境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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長いこと待たせてしまいました最新話です。

戦闘パートに思いのほか手間取り過ぎたもので。

何か当初のプロット以上に、澤海と美月が無言のイチャイチャを(オイ
どんどんゴジラがリア獣になっていく(コラ


EP17 - 夜戦

 白銀の狂犬――峰岸舞耶を〝袋の鼠〟にして捕獲する場として選ばれた、とうに日は暮れて夜の闇に覆われていく途中な工場跡地の敷地内。

 東側の封鎖を担う、澤海、美月、胡桃らしき物体を口に入れている彩華の三人は、本来〝狂犬〟を追い込む為のとは別の建物の方へと突然進路を変えた。

 暗闇の支配下にある巨大な廃屋の内部に入ると――

 

「出て来い、闇討ちはお嫌いだろ?」

 

 ―――澤海は常人の目なら碌に見渡せない闇の奥へ、呼びかける。

 直後、向こうから足音が二人分、響いてきた。

 一つは女性のヒール、もう一つは現代の靴ではなく、どうやら藁でできた足袋の類らしい。

 足音の主たちが、闇から姿を現した。

 

「あ~あ、見え透いた挑発に乗るなんて、ほんと右京さん、策略家に向いてない馬鹿正直者だよ」

 

 目にした美月は、宙へ腕を伸ばして手を翳して横に振る。

 廃屋の内壁全体に、一瞬青白い光の筋が走り、全体的に青みがかったものに変色する。

 今この場にいる者たちは、美月の貼った〝檻〟の内部にいた。

 

 彩華は二人にアイコンタクトを送ると、それを受け取った澤海と美月の二人は、自分らにとっての切り札な彩華に危害が及ばぬよう、並んで盾になる形で、〝査問官〟二人と対峙する。

 自然と、澤海と浪人の風体――楠木右京、美月と傘をさしたゴスロリの少女――永水桔梗の組み合わせとなった。

 特に、澤海はそれぞれの握り拳から、計三つの熱線エネルギーの爪を伸ばし、右京も居合の構えを取って、いつでも戦闘の鐘を鳴らせる状態にあり。

 

「どうして私たちが貴方たちに敵意を向けているのか、聞かないの?」

「これからやりあう相手と、いちいち喋る〝趣味〟はない」

 

 永水桔梗からの問いにも、澤海はそう冷たく一蹴した。

 人の器を得た今でも、敵意を自分らに示し、攻撃をしようとしてくる相手には基本躊躇いなく迎え撃つ〝ゴジラ〟の性質は変わっていない。

 ゴジラからすれば――〝敵対する意志〟――だけで充分なのだ。

 それに、いちいち問わずとも、連中の目的の〝一つ〟は、澤海たちにはとうに分かっていた。

 変わり種と言う点では、澤海もそうだが、彼の背後にいる、〝妖夢でありながら異界士〟な妖狐の彩華、この場に現れた奴らの狙いの一部は彼女である。

 

「話が早くて助かる、たとえ虚ろな影を倒そうが、そんなことどうでもいい」

 

 得物の刀は鞘にまだ納められていながら、右京の双眸が放つ鋭利な殺気は鞘のない抜き身の刃そのものだった。

 

「俺の求める〝正義の為にも、早急に引導を渡してやる」

 

〝ちっ………吐きやがって……一番反吐が出る言葉を〟

 

 澤海は、顔をポーカーフェイスにしたまま、内心不快感を覚えていた。

〝ゴジラ〟を殺そうと躍起になる連中が大概口にしていたであろう言葉を、今相手は発したからである。

 

「いざ――」

 

 言葉を交わす必要性は、とうになくなった両者は――

 

「――推して参る」

 

 ほぼ同時に、相対する敵へと、疾走した。

 

 

 

 

 重傷で意識も朦朧としている藤真弥勒ら武装した異界士たちを発見した直後、博臣は懐から振動音を鳴らすスマートフォンを取り出した。

 

