境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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EPⅢ - 四の五の言わずに部活動

 あの優男率いる〝査問官〟との一悶着から数十分後の文芸部、窓からの景色はとうに陽が暮れて夜中、星を見たくとも、蛍光灯に照らされる室内からはあまり拝めないのが残念だ。いくら人の生活には欠かせないことは理解できても、やっぱり人工の灯りは個人的嗜好からはとても好きにはなれない。

 密着する格好な二つの長机の上には、あの後コンビニで買ってきた菓子類と飲料が置かれている。

 ポ○キーだったり、き○この山だったり、ポテトチップだったりチョコスナックだったり、おむすび型せんべいだったりグミチョコだったり、ミルク紅茶だったりコーヒーだったり緑茶だったり。

 

「あの〝メガネ〟、わざわざ名瀬管轄地(このへん)のことを〝査問官特権が利かない〟だとか抜かしてたからな」

 

 俺達は頭脳労働に必要な糖分と体力補給に食しながら、先程の秋人が襲撃された一件の一部始終を〝改めて〟その場にいなかった美月と博臣に話していた。

 

「お前らの〝目〟からはどう見えた?」

「確かに連中の雰囲気は〝査問官〟のものだったね、特にあの眼鏡の男」

「私も右に同じ、あの〝感じ〟はそうそう忘れられるものでは無いわ」

 

 美月も兄に続いて頷く。

 実は一応、二人も〝あの場〟を目にしている。それは机上できのこの山を狐なのにリスっぽく頬張っているマナの能力の賜物。

 あの時、俺とマナは彼女の力で視覚を共有していた。そして俺の視覚情報を得たマナが、二人の脳内のスクリーンに投影させていたのだ。

 なんで念を入れてこんな手を打ったのかと言えば、〝檻〟の万能性が持つ難点があったから、元々檻は妖夢を相手よりいち早く補足する意図で発展した空間系の異能で、バリアや異空間生成と言ったのは後から生まれたもの。

 それ故、名瀬は檻の索敵能力に頼り過ぎているきらいがある。これは博臣たちにも見られる傾向であり、時としてそれは不測の事態への対処に迅速さと冷静を鈍らす影響を与えてしまう。

 名瀬泉とグルになって決行された真城優斗の八百長試合染みた襲撃が、良い例だ。美月は言うまでもなく、檻の網を潜り抜けて次々と操られた妖夢が出てくる状況にさしもの博臣も焦りで判断力のキレを鈍らせていた。

 今回も檻の万能さが仇になって、学校の近場に外部の異界士、それも査問官がうろついていた事態に対し、懐疑的になる恐れもあったので、マナの力も借りてもらった。

 尤もこれは、俺達と二人の間柄だからこそ通用した手段、これが他の異界士だったら、似たような異能を持つ名瀬の連中さえも〝妖夢が生み出したまやかしだ!〟だのどうだの言って信じないのは目に見えている。

 

「その、毎度話の腰を折って悪いけど、僕にも説明願いたいのですが……」

 

 俺達と付き合いがあるだけで部外者同然の身な秋人が手を上げて、異界士関係の説明を求めてきた。

 まずは〝異界士協会〟のことからだな。

 

「異界士のお役所な組織があって、そいつは〝異界士協会〟って呼ばれてる、まあ某魔法世界の魔法省みてえなとこだ」

「あの……澤海さんや、その喩えからは濃密な悪意を感じるんだけど……」

「気のせいだ」

 

 と、表向き一蹴したけど、実際秋人の読み通り、濃厚なブラックジョークで先の比喩表現を俺は口走っていた。

 美月たちも苦味のある顔をしており、それはこの兄妹も決してあの組織を清廉であると捉えていない証拠と言える。

 勿論怪獣でゴジラな俺は、〝権力者〟って手合いは喜んで反吐を熱線よろしく吐き出すくらい大―――っ嫌いな人種どもである。

〝権力〟なんて最も実体がなく、従える下の人間がたちが大勢いないと効力を持たない――そのくせ持っている奴に自分は〝神〟にでもなったと驕らせ、増長させてしまう性質の悪さを有した〝力〟を持っている連中の組織なんて、クリーンからは完全なる対極に位置する存在だ。

 一応説明しておくと、今口にしたのと反復になるが、《異界士協会》ってのは、いわゆる異界士のお役所みたいなとこであり、異界士たちの統括と管理を行っている。もっとかみ砕いて言えば異界士が調子こいて〝暴挙〟をやらかさないようお目付、実際やっちまった者に対してはしかるべき処置を行って取り締まるところで、ようは異界士限定の行政機関であり、警察であり、裁判所みたいな、異界士の世界の秩序を一応担う組織だ。ちなみに喩えに出した某魔法世界の組織と同じく、権力、と言うよりそいつの魔力で心身腐りきった権力者の暴走を防止させる機構な〝分権〟は、ほぼ皆無と言っていい。

