境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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第一章
プロローグ - 彼の名は――


 夜、遥か遠方の星と月の光さえ厚い雲に覆われ、その漆黒をより濃く、深くなっている闇の中、一人の男が走っていた………いや逃げていると表現した方が適切だ。

 男は20代後半くらいの優男で、髪は脱色でもしたかのように銀色であるところを除けば人間と言いたいところなのだが、とてもそうは見えない部分があった。

 目は、白眼の部分が黒く染まり、虹彩は黄色と絶対人間では見られない色をし……右肩から流れる血の色は、鈍く淀んだ緑であった。

 男は繰り返し背後に目をやりながら、一心不乱逃げていた。肩に傷を刻ませた本人たる〝死神〟から。

 やがてどこかの廃工場の敷地内に入り込んだ。

 とりあえず建物の中に入って隠れようとした矢先。

 

「鬼ごっこの次はかくれんぼか? 妖夢(ようむ)さんよ」

 

 背後からの声。あどけさなが残りながら、こちらを刺し貫かんとするばかりの鋭さを秘めた少年の声。

 トン……トンと、足音が鳴る。それが異形の青年へと近づいていく如に、青年の悪寒と発汗が酷くなっていった。

 少年の足音から、まるで地面を抉り、震源が移動する地震となって進撃する巨大な〝ナニカ〟を連想させたからだ。

 意を決して青年は振り返る。暗闇の中、微かに人影が見えた。

 夜天を覆っていた雲が晴れ、月明かりが人影を照らす。

 追跡者はやはり10代後半の少年で、背は170代後半、上ボタンを全て外した長袖シャツに白いインナー、下はジーパンを羽織り、余裕そうに両手をポケットに入れていた。

 夜の闇より深い黒い髪は男としては長いが女性としては短めな長さで、顔付きはかなり端正だが、獰猛な猛禽の如く威圧的だった。

 

「悪かったよ……」

 

 銀髪の青年は愛想よく笑みを浮かべて。

 

「ちょっとつまみ食いしようとしただけじゃん!」

 

 左手を突き出し、手と腕の関節部分から蜘蛛のものらしき白く束になった糸を発射、少年の胴体を両腕ごと捕縛した。

 

「死ねぇぇぇぇーーー!! 裏切り者の〝妖夢憑き〟がぁぁぁぁ!!」

 

 そのまま奇声を上げて跳躍し、右腕を黒い刃に変質させ、それを以て少年を突き刺そうと迫る。

 だが――対象たる少年の全身が青白く輝いたかと思うと……ドーム状に同色の衝撃波が迸り、彼を縛り付けていた糸を破砕した。

 青年も衝撃波と閃光で宙を跳んだまま怯む。

 その隙を少年は見逃さない。人間離れした跳躍力で青年目がけジャンプすると、バッタの改造人間を連想させるジャンピングキックを相手の土手っ腹にお見舞いした。

 受けた青年は嘔吐しながら大きく吹っ飛び、工場の一角の屋根に激突。老朽化していた建物は、今の衝撃で完全に自らを支える力を失い、轟音を立てて崩れていった。

 着地した少年は舌打ちを鳴らし。

 

「〝二代目〟と戦ったクモンガの方が、まだ骨があったぞ」

 

 と愚痴た。

 直後、建物の身体であった破片の山が四方に飛び散り、中から巨大な〝蜘蛛〟が姿を現す。

 全長は20m近くあり、一番先の前足からはカマキリのものに似た鎌が伸びていた。

 これがあの青年の正体―――妖夢だ。

 対峙する少年は怖気ずく気配の欠片も見せず、むしろ不敵に笑い。

 

「なら、遠慮はいらねえな」

 

 少年の体が、再びあの青白く綺麗な光に包まれ、段々とその姿は大きくなる。

 身長にして15mほどにまで光が肥大化すると、一瞬の閃光を経て、〝ソイツ〟は現れた。

 真っ黒い体躯、岩の如くゴツゴツとした表皮、図太い両脚に胴体、長く伸びた尻尾と背中から刺々しく伸びた背びれ、見る者の心を屈服させてしまう威圧さを帯びたハ虫類型の厳つい容貌をした―――〝怪獣〟。

 少年だった怪獣は、天地を引き裂かんとする声量で雄叫びを上げた。

 その咆哮の効果は抜群で、大蜘蛛の妖夢は明らかに怪獣に対して恐怖を感じ震えていた。

 大蜘蛛は生存本能のままに、怪獣目がけ突き進み、その両腕の鎌で切り裂こうとする。

 右腕の鎌が怪獣の表皮を捉えた……筈だった。

 大蜘蛛は驚愕する。怪獣は防御するまでのなく、鎌の一閃を受けた―――にも拘わらず、火花を散らしただけでまったくの〝無傷〟だったからだ。

 漆黒の巨獣は唸り声を上げる。

 