「ニノさんからだ」

「うわ……こんな時にまで愚痴は聞きたくないんだけど……」

 

 今日は散々、失恋の後遺症の尾が引いているニノさんに翻弄されていたので、つい身構えてしまう。

 

「さすがにこんな時にまで公私を混同しないさ」

 

 と、フォローした美貌の異界士は、画面をタッチして耳に当てた。

 

「博臣君! そっちで楠木右京と永水桔梗合流していないかしら!?」

 

 スピーカーモードになっていないにも拘わらず、ニノさんの切羽詰まった大声が僕らの耳にまで届き、僕と栗山さんは思わず目を合わせ合う。

 

「いや……あの二人と連絡が取れないだけなら、そう慌てることじゃないだろ?」

「実は、澤海君たちとも取れなくなっているよ」

 

 博臣の美貌に、少しばかり動揺が浮かんだ。

 僕らはそれ以上にはっきりと、顔に動揺が張り付いている。

 

「定時連絡はいつまであった?」

 

 それを抑えるかのように、いつもより低めの声で、状況の確認を取る。

 

「分かった……それと外にいる異界士を、一個分隊ほど派遣してほしい、藤真弥勒含めた五名が重傷なんだ、息はあるんだが、自力で動けそうにない」

 

 その後もニノさんとの通話で首を何度か振った博臣は、耳から端末を離して切った。

 

「やられた……」

「一人で納得していないで説明してくれ!」

 

 居ても立ってもいられず、僕は苦虫を嚙む美貌の異界士に詰め寄る。

 

「峰岸舞耶と、未来ちゃんは〝囮〟だったんだ」

 

「はあ?」

「はい?」

 

 僕と栗山さんの口から、素っ頓狂な声が同時に重なる形で漏れた。

 

「どういうことだよ?」

「今ニノさんから楠木右京と永水桔梗が消息不明の連絡があったんだが………連中の目的が、新堂彩華と、おそらくはたっくんも、その二人だったと言うことさ」

「なぜ、お二人を?」

「〝妖夢が異界士を名乗っていること〟が許せないんだろうさ……楠木右京の場合、家族を妖夢に殺されているからな」

 

 絶句する僕は………一ノ宮庵が、電子の世界に潜れる異能で見つけた〝情報〟を思い出す。

 数年前までは日本の警察で言えばノンキャリアな野良の異界士ながら、協会専属の異界士となりながら、その協会から身分と地位、つまり彩華さんみたいに、討伐対象から外され、生存することを許された〝妖夢〟さえ殺しに殺し、監察室査問官に異動された曰く付きの経歴の主な侍装束の異界士。

 例外を除けば妖夢は発見次第討伐な異界士の世界でも、度を越して〝憎悪〟を彼らに突きつける好戦的な様は、その妖夢に家族を殺された………経験による影響も強いだろう。

 澤海が〝妖夢憑き〟になったことで前世のゴジラの力が目覚めた以上、人によっては妖夢と同じ存在と見なすだろう。

 

「新堂彩華は檻の張り巡らせた名瀬の管轄地からは滅多に出ないし、数少ない機会で狙うのも不可能に近い、だからまずは穏便に檻の外から連れ出す必要があった」

 

 けど………。

 

「ちょっと待て、彩華さんが狙いなら、何で栗山さんまで巻き込ませてこんな回りくどい真似を? それに……澤海を本気で殺せると……連中は思ってるのか?」

「まずは他の査問官たちにまで危害を及ばせないよう協会に届け、そこから機会を作った方が好都合だった、未来ちゃんを利用したのは、彼女を通じてアッキーから新堂彩華に説明する為、いきなり査問官から取引を持ち掛けられるよりは警戒心が低くなるから、アッキーのことだから、彼女に〝栗山さんを助けてほしい〟みたいな頼み方をしたんだろ?」

「ぐうの音も言葉も出ません」

 

