境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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新しいシンゴジの予告は、コラボがいくつも出ているのに出てこない中、そのフラストレーションをも執筆力にしてかき上げました。


実はラストで仕掛けがあるのですが、怪獣たちによるガメラ3ばりのカタストロフを描きました。

シンゴジラは正直、これを超えてほしいと思ったり。

絶対読んだファンからはハードル上げんなと突っ込まれそうですが。


EP18 - 空が落ちる

 藤真弥勒の負傷、澤海たちと連絡が取れないアクシデントに見舞われながらも、峰岸舞耶の確保を優先した栗山さんと博臣に後追いする形で廃屋となった工場の中を進む。

 壁と床がコンクリートでできた屋内は錆だらけな機械やら、金属部品やら鉄パイプやらが散乱していた。

 

「近いな」

 

 慎重に進んでいかないと物音を立てて向こうに感づかれるかもしれない中、博臣の〝檻〟は峰岸舞耶の存在を感じ取った。

 栗山さんと博臣はどう相手に攻め込むかの段取りを決める算段を始める。

 無理を通して同行している見届け人でしかない僕は、余計な横槍を入れぬよう口を固く締めた。

 

 

「防御は考えず、正面から突っ込んで足下を狙ってくれ、それとできるだけ峰岸舞耶の視界内を維持してほしい、藤真弥勒の情報が本当なら、それで奴の〝先の先〟を防げる筈だ」

「分かりました」

 

 段取りを整えた二人と僕はさらに進み、錆びたコンテナに身を潜めた。

 

「準備はいいか?」

「いつでも」

「行くぞ」

 

 二人は同じタイミングに飛び出し、前方の峰岸舞耶の前に躍り出る。

 

「舞耶ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」

 

 相手にプレッシャーを与える為に、博臣は敢えて屋内中に響く怒号を腹の底から轟かせた。

 舞耶はオートマチックを二丁構えて発砲、足止めの威嚇射撃だったが、栗山さんたちは進行を止めない。

 

「ちっ」

 

 舌打ちした舞耶は、二人の脚へ狙いを変えて銃弾を放った。

 弾は博臣の貼った檻で全て弾かれる。

 そこから、両者の攻防戦が激しさを増していき、峰岸舞耶は少しずつ追い込まれていった。

〝先の先〟な先制攻撃を齎す異能を発動させないよう対策を打たれた上に、近接戦に秀でた栗山さんと、檻の使い手な博臣、門外漢な僕から見ても猛者な二人を同時に相手しなければならないのだ。

 銃弾を放っても、堅牢な干渉結界に阻まれ、それを形成する博臣からは鞭のようにしなるマフラーが振るわれ、それに気を取られていると俊足に秀でた栗山さんが斬りかかってくるからだ。

 澤海たちと連絡がとれない状況もあって、二人は焦らずに、しかし少しでも早く決着をつけようと攻め立てる。

 僕の方からでも、峰岸舞耶の銀色の髪の隙間から、汗が流れるのが目に入った。

 栗山さんの血の刃が、拳銃を持ち主の手から弾き出す。

 彼女も彼女で、防戦一方ではなかったんだけど………。

 

「この弾丸は干渉結界を貫く」

「何ッ!?」

 

 峰岸舞耶の宣言通り、弾丸は博臣の檻を突き破った。

 弾の勢いは削がれたので、美貌を少々歪ませながらもギリギリで博臣は横に躱す。

 舞耶は威嚇射撃をしながらベルトに下げていた筒状の物体を手に持ち、口でピンを抜いた。

 

「閃光弾だ!」

 

 僕の警告の叫びが響いた直後、暗闇が占める室内は真っ白い閃光で染まろうとし、僕は直視を避けるべく目を両腕で覆った。

 

「くそ!」

 

 博臣の怒声と足音が聞こえる。

 聴覚の神経を集中させて、僕も二人の足音を頼りに走る。

 

