境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

36 / 47
ブログで先に申しあげていた通り、早いとこ書き上がったので投稿します。

いつもの騒がしい文芸部の部活動ですが――


EPⅨ - いつもの部活動の最中――

 五月十四日、月曜日。

 列記とした週明けの平日の日、今日も一日学校があり、その日の授業のカリキュラムを終えた後には部活動が控えている。

 我が文芸部でも無論、本日も部活動があり、迫る〆切に何としても間に合わせるべく文集どもと睨めっこしている。

 

「この眼鏡三部作、眼鏡愛好家(メガネスト)なら絶対に避けて通れない『眼鏡さえ似合えば誰でもいいのか?』と言う命題に正面から向き合っていてほんと感服したんだよ――」

 

 その途中、またまた秋人の熱は入っているけど退屈な上に長い〝眼鏡講義〟も含まれた眼鏡を題材にした作品集の魅力を暑苦しく述べていた。

〝三部作〟と聞くと、一貫した連続ストーリーか、テーマが共通しているだけで三作間の物語同士に繋がりはないかのどちらかだが、どうにか熱弁の中身に耳を傾けた限りは後者らしい。

 まだ季節が夏じゃなくてよかったよ………真夏の猛暑と決して広いと言えない部室の中でこんなむさ苦しいご講義なんて聞いていたら碌すっぽ集中できなかっただろう。

 今だって集中の糸を途切れぬように必死に繋いでいると言うのに。

 俺は後輩君――栗山未来の様子を見た。新入部員な一年生は幸いまだ秋人の講義の影響を受けず、静かにかつストイックに読み進めている。

 よかった………精神的苦痛を感じていないようで何より、しかしこの現状が続くのは芳しくない。せっかく入部してくれた未来や、口は悪い女王様でも部長としての義務を果たしている美月に、幽霊部員を卒業しつつある博臣に、手伝ってくれているマナに過度なストレスを与えかねない。

 そうなれば作業効率は一気にダウンするのは必至。

 俺は美月に目線で、現在の場の空気の改善を申し出た。

 美月も危惧していたようで、神妙に頷き。

 

「読んでいる内に僕の眼鏡愛に火がついてさ、眼鏡普及率をどうやってあげるか真剣に思案させられ―――」

「〝汚物塗れ〟にされたくなかったら黙りなさい」

「いっそもう殺してくれ!」

 

 絶妙なタイミングで美月はアンニュイ気味に暴言な口撃をさらりと投下し、見事に奇襲は成功した。

 

「汚物塗れとかどう言う意味だよ!?」

 

 本人からは理由も分からぬ暴言だったので、秋人は若干涙目に発言の意図の詳細を要求する。

 

「汚物は汚物に決まってるじゃない」

「ひょっとしてヘドロ塗れをご所望だったか?」

「そう言う意味じゃない! と言うかどっちの脅し文句も実現可能なのが性質悪くて怖すぎるわ!」

 

 俺も敢えて秋人のキレのある気持ちいいツッコミを引き出させようと、援護口撃を放った。

 

「選考作業をほったらかしてバカなことばかり言うからでしょ?」

「ちょっと待て、眼鏡を普及させることのどこがバカなことだよ、ます計画として栗山さんの宣材写真を撮ってそれを全国の眼鏡販売店に配って店内に置いてもらい、『眼鏡を掛ければ変われるかな?』と女子に希望を抱かせ、『眼鏡=地味』と言う思春期男子たちが持つ幻想を破壊させる―――そもそも近い将来PCの機能を詰め込んだハイテク眼鏡が販売されて――」

 

 おい、それどこの電○コ○ルだ?

