境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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今回出てくるニノさんのいとこですが、ほんと原作でも大体こんな感じです(大汗


EPⅪ ⁻ ネットダイバー

 藤真弥勒ら査問官どものとんだご来訪で、いつもの部活動ってやつが破壊されてしまったその日……ここ数週間は選考作業で夜遅くまで続いていた活動が、早めのお開きとなった。

 学校から写真館に帰宅した後、晩飯にありつき、その後直ぐ、部活で消費されていた分の時間を活かす形で外出する。

 いかにも学生ですな制服姿で夜は目立つので、当然私服、暴漢不良通り魔に襲われる心配はない、むしろそいつらが俺と鉢合わせちまった方が〝不幸〟だ。

 何度か実際経験しているのだが、俺が一発〝睨み〟を利かせただけで、連中の精神をへし折ったことがある。全員腰が砕けて尻もち付き、幼児のぐずりが慎ましく見えるくらい情けない声で泣きわめいて逃げる様はまだはっきりと覚えている

 風の噂によりゃそいつら全員、伸ばしていた上に染めていた髪を大胆に刈り上げていたらしい。

 

 耳に付けたイヤホンの端子と繋がっているスマホのリピートボタンを押して再生し直す。

 この端末には主に伊福部大先生のを筆頭としたBGMたちが詰まり、気分展開に鑑賞しているが、今の俺は音楽を聴いているわけじゃない。

 

『(――査問官の藤真弥勒と申します――)』

 

 先刻、本日の部活の早じまいの元凶たる査問官どもが来て、未来を〝任意同行〟による〝強制連行〟するまでの下りをスマホのレコーダー機能で録音させたもの。

 奴らの気配を感じてから部室に入るまでの間、咄嗟にかつこっそり、美月らにも気づかれぬようポケットに入れたままレコーダーアプリを起動させていた。

 それで録った一連の会話を、繰り返し聞いている。

 連中の目的の一端を掴めればとも期待していたが……今のところ目ぼしい収穫はない。

 それでも少しでも〝手がかり〟はないかと聞きながら歩いて行く内に、目的地の前に着いてしまった。

 耳に付けていたイヤフォンを外して、見上げる。

 

「白目の怨霊くれえか……」

 

 正直同じゴジラでもいけ好かない部類に入るが、吐く熱線は好みな〝あいつ〟と同じ、高さ60mはある――いわゆるデザイナーズマンション。一番家賃が手ごろな部屋でも月10万は悠に超えていそうである。

 うん、実に〝壊し甲斐〟のある建築物である(ニヤ。

 実際にやるつもりはないが、自分がヒトの作った建物に求める〝価値基準〟は〝いかに気持ちよく壊せそう〟かだ―――だって俺は、壊してなんぼな〝怪獣〟である。そんで酔狂なことに、俺達(かいじゅう)が実在する世界では〝災い〟だが、俺達(かいじゅう)が〝役者〟な世界じゃ、俺達の破壊はむしろ〝名誉〟となって歓迎されてしまう………アホらしくも可笑しな話だ。

 正門を抜け、いかにもな豪華さを帯びたエントランスに繋がる正面玄関に設置されているカメラと数字が割り当てられたボタン付きインターフォンの前に立ち、これから訪問する人物が借りている部屋の番号を押す。

 

「どちら様でしょうか?」

 

 スピーカーから、大体20代の後半くらいな男の声が響いた。

 

「先程お電話致しました黒宮です」

「おお~~お待ちしていたよ」

 

〝うきうき〟って言葉が似合うくらい、いい歳してるだろうにうきうきした声音で男は応じる。

 さすが……文芸部の面々が〝真人間〟に見えてしまうくらいのド変人、美月と博臣が〝一人で訪ねたくない〟とぼやくのも納得しつつ、開かれた自動ドアを抜けて、中に入り、エレベーターで目的の階に登り、さらにもう何十歩進んで例の声の主が住む部屋の扉の前に着き、隣接する形にで備え付けられたインターフォンのボタンを押し鳴らした。

 数秒分の間を置いて、扉が開き――

 

「やあ、いらっしゃい―――よくぞ来てくれた」

 

 部屋の主が姿を現し、来訪した自分を出迎える。

 あの優男と同じ、端正な顔に眼鏡を掛け、されど一見すると気難しそうで理系的オーラと、学によって洗練された知性を纏っている青年。

 