 博臣のおっしゃる通りの〝頼み方〟で、彩華さんに頼み込んでいました。

 

「ごめんなさい、先輩」

「いや、栗山さんが謝ることじゃないよ」

 

 恐縮して頭を下げる後輩に、僕は首を横に振ってフォローする。

 

「アッキーの言う通りだ未来ちゃん、気負いすることはない、そしてこれらの計画には峰岸舞耶も一枚噛んでいて、最初からこの状況を作り出す為に爆破事件も込みで一連の犯行を起こしたんだろうな………たっくんに関しては、ゴジラになる前なら〝殺せる〟と踏んでいるのかもしれない」

 

 あのオキシジェン=デストロイヤーでもない限り、ゴジラを殺そうとするは一見馬鹿げているように思える。

 でも考えてみれば、澤海の前世の世界も、他のゴジラがいる世界でも、結果的には色んな要因で失敗に終わったとはいえ、本気で〝殺す〟気でいた人間はいたし、実際そこまで追い詰めたことだってある。

 あれほどの敵意と殺意を剥き出しに向けてくる相手だ………奴らもそういう類の人間だとしたら。

 今どうなっているのか見当もつかないもので………澤海、彩華さん、そして美月に対する気がかりは、大きくなるばかりだ。

 

「ともかくここで立ち話を続けるわけにもいきません、今は標的の確保が先決だと思うのですが……」

「俺も異論はない、美月が心配じゃないと言われれば嘘になるが、予定通り峰岸舞耶を捕えて共犯者を聞き出した方が闇雲に探すよりは期待を持てる」

「でも、とっくに跡地(ここ)から脱出している可能性は?」

「外の連中も共犯だとしたら、あり得るが、逃げられたら逃げられたで、一報はある筈だ」

「つまり、まだこの中にいると?」

「その可能性は高いですね、急ぎましょう」

 

 思いのほか冷静な様子の栗山さんと博臣。

 それだけ、澤海を信頼しているからかもしれない。

 僕はまだこの工場跡地のどこかにいる峰岸舞耶を確保すべく、夜の闇を走る二人を追いかけた。

 

 

 

 

 中々どうして、厄介な相手だな……俺は実際に刃を交わしたことで、狂犬――楠木右京に対しそう思わざるを得なかった。

 そう印象づけるまでの下りを、これから教える。

 

 先手を掛けてきたのは奴の方、あの時俺が割って入らなければ、夕刻の通りで秋人の血をばら撒ませるところだったその凶刃を振るってくる。

 さすがに俺も進んで痛い目を遭う気はなく、ステップを軽やかに踏んで、見事な縁を描く〝神速〟の域な斬撃を躱し、両手の三爪(つめ)で交わして流し、闇に金属音を鳴らした。

 

「花蓮!」

 

 胴薙ぎの流れで振るわれようとする刃を前に、直感の警告が煌めいた俺は、両の足裏からエネルギーを噴射させると同時に前方へ、奴の真上で虹を描く形で跳ぶ。

 霊力ででき、一枚一枚に殺傷力がある無数の花弁を帯びる刃が、胴体を掠め、副の一部が刻まれた………あんなのを人体が受けでもすれば、目の当てられぬ惨状と化すだろうさ。

 着地した俺は、敵の刃が振り切ったタイミングから素早く踏み込み、爪を振るう。

 片手は突き、もう片手は円月を描き、攻撃の役を逐一変えて攻める。

 さすがに査問官に任じられるだけあり、一度は背を見せながらも振り向き、こちらの連撃を巧みに迎撃する中、右の手の一閃が刃に阻まれる。

 その瞬間の反発を利用し、周りながら奴の背後に回り込み、背中に三刃、斬り込む。

〝生かさなければならない〟ハンデがあるのだが、相手の殺意も尋常でないので、無傷で済ませそうにない。

 

 甲高い衝突音。

 

