境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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第二十一話 – 平穏なる一日 後篇

 まだ長月市の、特に中心市街の地理不慣れな未来の手助けってことで、午後からある彼女と秋人のデートの待ち合わせ場所に向かっていた俺達を待っていたのは―――

 

 気まずそうにこっちへと振り返って心身ともに固まっている秋人。

 

 小悪魔な笑みと組み合わさったしたり顔で、秋人にぎゅ~~と抱きついている美月。

 

 ――の二人であった。

 俺としても一ミクロ分の思いもしなかった修羅場、もとい状況なので、ほんの僅かな時間……こっちの意識もフリーズしていた。

 どうにか直ぐ脳は再起動したが、未来は「はわ、あわわわわ……」と口は半開きで、大きな両目も大きく開かれていた。

 本人はさっき「デートじゃない」と大慌てで否定していたけど……二年前から〝非劇の沼〟に沈んでいた人生に〝転機〟と〝天気〟を齎してくれた存在として、秋人を少なからず意識し思っているのは間違いないので、自分以上に眼前の事態に理性が追いついていない。

 

「ちょっとくらい修羅場になればいいのよ、それじゃあね♪」

 

 美月はたった今修羅場を作っといて、やけに達成感も内包されたニヤけ放題の顔で俺のところに来る。

 その前にせめてものフォローとして、トントンと軽く未来の小さな肩を置き、直後美月に手を掴まれ引っ張られた俺は、ぎこちなげな笑みとのセットで秋人へ〝ガンバレ〟と手を振り、小悪魔に連行されるがまま、その場を去った。

 これは後日秋人から聞いたのだが、最初はやっぱり未来が「不愉快です」の口癖に「不潔です」と付け加えた「不潔不愉快です!」口走り、秋人も秋人で心中「なんでこんな重たい空気になってんだ! 責任者出てこい!」と叫んでいたらしい。

 それでも最終的には珍しく秋人自身もメガネを掛け、その姿を未来が似合うと表したりと結構良いムードなり、心に温もりが沁み渡るくらい朗らかな〝デート〟になったとのことだ。

 

 

 

 

 

 

 ほっそりすらりとした指と白磁の色合いをした美月の綺麗で、普段の言動からは想像し難い、自分の力の源たる放射能の炎とは決定的に異なる温かみを有した手に引かれるがまま、俺達は雑踏の中を走る。

 その気になれば彼女の手を払うなど造作もない……んだけど、敢えて俺は繋がれたままで、五月のそよ風になびく黒髪と後ろ姿を見つめていた。

 やっと美月は、当初の待ち合わせ場所に指定されていた駅前広場に着くと、駆けていた足を止める。

 メールを読んでから今日美月に会う瞬間まで、てっきり俺は〝付き合って下さい〟と詰め寄ってくる男どもを絶望させる気で呼んだと思っていた。

 ルックスは上物だから、部室の外では交際を求める異性に事欠かず、度々本人はそのことで愚痴ってるくらいで、休日と俺をダシにしようとの魂胆で、デートを申し込んだのだと―――だが、それは間違いだった。

 

 今日の彼女(みつき)の格好を見て悟る………正しかったのは、未来の方だったのだと。

 

 白のワンピースに薄手のカーディガン、いつもは化粧せず、その必要もないほどの美肌な顔には目立ち過ぎもせず、埋没し過ぎないバランスでメイクが施されていたからだ。

 これには男の俺でも、今日のデートは紛れもなく〝デート〟だと分かった。

 

「何人を見て二ヤケてるのかしら?」

「いや、別(べっつ)に」

 

 美月が、いつもの腕を組ませた高圧的な目線で睨みつけてくる。ともすれば気合いの入ったおめかしを台無しにしかねない佇まいなのだが、俺としてはそのギャップに不思議な愛らしさを覚えて、笑みを零していた。

 おっと……そろそろ何かしらの弁明しとかないと、さっきの秋人への抱擁も気になるが、今はそっちが先、でないとどうなることやら。

 

「そ・れ・よ・りも、栗山さんと一緒にいたわけをきっ~ちり説明してもらうわよ」

 

 ほらそう来た。自分だってついさっき〝修羅場〟って名の置き土産を盛大に放り込んだ癖に。

 その辺の追求は後にとっとくことにして。

 

「お互いの時間つぶしに、昼飯食ってただけだぜ」

「へ~~つまり仲睦まじくお二人で昼食を楽しんでなさってたわけね」

 

