境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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お茶目でユーモアあるけど怖い、それがうちのゴジラです。


第十八話 – 最後通牒

〝虚ろな影〟に限らず、強力な妖夢に一度を憑依されれば、その主は肉体を奪われてしまう。

 異界士の世界における〝常識〟だった。

 それを完膚なきまで壊し尽くしてしまった僕の友人でもある怪獣王ゴジラ――澤海は、彩華さんの力で目の前に現れた魔方陣に手を翳すと、円陣に向けて出力を控えめにした熱線を放射する。

 青き破壊の熱線は魔方陣を通ると、触れたものを瞬く間に凍結させそうな冷凍光線に変換されて、彼の〝赤色熱線〟で爆発した虚ろな影の残り火を消していった。

 

 あの後、博臣とニノさんは〝妖夢石〟を回収して先に戻っている。美貌の異界士は帰り際に「美月を説得させるのは骨が折れるな」とぼやいていた。確かにあのシスコンにとっても他の名瀬の幹部たちに説明するよりずっと美月は難儀な相手だ、

 凪の効力、ゴジラの反撃と栗山さんの攻撃で弱っていたとはいえ、あの大型妖夢を瞬く間に足掻く暇もなく氷漬けにした〝応援〟である〝あの人〟は、てっきり「チャイナで逝っちゃいな」だとか、深刻な空気をぶち壊しでもしそうだったのに、僕の予想(けねん)に反して直ぐに去って行った。

 本音を言えば寂しさはあるけど、あの人の現状を踏まえれば無理はない。内容は傍迷惑でも、手紙をくれるだけでもありがたいものであるのだから。

 

 僕は消火作業を終えたての澤海たちから目を外して、振り返る。

 少し離れた先には……お互い向かいあう栗山さんと幼なじみの、二人。

 彼女たちは、空白の二年を埋め込むかのように、言葉を交わしている。

 二人の様子を見ていると、肩に手が置かれた。

 

「割り込むなよ」

 

 いつの間にか、僕の近くまで来ていた澤海が、釘を刺した。

 

「分かってるさ……」

 

 さっきは大人げない上に八つ当たりにも等しい、澤海の〝代弁〟の拳に比べれば情けなさもある割り込みをしてしまったけど、今度はそうもいかない。

 彼女たちがたった今直面している〝場面〟のありがたみを、痛いほどよく知っているゴジラから忠言されてしまえば、尚のことだ。

 どんなにどうにかしてあげたくとも、結局自分はここ数日の流れにおいては〝脇役〟でしかない事実に少し心が痛みつつも、僕は友と一緒に成り行きを見守ることにした。

 

 

 

 

「これから……どうするの?」

 

 未来は幼なじみの〝今後〟を尋ねた。

 でもそれは、わざわざ問う問われるまでもなく明白だ。

 

「姿をくらますさ、そうすれば真城は俺の〝怨念〟に振り回されて、着実に自滅の道に至る」

 

 全て覚悟の上で、真城優斗は復讐の為に自ら〝安息の地〟を捨て去ってしまった。

 それは、ゴジラがまだ恐竜でしかなかった頃の〝思い出〟でもあった〝人間〟をこの手で殺し、人間達含めた世界の〝全て〟と〝戦う〟修羅の道に足を踏み入れたのと、瓜二つと言えるだろう。

 

「そう言う未来は?」

 

 優斗は真っ直ぐとした真剣なる眼差しで、未来の大きな瞳と合わせて問いかけ返す。

 

「私は……」

 

 受けた未来は、顔を伏せる。

 

「俺もその原因を作ってしまった身だけど、いつまでも根なし草でなわけにもいかない、唯さんが亡くなってから、誰にも師事してないんだろ?」

 

 もう彼女は、伊波家の元へは戻れない。

 妖夢憑きにされたとはいえ、師である伊波家の子――伊波唯を死に追いやってしまい、その上兄弟子は表向き同盟な真城家を内部抗争に陥らせてしまった。

 こうなってしまうと、伊波家は以前のように〝呪われた血の一族〟の末裔な栗山未来を保護下に置こうとしない。良くみつもっても、まだ彼女を置くか否かで伊波家を分散させてしまいかねない。