「閃光弾(あんなもの)で逃げられると思うな」

「索敵も桁外れか……」

 

 今のやり取りから、さっき閃光で相手の視覚が一時不全になっている間に逃走を目論んだものの、博臣の発言の通り檻の索敵能力を前では逃げきれなかったらしい。

 大分視力が戻った僕の目は、新たに弾倉を装填して拳銃を発砲する舞耶を映した。

 連発される弾丸は、やはり檻によって弾き返されてしまい………さらにいつの間にか、小柄な体躯をさらに低くした体勢で肉薄した栗山さんの血の剣が、峰岸舞耶の脇腹を横合いから切り裂いた。

 

「逃げるのなら手加減はしませんよ」

 

 異能の力を抑える指輪は嵌められたままなので、栗山さんの血が相手の細胞を破壊することはないし、手加減もされた浅い傷ではあったけど、峰岸舞耶の顔は傷に苛まれた苦悶の表情だった。

 異界士とはいえ人間相手でも刃を振るうことを辞さない………また改めて栗山さんの境遇の重さが沁みてくる。

 舞耶は発砲しこの場から敗走しようとするも、弾丸は先程の〝一発〟を除いて、博臣の干渉結界を突き抜けず弾かれる。

 次ので完全に無力化させるべく、栗山さんが峰打ちで上段から振り下ろそうした時だ。

 

「ギャース!」

「きゃあ!」

 

 栗山さんのほぼ真上から黒い影が落ちてきて、咄嗟に手でそれを払った。

 そのまま床に転がり落ちた影の正体は、あのモグタンって名前の爬虫類型妖夢だった。

 峰岸舞耶は、脇腹が負傷しているとは思えない俊敏さと、鬼気迫る面持ちで発砲しながら、妖夢を庇い立てた。

 彼女の放った弾は、檻、その次に床を跳弾して、脇腹の傷に食い込んでしまった。

 

「モグタン……なぜ出てきた?」

「ギャギャギャッ!」

「それはありがとう………だが、早くここから逃げろ……」

 

 妖夢に逃げるよう促した舞耶は、傷の痛みをおして二挺の拳銃を構えた。

 栗山さんたちは一連の光景に戸惑いと驚きを隠せない。

 

「ようよせ、早く手当しないと……」

「黙れ! 私は誰にも屈しない!」

「お前が死んでしまったらそいつはどうなる!?」

 

 見ていられなくなった僕はそう叫んだ。

 

「黒幕と人質の場所を教えろ、そうすれば待機中の異界士に治療を頼んでやる」

 

 我に返った博臣が、僕の言葉を継ぐ形で交換条件を差し出した。

 

「ギャッギャ!」

 

 妖夢が美貌の異界士に威嚇の吠え声を上げた。

 

「どうして………そうまでして………あなたは……」

 

 両者の間が平行線に辿りかけた時、栗山さんは静かに語り掛ける。

 

「私は助けてくれた人に恩返しがしたい………望むことを叶えたいだけだ」

「その為にこんなこと………間違ってます!」

 

 眼鏡の似合う可愛らしい顔を、沈痛なものにして、栗山さんはそう訴えた。

 

 

 

 

 そして、博臣に、檻の解除を栗山さんは求める。

 当然博臣は反対したが、後輩女子の揺るがない決意に根負けして、〝何かあればすぐ再形成する〟ことを条件に干渉結界を解いた。

 解除されたのを突くかのように、峰岸舞耶は栗山さんに銃口を向ける。

 咄嗟に檻を再展開しようとした博臣を、僕は後ろから羽交い絞めにして止めた。

 

〝俺の手の届く範囲内で仲間は死なせない〟

 

 そう言ってくれるのは、正直嬉しくもあるが、それでも博臣を引き止める腕の力は緩められない。

 博臣がここで負傷している舞耶を確保することは簡単だ……でもやっぱりそれじゃ、救われない。

 

 正直………今ここに澤海がいないことがありがたかった。

 

