境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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ガメラとシンフォギアのクロスのせいで間が空いたのに、まさかの澤海――ゴジラが出てこない回と言う(大汗


EPXⅣ - 取引

「もう……一体どうなってるのよ!」

 

 慌ただしい様子で、控室に入室した美月は慌ただしく口走った。

 ほぼ毎日部活で毒舌を発揮できるほど聡明な彼女だから、こんなことしてもどうしようもないことは理解しているだろうけど、それでも発散せずにはいられなかったらしい。

 

「待て待て美月……俺に八つ当たりしてもどうしようもないぞ」

 

 詰め寄られた博臣は、冷静に愛する実妹の情を鎮めようとした。

 さすがに状況が状況で、いつもの軽薄さは完全に引っ込まれている。

 

「分かってる! 分かってるわよ………でも…………」

 

 僕らにとって、今の状況を最も端的に表すなら〝最悪〟だと言うしかない。

 美月が渾身の反撃に繰り出した〝等級差別〟の一手は、藤真弥勒からの〝資料の事実確認〟申請と言う〝逆襲〟を受け、次の審議が開始される午後二時までに彼女の発言が真であることを証明する資料を作成して開示しなければならなくなった。

 澤海が揶揄した通り、ハッタリかました頼みの一手をああも一蹴されては、完全に手詰まりに追い込まれてしまったわけ。

 

「頼みの綱の一人は、あれだしな」

 

 ニノさんは控室の片隅で三角座りをし。

 

「澤海まで……連中に捕まるなんて……もう、どうしたら……」

 

 美月は力なくソファーに座り込んで、弱弱しく頭を抱えて項垂れた。

 普段のドSな女王様たる憮然とした態度から想像もできない、ショックを受けて……落ち込んでいる美月。

 無理はなかった………ただでさえ袋小路に追い込まれた状況だと言うのに、もっと最悪な事態が同時に起きてしまったのだから。

 僕らのスマホまたはケータイへ………この状況においては最も頼りになれる筈の澤海から、こんなメールが届いた。

 

〝査問官どもに捕まっちまった。気をつけろ、こいつはまだ嵐の前ぶれだ。〟

 

 こっちからいくら電話を掛けても、呼び出し音が繰り返さし耳へと響くばかりで繋がらない。

 部活含め、日常ではジョークをかますことの多いユーモアを嗜む怪獣王だけと、ちゃんと時と場合は選ぶ………ましてこんな状況で悪ふざけなんかしない。

 となれば……このメールの文面通り、澤海は異界士協会に――

 

「おいアッキー!」

「直ぐ戻る!」

 

 僕は控室から抜け出し、彼の下宿先の主である彩華さんに連絡するべく屋上へと向かって走る。

 居心地の悪さすら感じてしまうあの部屋に充満する空気では、とても上手く説明できそうになかったからだ。

 階段をひたすら駆け上がる……体は一心不乱に走っていると言うのに、頭の中は〝悔い〟の心情に埋め尽くされかけてした。

 今さら……どうしようもないと言うのに、振り払えない。

 

 もしあの時、アスファルトの血痕を追って峰岸舞耶を見つけていなければ………彼女を〝異界士〟として捕えようとした澤海を、止めようなんてしなければ………澤海も栗山さんも………こんなことには――

 

 何度振り払っても、その度に頭の中を渦巻いてくる後悔の念に苛まれながら屋上に着くと、スマホの電話帳欄から、新堂写真館を抜き出し、通話ボタンを押した矢先。

 

「無駄だよ」

 

 さっき聞き覚えたばかりの抑揚の乏しい女の子の声がを耳にする。

 振り返ると、あのゴスロリな黒装束の少女査問官――永水桔梗が、正門で会った時と変わらず無表情な顔で僕を見つめていた。

 

「新堂彩華に連絡しようとしたんでしょ?」

 

 彼女はなぜか、僕の通話相手を看破していた。

 

「今から約一時間前、彼女は他の査問官たちに協会へ連行されたわ」

 

 抑揚の乏しい口調のまま、永水桔梗は僕に衝撃を突きつける。

 