 人の本質は〝混沌〟であり、その反対の〝秩序〟を維持し続けるのに必要な〝構造(システム)〟がないとどこまでもタガを外し続けてしまう性質(たち)な以上、異界士の世界にも機関(システム)は欠かせない、権力者を毛嫌う自分でもそう言った〝システム〟の必要性は認めている。

 協会の仕事の一つを上げると、それは〝異界士証〟の発行、無論ながら、この資格証を持たずに妖夢退治なんかしたり、たとえ持ってても〝異能〟を悪用したり、他の異界士の手柄を横取りなどしたら、協会は黙ってなどいない。

 

「で、場合によっては実力行使で違反者を取り締まる専門の異界士が〝査問官〟と言うわけさ」

 

 俺と博臣は、協会の主な〝仕事内容〟と、実際暴挙をやらかした異界士を時として実力行使でねじ伏せ、お縄を頂戴する対異界士な異界士――〝査問官〟のことを説明した。

 軍隊に喩えるなら〝憲兵――軍警察〟に相当する役職である。

 名瀬の庭なこの辺など例外たる地域は少なからずあれど、特に面倒な手続きをしなくても査問官独自の一存で活動できる権力を持っている、あの優男も口にしていたが〝査問官特権〟ってのは、つまるとこそう言うことだ。

 

「あのサムライモドキみてえなのはそういねえから安心しろ」

「だ……だろうね、ああ言うのが大半いる役職だったら、色々問題あり過ぎだし」

 

 武士道をヘンテコな方向で曲解してしまったようにしか見えないあの瞬間沸騰器な単細胞の、俺からの見え透いた挑発をバカ正直に間に受けた様を思い出しているようで、秋人は苦虫を噛み潰した感じも混じった苦笑いを見せた。

 俺もそんな乾いた笑いを浮かべたくもなる。一応、同族を疑い、そいつが抱える疑惑を追及し、本当の真実を導き出し、実際に罪を犯したのならば御用にするデリケートな〝仕事〟なのだから、査問官の選定基準はさぞ厳しいだろうと、正直に打ち明けると自分なりに期待をしていたが、今日の一件ですっかりその幻想(きたい)は、音を立てて粉々に崩れ去り、壊れ果ててしまった。

 ああいう仕事は、特に冷静な思考力と推理力、色眼鏡に囚われない判断力が必須なのではないのか? 無意識の内に溜め息を吐いていた。

 

「でもあの査問官の方たち、一体どういう件でこちらに」

 

 未来が最ももたげさせる疑問を口に出した。

 連中の職務は暴挙を働く異界士を御用することなのだが。

 

「特に指名手配中の異界士がこの地に潜伏しているなどと言った話は、今のところないよ」

「だよな………名瀬の庭荒らしてまで下手人を捕まえる気なんて根性、基本連中にはねえし」

 

 一部例外の存在を今日目の当たりにしたばかりではあるが、もし本当に凶状持ちの異界士がこの辺に隠れてこそこそしているのなら、協会は名瀬に連絡の一つや二つはしている筈だ。

 この辺は保守的かつ排他的な名瀬の本家の直轄地、それに何の報告も連絡もせず庭の中でこっそり異界士を捕まえるだの妖夢を討伐だのすれば、当たり前だがただでは済まない。

 喩えるなら、本庁こと警視庁の嫌に鼻の付くエリートが、ある地方の一地域に潜伏している凶悪犯を、その地の治安を担っている所轄を完全無視して捕まえるようなもの。

 日本の警察でさえ縄張りを巡る内ゲバがあるのだ、異界士の世界とならば尚更ってやつだ。

 だが連中の様子と、博臣たちの反応を踏まえると、あの査問官どもは名瀬に事前通達もなく足を踏み入れているらしい。

 何が目的なのやら………さすがに無関心ではいられなかった。

 

〝目先の小物に釣られて大物を逃しては元も子もない〟

 

 優男がサムライモドキを諫めるのに使った表現にも妙に気になる上、奴は秋人が半妖夢であり、あいつの内に眠っている〝破壊衝動〟―――〝怪獣〟と言っても良い存在も知っていた。

 それに奴の〝異能〟と思われる現象の数々……これではどうしても気にはなってしまう。

 しかし、今はその疑問どもに頭を使うわけにもいかなかった。

 

