境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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原作では二巻、こちらでは今回の話に出てくるキャラたちは今後ちゃんと再登場するのでしょうか……ちとそこが気がかり、真城優斗は出るかもしれない気配は匂わせてるけど。

ちなみに新キャラの一人の中の人はメガブルー(吹替えでファンタスティックフォーのヒューマントーチも演じてた)なので、今回の話はある意味ゴジラvsスーパー戦隊でもあると言う。


EPⅡ- 憂き世

 僕たち文芸部の部員らの小腹の足しになる菓子類と飲料水は、主に校舎から歩いて三分ほどで着けるコンビニで購入されている。

 近場な以外に、店内規模は普通のコンビニより広く、品揃えも結構豊富で重宝している一店だ。

 今日も部長の横暴で、副部長の身ながら買い出しの役を押しつけられた僕はそこに向かっている。自らその役を買って出た栗山さんに譲ることもできたけど、熱心に物語の世界へと入りこんでいる彼女の姿を見たら、とてもそれを邪魔する気にはなれなかったもので、結局僕が請け負った。

 折角一人外に出たので、長びかせないよう注意は怠らず僕の〝楽しみ〟を楽しむことにする。

 例のコンビニまでの道中には、メガネ専門店があり、ショーウィンドウにはそれはもう多種多様でどれも各々の魅力に溢れたメガネたちが飾られており、それを拝む為だけに寄り道することも少なくない。

 

「なんと!?」

 

 今日はどんなメガネたちがいるか、ウィンドウの奥を眺めた僕は驚愕に駆られた。

 いわゆるコラボ、タイアップメガネである。

 一例を上げるなら、あるアニメのキャラが劇中使っているのと同じデザインなメガネだったり、或いはマスコット等のキャラクターそのものを反映したメガネだったりと言ったやつである。

 それら自体はメガネの世界では頻繁にあることでそう珍しくないのだが………まさか怪獣王ゴジラとそのライバル怪獣たち、さらには今年公開のハリウッド版とのコラボだなんて、メガネストたる自分は考えもしなかった。

 ゴジラら各怪獣の身体的特徴を上手く取り入れたデザイン。

 僕らの〝友〟でもある平成ゴジラと〝ギャレゴジ〟の背びれを模したテンプル、金星の文明を滅ぼした某超ドラゴン怪獣の体色を再現したカラーリング、インファント島の守護神の羽をモチーフとしたリム………どちらかと言えばシンプル派な僕でも、怪獣のビジュアルをメガネに落とし込んだ制作者のセンスには畏敬の念を抱かざるを得ない。

 いけない……このまま欲求に身を任せたらあっという間に真夜中だ……じっくり鑑賞するのは今度の休みにしよう。その時なら何時間だって鑑賞できる。

 本来の目的を忘れかけた自分を叱責して言い聞かせ、例の行きつけのコンビニの方へ足を運ぼうとした僕は―――足を止めてしまう、いや……止めざるを得なかった。

 

「まさか夕刻(こんなじかん)に、妖夢が徘徊しているとはな」

 

 現代の日本にとって、異様な光景が僕の眼の先にある。

 男がいた………見かけからして青年くらいの歳の男、その者の風体は余りにも異様だった。江戸時代の諸国を流れる浪人の如き、和装姿、今の時代の人間からはコスプレにしか映らない。

 しかし、精悍な容貌から発せられる〝気圧〟と、瞳が有する〝眼光〟は、その格好にはこの上なく〝似合っていた〟………創作でよくある、あの時代からタイムスリップでもしてきたなどと言われても、信じてしまいそうだ。

 当然、腰には〝日本刀〟が携えられている………鞘から抜かれてもいないのに、僕はそれが〝本物〟だと一目で見分けられた。

 

「…………」

 

 無意識に緊張で唾を一呑みしたことで、自らの息が荒れ出していたのを自覚した。

 悔しいが……ここ三年の暮らしが、僕の危機意識(ほんのう)を鈍らせていたと、認めざるを得ない。

 いくら名瀬家が裏で牛耳り、あらゆる場所に檻の網が張り巡らされている地だとしても、僕と僕の立場を知らない異界士が、僕の存在に気づかない保障など……無かったと言うのに。

