境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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途中、秋人君のとんだ自爆発言がございますが、今回はシリアス度が高め回です。


EPⅩ – 突然の不条理

 一応ノックし、こちらの許可を得た上で入室してきた査問官ども。

 

 自分が感じた気配に一ミリたりとも誤差はなく、その査問官たちは、時代錯誤の瞬間沸騰器な侍もどきと、無表情なゴスロリ少女―――そして二度目の邂逅でも眼鏡と一緒に顔へ人を喰ったニヤつきを掛けた優男の三人だった。

 俺は警戒心を見せぬよう、かと言って変に友好的さを装わぬように努めて、連中を見据えつつ、密かに左手を〝制服のポケット〟に入れる。

 

 美月たちが、突然の来訪者に警戒していることを隠し切れなかったからだ。

 特に秋人は侍モドキに殺されかけ、優男から妖夢としての自分を追及されたのもあり、心ここにあらずな調子で全身が固くなり気味かつ呼吸を忘れかけている、その秋人を〝半妖夢〟だと知っていた事実もあって未来も、妖夢相手くらいにしか見せない険しい表情となっていた。

 

「おやおや? 随分と警戒なさっているようですが、戦闘でも行うつもりですか?」

 

 こちらに反し、優男は飄々とした真意を窺えぬニヤついた姿勢を崩さない。

 やはり油断ならない危険な相手だと直感が告げる………寄り過ぎず、引き過ぎずの自然的態勢で臨まないと。

 幸運にも、単細胞な侍モドキが大人しくしながらも俺への敵意を隠し切れず突きつけている………こいつを反面教師にしていれば、冷静さをキープできそうだ。

 

「そちらが警戒させる雰囲気をお見せになっているからでしょう?」

 

 美月も気圧されまいと、毅然とした物腰で優男の第一声に応じた。

 

「可愛らしいお姿に似合わず気丈なお嬢様だ………名瀬泉の性格を考えれば、当然のことかもしれませんがね」

 

 それを受けた優男は肩をすくめると、ジャケットの内側から異界士証を取り出し、俺たちに見せる。

 

「ご紹介が遅れました、異界士協会監察室所属、査問官の藤真弥勒と申します、こちらの二人は同じ査問官の楠木右京と永水桔梗」

 

 今緊張感に支配された部室にいる者たちのほとんどが、固い表情をしている中、優男――藤真弥勒だけが笑みを形作っていた。

〝慇懃無礼〟って単語は、こいつみたいなのを指すのだと実感しつつ、文芸部員一同と、査問官どもとの間を目で行き往きさせながら、疑問を探る。

 先週末、名瀬の縄張りのど真ん中な学校近辺をうろうろしていただけでも解せないと言うのに、連中はわざわざ名瀬の屋敷ではなく、異界士のたまり場となっているとは言え、一高校の文系部活の方へ顔を出してきたのだ………奇妙に思わない方が無理な話。

 

「用件をお聞かせください」

 

 

 子息の美月と博臣も同様に解せない気持ちなのが表情で読み取れる。

 

「先日、市街地中心部で爆破事件がありましてね、まあ君とゴジラ君以外の三人は偶然現場に居合わせたようだから、大まかな経緯は聞いているでしょうが」

「そう言えばニュースでそんなこと………って三人一緒だったの?」

 

 寝耳に水と言わんばかりに驚きを見せる美月。

 

「ニノさんから事情を聞いたんじゃないのか?」

「ハイボールでヤケ酒している時に、『神原君がまた厄介ごとに首突っ込んでいた』と聞いただけよ」

 

 

 案の定、ニノさんはその時大層酔っぱらっていて、大雑把に〝秋人が巻き込まれていた〟一点のみしか話していなかった。

 

「澤海は知ってたの?」

「まあ一応、ニュース見てた時点できな臭かったからな、言わなかったのはてっきり報告ぐらいは受けてると思ってよ」

 

 自分一人だけ実質蚊帳の外だった事実に少々ショックな美月へ、博臣には悪いが毒舌の矛先を向かれぬよう予防線を張っておく。

 実際現場に博臣がいたのだから、事件の概要と主犯くらいは美月にも伝わっていると今日の部活動までは思ってたしな。

 

 

「どうして私に黙ってたのかしら? 兄貴」

「言わなかったのは悪かった………だが美月に余計な心配を掛けたくなったんだ」

 

