境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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EPⅫ - 異界士裁判

 栗山さんが、僕――僕らからしたら言いがかりとしか言いようのない理由で異界士協会の査問官たち――藤真弥勒らに連行された次の日、まだ選考作業が残っている状況ながらも、文芸部の活動は休止されることになった。

 協会の決定に納得いかなかった美月が、あの後僕らから事情を聞いたニノさんと一緒に協会に異議を申立て、『栗山未来の拘束は正当に値するか?』を問う裁判が行われることになり、その準備の為――が理由だ。

 

 数週間振りに、陽が出ている時間帯に住まいのマンションに帰宅した僕は、気晴らしに一昨日買った眼鏡の鑑賞でもしようと考えたのだが、今でもどこかの協会の施設の中で、尋問を受けている栗山さんのことを思うと、とてもそんな気分になれず、いつもの自前のオムライスを食べた後は、何もせずに消灯した部屋の中で、ベッドの横になっていた。

 

 それでも栗山さんが心配で心配中々寝付けず、デジタル時計が日を跨ぐべくカウントダウンを刻んでいる途中、充電器に置いていたスマホがメールの着信音を鳴らす。

 送り主は美月だった。簡素かつ事務的な文体で、栗山さんの裁判が行われる日時と場所が記された地図が載っている。

 いつも彼女が送ってくるメールは、良くも悪くも表現豊かなだけに、余計に素っ気なさを覚えるけど、それだけ事態は深刻であると理解もできた。

 

 そしてその次の日の朝、僕は電話で学校に『風邪を引いた』と連絡をし、添付されていた地図を頼りに『異界士協会第八支部』へと向かっている。

 

 

 

 

「ここ…か」

 

 周辺の環境と、地図の図面を照らし合わせて、眼前の建物がそうだと見抜く。

 広大にな敷地に建てられた左右対称な近代建築様式風の五階建ての建物と、それを囲う塀、そして正面の門扉には、第八支部であることを示す刻印が堂々と張り付けられていた。

 

「妖夢が堂々とここに入るところなんて初めて見た」

 

 門を通ると、これで三度目の邂逅でありながら、声を聞くのはこれが初めてな………査問官の一人である〝永水桔梗〟から声を掛けられた。

 今日も黒いゴスロリ服と、同色のフリル付きの傘を差している風体。

 

「後輩の審議が十時から始まるんでね、君はここで何を」

「無関係な一般人が入らないよう見張っているの」

「あんな大きな看板掲げといて間違って入った、なんてドジを無関係な一般人がやると思えないんだけど……」

「人は真実より、本当は嘘でも信じたいことを信じる生き物……異界士を必要としていない人には存在を認識できない………それでもごく希に迷い込んでしまう人がいる」

 

 前から博臣あら名瀬家の〝檻〟や、彩華さんやマナちゃんの結界を通じて知っていたけれど、改めて〝人除けの結界〟の特性を聞かされて、頷かされる。

 異界士か、僕みたいに異界士の世界を知る者を除いた不特定多数の人々に〝存在しない〟と暗示を掛ける……施設全体に張り巡らされた〝まやかし〟の術。

 

「ところで、栗山未来の審議がどこで行われるか知ってるかな?」

「エントランスにその日の裁判の日程が載ってる掲示板があるから、そこを見ればいいよ、それでも分からないなら事務員に聞けばいいし」

「ありがとう」

 

 半妖夢な僕の質問にもちゃんと答えてくれた査問官の少女に礼を述べて、僕は第八支部の中に入った。

 言われた通り、エントランスの掲示板と、施設全体図を照らし合わせて、二階に繋がる階段を登る。

 それらを全て登り終えた直後、僕の目は――先にここに来ていた澤海と博臣の二人の姿を捉えた。

 二人も丁度、顔を合わせた直後だったらしい。

 

「よお」

「やあアッキー」

「澤海はともかく、なんで博臣までいるんだよ……立場上動けないんじゃなかったのか?」

 

 栗山さんの拘束に異議を申し立てた美月は、〝名瀬家の人間〟としてではなく、名瀬美月個人として裁判の審議に臨むことになっている。

 つまり、名目上名瀬家そのものとは無関係となるややこしい事情で、博臣は妹に手を貸すことはできなくなっている筈だった。

 

「〝名瀬の幹部〟として美月の様子を見に来たんだと」

「そういうこと、それがたまたま未来ちゃんの審議だったと言うだけさ」

 

