境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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本作でのゴジラの本質を描こうとしたら……思いのほかなっちまった。


第二十話 – 平穏なる一日 中編

 五月初頭、休日な今日は晴れに恵まれている。雲は小さな筋がいくつか漂流しているくらいで、ほとんど快晴そのものな、外出には持ってこいの天気であり、世間と言うか日本(このくに)では今長期休暇期間――ゴールデンウィークの真っただ中。

 その日の俺は、少し薄目のデニムシャツにVネックの白いTシャツと濃いジーパンの風体で、長月市中心市街を出歩いていた。

 休める日が連続してあるのはありがたく思う一方、一体何が〝ゴールデン〟なのか最初知った時はさっぱりだった。どうも初代様の映画が公開される何年か前に、ある映画のヒットを切欠に某映画会社の専務が作ったと言う造語とやらが由来の一つらしい。ただ他にも由来があるもんで、どれが〝真実〟だったのかは定かじゃない。

 社会人にとってはありがたい一週間でも、学生は間に挟まれる平日にも普通に学校行かなきゃならないので、俺も入れて〝黄金〟とも言えるほど長い連休ではなかった。

 これが運動部系の部活やってるやつなら尚更だろう、学校ごとに差はあるらしいが、せっかくの休日も練習やら練習試合とやらがあって潰されてしまうからだ。

 文芸部に所属する俺達も、心おきなく一日中休めるとは言い難い………文集の選考作業があるからだ。

 今日も朝の内から、借りてきた文集を何冊か読み進めた。夜はもう一回読み直して〝候補〟を絞る予定。

 その間の昼間、何で街のど真ん中ぶらぶら歩いているのかと言うと………ちょっとした〝待ち合わせ〟だ。

 指定の時刻まで時間はもうちょっと残っているので、気の向くまま雑踏の渦中を回っていると………百貨店の出入り口に〝盆栽市〟と言う看板が立っているのが目に入る。

 まさかと思い、その盆栽市とやらが行われている階に行く、中高年の男どもが主にひしめき、でも中には二十代の若い男女も少々混ざっている会場にて………彼女はいた。

 前に見た制服の時と変わり映えしないのと違い、水色のパーカーに青味系なチェック柄のミニスカートとマゼンダの色のストッキングと、いつもの赤縁メガネの組み合わせな栗山未来は、眼前の展示品たる盆栽たちを前に、陽光を反射した水面にも勝るキラキラとした眩いつぶらかつ大きな瞳で、それらを鑑賞していた。

 あまりに夢中になっていた為か、うっかりスマホのカメラでそれらを撮りそうになる。

 

「お客様、当会場での写真撮影はお断りしております」

「はぁ、すすすすすみません!」

 

 ちょっとした気まぐれで悪戯を仕掛けてみたら、未来はこっちの思惑通り慌てふためいて、短い感覚で何度も頭を下げてみせた。

 

「って―――黒宮先輩!」

「よう」

 

 ようやく正体が俺であることを気づいた未来は目ん玉ひんむかせてびっくりしていた。

 

 

 

 

 

 二人は百貨店の上階にあるイタリア系レストランに移り、窓際の席に向かい合わせで座る。

 

「すみません、また奢らせて頂いて」

「気にするなって」

「でもここ、結構値が張りますよ」

「たまには良いだろ、どうぞお好きなの選んでくれ」

 

 今回も食事に掛かる費用は澤海が請け負う形になっていた。

 百貨店内で経営しているだけに割高で、未来は少々困惑気味、対して澤海は至って自然体である。

 

「じゃあ………和風きのことめんたいクリームパスタLサイズと、ハンバーグリゾットと、●●肉のカルパッチョと、特製マルゲリータピザを」

「食いしん坊の大食漢」

「好きなの選んでいいって言ったじゃないですか! 不愉快ですぅ~」

 

 不意打ちな澤海の悪戯(ひとこと)に、未来は涙目で口癖も込み訴え掛けた。

 

「くれぐれも神原先輩にはご内密にお願いします、ちょっと先輩に悪い気がして」

「別に良いぜ、俺もあいつに自らの甲斐性なさを味あわせる気はない」

「黒宮先輩……本人がいなからってストレート過ぎますよ」

 

 少しジト目な彼女からの諫言にも、どこ吹く風で澤海は笑みを返した。

 

「ホットコーヒーと、アイス抹茶ラテになります」

 