 

「丁度いい」

 

 剣豪の瞳から発せられた……それ自体に殺傷力がありそうな〝殺気〟が僕を捉え、右手は腰の刀に添えられた……居合腰と呼ばれる体勢。

 何度………その目を〝突きつけられた〟ことだろう。もう何度となくどころじゃないけど、それでも一向にその〝視線〟に慣れそうにない。

 四月の始め、夕焼けの校舎の屋上で出会った時の栗山さんも見せた………〝殺意〟を帯びた眼差し。

 

 構える男の全身が前屈みになる……いつでも鞘から抜刀し、その凶刃で僕を斬り殺す準備を整え切っていた。

 全身全霊、全力でこの場さら逃げ去るか?

 無理だ……素人目に見ても、奴に背中を向けた瞬間、一歩でも足を踏み込めぬまま―――僕の体は裂けた肉から迸った大量の〝血〟に染まる。

 あの異界士と相まみえた時点で………逃げ場はとうに崩れ去っていたのだ。

 

 公衆の面前、多数の通行人が行きかう環境であることを全く臆せず、躊躇わず………剣豪は現代の大地たるアスファルトを蹴り、突風の如き素早さで僕へと肉薄する。

 

 距離を切り詰めながら、鞘に封じられた〝刃〟を解き、半妖夢の血肉を骨ごと断ち切ろうと迫る。

 

 瞼を閉じる猶予さえ許されず、凶刃と言う名を有した〝死〟が僕を呑み込もうとした―――直前。

 

 頭上を、見覚えのあり過ぎるチェレンコフ〝光色の弾丸〟が通り過ぎ、丁度光の衝突コースにいた剣豪はその手の刀で打ち払い、一転して跳び、後退する。

 

 光が軌道上たる頭上を僕は見上げる。

 バルクールってスポーツによく似た動きで宙返る………〝友〟の姿。

 彼は僕の前で降り立つ。

 僕と同じ〝制服〟を着た人間なその後ろ姿から―――僕は〝あの背びれ〟連想させるのであった。

 その背中は、逞しくあり、頼もしくもあり……同時に、僕の目から〝羨望〟の眼差しを発させていた。

 

 

 

 

 

 危ないところだった。

 窓の外から〝査問官〟の匂いをかぎ取って急いで来てみれば、人除けの結界を貼る措置さえせず〝殺気〟を撒き散らす〝異界士〟と対峙させられている秋人の背中を目にした。

 自分の位置からは死角だったものの、膨れ上がった殺気から咄嗟に飛び上がり、疾駆しつつ居合の構えから刀を引き抜こうとする野郎へすかさず牽制の放射熱弾――アトミックボールを放つ。

 こっちの存在を発した時代錯誤な〝浪人風〟の風体をした異界士は、その刀で熱弾を切り払い、跳躍で後退し、俺は秋人の盾になる形で友の前に降り立ち、右手を横に伸ばして〝手を出すな〟〝大人しくしてろ〟と伝達させる。

〝怒り〟がないと言われれば……そいつは嘘になる。

 またしても、誰も襲っておらず、当人は襲う気など全くないのに、ただ人の〝日常〟の中を歩いていただけで秋人は襲われたのだから………過去何度も繰り返された〝不条理〟だ。

 実際に、何度も人のテリトリーを侵し、文明物を洗いざらい破壊し、大勢の人間をぶち殺してきた自分や、実際に人様を襲ってる類の妖夢どもはともかく、秋人(こいつ)と、こいつみたいなのを出会いがしらに殺そうとする神経は、自分からすればどうしても理解に苦しむものだった。

 妖夢を〝絶対悪〟などと決めつけなんてしたら、それこそ人間はそれ以上にどす黒い恐ろしい〝怪獣〟となってしまう………見方によって俺は―――そんな怪獣の持つ〝闇〟を授けられ、それが〝形〟となった存在だ。

 でなければ〝ゴジラ〟の体表が、あんなにも〝漆黒〟な色合いに染まるわけがない。あの〝黒〟が人間が持つ〝色〟の一端であることは疑いようもなく、対峙する侍風の風体な異界士はそれを証明してしまっている、残念なことに。