 博臣も来ている理由を澤海が説明し、本人がそれを補足させた。

 

「煩わしい話だよな、それ」

「煩わしさに塗れているのが組織なのさ、大人の事情一つで簡単に白が黒になるし、その逆だってあり得る、面子の落としどころを探るのも、組織を動かす上で欠かせないスキルだ」

「大抵の組織の長は、落としどころの塩梅をミスって俺の〝体色〟より真っ黒にしちまうけどな」

 

 若輩ながら、異界士の世界に長く関わってきた博臣と、人間たちの組織の思惑に振り回され続けてきた澤海の言葉に、胸がずしりと来る。

 そう言う世界で―――自身の存在意義を表明し続けるべく、あの眼鏡の似合う純真で優しいゆえに、傷つきやすい少女は戦い続けてきたのだから。

 改めて、栗山さんの心理状態がどうなっているか、気が気でならなくなった。

 裁判が行われるっことは、少なくとも無理やり〝嘘の供述〟を自供させられる事態にまでは行ってないんだろうけど………でも今日の審議が、間違いなく、彼女に残る傷を〝抉る〟になると想像できるのは難くない。

 その懸念が胸の中を巡りつつも、法廷に向かおうと三人で廊下を歩いていると。

 

「あら、若い男子が並んで歩くのも悪くないじゃない」

 

 廊下の壁に身を預けていた背広姿の美人――つまり顧問で美月と一緒に審議に出ることとなっているニノさんを見かけた。

 

「軽口を叩いている余裕はあるのかニノさん……連中がここまで強引にことを進めると言うことは、何か切り札を持っているかもしれないんだぞ」

「たまには先生を信用しなさいって! もう大船どころか空母に乗ったつもりで私たちの活躍を拝んでくれればいいのよ! 今日のラッキーカラーは醤油みたいな黒! そして私の補佐役は黒髪の似合う美月ちゃん! どう考えても負ける気がしないでしょう!?」

 

 うん、誰がどこからどう見ても、どう考えても、ニノさんの様子が奇天烈極まるおかしさで満ちており、僕ら三人とも、各々らしい表情で暫く返す言葉が一言分も見つからず、そのくせ口はぽっかり開けられていた。

 

「寝坊した上に、一杯引っかけやがったのか? 寝癖ひでえぞ」

 

 僕らを代表して、澤海が皮肉たっぷりに、それでいて彼らしい彼なりの配慮も籠った口ぶりを見せる。

 

「そんなわけないでしょ! それにこれは寝癖じゃなくて流行間近の髪型よ、知らないの?」

「え?」

「はぁ?」

「あぁ?」

 

 僕ら三人同時に、意味不明なニノさんの発言に?だらけの怪訝な顔になる。

 

「なぜなら―――私が流行らせるからよ」

 

 などと、ドヤ顔で宣言する。

 もういちいちツッコむ気すら失せた中、わけわかめな宣言をしたニノさんはその場から立ち去った。

 美月からのメールを受けてから今日ニノさんに会う瞬間まで抱いていた不安とは違う意味で、今日の裁判の行く末がとて~~~も心配になる。

 奇行をやらかして裁判そのものが滅茶苦茶になってしまったらどうしよう……と本気で考えてしまった。

 

「ありゃまた、目当ての男から壮大に振られたと見た」

「みたいだな」

「みたい……だね……あはは」

 

 そんなニノさんの様子がおかしい原因そのものは、三人全員が見抜いていた。

 

 

 

 

 

 異界士でもある生徒――栗山未来の身の潔白を表明しなければいけない裁判なのに、十中八九盛大に失恋したショックが抜けきれていないニノさんの最悪のコンディションを目の当たりにして、早速暗雲が立ち込めているのを直視させられつつも、俺は彼女が心配でまらない様子が剥き出しな秋人と、何だかんだ妹が心配で様子見に来た博臣と三人で、法廷の傍聴席のフロアに入室する。

 全席自由席なので、一番乗りの特権を有効活用して、俺たちは最前列を陣取った。

 内容が内容なだけに、開始時間が迫っても俺らの他に傍聴に来る者はほとんどおらず、実質貸し切り状態である。

 バイブも鳴らぬよう設定したスマホの時計を見て、数字が午前十時を表示されると、同時刻、こちらから見て左側から藤真弥勒が、反対の右側から、正装代わりの制服姿な美月とニノさんが入室して、長机に腰を下ろし、恐らく拘束されている間の監視役であろう女異界士に付き添われて未来も姿を現した。

