境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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前半は、ちょっと気だるいが微笑ましくもある部活動風景、後半原作一巻orアニメ一話の衝撃的だけどロマンスさからはちと味気ない冒頭です。

澤海君の、何だかんだ人間として生きてもいるけど、時折垣間見えるゴジラの本能、身内には優しいけど、一度敵とみなした相手には容赦無いゴジラの気質を感じていただければ幸いです。


第二話 - 夕陽に染まる鮮血たち

 長月市立高校文芸部、スポーツと文化両方込みで、当校内のそれなりに多く存在する部の一つ。

 文芸っていう妙に硬さのある単語から、とっつきにそうなイメージを持たれるだろうが、一度部の内情を知ってしまったら『全然そんなことなかった』と思うだろう。

 四月十三日の昼休み。

 狭すぎもしなければ広すぎもしない、午後は昼から夕方まで窓から陽光が差し込む文芸部の部室の中央に置かれた二つの長机といくつかのパイプ椅子に座り、一応書物と呼べる代物を読みふける部員が三人。

 一人は部員兼異界士兼、元人間でゴジラでもあるこの俺、黒宮澤海。

 もう一人は、自分並に訳あり事情を背負う級友で副部長、アキこと神原秋人。

 

「バラバラ死体ね」

 

 そんでもう一人の女子部員が、甲高い声で傍からはいきなり物騒な一言を口にした。

 艶やかさと柔らかさに満ちた黒髪を腰まで伸ばし、肌はそこらの陶器よりも白磁、制服越しでも把握できるスタイルの良さ、目尻はややつり気味だがつぶらで丸丸とした双眸に、口紅に頼らずとも潤った唇。どこかの名家そうな気品に、ほのかに匂い立つ色香と少女の可愛らしさが同居した美少女。

 彼女の名は、名瀬美月、文芸部のボスもとい部長で、異界士界の大本で、この長月市を実質的に牛耳る大地主な名瀬家のご令嬢だ。

 

「なんでもかんでも殺し方を残酷にすれば、読者の興味を引けるわけじゃないだろ?」

 

 秋人は辟易とした表情で答えた。

 

「じゃあ、どんな殺し方ならいいの?」

「劇中の登場人物の行動と意味が、ちゃんとリンクしてれば僕としては問題ない」

「つまりアキは、キャラがどうしてそんな目に遭うかの必然性を練りもしないで、残虐さだけを強調するやり方が嫌ってわけか」

「そういうこと、ただバラバラにしてみましたってのが一番苦手なんだよ」

「なるほどね」

 

 はっきり言うと、ここにいる全員が辟易としていたわけだけど。

 その原因は、長机の上に置かれている本どもの群れだ。

 こいつらの共通点は、表紙に『芝姫』と書かれていること。

 さっきの会話は、秋人の手が持つその内の一冊に載せられていた小説の内容についての批評、みたいなものだ。

 秋人はやれやれと本を机上に放り投げた。

 

「こら秋人、文芸部の先輩方の魂の籠もった〝紙屑〟を、そんな風に扱っては失礼よ」

「その表現からは敬意の欠片も感じないんだけど?」

「いや敬意は一応あるだろ、〝ゴミ屑〟でないだけマシなもんさ」

「さすが澤海は察しがいいわね」

 

 文芸部の活動内容の一つを上げるなら、自分たちで小説を書いて、それを季刊発行される活動誌『芝姫』に掲載して一応の作品として世に出すことだ。

 今年度の春号で芝姫は200号目となる……とのことで、今回のは記念号として出す羽目になり、今の部の実状で一番記念号らしい形にするには過去の作品たちからの選抜された傑作選とする以外に手は無く、こうして俺たちはリスペクトしたくとも、つい〝紙屑〟と表してしまうくらい大量にある過去に発行された『芝姫』たちから、今日も選抜作業という名の苦行を強いられていた。

 数にして千冊はある、この中から一冊ずつ地道に吟味しなけりゃならない。中にはプロ顔負けの力作もあるにはあるが、中には掲載できたのが不思議なくらい文章も内容も雑なのがたんまりある。

 だからこんな辟易とした気分にもなってしまう。

 鏡こそ見てないが、眠気と格闘する朝の時よりも今の俺は不機嫌な顔となっているのは明白だった。

 

「これはどうかしら? トリックの科学考証が雑で、犯行動機の薄いミステリー」

「ボツ以外に選択肢ないだろ」

 