『残念だったな、あんたの〝なまくら〟で怪我するほど―――』

 

 その唸り声には、このような意味合いを込めて、叫んだ。

 

『――柔じゃねえんだよ!』

 

 その巨体からは想像もできない軽やかさから、右切上げで右腕を振るい、指先から生えた鋭利な爪で大蜘蛛の右腕を両断した。

 切断面から鈍い緑色の血が溢れだし、大蜘蛛は悲鳴を上げながらも、反射的に左手の鎌で怪獣の首を切り落とそうする。

 しかし怪獣は上体を逸らして、ギリギリのところで躱し、鋭く歯を生やした口で刃を挟みこみ、そのまま脅威的な咀嚼力で噛み砕いてしまった。

 怪獣は続けて剣術で言う逆風の軌道で蜘蛛の胴体へ左の拳を打ちこみ、奴の身を打ち貫いた。左手を引くと同時に上段から右の拳をハンマーよろしく打ちこみ、地面に叩きつけ、勢い余ってバウンドし、宙に浮いた大蜘蛛に図太い脚からサッカーボールキックを見舞って蹴り上げた。

 放物線を描いて大蜘蛛は仰向けになる形で大地と衝突。

 怪獣は三歩ほど地響きを上げて歩むと、その背中の背びれが青白く光り出し、口の奥から同色の光が現れた。

 それを目の当たりにした大蜘蛛は思い知る。

 奴だ……奴こそが噂で聞いた、空想上の存在でしかなったあの〝怪獣〟なのだと。

 その怪獣の……名は―――

 

『〝ゴジラ〟……』

 

〝ゴジラ〟は大きく息を吸い込むと、背びれの光の輝きが増し―――息を吐き出す要領で、口から青色の熱線が放たれた。

 闇を照らす熱線は、大蜘蛛を呑み込み、またたくまに爆発。耳を裂かんとする爆音と一緒に炎が小山のような形で舞い上がった。

 ゴジラは夜空に向かって、勝利の咆哮を上げると、爆心地へ近づいていく。

 まだ火が残る痕の間近に立つと、その体はまた青白く輝き、さっきと逆再生する形で収縮、その姿は人間の少年へと戻った。

 少年は爆心地の真っただ中に入ると、その中で落ちていた〝石〟を拾い上げる。

 宝石の原石の様に、ところどころ光沢の宿った石だった。

 

「たくみ、やり過ぎ」

 

 石を拾った直後、やや片言気味な女の子の声が聞こえ、〝たくみ〟と呼ばれた少年が声のした方へ振り向くと、6、7歳くらいの幼女がいた。

 服は白の着物で、髪は夜空の光でも映える金色がかった白色で腰まで伸ばし……狐のものらしき耳が髪の合間から飛び出ていた。

 

「マナが結界張ってくれてんだ、こんぐらい暴れさせてくれよ」

 

〝妖夢〟と対峙していた時と打って変わって、澤海は気だるそうに答えた。

 

「でも〝名瀬〟の人、後始末大変」

「あんなチャラ男如きで俺を駆り出したんだ、おあいこだよ、まあ一応火ぐらいは消しといてくれ」

「分かった」

 

 マナという名の少女は了承すると手を突き出し、掌から魔方陣らしき光の円陣を出現させると、そこから冷凍ガスを発射、まだ燃える火を次々と浴びせて鎮火させた。

 

「帰るぞ、マナ」

「うん♪」

 

 マナの体が光り出し、人間の姿から小さくなっていき、リスぐらいの大きさで、彼女の髪と同色な子狐となった。

 子狐はぴょんと跳ねて、澤海の肩に乗り、それを確認した澤海はその場から悠々と立ち去る。

 

「せっかく今日は〝怪獣大戦争〟でも見ようと思ってたのに、人遣い荒いよな……名瀬泉、明日も〝芝姫〟の選考苦行(さぎょう)があるのってのによ」

 

 道中、澤海はあくび愚痴を零しつつ、口笛で〝怪獣大戦争のマーチ〟を口ずさみながら、帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このお話は、黒宮澤海(くろみやたくみ)――怪獣王ゴジラ含めた長月市立高校文芸部の面々たちによって奏でられる物語である。


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