 妹から棘のある視線に送られた兄は、さすがに少々あたふたしながらも応じる。

 

「またそう〝私のため〟とか言って言い訳するのが許せないのよ………そもそも三人仲良く巻き込まれるとかどういうつもりなの?」

 

 仲間外れにされた怒りの矛先は秋人にまで向けられる。

 この点はさすがに言いがかりだった……三人が偶然爆発事件に巻き込まれたのは、運命の悪戯としか言いようがないからである。

 

「あの日の美月は風邪ひいてたんだから仕方ないだろ?」

「つまり私が熱に魘されている時に三人でよろしくやってたわけね」

「誤解を招くような言い方するな!」

 

 不満って名称の燃料を燃やし、美月は惜しげもなくいつもよりキレッキレな毒舌を吐き、そんな状況でもないのに秋人にツッコミを誘発させた。

 まあそう言う美月もその日はある意味〝よろしくやってた〟けどな。

 

「三人一緒に巻き込まれたのはほんと偶然なんだって――」

 

 慌てて弁解を始める秋人。

 

「――製本の手続きから帰る途中に知らない男と仲良く歩く栗山さんを見つけてさ、居ても立ってもいられなくなって跡をつけたんだよ」

「おいアッキー……」

 

 はぁ? 今この変態(メガネスト)……何言いやがった?

 弁明の言葉の中に、あってはならない単語が混じっていたような。 

 

「そしてお洒落な喫茶店で談笑してる二人を張り込んでいる時に丁度爆発が起きて」

「だからアッキー」

 

 跡をつける……跡をつける……跡をつける……跡をつける………跡をつける跡をつける跡をつける跡をつける跡をつける跡をつける―――尾行する――ストーキング。

 

「そのまま異界士同士の戦闘に巻き込まれちゃったんだよ………だから美月が考えているような疚しいことは何もないって」

「アッキー…」

「さっきから何だよ……そもそも博臣のせいでこんな面倒なことに――」

「Shut up! Fucking glasses nerd!!(黙れ! このクソメガネオタ!)」

「僕何かしたぁ!?」

 

 なぜかこの変態最低野郎は涙ながらに訳も分からぬ様子で俺の発言の意図を求めてきやがったが……自分がどんだけ最低発言したか分かってねえのかこのクソったれめぇ!

 あ~情けない……全く以て情けない………友人(ダチ)として恥ずかしいったらありゃしね………眼鏡を愛しすぎる変態だと疑わない一方で………眼鏡のすばらしさを理解しようとしない世間と戦う雄姿には、俺とて敬意を抱いていたと言うのに。

 

「たっくんが憤ってる理由を知りたかったら美月と未来ちゃんの顔を見てみろ」

 

 博臣に促されたストーカー野郎、もとい秋人は美月と未来の方を見て、ショックを受けた。

 美月は「へぇ~~そうなんだ♪」と言わんばかりのニヤケ顔で秋人を見据え。

 

「栗山さん……どうしてそんな不愉快そうな顔を」

「不愉快だからです」

 

 反対に未来の顔はストーカーに、心底蔑み、断罪する視線を送っていた。

 

 初めて会った時の『不愉快です』よりも、今の彼女の声色は冷たく、丸みを帯びた目じりは吊り上がって年相応より幼い童顔から〝あどけなさ〟を打ち消していた。

 分かる……そんな軽蔑の目を突きつけたくなる気持ちは痛いほど分かる。

 みるみる顔色が悪くなっている秋人の顔から、こいつの精神がGクラッシャーの電流地獄を受けているにも等しい苦痛を味わっているのだと汲み取れた。

 はっきし言って今の俺に憐れみの気持ちは皆無………むしろ〝ざまあみろ!〟と追い打ち掛けたいくらいだ。

 

「え? 僕栗山さんに何を?」

「声もかけずに尾行するなんて最ぃ――低です!」

「なっ!! おい博臣!さては男同士の鉄の約束(おきて)を!」

「落ち着いてくれアッキー」

「これが落ち着いていられるか!」

 

 なんとこの変態ストーカーは未だに自らの〝罪〟を自覚できず、あまつさえ博臣に冤罪を擦り付けようとした。

 確かに博臣も共犯者ではあるが、態度を見る限り半ば強引にストーキングにつき合わされた恰好なようなので、やはりこの場合最も断罪されるべき主犯は秋人だ。

 大方、その未来が饒舌かつ楽しそうに会話を交わしていた見ず知らずの男に嫉妬心を抱き、しかも関係性を聞くだけの勇気もないチキン野郎だったので、ストーカーするに至ったところだろう。