 

「――眼鏡が記録した映像を共有、もしくは保存動画にして家族や友達に送付することもできるんだぞ? そうなれば眼鏡普及率も一気に――」

「「不愉快です」」

「そこの二人! 栗山さんの口癖(おはこ)を堂々とパクるな!」

 

 別のベクトルで眼鏡講義を再開したメガネストに、俺と美月はお互い前もって呼吸を合わせるまでもなく同時に未来の〝口癖〟たる「不愉快です」を口にしていた。

 なんかえらく秋人から糾弾されたけど、実際〝不愉快〟なのだからそうとしか言いようがない。

 

「不愉快です」

「――って今度は本家来たぁぁぁぁ!?」

 

 それは未来も同じだったらしく、今度は彼女からも〝不愉快です〟が来た。

 

「と言うか栗山さん………僕何か……したかな?」

「ふざけていると〆切に間に合わなくなりますよ」

 

 未来は口の中に食物を入れまくったリスの如くほっぺた膨らまして講義ならぬ抗議する。

 

「きゅうきゅう(そうそう)」

 

 妖狐なのにどこかリスっぽさもあるマナも便乗した。

 

「ごめんごめん、ちょっと熱入り過ぎちゃって」

 

 どう聞いても〝ちょっと〟どころの熱ではなかったのだが、まあそこは大目に見よう。

 

「前に博臣が勧めてた『僕の妹は空気読めない』、あれ候補に入らないかな?」

 

 自身の選考作業がちゃんと進んでいるのも兼ねて、秋人は博臣お勧めのラブコメの皮を被った青春感動モノを候補に上げた。

 

「ちゃんと読んだのかしら? 兄貴の戯言に乗せられて勧めてるのなら許さないわよ」

 

 美月が当然としか言えない反応を見せる。

 だって〝妹〟を自らの価値観(せかい)の中心にしている妹溺愛怪獣――ドシスコンの〝お勧め〟だからである。

 

「ちゃんと読み終えた上での発言だ、ここいらで泣ける系のを一つでも入れて全体のバランスを取った方が良いと思ってさ」

「一応俺も推薦しとく、全面的には無理でも、ちょっとくらいは兄の眼を信じてやれよ」

「そんなことより部室の空気が悪いから秋人、澤海、少し盛り上げてくれるかしら」

「支離滅裂だ!」

 

 無論、天邪鬼なサディスト部長の美月が素直に応じるわけもなく、こちらに無茶振りを強いてきた。

 

「じゃあ私が問題を出して盛り上げるわね」

「だからドッチボールじゃなくてキャッチボールをしてくれよ! それとも変化球しか投げられないのか!?」

「何言ってんだアキ? ミツキの言葉(たま)は全部〝暴投〟に決まってんだろ」

「それ余計性質悪い!」

「えっへん♪」

「こらそこ! したり顔で胸を張るな!」

「おい、ガン見すんな変態」

「そういう意味で言ったんじゃない!」

「秋人最低」

「美月(おまえ)も乗っかるな!」

「お使いを頼まれた未来ちゃんと美月ちゃんは商店街の青果店に向かいました」

「今の流れから問題に入るの!?」

「澤海、続きを頂戴」

 

 どうやら自分も問題を出す側らしい。

 別に不満もないので、秋人をいじくる者同士として便乗することにする。

 

「そこでミライ君は一玉八百円のスイカを一生懸命抱え、ミツキは一つ百円のリンゴと一つ五十円のミカンを選んで手に取りました、どうぞ」

「そして美月ちゃんはそれらを握力で粉々に圧砕し、果肉と果汁をまき散らしながら秋人君へ『次にこうなるのはあなたよ』と宣告します、はい」

「こんときのアキヒト君の心理状態をお答えください」

「一生消えないトラウマだよ!」

 

 大真面目に『幼稚園児くらいの未来と美月』の姿を想像しながら問題を聞いていたであろう秋人は、当然ながら問題の顛末に憤慨した。

 

「算数の問題かと思ったらホラーじゃねえか! 真面目に計算に費やした僕の脳細胞と時間を返せ! 一生懸命買い物していた幼稚園児くらいの栗山さんと美月を想像していた僕の幸せを返せぇ!!」

「まままま真面目に選考して下さ~~~い!」

 

 一通り秋人が行き場のない哀しみも混じった憤りを吐いて間もなく、真面目に作業をこなしていた未来は看過できなかったようで、立ち上がりながら机をバンッと叩いて絶賛駄弁り中の俺たちに抗議した。

