境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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読者の皆様は思い知るであろう、前回の彼の暴れっ振りは実は前座でしかなかったと言うことを。
本家の映画の公開まで待てない、荒ぶる破壊神を存分に味わいたい方、今回の話には存分に詰まっておりますのでどうぞ。

その興奮を遠慮なく感想に書いても構いませんので。


第十七話 – The Godzilla's Violence

 最初は真城の奴らが操る人狼どもとの戦いも、それなりに楽しんでいた。

 だが屠った数が増える度、直ぐに飽き飽きとしてきた。

〝骨〟がいくらなんでも無さ過ぎる。最初から失敗前提で襲撃してきた真城優斗の操る妖夢どもの方が、ずっと手ごたえがあったと言うのに、やつらの操る人狼は余りにも情けなかった。

〝得意分野〟でさえこの体たらく、よくそれで長いこと妖夢退治が続けられたものだと、逆に感心するほどに落胆する。

 その癖次から次へと新手を投入してくる性質の悪さ、これから〝大物〟を狩りに行く身からすれば、うざいことこの上ない。

 だから格の違いと一緒に―――〝一発〟お見舞いしてやった。

 

〝アトミックバースト〟

 

 通常のよりも多くエネルギーを生成しつつ、それを四方から圧縮、圧迫させ、発射時一気に解放することで、より強力かつ攻撃範囲の広い熱線を放つ、こちらの世界で、新たに編み出した熱線の一つだ。チャージに時間は掛かるが、群れる相手を纏めて焼き払うには持ってこいの技である。

 凪の真っただ中なので、せいぜい火柱が30メートルくらいしか上がらない威力に留めていたが、あの腰ぬけどもには効果抜群であり、奔流を受けたものどもらは灰も残らず消え失せ、どうにか直撃を免れた妖夢使いは、それはもう情けなさの極みな奇声を飛ばして逃げていった。

 これで俺や秋人たちの口まで封じようなんてバカな真似はしないだろう。

 伊波唯の死の〝真相〟を公表して真城を失墜させる気などさらさらない、俺にとっては奴らの運命に全く関心を持たなかった。

 しかし、これ以上こっちにも喧嘩吹っ掛けるなら………真城を〝根絶やし〟にする気はあった。

 たとえそうなったとしても、名瀬に唾を吐いた今となっては、誰一人として同業者たちは同情の意は示さない。

 俺からしてみれば、腰抜けな一族としては相応しいにも程がある末路だがな。

 本気ではあったが、現実になることはないだろう。

 あのチェレンコフ光色の熱線を実際に目にして尚生き残った腰抜けの末端は、幹部どもへ自らの体験を過度に装飾して語り、それを聞いた上の奴らは名瀬以外に逆らえぬ存在を作ってしまったと絶望するに違いない。そんな連中が、俺にまた喧嘩売る根性など、持ちようがない。

 けど、〝もしも〟本当にそうなった時は―――完全に叩きのめしてやる。

 どんなに泣き喚いても、許しはしない。

 それこそ〝友達(ダチ)〟にまで手を出そうものなら―――楽に死なせはしない。

 一応、そうはならないよう内心祈りつつ、先に来ている手筈な彩華たちと合流することにした。

 

 

 

 

 

 澤海――ゴジラの熱線で大きく抉れた〝痕〟の隅を横切って、本殿の社の方へと走りゆく僕たち。

 

「待て」

 

 もう大分……50メートルは切った辺りで、澤海は突如足を止め、僕らにも止めるよう端的に促した。

 

「だから言わんこっちゃねえ……」

 

