境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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冒頭の話は、未来ちゃん除いた文芸部員たちのビギンズナイトで、アニメエピゼロと原作三巻序章を掛け合わせた仕様。

そんでやっぱりここでも度を越したシスコンなのは草加並にブレない博臣なのでした。


第五話 ‐ 孤独の理由

 宵闇に支配された森、その日の夜の月は完全に身を隠し、仮に照らしていたとしても、木々の枝場は月光を遮り地上に届かせるのを許さなかった。

 常人の目では慣れても視界を確保しにくい世界の中を、無我夢中でひたすら走り抜ける人影――少年が一人。

 余りに速く走ることに意識が向き過ぎ、何かに引っかかって転倒してしまう。

 

「人語を話せるくせに、逃げる以外に能がないのか?」

 

 もう一人の少年の……侮蔑が露わとなっている声。

 

「恨むなら悪運を呪うんだな、妖夢」

 

 逃亡者の方の少年は、倒れたまま振り返り、後ずさった。

 

「や…め…ろ」

 

 追跡者の少年は、追われる側な相手を見下ろす。

 瞳は明らかに、人を見る目ではない。文字通り〝虫けら〟を見る目つきだ。

 

「兄貴!」

 

 その追跡者の後を着いて来ていたらしき少女も現れる。

 

「美月、近づくなと言っただろ」

「そう言われて大人しく引っ込むと思う?」

 

 状況から踏まえれば呑気としか思えない、兄妹の言葉による小競り合い。

 

「もう……手遅れ……だ」

「戯言はもう飽きた……直ぐに――」

 

 兄の方の追跡者は、最初逃亡者の言葉を妄言だと一蹴し、直ぐ様そう解釈しやのは間違いだったと気付いて顔を歪ませた。

 逃亡者の全身から、闇よろ黒い瘴気が漏れ出したかと思うと……彼の肉体が禍々しいケダモノ――妖夢へと巨大化、変貌して行く。

 人間だった姿はそこにはなく、猛毒を帯びた瘴気が奴の周囲を漂っている。

 鋭く伸びた爪が、兄妹の身体(にく)を裂こうとする。

 

「美月!」

 

 兄はその身を以て盾となり、彼の背中は爪の一撃で切り裂かれた。

 

「お―――お兄ちゃん!」

 

 袈裟がけ上に斬られた背の傷口から、血が痛ましく溢れだす。

 それでも致命傷にならなかったのは、彼の……というより彼らの〝異能〟である青い半透明の壁が、威力を軽減させてくれたからだ。

 しかし、もう次はそうはいかない。二撃目は確実に、二人を死に至らしめる。

 妖夢の口内から大量の瘴気が溜められている、奴はそれを吐き出して彼らを殺すつもりだ。

 一度首をのけ反らせ、猛毒を放とうとしたその時―――

 

「なっ!」

「え?」

 

 青白い光の奔流が奴の胸部に命中し、衝撃で巨体は大きく吹き飛ばされた。

 原子炉のチェレンコフ光にとてもよく似た……〝熱線〟、その〝飛び道具〟が誰の仕業によるものか思案もできぬまま、兄妹は大地の震えを知覚する。

 最初は地震と勘違いした……が、轟音と一緒に短い揺れが繰り返し起こる現象に、それは地球が起こす揺れでなく、巨大な〝物体〟の歩行で鳴らされているものだと把握した。

 振動と足音はどんどん大きくなり、重低音な獣の唸り声まで耳に入る。その主がこちらに近づいているのを意味していた。

 

「お兄ちゃん………見て」

 

 二人は背後へよく目を凝らして、主の正体を見た。

 あの巨大化した妖夢の瘴気よりも漆黒で、図太い四本の白い爪が生えた足、ゆっくりと目線を上で移動させて行くと、先の熱線と同じ色をした瞳を宿す……〝怪獣〟の顔を目の当たりにした。

 

「ガァァァァァァァァァオォォォォォォォォォォーーン!!」

 

 怪獣は眼前の兄妹を見向きもせず……自身が先程放った熱線の洗礼を受けた〝妖夢〟に敵意を突きつけながら、二列の牙を生やす口を大きく開かせ………身体の芯まではおろか、天地さえ震撼させる咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 雀が景気よく鳴く朝、名瀬博臣は目を覚ました。

 さっきまでの夢は、彼が三年前に体験した過去だ。

 

「全く……こんな気持ちいい朝の日に、アッキーとたっくんの夢を見るなんてな」

 