 奥の方の中央――査問委員席に、裁判長に当たるそこそこ歳食った年代の異界士も座し、書記係の青年が、審議の開始を宣言。

 

「これより、被告人二百八十七番の審議を開始します」

 

 同じ人間な相手を、名前ではなく〝番号〟で呼ぶ………しかも当人が明確に何かしらの罪を犯したわけではなく、ある事件の犯人が彼女の関係者かも知れず匿うかもしれないから――な理由だけで、こんなことになっているせいで、『二百八十七番』の響きが、こっちの耳からは偉く無機質で不快に聞こえた。

 

 開始の挨拶の次に、事の発端からこの審議を行うに至る流れを改めて大まかに説明がなされた後、いよいよ本格的な審議――まず藤真弥勒から、栗山未来への質問が始まる。

 

「栗山未来さん、あなたが真城優斗と出会ったのはいつ頃ですか?」

「小学校に上がる前で、中学までは一緒の学校に通っていました」

「それはまた随分と長いお付き合いですね、中学まで関係性を維持した幼馴染なんて、私の周りには数えるほどしかありません」

「藤真査問官、話が脱線しています」

 

 軽口で話を脇に逸らせた優男に対し、美月が異議を唱えて苦言を呈する。

 

「査問官は要点を絞るように」

「分かりました」

 

 査問委員からも注意を受けた藤真弥勒は――

 

「それでは、真城優斗といつの時期から連絡を取らなくなったか、教えて下さい」

 

 ――一転して、いきなり核心に踏み込んだ問いを未来に投げた。

 

「あなたが重要参考人と無関係であると言うのなら、長く続いた関係性に決定的な溝ができるだけの出来事があった筈です」

「それは……」

 

 まだ出だしの段階だと言うのに、未来は査問官の質問を直ぐに返すことができず、言葉を詰まらせてしまう。

 真城優斗との関係性の決定的な変質を齎した過去は、未来自身の最大のトラウマ――伊波唯をこの手で殺した〝罪〟――と直結してしまっている為、こうなるのは無理からぬ話だ。

 

「何が、それは、ですか?」

「それは………二年くらい前からです」

「では何がきっかけで連絡を取らなくなってしまったか、具体的な経緯を話してもらえますか?」

「…………」

 

 まだ質問が三つ目だと言うのに、完全に未来は黙り込んでしまう。

 その痛ましい小さな背中を見ていられなくなった秋人は――

 

「ここは異議で質問をやめさせた方がいいんじゃないか?」

 

 ――なんて提案を切り出して来たが。

 

「ダメだ、ここで中断なんかしてみろ、裁判長の中でミライ君への疑いが強まっちまう」

 

 秋人の逸る気持ちは理解できても、その提言は当然ながら却下するしかない……そんなことをすれば、未来の立場を余計悪化させてしまうだけ。

 

「ここは、未来ちゃん本人の口から、真城優斗との縁は切れていることを証明しなければならないんだよアッキー」

 

 博臣も、平静から遠ざかっていく秋人を何とか抑え、宥めようとする。

 

「そんなこと……栗山さんに……」

 

 ああ……確かに、異界士の世界では優し過ぎる少女には、酷(こく)過ぎる試練だ。

 理解者であり、深い縁を結んでいた筈の相手を、今は〝無関係〟だと断じるなど、たとえ嘘でも口にするには相当精神に負担を掛けてしまうだろう。

 でもやるしかない――こればかりは、自身一人で戦い抜かなければならない〝戦い〟、でないと枷を嵌めようとする連中から……〝自由〟を勝ち取れない。

 

「私と優斗の師である伊波唯さんが……虚ろな影の討伐任務の際、憑依されてしまったのです………討伐には成功できましたが………唯さんを救うことはできませんでした、その事件以来、優斗とは疎遠になりました」

「それはなぜです? 本来なら師を失った弟子同士、密かに連絡を行っていてもおかしくないでしょう、どうして伊波唯の死が発端となって疎遠になってしまったのですか?」

「…………」

「栗山さん、答えてもらわないと困ります」

「…………」

 

 トラウマの中で、最も触れられたくない部分に踏み込まれてしまったことで、またしても、未来は沈黙の態度を取ってしまった。

 

「…………」

 

 それでも、このまま黙っていてはダメだと発破を掛けたらしく。

 