〝どこの馬の骨の為に殺人やらテロやらやってるのか知らねえけどな……そいつも道連れにするだけだぞ〟

 

 あの時の、僕の我がままに付き合った際の澤海の言葉は、ゴジラからのたった一度の警告であり、情けだ。

 なのに峰岸舞耶は今でもその〝誰か〟の為に、罪を犯し、結果的に僕たちを巻き込んでしまっている。

 となれば………最早ゴジラにとって峰岸舞耶は、僕の善意を踏みにじった〝敵〟でしかない。

 栗山さんみたいに、一度敵と見なされながらも外された幸運なんて、そう訪れない。

 今度こそ澤海は………あの時の〝ジョーク〟を実行に移しても、おかしくはなかった。

 だったら、博臣に委ねた方がいいかもしれない…………でも、人と妖夢との〝情〟を二度も見てしまった今、武力に頼らず峰岸舞耶を救おうとする栗山さんに、賭けたくもあったのだ。

 

 

 栗山さんは、わざと〝指輪〟を外さなければ返り血を浴びても死ぬことはないと示しながら、ゆっくりと近づく。

 銀髪の少女は、それ以上近づいたら撃つぞと、震える手で、銃を眼鏡女子に向ける。

 この距離なら、銃を持つ手が震えていても、栗山さんの体に銃弾が当たってしまいかねなかった。

 

 言葉で、峰岸舞耶の心の周りにある〝干渉結界〟を解こうと呼びかける栗山さんに、相手は銃声と銃弾で返す。

 

 冷たい鉛は、後輩の左腕を掠めた。

 

 この距離で掠めただけなら、当てる気は白銀の狂犬にはないのだろう。

 

〝アッキー……これ以上は看過できない〟

 

〝頼む、もう少しだけ!〟

 

〝もし甘さの原因が不死身体質からくるものなら、いつかアッキーのせいで誰かが死ぬことになるぞ、後悔したくなかったらこの忠告を忘れるな〟

 

 僕と博臣ら男どもがこんな口論をしている間に、栗山さんは銃口がゼロ距離で突きつけられるほどの距離まで歩み寄って。

 

〝泣いたって………いいんですよ……〟

 

 歳相応より幼い体躯で、舞耶をそっと、抱きしめ、銀髪の少女は、幼子のように震えていた。

 

 栗山さんの命がけの〝対話〟が、実を結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

〝空が落ちる………あの人はそう言っていた…………私の役目は、名瀬の幹部を、管轄外におびき出すことだ〟

 

 戦意を失った峰岸舞耶からの自供を聞いた僕たちは、同様に彼女からの〝情報〟を元に、東側にて地下から工場外に出られると言う地点に向かっていた。

 人知れず脱出するなら、そこが打ってつけだと。

 外に異界士に負傷している舞耶の保護を頼み、僕たちはその場所へ向かう道中――

 

 

「よぉ」

 

 

 服の至るところが破れて血にが付きながらもケロッといつもの様子で、スマホを片手に恐らく僕らに連絡を取ろうとしていた澤海と、彩華さんの二人がいた。

 

「たっくん、美月と査問官どもはどうした?」

「落ち着けってヒロ、今から順を追って説明すっからよ」

 

 妹を案じている余り少し興奮気味な博臣を、澤海が宥め、ここまでの流れを説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

 東側から合流地点まで向かっていた最中、妖夢でありながら異界士をやっている彩華さんらが狙いな楠木右京と永水桔梗の襲撃を受けながらも、返り討ちにした。

 ここまではニノさんからの情報の通り、けど違う点もあった。

 

「あの査問官、強力な暗示で願望が肥大化させられた挙句ていよく利用されとっただけやんよ、つまりうちらが狙いんいうがんは、黒幕の本当の〝企て〟を隠す為のカモフラージュやったの」

 

