(『物凄く最悪な夢を見たわ』)
(『最悪、ですか?』)
(『正しく悪夢だったわ。この世界に来た時以外で私はこれまでずっと安眠できるくらい充実していたのに、まさか昨日今まで以上に無いくらいの悪夢を見たものだわ』)
6月頭、日曜日。
俺は久々にIS学園外に出ていた。
外出許可を申請するのが少し面倒だったけど、白鳥さんとのデートの為なのだが仕方がない。しかし、本命の白鳥さんの機嫌がかなり悪かった。
(『いったいどんな夢を見たんですか?』)
(『そうね。貴方が精神的に死ぬけどそれでいいかしら?』)
(『…………………と、とりあえず聞きます』)
(『はぁ……………私と貴方が手を握って仲良しカップルみたいに町でデートしていた夢なのよ。まさに悪夢よ』)
(『そ、それのどこが悪夢なんですか?』)
(『悪夢よ。どうして私が貴方なんかと仲良く手を繋いで街を歩かなきゃならないのかしら?人に見られると思うと恥ずかしくて貴方をマンホールにぶち込んで、バス停を落としてやりたいくらいよ。夢だったら良かったものの、現実だったら絶対に死にたいわ。物理的に死ねないけど。って、なに泣いてんのよ織斑君』)
そ、そこまで好感度が低いとは思ってもみなかった。
大体知人、もしくは認め合った仲だから少し深い関係なのかと思っていたのだが白鳥さんにとっての俺への好感度は10段階から2番目くらいの位置だろう。
こっちは白鳥さんに対しての好感度はほぼMaxなのに、最底辺から2番目くらいだと泣けてくる。
織斑君と呼ばれて2なら、名前で呼ばれるのは8以上か?
ヤバい。遠すぎて更に泣けてくる………………。
(『それよりも織斑君。これからどこに行くつもりなの?私まで連れ出して、態々貴重な休みを無駄に過ごすなんて言わないでしょうね?』)
(『そ、そんなんじゃありません!俺は白鳥さんの希望を叶えるために誘ったんですから!』)
(『は?』)
(『前に白鳥さん、散歩がしたいって言ってたじゃないですか。だから、今日一日は白鳥さんと散歩ついでに街を見て回ろうと思って』)
(『また随分前の事を持ち出すわね』)
(『いえ、前と言っても数日前ですよ?』)
(『私にとって昔は分単位以降から昔なのよ。……………それにしても、散歩ね。まぁ、学園全て、もしくはこのあたりを散歩したかったのは事実ね。脳細胞が死滅している貴方にしては良い記憶力よ』)
(『白鳥さんのお蔭で、最近勉強も捗ってきてますからね』)
お蔭で今までの月末のテストは全て90点台を取る事が出来たからな。
学年で1位はセシリアだったけど、10位以内に入れたぜ。
これも全て、白鳥さんのお蔭だ。
って、今はそういう事を考えている場合じゃねぇよ!
今日は白鳥さんとのデートの日だろうが!本人には言ってないけども!
(『散歩したいのは事実だけど、私は一人で散歩したかったのだけれど?なんで貴方と並んで散歩しなくちゃならないのよ。帰るわ』)
(『ま、待ってください!せっかく外出申請だしたのにそれはないでしょ!?』)
(『知った事じゃないないわよ。それに私、幽霊だから出入りは自由だし』)
(『うわセコッ!そういう処セコッ!って、待ってくださいお願いします!そんなに俺と一緒が嫌なんですか!?』)
(『嫌よ』)
断言された、悲しい。
しかし、ここで引いては男ではない。携帯で人に何をしたら喜ぶのか、何をプレゼントした方がいいか、どんな店に行くべきなのかも調べた。
幸い服は制服だが、仕方がない。
まさか好きな人が出来るなんて俺でも予想してなかったのだから。
安っぽい服を着て、白鳥さんとデートなんて出来ない。
(『案内したいんです!美味しい料理の店を紹介しますから!』)
(『私、別に栄養摂らなくても生きていけるんだけど?』)
(『げ、ゲームセンターとかにも案内します!』)
(『私、煩い場所は嫌いなのよね。あと幽霊だから何も出来ないわよ』)
(『中学の時の友人を紹介します!』)
(『生憎、貴方以外見えないでしょうね』)
(『ウインドショッピングをしましょう!』)
(『私が使えないものを見ても意味ないじゃないの』)
(『この町に足湯があります!』)
(『霊体の私に足湯も糞も無いわよ』)
ぐぬぬぬっ、どうも全て看破されてしまう。
このままじゃ白鳥さんがマジで帰ってしまう!
何かないか!?白鳥さんが興味を引くような場所は!?
