境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~ 作:フォレス・ノースウッド
ゴールデンウィークって名の休みの連なりは終わり、五月も中旬。
長月市立高校はこの月から中間服に〝衣替え〟となるので、ブレザーな男子生徒らも、セーラーブラウスな女子生徒たちも、白シャツにベストな風体に様変わりしている。
中頃の金曜日の放課後の文芸部では、今日も今日とて部の季刊誌〝芝姫〟の記念号に掲載する文集の選考作業中。
先週は俺を除いた全員が一応のわけあって〝歌〟やら〝ダンス〟やら他のことに現を抜かしていた為、発行日にどうにか間に合わせるべくひたすら勤しんでいる。
とは言ってみたけど〝ひたすら〟ってのは、ちと語弊があるか。
ちなみに……先週秋人たちが作業ほっぽいて何をやっていたのかと言えば………ちと説明するのが憚られる。
とうに過ぎ去った〝過去〟となった今となっては、あれらの出来事は当人たちにとって〝恥ずかしい思い出〟の極み中の極み、下手に口走れるものじゃない。
可能な限り、説明しようとするなら、五月の二周の始めから終わりまで、ある〝妖夢〟が学校の屋上を占拠して、俺の〝仲間〟たちは約一週間分、そいつに翻弄されたのである。
「作者は流行に乗りたかったのかどうなのか知らないけどさ、誰これ構わず助けようとするこの小説の主人公の設定はどうかと思う」
「男子なんて〝可愛い〟だけで女子を助けるものじゃないのかしら? 仲良くなりたい〝下心〟も込みで」
「その点は認めるざるを得ないけど、創作の上で確たる動機付けは必要だ、別に劇的じゃなくても良い、誰もが共感できる……と言うか」
「メガネが似合うとか? そんなのが当てはまるのは秋人くらいよ」
「僕だけとは限らないだろ? 世の中には他にも〝メガネスト〟がいるかもしれないじゃないか」
金髪な短髪と人畜無害で人の良さそうな顔付きをした男子と、あどけなさと色気と気品と尊大さが入り混じった黒髪ロングの女子。
前者の男子は副部長の神原秋人で、後者の女子は部長の名瀬美月だ。
俺とは同級生でもある二人は、ある先輩の一作での〝やたら誰彼構わず助ける主人公〟をお題に討論じみたやり取りを交わしていた。
自分に言わせれば……〝助けたいから助ける〟ヒーローなんて光の国の巨人たち含めてわんさかいるし、人間だって打算を捨てて利他的に他人を助ける時だって無くもないと、心中で補足しておく。
今のこいつらの流れに限らず、選考中な部室内では部員たちの雑談混じりな会話がほとんど途切れず続いているので、やり込んではいても〝ひたすら〟とはお世辞にも言い難い。
終始だんまりな一本調子じゃ余計集中が持続しそうにないから、この空気感の中で作業していた方がやりやすいけど。
「アッキー、たっくん、これはどうかな?」
黒いマッシュルームヘッドと異能の冷え性で五月でも首に巻かれたマフラーと類まれな美貌が特徴的な、最近は幽霊部員を卒業して毎日部室に顔を出すようになったシスコン兄貴のいわゆる〝残念なイケメン〟な名瀬博臣が、読んでいた一作を俺と秋人に勧めてきた。アイドルっぽい〝あだ名〟に関してはもう追及するのはとうに止めている。
えーと、さっきまで博臣が熱心に読んでいた作品の題名(タイトル)は――
「〝俺の妹は空気読めない〟」
「これ主人公博臣(おまえ)だろ!」
博臣から主な話の筋を聞く前に、秋人は今日も景気よくタイミング良くツッコミを入れた。これは文芸部に於けるお馴染みの光景の一つである。
「おいアキ、ミツキは空気が読めないんじゃない、読める癖にわざと最悪の選択肢を取るだけだ」
「もっと最低だ!」
「碧眼だね~たっくん、実に我が天使(いもうと)を見ている」
「博臣もさらっと同意するな! こんなの〝悪意の権化〟だって!」
俺の〝事実〟を元にした補足(ボケ)と、さらっと肯定する博臣に続けて二発、三発目のツッコミを秋人は連投した。溜まった疲れを払うのに、こいつのキレのあるツッコミはほんと持ってこい。今のだけで、もう二時間はぶっ続けでも集中が途切れず継続できそうだ。
「ちなみにその小説に出てくる主人公の妹は兄思いだが本当に空気が読めない、彼女は彼女なりに愛する兄とその恋人な女子の仲を進展させようと頑張るんだけど、その善意が悉く裏目に出て事態をややこしくしてしまってね」