「それは………憑依した虚ろな影ごと、唯さんを……私が殺したからです」

 

 はっきりと、自らを今でも苦しめる〝罪〟を、ついに自身の口から明かした。

 

「これは参りました……伊波唯の死が引き金となって、あなたと真城優斗の関係は崩壊してしまっている」

 

 華につくほど、嫌に芝居がかった調子で藤真弥勒は肩をがっくりと落とした。

 美月とニノさんは、何か意図がある見て、優男を注視している。

 

「では、どうしてまた連絡を取り合うようになったのですか?」

「関係が修復されたわけではありません」

「答えになっていませんよ」

「………」

 

 三度目の沈黙……身の潔白を証明するのは、痛すぎる数だ。

 

「では質問を変えます、先に連絡を取ったのはどちらですか?」

「優斗です……仕事の依頼と言う形で」

「依頼内容もお教え下さい」

「時期を聞くだけで充分でしょう!?」

 

 一連の詰問を前に、苛立ちが溜まっていたらしいニノさんが、声を荒げて異議を申し立てたが――

 

「拘束した理由を証明する為に必要なことです」

 

 ――藤真弥勒は即、反論を打ち返してきた………その辺の頭の回転の速さは、一応感服せざるを得ない。

 結局……〝依頼の詳細な内容〟を聞き出す是非は査問委員に委ねられ。

 

「質問を認めます」

 

 藤真弥勒側に軍配が上がり、ニノさんは悔しさを顔に見せながらも渋々決定に応じて引き下がった。

 

「今年の春先に、虚ろな影を討伐してほしいと依頼があったのです」

「あなたは二年ぶりに連絡を寄越してきた真城優斗に、不審を抱かなかったのですか? しかも決裂を齎した元凶たる虚ろな影となれば、何か思惑があると考えてしまうのがふつうです」

「…………」

 

 四度目の沈黙……しかも今までのより、その時間は長く続いてしまい。

 

「被告人、答えて下さい」

 

 ついに査問委員が、返答を求めてきた。

 不味い……こいつは藤真弥勒側の発言に信憑性を感じ始めてやがる。

 ここまでの流れを見れば、そっちに傾いてしまうのも詮無き話なんだが……何しろ〝材料〟が揃い過ぎている。

 

「依頼を受けた時の私は……優斗に殺されるかもしれないと考えていました」

「なぜです?」

「私に復讐するのに、最も好都合な妖夢だと思ったからです……唯さんと同じ苦しみを味あわせるなら、虚ろな影以外に考えられません」

「つまり、真城優斗の怒りと憎悪は虚ろな影に止まらず、伊波唯を殺してしまったあなたにも復讐の矛先が向けられていたと?」

「誤解だと知るまで、私はそう思っていました」

「その点が私には分からないのです………殺されるかもしれないと考えながら、なぜ虚ろな影の進行ルート上に位置していた長月市に引っ越したのか……」

 

 連中のやり口にはくそったれと罵りたいが、確かに揃い過ぎているのだ………栗山未来が、真城優斗を匿うかもしれない可能性を示す〝判断材料〟が。

 文字通り、〝真城優斗の為に本気で死のうとしていた〟のは紛れもない事実。

 

「〝殺されるつもりで依頼を受けた〟のだと、汲み取っていいのですね」

「………」

「沈黙は、肯定と受け取りますよ」

 

 半ば脅しな藤真弥勒の言葉にも、黙秘で応じてしまった。

 やっぱりこうなってしまうか………妖夢どもを狩る裏で、化かしあいと騙し合いと策謀と思惑が渦巻く異界士の世界で、この子はあまりにも優しすぎるし、その優しさを隠し、潜めさせる術を持っていない。

 

「真城優斗に対する栗山未来の依存度は、充分危険域にあると思われます、爆破事件に進展が見られるまで、保護しておくべきでしょう」

 

 未来からの返答を待たず、一通り質問を終えた藤真弥勒は査問委員に申告した。

〝保護〟なんてオブラートを包みやがったが、結局のとこ主犯の疑いがある人間を匿うかもしれないなんて理由で〝拘束〟することに変わりない………反吐が出そうだ。

 無論、あの査問官の暴挙に異を唱えた美月たちが、大人しく黙っているわけもなく。

 

「自己犠牲と愛情は、似ているようで非なるものです、確かに栗山未来の置かれた環境を踏まえれば、真城優斗に依存していたとしても不思議ではありません」

 