 

「俺と一緒に………来ないか?」

 

 ほんの少しの逡巡の間から、優斗はそう提言した。

 俯いていた未来の顔が上がり、赤縁メガネの奥の瞳は彼の顔を映し出す。

 驚きと、喜びが複雑に入り混じった不思議な顔を、彼女は浮かばせていた。

 

「この二年野放しにしておいて虫の良い話なのは重々承知だ…………でもこれから、未来を決して一人にしないと約束する、もし帰る場所がなくて………未来がそれを望むなら……俺と」

 

 破滅の選択肢であることは、提示した優斗当人も分かっている。

 逃亡犯も同然な彼と一緒になると言うことは、たとえ愛する人が傍にいる幸せはあっても、人並みの〝幸福〟は絶対に得られない。

 だから最後の最後なこの瞬間まで、彼は切り出せなかった。

 

「…………」

 

 しばし沈黙の姿勢を、未来はとった。

 きっと内心は、嬉しいとも感じている。幼なじみから投げ掛けられたその言葉は、ずっと彼女が望んでいたものでもあるから。

 

「ごめんなさい」

 

 慎ましやかに、彼女は沈黙を破る。

 

「私は……行けない」

 

 声音には〝本望〟でもあったと秘めつつ、少女は少年に〝一緒に行けない〟と答えた。

 

「そうか……でもそれでいい」

 

 優斗は残念そうながらも、納得した様子で幼なじみの彼女が選んだ〝答え〟を受け止めた。

 

「今でも必要な時に傍にいてくれる人がいるなら、その人を大切にするんだぞ」

「どうして……」

「どうして?」

「どうして………私を攻めないの?」

「未来……」

 

 恐らく、前述の彼の言葉がスイッチになったのだ。

 

「私は………唯さんを………優斗の大事な人を―――殺したんだよ!」

 

 ついに未来は、この二年間、ずっと溜め続けてきた想いを優斗に吐露した。

 その痛々しい姿に、見守っていた秋人は駆け出しそうになるけど、まだダメだと自分に言い聞かす。

 異界士の少女の懺悔を受けた優斗は、ローブからゆっくり腕を伸ばすと、彼女の頭に置いて優しく撫で。

 

「未来にその重荷を背負わせたのは俺達真城一族だ………俺は誇りに思っているよ…………異界士の務めを果たした唯さんと、未来に」

 

 そっと、その幼く小さな彼女を抱きしめた。

 

「■■■■■………」

 

 最後に、未来にのみ聞こえるくらいの小さな声で、一言ささやいた優斗は、抱擁していた両腕を離し、そのまま背を向けて歩き出した。

 深い森の中へと、消えていくその後ろ姿を、じっと眺めていた未来は、とうとうその場で崩れ落ちる。

 

 秋人ももう、堪え切りなくなり……彼女のもとへと一心不乱に駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

「アヤカ……〝ドブネズミ〟はまだこの辺にいるか?」

「おるわよ、澤海君から見て大体北西の方角、今から走っても追いつける距離やね」

 

 

 

 

 

 

 

 比較的平地寄り、だが生い茂る枝葉で薄暗く、舗装もされてないので足場も良いと言えない森の中を、この場には似つかわしくない背広姿の男が〝追われている〟様子で、ただひたすら走っていた。

 何度か転んだらしく、スーツは上下共々あちこち汚れており、布地が破けている箇所もいくつか見られた。

 息は荒く乱れ、心臓は今にも破裂しそうな勢いで過剰に動いている。当然疲労もピークに達していた。

 呼吸の困難になりつつあると言うのに、男は走るのを止めない。

 男の脳裏には、ある光景が絶えず再生が繰り返されていた。

〝虚ろな影〟から見た………黒く巨大な塊が………〝一方的〟に叩きのめしていく様を。

 

 化け物だ……あれこそが正真正銘、本物の〝化け物〟だ。

 奴に比べれば………そこらの妖夢など、道端にいる〝虫〟も同然。

 映画で語られていた通り、本当に元は〝恐竜〟の生き残りであったのか?