「どうして!」

「新堂彩華は指名手配犯――〝神原弥生〟を一時的とは言え転移の法で召喚している、もし今も彼女と連絡を取り合っているなら大問題だし、黒宮澤海も共犯の疑いで拘束されたの」

 

 さらに、協会に追われる身な母の名前まで彼女の口から発せられて………全身も思考も固まりそうになった。

 メールを受けてから脳に過った峰岸舞耶を見逃した罪で捕まった可能性は否定されたけど、同じくらい厄介な事態に直面したからだ。

 確かに彩華さんは、虚ろな影討伐の時、母を呼び寄せ、その母の異能で超大型妖夢を氷漬けにして追い込んだ。

 協会が血眼になって追いかけても、今でも尚逃亡を許している手配犯を呼び寄せられるとなったら……協会にとっては美味しい話であると同時に、彩華さんたちにとっては危うい話でもある。

 

「もし、今でも彩華さんが神原弥生を召喚できるとしたら?」

「召喚は呼び出される側の同意がないと無理、今回の拘束で問われるのは『連絡手段を持っているかどうか』だよ」

「なら、連絡可能だとしたら?」

「たとえ強要された形だとしても、手配中の異界士を隠避することは重罪なんだ、囮として神原弥生の確保を協力するとかと言った〝司法取引〟、つまり交換条件を呑まないと厳しい判断を下されるだろうね」

 

 つまり……僕は選択する自由すら与えられることすらなく、最悪……自分にとっての大事な人を失ってしまう〝運命〟が押し寄せてしまうかもしれない、と言うことだ。

 もし澤海と彩華さんが交換条件を呑めば、母は下手すれば協会に捕われてしまう。

 いくら母でも凄腕二人、しかも片割れがゴジラ相手では…………かと言って異界士の世界の〝司法取引〟を一蹴すれば、澤海たちの身が………想像もしたくない。

 直ちに殺されるような〝罪〟じゃなくとも、どっちにしても穏やかな話じゃなかった。

 

「ありがとう、教えてくれて」

 

 僕はポケットから、拘束から解放された栗山さんに上げるつもりだったグミチョコの入った包み紙を彼女に渡す。

 

「買収のつもり?」

「ちゃんと僕の質問に答えてくれたお礼だ」

 

 状況は最悪の極みだけど、最悪であることをちゃんと教えてくれたのは彼女だ。

 半妖夢な僕の言葉などに、全く応じない方を選ぶこともできただろうに、応じてくれたのだから、お礼ぐらいはしておきたかった。

 永水桔梗の小さな手にグミチョコを乗せて、僕は美月たちのいる控室に戻るべく急いだ。

 

 

 

 とは言え………状況の最悪の度合いは、もっと大きくなってしまったのは痛い。

 栗山さんは、変わらず疑惑が晴れぬまま未だ拘束され、打開策は見いだせず、澤海どころか彩華さんまでと、ピンチに頼れる存在が悉く動きを封じられてしまった。

 マナちゃんは大丈夫なのだろうか? 永水桔梗は特に〝子ぎつねの妖夢を捕えた〟なんて発言はしなかったし、澤海曰く〝見た目はちっこいがあれでも修羅場慣れしてる〟と前に話してくれたことがあるから、どうにか逃げ延びて無事だとは思うけど。

 

 ただでさえ体は重く感じるのに、美月たちにより状況が最悪であると伝えなきゃならないのは………たとえ必要なことであっても骨が折れる。

 特に美月は……澤海が捕われた事実に、一番ショックを受けて狼狽していた。

 あの二人………何だかんだ仲が良いからな。

 部室では清々しいレベルで遠慮なく、楽しげにうきうきと暴言を言い合い、時に結託して僕をいじり倒す仲なんだけど………どちらかと言えば鈍い方の僕でも、単なる同じ部の部員同士、異界士同士、同学年の学友同士以上の強い関係性があることぐらい分かる。

 

 考えごとをしていたせいで、体感時間ではあっと言う間に控室の前に着いてしまった。

 胸の中の重々しさを自覚しながら扉を開けると………目にした室内の現在の環境を前に、呆気に取られてしまう。

 