 

「栗山さん、ごめんなさいね調子乗っちゃって………二人とも、下らない雑談は終わりにて選考作業に戻りましょう」

「ああ」

「いまいち釈然としないけど、まあいいか」

「いえ、こちらこそ声を荒げたりしてすみません」

 

 さすがに未来相手なので美月は素直に謝罪の意を示し、そんな彼女からストレートに謝罪を受けた為か未来は恐縮そうに一礼した。

 紅い夕陽に照らされた俺たちの目は全員、過去の文集の活字の群れにへと向けられる。

 部の空気は、あっという間に良い方向で静寂の体となった。

 まともに聞こえるのは、部室の壁に掛けられた時計の秒針と、ページを捲る音、あとはウーロン茶を体内に入れる水分補給の音くらい。

 このまま今日の部活動は、こんな心地いい静けさのまま締めまで続かないかな………と考えた矢先……〝まてよ?〟と、違和感が過った。

 何安心していたのだ俺よ……美月のことだ……あのサド部長が、相手が可愛がっている後輩とは言え、一回の諫言を受けただけで大人しく――

 

「栗山さんを性的に抱きしめたい」

 

 ――引っ込むわけがなかった。

 完全にセクハラそのものな、やたらアダルティな吐息付きの〝爆弾発言〟に、ほぼ同時にウーロン茶を口に入れていた秋人と博臣は、咄嗟に文集に掛からぬよう留意しながらも液体を粒子状かつ盛大に吹き出した。

 

「真面目に選考するんじゃなかったのか!?」

「ぐえっへっへ♪ 栗山さ~ん――大人しく私に抱かれなさ~い♪」

 

 秋人からのツッコミを完全無視し、美月は自らの両手の指をカニの口周りを連想させる卑猥さ全開で小刻みに動かしていた。

 目つきは特撮ヒーローに出てくる悪の組織の女性幹部的妖艶さに溢れ、顔なんて……完全に美少女に欲情する嫌らしさだらけのエロオヤジそのものなソレである。

 いくら美少女でも、こんな手つきと顔つきにされたら誰だって引くぞ。

 

「(みつき……こわい)」

 

 現に普段可愛がってもらっているマナが恐怖を覚え、ブルブルと震えて俺の肩に抱き付いていた。俺はそんなマナの頭をそっとよしよしと撫でてあげる。

 

「いけませんいけません!」

 

 美月は抱擁を強要しているだけだが、あんまりの卑猥さに自らの〝貞操〟に強烈な危機感を抱いた未来は、小さく華奢な両腕で胸元を覆ってあたふたしていた。

 その姿は服装が高校の制服であるのを除けば、時代劇で悪代官に迫られる美女そのもの。

 

「そここそ〝不愉快です〟の出番じゃないのか!?」

「別にどうでもいいだろそんなの」

「良くないよ! 口癖ってのは強引にでも使い続けることで定着させるものだろ!?」

「何の理屈だよ……」

 

 秋人と屋上で初めて会った時の第一声でもある未来の例の口癖を使わない未来に秋人はこう突っ込んだが、んなことは今口にした通り正直どうでもいいんだよ変態メガネスト。

 

「まだ風邪が治ってないのか美月? 今日のお前はどう見てもおかしいぞ」

 

 さしもの妹溺愛怪獣――ドシスコンも、少々呆れた様子で選考作業に適した静寂をぶっ壊し、荒らしまくる美月に問いかけ。

 

「私を怒らせた理由に心当たりはないのかしら?」

 

 美月は両腕を両足を組み直しつつ、憮然とした態度でこう答えた。

 本日の部活動にて、特に奇行が目立っていたのはそれが原因らしい。

 今日の記憶を探ってみたが……特に見当たりないことに直ぐ行き着き、昨日以前にまで手繰ってみると、一応ながらその〝心当たり〟に行き着いた。

 

「ニノさんから聞いたんだけど……秋人、私が風邪で寝込んでいる時にまた厄介ごとに首つっこんでたんでしょう?」

 