 と、本日の夜明けに似合わぬ夢をみた己を嗤う。

 この目で〝本物の怪獣王〟を間近で拝んだ瞬間は、今でも鮮明に脳内のスクリーンで再生できる。

 正直に打ち明ければ、あの時の自分は、全高二十メートルほどしかなかった〝彼〟を前に、完全に心が屈していた。

〝破壊神〟という異名や、〝GODZILLA〟という英名を付けられるのも至極納得な荒ぶる〝神性〟が、あの黒い巨体には持ち合せていた。

 悪夢といっても良い経験な……一方で彼には感謝もしている。

 結果的(それは彼にとってはある意味いつものこと)に、命を助けてもらったし、あの巨体と戦いぶりを焼きつけられたことで、完膚なきまで破壊させてもらったのだ………自らの内に巣食っていた……〝驕り〟と〝増長″を。

 同時に、もっと〝強くなろう〟する、向上心も齎してくれた。

 人間に転生しても、人間の〝負〟の鼻っ柱を叩き折る彼の性質は、衰えることなく健在なのである。

 

「さて、我が妹(めがみ)のあどけない寝顔を見る前にシャワーっと」

 

 当人は勿論、ゴジラですらドン引きする妹愛を堂々と独白して、屋敷内の浴場へと向かう博臣。

 廊下を歩きながら、ふと考えた。

 三年前に会ってから現在まで、たっくんとは何度も共闘し、ゴジラの雄姿を幾度も目にしてきたけど……微妙に映画での彼と違う点がある。

 ファンの間では〝VSシリーズ〟と呼ばれる90年代に公開された作品群の世界生まれで、外見もそのシリーズのゴジラ寄りなのだが、独自の特徴もあった。

 一つは筋肉質と表せるふとましさに重々しさと引き締まった感が同居した体格、これは今後発売予定のPS3ゲームの彼に近い。

 二つ目は目、色はチェレンコフ光そっくりで鮮やかな水色、人間体の時でも感情が昂ぶり〝ゴジラ〟の本能が表出するとその目になる。

 三つ目は鳴き声、初代とVSシリーズ前期と2000年代の作品のが入り混じっていた。

 四つ目は、首に三対ある鰓、映画に使われる着ぐるみたちには、そんな特徴は無かった。

 ひょっとすると、未来人にベーリング海へタイムトラベルされ、核廃棄物で変異していく際、海中に長時間いたことで初代の設定である海生爬虫類と陸上獣類の中間生物に進化した賜物かもしれない。

 どうもゴジラには、生命の神秘(ベール)も教えてくれる一面もあるようだなと、考えに耽る博臣の首には、〝美月〟の全身絵が描かれたバスタオルが掛けられていた。

 どんな時でもシスコンな面は絶対にブレない、それが名瀬博臣である。

 

 

 

 

 

 せっかくの休日な土曜……だけれど僕たち文芸部は本日も選考作業に追われる運命である。

 先に澤海が来ていると顧問のニノさんから聞き、職員室から部室に着いてドアを開けると………静かに寝息を立てた彼が座り寝をしているのを見た。

 朝が弱い澤海――今のゴジラならではの一面。こうして安らかに寝顔を見せられるのは、自分の経験上でも良いことだとはっきり言える。

 美月も来るまで(博臣は端から期待してない)、もう暫く寝かしとこうと、ゆっくりドアを閉め終えた瞬間。

 

『gyaaaaaaaa――――oh―――――!!!』

 

 部室内に、獣のらしき叫び声が響いた。

 余りの音のでかさに耳を塞ぐ。鳴き声は、机の上に置かれた澤海のスマートフォンから……つまり正体はアラーム機能なわけだった。

 

「ふあぁ~~~」

 

 それをセットした澤海は目を覚まし、やかましく鳴くスマホの画面をタッチして鳴り止ませる。

 

「ようアキ」

 

 アンニュイな様子で僕に挨拶をしてきた。

 

「ようじゃない! 今のアラームは何だ!?」

「何って……同族(なかま)の鳴き声だ、朝起きるには打ってつけでさ」

「つまり………ゴジラのってこと?」

 

 頷いて肯定を示す澤海。

 

「今の聞いたことないぞ」

「あ……こいつは今年初めてハリウッドリメイクされる方のゴジラだ、予告見てないのか?」

「いや~~ネタばれが怖いから余り見ないもので―――」

 

 ん?待てよ? 僕の記憶が正しければ、今の澤海の発言には誤りがある。

 

「待てぇ……確かハリウッド版は今年ので二度目だろ? 98年のを知らないとは言わせない―――」

「あんなの〝ゴジラ〟と呼べねえ」

 