 俺は冷淡に切り捨てた。秋人もうんざりとした表情だ。

 美月はそんな俺たちを見向きもせず、もう一冊を手に取る。

 

「これは童話だけど、面白かったわ」

「タイトルは?」

「『赤ずきん脱いじゃいました』」

「もはや誰か分からない!」

 

 予想外の題名に秋人は味のあるトーンでツッコミを入れた。

 対して俺は中々面白そうだと思った。美月が太鼓判を押すだけでなく、赤ずきんが赤ずきんたる〝赤ずきん〟を卒業するのだ。きっと狼も驚愕する劇的な展開があるに違いない。

 ただ秋人は、内容……よりも美月の姿勢が不服だったようで。

 

「真面目に選考する気あるのか?」

「あるわよ」

「あっても勝手が分からないんだ、どうしようもねえだろ」

「それも……そうか、悪い美月、今のは失言だった」

「気にしてないわ、でもこれはもう新手の拷問よ」

 

 そうだな、拷問って表現は適切だ。

 何が悲しくて、長いとは言えない昼休みを食いつぶしてまでこんな作業をさせられなきゃならないのか………秋人が顧問のニノさんに今季は200号だと進言しなけりゃな………と愚痴りたいとこだが、秋人も現在は後悔真っただ中なので言わずにおこう。

 何より俺の流儀に反する。

 異界士として、〝ゴジラ〟としての人生を歩んでいく上で己に課している流儀、主義ってやつにだ。

 暫く無言で構成された静寂が続いた。

 

「ちょっと秋人」

「なんだよ? 美月」

 

 静けさを破った二人のやり取りは、直視せずとも分かる。

 苦痛の余り、出来心で美月の豊かな双丘を秋人がガン見し、美月はそんな副部長のセクハラ行為に白い目で睨み返し、対して疾しい意図はないと証明しようとそらさず彼女と視線を交わし続けるメガネストの図だ。

 

「視線がエロい」

「僕の努力を無駄にするな」

 

 何が努力だか……疾しさ全開で見てた癖にと、心中苦言を呈した刹那、部室の外から物音がした。

 俺たち三人は一斉に部室扉に目を移す。

 

「またあの眼鏡ちゃんか?」

「多分ね」

 

 物音が鳴るまでは、比較的いつもの部活動風景。

 そして今の物音は、数日前に俺たちの学生生活にて起きた〝波紋〟だ。

 溜め息を吐いた秋人は立ち上がり、部室を出ようとする。

 

「〝栗山未来〟に付き合っている暇なんてあるのかしら?」

「直ぐ戻るよ」

 

 不満げな美月の文句を軽く流して、秋人は一時退室した。

 

「ところで澤海」

「なんだ?」

 

 直後、美月は瞳をこちらに向けてくる。

 

「あなたは一度も私の体を見てこないじゃない」

 

 机の下から美月が脚を組みかえる音がし、不満に混じって微かに艶めかしさの混じった挑発的だけど魅力的でもある視線を向けてきた。

 美月の一面の一つを上げるなら、サディストだ。

 こうして黙っていれば美人の中の美人なのに、口を開ければ暴言ばかり発砲してくる。

 こいつに告白したけりゃ、まずこのサドな面を心に刻んだ上で臨まないと、万が一の奇跡で叶ったとしても早急に関係は破綻する筈だ。

 俺も人のこと言えないが、主な被害者は秋人と、今日も来てない彼女の〝兄貴〟だ………あいつらの性癖を踏まえれば、自業自得でもあるけど。

 大体……美月のSッ気はあの〝シスコン〟が育んだも同然だからな。

 

「変態じゃない方の紳士としても、部員としても理想的な姿勢じゃんか、ミツキも不快になることもない、何の問題がある?」

「その意気には感服します、でも〝対象〟として見られないのも、それはそれでショックなのよね」

「俺如きがミツキのをガン見する資格なんてないだろ、今は一秒も無駄にしたくねえんだ」

 

 いつもなら心おきなく健全に暴言を言い合える仲だけど、今はそんな気は持てなかった。秋人が抜けた時間は少なく済むだろうけど、一秒ちょっとでもこの拷問からは早く抜け出したいので寄り道はしたくない。

 さすがに美月も重々承知しているので、頬を膨らませてむくれ面になり。

 