 しかし、怒りの激流に身を任せるわけにもいかない、そいつは少々厄介な立場にある相手だからである。

 情が濁流をならぬよう制御し、ポーカーフェイスで臨まなければ―――まず懐(ポケット)から、パスケースに入った〝カード〟を異界士に見せる。

 そのカードの表面から、俺の名前と顔写真のホログラムが宙に投影された。

 このケースに入れてあるのは〝異界士証〟、言ってしまえば異界士の〝免許証〟かつ〝身分証〟、これ一つで同業者たちには正式な異界士だと表明できる便利な代物で、ホログラムはそれに備わっている機能って奴である。

 異界士証を見た異界士は相手が同業者な事実に驚いた様子、殺意の籠もった眉間の皺が一度緩み――――一層皺を深く寄せて睨みつけ、正眼で切っ先を向けて来た。

 つまり憤りがより増したわけだ。お陰で見ているこっちの怒りの熱が引いてしまい、溜め息を吐きたくなる………頭が冷えてより冴えたこっちとしてはむしろ好都合だけど。

 

「異界士の身でありながら、なぜ〝妖夢〟を庇う」

 

 とは言ったものの、面倒な手合いでもある。

 無駄に使命感と言うか思想と言うか………〝イデオロギー〟ってもんが強過ぎて、自分は〝天命〟を授かっただの何だので自負心があれぬ方向に捻じられて肥大化してしまった感じが自分からは見受けられた。こう言うのは脳みそが凝固寸前にお堅い上にカッとなりやすい、とても厄介なタイプ、説明しても碌に理解する意気どころか聞く耳を持っているのかすら怪しい。

 もう少し煽って見るか、それで少しは周囲の〝異常〟が分かるかもしれない。

 

「てめえみてえな勘違い〝ブシドー〟患った野郎と話す舌はねえよ、SAMURAI FAKER(サムライモドキ)」

 

 わざと憎々しげに、悪魔そのものを表現するつもりで顔に〝邪悪〟な笑みを作り、過敏な部分―――言っちまえばまえば〝逆麟〟に敢えて刺激させる言葉を言い放つ。

 

「きさま……」

 

 わざとらしい悪役臭が匂い立つ俺の〝大根演技〟に、素浪人風の異界士は分かりやすく引っかかった。

 自分の〝第一印象〟から全く違わず、ほんと分かりやすく、状況に似合わない大笑いをしそうになり、堪えた。敵を煽るにしても適切な〝やり方〟ってものがある。

 額の憤怒の皺がよりきつくなり、ケダモノみたく食いしばった歯をむき出しにし、素人でも勘づける程ダダ漏れな殺気は、俺にへと集中する。背後からも秋人が〝心配〟の目線を飛ばしていた。

 なのに……こんな事態になっても―――周囲の通行人たちは関心どころか見向きもしない、目線をほんの一瞬にでも俺達に向けず、通り過ぎ去って行く。

 

「妖夢に誑かされた―――この〝もののけ〟がぁぁぁ!!」

 

 もののけじゃない――〝怪獣〟だと心中訂正した。

 一応こっちにも、怪獣としての自負心が〝それなり〟に、〝程ほど〟にある。

 

 居合の構えから、憤怒の〝ニトロ〟により、秋人へ切りかかろうとした時の比じゃない瞬速で俺に向かって猛進。

 

 さあ……鬼が出るか? それとも蛇が出るか? どっちだ?

 

「彼をその剣で斬ってはならない」

 

 他の男の声がしたと同時に、回転からの遠心力を乗せた刃は、俺の首とギリギリの溝を作って空振りとなる。あの速さから繰り出された斬撃で虚空しか斬れないなど、不自然にも程があった。

 瀬戸際のスリルの〝快感〟を味わいながらも、ポーカーフェイスを維持したままな俺と対照的に、驚愕を分かりやすく見せる侍モドキは反撃を受けまいと下がり。

 

「なぜ邪魔を……あの妖夢ともののけを庇おうと言うのか?」

 