 澤海はそう答えた。彼の迷いの欠片のなさに絶句する。

 確かに……1998年に公開されたハリウッド版は、日本はおろか海外のファンにまで評判が悪く、怪獣映画の企画は通りにくくなり、それ以降に作られた本家ゴジラ映画でも故意に皮肉った場面が度々見られる始末。

 せっかく本家とのバトルが実現した現行最終作ではほんとに〝瞬殺〟され、劇中のボスキャラから『マグロ喰ってる奴はダメだな』と言われ、それを見たファンからは拍手喝采されたという。

 こんなに悪評がある原因は、なにせトカゲというかイグアナと、当時の学説準拠の肉食恐竜を組み合わせた、本家の面影はほとんどないデザインの他。

 自力では熱線どころか火すら吐けない。

 リニアモーターカーに匹敵するそんな馬鹿なスピードで走りまくり。

 しまいには、本家たちにはへっちゃらなミサイルで死ぬあんまりな末路を迎えた。

 これらの要素のせいで、ヒットはしたけど内容ド不評な〝典型〟の烙印を押され、ちゃっかりその年の最低映画賞のラジー賞を受賞してしまった。

 いわゆるエメゴジ(トラゴジ)は現在、〝GODZILLA〟からGODを抜いて、〝ZILLA〟って名称が半ば公称となっていた。

 擁護しとけば、エメゴジは劇中の人間よりも頭使ってアメリカ軍を翻弄するし、作品そのものの出来もポップコーンを食べつつツッコミながら見る分には面白いとの声がある。

 

「別に〝ジラ〟を貶したいわけじゃない、元々リド○ウルスのリメイクだったあいつには、〝ゴジラ〟の名が重すぎたんだ」

「え? そうだったの?」

「ああ……あいつとレ○ー・ハウゼンはな、金儲けって〝妖夢〟に取りつかれちまった野郎どもの被害者なんだよ」

 

 心底不快そうに吐き捨てた澤海の話によると、どうも実際は一作目の前年に公開された〝原○怪獣現る〟って映画のリメイクだったのだが、スタッフの悪知恵が働いて、そっちの方がお金と客が入るから〝ゴジラ〟のリメイクになったと……最近制作に携わったプロデューサーが暴露したらしい。

 これじゃ澤海が彼を〝被害者〟と表したくもなる。本家へのリスペクトは……あったと信じたいが、不運にもスタッフの姿勢が悉く裏目に出た結果〝ジラ〟は不幸にも〝ゴジラ〟の重圧を背負うことになってしまったのだから。

 

「アニメで挽回できたのがせめてもの救いだ」

 

 幸いなのは、続編のアニメにてジラから生まれた子が、見た目は親譲りでもタフで熱線吐く〝ゴジラ〟であったことだろう。

 まあ一番の幸いは、澤海の逆麟にギリ触れずに済んだことだ。

 下手すれば制作会社はおろか、ロサンゼルスごと焦土にしていた可能性も捨てきれない。

 監督らスタッフは、まだ自分が生きていることを感謝すべきだ。

 ちなみに今年公開される〝二度目の正直〟の方のリメイク版を当のゴジラたる澤海がどう思っているかは………鳴き声をスマホのアラームにしている時点でお分かり頂けただろうから、割愛する。

 ハリウッド版ゴジラの話題はこの辺でしめよう。

 

「ミツキのメールによると、今日はヒロも来るとさ」

「そいつは珍しい……」

「だろ?」

「だなぁ……でもそうなると……〝アレ〟が」

「嫌なら絶対あいつに背中見せるなよ」

「博臣がやりそうになった時は、ぶん殴ってくれないか?」

「そんぐらい自分でどうにかしろ」

「ケチぃ、ノートを移させといて薄情だ」

「趣味に没頭し過ぎてよく勉学サボるのはどこの誰でしたっけ?」

「うぐぅ……」

 

 あえなくゴジラに論破された。確かに僕はノート移し等の強制力がないと眼鏡への情熱で度々勉強がおろそかになり、澤海は仕事疲れで居眠りこそすれど、その辺はきっちりちゃんとしているからだ。

 僕らの話はこの辺にして、分岐前に話題になっていた人物の名は名瀬博臣、美月の兄にして、確かな実力を持った名瀬家の異界士だ。

 彼について僕から言えることは……ない。

 気になっても聞かないでほしい、絶対後悔するから。

 

「二人が来る前に始めとく?」

「異論はない、やっとこうぜ」

 

 横スライド式金属製本棚から、未読の『芝姫』を複数冊取り出して、作業を再開させる。

 