 何やら毒づきつつ、彼は何歩か進んで僕らの前で立つと、その全身は先の熱線と同色の光に覆われた。

 光はおよそ15メートルまで大きくなり、それらが一瞬の閃光で散ると………そこにはごつさのある背びれを生やした後ろ姿が。

 ゴジラ―――本来の姿となった澤海の雄姿であった。

 スクリーンの奥の彼よりもずっと小振りだと言うのに、間近にいるとその威圧感は本当に半端ない。少しでも気を抜くと………そのまま腰が砕けそうだ。

 心理学では、今のゴジラくらいの大きさの方が、巨大感を覚えると聞いたことはあるけど、この圧倒される感覚は、間違いなく〝彼〟自身から齎されているものと確信できた。

 それは栗山さんも真城優斗も同様らしく、言葉も出ず、瞬きすらも忘れて、その漆黒の巨体を見上げている。

 なぜ彼がいきなりその姿を現したのか――

 

〝来るぞ〟

 

 聞き出しそうになる前に、脳裏に彼の〝声〟が鳴り響いた。

 栗山さんたちにも聞こえたようで、二人は直ぐに各々の得物を構えて臨戦態勢をとり、ゴジラもやや前屈み気味となって唸り声を上げる。

 直後、荒れ果て、いつ崩れ落ちてもおかしくなかった本殿の社の屋根が、内側から―――突き破る、絶えず流動する黒い無数の霧状で肉体が構成された、大きな〝影〟が一つ。

 

〝虚ろな影〟

 

 社から跳び出し、大きく地面を揺らして着地した妖夢は、咆哮を上げる。

 

「ガァァァァァーーーーーオォォォォォォォ―――ン」

 

 応じる形で、ゴジラも天地裂かんばかりの低く重々しいあの〝雄叫び〟を上げ、文字通り大地を震撼させた。

 スクリーンでの〝彼〟と異なるゴジラの青い目と、虚ろな影の不安を煽る色合いな赤い目から発せられる〝殺気〟が虚空にて衝突する。

 

「彩華さんは大丈夫でしょうか?」

「無事だと思うけど……」

 

 巨獣同士の死闘が起きるのも時間の問題の中、先に現場(こっち)に来ている筈の彩華さんの現状が気がかりだった。

 けどそれ以上に、目の前の猛威は膨れ上がる。

 虚ろな影の体の一部分が膨れ上がったかと思うと、霧が分裂し、離れた霧は本体より遥かに小振りな全高さ2メートルほどの〝分身〟となった。

 分身を生成する工程は一回で終わらず、あらゆる部位から同様の現象で、虚ろな影が増えて行く。

 それをただ眺めるゴジラではなく、彼の口から〝放射熱弾〟が三発発射、三発とも小型の分身に直撃し、霧は四散して消滅する。

 

「先輩は彩華さんを見てきて下さい!」

「お……おう」

 

 ゴジラの先手が合図となり、栗山さんと真城優斗は得物を手に斬り込んでいった。

 相対するゴジラと本体の虚ろな影も、地面を大いに揺らして互いの距離を詰め、その巨体を激突させた。

 大型妖夢がゴジラたちに気を取られている内に、僕は屋根に風穴の空いた本殿の中へと走って入り込み、彩華さんを探そうとした矢先。

 

「彩華さん!」

 

 今日は黒色の着物姿な彩華さんの姿が目に入った。

 見れば彼女の背部から、ふさふさとした九つの狐の尾が生えている。

 

「お互い凪は難儀やね……」

 

 京言葉で装飾された声からは少々疲労の色が見え、額からは赤い液体が一筋流れていた。

 

「何があったんだ?」

「一緒に討伐に来てた異界士たちが殺気立ち過ぎたもんやから、それを虚ろな影に気取られて襲撃を受けたんよ………どうにかうちがさっきまで動きを封じとったんやけど、とうとう振り切られてな」

 

 ああ……それでさっき澤海が〝言わんこっちゃねえ〟と言ってたのか。

 母からの手紙が来た日に、最近外来の異界士が多く来ている状況を僕に説明した時、澤海は彼らに対して〝気張り過ぎだ〟と愚痴ていた。だから虚ろな影が自らを討伐しようとする異界士たちの存在を先に気づいたと、直感的に察したのだ。