 同じ〝査問官〟の匂いがする男に不満をぶちまけた。

 180くらい背丈、やや濃い目の肌、下顎の無精髭と楕円型の眼鏡を掛けた、普段の博臣と似たり寄ったりに人を食った態度な優男だ。

 その隣には、ゴスロリ服な格好と、人形に見えてしまう無表情さに顔を固定させた少女がいた………こいつも〝匂い〟で査問官だと悟る。

 さっき部室内で感じた〝気配〟の主どもは、間違いなくこいつらだ。

 リーダーは、あのメガネの優男と見て良い。

 相変わらず―――周りの通行人は誰も彼も無関心を貫いている。

 

「すみません、面倒な事態を避けたかったのですが、そこ浪人が短気過ぎてとてもこっちの言い分など聞いちゃくれないと思いましてね、上司のあんたに止めさせてもらおうと〝一芝居〟打たせてもらいました」

 

 わざわざ露骨に奴を煽ったのは、そいつら他の〝査問官〟をあぶり出す為だ。縄張り意識の強い名瀬のテリトリー内で、不用意に騒ぎを起こすのは連中としても避けたいと俺は踏み、一芝居打ったわけである。

 ようやくまんまと〝乗せられた〟のを自覚したようで、浪人風の査問官は悔しさに歯ぎしりを見せる………さすがにくどいが敢えて言うと、分かりやすい。

 構えた時の姿勢の端正さと美しさ、研ぎ澄まされた剣閃から見ても、剣の腕は〝凄腕〟の域で、日々精進を怠らない〝努力家〟だと言うのに、あの気性一つでそれらの長所を台無しにしていた。それでよくもまあ〝査問官〟になれたものだ。〝協会〟の選定基準はどうなってるんだ? 役職上に於いて奴の〝短所〟は大問題だと言わざるを得ない。

 

「それはとんだ手間を掛けさせてしまいましたね、こちらこそ部下がご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ない」

 

 優男な査問官は、常時笑みを浮かべた様子でこっちに詫びを入れ。

 

「ここは査問官特権の利かない名瀬の管轄地だ、下手に事を起こせば事態は混迷を極めると、そこの彼は警告しようとしたのだよ」

 

〝表面〟からは温和に微笑んでいる態度で、サムライモドキに諫言を投げた。少なくともあの優男は、一見すると査問官の役職を得るのに相応しそうな人物に見えはする。実際任命されるだけの技量は持っているのだろう。却って協会の選考能力が公平か怪しくなってしまったが。

 

「その名瀬が妖夢を野放しにしているのだぞ」

「その名瀬がわけもなく〝自分の庭〟にいる妖夢をほったらかしにするわけないだろ?」

 

 なおも不服な態度を見せる優男の部下へ、皮肉と一緒に一応注意しとく。

 その凶暴性、まるで〝狂犬〟じゃないか、怪獣からこんな〝揶揄〟されるってのは我ながらどうかと思うぞ………せっかくの〝おつむ〟があるのだから、この程度の事情くらい自力で察してほしいものだ。

 

「こいつはやつらの〝飼い犬〟だ、そこの査問官様は名瀬と正面から喧嘩できる自信が相当おありのようだな」

 

 たとえ事実でも、我が〝友〟を〝飼い犬〟などと揶揄するのはさすがに良心に響き、胸の奥がズシりとする感覚が過ぎる………けどそれをちゃんと感じて噛みしめるのは後回しだ。

 あの優男、舌の扱いも達者な〝手練れ〟、細心の注意で言葉を選ばないと……ちょっとした一言でもそれは〝弱み〟となって突け入る隙を相手に与えかねない。ここは自然な調子で、ビジネスライクに振る舞わなければ。

 それに……気配そのものは感じていたのに、制止の声が上がるまで、俺の目は奴らを〝捉えていなかった〟………通行人が無関心になる現象と繋がりがあるくらいしか、今のところ把握できない。

 

「だそうだよ、いつも言っているだろ? 急いてはことを仕損じると、目先の小物に釣られて大物を逃しては元も子もない」

 

