境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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VSの個体の筈なのに、GMK並みに怖い……それがうちのゴジラです。
外道な真城一族には、相応の報いを受けてもらいました。


第十六話 – 触れてはならぬ逆麟

「くぅ~~」

 

 その小さな体格では広過ぎて大き過ぎるベッドの上で、尻尾を枕代わりに丸くなっていた体勢で眠っていた妖狐――マナが目を覚まし、口いっぱいにあくびを吐き、ちっこい手で重い瞼をこする。

 

〝あれ?〟

 

 まだ寝ぼけが残っているせいで、この部屋の主たる澤海がいない状況にマナは疑問符を浮かべるも、段々と頭の眠気が覚めていくとともに、彼がいない理由を思い出す。

 あ……思い出した。澤海は今日彩華や秋人たちと一緒に〝うつろなかげ〟をやっつけに行ったのだった。

 本当は自分も手伝いに行きたかったのだけれど、澤海からは写真館(ここ)にいろと固く言いつけられている。

 マナにだって理由くらい分かる。今は〝凪〟の真っただ中、実はすっごい妖夢な彩華や、〝にんげんのじょうしき〟を紙切れ以下にしちゃう〝かいじゅうのおうさま〟な澤海はともかく、いつもより力が弱まった自分では足手まといだし、うっかり外に出て〝わるいいかいし〟に出くわしたら………その場で退治されてしまうかもしれない。

 彩華の強力な結界が貼られて、〝きょうかい〟から〝きょかしょう〟って許しを得ているこの家が、一番安全であるのだ。

 心配ではある……でもそこらの妖夢よりもずっと手ごわい〝かいじゅう〟と戦ってきた澤海――ゴジラがいるのだ。心配だけどそれ以上に、ゴジラを相手にすることになる妖夢の方が可哀そうと思うくらいである。

 今でもはっきり思い出せる……その昔、自分が初めて見た〝ゴジラ〟の戦い。

 あの時も、今でさえ……相手となってしまった妖夢たちに哀悼の意を示したくなるくらいに………怪獣王の力は圧倒的だった。

 敵となった妖夢らは、文字通り、灰燼に帰したのだ。

 きっと今回も、ゴジラと戦う羽目になった妖夢は総じて後悔し、彼と相対することになった運命を呪うことだろう。

 

〝るすばん……やりぬく〟

 

 それはさておき、留守番するのも大事な役、ちゃんと帰ってくるまで待とうと言い聞かせた。

 

 

 

 

 

〝最後に未来に会えて―――良かった〟

 

 栗山さんへと投げ掛けた言葉は、自らの一族が犯した罪を知り、復讐者の道に進むことを決めた真城優斗に残された〝こころ〟と言えるかもしれない。

 人間味がどんどん消え失せていった真城家への復讐心を発露した時と反して、その笑顔は儚くも穏やかさと慈しみに溢れていた。

 

「優斗……」

 

 幼なじみの栗山さんは、まだ返す言葉が出てこない様で、彼の名を震える声で呟くのが精一杯だった。

 さすがにさっきみたく、二人の間に割って入るなんて真似はもうできない。

 せめて彼女たちの〝別れ〟を、最後まで黙したまま見守ろうとしたその時だ―――真城優斗の顔から笑みが消え、張りつめた眼差しを見せた。

 そして召喚した霊剣を構え、背後に振り向き跳躍しようとしたが………その前に澤海の指先から放たれた〝放射熱弾〟が彼に不意打ちすべく跳びかかってきていた人狼を撃ち貫き、血肉を四散させる。

 今の光景を目の当たりにして、ようやく僕は周囲に生い茂る木々に隠れ潜む妖夢たちの気配を感じ取った。多分数は三十をゆうに超え、しかも完全に僕らを取り囲んでいる。

 

「すみません……撒いたつもりだったのですが」

 