 呆れるわ……あの子の〝幼馴染〟との別れの瞬間から、何も感じ取れなかったのか? あれを思い出せば、安易に彼女が〝彼氏〟を作るわけないと直ぐ分かるだろ……アホ。

 その〝知らない男〟の正体も目星はついている。先週の金曜に未来の童顔を〝趣味を嗜む顔〟にさせたメールを寄越してきた主と同一人物と踏んでいい。

 

「フォローしてやろうとしたヒロに八つ当たりとか、どこまで落ちぶれりゃ気が済むんだ? motherfucker」

「だから――なんで澤海もそんな怒ってんだよ! しかも美月のがまだ可愛いと錯覚しちゃうくらいの罵詈雑言の嵐じゃないか!」

「決まってるだろ……お前がミライ君をストーカーした上に墓穴を掘るどころか荒らしまくりやがったからだ」

「え?」

 

 間の抜けた声を出し、ようやく自分のしでかしたことの重大さを自覚した秋人は――一応人の良さそうな顔を瞬く間に青く変色させた。

 

「ち、違うんだ栗山さん! これには――」

 

 もう今さら、何をどう言い訳したところで遅い………自業自得だ。

 もう暫くは未来の冷たい軽蔑の目線を味わってやがれ、このクソメガネオタ!――と心中罵りつつ、脱線した流れの軌道修正も兼ねて、査問官どもに弁明しておく。

 

「すみません、今の痴話喧嘩はきれいさっぱり忘れて下さい」

「そうさせて頂きますよ、しかし怪獣王を〝常識人〟にさせるとは、中々末恐ろしい部ですね」

「同感です、退屈はしませんけど」

 

 正直に同意を示した。実際末恐ろしい部だと実感することは何度もあるが、退屈しないのもまた事実。

 

 思えば――この優男の査問官に共感した瞬間の一つでもあった。

 

「ところで、そっちの用件と言うのは何だ? まさか今になって〝半妖夢を匿うな〟などと因縁つける気じゃあるまいな? その件に関しては協会にも一報を入れた筈だが?」

「違いますよ、先も申し上げた通り、例の爆破事件に関連することです」

 

 博臣の質問に対し、藤真弥勒はこう答えたが、それならわざわざ名瀬の屋敷にではなく文芸部に顔を出す理由としては弱い………爆破事件に関係していることに偽りはなかったとしてもだ。

 昨日俺と秋人がその逃亡犯と接触したのが明るみになった――わけでもなさそうだ。

 あの時は近くに追跡している異界士がいないことを確認した上で峰岸舞耶に情けを掛けたし、他にも白銀の狂犬には罪状があると言うのにわざわざ〝爆弾事件〟の話から切り出したってことは、その事件との関連性が主軸だと考えられる。

 

「実行犯の名は峰岸舞耶、協会からは〝技量が低い〟と評価されていた異界士なのですが、今や査問官を返り討ちにし、〝白銀の狂犬〟なんて異名を付けられるだけの凄腕となっております」

 

 それぐらいの情報は既に自主調査で把握済みなので適当に聞き流し、同じくその日現場にいて聞き及んでもいる博臣も適当に相槌を打った。

 逆にテレビのニュース程度でしか知らなかった美月は、犯人が〝査問官を返り討ちにした〟点に驚きを隠せずにいる。

 実際査問官の役職を得た異界士は、〝一応〟選ばれるだけの高い実力を備えた猛者たちではある………一応と付けたのは侍モドキの一件で、すっかり協会の選定基準を疑わしい目でしか見られなくなったからだ。

 

 そんな一応の選りすぐりのエリートの一端でこいつらが来た理由が、あの日事件に居合わせた三人の事情聴取………って感じでもない。

 だが漠然とながら、嫌な予感が沸き上がった。

 それから間もなく、予感が正しかったと思い知る。

 

「しかし、今日は峰岸舞耶の件でこちらに窺ったわけではありません」

 

 何やら曰く付きの表情で語る藤真弥勒の目線を追う………眼鏡越しの瞳の先には、赤縁眼鏡を隔てた未来の年相応より幼さが残る童顔に辿り着いた。

 