 それはそうとどうする? 外に出れば群れる分身が待ち構えているし、かと言って老朽化著しく、本体が屋根を突き破ったことでいつ崩れ落ちてもおかしくない。

 僅かな思案の時間さえ、虚ろな影は与えようとしない。

 屋根の風穴から、分身が一体跳び下りてきた。

 

「こぉぉぉの!」

 

 がむしゃらに黒い影へと突っ走り、僕はタックルをかます。勢い余って分身ごと壁を突き破り外に飛ばされた。

 体が地面を転がる。状況が状況なだけに、どうにか回る勢いを利用して起き上がった。

 

「先輩!」

 

 栗山さんは張りつめた声音で僕を呼ぶ………他の分身たちが一斉に飛びかかっていたからだ。

 どうにか網から逃れる脱出口を見い出そうとするけど、間に合いそうにない。

 が、その分身らは、僕を襲うその前に―――突如中に現れた水色な半透明のキューブに閉じ込められ、キューブ内部の〝空間〟が圧縮されたことで奴らは一斉に押し潰された。

 あの水色のキューブは間違いなく……鑑賞結界の極みである――〝檻〟。

 

「アッキー!」

 

 宙を飛びながら華麗に分身を倒していく美貌の異界士が、檻の力で武器化したマフラーで二体を切り裂き、僕の前で着地した。

 

「手は出さないじゃなかったのか?」

 

 彼に対し、僕は少々皮肉に物を言う。真城一族との協定で、名瀬は今回の〝真城優斗〟に関係する事態には手を出さないことになっていた。

 自分より一つしか歳が違わないながら名瀬の幹部でもある博臣の行為は、下手をするとそれを破ってしまうものだ。異界士間の外交的問題に疎い僕でも、それぐらいは理解している。

 

「俺はただ、〝虚ろな影〟絡みの依頼を受けて来ただけさ」

 

 檻の力で〝鞭〟と化したマフラーを、その美貌に違わず美しく鞭捌きで振り回し、漆黒の影たちを両断しながら、博臣はそう答える。

 確かに、〝真城優斗〟には手を出せずとも、依頼と言う名目があれば、名瀬の領有地にいる状況もあって〝虚ろな影〟に乗り出すこともできなくはない。

 

「誰から?」

「私よ!」

 

 誰か?と問うた直後、その依頼主当人たるレディーススーツの女性が派手に飛び蹴りを影達にかまし、派手にスライディングして降り立った。

 顧問のニノさんだ。

 そういえば彩華さんが何やら〝助っ人〟も呼ぶと言ってたけど、どうやらそれは彼女だったらしい。

 

「もうちょっと早く来るべきだったかしら?」

 

 彩華さんに軽口叩きつつ、重力プレスで一度に敵を圧砕させる。

 

「気にせんでええよ………予定を狂わしてしまったんはこっちやから」

 

 どうも流れを見るに、彩華さんたちの異変を察した助っ人のニノさんが、博臣に依頼を持ちかけたようだ。

 でも………文芸部顧問からの依頼を受けなくても、博臣はこの場に来ていたかもしれない。

 

〝俺達は友達でもなければ仲間でもない、休戦しているだけだ〟

 

 過去何度となく、美貌の異界士からこんなドライな言葉を受けてきたけど、でも彼も、そして美月も―――〝根〟は決して〝人情〟を捨てていないタイプの人間であることは、この三年の付き合いで知っていたからだ。

 何にせよ、博臣たちが助っ人に来てくれたのは心強い。

 栗山さんも優斗も、凄腕の異界士ではあるけど、二人だけで賄うには数は多過ぎるし、分身の増殖率も速い。

 打破するには………本体をどうにかしないといけないんだけど。

 

 

 

 

 

 