 十中八九……真城優斗の首級を取ろうしている真城の保守派の連中。上手いこと気配を消して、優斗の様子をずっと窺い……隙を突いて不意打ちを掛ける魂胆だったのだろう。

 しかしそれは澤海によって失敗し、彼がおらずとも、さっきの様子から優斗は奇襲をしてきた人狼を返り討ちにしていたのは明白だった。

 優斗は大剣を八双に、栗山さんも目尻の涙を拭って、異能の制御装置でもある指輪を嵌めた右手から流して血の剣を正眼に構えをとった。

 彼女の闘志は幼なじみを〝助けたい〟想いもあるのだけれど……自分の身に迫る〝危険〟から身を守ろうとする防衛本能も少なからずあった。

 なぜかといえば………人狼たちから発せられる殺気は、真城優斗だけでなく、僕らにまで向けられていたからだ。

 理由なら僕にも把握できている。

 僕たちは、真城優斗の復讐と、それにより起きた真城家の内部紛争の原因になった〝伊波唯の死〟が〝謀略〟によるものだと知ってしまった。

〝真相〟をこれ以上漏らせまいと、真城は僕たちの〝口〟も封じようとしている。

 必死であることは理解するものの……今回は相手が悪すぎたと言うしかなかった。

 なぜ? かと言われると―――

 

「全く……よほど死に急いでいるらしいな」

 

 澤海――ゴジラがとても笑えないブラックジョークを口走って、嗤う。

 そう、理由はこの場に〝彼〟もいると言うことだ。

 顔こそ不敵ならがも笑みを形作ってはいるけど………全身からは怒りの波が吹き荒れ掛かっていた。

 先の発言から踏まえても、彼は優斗その人には敵意を示していたものの、栗山さんにとって大切な〝幼なじみ〟であることは認めている。

 この再会が、同時に二人の永遠の別れでもあると理解もし、彼なりに見守ろうとしていたのは間違いない。

 なのに真城の妖夢使いたちは、非情にも、無情にも〝別れ〟の時間に横槍を入れてしまった。

 僕の知る限り……〝再会〟と〝別れ〟を邪魔することは、彼の〝逆麟〟に一番触れてはならない部分だ。

 もうほんの少しの間………根気よく待っていればよかったのに。

 

「本当なら俺が引きつけている間に逃げてほしいんだけど……」

「いや……優斗を残して逃げるなんて………だから私も戦う」

 

 一方、幼なじみの申し出を、栗山さんは跳ね除けた。

 無論、優斗は彼女のことを想って催促している。しかしだからって〝はいそうですか〟と逃げ出す程、栗山さんは薄情でも非情でもなかった。

 それにまだ半月ほどの付き合いな僕でも、栗山さんの意志の固さ、頑固さはよく知っていた。

 

「分かった……」

 

 長い付き合いな優斗も折れたようで、顔に苦味と憂いを見せながらも了承し、僕と澤海に視線を向けてきた。

 

「心配ないよ……体の丈夫さだけは誰にも負けないからね」

 

 どの道、虚ろな影も近くにいる以上、逃げ出せない。はっきり言って僕はお荷物だけど、足を引っ張らないくらいくらいはできる。

 

「実は真城(やつら)にお灸を据えたかったんでな………付き合ってやるよ」

 

 合間に唸り声を交えながら、平時より低いトーンで澤海も応えた。

 目つきは完全に〝ゴジラ〟そのもの、対峙した相手に絶望の淵へと叩きこむ〝眼差し〟だ。

 

「その言葉―――今は甘えさせて頂きます」

 

 優斗がそう応じた直後だ。

 彼の一言が〝合図〟だったのか、澤海と優斗の二人はほぼ同時に人狼の群れの渦中へと飛び込んでいく。

 澤海は構えた指先から〝放射熱弾〟を連射。

 優斗は霊剣を下から切り上げ、衝撃波を飛ばす。

 不可視の荒波と、青く輝く光弾の雨で、一度に計10体の人狼が屠られた。

 陣形の秩序を崩した優斗は肉薄し、横薙ぎの一刃で四体を切り裂く。

 