「ともかくこの件は一旦保留にしましょう、私たちには一日たりとも時間を浪費していい暇なんてないのだし」

 

 文芸部員一同の急務は、季刊誌に載せる文集の選考である。いつまでも査問官のことで作業を中断してもいられなかった。

 部長こと美月の一声で俺達は、合間に買ってきたお菓子どもを食し、飲料で喉を潤して随時肉体に活力を補充させながら作業を進めていく。

 全員連中のことは微妙に差があれど気がかりであったけれど、それを押し込めて文集と睨めっこをし続けた。

 

「澤海、昨日薦めてくれた〝濡れ烏の館〟のことだけと」

「お眼鏡に叶ったか?」

「叶わされましたって言うか、してやられたわね、澤海の言う通り、後半からの面白さがトップギアだったわ」

 

 普段昼行燈、でもここ一番の加速力は凄まじい刑事なライダーみたいな感想を美月が述べた。

 俺が推薦した〝濡れ烏の館〟ってのは題名だけでも分かる様に推理モノってジャンルも含まれた小説である。

 前半は内部の外部と交信が断絶された孤島を舞台に起きた殺人事件の謎を探偵たちが解こうとするこの手の話としてはお馴染みの代物だが、どちらかと言えば……それこそあのホームズに代表される探偵役の奇人変人っ振りを楽しむタイプであり、どいつもこいつも癖のあり過ぎる探偵どもの絶賛迷走中な捜査が面白おかしく描かれている。

 これだけでも結構楽しめたが、後半一気に猛加速が掛かって大化けした。

 ところどころ〝おかしな表現〟が挟まりつつも、三人称と思われていた文体の正体は、その殺人事件の犯人の視点―――一人称であり、そっからはノンストップでいかに犯人が探偵どもを出しぬいて孤島を脱出するかの脱出劇が繰り広げられ、読んでるこっちも最後までぶっ続けに読み終えてしまった。

 

「主役に祀り上げられてた奴らがモブキャラに転落する瞬間の快感と言ったら……思い出すだけでも痺れさせるわ、選抜決定とします」

 

 捻くれ者な美月も恍惚とした表情を見せつつここまで太鼓判を押す逸品、傑作選に組み込むのに申し分のない。

 今のも含めて、どうにかやっと半分を通り越した。

 未だギリギリの状況ではあるが、先週の一週間、実質部活動の本来の機能が停止していたのを踏まえると、着実に進んではいると言えた。

 

「栗山さん、グミチョコ食べる?」

「はい、頂きます」

 

 一方、感想述べた時の美月とまた違った恍惚な表情を浮かべてるのがもう一人。

 

「あっ……」

 

 秋人からグミチョコを貰って食した未来だ。

 どうも今日初めて食べたらしく、固いチョコの感触から柔らかく弾力性に富んだグミのコンボが病みつきになったらしい。

 庇護欲を掻き立てる幼いルックスなのも相まって、親鳥に餌を催促するひな鳥みたく、未来は秋人にさらなるグミチョコを求めた。

 対して秋人は、すっかり我が子、または孫の愛らしさを前に心穏やかになる保護者の顔付きとなっていた。

 

「ほんとにまあ、未来ちゃんの仕草は愛らしいな」

 

 つられて、共食い……もといキ○コの山を食べていた博臣(シスコン)もこんなことを口走った。

 いつもなら呆れて突っつくとこだけど、実は自分も〝可愛い物を愛でる〟のに関しては人のこと言えなかったりする。

 実際彼女の小動物っぽさは認めるとこだし、とても無視できそうにないのは分かるし、自分だって昔何度〝チビスケ〟可愛さに親馬鹿になって可愛がったことか………あ、今でも時々マナを可愛がっていたので過去形と言えない。

 

「おい博臣、栗山さんを〝そんな目〟で見るな」

 

 ただ博臣を〝節操のない変態〟を見る目で見るのはいただけない。

 確かに〝ドシスコンな変態〟なのは事実ではある、しかし眼鏡好きな変態な秋人も人のこと言えないぞ。

 もしこいつが未来の眼鏡で倒錯的なことをやらかそうとしたら………そん時は熱線一発分で済ます気はない―――火は火で以て制してやろう。

 ただし限度を越えない内は大目に見ておく。

 