 彩華さんによってその暗示を解かれた査問官たちは、その間自分たちが何をやっていたのかは全く覚えていなかったと言う。

 しかも半ば共謀者の間柄でありながら、二人と峰岸舞耶には接点がなかった。

 

「このままだと連中が黒幕にされちまうんで、証人に美月と一緒に協会に行かせたんだよ」

「美月が、意外だな……」

 

 そう呟く博臣に僕も同調する。

 自分だけ除け者にされるのは嫌だと、駄々をこねそうなものなのに。

 

「あいつだっていつまでも駄々っ子じゃねえよ」

 

 妙に含みを覚える感じで澤海がフォローした矢先、博臣のスマートフォンが再び着信音を鳴らした。

 

「一ノ宮からだ」

 

 博臣は電話に出て、相手といくつかやり取りを交わすと、通話をスピーカーモードに変える。

 

『よく聞いてくれ、峰岸舞耶の狙いは、〝凪〟の終わりに発生させやすい妖夢の覚醒だ』

「妖夢の、覚醒?」

 

 美貌の異界士がオウム返しをしたので、聞き慣れない単語らしい。

 

『要するに凪が終わった直後の妖夢は過敏になり、大人しく眠っている超大型妖夢が、普段なら気にもしない僅かな刺激で暴れ出すわけさ』

「それと峰岸舞耶が言ってた、〝空が落ちる〟と、何の関係が?」

『大ありだよ秋人君、超大型妖夢が大暴れをすれば天変地異が起き、昼でも闇夜みたいに暗くなってしまう、この地獄絵図を〝空が落ちる〟と称しているのだよ、対抗するのは覚醒させなようにするしかない』

「馬鹿げてる!」

「でもねえだろ」

 

 吐き捨てた博臣に、澤海はそう言い加える。

 

「少なくとも俺はその気になりゃ、空が落ちるとやらができちまうぜ」

 

 澤海は自分からそう自分を皮肉ったが、その通りでもあった。

 

 実際澤海――ゴジラが、その巨体で街を進撃しながら、無差別に熱線を吐き続ければ、そこは彼の業火で地獄絵図と化し、空は立ち昇る爆発と火炎で暗黒に覆われてしまうことだろう。

 そして恐らく怪獣クラスの超大型妖夢らがいるのなら、奴らもその天変地異を起こせてしまうだろう。

 だけど………澤海がその黒幕の狙いとは思えない。

 だって澤海は、ゴジラとしての力も、ゴジラとしての自分も、完全に制御し、物にしている。

 と言うか、そもそも、そんな大物を呼び起こして、誰が、何の得をすると言うんだ?

 

「で、その超大型妖夢はどこで寝てやがる?」

『私の能力に間違いがなければ―――君たちのいる場所から、波長を感じる』

 

 事態は思った以上に、最悪の方向に転がっていた。

 しかもその上――

 

「よっぽど大物を起こす自信がおありらしいな…………黒幕さんよ」

 

 

 澤海が誰かに呼びかけながら向いた方へ目線を映すと………確かに〝黒幕〟が、そこにいた。

 

 

「そん、な……」

 

 その黒幕の傍らに立つもう一人を、信じられない面持ちで栗山さんは見つめていた。

 

「どうして………どうしてそうなるんですかッ!」

 

 踏み出そうとした栗山さんの腕を握って、どうにか引き戻そうとするも、後輩女子は訴えるのを止めない……………〝峰岸舞耶〟に。

 

「なんでそんな報われない方にばかり! 昨日までは無理だったとしても、今日からなら――」

「栗山さん!」

 

 僕はさっきより語気を強めて………この小さな少女を引き止めた。

 

「傍観者の言葉なんて……届かないんだよ」

 

 栗山さんには悪いけど………僕は、また〝報われない選択〟を選んだ少女に対し、一種の共感を抱いてしまっていた………たとえ澤海(ゴジラ)から〝愚か〟だと言われたとしても………本質的に、悟ってしまっていた。

 

 右か左か、前か後か、どこに進めば出られるのか分からない果ての見えぬ暗闇の中で、もし誰かが手を差し伸べてきたのなら、その手を何の迷いも抱くことなく、握ってしまうと。

 

 ところがだ………彷徨っているのをただ黙って見ていた連中は、救いの手を握ろうとした途端に、突如として〝ヤメロ〟と声を揃いて叫んでくる。

 今さらなんだ! 今さらどうしてそんな声を上げてくる!?