 ウェイトレスが先に注文した飲み物を持ってきて、テーブルに置いた。

 料理の方は来るまでもう少々時間が掛かるので、それまでは気長に待つ格好になる。

 二人はまず先に各々頼んだドリンクを一口分飲みいれた。

 

「ミライ君はこの後アキとデートか?」

「デ! デデデデデデート!?」

 

 最初の一口を飲み終えた直後、澤海はいきなり爆弾発言を投げつけ、案の定未来は慌てふく、当然意地悪な彼はその反応を狙って発した。

 

「い――いえ! べべべべべ別に決してデートってわけじゃないんですが! 今日は神原先輩と本屋さんを回ろうって約束をしてまして! でも早目に来過ぎちゃったから時間つぶしに〝盆栽市〟に見に行こうと―――」

 

 残像現象起こす程の高速な身振り手振りも並行しながら未来は必死に弁明していた、その姿はメガネフェチでもない澤海から見ても可愛らしく映った。きっと秋人なら舞い上がる勢いで昂揚することだろう。

 

「何を勘違いしてんのか知らねえが、デートってのは恋人限定のイベントじゃないぞ、男と女が指定した時間に待ち合せて一緒に行動する時点でそいつは〝デート〟ってんだ」

「あ……あぁ………そそそそそれぐらいっ……分かってぇ……ましたよ、やだな……せせせ先輩こそぉ……何を勘違いぃ……なさってたのか……あはは」

 

 澤海はフォローすると一転してそう述べた未来であったが、嘘だと言うことが諸ばれだ。今回も分かりやすく噛み噛みかつ気まずそうに苦笑って、明後日の方向を向きつつメガネをメガネ抜きで勢いよくキュッキュと拭きまくっている。表情にこそ出さずいたが澤海は内心「ほんと分っかりやすいな~~この子」ニヤニヤが止まらなかった。

 本当にこの少女は色んな意味で飽きさせない。秋人と違うベクトルでリアクションが面白おかしかった。

 

「黒宮先輩こそ、なんでまたこちらに」

「あ、それはな――」

 

 

 

 

 

 澤海はその日街中を散策するに至る経緯は、昨夜に遡る。

 

「今レギオンが巣を張ったら、近くにいた奴ら全員餌食になっちまうよな」

「みんな、ケータイとスマホ持ってるから?」

「そう、本人にその気なくたって向こうから喧嘩売ってるも同然さ」

 

 この時彼は人間形態のマナと一緒に自分と同族たちが出演したゴジラシリーズではなく……ライバルと言っても良いガメラの〝名作〟と太鼓判が押された平成シリーズ2作目をブルーレイで鑑賞していた。ちなみにネット通販で購入した映像特典も豊富でリーズナブルな北米版セットである。

 澤海もこの映画を〝傑作〟と見なしている。現実感(リアリティ)ある描写に、感傷や情緒を抑えたハードボイルドな作風、何より〝初代〟のメガホンを取ったかの〝名監督〟の作家性にも通じ、怪獣映画の最も重要な味と言っても良い〝日常が侵され、破壊されていくのを人々が直面する〟様が、この第二作込みで色濃く感じられたからだった。

 丁度ソルジャーレギオンが〝電磁波〟を発する地下鉄の乗員乗客を襲う場面が終わり、そういやマナと初めて見た時、いきなり現れたソルジャーにマナがびびって抱きついてきたっけと懐かしんだ直後、スマホからメール受信のメロディ――『ギャオス逃げ去る』が鳴る。

 

「誰から?」

「ミツキから」

 

 送り主は美月からだった。

 中身を拝見すると――

 

『明日付き合いなさい、午後一時半に■■駅の駅前広場銅像前に必ず来ること、か・な・ら・ずね♪ てへ(^o^)』

 

 

 

 

 

「――てな〝脅迫文〟が来てな」

 

 と、澤海は涼しげに説明してコーヒーを一服飲んだ。

 

「どこが脅迫なんですか! あの美月先輩からデートを誘われたんですよ? もっと喜ばないと」

 

 などと未来は握り拳で力説してくれたが、澤海は「そうか?」と首を傾げる。

 彼からしてみれば、絶対文芸部部長は何か〝一物〟あって〝脅迫〟してきたとしか思えなかった。

 常識人な善人のくせに天の邪鬼の女王様のサディストなあの美月のことだ………きっと交際をしつこく求めてくる男子の精神を叩きのめそうと、俺を巻きこませる魂胆に違いない、と考えてしまう。