 虚ろな影本体と、ゴジラは真正面から巨体を押しあっていた。

 どちらも譲る気は全くない様子ではあるが、パワーではゴジラの方が勝っているようで、どんどん彼は影を押し通していく。

 実体を持たないとされる〝虚ろな影〟は、このように触れることは不可ではない奇妙な性質を持っていた。

 ゴジラは頭を屈ませ、そのまま影の顎の部分を打ち上げ、そのままエネルギーを噴射による推進力を乗せた尾の横薙ぎの一撃をぶつけた。

 打ち飛ばされた虚ろな影は、一度は大地に打ちつけられながらも体勢を立て直し、赤い目の下に同色の口を開けたかと思うと、血の色をした妖力が集まって行く。

 受けて立つとばかりに、ゴジラも背びれから、〝稲妻〟混じりの光を断続的に発した。

 

 虚ろな影の砲口(くち)からは暗い真紅の光線が。

 

 ゴジラの砲口(くち)からは、マゼンダ色の稲妻が螺旋状に巻き付かれた回転する熱線が放射された。

 

 双方の〝飛び道具〟が真っ向から衝突、閃光を幾度も閃かせて押しあう両者であったが、ゴジラの方が上手だったのか、ライフリング付きの銃で放たれた弾丸よろしく回転する熱線は、敵の光線を削りながら突き進み、ついに完全に押し切った。

 

〝アトミックスパイラル〟

 

 ゴジラが前世から使っていた技の一つで、チャージに少々時間を掛けつつ、渦を巻かせながら放つことで、射程距離の長さと命中率と貫通力が向上されていた。

 螺旋状の熱線は、頭部と一体になった影の背部を大きく抉らせ、焼いた。

 痛覚もあるようで、虚ろな影は大きく口を開かせて悲鳴たる奇声を上げる。

 一見すれば大ダメージを与えたかに見えるが………そこは実体なき妖夢、熱線で焼かれた部位が、あっという間に元に戻っていく。

 唸り声と一緒に、ゴジラは舌打ちを鳴らした。

 やはりこいつをどうにかして倒すには………本体の中心に存在している筈のコアを叩くしかない。

 しかし、それを覆う黒い霧はこちらが目に入る以上に高密度の域でコアを覆っている。いくら撃ち込んでも、分厚くダメージを受けない霧が阻みとなって中心部まで届かないのだ。

 これが討伐困難と言われ、過去多くの異界士をあの世行きにした謂われの一つだった。

 あの霧の脅威が防御に止まらない。

 地面へ四足で立たせていた右の前腕が、自身の胴体に匹敵する大きさにまで肥大化、そのまま自らの体長よりも遥かに腕は猛烈な速度で伸長し、ゴジラの胴体へと正拳を見舞う。

 人間体の時より機動性が犠牲となってしまう本来の姿では正面から受けざるを得ず、霧でできたものとは思えぬ重い打撃に後部へと吹き飛ばされそうになるゴジラ。

 彼は必死に両足を踏ん張らせ、屈みつつ大地へ熱線を吐いた。

 それが推進ジェットとなり、漆黒の巨体が飛び上がる。

 その身でアーチを描きながら、お返しに放射熱線を発射し、虚ろな影の背部にぶち込み、続けて自らの体重と落下速度を上乗せした尾による鉄槌を撃ち込んだ。地表が衝撃で幾重にもひび割れ、土の粉塵が飛び上がって舞い、クレーターが形作られた。それを作った主は足裏からエネルギーを放出して40メートル近くまで跳躍し、相手の背後に回る形で降り立つ。

 虚ろな影の背部には風穴が空き、尾の一撃もあって一時はふらついてはいたものの、やはり霧は流動して元の形へと再生し、何事もなかったが如く四足で立ち上がった。

 

 凪の影響を受けて尚この脅威………やはり〝大物〟としての名声は伊達では無いと、ゴジラは痛感した。

〝定刻〟までまだ時間がある………最低でも彩華の手筈で〝奴〟が来るまでは―――持ちこたえておかなければならない。

 無論、ゴジラには〝その程度〟で済ます気はなかった。

 この〝影〟に一泡吹かすとしたら―――

 