(『もういいかしら?さっさと帰りたいのだけれど』)
(『ちょ、ちょっと待ってください!…………………そうだ!景色が良い場所とかどうです?』)
(『景色が良い場所?』)
(『はい!とっておきの場所があるんですよ!』)
俺がお勧めする絶景スポットだが、正直、これで来てくれるほど白鳥さんは甘くないだろう。あと、絶景スポットと言ったが決して漫画みたいに女の人の裸を覗ける場所じゃないからな?
(『絶景、ね………………』)
白鳥さんは顎に手を当てて呟く。
やっぱり、ダメか?
(『なら、案内を頼めるかしら?』)
(『え!?』)
(『何を驚いているのよ。案内しなさいって言っているのよ。まさか、嘘ついたんじゃないでしょうね?』)
(『い、いえ、違いますよ!ただ…………まさか答えてくれるとは思ってもみなかったので。また断られるんじゃないかと』)
(『そう思うのは勝手だけど、とりあえず行きましょう。時間は有限なんだから』)
(『そ、そうですね!』)
な、何とか引き止める事には成功した。
しかし、これからが問題である。
本当なら、ショッピングモールとか街や住宅街を散歩するはずだったのだが、まさかこうも予定が狂うとは思ってもみなかった。
意外にも白鳥さんが絶景スポットに興味を引いたため、正直何をしてあげればいいのか分からない。
で、でも!
だからと言って引き返すわけにもいかないし、今更別の場所へ行きましょうなんて言えるわけがない。
男なら、好きな女の人の望みを叶えてやれるくらいの器の広さがないとな。うん。
歩いて10分、電車で5分、そしてまた歩いて数分と言った場所の公園だった。
公園の道のり坂を上らなければならない所なのだが、普段から白鳥さんのメニューを熟している為か別段疲れもしなかったし汗も流さなかった。
そして俺は白鳥さんを、お勧めスポットのある公園へ辿り着く。
(『ここですよ』)
(『………………………』)
公園の柵の向こうにある花畑を指し、白鳥さんは花畑に視線を向ける。
少し目を見開き、すぅっと細めてジッと花畑を見つめていた。
うわぁ、なんかスゲェ絵になるな。横から見ると、誰かを待ち焦がれている人、もしくは花を見て悲しい過去を思い出している人って感じで、少しは儚げなのが良い感じに栄える。
っと、そんな事を考えている暇はない。
(『どうです?綺麗でしょ?高校の受験の時に散歩して偶然見つけたんですよ。それ以来、勉強休みは此処に来て癒されるのが日課になってて。咲いている花は、全然知らないんですけど、管理人に頼んで一輪くらい取って来て(『曼珠沙華よ』) え?』)
(『曼珠沙華。別名、彼岸花とも呼ばれているわ。毒性があるから、死体を埋葬する時に一緒に入れて虫除けと動物除けとして主に使われる物なのよ』)
(『へぇ、詳しいんですね。あ、じゃあ花言葉とか知ってたりします?博識な白鳥さんですし、それくらい分かりますよね?』)
(『えぇ、勿論よ。まぁ、良い意味が少ない花なんだけどね』)
(『へ?』)
(『曼珠沙華は「独立」「再会」「あきらめ」「悲しい思い出」なんてのが私が知る限りの花言葉だったわね。良かったわね、織斑君。これでまた一つ知識が増えたわよ。精々気になる女にこの花をプレゼントしない様に気を付ける事ね』)
(『は、はい。そうします………………』)
(『因みに言っておくけど、『死人花(しびとばな)』、『地獄花(じごくばな)』、『幽霊花(ゆうれいばな)』、『剃刀花(かみそりばな)』、『狐花(きつねばな)』、『捨子花(すてごばな)』なんて異名があってね。昔の日本では忌み嫌われてたそうよ。学名ではリコリスなんて言われているけど、可愛い名前なのにえげつない意味よね』)
良かったっ!本当に良かったっ!
最後まで取ってくるなんて言わなくてよかった!