「栗山さんに現むかしていると、後が怖いぞ」

「心配するなアッキー、俺は未来ちゃん以上に妹を気に掛けている」

「それだと部活中は女子のことしか頭にないってことにならないか?」

「何を言う、周囲に気を配るのは異界士の基本スキルだ」

「だから俺達の行動も逐一観察してるしな」

「え? そうなの?」

「当然だ、アッキーの場合美月に十二回(内八回は顔、四回は胸)視線を送り、メガネも含めた未来ちゃんに三十二回一瞥し、俺とは三回目を合わせている、そしてたっくんは会話を振られなければずっと活字への目線を固定させている」

「そこまで見せられちゃな……疑って悪かった」

 

 例えば、こんなやり取りくらいは許容範囲だ。

 

 生き物な以上、いくら集中していてもどこかでムラが生じるもので、合間に益体のないやり取り挟まれつつも作業に没頭して、7時半を過ぎた頃になると、椅子の上で体育座りをして選考中だった未来のポケットからスマホのバイブ音が鳴った。

 それを取り出して画面を見た彼女の顔が瞬く間に微笑んだものとなる。

 

「すみません、急用ができたので先に帰らせてもらってもよろしいですか?」

「構わないわよ、元より栗山さんには無理強いさせてるし」

 

 早退の許可を部長から得た未来はささっと帰る準備を整えて部室をあとにし。

 

「失礼します」

 

 俺ら先輩一同は、その小さな背中を見送った。

 

「さっきの栗山さん、どう控えめに見ても〝待ち人来る〟って様子だったわね」

 

 バタリと扉が閉まって程なく、美月は未来の〝不可解〟な一連の行動からそう推測を組み立て。

 

「い、いや……彼女に限って……そんなことは……」

 

 真っ先に秋人は反論を述べた。とは言え物言いはぎこちなく、声色は不安に塗れている。

 そら文芸部(こっち)に入部してから毎日その日の最後まで部活動に勤しんでた少女がどこの馬の骨とも知れぬものからのメールで早々に帰宅すれば、気になってしまうだろう。

 実際のとこ、秋人が心配していることなど欠片もないのだが。

 あの時の彼女の顔は―――いわゆる○○の顔だった、間違いない。

 それを教えておこうかな……いや止めとくか、メガネストを自称しているのなら、メガネ女子の機微くらい自分で把握しろってんだ。

 

「余計な詮索はしないのが賢明ね、ほらほら、口を動かす暇あるなら、目と手を働かせなさい」

「……うん」

 

 結局秋人は自力で〝真相〟には至れず、その後は滅法集中力を欠いて作業スペースがガタ落ちして役立たずと化していたのであった。

 

 

 

 

 

 翌日の土曜日。

 昨夜の俺達が部活から帰る頃には一雨降っていたこの街も、今日は一転してはれもようとなっていた。

 雨も結構好きだが、そいつらに濡れた草木やコンクリートが太陽の光を反射させる光景も味わい深い。

 直射光と反射光を浴び、〝ギャレゴジ〟のテーマ曲を口笛で口ずさみながらながら、俺は新堂写真館に飾られている植物たちにジョウロ水をやり、せっかくの養分を横取りしかねない雑草を抜いていた。ちょっとした店の外観のお色直しと言うやつだ。

 肌に受ける太陽光から、夏は少しずつ近づいていると実感する。

 五月一つ取っても、初旬と中頃とでは、日光と大気の質はかなり違うものなのだ。

 作業が終わって、店の中に戻ろうとすると。

 

「おはようたっくん」

 

 見慣れた奴ら―――秋人と博臣と鉢合わせた。

 博臣はいつもの軽薄で飄々とした物腰で、一方秋人は少々不機嫌っぽい。

 

「ミツキと業者んとこに行くんじゃなかったのか?」

 

 確か今日副部長(あきひと)は、部長(みつき)と一緒に『芝姫』の製本の手続きの為に専門の業者のところへ行く予定だった筈。

 

「生憎美月は今風邪で寝込んでしまってね、俺はその代理さ」

 

 あ~~そう言うことね、と納得する。

 昨日降った雨の量は結構多かったからな、屋敷に着くまでの間に雨風に晒された影響で風邪をこじらせてしまったようだ。

 

「美月と出かけたかった気持ちは分かるが、そう不機嫌な顔するなアッキー」

「僕は博臣と二人っきりな状況が嫌でこんな顔になってんだよ!」

 

 ご愁傷様としか言えない。

 あの妹好き怪獣ドシスコンと一緒に外歩くってのは、確かに少々抵抗感を抱くのも否めなかった。

 

 二人を見送った俺は、ちょっと美月の様子を窺おうとお見舞いに行くことにした。

 

 勿論、この後起きる〝騒動〟のことなど、予想だにしていなかった。

 

つづく。

 


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