 虚ろな影がゴジラへと血色の目を見据えると、四足を引っ込ませた。

 蠢く霧の体表の動きが、せわしくなる。

 ゴジラは直感的に、奴が何を繰り出そうとしているか悟り、背びれを光らせた。

 影の全身から、夥しい数の〝触手〟が、生えたと同時にゴジラへと迫る。

 熱線で薙ぎ払う? ダメだ………バラと人間とG細胞で生まれた〝分身〟の触手の比じゃない。

 彼の口から、放射熱弾が連続で放たれた。

 光球たちは、触手たちとの相対距離が半分を切った瞬間、無数の小さな散弾に分裂した。

 小型の光弾たちは、ある種のミサイルチャフと化し、先陣の触手を迎撃して四散させる。

 それでも厚い熱弾の弾幕をすり抜け、肉薄した触手たちは、ゴジラの両腕、両脚、首に口さえ縛り上げた。

 当然振りほどこうとゴジラではあるが、いくらその怪力で引きちぎっても、新手の触手が彼の体を捕縛してしまう。

 これ以上の抵抗はさせないとばかり、虚ろな影は全身をスパークさせると、触手を伝ってゴジラの体に電流を流しこんだ。

 いくらゴジラでも、痛覚と無縁ではない全身の神経が電流で激痛を上げる。

 さらに虚ろな影は、口から先の光線を発射、その上新たに触手をいくつも生み出すと、それらの先端から同色の光弾を一斉に乱れ撃つ。

 電流と光弾と光線による三重の猛攻を前に、さしものゴジラも苦痛の呻き声を上げ、周囲は閃光と爆発が幾度も起きて炎が舞い上がった。

 ここまで防戦に追い込まれているのも拘わらず、ゴジラは絶対に膝を地上に付けようとしない。

 彼の尋常でないタフさに苛立ち始めたのか、触手で縛り付けたまま、強引にゴジラを持ち上げ、勢いよく森が茂る地表に頭から叩きつけた。

 次に、そのまま影は高くほぼ垂直に翔け上がり、何度も……何度も何度も何度も、その身で横たわるゴジラに叩きつける。

 そして………これが〝トドメ〟だとばかり、宙に浮きあがった虚ろな影は、曲りなりにも固体に近い体を完全なる霧状にして、自身よりも漆黒な怪獣へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 黒煙にも似た霧が、ゴジラの体へと入り込もうとしている。

 それが虚ろな影が〝憑依〟しているのだと理解するのに、一秒も僕は掛からなかった。

 さすがに多勢に無勢、数が多過ぎることもあって、僕たちは一旦博臣の貼る檻の内部に退避している。

 当然、分身たちはそれを破壊しようと、ある者は体当たりをし、ある者は口から光線または光弾を吐いて攻め立てくる。

 博臣の使い手としての技量の高さと、彩華さんが結界の強度を上げてサポートしてくれるお陰で、今のところは破られずに済んではいるけど、じり貧に追い込まれて二人の体力が限界に来れば………最悪の事態になるのも時間の問題だった。

 

「優斗!」

 

 そんな中、真城優斗が地に刺していた霊剣を抜き、歩み出そうとして……栗山さんがそれを止める。

 

「彼は憑依されかけている、いくら未来の先輩でも……乗っ取られない保障はない」

「だけど!」

 

 と、発した彼女は俯いて、口を固く紡いだ。

 巨獣同士の戦闘を見る限りでは、明らかに虚ろな影の方が有利であり、栗山さんは幼なじみの発言が正論だと分かっていながらも、ローブを掴んだ手を離そうとしなかった。

 やがて、その幼く歳相応よりあどけないメガネを掛けた顔を、強固に引き締めさせると、いつもは指輪を嵌め、包帯が巻かれた右手を翳した。

 