 ジト目の圧力は強く、声の温度具合がより低くなった美月はそう返してくる。

 これが秋人だったら、大慌てで「誤解を招く言い方をするな!」と突っ込んでいたことだろう。

 そうして、感情が昂ぶれば昂ぶるほど、思考が却って冷静に研ぎ澄まされる女の精神の〝特権〟も味方になって言葉の槍を美月は突きまくっていた筈だ。この知識は文芸部の寄贈書の中にあって気晴らしに『阿呆でも分かる心理学』って喧嘩腰なタイトルに反して中身は分かりやすくも本格的な心理学の本から覚えた。

 

「そいつはもう、二人で値がそこらのファミレスより高い合計13965円分のイタリア料理を食いながら会話を弾ませてましたよ、傍からは歳に似合わず仲良さそうな〝兄妹〟に見えるくらいにね」

「凸凹カップルの間違いじゃないのかしら、知らなかったわ、怪獣王がお山より断崖絶壁の方が好みだったなんて」

「あ、確かに〝そっち〟の方がしっくり来るし、まさかそっち系とは俺も知らなかった、ありがと美月、知らない俺を知ることができた」

 

 対して俺はと言えば、逆に神経逆撫でさせる勢いで、一見すると暴投も同然なほとんどジョークしかない返球を美月に投げつけた。

 

「もうちょっとオブラートに包むなり、明言を避けるなり、お茶を濁すなりできないのかしら? 口八丁のロリコンなたらし大怪獣さん」

「そんな小細工に引っかかる玉じゃないだろ? 実際ミライ君と一緒に飯食ったのは事実だし、誤魔化しなんかしたら余計ややこしくなるだけだ」

「開き直りも甚だしいけど……ここで言い返したら何だか負けた気がするわね………まあいいわ」

 

 こうして〝暴投〟は、傍からだと思いもよらぬ効果を発現させた。

 話題振って来た直後のちと妬き気味な美月は、下手に言い繕って言い訳をしようものなら自らの悪魔性(サディスティック)を生かして、毒々しさ全開の罵詈雑言を吐きまくっていたと、日頃の付き合いの賜物で俺は想像できていた。

 だったら本当のことをストレートに申し上げた方が良い。

 聡明な美月は、こっちの敢えて〝誘発〟させようとする意図をくみ取り、このまま暴言をかましたら相手の思う壺だと判断して、少し棘のある捨て台詞を発しつつも苦笑いをして潔く引き下がった。

 結果は良い方向に向かったけどこいつは俺と美月の仲だからどうにかなったわけで、他人、特に実際浮気した男には絶対参考にならない邪法だ。もしそういう奴らが実際に言い逃れる手段でこれを実行すれば………事態はさらなる混沌の奈落へと落ちて行くのは確実である。

 

「さて、今度はこっちからだ、修羅場製造機のミツキお嬢様」

 

 ここからは、俺からのお返し、もとい―――〝逆襲〟―――とでも言っておこう。

 

「な……なにかしら? 私をどうしようって言うの?」

 

 あからさまにわざとらしく、たじろぐ仕草を見せる小悪魔系サディスト女子高生な愉快なる美月。

 

「実を言うと私、澤海と栗山さんが楽しそうにデートしているのを目の当たりにしたショックで傷心してるのよ、そんないたいけで健気な少女を慰めるどころは傷を抉ってボッコボコにする気なの? この薄情者! 腹黒越えた全黒! 悪魔も泣きだす極悪非道のケダモノ!」

「どうもしねえよ、あとボッコボコじゃなくてポコポコだろ?」

 

 何やらマシンガンの如く言葉の弾丸を飛ばしくまくって状況をややこしくする気満々な小悪魔を諭す。

 最初こそさっきの〝アレ〟を見てしまった時は驚いたけど、今冷静に美月の人柄と言うか〝善性〟を踏まえたら、ハグも込みな、どう言う意図で今日街中で秋人を会っていたかは見当がついた。

 

「散々心配させられた分、秋人(あいつ)にお灸を据えてたんだろ?」

 

 別に美月の意図通りに暴言交わし合うのも吝かではないのだが、早い内に本題へと移すことにする。

 

「ええ」

 

 さっきまでの生きの良いノリから転じて、顔を俯かせる少女の貌(ひょうじょう)に張り付く………憂い。

 

「本当に、紙一重だったんだから……」

 