 ずっと見て見ぬふりをしてきてくせに――――どうして僕の選択を止めようとする!? 不定しようとする!?

 

 最初から助ける気がないんだったら、邪魔をするな! 口を挟むな! 気持ち悪い独り善がりの勝手な正義感を、糞の役にも立たない絵空事な綺麗ごとを――振りかざすな!

 

 だから僕は、彼女の決断を否定したくとも、できない。

 たとえ、歪んだ感情であったとしてもだ。

 

 ただ―――認めてほしかったのだ。

 

〝自分を救ってくれたのは……傍観者ではない………藤真弥勒だ〟―――と。

 

 

「真城の幹部が巻き込まれた爆破事件も、最初からお前が仕組んだことか?」

 

 博臣の問いに、黒幕――査問官の優男は、まさに黒幕そのものな邪悪さを帯びた笑みを見せて、肯定を示した。

 

「相当名瀬に強い恨みを抱いていたのでしょうね、僕の計画を二つ返事で了承し、呼び出したあの日にも疑うことなく来てくれましたよ、勿論こちらの本当の〝計画〟の詳細は伏せた上でね」

「そして査問官の特権で栗山未来を利用した」

「どの道、僕が利用せずとも誰かが貶めていましたよ、呪われた血の一族は存在するだけで忌み嫌われていますからね、安全地帯から弱い立場の異界士を叩いて点数稼ぎをする者が出てくる、そんな他人の足を引っ張ることでしか地位を維持できない連中は世の中に五万といますからね」

「ならあんただって………同じことをしてるだろ?」

「なんだと?」

 

 峰岸舞耶に感情移入してしまっている………からこそ、僕は黒幕に怒りが湧いてきた。

 

「栗山未来に峰岸舞耶、立場の弱い異界士を利用して、立場の強い誰かの足を引っ張ろうと「しているじゃないか! あんたも!」

「ふん、知ったことを」

 

 僕からの反論を、査問官は鼻で一蹴した。

 

「何もかも今日で終わり、待ち焦がれた瞬間が来る、空が落ち――名瀬泉の信頼が無に帰される瞬間を」

 

 名瀬泉………なぜあの人の名前がここで出てくるんだ?

 

「どうして泉さんが出てくる?」

「私の望みが奴の失脚だからですよ」

「そんなことの為に空を落とすと!?」

「長いこと準備を重ねてきましたからね―――その為に」

「ふざけるな! それだけのことをすれば泉姉への復讐どころではなくなる!」

「災厄の後始末は、名瀬が命を賭して全うすればいい」

 

 とても正気の沙汰じゃない………狂気に満ちた言葉を吐く藤真弥勒の貌は、夜より遥かに暗い憤怒と憎悪にくるまれている。

 なぜ……ここまであの人を………憎悪の正体が掴めない中、銀髪の少女が悲しい眼差しを優男に向けているのに気づく。

 瞳が持つ感情が、僕にある解答を与え。

 

「世の中なんて、不条理なことばかりだ」

 

 執念の正体に行き着いた僕は言い放ち。

 

「例えば僕と澤海と博臣とで歩いていても、女子に『格好いい』と噂されるのは澤海と博臣だけ、もし二人が『眼鏡をかけろ』と言えば喜んで掛けるだろうけど僕が同じことを言えば『変態』と罵られ、仮に二人が尻を撫でても『エッチ』で済むかもしれないけど僕がやれば即裁判だ、これで分からないなら今日のニノさんを思い出してみろ!」

 