「と、言うと?」

「被害者の中に真城家の幹部たちが含まれていましてね、我々としては〝真城優斗〟が関与している可能性を捨てきれない」

 

〝真城〟――最後通牒の通り、次に何かしでかしてこっちにまで飛び火したのなら本気で根絶やしにする気でいただけに、その名を聞いて忌々しい気分になった。

 ポーカーフェイスを維持させて、未来の方へ再び目を向ける。

 真城優斗――自らの師を謀殺した同族たちの崩壊を企み、半ば成功させた逃亡犯、今でも奴への印象は〝嫌い〟な方だ。

 前に未来にも言ったが―――魔女狩り染みた迫害を受けてきた〝呪われた一族〟ただ一人の生き残りな上に、師であり、家族も同然な間柄であり、彼女を保護下に置いた伊波の嫡子でもある伊波唯を――虚ろな影に憑りつかれつつあったとは言え、未来は殺してしまった。

 それは彼女の心に大きな精神的外傷(トラウマ)を刻んだだけでなく、元から不安定だった彼女の異界士としての社会的立場を、より危うくさせてしまった………今日まで未来が生き長らえてきたのは、幸運としか言いようがない。

 なのに真城優斗は、大事な存在であり――己が師が自らの命と引き換えに生かそうとした彼女を守り、支えることよりも、死に追いやった同族たちへの復讐を優先させたのだ。

 あの巨大なおぞましい漆黒の姿に成り果て、〝チビスケ〟に会うまではたった独りで……人間たちに果ての知らない憎悪と憤怒をぶつける以外に道はなかった俺と違って、踏みとどまれるチャンスがあったってのに………とんだ愚か者だ。

 幸いにも未来にはこの〝文芸部〟と言う〝居場所〟を得られたけど……もしこの幸運に巡り会えなかったら―――秋人が屋上のフェンスの向こうで虚ろに立っていた彼女を呼びかけなかったら―――それこそ独り孤独に死を選んでいたのは疑いようのない事実。

 理由はどうあれ……たとえ復讐の理由を理解できても………俺は未来を置いていった奴を辛辣な目でしか見られない。

 だが、奴が栗山未来にとって単なる〝幼馴染〟を超えた存在であることも理解はしている。彼女の奴への想いまでどうこう言うつもりはない。

 奴の名が藤真弥勒の口から出た瞬間から、夕焼けの光でできた影よりも濃く、黒い陰が、俯く未来の顔を覆い、手入れが行き届いて新品同然なレンズの奥の瞳が、曇っていった。

 

「〝真城優斗が犯人の可能性もあるので、幼馴染の栗山未来も捕まえておこう〟――なんて言うつもりじゃありませんよね?」

 

 最悪の事態を想像していた秋人は、先んじる形で藤真弥勒たちの〝用件〟の形を口にする。

 

「そこまで協会は短絡的ではありません――と言いたいところですが、いくつか確認しておきたいこともございましてね、栗山未来の身柄を拘束させてもらいます」

「質問があるならここで済ませればいいでしょう!?」

 

 大人数なせいで余計狭苦しさを感じさせる部室内を、机を手が叩く音、椅子が後ずさる音とともに、秋人の叫びが響き渡った。

 

「アッキー……協会だって何の確証もなしに動いてはいない、こらえろ」

 

 嘆きと怒りがないまぜになった秋人を博臣が宥め。

 

「理由をお聞かせ願えますか?」

 

 美月が代わって、栗山未来を拘束するに至った理由を申し立てる。

 

「彼女は先月真城優斗と接触し、指名手配犯である彼を、名瀬家と真城家との協定があったにせよ見逃した――以上の事実から、重要参考人に助けを求められた場合、加担する可能性が高い」

「推測だけで彼女の身柄を拘束するおつもりですか?」

 

 当然美月は、納得していない俺たち文芸部員を代表して、反論を述べ立てる。

 

「接触しただけの事実関係なら我々とて動きません、しかし栗山未来と真城優斗はかなり深い関係だそうですね、それこそ〝他にあてがない〟と彼から縋られたら――匿ってしまうくらいに」

 