 今にも涙が零れそうな、つぶらで丸丸とした両の瞼を、そうはさせまいと美月は理性の〝檻〟でこらえている。

 その様は、言葉よりも雄弁に物語っていた。

 今日、未来と二人でデートが可能になっている点から見ても分かる通り、一応……秋人の首はまだこうして繋がっている。

 けど保守性と排他性の塊な名瀬の幹部の連中相手に説得させるのは、たとえ前準備をいくら練っていても骨が折れたと、実際あの場にいなかった自分でも分かった。

 根っこは善良な女の子な美月にとって、その時の夜遅くまで続いたらしい会合の場の大気の冷たさ、重々しさは耐えがたかっただろう。

 脳の内部のスクリーンでは、完全に〝モノ〟として扱っている名瀬の幹部による秋人への非常極まる刃(ことば)の数々が再生されていると、美月の瞳を見た俺の瞳は捕えていた。

 それでも秋人と違って良心(おひとよし)を素直に表せない天の邪鬼ゆえ、まだ少し腫れてる右手であいつにお仕置きの拳を叩きこみ、修羅場を作る悪戯も仕掛けたってところか。

 不器用と言う他ない………でもその不器用さは嫌いじゃない。

 

「澤海……あんたもよ」

 

 伏せていた瞳を、俺の方へ向けて、そう言い放った美月。

 

「え?」

 

 自分にまでやり玉に上げられるとは、考えもしなかった。

 

「一昨日は、〝無茶の上限値〟が高いのどうの言ったけど………〝不死身〟だからって、進んで〝無茶〟をして良いってわけじゃないでしょ」

 

 いつもなら、すらすら出てくるのに、今は珍しく言葉が浮かんでこぞ詰まってしまい、彼女の言葉を受けるがままになる。

 

「あんただって……バカみたいにタフな以外は、ただの〝生き物〟なんだから」

 

 かと言って、戸惑ってはいても、目は逸らそうとは思わなかった。

 心の底から、美月は自分をも〝心配〟していると、瞳を見るだけで汲みとれた………その想いを、どうして逸らすことができよう。

 以前(ぜんせ)の自分であったなら……変わり果てても尚生き続ける己への恨めしさもあって、〝何が分かる〟とはっきり拒絶していた。

 今はどうか? と言われると、色眼鏡もなく曇ってもいない〝澄んだ眼差し〟と向き合えるくらいには、なっている。

 そう言えば、あの頃もその〝眼差し〟を見たことがあったな、と思い出した。

 

〝三枝未希〟

 

 得体の知れない自分を理解しようとし、ゴジラとしての俺の一生を、最後まで見続けた女性。

 

〝人間にも、お前みたいな奴がいたんだな〟

 

 宇宙からの分身を倒して、そいつの牢獄から解放された〝チビスケ〟が待っているバース島に帰る前に、柄にでも無く……人間に語りかけた、初めての存在でもあった。

 バカ正直に言うと、彼女と美月は、異能持ちの日本人女性であること以外は、てんで似ても似つかない点が多過ぎる。

 第一印象からの付き合いやすさでは、圧倒的に未希の方に軍配が上がってしまう。

 けどその〝澄んだ眼差し〟の一点だけは、生き写しなまでに―――そっくりだった。

 

「その………まあ無茶をやらかす原因を作ったのは私でもあるし………〝約束〟はちゃんと果たしてもらったし、今日は………いわゆる、お礼も一環ってことで」

 

 これはまた一転して、ぎこちなくどう言い表して良いか困惑してしどろもどろになる美月を目にした俺の貌は、自然と微笑みを形作らせた。

 

「ちょっと……人の話聞いてるの?」

「聞いてるさ、立ち話して時間潰してもいられねえから行こうぜ」

 

 言い終えると同時に、歩き出す。

 特に行き先は決めてない、それは気の向くまま臨機応変にってことで。

 

「こら澤海!」

 

 少々ぷんすか気味に美月も後に続いて、横並びの位置にて歩を進めた。

 

「誘ったのは私なんだから、主導権は私にあるの、お分かり?」

「はいはい」

「〝はい〟は一回で充分よ」

「は~い」

「ほんと傍若無人な王様ね」

「お前がそれを言うか?」

「慈悲深き女王様な私と澤海が同列などと思わないことね」

 

 こんな感じで、いつもの毒気を以て毒づきまくる彼女は、モデル顔負けの二の腕をこっちの左腕に搦めてきた。

 

「当たってるぞ?」

「当ててるのよ」

「見られてるぞ? 周りと、あと〝変態兄貴〟から」

「あら? 私は敢えて見せてるのよバカジラ君」

 