 本当に奴は―――核兵器の〝放射能〟―――人の手によって変異させられた〝生物〟なのか?

 なぜ〝人間〟が生み出した存在が………A級含めた多くの異界士を死に追いやってきた大型妖夢さえ圧倒し、あまつさえ〝恐怖〟さえ抱かす?

 とてもこの世のモノとは、信じがたい。

 

 とにかく逃げなければ、少しでも離れなければ………でなければ殺される!

 あの〝光〟が……肉も骨もおろか灰さえ残さず、消し去る!

 根拠はなくとも分かるのだ………自分が〝虚ろな影〟と操っていたのだと。

 あれ程の凶暴性を有している奴が、みすみず見逃す筈がない。

 何が何でも、逃げ切らなければ!

 殺される! 奴は絶対に牙を向いてきた〝敵〟を許さない!

 

 死にたくない…………死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!

 

 

 

 

 

 

〝恐怖〟に駆られたまま走り続ける真城の妖夢使いの足に、光る〝帯〟が絡みついた。

 帯からの引力と走る勢いで、男は土に叩きつけられる。

 彼の後ろからは、足音が響いてきた。

 人間の足音のものだと言うのに………〝人間〟のものとは思えない。

 巨大な〝ナニカ〟が、歩いているとしか。

 

「おい」

 

 少年の声がしたかと思うと、男の背広の襟が掴まれ、引き摺られ、木の胴体へと投げつけられた。

 今度は顔が鷲掴みにされる。感触は人間のもの……しかし握力は人間のものとは程遠い。

 

 男は目を開けた………そして、恐れていた最悪の状況を突きつけられた。

 

 人の皮を被った………あの〝化け物〟が、いる。

 

「今あんた………俺を〝化け物〟って呼んだろ?」

 

 まるで男の心を見透かしたが如く、少年――澤海は、ゴジラはそう発した。

 

「別に怒っちゃいねえよ、むしろ大いに怖がって良いんだぜ、怪獣(おれたち)は怖がられてなんぼだからな」

 

 気にした様子もなく、むしろ晴れやかに笑顔さえ見せる。

 男からすれば、邪気の見えない笑みすら、恐怖の源となっていた。

 必死に澤海から逃れようとするも、頭を捕縛した右手は指の一本すら微動だにしない。

 

「ちょっと失礼…………そんなに暴れんなっての」

 

 澤海はスーツの内側に左手を入れると、内ポケットから目当てのもの――スマートフォンを取り出した。

 

「えーと………これだな」

 

 彼は左手で画面を操作し、アクセス帳から見つけた番号を発信、男を捕えたまま、電話を耳元に寄せる。

 

「どーも、こんにちは―――〝ゴジラ〟です」

 

 臆面もなく、通話先の相手にそう名のった。

 

「ごめんなさいね、いきなり電話なんかしちまって、どうしてもお伝えしたいことがございまして………………あ? わざわざジョーク言う為に部下のスマホ使うわけねえだろ、人を陥れるのを特技にしたけりゃ嘘と真の区別ぐらいできないと不味くねえか? 保守派のお頭さんよ」

 

 声だけでは、あまりにも自然体かつフランクに応対していた。

 ただし表現は物騒の色が濃く混じっている。

 

「要求だって? ハッハァハァハァハァ―――ふっハッハッハッハッハァッ!」

 

 余程相手がからの言われたこと可笑しかったのか、彼はいきなり高らかに笑いだした。

 

「言っておくとな、俺はてめえらみてえな妖夢頼みの腰ぬけどもに全く興味はない、外歩いてる時に体の周りを飛んでうろうろしやがるハエ程の関心もねえんだ、たとえお宅の下の一人が〝虚ろな影〟をけしかけて、俺に憑依して一暴れさせようとしてたとしてもな」

 

 男の内の恐怖の濃度が急速に増した。

 奴はやはり気づいていたのだ………虚ろな影を操り、憑依して、そのまま真城優斗含めあの場にいた者たちを始末しようとしていた目論見を。

 走っていないにも拘わらず………男の呼吸は逃げていた時よりも激しく乱れていった。

 