 軽薄な調子で口を動かす藤真弥勒へ、隠しもせず秋人が怒りも露わに見据えていた。

 秋人がここまで怒り、他者に刺々しい敵意を見せる姿は珍しい……珍しいが、その怒りの源泉は明白。

〝自らの理想とする眼鏡美少女〟であるが為にストーカーまでやらかした変態だが、それを抜きにしても栗山未来に対する〝想い〟は強く、並々ならぬもの。

 その想いを抱いている秋人からしたら、藤真弥勒は未来の心に土足で入り込んだだけでなく、ずけずけと土足で〝トラウマ〟を残した部屋にまで踏み込む許しがたい存在に見えているだろう………その点は秋人の主観抜きにしても事実なんだけど。

 

「栗山さんは匿ったりはしない」

 

 傍からでも、今の反論が半ば無意識に発せられたものだと、秋人の様子から見ても窺える。

 

「根拠は?」

 

 鼻先で笑い、肩をすくめて挑発的に藤真弥勒は発言の根拠を求めた。

 

「真城優斗が犯人でないと信じているからだ」

「話になりませんね、我々の使命は危険性の排除、友情ごっこを参考にするわけには行きません、そもそも異界士ではない素人に意見されても困ります」

 

 秋人の確信の籠った言葉は、されどあっさり打ち払われ、異界士の世界では〝部外者〟である点を突いてくる。

 確かに未来の関与を否定する反論としては弱い………が、真城優斗が関わっている可能性だってまだ小さいものだ。

 

「なら同業者のご意見を述べてやろうか?」

「ほぉ~~どのようなご意見でしょうか?」

 

 俺としてももの申したい気分でもあったので、反論のバトンを引き継いだ。

 小馬鹿にした感じで秋人からのを一蹴したのと反対に、レンズ越しに興味深そうな目線を向けて藤真弥勒が尋ねてくる。

 

「この子ははっきし言って嘘や誤魔化しが下手くそだ、仮に爆破事件の犯人が真城優斗だとしても、幼馴染なら熟知している栗山未来の性格を考慮して頼るのは断念するだろうさ、うっかり匿っていることがバレたら堪らないからな――」

 

 それに奴も今下手にことを起こせば、未来にも飛び火し、彼女が関与している疑いを掛けられることを考えるだろう。

 さらにもう一押し、反論しておく。

 藤真弥勒の楯突くのが気に入らないのか、早速侍モドキの肩が震え始めていたが、無視する。

 あらゆる可能性を探るのが捜査活動の肝――だろ?

 

「そもそも真城優斗の犯行自体疑わしいな、真城は今も奴の裏工作が引き金で起きた内ゲバの真っ最中だ、わざわざ手を下さずとも勝手に殺し合ってる状況で動くメリットはない」

「なるほど~~それは一理ありますね、しかしその認識を逆手に取り、あえて真城優斗がことを起こした可能性も、また否定はできません―――しかしまあ、人間たちから酷い目に遭わされた身にしては、随分と人間のことを見ていますね~~人の器を得たことで情が芽生えたとか?」

 

 査問官だけあり、こっちの持論に対しても冷静に打ち返してきた上に、皮肉も一緒に打ってきやがった。

 

「まさか、ちゃんと見て本質を理解した上で嫌いになっておきたいだけさ……先入観って色眼鏡ほど厄介な敵もいないんでね」

 

 対してこっちは、事実と虚言の半々で構成された発言を返しておく。

 

 俺としては真城優斗が犯人ではない線にくっきりとした根拠を持ってはいるが、結論を先走るのは早計――犯人が奴か、それとも他の者の犯行か、どちらもまだ確たる証拠がない。

 だからこそ、関係者だからって未来を拘束するってのは早計どころの話じゃないのだが。

 

「それなら尚のこと今回の判断には納得しかねます、隠匿や隠避の可能性だけで関係者を捕まえるなんて聞いたことがありません」

 

 根は思いやる心を持った美月が、協会の決定の一番の問題点を追及する。

〝逃亡犯を匿うかもしれない〟って理由だけで、そいつの身内、関係者を前もって捕まえておくなんて、とんだとばっちりだ。

 俺をおびき出して始末する為に、まだゴジラザウルスの赤子の頃だったとは言え、同族の〝チビスケ〟を囮にしたGフォースの連中と大差ない。

 もしや……協会は未来に〝チビスケ〟と同じ役回りをやらせる魂胆か?