 言葉とどんどん繋げ、大馬鹿野郎に打ち込んでいく。

 

「あんな美人の彼女でも人生思い通りに行かず、それでも立ち位置を模索して懸命に前を向こうとしてんだ! なのにお前は下らない復讐で無駄な時間を費やして、ちゃんとお前を心配してくれる人に目も向けていない………ほんの少し憎しみから視線を外すだけで、ちゃんと移り込んでいる筈なんだよ!だからこそ僕は救いようのないその鈍感さが腹立たしい! 名瀬泉の幻想で、対大切なものが何も見えていない! この―――」

 

 

 大きく息を吸い込み、大声で放つ。

 

「―――馬鹿野郎が!」

 

 そこまで繋いだところで、宙に向かって発砲された銃声で渾身の訴えは途切れ。

 

「まだ殺しはしない………君には〝空を落として〟もらわないといけないからな、その後で後ろ盾のない世界に彷徨って死ね」

 

 査問官の邪悪さがさらに強まったその言葉に、僕の頭はハンマーで殴られたように衝撃を受け、割れそうな勢いで痛み、ぐらつき始めた。

 言われるまで気づかなかった………気づかないふりをしていた自分が、余りにも愚かしくなる。

 

 

〝空が落ちる〟―――その直接の役を担うのがそれを現実にする力を持っている〝ゴジラ〟でないとすれば――

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」

 

 

 目の焦点が合わず、意識すらぐらついていく中、博臣の悲痛な絶叫が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「舞耶、そこの女を殺せ」

 

 峰岸舞耶は、〝栗山未来を射殺〟する命を受けて驚愕し、続けて儚さのある表情で恩人――藤真弥勒の歪んだ容貌を見た。

 

「心配するな、私の力なら瞬間的だが檻を抑止できるし、ここでの出来事は全て右京と桔梗の犯行だと外の連中に剃りこんである」

「違います………なぜ、彼女を」

「お前が気にする必要はない、いつも通り私に従っていればいい、さあ――始末しろッ!」

 

 邪悪な本性をさらに露わにして、舞耶を追い立てる。

 

「弥勒さん……できません」

「殺せと言っている、やるんだッ!」

 

 舞耶は息を荒げて、数歩進んで躍り出た。

 対峙する少年少女たちは臨戦態勢に入り、標的にされた未来の顔は強ばる。

 

 しかし、彼女は撃つどころか、銃すら構えなかった。

 

「その指示には―――従えません」

 

 命令をはねのけた意志を舞耶が見せたことで、この場を支配しつつあった緊張感が緩んだ――――そして〝悪魔〟は、その隙を見逃さなかった。

 

「舞耶、撃て」

 

 悪魔の言霊は、舞耶を抵抗すらさせず、トリガーを引かせ、弾丸を放たせた。

 

 

 

 

 

 

 

 凶弾は少女の小さな体躯に吸い込まれ、折れた膝から地面に崩れ落ちていった。

 

 何よりも代え難い存在である少女が撃たれた様を見た半妖夢の少年の意識は、瞬く間に崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 秋人の全身から一瞬、重い大気の波がさざ波に広がった。

 呻き声を上げながら、前かがみに倒れ込んで、四つん這いになる。

 身体は小刻みに震えあがり、声は段々とケダモノじみた唸りを帯びて、重く、低くなり、双眸は黒目に禍々しい血の色な瞳となり、両手の爪と、口内の歯は、鋭く急速に伸長する。

 

「神原君! 未来ちゃんは無事やで!」

 

 彩華は抱き上げている未来の横腹にできた銃創を治癒しながら、秋人に呼びかけるも、その声は秋人に届かず、彼は……いや彼の中にる彼の〝父〟から受け継がれた〝妖夢の血〟は、神原秋人からの〝変質〟を止めず、周りに毒々しい紫がかった瘴気を発し始めた。

 

「下がってろ、お前らが叶う相手じゃない!」

 