「アキ、独り言として流してもいいから聞いてくれ」

「何?」

「栗山未来がお前に付き纏ってたわけは、聞いたか?」

「あ~~一応………〝単純接触の原理〟………と言われたよ」

「そいつは……災難だったな」

 

 ぽろぽろと僕の瞳から涙が流れ出る。

 単純接触の原理。心理学用語で、初見時の第一印象は悪くとも、繰り返し接すると好感度が高まるというもの………平たく言えばツンデレの原理。

 つまり彼女は、自ら殺そうとした相手でその原理を証明しようとしたのだ。

 百歩譲ってその試みは認めよう……でもそれなら普通に接してほしかった! 襲いかかる必要性など全くないじゃないか! 故意に精神を追い詰める同級生たちと、無意識に肉体を傷つけようとする後輩君との組み合わせとかマジ誰得なんだ!? 生まれるのは僕と言う被害者だけだ!

 

「人の良さそうな見てくれが仇になったなアキ……だから俺にはノーマークだったのか、すっきりした」

 

 そうなのだ……栗山さんが澤海に手を出さず、僕にばかりちょっかい掛けたのは、つまるところ脅威度の差。

 彼女を救うべく、なけなしの勇気で怪獣王のお怒りを静めてあげたのに、どうしてあんな仕打ちを受けなきゃならないのか。

 

「ほんと世の中無情だ! 間違ってる!」

 

 嘆きが極まるあまり、天に向かって吠えるゴジラの如く、思わず立ち上がったと同時に心情(パッション)が口から天井に向け迸らせていた。

 

「でもそいつから、ちゃんと詫びももらったんだろ?」

「ま……まあね」

 

 とはいえ、栗山さんも罪悪感はちゃんと抱いていたようで、昨夜校舎の戦いの後、夕飯を奢ってくれた。

 店の指定は僕の一存に委ねるということで、好物のオムライスの専門店〝オムの木〟で御馳走してもらい……ちゃんと謝罪の言葉も受け取った。

 

「めでたく解決したのに、何だ? その顔」

 

 僕が浮かない顔をする理由を、澤海は問うてくる。

 

「実は……せっかくだと思って、文芸部(うち)に入ってみないかって、誘ったんだけど」

「自分(てめえ)を殺そうとした奴を勧誘するなんて、ほんと物好きだな、お前」

「そこは僕も認めるよ………でも」

「でも?」

 

 僕からの勧誘に対し、彼女は断り、続けてこう答えたのだ。

 

〝もう私には関わらないで下さい………私は、先輩たちのように暮らしたいとは思いません…………先輩達みたいに、みんなと楽しく生きていく資格なんて……私には無いんです〟

〝どうして?〟

 

 と、問いかけても、彼女は〝答えたくない〟って意志以外には、一切教えてくれなかった。

 

「澤海はどう思う?」

「さてな……直接聞いてねえんだから、どうとも言えねえよ」

「だよね……」

「ただ――」

「ただ?」

「例えて言うなら………〝俺がチビスケに手を掛けた〟―――なんてこと、あの子は経験したのかもしれねえな」

 

 澤海の言う〝チビスケ〟は、前世の彼が実の子同然に育ててきた……〝ゴジラザウルス〟の子ども。

 実際に彼がその子を殺したわけじゃない、けど澤海が比喩表現で〝我が子〟を使ったことから意味するのは―――一つ。

 栗山未来は、自分の大切な人を……殺したのだ。

 

 

 

 

 

 もうすぐ正午な、午前11時56分頃の食堂の切符売り場でのこと。

 

 

 

 

 

 どうして自分は、今日も学校に来ているだろう?

 今日は土曜日、部活に入ってるわけでもなく、昨日お誘いを受けたけど断ったし、用が無い自分では、登校しても暇を玩ぶだけ。

 昨日は〝あんなこと〟があって。

 

〝もう、関わらないで下さい〟

 

 その後〝あの人〟あんなこと言った以上、もうここ数日みたいなことはできない。

 なのに何のわけもなく、校舎内に自分はいる。

 せめて理由の一つは作っておきたい。

 そうだ……学食は外の店で食べるよりずっと安いんだから、食費を抑える為に来たってことにしよう。

 

「何が食べたい?」

「え?」

 

 不意に、声が聞こえた。

 そこから少し遅れて、その声は自分に呼び掛けるもので、声は前に立っていた男子のもので……メニューは何を選びたいのかって意味なのだと悟る。

 背中を向けていた前の人が、こちらに振り返る。

 

「黒宮……先輩」

 

 神原秋人の友人であり、名うての異界士であり、怪獣ゴジラでもある………黒宮澤海その人であった。

 

 

つづく


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