 澤海も、握り拳から熱線を半固体化させた〝爪〟を三対伸ばし、ゴジラが持つ重厚だが鈍重そうなイメージを打ち崩すほどのスピードで斬り込んだ。

 荒々しさに溢れながら、ブレを一切見せない体捌きで、綺麗に円を描き、チェレンコフ光色の刃は、血すら流させず、敵たちの首や顔や頭を軽やかに焼き切った。

 爪の舞いの合間に、素早くも重々しい蹴りと、手の甲からの裏拳と、エルボーも繰り出される。

 学校での襲撃時のとは違い、彼は完全に敵を〝殺す〟戦いをしていた。

 その証拠に、どの攻撃も〝生物〟の急所――首から上へ躊躇わず当てに来ている。

 人間の姿でも、G細胞は澤海の筋力を強化させている。振るわれる打撃は何のエネルギーを纏わずとも、妖夢たちの頭部を粉々にしていった。

 脳さえ無事なら思念操作は続行できるので、確実に仕留めなければならないのもあるが、ゴジラの敵と見なした者への容赦のなさを窺わせた。

 ゴジラの猛威に翻弄される人狼たちだが、彼らは圧倒されてばかりではいられないとばかりに、一体が背後から澤海を羽交い絞めにする。

 そこから数の暴力で追いつめる気だろう。

 とは言え、澤海も敵の思うようにさせる気はない。肩を大きく捻らせ、捕縛していた一体を投げて地面に叩き、素早く腕を掴みあげると周囲に振り回し、接近していた他の人狼らをけん制した後、そのままもう一度大地に叩きつける。

 その間に、四体が迫りつつあったが、澤海は横の軌道で振るわれた蹴りから、熱線エネルギーの刃を飛ばし、それらを両断した。

 彼の剛腕に投げ伏せられた一体が、どうにか起き上がろうとする、しかし澤海はそれを許さず、エネルギーを帯びた右足で腹部へと獰猛に蹴り上げた。

 飛ばされた一体はそのまま四散する。そこから先の蹴りの際注入されたエネルギーが、無数の小振りながらも鋭い〝棘〟となり、熱線の散弾が五体をハチの巣にした。

 振り向き様にもう一体の顔面を右の正拳で破砕し、左手の指を森の中へと向け、熱弾を放つ。

 どさっ――と何かが落ちて、骨が砕ける音がした。

 額に穴の空いた背広姿の男、真城の術者……その者は澤海の正確な射撃で、何が起きたのかも分からぬまま、即死していた。

 飛び回る戦闘機すら撃ち落とせる彼にしてみれば、木々に隠れた人間を一発で絶命させるなど、造作もないのだろう。

 

 優斗も群れる妖夢へと果敢に斬り込み、大剣の長所をフルに生かし、一振りで複数の人狼を切り捨て、包囲網を崩していく。

 彼も枝葉の渦中へと斬撃を放った。情けない悲鳴を上げて、もう一人の背広な妖夢使いが落ちてきた。肩には衝撃波で裂けられた傷が見える。

 

「こ……殺さないでくれ! 話せば―――」

 

 情けなく命乞いをした妖夢使いの左胸(しんぞう)を、優斗は霊剣で突き刺した。

 明らかに、人狼たちから―――正確にはそれを操る術者の焦燥が僕の目でも読みとれる。まさか術者に直接攻撃を仕掛けてくると考えもしなかったらしい彼らは、安全な場所から引き摺り下ろされたも同然だった。

 

「優斗!」

 

 別の地点で人狼を相手にしていた栗山さんが叫ぶ、敵の矛先が優斗へと重点的に集中していったからだ。

 

「行け、俺のことは気にするな」

「はい!」

 

 澤海の後押しを受けて、彼女は少年異界士の下へと駆け出した。

 けれど敵も、陣形を整え直して、栗山さんの行く手を阻む。

 

「邪魔だ!」

 

 普段の物腰からは想像もできない荒い怒気を放ち、リミッターたる右手のリングを外して、自らの異能を解放。

 

「退け!」

 

 真紅の剣から迸る血飛沫、生物の体組織を蝕み、死を齎す血を浴びた人狼たちは、付着した部分から煙を上げ、同時に苦痛の絶叫を上がると、その命は果てていった。

 妖夢の死骸の海を走り、ようやく栗山さんは優斗の元へ辿り着く、彼は少々軽傷を負った程度でまだ健在だ。

 彼女の胸の内には、優斗が無事であることに対し、安堵の気持ちがあるのは僕にも分かったけど、それを顔に出す暇もないのも理解していた。

 澤海たちがあれほど倒したのに、次々と新手は現れ、二人は辟易とした表情を見せていた。

 