「待って!」

 

 僕はその手を掴んで止める。

 

「先輩……でもいくら黒宮先輩だって………あれに、憑依されたら」

 

 メガネの少女は恐れている。僕の友が……伊波唯と同じ運命を辿るかもしれないと。

 そしてあの惨劇を繰り返すまいと、完全に意識が取り込まれる前に、虚ろな影を追い出すべく、自身の血の刃を―――突きたてようとしていることを。

 

「大丈夫、そうはならないよ」

 

 僕は栗山さんが抱く〝恐れ〟を、真っ向から否定した。

 僕は知っている………今は〝友達〟でもあるあの〝怪獣の王〟が、どれ程規格外の存在であるかを。

 実際に間のあたりにしてきたからだ―――彼の〝神〟に等しき脅威なる力を、昔この目で。

 

「言っただろ? あいつは僕たちの常識を〝破壊〟するって」

 

 揺るぎない確信を以て、僕は彼女に告げた。

 

「神原君の言う通りやね………あれを見て」

 

 彩華さんが細く綺麗な人差し指を差す。

 僕らはその方角へと目を移した。

 今まで大地に伏していたゴジラが立ち上がる。

 彼の巨体の周囲には、黒い霧が漂っていたが、様子がおかしい。霧の動きに統一性がなくまばらだ。

 僕の目からでも………容易に読みとれた。

 明らかに虚ろな影は、苦しんでいる。

 一方で、ゴジラはと言えば―――そのハ虫類型で二列の鋭い歯を生やした顔を〝笑み〟に形作っていた。

 

 背びれが眩く点滅し、彼の口からも閃光が発せられたその瞬間―――彼の全身から全方位に向けて熱線のエネルギーが放出された。

 

 あの光こそ、彼が危機を打破する起死回生の切り札に他ならなかった。

 

 同時に、檻を攻め込んでいた虚ろな影の分身たちが、一度に消失した。

 

 

 

 

 

 体内放射―――生成した熱線を口から発射せず、全身から放つ逆転の一手。

 憑依しようとした虚ろな影は、その衝撃波を諸に受けてしまい、慌てて体外へと逃れ、距離をとった。

 先程に比べると、体躯は明白なまでに、分身クラスにまで小さくなっている。

 しかも胴体に当たる部分の内部からは、血色に発光するものがあった。

 あれこそが奴のコア―――真の〝本体〟。

 ゴジラに憑依した際、虚ろな影は彼からの逆襲を受けたのだ。

 G細胞は浸食しようとする〝外敵〟に攻撃を開始、侵す側の筈が、逆に侵される側となり、コアも含めた体組織は〝逆襲〟によってズタズタに破壊されていく。

 そこにほぼゼロ距離から〝体内放射〟を受けたことで、致命的に弱まってしまった。再生しようにも、〝凪〟の効力が邪魔をし、遅々として進まない。

〝王〟は奴に向け前進する。あれ程の攻撃を受けながら、疲労の色すら見せず、悠然と、豪然と、大地を震えあがらせた。

 それは虚ろな影も同じであった。

 小さく弱体化した体は、威圧感に満ちたゴジラの巨躯を前に、恐怖で震えていた。

 当たり前だが、いくら〝敵〟が戦意を喪失した程度で〝王〟は逆襲を止めぬわけがない。

 逃げることさえ忘れた妖夢に対し、ゴジラは容赦なく、激しく図太い脚で、赤いコアを中心に踏みつける。

 全く攻撃の手を緩めず、それどころか一打一打ごとに、威力は右肩上がりに上昇していく、相手からの悲鳴にも聞く耳を持たず、尾による鉄槌を計10発ぶち込み、蹴り上げ、浮き上がったところへ豪快に拳打を撃ち込んだ。

 

「今だ!」

 

 博臣が、まだゴジラからのダメージが濃く残る虚ろな影を檻で閉じ込めた。

 