 あ、やっぱり例の〝爆破事件〟のことか、と思ったが……ならなんで秋人だけに矛先を限定しているのかが引っかかった。未来が巻き添えくってるけど。

 あの爆発の現場には未来も博臣も鉢合わせたと言うのに………と疑問が湧いてきたところ〝ニノさん〟の四文字で全て合点がいった。

 教師と異界士、二足の草鞋を履きながら年中毎日結婚相手を探し、目当ての男性を見つけて交際にどうにか漕ぎつけては寅さん並みに盛大に振られてヤケ酒飲む流れを繰り返すあの顧問のことである………きっと失恋の痛みを忘れようと酒に溺れまくって酔った勢いで大雑把に美月に一昨日の事件のことを漏らしたに違いない。

 なんでそこまで確信持てるかと言うと、実際恋敗れた翌日は、失恋の痛みとヤケ酒の代償による二日酔いで幽霊も真っ青な青ざめた顔つきになるからであり、普段は髪も顔の化粧も服装も手入れに余念がない分、そのギャップ込みの酷さに嫌でも記憶に残るからである。

 

「あれ程無茶するなと言わせておいてこのザマなら、約束通り栗山さんの眼鏡を外して兄貴をボッコボコにするわ」

「おい美月………それだと俺ばかり損してないか」

「美月先輩、そこはボッコボコじゃなくてポコポコですよ」

 

 自らに降りかかろうとしている不条理に対して突っ込む博臣に、この状況においてはズレた発言をする天然な未来。

 博臣は被害を受けるのは自分だけな事態に苦言を呈したけど、一応メガネストな秋人(こいつ)にとって眼鏡を半ば強制的に外されるのは〝最も耐え難き地獄〟であると一応の補足はしとく。

 

「ミツキ、お前が怒っていることは重々分かったがほどほどにしてくれ、ミライ君の眼鏡外されて失禁してるメガネストと血に塗れたシスコン見ながら作業なんて俺は御免だ」

「仕方ないわね………私も人の眼鏡外したり流血沙汰起こすのは本望じゃないの」

 

 なんとか乱れた場を収めようと申し出ると、思いのほか美月はあっさり引いてくれると思ったら――

 

「だから一分間に『き○りーぱ○ゅぱ○ゅ』を百回言えたら許してあげるわ」

「全く許す気がない!」

 

 ――んなわけがなかった。そこんとこある意味歪みない奴である。

 いくら滑舌を鍛え上げたプロの声優でも、あのアーティストの芸名を噛まずに一分以内で百回言い切るとか、無理があり過ぎる。

 

「じゃあ一分間に『き○りーぱ○ゅぱ○ゅ』を百回言えたらキスしてあげる♪」

 

 うわ……絶対達成は無理だと分かった上でご褒美を提示(ぶらさげ)やがったよこのドS部長。

 あのあざといくらいの満面な笑みとウインクは、それだけ成功率ゼロだと確信しているに他ならない。

 

「―――痛っ……」

 

 そして無謀にも美月からのキス権を勝ち取るべく挑戦するバカが一人、勿論博臣(ドシスコン)のことだ。

 早口で指定された一言を連続で口にするが、発音しにくい単語だらけなので、中途で噛んでしまうのは避けられない運命であり、既に端正な顔の一部であるほどよい大きさな口からは赤い液体が流れ出ていた。

 口と舌と声を酷使した代償――舌噛んで切ったってやつだ。

 

「もうよせ博臣!」

「そうはいかないんだアッキー………男には―――引けない時がある」

「だからってこのまま続けたら確実に死ぬぞ! 既に口の中が血だらけじゃないか!」

「気にするような怪我じゃないさ……」

 

 などとカッコつけてリトライするものの、やはり虚しく博臣の舌は単語がもたらす負担に耐えられず噛んでしまう。

 

「くそ! こんなところで………終わってしまうのか………俺は――」

 

 血だらけの歯を噛みしめ、悔しそうに拳を握りしめるマッシュルームヘッドの上級生。

 あれ? なんで強敵を前にして心が折れかけている主人公みたいな様相になってんでしょうか?