「長期戦に持ち込まれたらもたない……」

 

 特に血を消費する栗山さんにとって、これ以上戦闘時間が伸びるのは一番芳しくない。

 

「そろそろ飽きてきたからな、纏めて片づけてやる」

 

 澤海の声色が、さらに低く重くなった。

 さきの言葉を吐いた直後、彼の全身から青い〝波動〟が迸り、周りの大気を荒ぶらせる。瞳も同色に輝き出した。

 擬音に変換すると〝じりじり〟と聞こえる放電に似た轟音が響いてきて、広げた右の掌には、光が集束していく。

 

「巻き添え喰らいたくなかったら―――」

 

 僕はその姿から、背びれを発光させるゴジラを連想させた。

 

「―――伏せろ」

 

 間違いない……彼は――ゴジラは〝撃つ〟気だ。

 体から放出されているのは、体外に排出される余剰エネルギーに他ならない。

 真城の術者も、漠然とながら何が来るのか察したらしく、人狼を引かせようとした。

 

「散れ」

 

 左手に掴まれた右腕は振り上げられ、掌へ光がさらに集い、一気に振り下ろすと同時に―――目が眩むほどのバースト現象から、極太の熱線が放射された。

 射線状にいた人狼は瞬く間に呑まれる。

 優斗は栗山さんの肩を抱いて伏せ、僕もしゃがみ込んで頭を丸めた。

 それを見止めた澤海は、熱線を照射したまま、ほぼ360度―――奔流で薙ぎ払う。

 チェレンコフ光色の熱線が通り過ぎた木々は爆音とともに爆炎を上げ、人間の痛々しい悲鳴も上がる。

 熱線が照射し終える頃には、僕らを囲もうとしているが如く、火柱たちが30メートル以上の高さにまで舞い上がった。そこから炎が一気にしぼんでいくものの、それでも薄暗い昼の森を、燃えあがる火が照らした。

 さっきの悲鳴は、熱線に巻き込まれた妖夢使いの断末魔で間違いない。

 彼らは恐らくこの時初めて………僕も改めて………戦慄した。

 ゴジラの脅威ってやつを。

 澤海はたった〝一発〟で、戦況を一変させてしまったからだ………たとえ彼に対する〝友情〟は消えずとも、わなないてしまう。

 さっきまであれ程いた人狼の気配は、消え失せ……再度攻めてくる様子はない。それどころか火の奥から、奇声を上げて逃げていく妖夢使いの姿が見せた。

 無理もないか、ゴジラの〝規格外〟さを直に見せつけられては、真城優斗を撃ちとる目的さえ正気と一緒に消し飛んでしまう。

 僕は熱線が放射された右手をスナップする澤海に近づいた。

 

「怪我は?」

 

 すると、いつもの様子で澤海がそう聞いてくる。ほんと……二面性が激しいと言うか、掴みどころの分からない奴だ。

 でもそのお陰で、一度は心を埋め尽くした戦慄は和らいでいく。

 

「大丈夫、僕も栗山さんたちもどうにか免れたから………でもこの火どうするんだ? 今日はマナちゃんいないのに」

 

 とは言え、さっきの熱線の残り火はまだ活動を続けていた。

 このまま放っておけば、下手すると大規模な山火事になりかねない。

 

「あ、それならアヤカの作ったのが」

 

 そう言うと澤海は内ポケットから、何らかの紋様が描かれたお札を取り出すと、それを空へ目がけ、思いっきり放り投げた。

 お札は上空にて発光したと思うと、突如としてどしゃぶりクラスの雨が、火の上がる箇所のみに降り注ぎ、水玉の猛攻によって、火の勢いはどんどん弱まっていった。

 後で聞いた話だが、あの札は彩華さんがお手製の、鎮火用に雨を降らす効果を有したお札らしい。〝火〟に関連した〝異能〟を使う澤海には、ある意味欠かせぬ一品であった。

 いかな怪獣王でも、異界士な以上後始末も少しはしておかないとならない……と言うことだ。

 