「ん? どうかしたかね?」

 

 だが、俺の直感は、そいつの姿を一目見ただけで、一つの〝確信〟を俺に齎す。

 

「いや……ヒロオミやニノさんから聞いた通りの〝ド変人なド変人〟だと思っただけだ」

 

 彼は間違いなく――全人類有数、いや頂点の域にいるドも付く〝変人〟だ。

 きっとこの先、ここまでの逸材に会う機会はほとんどないだろう。

 天才とバカは紙一重なんて言葉があるが、こいつはその言葉そのものを体現していると言ってもいい。

 その証拠に―――世間体的には無礼な物言いを初対面からいきなりかましたにも拘わらず、男は憤るどころかツボを突かれた様子で笑いこけ出していた。

 

「君の方こそ、ニノと博臣君から聞いた通り、面白い人となりをしているな!」

「そいつはどうも」

 

 笑いを発散させたまま、意匠返しまでしてくる。

 

「〝破壊神〟の道はもう極み尽くしただろう? 今度は〝笑いの神〟を極めたらどうかね? Mr.GODZILLA」

「面白そうだが、遠慮しとくよ――一ノ宮庵さん」

 

 おっと、そう言えばこの変人の紹介をしていなかったな。

 彼の名は――一ノ宮庵(いちのみや・いおり)、ニノさんこと、我が文芸部顧問兼仕事仲間な二ノ宮雫の〝いとこ〟だ。

 

 

 

 

 彼に案内される形で、この建物の内で最も値が張るであろう部屋をお邪魔する。

 ここが日本、それも一介の地方都市のデザイナーマンションの一室であることを、一瞬でも忘れさせるには充分な異世界に彩られていた。

 置かれている家具も、天井にぶら下がっている照明も、壁に掛けられている小物たちさえ、いわゆる洋風で構成されている。

 新堂写真館の昭和レトロな喫茶店に、勝るとも劣らぬ異空間に、これはまたぴったりなクラシック曲が響いていた。

 確かこの曲………フランツ・リストって作曲家の〝愛の夢 3番〟だったか? 実際の流れより時間をゆったりとした感覚へと誘わせるには、もってこいの組み合わせであった。

 

「座りたまえ」

 

 リビングに置かれた、見るからに柔らかそうなソファーに案内され、腰を下ろす。

 何分かすると、キッチンで紅茶を淹れていたらしい一ノ宮庵が、独特の花模様に彩られたアンティーク系の陶器が乗るトレーを持ってきて、ソファー前のテーブルに置く。

 手慣れた様子でカップに注がれた紅茶を、丁重に一口、一応写真館の喫茶店で紅茶を出した経験があるので、少量飲んだ程度で彼が長年嗜んでいるのが分かった。どちらかと言えばコーヒーな自分でも深みのある風味ってのを感じられる。

 

「さて、私に何を調べてほしいのかな? 相当急を要しているようだが」

 

 嫌味さが全然見えない見事な所作で自分の分の紅茶を飲みながら、さっそく本題に入る。今の現状からすれば、その方がありがたい。

 

「ああ、どうしても今すぐ情報が欲しくてな」

 

 具体的な依頼内容を、彼に説明する。

 一ノ宮庵の職業を述べると――情報屋な異界士だ。

 これでも俺は異界士稼業が長い方なので、懇意にしているこの手の世界に関わっている情報屋は結構多い、真城優斗が起こした事件云々に関しても、稼業のキャリアの積み重ねで形成された情報網が役に立った。

 彩華もその一人、ただ彼女は主に、妖夢を専門とする情報屋である。

 それでも顔が広い身で、わざわざニノさんの親類とは言え、今日初めて会う異界士に調査依頼をしているのかと言えば、彼の〝異能〟がその理由と言ってもいい。

 

「分かった、その依頼受けよう、ただし仕事上、それなりの報酬は支払ってもらうが、よろしいかな?」

「勿論だ」

 

〝情〟そのものは否定する気はなくとも、異界士間に限らず、ビジネスの世界ってのは〝私情〟を剥き出しにしない方が良い――だとも知っている。

 それにビジネスに限らず、何かを得ようとするなら、相応の代価ってのは必要だ……そいつは自然界にだって存在する〝ルール〟である。

 