 こっちのカウンターは、背を向けたまま背後に差し込まれた凶刃で阻まれた。

 直ぐに反撃を予見した俺は後方へ跳び下がろうとするも。

 

「鳥飛」

 

 刃が振られたと同時に、急速に膨張した大気による衝撃破が、地面から足が離れている身な俺に迫り、吹き飛ばされる。

 

「風祭」

 

 風圧による慣性の法則が続いている中、奴から下段から切り上げ一閃で、風刃(かまいたち)の群れを飛ばした。

 この数では全てを捌ききれないと判断した俺は、人体には致命傷に当たる部位へと迫る刃だけを爪で切り払い、見逃された残りは皮膚を裂く。

 後ろの内壁にぶつかる直前、指先から牽制の弾を放ちながらエネルギー噴射で宙返りし、足を壁に付けてバネよろしく跳び、そのまま着地する。

 

「〝焔〟と我が剣技を前にそこまで応じれるとはな……」

 

 忌々しげに吐かれた。瞬間沸騰器の得物の名なんざ知ったこっちゃないが、そのカラクリは読めた。

 フィクションにしても何にしても、普通何かしらのエネルギーを使った斬撃は、まず刀身にそれを帯びてから振るわれるのだが、奴の手にある剣はその反対、奴の凶刃の動きに応じて――技が発動される仕組みだった。

 研磨された奴の剣術と組み合わせれば、大抵の敵は切り捨てやれる〝初見殺し〟の剣、それがあの凶刃の正体だ。

 両腕、両脚、肩に脇腹には、さっきの鎌鼬でできた傷から流れた血で服を染めてはいるも、傷口はG細胞の再生遺伝子で跡形もなく塞がれている。

 

 状況はにらみ合いとなる。

 小手先の技では再生されると分かり、一撃で仕留める魂胆か、てんで〝ゴジラ〟のことは名以外に知らないらしい………まあ昭和の映画黄金期みたく日本国民なら誰もが見ている時勢でもないし、あの〝お祭り〟から十年以上も経っているので、奴の〝俺達〟への無知さには大目に見よう。

 その間を利用して俺は、美月の様子を見る。

 

 敵対する怪獣どもと色彩豊かな熱線やら光線やらを撃ち合っていたあの頃の戦いと、静か?動か?と言われれば〝動〟に当たるこちらと比べると、動作(アクション)の少ないものながら、独特の戦闘だった。

 ニノさんとは似ているようで違う〝重力使い〟な永水桔梗は、その能力で宙に浮き、傘を差した状態で美月を見下ろしている。

 美月は自分の周りに〝檻〟を貼り、干渉結界の外の地面は次々と陥没を起こしていた。

 永水桔梗の異能で、奴の眼下の重力は人間が立つどころか移動もままならぬ程、倍加されている。

 美月はその重力の井戸に引きずられまいと、檻の空間干渉を利用して抵抗(レジスト)させていた。

 額に汗を流し、歯を食いしばっているので、辛うじて互角に持ち込めている状況だが、仮に今俺や彩華が加勢できたとしても、〝名瀬の娘〟と〝異界士〟としてプライドがそれを簡単に受容しやしないだろう。