 そんな中澤海は、自身からチェレンコフ光色の輝きを纏いながら、博臣たちに吼えた。

 

「っ………すまない! 全員俺の檻の中へ!」

 

 博臣は唇を噛みしめて複雑な心情を顔に見せながらも、未来を抱える彩華、その未来を図らずも撃ってしまい茫然自失の状態な舞耶を連れ、檻を張り巡らして距離を取っていく。

 

 

 片や瘴気に、片や光に完全に包まれた両者は、地上から約二〇メートルの高さにまで巨大化。

 

 

 ほぼ同時に、光と瘴気の中から、異形が姿を現した。

 

 

〝破壊神――ゴジラ〟。

 

 

 そして、半妖夢である神原秋人が変異した、二足で怪獣の如き様相なる――〝妖夢〟。

 

 

「ガァァァァァァァァオォォォォォォォ―――――ンッ!」

 

 

 ゴジラと妖夢は、お互いをにらみ合って、咆哮し合い、夜の天地を揺るがす。

 

 

「勝った………勝ったッ! 私は名瀬泉より優れている!」

 

 

 半狂乱の域にまで壊れた笑いを上げて、対峙する異形たちを藤真弥勒は見ていた。

 この光景こそ、彼の〝目的〟だった。

 名瀬の飼い犬たる半妖夢を暴走させ、破壊神にそれと戦わせる。

 二体とも、〝空が落ちる〟ほどの災厄を生み出せるほどの恐るべき力を持った〝生きた災害〟だ。

 この二体が正面から戦えば………どれ程の地獄を下界(ちじょう)に顕現させてしまうのか、人知では計り知れない。

 

〝――――ッ!〟

 

 妖夢が唸り声を上げ、ゴジラ目がけ地響きを鳴らし、突進してきた。

 奴に足蹴にされた大地は、足跡より白煙を昇らせ、舗装された地面を溶かしていく。

 妖夢の全身から瘴気が常に放出されており、触れるモノを瞬く間に溶解させてしまう。

 今この場で瘴気を発するこの妖夢に対抗できるのは、常識を超える強固な皮膚と再生能力を持ったゴジラだけであった。

 その証左として、ゴジラは真っ向から突進を受け、上手く相手の力を利用してその場の向きを変え、博臣たちとの距離をできるだけ稼ぐべく敢えて、地を擦らせながら押される格好となる。

 握り合う双方の両手からも、煙が上がった。

 彼だからこそこの程度で済んでいるのであり、人間含めた並みの生物では耐えられない、異界士の異能の結界すらも、破ってしまう猛威だ。

 

 同族(なかま)を巻き添えを防ぐため敢えて防戦に甘んじていたゴジラは攻勢に出る。

 

 妖夢の手を掴んだ状態で相手の腕を捻ると同時に、突起(ツメ)の生えた足で膝下を突き刺す勢いで蹴りつけ、一旦頭を屈ませ、下顎目がけ打ち上げた。

 

 同じ災いを齎す〝怪獣〟でも、今のゴジラには幾多の激戦で磨かれた戦闘技術に、人の知性と獣の闘争本能、水と油な双方を両立し兼ね備えていると言う〝分がある〟。

 

 ゴジラは体内放射の応用で、体の一部からエネルギーを放出させることで、その巨体に似合わぬフットワークの軽さと持ち前の怪力が並存する拳打や手刀を、相手の頭と喉元を中心に打ち込む。

 ほとんど破壊衝動に支配されている妖夢は、荒々しくも洗練されたゴジラの〝攻撃〟に防勢となっていた。

 

 足裏からのエネルギーを噴射と合わせて、跳躍し、妖夢の顎に膝蹴りを繰り出した。

 

 口内から血が噴き出され、妖夢も宙を舞う中、ゴジラは縦回転をして、彼の強力な武器の一つたる尾で二度目の打ち上げ。

 

 円を描いて背びれを明滅させ、胸部目がけ放射熱線――アトミックシュートを放った。

 