 今のとこ自分の邪推でしかないので、実状は本人に直で聞けばいいか、と言うことにし、澤海はもう一服した。

 

 

 

 ブラックコーヒーを飲む澤海の様を、本人に気取られない様に注意しつつも未来はまざまざと見つめていた。

 神原秋人とともに黒宮澤海――ゴジラと出会って……半月と数日経ち、今や彼とは自分と屈託なく会話を交わせる様になっている。

 絶対、初めて会った頃の自分にこの光景を見せたら、酷く驚いてしまうと断言できた。

 今はどうかと言うと、クラスメイトたちからは〝ミステリアスな一匹狼〟と表されていることにくすりとし、実際にお付き合いのある自分からしてみれば、面倒見の良くて義理堅く兄貴分なお方―――である。

 一日一日ごとに、その印象は強くなっている………が故に、時々分からなくなってしまうのだ。

 

 自分からの〝暴力〟を受けた友に代わって、その〝理不尽〟さに怒り、剥き出しの凶暴さを見せたあの夕暮れの彼。

 

 かと思えば……神原秋人の必死の説得を前にあっさり殺気を解き、未来に〝友〟の情の篤さを説いた。

 

 飛蝗型妖夢に追い込まれても悲観どころか〝笑み〟さえ浮かべ、独特の喧嘩殺法で逆襲した時の彼。

 

 かと思えば……昼食を奢り、お詫びに未来の好みに合わせた品を送り――

 

〝自分から「関わるな」って言う程、実はまだ未練があるって思われやすいんだよ〟

 

〝繋がる〟資格は無いと自己否定する一方で、それでも〝繋がり〟を求めてしまう彼女の願望を看破した。

 

 虚ろな影の憑依(しはい)を脱するどころか、返り討ちにし、多数の異界士に恐怖とトラウマを植え付けて来た大型妖夢を震えあがらせ圧倒した黒い魔獣としての彼。

 

 かと思えば……〝虚ろな影〟に一撃を与える――異界士の本懐を遂げるチャンスを未来に齎して、一度は身を引いてくれた。

 

 一体どの姿が……かつて核兵器の光で〝怪獣〟に変貌してしまった恐竜でもあったこの〝人〟なのか?

 人によっては……人格が〝破綻〟していると印象付けられても、おかしくなかった。

 かと言って……直接彼に〝どれが本当のあなた?〟と聞くのも、何だか卑しい気がして忍びない。

 

「あの……黒宮先輩」

「ん?」

「もし不快に思われたのなら……先に謝っておきます」

 

 この人の〝本質〟を少しでも垣間見たいが為に、幼なじみを出しに使うのは……それ以上に忍びないけど、自分を蝕んでいた苦痛を代弁したこの先輩が〝彼〟をどう思っているのか……気になっていたもので、彼女は尋ねてみることにした。

 

「今……優斗のこと、どう思ってますか? やっぱり……〝許せない〟と」

 

 自分から聞いておきながら、つい反応が怖くて目を瞑ってしまう。

 もし……かつての彼――ゴジラが人類に抱いていた憎悪と同等の感情を、優斗に対して持っていたら………その恐れが急に沸いてきたからだった。

 

〝お前にくれてやる慈悲などもってない〟

 

 あの時、優斗相手に見せた〝殺意〟は本物……自分が彼との〝縁〟がなかったならば、先輩達を襲撃した〝主犯〟を、殺していたのは確かだ。

 

「そうだな」

 

 恐る恐ると……瞼を開けて、ちょっと拍子抜けする。

 さっきまでの気さくだった顔を豹変させてしまったのでは? と、自分のそんな勘繰りに反して、笑みこそ消えていたけど、淡泊な反応であった。

 

「許す許さないだのといった気持ちは、今の俺にはない」

 

 窓の外を見つめる澤海は、そう言いつつも。

 

「好きか嫌いかと言われたら、〝嫌い〟だけどな」

 

 と、付け加えた。

 未来がどうしてかと尋ねる前に、彼は言葉を繋いでいく。

 

「核の墓場になるベーリング海に連れて行かれ、何もかも失くしちまったあん時の俺と違って、あいつにはまだ踏みとどまれる〝チャンス〟があったんだ」

「チャンス……ですか?」

「そう、〝栗山未来〟って一人の女の子と、一緒に未来を歩む〝チャンス〟だ………なのにあいつは、伊波唯を殺した罪で苦しんでいたお前をほったらかしにして、俺と同じ……世界(すべて)を敵に回す復讐(みち)を選んじまった、あいつは確かに強い異界士だ……だが俺に言わせれば、殺されそうになっても、ミライ君を理解しようとし、少しでも支えになろうとした秋人(あき)の方が、ずっと〝強い奴〟だよ―――」