「幸い、あんたに高い情報料払っても余裕あるくらい、たんまり稼いでるんでな」

 

 我ながら、熱心に妖夢退治を勤しんでいるので、学生の身分でありながら財産は結構豊か、その上虚ろな影をぶちのめしたことで、たんまり協会から報酬を得た。最低でも2・3年は遊んで暮らせる金額なので、その一部を情報の代価として使うのに躊躇いはない。

 ただ……情報屋でありド変人でもある彼から、情報を得る為に払う代価は――金銭だけではない……ってのが困りどころで。

 

「ところで、他に何をすれば良い?」

「何を……とは?」

「ヒロたちから聞いたんだよ、あんたから色々やらされるって」

 

 何と表現するべきか………一ノ宮庵が自らの異能で掴んだ〝情報〟を得たければ、単に金銭を払うだけに留まらず、彼がその場で思いついた〝お題〟をこなさなければならないと、博臣から聞いたことがある。

 当然俺にそのことを話してくれ博臣も、お題の洗礼を受けた身だ。

 一例上げると、まずシャワーで身を清めろと指示され、その次はピアノを弾けるからってショパンの〝革命〟を――〝世に蔓延る不条理を訴える若人のような荒々しさ〟でだのどうだの無茶振りな注文を受け続けながら一心不乱に演奏させられたらしい……こっちの想像だが、あの時の博臣からしたらあの状況そのものが〝訴えたくなる程の不条理〟だったと、くっきりとしたイメージで脳内のスクリーンへ簡単に投影できた。

 しかも、その日に同行していた美月も、彼から〝グッバイアートな一瞬の儚くも煌めく美を見たい〟なんて理由で猫耳を付けられ、マジックで頬に猫髭を書かれて、猫の真似をさせられると言う一種の羞恥プレイもやらされていたと言う。

 その時の博臣は、さぞ〝ピアノは打楽器〟と言わんばかりに荒々しく〝革命〟を奏でていただろうさ。

 

 俺が今日まで彼と会わなかったのは、それが理由。

 何が楽しくて変人一人の欲求を果たす為に辱めを受けなきゃならないのか……きっと会えば絶対消したいけど消えない記憶として頭ん中に残ってしまうかもと、少なからず恐れがあったのである。

 しかし、今日ばかりはそうも言っていられない事態だ。

 

「あんたさえよければシェーもやるしカンガルーキックもやるし、何だってやってやるぜ」

 

 今は少しでも早く――〝情報〟が欲しい。

 その為なら、どんなお題でもこなす覚悟だった。

 なあに………幸いゴジラな俺には、〝二代目〟と言う、偉大なるコメディアンな大先輩がいる。

 二代目のプロ意識を見習えば、たとえひと時でも、この状況では邪魔となる〝羞恥心〟を捨てられよう。

 そう――心の準備、覚悟はできていただけに。

 

「気合が入っているところ申し訳ないが、気持ちだけ受け取らせてもらうよ」

「え?」

 

 まさかの応じように、ちと間の抜けた一言が零れてしまった。

 勝手にこっちが気を張り詰めさせていた反動で少なからず、拍子抜けしてしまう。

 

「〝なぜ?〟って顔をしているね」

 

 庵からのご指摘通り。顔はきっちり〝なぜ?〟の形に象られている。

 架空の怪獣が、その力を有したまま人間と言う器に宿った………この事実を前に、この〝変人〟が食いつかずにいるわけない――筈なのだが……どういうことだ?

 

「なぜかと言われれば、君がこうして実在している時点で私の好奇心を刺激してくれるからさ」

 

 段々彼の知的な口調に、〝興奮〟って二文字なカンフル剤が混入されていき、知性で上手くオブラートが被さっていた〝変人性〟が露わになってくのを目にした。

 この手の〝熱弁〟は下手に止めない方がいいことはメガネストの変態な秋人の眼鏡講義で散々体験しているので、暫く聞き手に徹しよう。

 

「君の知っての通り、人類(われわれ)は同族同士の殺し合い、他種族の駆逐、果ては自然と言う秩序の破壊と、長年に渡って血塗られた歴史を繰り返してきた」

「全く以てその通りだな」

 