「〝ラブコメ〟ってやつか? ヒロ」
「前半は俺もそう思ってたんだが、むしろその皮を被った青春感動物語だった」
「そ……そうなの?」
博臣によると、その妹は本編より三年前に事故で亡くなっており、前半の時点で巧みにその伏線が散らばれ、中盤それが明らかになってからはページを進めるのが止まらなくなるらしい。
地の文も兄の語りによる一人称なのだが、その利点を最大限に生かした作りになっているとのこと。
〝妹〟そのものを愛している博臣の主観って装飾が入っている以上、実際読んでみないとどうとも言えないが、読んでみる価値はありそうだ。
内容次第では、これも候補の一つに入れておくことにし、まだ途中な外惑星が舞台の西部劇チックなアクションモノを読み進めようとすると、赤縁メガネを掛けた後輩に目をやる秋人の様子を目が捉えた。
その後輩の名は栗山未来、先月ある〝依頼〟でこっちの越してきた異界士で、最初こそ秋人を〝妖夢〟と勘違いして殺そうとし、俺の怒りを買ってしまったのだが、今ではすっかり文芸部員の一人で、部室内で読みふける姿が様になっている。
秋人はそんな彼女に一声かけたくなったようだが、集中して選考している彼女を見て引っ込めていた。
「くう」
「え? もう五冊も読んだのか? じゃあこの紙(メモ)に感想書いといてくれ」
「こんこん♪」
後輩君の他に、黙々と読みふける女の子はもう一人、机の上に腰かける小さな妖狐、俺の異界士としての相棒でもある妖夢のマナだ。忙しい時はこの子にも手伝ってもらっている。精神年齢は幼いが、作品を見る目はかなり鋭く、生来の愛らしさと癒しもあって作業効率は何倍も捗る。
この二人を見習って、こっちも暫くは私語を慎んどくか。
かれこれ10作品分は読み終えた。
体感時間で、あれから一時間と数分は過ぎた感覚がある。
確認の時計を見ると、針は五時半の近くにまで差し掛かっており、体内時計との差異は微々たるものだった。日に日に日照時間は伸びているので、窓から見える陽は夕焼けとなりながらもまだ顔を出して部室と、窓際の盆栽たちを照らしている。
盆栽な趣味の未来が入部してから、窓際(このへん)はすっかり彼女が手入れしている〝作品〟の展示場と化していた。
密閉されて少々淀み気味な空気を入れ替えようと、窓から新鮮な空気が入り込む、さすがに〝バース島〟のより譲るものの、山々の近くだけあってこの辺のも中々味わい深いと、体内に取り込ませた。
「休憩しましょう、秋人、急で悪いけど甘いものと飲み物を買ってきてくれるかしら」
腕を伸ばして疲れを和らげる美月は開口一番、副部長におつかいを催促、正確には〝命令〟を下す。
この学び舎の文芸部に置いて〝副部長〟って役職は、独裁体制敷くサディスト&女王様な〝部長〟の体の良い〝使いっ走り〟でしかなく、実権はほぼ皆無。
歴史でも創作でも、国の君主とやらはお飾りで摂政などの右腕が政治(まつりごと)のトップに躍り出ることは多いが、この部の場合はその逆なのだ。
「三人もヒラ部員がいるのに僕ばかりこき使われるのは納得いかないんだけど?」
かと言って、副部長も決して盲目的に従う口ではなく、秋人なりにジト目で部長へ抗議の想いをぶつけ。
「副部長の分際で口答えしようなんて十年早いわ、悔しかったら早く部長の座に上り詰めることね、まあ十年くらい留年しないと部長として偉そうに命令してこき使えそうにないけど」
「そこまで留年してるくせに偉そうな高校生とか目も当てられないだろ!」
それを受けた〝ミツキズム〟全開な部長(じょうおう)は今日もしれ~っと、ブラックジョークを副部長に投げつけた。
説明しとくと、これは天の邪鬼な美月なりの親しみを込めた物言いなので、それが分かっている自分からしたらむしろ微笑ましい。
「でも秋人は普通なら嫌がられる行為を積極的にやろうとする節があるじゃない」
「ねえよ!」
「せっかく褒められてるのに否定するなんて、勿体ねえ」
「へ?」
「ミツキの言う〝嫌がられる行為〟っては、焼却炉への廃材運びに掃除当番、花の水やりとか動物飼育に委員会の資料作成とかの類だ」
「なあ美月、本当か?」
「当たり前じゃない、他にどういう意味があるのよ」
「それは………ヒラ部員がいるのに副部長を〝小間使い〟する……とか」
「あの……何なら私が代わって行きましょうか?」
絶賛駄弁り中な中、一人黙々と作業を続けていた未来が、自分から買い出しの役を買って出た。