「ちっ、まだ残ってるのがいたか」

「え?」

 

 澤海の視線の先へ目を移すと、背広服が焼け焦げ、顔にも痛々しく火傷を負った術者が仰向けに後ずさっていた。

 そして、栗山さんがその男と正面から相対している。

 

「た……助けてくれ! 俺はただ命令されただけなんだ!」

 

 男は恥も外聞もかなぐり捨てて………血の剣を持ったメガネの美少女に命乞いをする。

 僕は、栗山さんの哀しみに覆われた横顔から、読みとれてしまった。

 今の術者の一言が、彼女の〝逆麟〟に触れてしまったと。

 

「あなたたちのせいで………唯さんは………優斗は………それなのに………あなたは―――あなたたちは!」

 

 血の剣を振り上げる。彼女の瞳は、人狼と戦っていた時の澤海のものよりも、冷たさを有していると……僕の瞳にはそう映った。

 

「栗山さん!」

 

 たまらず僕は駆け出し、ギリギリ刃が術者の体を裂く寸前のタイミングで栗山さんに体当たりを掛ける。少しやり方は強引だったけど、こうでもしないと間に合わなかった。

 

「先輩……」

 

 まさか僕に押し倒されると思わなかった栗山さんは我に帰った様子で僕を見つめる。

 

「バカ野郎!」

 

 僕もらしくなく、ドスを利かせて罵声を放った、

 確かに……真城一族は栗山さんと優斗のささやかな〝幸福〟を奪った………それなのに、彼らは全くそのことに対して〝罪悪感〟を一欠片も持ってはいない。さすがの僕でも、澤海――ゴジラに情け容赦なく殺されても、それぐらいの罪を犯したと考えてしまう。

 

「栗山さんにまで手を汚してほしくなかったから……あいつは今日まで真実を告げなかったんだろう? その努力を無駄にするな!」

 

 一転して、弱弱しい眼差しになった栗山さんを目にして、膨れ上がった激情がしぼんでいった。

 

「ごめん………でも栗山さんが、手を下すべきじゃない……絶対に」

 

 謝りつつ、彼女に手を汚してほしくない僕の気持ちも打ち明ける。

 伊波唯を殺してしまったことに、ずっと罪悪感に苛まれていた彼女のことだ……たとえ自分らの幸せを壊した元凶でも、手を掛けた己に苦しむのは、目に見えていた。

 そうして頭が冷えたところで、この状況は非常に不味いと行きあたる。

 僕の油断を突く形で、男は僕を蹴り上げ。

 

「死ね!」

 

 そのまま横たわったままの栗山さんの頭に拳を叩きつけようとした。

 

「がぁぁぁぁぁーーー!!」

 

 が、その前に男の右腕が、肘からやや上の部分から切断され、情けなく喚き上げた。

 

「とことん性根が腐ってるらしいな」

 

 澤海が〝爪〟で切り裂いたのだ。

 

「腕が―――腕がぁぁぁぁぁーーー!」

 

 断面は火傷で焼けただれており、激痛で完全に理性を失った術者は、必死にその場から逃げようとするも、それを逃がさぬ者がもう一人――優斗。

 復讐鬼と化した彼の一閃で術者の脚は両方とも奪われ、うつ伏せに倒れ込む。それでも残った腕で前進するも、出血多量の影響か……ほどなく死に絶えた。

 その死にざまは哀れさを誘うものであったけど、僕はとても同情できなかった。

 経緯を踏まえれば……こうなってしまったのは、因果応報としか言いようがない。

 よりにもって、謀略なんて方法で成り上がろうとし、同じ血を持った同族を復讐鬼になどさせなければ、こんなことにならなかったのだから。

 もうこれ以上真城一族によって時間を割くわけにはいかない。

 定刻まで、もう少し時間があるけど。

 

「急ごう」

「はい」

「ああ」

 

 僕たちは本来の目的(レール)へと移ることにする。

 

 そう―――〝虚ろな影〟の討伐だ。

 

つづく。

 


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