 前置き、また序文らしいご講義に、ちと一言挟み込んでみた。きっとその歴史で流された血を全部集めたら、地球上に存在する海、河川ひっくるめた水を遥かに凌いでしまうだろうな。

 

「だが――一方で我々には育まれた知性によって生まれし〝芸術〟と言う〝美〟の歴史も積み重ねてきた――絵画、彫刻、怪獣(きみたち)の大好きな建築物、様々な形で、どの時代にも独自の輝きを持った文化と言う名の美が存在し、決して優劣は付けられない、それは〝知性〟を発達させた種だからこそ為しえた奇跡と言っても過言ではない、しかし―――」

 

 どうやら、ここからが本題らしい。

 

「残念ながら知性の会得と引き換えに――人間には失った〝美〟がある――生命そのもの、または生命がどんな困難を前にしても生きようとし、進化して環境に適合し、種を繋ごうとする過程で見せる〝輝き〟とも言うべきか―――そうした人類の英知などより遥か高みにある〝命あるもの〟の逞しさ、強さ、気高さ、美しさを―――私たちは自らを自然界と切り離すと同時に捨ててしまった、今やかつて抱いていた畏敬の気持ちごとね、ところがだ!」

 

 ただでさえ高くなっていたテンションがさらに高くなり、正直ちょっとばかりびっくりさせられた。ここが山ん中だったらさぞ盛大にやまびこがオウム返ししていたことだろう。

 この熱弁はお隣にまで聞こえちまったら………一瞬マジで心配したが、直ぐに杞憂だと考え直す、この手のマンションなら、防音措置は完備してるだろうから。

 

「未だ紐解けぬ生命の神秘そのものと言ってもいいゴジラたる君は、その神秘と輝きを宿したまま―――霊長の姿形を得てしまった………それは君が思っている以上に、その事実は奇跡の極みだ………人の姿からあの〝青き光〟を放つ様を想像するだけでも、私はその瞬間から発せられる〝美〟に酔いそうになってしまう」

「俺の〝光〟は、その生命の輝きとやらを根こそぎ破壊し尽す代物だぜ」

 

 皮肉たっぷりに、俺は自分の熱線が持っている〝悪魔性〟を提示した。

 

「確かにその一面も失念してはいないさ、君の熱線は――万物全てを破壊する破滅の光でもあると同時に、計り知れない謎に満ちた生命そのものでもあるのだよ、君に限らず、神羅万象に存在するあらゆる物事、事象には多面的で多色な魅力にあふれている、太陽が降り注ぐ光一つで周りの風景がこんなにも色鮮やかになるようにね………しかし我々の大半は、どうしても解りやすさに傾倒する余り、知性を持て余して〝単色〟に落とし込んでしまう凡庸な上に厄介な面がある………それこそ君のほぼ黒一色な本来の姿を、ろくに思案せずそのまま見定めてしまう………君そのものには単一では絶対表現仕切れない面が沢山あると言うのに」

 

 何だか……あの山根博士から〝俺達をお題にした講義〟を聞いているような気分にさせられて、ちょっとこそばゆくなりつつ、紅茶を飲み干した。

 山根恭平、大戸島で初代様の姿をはっきりと目撃した古生物学者。

 世間が〝ゴジラ抹殺〟の一辺倒に傾いていく中、実質ただ一人そいつに意を唱えた人物である。

 もし――人でありながらゴジラであるけったいな身な俺と会ってしまったら、絶対今の一ノ宮庵みたいな輝きに溢れた瞳で自分を見据えてしまうだろう。

 あの人は、いかにもって感じの、理知的な学者の顔の奥に、齢を多く重ねても色あせない少年の如き無邪気さと言うか、好奇心と探究心を持っている。

 ガイガーカウンターがガーガー鳴る初代様の足跡の中で、昆虫採集に来た少年みたく無我夢中に三葉虫――トリオバイトを素手で取る姿がその証拠だ。

 

 そんな山根博士と通じる部分がある一ノ宮庵の熱弁を聞いて、彼の人間性を紐解いてみると。

 初対面から見出した自分の直感通り、彼はあらゆる事象、物事に〝美しさ〟を見出そうとするド変人である。

 博臣に全力でショパンの革命を弾かせたり、美月の頬に猫髭を描いて猫の真似をさせたりすもの、自分の求める〝美〟をこの目で見たいからに他ならない。

 初対面時、真っ先に頭から浮かんだ〝勘〟に、一ミリの狂いもなかったわけだ。

 