 部室では専制政治を敷く女王な文芸部部長様は、いつになく全体的に調子もうきうきしている。

 これをあのシスコンが見たらさぞかし………と言うか本当に見ていた。

 視界に入った歩道橋から、見覚えのあるマッシュルームヘッドな黒髪と季節錯誤なマフラーが目に入り、それが誰かは分かるのに一秒も掛からなかった。

 そいつは慌てて、その場にしゃがみ込み、目立たぬ様自身に〝檻〟を掛けて、そっ~~と去って行った。

〝安心しろ、限度は弁えた上で楽しませてもらうからな〟と、シスコンに〝思念〟を飛ばしておく。

 

「休日中はたっぷり遊ばせてあげるから、覚悟しなさい」

「おいおい、明日も行くなんて聞いてないぞ」

「今決定したんだからしょうがないじゃない、大目に見てよね」

「しゃあねえな」

 

 女王様の気まぐれさにやれやれと肩を竦めながらも、かつては憎くて憎たらしくて、憎悪の業火を強める油となった〝雑踏〟の渦中を、二人で歩き続ける。

 彼女に付き合うのは色々苦労を伴うだろうけど、一日中文集どもを読みふけっているよりは休日の有効活用でもあるので、こちらもこちらなりに楽しませてもらうことにした。

 

 

 

 

 今となっては別に、大抵の人間も含めた不特定多数の〝他者〟たちから〝どう思われよう〟と、〝どう見なされよう〟と、どんな〝異名〟を刻み込まれても一向に構わない。

 

 怪獣王、破壊神、死神、得体の知れぬ化け物、無慈悲で非情なるモンスター、常識を超えた超越者。

 

 上等だ――大いに結構、今さら悲観にくれる気も無い、言いたい奴には言わせておけばいい。異物とみなした存在を踏み台にしてまで〝常識〟にしがみつく奴らに好かれようなんて気は、これっぽっちも無かった。

 むしろ、恐怖に震えてくれるのを歓迎したいくらいだ。

 怪しげな獣と書いて〝怪獣〟と呼ぶ、だから実状は〝頭良いだけの霊長〟でしかない人間や彼らと同等以上の知性を有した〝知的生命体〟な連中に怖がられて、なんぼなのだ。

 実際、そう思われるだけの力を今でも持っちまってる身であるし、驕りやすい連中には、自分みたいな〝いかに己が実はちっぽけ〟かを知らしめる〝存在〟がいた方が良い。

 

 今の気持ちに偽りはない一方で………〝嬉しい〟って感情もある。

 

 美月や美希、そして秋人たちみたいに、自分をそういった過度な装飾に囚われず――〝ただの生命体〟として見てくれる〝生命〟がいてくれることには、感謝もしている。

 

 こうして今日も燦々と降り注ぐ太陽の日に勝るとも劣らない〝温かさ〟が、ヒトにだって確かに〝ある〟のだと、彼女たちは……教えてくれたから。

 

 

 

「で、最初はどこ行く? 俺には服の審美眼なんてないぞ」

「端から期待してないわ、だからまず映画に行きましょ」

「何見る気だ?」

「そうね………〝初代〟のHDリマスターが見たい」

「本気かぁ?」

「本気も本気、女の子だってそう言うタイプの見たい時だってあるんだからね、恋愛モノばかり見てるってイメージは女性差別よ」

「気分凹んで後悔しても知らねえからな」

「〝臨むところだ〟って言っておくわ」

 

 最初の目的地が決まり、俺達は〝二度目の正直〟なハリウッド版が公開されるのを機会に再上映中な〝第一作〟をやってる劇場へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 その日は何だかんだで一日目のデートをお互い楽しみ、翌日の二日目。

 前日と同様、駅前広場で待ち合わせの約束をし、銅像の前で美月を待つ。

 

「お……おまたせ」

 

 聞き覚えのある、でもいつもは見られない〝恥ずかしさ〟の籠もった彼女の独特の色合いな声が聞こえ、目を移すと。

 

「ミツキ?」

 

 いつものストレートヘアではなく、艶やかな長髪をツインテールに纏め上げた美月がそこにいた。

 

「ちょっ、ちょっとした気まぐれよ………どうせ私には似合わないけど」

 

 柄にもなく、こんな髪型にしてしまったと自虐気味に頬を赤らめる美月に対し。

 

「いや、似合ってるよ」

 

 柄にもなく、皮肉でもジョークでもなく、俺もそんなことを口走ってしまった。

 

 折角貴重なものを目にできたので、今日も今日なりに楽しませてもらうとしよう。

 

 

第一部、終わり。

 


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