 

 聞いた者を震え上がらせるあの咆哮を発したのと、同じ〝口〟から紡がれているとは思えない、静謐に語り続ける〝怪獣の王〟の異名を持つ澤海(しょうねん)。

 それを聞いている内に、未来の体は縮こまってしまう。

 人の〝常識〟から見れば、異形と異能と異端の極みな力を持ち、かつては他者からの〝感情移入〟を徹底して拒絶していたと言うのに………今の彼は誰よりも〝他者〟を見て、理解しようとしている。

 喩えそれが憎くてたまらなかった人間でも、妖夢でも、どんな存在でも問わない。

 

 優斗の件一つ取っても……自分では直に再会するまでついぞ見抜けなかった〝闇〟を見抜き、人となりを吟味し、未来との関係性を踏まえた上で〝嫌い〟だと答えた。

 

 世界(すべて)に牙を向けてもおかしくない境遇を送っていたのに、これまでの異界士と同じく〝妖夢だから〟と言う理由で自分も殺そうとしたのに、それでも〝普通の女の子〟だと言ってくれた神原秋人を、自分よりも〝強い〟と表した。

 

 彼は……誰よりもヒトを〝見る目〟を持っている。

 

 だから……さっきまでの自分を恥じたくなった。

 

 彼の〝姿勢〟を見習った上で、自分なりに〝黒宮澤海〟と言う人物を〝見てみたら〟……思いのほ簡単に読みとれてしまったから。

 

 どれが本当の彼か? どれもこれもなのだ。

 

 一言で表すなら……彼は〝強い自我を持った鏡〟。

 

 

 無自覚に自分が妖夢を〝化け物〟と一緒くたにしていたのを見抜いた彼は……その無意識の悪意に〝怒り〟を見せ。

 

 逆に秋人からの制止を受けた時は、彼の〝良心〟を持ち続ける彼の〝真心と誠意〟に応えた。

 

 そして自分の心を読み取り、奥底にある〝願望〟を目にした彼は、彼なりに手を差し伸べ、同じく理解しようとしてくれた神原秋人の手助けをし。

 

 明確な〝悪意〟を以て自分たちに牙を向けた真城一族に対しては、死を齎す破壊の〝光〟を与えた。

 

 文芸部の寄贈書の一つの本に、こんな記述があったのを思い出す。

 

〝深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ〟

 

 この人は、その言葉を体現している。だから、どこまでも〝義理を貫く好漢〟にもなるし、徹底して慈悲を許さぬ〝魔獣〟にもなる。

 

 彼と向き合うこと、それは自分の心の本性(ほんしつ)と目の当たりにすることに他ならない。

 

 それが彼の〝本質〟だと、彼女はこの時知ったのであった。

 

 

 

 

 

 ちょっと値の張るイタリアレストランのイタリア料理を堪能した二人は、その足で秋人との待ち合わせ場所に向かっていた。

 

「すみません……まだ地理感が慣れてなくて」

「こんだけ人がうようよしてんだ、無理はねえさ」

 

 本当なら昼食を食べた後直ぐに各々の〝デート〟に行く為別れる筈だったのだが、まだこの地域の地理に不慣れな未来のフォローでもう少し同行することになったからだ。

 この律義さ一つ取っても、澤海の面倒見の良さと深さが窺える。

 

「この辺か……って」

「は……はわわ」

 

 待ち合わせ場所に到着した二人は、目に映った眼前の光景に固まってしまう。

 何があったのかと言うと……ちょっとした修羅場、正確にはそうなる寸前の模様がそこに、たった今起きていたからだった。

 

 こちらに振り向き、二人と同様に気まずそうに固まって冷や汗を流しまくっている秋人。

 

 公衆の場の真っただ中を、だからどうしたと言わんばかりに彼に抱きついている美月。

 

 ―――が、そこにはあった。

 

 

 

 当人たちに代わって弁明しておくと、ぱっと見予想される〝ドロドロ感〟は、全くないと言っても過言ではないので、安心してほしい。

 

 

つづく。




修羅場の真相が気になる原作未見の方は第一巻をどうぞ。

澤海「小賢しいぞ、おい」

すいません

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