「この先あんたらが廃業しようが、同士撃ちして自滅しようがどうなろうが知ったこっちゃねえ、ちょっとでも火の粉をこっちに掛けさえしなけりゃ、急進派とのドンパちでも、裏切り者の首を取るでも何でも勝手にやってろ、俺には腰抜けどもを相手にする暇なんて、一秒分もないんだ」

 

 フランクな物腰のまま、何もしてこなければ何もしないと、彼は相手にそう伝えた。

 

「まあ………そんなにご所望なら、片道しかねえけど全員分用意してやるぜ」

 

 相手はこう返してきた―――〝それは何か?〟と。

 

「何かって? 決まってるだろ―――」

 

 対して、彼は顔を笑顔から一変し。

 

「―――〝地獄〟行きの列車の乗車券さ」

 

 双眸を青白く光らせ、冷酷な響きで宣言した。

 

 通話先の保守派のリーダーも、理性が壊れ始めていたらしく、「お前は一体何だ?」とお尋ねになった。

 

「そうだな、しいて言えば―――」

 

 大方伝えることは言い尽くした以上、もう彼にはわざわざ返答する必要もなかったのだが。

 

「〝我は死神、世界の破壊者なり〟―――ってな」

 

 澤海――ゴジラは、〝原爆の父〟と言う異名を付けられてしまったある物理学者も引用した古代インドの聖典の一節を使って、自らをそう言い表した。

 

「それじゃさよなら、二度と会うことがないよう願ってるぜ――――Motherfucker」

 

 最後にそう言い放って、澤海はスマートフォンの通話を切った。

 

 

 

 

 

 真城の保守派の連中のリーダーに、一通り言いたいことは言い尽くした。

 これは俺からの〝最後通牒〟であり、無闇に自分の命を粗末にさせないようにと、配慮も一応〝込み〟である。

 腰抜けな上に、ただ今勢力が真っ二つに分かれて絶賛内ゲバ中の一族だ。

〝虚ろな影〟を倒してしまったモンスターと、やり合おうなんてバカはこれでもう起こすまい。

 生きてなきゃ〝一族〟の再興なんてできるわけない、それぐらい奴らだって分かっている。

 さて、そろそろ離してやるか。

 右手の力を緩めて、妖夢使いの男を解放してやる。

 真城の奴らに情けは持ってないが、今は殺す気もない、こいつにも生き証人として、真城の幹部どもに知らしめてやる役目を担ってもらう。

 スマホのGPS機能を作動させた。これで迎えが来てくれるだろう。

 

「ん?」

 

 何かうっとおしい声がしたので、妖夢使いを見ると……そいつは大粒の涙を流してゲラゲラと、笑い袋の笑い声みたいに気味悪く笑いこけていた。

 こっちは手加減してやったのに、あの程度の脅しでここまで〝理性〟がぶっ壊れちまうとはな………つくづく〝度胸〟と縁のない、腐敗さだけはいっちょ前な連中だ。

 こんな奴らの為に、あの子が………未来が本気で自殺を考えるまで苦しみ、自分を追い込み攻め続け、自らの良心へのリストカットを繰り返し、罪悪感の沼に沈んでいたのかと思うと、やり切れない。

 二度とこいつらが〝波紋〟を起こさぬことを、祈っておこう………命あっての物種ってやつだ。

 

 通告に使ったスマートフォンを地面に捨て、それを足で踏む。

 精密機械の塊だけあって、軽い一押しで粉々のバラバラに砕け散った。

 

 とっとと帰るべく、ジーパンのポケットに手を入れて、その場を後にする。

 

 さすがに凪の中で大暴れしたからな、やっぱりいつもより〝疲れ〟がある。

 

 写真館に戻ったらさっさと………さすがに夕飯の用意くらいはちゃんとしてから寝よう、マナがお腹空かして待ってるだろうからな。

 

 森の中歩を進めていく内に、俺は〝連中〟へのほんの僅かな関心すら、段々と失せていくのだった。

 

 

 

 

 

 こうして、怪獣王の慌ただしい今年の四月が、終わりを告げた。

 

 

 

 

 つづく。


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