約一月分の付き合いで、未来も美月は決して心から〝悪意〟を以て暴言を吐いているわけじゃないと知ってはいるが、それでもメガネっ子の後輩から見たら副部長の先輩はかなり〝可哀そう〟に映ったようだ。
「ミライ君、これでもアキは甘いものと飲み物を選び抜く能力に長けててな、ミツキもミツキなり一目置いてるからわざわざこいつに頼んでんだよ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
俺からもフォローを入れておく。
「澤海、それ褒めてるつもり……なのか? イマイチそんな気がしないんだけど」
「そのつもりで言ったに決まってんだろ?」
あんま自分が狙った効果は上がらず、秋人は訝しむ反応を見せてきたけど、褒め讃える気は本当だ。
実際、こいつは各部員の好みと趣向に合わせた間食用の食糧と飲料をこっちから指定しなくとも選んで購入して来てくれる。
秋人が選別眼に恵まれていなかったら、選考の作業効率は悪化して〆切たる発行日に絶対間に合わなかったことだろう。
使いっ走りとして部長にこき使われる副部長も、この文芸部には欠かせぬ人員なのだ。
「〝怪獣の王様〟からもお墨付きをもらったのだからさっさと行きなさい、あと領収書はちゃんと貰っておくのよ、部費の恩恵を受けるには支出をはっきりさせなきゃならないんだから」
「分かったよ、息抜きも兼ねて行ってくる」
読んでいた一冊を机に置き、秋人は腰を上げて部室を後にした。
そこから数十秒の間、先程と打って変わって、未来は部室扉をちょくちょく覗き続けていた。
この辺を見ても、最初に会った時からそんなに経ってないのに随分と変わったもんだ。
「一人にしておけないってんなら、行ってもいいぞ、数分程度の〝穴〟なんてどうってことねえ」
「っ………すみません、やっぱり私も買い出しに行きたいのですが」
「仕方ないわね、今リストを書くから少し待って」
見かねた俺は、後押しをしてやる。
この子が心配するのも無理ない、まだ完全にこの地は〝凪〟の効力から脱したわけじゃない。もし事情を知らぬ外様の〝異界士〟がいたらって懸念が彼女にあるのが分かる。
実際、この子もあいつを妖夢と誤認して殺しそうになるところだった身だ。
外の空気を吸うのも兼ねて、俺が買い出しを付き合ってやるつもりだったが、ここは後輩君に譲ろうとした―――矢先。
開けた窓の外から進入してくる………空気の流れに乗った〝匂い〟。
それを知覚した全身のありとあらゆる表皮が、鳥肌となって呻く。
自分の〝嫌いな〟類のせいだった。
しかも、意識せずとも鋭敏になった〝感覚〟が………もう一つ別の〝匂い〟を手繰り寄せた。
口が舌打ちを鳴らす。
考えるまでもなく、その〝正体〟を理解したからだ。
わざわざ玄関に行って靴を履き替える〝時間〟すら消費できない俺は、マナに〝思念〟を送りながら、その足で部室の窓から外へ跳び超えた。
「澤海!?」
「おいたっくん!」
いきなり電光石火の勢いで窓から外へ飛び出した澤海の行動を前に、美月ら三人は驚くしかない。
「今の黒宮先輩の目を見ました?」
「ああ……あのたっくんの目は、間違いなく〝ゴジラ〟の目だ、余程の大物を察知したようだな」
「けど……〝檻〟には妖夢も異界士の反応もなかったわよ」
「たっくんの直感が正しいのなら、それだけ俺達の網を掻い潜るだけの能力を持っているのかもしれない」
名瀬の屋敷があるこの街は無論、この長月市は全域に〝檻〟の網が張り巡らされており、異界士と妖夢の大まかな気配と動きは名瀬兄妹含めた〝使い手〟に筒抜け………本来ならそうなのだが、二人の感覚には全く〝異常〟らしき異変は全く感知しなかった。
それもあって、彼女の戸惑いの波はより大きい。
「く~ん」
すると、小さい手で器用に鉛筆でメモに澤海から授かった〝伝言〟を書いていた子狐形態のマナが、その紙を三人に見せた。
そこには、全文ひらがなながら、異界士である三人にとっては由々しき事柄が載っていた。
『きょうかいのにんげん、さもんかんがきてる』
その言葉の意味を知る彼女らの額から、汗が滴り落ちる。
「追いかけます!」
「未来ちゃん!?」
未来もまた、かの〝人種〟が半妖夢の秋人ともし鉢合わせたら、と居ても立っても居られなくなり、澤海に続いて窓から飛び出した。
つづく。