 なまじ声も美声なせいで、俺からしたら妙な笑いに誘われる。

 

「確かに状況は最悪だ! だがここで諦めていいのか博臣!? 美月に『あの時全力を尽くし切った』と誇れるのか!?」

「アッキーに言われるまでもないさ……素直にキスしてあげると伝えられない美月の為に俺は―――負けられない!」

 

 その美月の腹の内には悪意――自分の言葉に踊らされる兄の様を笑う旨しかないってことは……一応突っ込まないでおこう。

 

「いいぞ! その意気だ博臣!」

 

 秋人からのやたら熱いエールを受けて再び挑んだ博臣だったが、結局また盛大に噛んでしまい口を押さえて悶えていた。

 

「ほらヒロ、水(これ)で口ん中洗え」

「すまない……たっくん」

「それと手で舌を強く抑え込め、暫くすりゃ出血は止まる」

 

 取りあえずお湯を少々混ぜてぬるくした水を渡し、なぜか部の寄贈書の中にあった家庭医学の本がソースの応急処置方をレクチャーしてあげた。

 

 俺たちの気質の賜物か、部室そのものにそんな効能があるのか定かではないが、何だかんだ下らない雑談を合間に挟みながら選考作業は一応進行していった。

 やっぱり、静寂一辺倒の一本調子よりこっちの方がメリハリあって、集中力切れることなく作業がはかどるはかどる。

 何事も、適度な〝波〟が必要ってなわけだ。

 

 ちなみに何で秋人が妙に熱込めて応援していたかと言えば、創作上内にて存在する主人公に掛かった〝補正〟の使い方が秀逸な学園バトルモノの影響で、博臣にその補正を引き出してやろうと言う魂胆によるものだった。

 そんな理由で博臣を煽るとか、中々お前も食わせもんだよ。

 その食わせもんさは、メガネっ子な後輩相手にも発揮され。

 

「栗山さん、グミチョコどう?」

「はい、頂きます」

「じゃああ~んして」

「あ~ん――ってどうして普通にくれないんですか!?」

 

 仮にもいい歳した後輩の高校生相手にあ~んを要求し、ノリツッコミまで引き出し。

 

「僕があげたをグミチョコ食べて美味しい思いをしてる栗山さんを見て美味しい思いをしたいから」

「何を……言ってるのでしょう?」

「だからあ~んするだけで良いんだって」

 

 しかも普段の未来は純心天然ドジっ子なのを良いことに、押しの強さとヘンテコ理論で彼女の口を〝あ~ん〟させ。

 

「ほぉいしぃい(おいしい)です♪」

 

 目論見通り先週の金曜に初めて食べてから気に入ったグミチョコほおばって、擬音にするなら〝ほにゃ~ん〟と表現できるくらい顔を緩ませる未来の姿を拝むまでに至らせた………中々恐ろしい奴だ。

 

「私にもやらせなさい!」

 

 そして先日のお見舞いの時の再来とばかり、美月は秋人からグミチョコの入った箱を強奪し、未来に〝あ~ん〟を催促していた。

 やっぱ同性な女性がやると、嫌らしさよりも微笑ましさが勝るらしい。

 せっかくの楽しみを奪われながらも、幸せそうにグミチョコを頬張る未来の姿を微笑ましく秋人は眺めていた………と思ったら、途中までは喜んでいる顔だったのだが……〝お人よし〟を人の顔に落とし込んだと言ってもいいあいつの顔に――〝陰〟――が、差し込んでいた。

 

「先輩?」

 

 先日初めて食べて以来すっかりグミチョコ独特な二段構えの感触を堪能していた未来も、秋人の異変に気づき。

 

「どうかしたのかしら?」

 

 美月も不安と心配と苛立ちが――一:一:八の割合で作られた顔つきで様子を尋ねた。

 ただ、美月はさっきキス権得ようと不純に奮闘していた時の博臣の発言の通り、根っこは善良で思いやる心の持ち主なくせにサディストな態度と発言のオブラートに包んでしまう素直じゃない天邪鬼なやつなので、本当は心から心配はしているのだ。