 なぜなら………今裁判で争っている状態の筈の名瀬兄妹と藤真弥勒が、何やら話をしている光景であったからだ。

 

「おい……これ……どういうことだ」

 

 扉を閉めながら質問を投げる。

 

「取引を持ち掛けられたのよ、藤真弥勒から」

 

 きっと内心は完全にショックから振り切ってあいないかもしれないけど、見る限りではいつもの様子に戻っている美月が答えた。

 

「もう一度詳しく説明してもらおうか? ここでの会話は絶対に外部には漏らさない、その代わり建前なしの本音で語ってもらうぞ」

 

 いつもの軽薄さを封印させて、美貌が異界士の〝顔つき〟となっている博臣が、虚空を四角形状になぞる。

 外界と完全に遮断された……密閉されている空間に閉じ込められた独特の圧迫感と閉塞感。

 名瀬家の干渉結界――〝檻〟がこの控室分の空間と僕らを、外の世界より異空間に切り取ったのだ。

 

「本音で語ろうにも、部外者がここにいるようなのですが?」

「アッキーはいないものとしてくれ、ここで話される情報を知ったところで何かできるわけでもない身だ、その様子だと………彩華さんも巻き込まれたらしいな」

「うん………僕の母の逃亡補助したってことで拘束されたらしくて……澤海も、共犯者の可能性があるから、と」

 

 僕が慌てて控室から出ていった理由も完全に見抜いていた博臣は、壁に背中を預けて腕を組み。

 

「それで、用件は?」

 

 端的に本題に入ろうとした。

 確かに他愛ない雑談は、わざわざ結界を作ってまでやるものじゃない。

 

「峰岸舞耶を確保してほしいのです」

 

〝依頼内容〟を聞かされた博臣は、頭痛に苛まれでもした様子で、美貌の一部な眉間に皺を寄せる。

 美月も解せない表情を藤真弥勒に見せている。

 

「待ってくれ………白状すると、納得のいかないことが多すぎる……わざわざ未来ちゃん、それとたっくんたちを餌にしてまで名瀬へ秘密裏に依頼するような仕事じゃないだろ?」

「どう言うことだよ博臣?」

「非公式な形の依頼を俺たちに了承させる為、たっくんたちを人質にとったのさ、だろう?」

「そういうことです、監察室も当初は簡単に峰岸舞耶を捕えられる判断でした、その結果、僕も含めて確保に向かった査問官全員が彼女の能力と技量を舐めていたことを思い知らされましてね………幹部の博臣君も、協会や査問官の変成くらいご存知でしょう?」

「勿論だ」

「なら名瀬泉が監察室からのスカウトを拒否した件も存じているでしょう、つまり協会は名瀬の跡取り候補の筆頭とはいえ、一異界士に面子を潰されているわけですよ、お蔭で頭の固い上の連中は、正式な形で名瀬に依頼をしたくないなどと駄々をこねてしまいまして困りものです」

「ちょっと待って下さい、本当に協会の面子を守るために澤海たちを利用してこんな回りくどい真似をしたのですが? とても正気の沙汰とは思えませんよ」

 

 これまでの藤真弥勒ら異界士協会のとった行動に対し、美月は刺々しさも含んだ冷静な態度で苦言を呈した。

 普段から散々毒舌の弾丸を受けていたからか、彼女の声には〝怒りの熱〟がオブラートに包まれていながらも点火していることが僕でも分かった。

 

「否定はできませんね」

 

 藤真弥勒はわざとらしく溜息を零し、僕の眉は顰められた。

 

「上はいつも予算と期限だけを決めて後は”なんとかしろ〟の丸投げですからね、押し付けられた中間管理職の辛い現実は、涙を誘いますよ」

「そんな話はどうでもいい、早いとこ依頼の詳細な説明に入ってくれ」

「おっと、これは失礼、改めて言っておきますが、ここで交わされた内容は絶対に他言無用と言うことで頼みますよ」

「勿論です」

 