 寝癖が目立つことを除けば、凛然とした顔つきと立ち姿で、ニノさんが未来の弁護――反撃を始めた。

 さっきの寝癖も直さずハイテンションに捲し立てる姿には不安の荒波に晒されてしまったが、公私をこうちゃんと切り替えられる辺り、さすがだ。

 

「栗山未来は、たとえ真城優斗から協力を求められたとしても、むしろ説得する道を選びます、そうでなければ、彼女がここに来ることもなかったでしょう」

 

 ここまで藤真弥勒が追及してきた事柄の数々も事実ではあるが、一方でニノさんが反撃のカードとして切り出したのも、また事実。

 あの時の別れ際、未来は〝俺と一緒に来ないか?〟と、余りにも遅すぎた……彼女にとって最も求めていた言葉と瞬間を真城優斗から提示されながらも、あの子は毅然と………ともに破滅に至る地獄の道に進むことはなかった。

 奴も、未来の性格なら、もし自分の〝復讐〟の計画を洗いざらい明かせば何が何でも止めようと立ちはだかることを重々理解していたから、何も告げず表向きの〝依頼〟しか話さなかった………それであの子を苦しませちまったから世話ねえけど。

 

「憶測が過ぎていませんか?」

「それを言い出したら、そちらの発言も憶測の域を出ていません」

「こちらはただ、疑わしい可能性を照明すればいいだけ――ですからね」

 

 だが……未来が奴に加担しないと証明するのは困難で、逆に加担してしまう可能性を証明するのは、容易なのも事実なのが痛い。

 

〝嘘つき〟を証明するのは簡単、嘘を一つだけでも解き明かしてしまえば事足りる。

 

 逆に、〝正直者〟は、いくらしようと証明しようと裏付けをいくら多く並べ立てても、本当にその人間が正直なのだと納得させることは、無情にも……非常に難しい。

 

 美月と秋人たちには悪いが、この前提があるせいで、どうしても裁判が始まる前から、有利のベクトルが藤真弥勒側の方に傾いてしまっていた。

 それを嫌と言うほど、口が達者で頭もキレる優男の査問官を前して突きつけられたニノさんは、苛立ちを微塵も隠しもせず、ボサボサ気味な頭の髪を掻き乱し…………って……あ、あれ? つい数分前は同僚兼文芸部顧問の凛とした立ち姿に安心させられたのだが、ここで廊下で会った時の〝不安〟が、一気にぶり返してきた。

 あからさまに、嫌な予感がする……戦場でもほとんど出した覚えがない冷や汗が、額から一滴流れてくる。

 

「あなたは、コンビニの棚に愛が並んでいると、お思いですか?」

「は、はい?」

 

 寝癖の言い訳に勝るとも劣らぬ、全く意味を推し量れないニノさんの発言に、至極全うな疑問符が、藤真弥勒の頭の横に浮かんだ。

 

「たとえ二年間離れていてもその人のことを第一に考えられる人がいれば、反対に同居していても、書置き一つでいきなり蒸発する奴もいるのだと言いたいのです!」

「代理人、要点を纏めて下さい」

「私にも人生設計があると言うことです!」

 

 査問委員が暴走しつつあるニノさんを戒めようとするも、我ら顧問のテンションは一向に大人しくなる気配がない。

 

「予定通りに進んでいたなら、旦那と二人で子どもの寝顔を眺めて幸せを実感し、足のもみ合いっこでもしながら三十までには二人目が欲しいねなんて話してた筈なんです! なのに実状は録画したドラマの展開を突っ込んで酒飲む毎日!」

 

 皮肉なジョークを返した時には、さすがに朝っぱらから酒は飲まねえだろうとと信じてはいたけど………今は、本当にストレス発散にヤケ気味で飲んできたのでは? と下種の勘繰りが過ってしまうのは不可避だ………冷や汗もさらに流れ出てきやがる。

 

「朝起きた時『色んな世界を通りすがってくる、俺は風の人』なんて書置き一つで捨てられた女の気持ちが理解できますか? たった一晩でどんな心境の変化があったか分かりませんよ!」

 

 どこぞの世界の破壊者みたいな置手紙で振られた境遇には同情も禁じ得ないが……多分一晩よりずっと長いこと前から、ニノさんを〝一生愛し抜く自信〟は喪失していたと思うぞ。

 長月に腰を下ろして彼女と幾度も妖夢退治の仕事をともにこなすようになって3年の付き合いな自分から見ても、この女性は色々〝重い女〟だってのは嫌ってほどに知っている。

 

「誰もが羨む男は大抵会った時には売約済み、たまに掘り出し物の独身を見つけたと思ったら同性愛者! 前に年下の良い男を二人も見つけたと思ったら………半○健人似の片方は恋愛自体興味なさそうで、貴公子っぽくて可愛い系のもう片方は妹しか愛せないとかあり得ないでしょうが!」

 

 おい、その年下の男二人って………まさか俺と博臣のことを言ってるのか?