「つまり、俺がこうして実在していること自体に〝美〟を感じているので、わざわざお題をやらせる必要もないと」

「ざっと纏めると、そうなるね」

「はぁ……やれやれだ」

 

 溜息がぼやきとセットで、勝手に口から零れ落ちた。

 醜態晒す手間が省けてほっとしているのも否定できないけど、やれやれな話だ……これじゃわざわざ覚悟決めて来た意味がねえ……これこそ骨折り損のくたびれ儲けってもんだ。

 けれど……回りくどい熱弁のお蔭で、偏執的に美を追求するド変人な〝一ノ宮庵〟に対して、ある種の敬意――リスペクトと、好感ってものは抱けた。

〝現代人〟でありながら、彼――こいつは忘れてはいない。

 かつての人間たちが確かに持っていた………〝自然への畏敬〟と呼ぶ感情を………どれほど文明を発達させても、むしろだからこそ、せめてそれだけは捨ててはならなかったもの、忘れてしまったことで、より人間の傲岸さを黒く歪めるに至らせてしまったもの………そう、自分――ゴジラのあの黒い身体の如く。

 それが用済みとばかり無様に捨てられてなきゃ……俺はずっとラゴス島で、ただの恐竜として静かに暮らせていたってのに………この辺のぼやきもほどほどにしとこう。

 

「しいて言えば、私の長話を聞くと言うお題に付き合わせてしまったとも言える、だからできるだけ早く、君の求める情報を手にする代価を払うとしよう、その前に――」

 

庵はそう言って立つと、背後にあったキャビネットの引き出しの一つから、二つの物体を取り出して、同時にこっちに投げて来た。

 受け取った右手に掴まれていたのは、マッチケースと、紙煙草――シガレットのケースだった。

 

「葉巻(シガー)の方がお好みだったかな?」

「どうしてそこまで分かった?」

 

 俺が葉巻を嗜んでいるのを知っているのは彩華だけ、となれば答えは一つなのだが、一応聞いてみる。

 

「ニコチンが毒どころか依存の誘惑にすらならない君なら、ヘヴィなのを嗜んでいると思ってね、そう直ぐに情報が手に入るわけでもないから、暫くそれで暇(いとま)を潰していたまえ」

 

 当たりだった。

 幸良く得られた知性を、奢ることなく鍛え上げた庵なら、G細胞を保有している俺が喫煙者だと見抜くくらい造作もないこと。

 

「なら、暫くテラスで外の空気と一緒に吸わせてもらうぞ」

 

 

 

 

 広めのテラスに出た俺は、まずサークルテーブルにガラスの灰皿を置いて、一本取り出したマッチ棒をケースに擦らせ着火、それで口に加えたタバコの先端を焦がす。

 そのまま振って消火して、背中を向けたまま指で弾いてテーブル上の灰皿に放り込んだ。

 

「ふぅ~~」

 

 イタリアンシガーとはまた違った紫煙の風味を味わいつつ、煙を吐きながら星空を見上げる。

 今日も今日とて、深くて澄んだ紺色で、点滅を繰り替えす星光たちに彩られた綺麗な夜空、それを鑑賞しながら吸うタバコも、それはまた格別なものだ。

 その気になりゃ、夜明けまでずっと喫煙しながらの星空鑑賞していられるのだが………当然今の俺には……いや〝俺達〟には、そんな馬鹿をやれる時間などないので、自重も自制も利かせるつつ、つかの間の一服を嗜んだ。

 

「澤海君、来たまえ」

 

 情報収集を一通り終えたらしい庵の一言を耳にした俺は、半分未満にまで短くなっていた煙草の先端を灰皿に押し付け。

 

「イオリ、もう一本いいか?」

「構わないよ」

 

 続けて口に加えた次の一本を着火し、二本目のマッチ棒を灰皿に放り投げ、左手でそれを手にとって庵の後を追う。

 二本目の煙を味わったまま、書斎らしい一室に入る。

 

「どこから知りたい?」

「藤真弥勒どもの経歴」

 