「大人しくしなさい!」

 

 同時に二ノ宮は、抵抗されぬよう重力プレスで動きを封じた。

 

「もう直ぐ転移の法で応援が来よるから、それまで持ちこたえて」

 

 彩華の言葉に、ゴジラは吠えて〝言われるまでもない〟と応じた。

 再び背びれがチェレンコフ光色に発光して明滅し、喉元にエネルギーが集まった。

 大きく息を吸い込ませ、放射する。放たれたのは、ビームに近い熱線と言うよりは、炎そのものだった。

 対象を燃焼させることに重点を置いた技、〝放射火炎〟―――アトミックブレスだ。

 青色に眩くも妖しく輝く火炎は、微かに再生を始めていた虚ろな影の体をコアごと燃え上がらせた。

 火炎地獄を前に、妖夢は痛々しい悲鳴を上げる以外に為す術を持たない。

 一欠片分も威力を緩めず、ゴジラは火炎を〝影〟に浴びせ続けていたが、突如発射を止めた。

 間髪入れず、今まで火炎地獄に遭っていた虚ろな影は、地面の接した部位を端に、まるで早送りでもしている速度で急激に氷漬けとなっていき、完全に全身は凍結された。

 さっき彩華が口にしていた〝応援〟の手によるものであった。

 ゴジラは未来の方へ振り向くと、視線を彼女へ見定めたまま、首を虚ろな影の方へと振る。

 少女は〝王〟が伝えようとした意味を理解して、頷いた。

 右の掌から血が滴り落ち、それは長柄の槍を形作る。

 血の長槍を手にし、未来は力強く駆け出した。博臣と二ノ宮は、各々の異能を解く。

 

「ハァァァァァァァーーーーーー!!!」

 

 普段の彼女からは想像いがたい重々しく勇ましい声音による叫びを乗せて跳び上がると、そのまま槍を虚ろな影のコアへと突き刺し、血を流し入れながら深く……深く………奥の奥にまで突き入れた。

 あらゆる生命の〝イノチ〟を奪うその〝血〟は、虚ろな影とて例外でなく、コアの輝きはみるみると弱まってく。

 

〝最後の一撃〟を放つ準備として、ゴジラは背びれを点滅させることなく輝かせた。

 最初は青色だった光は、橙がかった赤色に変色し、今までの熱線とは比べ物にならない、陽炎さえ引き起こす量の余剰エネルギーが排出され、口元からも、赤色の荒々しい炎が漏れていた。

 

「栗山さん! 下がって!」

 

 秋人からの呼び掛けを受けた未来は、血の槍を突き刺したまま、後方へ跳んで退いた。

 

 ゴジラの砲口から、渦を巻く赤色で轟然とした熱線の奔流が迸る。

 

〝ハイパースパイラルバースト〟

 

 かつて宇宙から来たもう一人の〝分身〟に止めをさせた熱線と、アトミックバーストを掛け合わせた―――まさしく必殺の一撃。

 熱線は衝撃波の風を生み、嵐でも来たが如く森を吹き荒れさせ、瞬く間に氷漬けにされた〝虚ろな影〟を一気に呑み込んでいった。

 ハイパースパイラルバーストの濁流が止むと、着弾地点から超大型の火柱が爆音とともに登っていく。

 その高さは………およそ100メートル、彼の本来の大きさをも超えていた。

 

 それよりも遥か高みへ届かんとばかりに、ゴジラは天空へと向かって勝ちどきの〝咆哮〟を、力強く盛大に上げた。

 

 この世界で〝仲間〟と言える存在となった者たちの助力もあってのこととは言え………秋人の宣言した通り、彼は虚ろな影を倒すと同時に〝常識〟を完膚なきまで破壊し尽くしたのであった。

 

つづく。




多分ゴジラの二次でも、ここまで熱線のバリエーションがいくつも出たのは中々ないでしょう。
近い内にオリ技集を出す予定です。

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