 

「いや……別になんでも」

「あらそう、てっきり私たちの知らない女のことでも考えてるのかと思ったわ」

「………」

「峰岸さんの……ことですか?」

 

 なんとまあ……〝女の勘〟って奴は怖いな、と唸らされる。

 秋人の反応を見る限り、二人の発言は二つとも、大方当たっている。

 心の中で溜息を吐いた………一昨日と昨日の件で秋人が自覚している以上に、こいつの中で〝峰岸舞耶〟がへばりついてしまっている。

 どうしても隠れ潜み、逃げる姿から――俺たちと会う前の日々を否応なく思い出してしまうのだろう。

 俺は調査をしていた過程で鉢合わせたあの時、秋人に〝峰岸舞耶とお前は似て非なる存在で違う〟とは言ったが、一日経た今でも変わってない。

 

 理由はどうあれ、峰岸舞耶は自分から〝同族殺し〟の罪を重ねて、追われている。

 

 反対に秋人は、小学生の時に友達を助けようとして身代わりになり、自身の異能(ふじみ)が周囲に露呈してしまった結果、学校どころか人間社会と日常の〝輪〟から追い出されてしまった。

 

 この差異は大きい。〝追われる身〟と言う共通項があっても、少なくとも自分は秋人と奴を同一視はできない。

 実際にやつと対面した限りでは、義理堅い面もあり、情無き人間ではないと認めた上でだ。

 

 それに、こいつは異界士同士の問題、異界士と関わりがを持っているだけで、異界士の社会に身を置いているわけじゃない上にデリケートの塊な半妖夢の秋人がその手の問題に関わるのは、デメリットの方が遥かに大きい。

 

 眼鏡のことでご講義垂れる様は正直うざったいが、そんぐらい好きな眼鏡の為に自分の時間を使ってもらった方が俺としては喜ばしい。

 

「心配ごとがあるなら、言って下さい」

「………」

 

 顔に出ている時点で、今の秋人には上手くはぐらかす術は持っていない。

 一応、お互い会ったことは口外しないと約束した以上、美月たちにも明かすわけにはいかないし、それ以上に秋人が逃亡犯と接触していた事実も明るみにするわけにはいかない。

 未来たちには悪いが、上手いこと流れに入り込んで――

 

「聞いてくれ」

 

 とそこへ、普段の軽薄さが消え、異界士としての神妙な面持ちとなっている博臣が割り込んで来た。

 

「厄介な連中がこっちに向かっている………査問官だ」

 

 校内に張り巡らされた〝檻〟の効能で、博臣は一番先に文芸部に一応の来訪をしようとしている存在を感じ取っていたのだ。

 

「ちっ…」

「黒宮先輩?」

 

 忌々し気に舌打ちを鳴らしてしまう。

 気配を感じ取ったす自分の顔は、すっかり刺々しく不機嫌で近寄りがたいものとなっていた。

 なぜかと言うと―――

 

「みんな気をつけろ……この間の連中だ」

 

 今の俺の一言で、この場にいる全員の顔が強張り、来訪者たちへの警戒心を露わにした。

 

「ミツキ、暫くマナを匿っててくれ」

「ええ、マナちゃん、隠れてて」

「こぉん」

 

 マナは美月へと駆け寄ると、制服の襟元から美月の服の中へと入りこんで隠れた。

 狐の妖夢だから、身を隠す能力に秀でているし、美月の檻と組み合わされば、そう簡単に連中に見つかることはない。

 

 

 

 

 

 そしてそこ、絶対羨ましいとか思ってんっじゃねぞ♪ 消し炭にしてやるから(ニコ♪

 

 

 

 

 

 部室の扉の外側から、ノック音が二回鳴り響いた。

 そこそこ聞き慣れているのに、俺たちが抱く緊張感をより強めさせる。

 

「どうぞ」

 

 秋人が代表して入室の許可を述べると―――扉が開かれた。

 

 そこにいたのは案の定、あの長身で眼鏡掛けた優男と筆頭とした査問官どもだった。

 

 つづく。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。