 真城優斗をおびき出す為の―――人質役。

 そこまであの組織も腐ってはいないと言いたいけど………一度タガが外れれば、どれ程外道な手段でも行使できてしまうのが〝ヒト〟の悪しき一面の一つである。

 

「もし本当に栗山さんの身柄を強制拘束なさるなら、こちらからも協会へ訴えさせてもらいますよ」

 

 俺たちの一連の〝反抗的姿勢〟に業を煮やしたのか、とうとう侍モドキは腰に指していた刀の柄に手を掛け、大気の重々しさが一気に増す。

 

「待て美月!」

「逸るな!」

 

 博臣と藤真弥勒が、同時に制止の言葉を放ったことで、侍モドキは刀を鞘に納めた状態を維持させ、どうにか最悪の事態は避けられ、博臣は安堵の溜息を吐き出し、ゴスロリ少女は無表情のまま一連の流れを目視していた。

 俺もポーカーフェイスの内でほっとする………美月の服の中にマナが隠れているから――それと、念の為にポケットの中のものを起動しておいたのは正解だった。

 

「気の荒い部下で申し訳ない」

 

 全くだ、こればかりは潔く首きった方が得策かもな……その内辻斬り紛いの蛮行をやらかしそうで恐い………あ、とっくに秋人相手にやらかしてたか。

 

「我々も名瀬とことを構える気がございません、幹部としてのご意見をお聞かせ願えますか? 名瀬博臣君」

「友好的と好戦的、二つ意見があるが、どちらから先に聞きたい?」

「では前者から」

「扱いに困る身内には苦労しますよね、今回の件は早急に忘れましょう」

「で、後者は?」

「美月に手を出すなら全面戦争だ、檻から無事に逃げられると思うな」

 

 幹部としての意見を求められていたのに、後者の意見は思いっきりシスコンとしての個人的に本音と、殺意スレスレの覇気に塗れていた。

 秋人はすっかり萎縮してしまっているし。

 

「ですから、そうならない為の話し合いでは?」

 

 さしもの査問官な優男も軽薄さが一時引っ込み、呆れた様子で溜息を吐いた。

 

 同感だ……この瞬間が二度目かつ最後の〝共感〟であった。

 

「どうやら噂は本当だったようですね」

「噂?」

「名瀬泉が査問官の勧誘を断ったのは、君と言う不安要素があったからなんて噂がありましてね、記憶が正しければ――『人望が厚く支持層の広い名瀬博臣は、平時の管理にはこれ以上ないほど適任だが、非常時に組織より個人を優先するようでは話にならない』――だったと」

 

 だからさっきは気をつけろを釘を差しておいたってのに、言わんこっちゃない………私情に任せた発言までかましたせいで、喰えない相手に弱みを握らせてしまった。

 図星を突かれた恰好となった博臣は、沈黙を貫いている………このシスコンに〝甘ちゃん〟――情を捨てきれないとこがあるのは否定できない………かと言って、俺はそれを否定するつもりもない。

 その情があるからこそ、ヒト嫌いなのは割と本当でもある自分は、こいつも〝信頼〟できるからだ。

 

「あの……」

 

 幼馴染の名が藤真弥勒の口から出て以来、ずっと閉ざしたままだった未来の口が久方振りに開かれる。

 

「私が同行に応じれば、済む話ですよね?」

「勿論です」

「栗山さん……」

「優斗が事件と無関係だと証明されるまでの間ですから心配いりません」

 

 未来はそう述べ立てたが、はいそうですかと納得するほど文芸部員らは薄情ではない。

 

「ちょっと待って……本当にこんな理由で拘束が成立するの?」

「美月、未来ちゃんが承諾した以上、これは強制じゃなく任意同行だ」

「任意ですって? これが任意なら〝殴らないでやるから金を寄越せ〟が成立する――澤海……」

 

 現に義憤に駆られている美月に対し、俺はそっと肩に手を置き視線を自分にへと向けさせ、首を振る。

 美月の気持ちも分かるが……今ここで理不尽に怒り、喚いても却ってこっちが不利になるだけだ。

 怒りの化身たる俺(ゴジラ)に止められたことで頭が冷えたのか、一転して美月は大人しくなり、顔を俯かせて唇を噛みしめた。

 

「では、暫く御宅の部員をお借りしますよ」

 

 藤真弥勒たちは未来を連れて、文芸部室を後にした。

 秋人はしばしの間、未来が出て行った部室の扉を、悔しさとやりきれなさが張り付いた顔で、呆然と見つめるのだった。

 

つづく。


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