 結構以上に精悍で端正なせっかくの顔を、サムライモドキは盛大に歪ませた。改めるまでもなく、そいつは煽り耐性が無さ過ぎる上に〝駆け引き〟にてんで向いていない。

 憤怒の化身は昔の〝自分〟だと思っていたのだが、その認識は訂正しなきゃなさそうだ。

 あからさまに不満の気を発しまくるサムライモドキは、ようやく抜いていた刀を鞘の中にしまい。

 

「命拾いしたな」

 

 創作(フィクション)でよく見かけそうな捨て台詞を吐き捨て、背を向けて歩き出した。

 結局一言も発することなく、ゴスロリ少女なもう一人の査問官も追従して去って行く。

 どうにか危機は脱せられたことで、背後にいる秋人の口から安堵のため息が漏れた。

 

「先輩!」

「栗山さん……」

 

 直後、聞き慣れた少女の〝心配〟が詰まった声がしたかと思えば、未来が普段は真っ平らな道でも転びそうな幼い容姿に反した素早い身のこなしで駆けつけて来た。

 マナにはいきなり部室の窓から出ていったわけの言伝を頼んどいたから、相棒から聞き、かつては自身も秋人に手を掛けてしまった経験から、いても立ってもいられなくなって追いかけたところか。

 

 

「二人ともご無事ですか?」

「うん、僕も澤海も大丈夫」

 

 秋人からの応答で一端はほっとした顔をするも、未来は優男の存在に気づいて再び気を張り詰めさせる。

 

「それで……あの人は?」

「査問官だ」

 

 一言まで端的にまで切り詰められた説明に、未来の大きな双眸に宿る警戒の色が強くなり。

 

「警戒することはないよ、ただの〝半妖夢〟に用はないさ」

 

 周辺の大気も重苦しさが、柔和な態度の優男の一言で、さらに悪化した。

 こればかりは、驚きを押し隠すのは無理な話だった……抑えたつもりだが、それでも眉を中心として顔に出てしまう。

 

「どうして……」

「どうしてかって?」

 

 未来などそれ以上に、眼鏡越しの童顔を酷く驚かせていた。

 異界士は人間と妖夢を判別できる眼を持っているが、それを以てしても〝半妖夢〟を識別するのは難しい。

 俺でさえ、初めて秋人を目にした時は誤認したくらいだ。一目で秋人を〝半妖夢〟だと認識するのはそれ程困難であり、つまりあの男は直に秋人と会う以前から………こいつが妖夢と人間の〝ハーフ〟だと知っている。

 

「別に驚くことじゃないさ、あれだけ手に負えない〝怪物〟はいない、何せ名瀬が名高き〝怪獣〟を監視役に任ずるくらいだから―――」

「黙れ」

 

 おどけた調子で口にされる優男の発言を、中途で秋人が遮った。

 直接見ずとも、秋人の声と体が、震えているのが分かる。

 自身の内に潜みしもう一人の〝自分〟と、それを未来に知られてしまうことへの二重の恐怖によって。

 

「ではこれで失礼するよ」

 

 話の腰を折られた優男の査問官は、大して気にも止めず、悠然としながらも足早に去って行った。

 

「先輩……大丈夫ですか?」

「うん………大丈夫だから………本当、なんでもない………まあ、二人とも来てくれてありがとう、僕一人じゃどうしようもなかった」

 

〝心配〟の眼差しを送る後輩と俺に、秋人は〝大丈夫〟だと答えた。

〝何でもない〟わけがない、俺の目からははっきり強がっているのが見え見えだった。

 かと言って………俺からは下手にどうこう言えない。

 これは秋人にとって最もデリケートな問題である上に、化け物染みた〝力〟を支配し、ものにしている自分が口出しなんかすれば、余計に拗らせ悪化を招いてしまう。

 それだけ秋人の妖夢の〝血〟は―――凶暴につき―――な〝モンスター〟なのであり、俺は〝ただの人でいたい〟のに内なる〝闇〟を抱え、怯える秋人にコンプレックスを齎し、時に刺激させている存在でもある。

 だから……無理に〝戦え〟などと、発破を掛けられるわけがなかった。

 

つづく




いきなり問答無用で斬りかかられた秋人君ですが、半妖夢な彼に限らず、人を襲う気がない妖夢でも異界士とばったりはち合わせたら襲われる……境界の彼方の世界はそれほどシビアなのです。

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