターンして姉のいる広間へと向かった。

 残された私は、一人で部屋へと戻り、置かれている椅子に座る。

 

(……………)

 

 窓の外にから暗く、深淵とも言える暗い海を見つめる。

 特に面白味もなく、絵を描くにしても暗い色ばかりを使うだけで描ける。

 日差しが明るい時、もしくは夕暮れ時ならこの場所から見える海岸は良い構図だ。

 しかも、この部屋から眺めると良い眺めだ。

 しかし、今の私に描けるだろうか?

 

(……そもそも、私は前まで何を描いていたのかしら?何を歌っていたのかしら?)

 

 たった数日、1,2か月前の出来事も思い出せない。

 最初に織斑に演奏した音楽は覚えている。

 最初に何を描きたかったのかも覚えている。

 しかし、それ以降私は何を描き、何を演奏したのだろうか。

 

(………………指が)

 

『いやぁ、良かったね露天風呂!』

 

『朝も入れるかな?』

 

『みんなで織斑君のいるとこに行かない?』

 

『無理だって。織斑君は織斑先生と同室なんだよ?絶対に怒られそうだよ』

 

 そんな事を考えていたら、少し遠くの部屋から女子生徒の声がする。

 どうやら風呂上りだろう。

 時間を見れば、織斑もそろそろ戻ってくる時間である。

 しかし、だからといって私の暇が解消されるわけではない。

 

(外に行こうかしら)

 

 どうせ何も無いにしろ、やる事がないのだ。

 暗い海を眺めたり、深海を見るのもいいかもしれない。

 それなら暇も潰せるだろう。

 

 

 


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