 今は、あの侍モドキの無力化が優先だ。

 確かに奴の剣腕も、異界士としての腕も一級であり、得物の能力も中々厄介である。

 だが奴にはそれらの持ち味を打ち消す致命的な〝短所〟がある。現にその〝短所〟のせいで、すっかり奴の顔は歪んじまっていた。

 ゴジラのことはほとんど知らずとも、俺が異形(ゴジラ)に変異できることぐらいは奴とて知っている。

 そんな俺が、〝人の皮を被ったまま〟澄まし顔でいる状態、それだけ奴の沸騰しやすい頭を煽っていた。

〝奴〟の異能の影響があるとは言え、全く………ほとほと分かりやすい。

 もし、秋人か、または未来がいたら、妖夢……と言うより〝異形〟に対する憎悪に対して抗弁でも説き伏せようとするだろうな。

 そんで侍モドキは〝人型の妖夢に家族嬲り殺された瞬間〟を吐き出して、あいつらを黙らせる…………なんてことになりそうだ。

 そこまではっきりと我ながらイメージしている俺には、二人を〝愚か〟と断じる気もないが、真似事をする気も――――毛頭ない。

 たとえあの野郎が、昔の俺とよく似た〝妄執〟を抱いていたとしても、とても〝感情移入〟など、くそくらえだ。

 教えてやるよ―――てめえがどれだけ愚かな〝道化〟かを。

 

 

 

 

 澤海の全身からチェレンコフ光色のエネルギーが溢れ出し、不気味な放電音が響き、周りの空気は慌ただしく蠢き出し、右手に光が集束する。

 人間体な彼にとっての――背びれの発光、熱線の前準備である。

 楠木右京は、〝本性見たり〟とでも言いたげなあくどい笑みを浮かべ、一旦刀を鞘に納め、居合の構えを取った。

 以前より澤海――ゴジラの名は異界士の世界では広まっており、虚ろな影の一件でその名はより高まっている。

 ただ………日本国民全体がゴジラを知っていても、名前しか知らない者が多いように、彼の実力を正当に見ている者は少なくない。

 たとえ銀幕の向こうの彼を目にしていても、過小評価している異界士の数は多くいる。

 実際、ゴジラの姿を見て尚生きている者は秋人ら例外除きほとんどいない、大半は彼の〝豪火〟で跡形もなく消し飛ばされた妖夢ばかりだからだ。

 そして楠木右京も、過小評価する異界士の中の一粒だった。

 あれが熱線の前触れであることは見て取れている査問官は、発射される直前に抜刀の〝一刃〟で澤海の首を切り落とそうと目論んでいる。

 自身の剣腕と、愛刀を以てすれば、彼を殺せると信じて疑っていない………今まで〝ゴジラ〟と戦った者たちと同様に。

 右手の集束が終わりかけているのを見計らい、楠木右京は疾駆した。

 

 正に、電光石火の如き―――神業めいた速さ―――で、鞘から剣を抜き、人の身なゴジラに、一太刀で切り捨てる。

 

 

 

 

 直前、査問官の額の中央に、衝撃と痛みが打ち付けられた。

 

 

 

 

 

 俺からの〝無言の挑発〟にまんまと嵌った侍モドキは、バカ正直に俺が熱線を放つ一歩手前で両断しようと突っ込んできた。

 飛んで火にいる夏の虫以外の何ものでもない奴に、俺は着地までの間に懐から取り出し、左手の中に隠していた〝弾〟を親指で打ち飛ばした。

 鞘から凶刃を抜き始めた奴の脳天のど真ん中に、それは命中。

 それでも奴は執念で斬りかかろうとするも、今ので恐らくご自慢な俊足は減速し、

抜かれた刃は虚しくも、俺の首に届かず掠めた。

 刃の軌道が扇を描いたところで、俺は奴の右腕を左腕で掴み上げ、そのままこちらの自慢の握力で圧し、腕力で捻った。

 骨が折れる音が響き、剣は手元から離れ落ち、凶刃を振るう為に必要な利き腕を無力化させた俺は、続けて右肘と頭突きを、憎悪で歪んだ奴の醜悪(かお)にぶち込み、膝頭にヤクザ逆蹴りを打ち込み、そのまま両腕で奴の右腕を鷲掴み――

 

「デェェェェリァァァァーーー!!」

 

 ――円を描いて固い地面に思いっきり投げつける。

 投げられた自分(てめえ)自身の重みの分が牙になる投げのダメージで、すっかり侍モドキは昏倒していた。

 ちっ、この程度で伸びやがって………投げの鬼の大地の戦士よろしく、もう後八回込みの九回はぶん投げたかったんだけどな。

 個人的な欲望と自分(ゴジラ)の攻撃性は引っ込めて、美月の助太刀に入ろうと…………したのだが、その必要はなかった。

 