 熱線が直撃した妖夢は吹き飛ばされ、工場の建物の一角に叩き付けられる。

 一方ゴジラは直地して、派手に砂埃を舞い上がらせた。

 彼は警戒を解かず、全壊した建物をじっと見据える。

 熱線含めた自分の今の攻撃で、友の妖夢化が収まったとなどと希望的観測は抱いていない。

 

 

 その直感は、残念ながら当たっていた。

 

 

〝―――――ッ!〟

 

 

 大地を伝う震撼から、建物の破片を飛び散らせて、妖夢は再び姿を見せ、咆哮を上げた。 

 胸部は熱線の炎でケロイド状に醜く焼け爛れていたが、急速に再生されていく。

 

 

「前より、成長してる……のか?」

「ゴジラをお目付役に抜擢させるだけのことは、あるやね」

 

 

 博臣たちは昔対峙した時よりも巨大化しているかの妖夢に、戦慄させられた。

 

 

 その妖夢の全身より、妖しげな黄緑色の炎を交えた多量のオーラがあふれ出ていた。

 

 

 ゴジラは熱線をもう一発放つ。

 

 しかしその二発目は、オーラを纏って翳された妖夢の手とぶつかり合い、受け止められてしまった。

 

「たっくんの熱線を!?」

 

 

〝Gyaaaaaaa――――――――!!!!〟

 

 

 妖夢は天に向かって、今までのよりも一際巨大なる轟音で吼え上げた。

 

 

 厚みさえある雄叫びにゴジラの、銀幕の中での自分とは異なる青い目は、胸騒ぎで見開かれ、急ぎその場から跳び上がる。

 

「たっくん?」

 

 行き先は檻の中にる博臣たちの方だった。

 

 盾になる形で、彼らの前に降り立つ。

 

 

 

 

 

 全てを破壊尽さんとする咆哮とともに、大量の黄緑色の火ノ玉が、全方位目がけ放たれた。

 

 

 

 

 

 次々と炎ノ弾は大地に着弾すると、爆音と爆風、そして二〇〇メートル以上にも達する爆発を齎した。

 

 

 

 

 

 放たれる攻撃、全てだ。

 

 

 

 

 

 人の営みの場はとうに破壊し尽され、周りにあるのは猛々しく燃え上がる業火たちが作り上げていく地獄絵図。

 

 

 

 高々と肥大する爆煙と炎で、夜天は遮られ―――〝空は落ちた〟。

 

 

 

 

 その中で博臣たちは、ゴジラが身を挺して盾になってくれたことで、どうにかまだ生きていた。

 

 

 

 

 この威力の前では、博臣の檻は彩華の補助を受けても、いとも簡単に打ち破られていたことだろう。

 

 

 

 この無差別攻撃を受けながらも耐えきり、まだ大地を強く踏みしめるゴジラ、彼の凄まじき生命力が窺える。

 

 

 

 燃え盛る地上の生き地獄の中。

 

 

 

 重低音の足音を打ち鳴らして、悠然と妖夢へと進み、彼は背びれからジリジリと放電音響かせ、強いチェレンコフ光色の光を発し、喉元にエネルギーをかき集める。

 

 

 

 妖夢も同様に、口から黄緑色の光を見せた。

 

 

 

 

 両者とも、息を吸い込み、溜めに溜めを重ね上げ。

 

 

 

 

 ゴジラからは、一瞬ホワイトアウトするほどのバースト現象を起こす威力の熱線――アトミックバースト。

 

 

 

 

 妖夢の口からも、彼のものと勝るとも劣らない規模な妖しく輝く黄緑色の熱線が発射された。

 

 

 

 

 大気を突き破って進む熱線たちは、正面から激突し―――戦略兵器規模の、大爆発が、巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だと思ったか?――――薄汚ねえ〝黒幕〟さんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく。




ちなみにゴジラがこの話で見せた膝蹴りは実写進撃のオマージュだったり。

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