 とんだ問題発言だぞ! あんたは教師の身で生徒な俺たちを一時の迷いでも〝そんな目〟で見てたと言うのか!?

 

 ニノさんの爆弾暴言に、博臣は頭痛を発症したらしく項垂れ、秋人も開いた口がてんで塞がらない。

 さしもの藤真弥勒も、目んたま白黒させて相手の乱れ撃ってくる弾丸の中身に理解をできずにいる。

 有能な査問官ですらこのザマなので、査問委員のおっさんは注意すら忘れて思考停止の状態に陥っていた。 

 

「えー………代理人………どうか本件から逸脱した発言は控えてもらいたい」

 

 どうにか思考力を取り戻してニノさんを落ち着かせようとするも。

 

「これが関連のある発言でなくてなんと言うのですか!? 世の中には存在しないかもしれない〝純愛〟が栗山未来と真城優斗の間には在った! そのな二人が互いに迷惑を被らせる隠蔽や隠匿を行うわけがありません! お・わ・か・り!」

 

 う~ん……今のはどうにか、言わんとすることは読み取れたのだが………本人にとっては正当性のある未来の弁護のつもりでも、完全に個人的怨嗟に塗りつぶされた愚痴だらけの独壇場となってしまっている。

 正直そう言う赤裸々トークは、女子会以外に発散しないでもらいたい。

 

「それ以上の発言は、協会侮辱罪に抵触しますよ」

 

 平常心で裁判に臨んでいた筈の査問委員の堪忍袋の緒が、あわや切れかかる中。

 

「どういうこと―――」

 

 ビㇱッ!

 

 檻による気配遮断でニノさんの背後まで近づいていた美月が、おしおきのチョップをお見舞い。今の荒療治でどうにかニノさんの暴走は収まり、さっきまでの激情の激流はどこへやらな感じで大人しく腰を下ろした。

 

「二ノ宮氏の態度は確かに問題あるものでしたが、決して協会を侮辱するつもりで発言したわけではありません、栗山未来さんの拘束がいかに馬鹿げたものであるか、身を以て表現してくれたのです、これからそれを証明させて頂きます」

 

 顧問の暴走が良い反面教師になったようで、美月は努めて冷静かつ気丈に、長机の上に置かれていた資料を手に取り、弁を紡いでいく。

 

「この資料によると、隠蔽、隠避の可能性のみで身柄拘束された事案は、千二百五十六件まで登ります、内九割は理由開示手続きの段階で解放されていますが、残り一割の実際に拘留された事案は百十二件」

 

 ここで異界士にも、等級が存在していることを説明しないといけない。

 上の位から、A、B、C、D、Eの順で、能力、実績、協会からの評価によって振り分けられている。

 俺の等級は一応〝B〟、一応と付いてるのは、連中にとって俺は目の上のたんこぶであり、かと言って実績も無視できないゆえの渋々なものだから、俺は別に問題ない。

 未来の等級は、やはりその能力と出自による、異界士の世界にも存在する〝差別意識〟もあり、現在も最下位のEのまま。

 

「しかも等級が低い異界士に限られている、反対に即時解放された千百四十四件の事案の内、DとEに該当する異界士はわずか十二名、この偏りは偶然の産物かどうか検証していただければ、今回の拘束が不当であることを証明できる筈です」

 

 美月はその差別意識ってやつと、中途半端に汚れた大人どもに存在する〝やましさ〟を逆に利用して突いてきた。

 査問委員の顔が険しくなったのも、組織の中にはそんな悪しき風潮がこびりついていると認識しているに他ならない。

 

「異界士協会は、全ての異界士が公正な判断を受ける為に存在する機関ですよね、ところが実情は、過去の不平等に下された判決すら忘れ去られている―――公平さはどこに?」

 

 今度は黙り込まされる立場になった査問官と査問委員。

 未来を救いたい思いを秘めた美月の反撃は、一見成功したように見えたが――

 

つづく。


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