 予想以上に善戦する美月に業を煮やしたのか、浮遊状態だった永水桔梗は、あいつの干渉結界目がけ降下し、さらに強力な重力の穴に引き吊り込もうとしたところ、奴の背中に何かが刺さる音が鳴った………かと思うと、美月は右腕を振り下ろし、その動きに合わせて、永水桔梗は重力の鉄槌で大地に叩き込まれた。

 ほんの一瞬、俺の目は微かだが、捉えてしまう。

 先端に鋭い刃を生やした―――恐らく伊波の異界士と同じ霊力か何らかのエネルギーで生成された〝触手〟が、美月の背中に引き込まれていくのを。

 

「不死鳥花よ、霊力を食い殺せ!」

 

 査問官二人が戦闘不能になったと同時に、下準備に忙しくて戦列に加われなかった彩華の足下に、少々禍々しさのある緑色の魔方陣が、こっちにまで感じるほどの冷気を伴いながら現れ、陣の内から〝薔薇と人間と俺でできた分身〟を思い出させられる蔦が査問官どもを縛り付け、連中を〝凶行〟に至らしめていた〝力〟を吸い取っていった。

 蔦――植物は、薔薇の顔をしていた時の分身を倒した直後に辺りの山に咲き誇ったのを思わす、こんな暗闇でも映えるほど綺麗で鮮やかな花を咲かせるも、ほんの一瞬で枯れ果て、まるで花の死を早送りで見せられている感じで、崩れ落ちて、消滅した。

〝不死鳥花〟、縛り付けた相手に掛かった〝術〟を解く特殊な花らしい、さっき彩華が口に入れたのはその〝種子〟だ。

 

「二人とも、もうちょい穏便にできなかったん? 」

 

 なんて彩華は俺達にぼやいてくるも、表情はいつも見ている通り涼しげな微笑、こいつはこんな顔をしている内は、まだ余裕だと言ってもいい。

 

「ドクダミ茶を代わりに飲んだのでチャラにできるか?」

 

 あの眼鏡の優男の口から、〝何の混じり気のない〟と出たドクダミ茶である。

 うっかり彩華が飲んでいれば、暫くは立つこともできないくらいの毒に襲われただろうが、それすらG細胞の前では〝敵〟にもならなかった。

 

「そういうことにしとくわ」

 

 と、彩華は査問官の治癒を始める。

 その間、俺は美月の様子を見ることにした。

 勝てたとは言え、かなりギリギリの勝負だったようで、美月は両脚をMの字に尻餅を付き、肩で大きく息をし、口からも工場内を反響するほどの吐息がリズムを付けて放出されていた。

 

「ミツキ」

「ハッ!」

 

 相当全身は緊張で強張り固まっていたらしく、俺の呼びかけに両肩をビクッとさせて俺に振り向き、俺の存在を知覚する。

 

「自力で無理なら手伝うが、どうする?」

 

 さすがに異界士と名瀬の出のプライドに気を遣える状態じゃなかったので、手を差し伸べると、思いのほか素直に美月は手を取って応じ、慎重に腕を引っ張り立たせた。

「あっ……」

 

 まだ自立できるほど体力が戻っていないらしく、ふらついた美月は俺の胸へと意図せず飛び込んでしまう。

 こっちも意図せず、こいつを抱き止めてしまったものの…………暫くはこの状態でいることにした。

 

 だって、美月の体は今頃になって震えに震え、そんな自分に悔しさと情けなさを覚えながらも、なけなしの踏ん張りで泣くまいと強がっていながらも、自分の服の布地を手で握っていたである。

 

 言葉の代わりに俺は、震える美月の艶と肌触りに恵まれた長い黒髪を、そっとなでた。

 

つづく。

 


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