もし白鳥さんの説明を聞かないまま花を取ってプレゼントなんてしたら確実に嫌われちまうところだった。
あぶねぇ。あの花にそんな意味があったなんて知らなかったなぁ。
(『絶景スポットが、まさか墓場同然のスポットに案内されるとは思ってもみなかったわ。中々のギャグセンスの持ち主ね、織斑君』)
(『いや、別にギャグのつもりじゃありませんから!実際、白鳥さんが説明するまで全然知らなかったし…………………』)
(『まぁ、綺麗だと思ったのは私も同じよ。それに、曼珠沙華だけが咲いているわけではないしね。向こうに雪中花、アジサイ、カルミア。この畑の管理人は白い花が好みの様ね』)
そう言って両手の親指と人差し指をくっ付けて長方形を作り、指で出来た長方形の空白を覗き込む白鳥さん。霊体であるため逆さまになったり、柵を越えたり、あらゆる態勢で空白を覗き込んでいる。
(『そのポーズって、カメラマンとかが良くやってるけど、白鳥さんってもしかしてカメラマンだったとかですか?』)」
(『これがカメラマンだけするとは限らないわよ。画家がこんな風に物体や景色に向かってやっているところ、見たことないかしら?』)
(『あぁ、そう言えば中学の時に美術の授業でやってる子が居ましたねぇ。へぇ、絵を描いてたんですか?』)
(『大学からだけどね。でも、1年もしないうちに直ぐやめたんだけど』)
(『え?なんでですか?白鳥さんならなんでも熟せるでしょうし、それに途中でやめたりなんて………………』)
(『色々あるのよ。それとも、『才能のない人間が天賦の才を持つ人間を嫉む』、なんて言えば話が通じるかしら?』)
(『………………なんとなく察しました』)
(『そう。それならいいわ』)
そう言って白鳥さんは再び花畑に視線を向ける。
才能が無い人が、天賦の才を持つ人を嫉むか。
なら、白鳥さんはかなり多くの人から嫉まれたんだろうなぁ。
頭も良いし、運動神経が良いのか知らないが本人はスカウトされそうだったと言うくらい凄い運動神経だったのだろう。
それでいて美少女なのだから、女でない俺でも簡単に女子が嫉む光景が思い描かれる。そして男女だろうが年上だろうが関係なさそうな口調とまである。
うわぁ、それだと男女関係なく敵を作ってただろうなぁ。
(でも、それでいて自分の意見、考え、意地を覆さない所が凄いよな。普通、敵を作らない事を考えるのに、白鳥さんは真正面から受け止めているんだし)
でも、一人でこれまで背負い込んできたに違いない。
あの小さな体で、どれほどの視線や嫌味を受けてきたのだろうか。
想像するだけで、ゾッとしてしまう。
(『白ばかりで面白味が無いわね。アジサイが雨で濡れ落ち始めた薄紫みたいな色をして、カルミアが少し桃色だったら。まぁ、風景と同じにしないのも一つの手だし……』)
…………………でも、いま彼女が楽しそうにしている姿を見て、考えるのをやめた。
せっかく白鳥さんが楽しそうなのに、俺が暗くなってどうするんだよって話だ。
折角デートに誘えたんだし、もう少し楽しまないとな。
(『白鳥さん。もし絵が描きたいなら、画材を揃えましょうか?』)
(『は?なんでそうなるわけよ。私は実体あるものは触れられないのよ?』)
(『じゃあ、触れられる様に頑張って考えましょうよ。幽霊って、決して透けていて触れられないって訳じゃないってネットで書いてありましたし』)
(『それは妖怪や悪魔であって、私は霊魂みたいなものよ。それに、別に私は物に触れられなくても何一つ不便だと感じたことはないわ。だから余計なお節介よ』)
(『で、でも、少しくらい可能性があった方が―――――――』)
(『私は余計なお節介と言ったのよ。それ以上続けるなら、ずっとあなたに口をきいてあげないから』)
(『それは嫌だ!……………………でも』)
それでも、白鳥さんの手を触れてみたいんだ。
建前を作ってお願いしたけど、本当は白鳥さんに触れたいんだ。
手を繋いで、一緒の歩幅で歩いて、一緒にご飯を食べて…………色々、白鳥さんと感じていたいんだ。
でも、本人は別に実体化することを望んでいる訳でもないし、このまま押し付けてもまた余計なお節介だと言われ、一生口をきいてもらえなくなる。
はぁ……………………諦めるべきなのだろうか。
まぁ、常に一緒にいるという事実があるんだし、それでも十分なほどなのだろう。
男なら諦めも肝心―――――――――――――
(『………まぁ、せっかくそこまで言っているんだし、考えてあげなくもないわよ』)
(『え!?本当ですか!?』)
(『あくまで『考える』よ。考える事なら別に片手間でも出来るんだしね』)
そう言って少し頬を赤くさせ、そっぽを向く白鳥さん。
や、やったぁあああああああああああああああああああ!!
反応は少しいまいちだけど、それでもいい!
考えてくれるだけでも、少しは希望があって嬉しいぜ。
それに白鳥さんの照れた顔も見ることが出来たし、今日は本当にデートに誘って良かったぜ!
(『白鳥さん。暇な時にまた此処に来ましょう』)
(『そうね。本当に暇な時にでも来ようかしら。もちろん一人でだけど』)
(『俺もお供しますんで!』)
(『結構よ。こういう景色は一人で眺めるのが落ち着くから』)
(『別に良いじゃないですか。あ、もしかして俺と一緒だと恥ずかしいとか』)
(『ぶち殺すぞヒューマン』)
(『………………………………』)
そんなこんなで、今日は楽しい?休日を過ごす事が出来た。
小さい一歩だけれども、白鳥さんが喜んでくれていたので大きな一歩だった。