 庵が腰かけた机の上には、値が高くつきそうなデスクトップPCのディスプレイに、本体端末がいくつも繋がっていた。

 庵がマウスを操作すると、画面に藤真弥勒及び査問官どもの顔写真と経歴が映し出される。

 これだけでもとんでもねえことだ………何しろ警視庁のデータベースにアクセスして、厳重にプロテクトの掛かった極秘ファイルを分捕っただけでなく開錠まで成功させたに等しい芸当だ。

 

〝電子干渉能力〟………こいつの能力の詳細は博臣から聞いてはいたが、情報化社会なんて銘打たれるこの時世下ではある種の無敵さを持った異能だ。

 何しろ、一ノ宮庵は、このPCの画面の向こうにあるネットワーク世界に、自分の意識を直接入り込ませることができる。

 サイバーバンク系のSFでは特に珍しくもなんともない電子世界のダイブだが、庵の場合、潜るのに必要な道具は一切なしに、ネットの海の中へ飛び込めてしまうのだ。

 その異能を如何なく発揮すれば、厳重な筈の異界士協会のメインコンピュータにアクセスして目星の情報を抜き出すなど難なくこなしてしまう。

 ある意味、ネットを駆使して工作しているテロ組織の連中なんかより遥かに恐ろしい存在だ………こいつが独特の美意識持ちの〝変人〟な情報屋に留まっているのは、現代の世において最上の幸運である。

 

 画面に表示された経歴を読む。

 

「藤真弥勒はいかにもなエリート君だね」

 

 藤真弥勒の場合、庵の言う通り一見すると典型的エリートコースな経歴、小奇麗過ぎて逆に怪しさを覚える。

 

「後の二人はかなり微妙……」

「と言うより、きなくせえな……」

 

 逆に、瞬間沸騰器な侍モドキと、無口無表情のゴスロリ少女のは、はっきり不審な点が見られた。

 元々フリーランサーな身だったのが、いきなり協会直属の異界士となり、ほんの数年で査問官に任じられている。明らかに裏があるとしか思えない出世の早さ。

 ただ、侍モドキの場合は……どちらかと言えば〝追いやられた〟と表現した方がいい。

 基本、妖夢は異界士に見つかれば即〝殺される〟のだが、中には協会相手と上手く立ち回って人間社会の中にいる奴もいて、それこそ彩華もその一人。

 侍モドキは、そんな協会からの認可を得て、人間たちのテリトリーを犯さず、人に害を与えずに暮らしている連中さえ殺しまくっていた………正に辻斬り。

 こんなことやってんじゃ、凶状持ちの異界士を相手にする査問官に異動されるのも至極当たり前の話だ。

 

 さらに、庵が電子干渉能力で集めた〝情報〟を読み、頭に入れ込んでいく。

 自分の勘が正しければ……今週の内に〝嵐〟はやってくる……情報たちはそれに対抗する上で必要な武器弾薬。

 

「それと、気になった事件の記録を見つけてね、見てみるか?」

「追加料金はいくらだ?」

「そこまで私は守銭奴ではないよ」

 

 ジョークなやり取りを交えつつ、庵はその〝事件〟とやらの記録を俺に見せる。

 その中身は、女子中学生三人が殺されたと言うものだった。

 最初に公園清掃員が園内のトイレの掃除に取りかかろうとしたところ、その亡骸を発見し、警察の検証の結果、遺体発見時から遡って昨晩に殺されたことが判明。

 

「死因は………銃殺?」

 

 痛ましくはあれど、異界士の世界とは関係なさそうな事件には、これはまたおかしな点があった。

 鑑識係が撮影したであろう被害者の写真には、銃痕、そして記録には銃殺。

 つまり事件のあった晩、彼女らは銃で殺されたことになる。

 海の向こうの星条旗のお国さんはともかく、銃規制の厳しいこの日本で本物の銃器を手に入れるなんて困難、ましてや犯行に使うなど、自分から尻尾を捕まえさせて下さいと言うようなもの。

 

「ん?」

 

 しかし、読み進めていく内に、俺からの視点では――銃で殺された事実以上に、興味深い〝事実〟が、その活字の群れの中にあった。

 

 

 

 

 

 

 そして、二日後――〝悪意〟と呼ぶ嵐が、巻き起こる。

 

つづく。

 

 


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