 美月たちと藤真弥勒はそれぞれ向かい合う形でソファーに座った。

 眼鏡の査問官は懐からタバコとライターと携帯灰皿を取り出し、僕らに見せる。どうも一本吸いたいらしい。

 空気どころか空間そのものが切り取られた〝檻〟の中で、よく喫煙なんてできるなと思った。こっちは想像するだけでせき込んでしまいそうだ。

 美月もくっきりと嫌な表情を整った美顔に浮かばせたが、渋々承諾した。

 許しを得た査問官は口に銜えたタバコに火を点け、紫煙を美味しそうに吸って吹かした。

 まだまだ未成年な僕らからは、空気の流れが止まった密閉空間と言うこともあり、煙ったくて仕方ない。

 

「まず初めに、協会は峰岸舞耶の異能を軽視し過ぎていました、最初に確保に向かった査問官二人が返り討ちに遭った話は聞いているでしょう? あの後慌てて多数の異界士が投入されましたが………今でも確保には至ってはいません、いくつか有力な情報は手にできましたが」

「こんな回りくどいやり方をしてまで名瀬に依頼する理由が、その情報とやらにはあるのか?」

「概ね正解です、まずこちらを見て下さい」

 

 弥勒はテーブルに置かれていたノートPCを起動し、映像ソフトを開いて僕らにその〝情報〟を見せた。

 峰岸舞耶と、彼女を捕えようとしている異界士との攻防の模様だった。

 結果は彼女が勝つと分かっていても、僕は小さな画面でも迫力が伝わってくる戦闘に息を呑んでしまう。

 

「ここを注目してほしい」

 

 一通り流した藤真弥勒は一旦巻き戻し、スローで再生し直す。

 どこかの廃屋らしき建物の中で峰岸舞耶が、自身の視線と正反対の方向にいた異界士に向けて弾丸を放った瞬間だった。

 スローのお蔭で、僕の目でも、彼女の左腕が、まるで勝手に、自動的にとしか言いようのない動きで構えて発砲した様を目にしていた。そこから彼女は意識的に右手の銃口を相手に向けて追い打ちの一発を放つ。

 

「次にこれです」

 

 次に映されたのは、後方から襲ってきた異界士にカウンターの上段蹴りを相手の延髄にヒットさせた彼女だった。

 倒れた異界士に一度銃を向けながらも、気絶していると悟ると走り出し、途中鉢合わせた女性異界士に跳躍しながらの膝蹴りを決めた。

 

「ここも重要です」

 

 天井に向けて彼女が一発放った。それを受けた異界士が苦悶の表情で落下、地に落ちた相手の戦意が喪失していることを確認すると、直ぐに立ち去った。

 

「ここもですね」

 

 次に壁へ背中を預けた峰岸舞耶が、リボルバーのシリンダーから空薬莢を落とし、スピードローダーって名前だった筈の専用器具で新たな六発分の弾丸を装填し、帯革に差し込んで移動し始めた映像。

 

「質問は受け付けますよ」

 

 ここで映像による情報提示は終わった。

 

「弾を込めているから銃は異能で生成したものじゃない、その上無意識に攻撃しているような素振り………とするなら、峰岸舞耶の能力は……どんな状況下でも〝先の先〟を取れる、と言うことか?」

「ご名答です」

 

 博臣が、一連の映像から導き出した解答に、藤真弥勒は正解だと肯定した。

 

「映像が捉えた彼女の不可思議な初撃は、彼女の異能が発動されたことによる先制攻撃によるもので、それで補足した敵に対し、第二第三の追撃を加えているのです、射撃や身のこなしそのものは本人の鍛錬の賜物でしょうが、彼女の異能と拳銃の組み合わせは、敵対する側にとっては最悪と言えるでしょう」

「それが協会からの低評価に繋がる原因か……」

 

 これまでの流れから、峰岸舞耶の異能と戦闘スタイルと纏めると。

 どうも彼女には、殺気もしくはそれに相当する敵意と言った気配に対し、彼女の体が半ば自動的に反応して先制攻撃を仕掛ける異能を有しているらしい。

 僕の周りだけでも、血を自在に操り、その血そのものが生物の生体組織を破壊できてしまう栗山さんや、博臣ら名瀬家が名家たらしめる〝檻〟、そして澤海――ゴジラの、ゴジラたらしめる破壊の光、放射熱線と驚異的生命力の源たるG細胞。