「■■■■……」

 

 と、常人より五感が鋭い自分でさえ聞こえづらい小言を呟く。活字相手に格闘していたので、全く聞きとれなかった。

 まあどうせそんな大したことじゃないさ、『分かってますよ~~だ』とかなんとか零したんだろう。

 

「ただいま……」

 

 部室のドアが開き、秋人が帰って来た。

 

「おかえり秋人」

「進展は?」

「さっぱりだよ……」

 

 他の〝芝姫〟を読む気か、部室の端に設けられた本棚へ行き、もう何冊取り出した。

 

「にしてもあのしつこさは何なんだか……」

「心当たりはねえのか?」

「う~~ん……あるとすれば―――」

 

 無意識に漏れた愚痴を返す形で俺が問いかけると、秋人は不機嫌から一転して。

 

「―――恋!?」

 

 頬を赤くし上機嫌にもう何冊かを取り出して机に戻り、芝姫どもを置くと。

 

「なんてすばらしいことだ! どんな眼鏡も似合う女の子に好かれちゃうなんてぇ!!」

 

 ピュアで輝かしい目を発散し、嬉々としてそんなことホザいた。

 瞳こそ確かにピュアだが、その心は不純に塗れている。

 やはりこいつは生粋の〝変態メガネスト〟だ。

 

「これだから変態の誇大妄想は手がつけられないのよね」

 

 いつもの調子に戻った美月は、臆面もなく暴言だが正論を口走った。

 こいつが今言った『どんな眼鏡も似合う女の子』こそ、俺たち文芸部の日常にちょっとした、でも小さくはない波紋を引き起こした張本人。

 

〝栗山未来〟

 

 という名の少女だ。

 

 

 

 

 

 秋人と、こいつをここまで夢中にさせる〝栗山未来〟との出会いは、この日から四日分遡ること、四月の九日の、一際綺麗な夕陽が長月市を照らした放課後。

 日直作業のあった俺は、少し遅れる形で部室に向かっていた。

 その道中。

 

「アキ?」

 

 現在地の廊下より先の角で、秋人が何やら切羽詰まった様子で走るのを目にした。

 妖夢の気配は……ない、けれど胸騒ぎもしたので俺も追いかける。

 回廊の先から聞こえる秋人の荒れる息を頼りに進み、階段を駆け上がると、屋上に連なる扉を抜ける。

 この学校の頂までまだ何段か階段が残っており、それを登ろうとして。

 

「要するに―――眼鏡が大好きです!」

 

 ずっこけた、かなり盛大に。

 原因は、秋人の眼鏡に対する異常な愛を糧に、想いの丈を精一杯込めた叫び。

 何を急いでいるのかと思ったら………自分の心配は杞憂だったを結論づけようとして―――実はそうでなかったと知る。

 

「不愉快です」

 

 幼さが色濃く残った女の子の、秋人の告白を一蹴する一言………そこから間を置かずして、肉が貫かれる音と、液体が漏れる音、血の匂いが五感に押し寄せる。

 考えている暇はない、考えるまでもない。

 俺はその場から大きく跳躍し、階段を一気に飛び越えた。

 まだ宙にいる状態ながら、眼下を目にした俺は躊躇うことなく右手を指鉄砲にし左手を添え―――指先から、俺達(ゴジラ)の十八番を弾丸状にした青白い光弾を放った。

 夕陽よりも濃く、黒味のある赤い刃を秋人に突き刺していた〝少女〟は、俺の存在に気づいて、刃を引きぬくと同時に後退。弾丸は床に弾かれて四散した。

 当てるつもりはなかった。あくまで今のは、秋人がこれまでも味わってきた不条理から逃がす為のもの。

 俺は少女に立ちはだかる形で、屋上の地面に降り立つ。

 神原秋人殺害未遂をやらかした少女は、〝血〟でできた赤い片刃を正眼に構えたまま。

 

「何者ですか? あなたたち……」

 

 戸惑いの色を隠しもせず、そう呟いた。

 対して俺は――

 

「それはこっちの台詞だ、可愛い殺し屋さん」

 

 沸き上がる〝闘争(ゴジラ)〟の血を知覚しながら、笑みを返した。

 俺を差し置いて、俺の〝友達〟を殺そうしたのだ。

 たとえこいつの好みに見合った美少女だとしても、楽しませてもらうぜ。


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