 彼らと比べてしまうと、能力としては、地味なのが否めない。

 銃がなければ、背後の敵には不意打ちの蹴りやパンチ等をくらわすくらいしかできなかっただろう、だが今はその手には人の血肉を貫く鉛の弾丸を放つ〝拳銃〟がある。

 

「つまるところ、協会は〝先制攻撃〟を不当に評価していたんだな……」

 

 彼女の異能は銃の恩恵を得ることで、敵に先手を打たれるより先に、先制攻撃と言う不意打ちを与えてしまう猛威となり、彼女の異能そのものにばかり見ていた協会は手痛いしっぺ返しをくらってしまったわけだ。

 

「だから〝檻〟を持つ名瀬(わたしたち)が必要となったわけですね」

「はい、彼女の異能に対し、檻は非常に相性が良いものでしてね」

 

 確かに、予め結界で防御を固めていれば、たとえ峰岸舞耶から〝先制攻撃〟も、そこから続けて繰り出される攻撃も防ぐことができる。

 だがその檻の使い手たる名瀬には、前述の面子が邪魔して正式に協力要請を出せない。

 だから協会は、名瀬側の方から〝狂犬狩り〟を引き受けざるを得ない状況を作り出した。

 そこまでも経緯は一応理解できたけど………納得は全然できない、できるわけない。

 

「本当に協会の体面を保ちたいが為に、栗山さんに澤海、彩華さんまで拘束したんですか?」

 

 組織の保身などと言う言い訳で、僕たちにとって大事な人たちが三人も巻き込まれたのだ………澤海が口にしそうな表現を借りるなら………〝胸糞悪い〟。

 

「念の為に言っておきますが、不当に拘束したわけではございませんよ、真城優斗が栗山未来に再び接触する可能性は否定できませんし、実際新堂彩華は転移の法で逃亡犯神原弥生を召喚していますからね」

「ならまず息子である僕を拘束するべきでしょう?」

「君が現在両親と連絡手段を持たないことは把握していますし、そもそも監察室は悪質な異界士を取り締まる部署ですから、妖夢、妖夢憑きは勿論、半妖夢の我々の管轄外なわけですよ」

 

 憤りを秘めた僕の苦言を、査問官はまたもさらりと躱した。

 

「それに新堂彩華と黒宮澤海は、栗山未来と事情が異なります、代理人がどれだけ優秀でも即時解放はあり得ない、こちらも仕事で動いていますからね、二の矢は欠かせないのですよ」

「つまり、名瀬(おれたち)との交渉が決裂したら、たっくんと新堂彩華に交換条件を持ち込む気だった、と?」

「それは最悪の場合です、理想はどちらからも快諾を受けることですよ」

 

 ともかく、僕らが置かれた〝最悪の状況〟をどうにか脱するには、峰岸舞耶と何としても確保しなければならないと言うわけだ。

 それを突きつけられたことで………また先日の〝一時の善意〟が、僕の心に毒も含んだ牙を向いてきて、必死に表情にまで出させまいと耐えた。

 

「私は受けるけど、お兄ちゃんはどうする?」

「たっくんたちをこのままにしておけないし、引くわけにもいかないだろ、監察室より先に峰岸舞耶を捕まえられれば、名瀬にとっても悪くないわけだし」

 

 幸いなのは、美月も博臣も、乗ってくれたと言うことだ。

 

「ありがたい判断です、ところで博臣君、査問官に着く意志はありますか?」

「見返りとしてのスカウトなら不要だ、推薦可能となる二十歳までに実力で候補に上がりたいからな」

「ちょっと兄貴……なら家はどうするのよ?」

「幹部に居残っていても二番手の地位は盤石だ、だがそんな地位に甘んじている俺を美月は誇れるのか? 俺は頂点に立つ兄の姿を妹に見てもらいたいんだ、資質では泉姉に叶わないのなら、経験で乗り越えるしかないだろ?」

「…………」

 

 こんな状況でも相も変わらずな博臣のシスコン振り、と、名瀬家のちょっとしたお家事情の片鱗が垣間見えながらも、僕らは藤真弥勒との〝取引〟に応じる形となった。

 

つづく。


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