境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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第十五話 – 真城優斗

「伊波唯は………謀殺されたんだな、あんたと血を分けた真城(どうぞく)たちに」

 

 澤海が一連の事件と情報から導き出した推理に対し。

 

「はい……」

 

 真城優斗は顔に張り付いた〝影〟をより深くさせて、肯定を示した。

 虚無を帯びた彼の双眸が空を見上げる。ただ、その瞳に今映っているは空では無く、過去と呼ばれる代物だ。

 

「伊波家と真城家は、表向き同盟関係であり好敵手の間柄ということになっていましたが、その実態は全く異なっていました」

 

 優斗は今回の事件を起こす〝切欠〟を話し始める。

 対等な〝関係〟と言われているかの二つの異界士の家、しかし実際のところ、真城は伊波の属国にも等しい身であり、その大国の恩恵を受けてどうにか成り立っているのが実態だった。

 長いことその関係性は続いていたが、現代の頃にもなると〝属国〟に甘んじている実状に真城の幹部たちは耐えられなくなっていき、反旗を翻す企みを秘めていた。

 だが、澤海から見れば真城は妖夢頼みの情けない一族、当然真っ向勝負で伊波に〝下剋上〟などできるわけがない。

 だから真城は、謀略によって伊波を追い詰める算段をとった。

 その一つが――

 

「伊波の有力者を、虚ろな影に憑依させて処分させたのです」

 

 栗山未来と言う一人の少女にトラウマを刻み込んだあの一件は、人為的に引き起こされたものであった。

 二年前、この長月(まち)と同じく、虚ろな影が真城の管轄地に接近しつつあった。

 かの大型妖夢の襲来こそ偶然の産物であったが、真城の幹部どもはそれを好機と見なした。

 内心に〝謀略〟を隠し、自分から狩りに行く度胸もない妖夢使いの真城は、伊波に討伐の依頼を申し立てた。

 表は同盟、裏は実質配下な真城の頼みを一蹴するわけにも行かず、その上相手は虚ろな影、家の名を高めるには絶好の機会と踏んだ伊波はその依頼を請け負った。

 その討伐チームの中にいたのが、既に弟子を二人持ち、将来有望だった本家の娘――伊波唯と、その弟子の一人であった栗山未来だ。

 未来も入っていたのは、実体を持たずとも〝生きている〟以上、彼女の〝血〟は有効な武器になると踏んだのだろうし………〝呪われた血の一族〟ただ一人の生き残りを召し抱える自らの器の広さをアピールしたかったのかもしれない。

 そして……結末は以前未来が澤海と秋人らに打ち明けた通りだ。

 ただそこに、一つの裏の〝真実〟が存在している。

 

「奴らの思念操作で、虚ろな影は唯さんの肉体に取り憑いたのですよ」

 

 伊波唯への憑依は、真城によって人為的に起こされたものだった。憑依は妖夢が持つ本能、そいつに沿う形であれば、虚ろな影とて一時的にでも操ることは可能だ。

 こうして未来は………自分と友の師を殺し、非劇のヒロインに祀り上げられてしまった。

 

「そんな……」

 

 その彼女は、幼なじみが明かした真実を前に惑うばかりだ。秋人も何も言えず、口を固く結ぶしかない。

 

「残念ながら本当だ、もっとも………それを突き止めたのは偶然なんだけどね」

 

 少女の願いも虚しく、幼なじみは〝嘘であること〟を否定した。

 一応彼女は、実際の真相を澤海から〝可能性の一つ〟として聞いてはいたが、その時はあくまで彼の〝憶測〟でしかなく、どっち道こうして直に突きつけられたなら、否定したい気持ちに駆られるのは避けられなかっただろう。

 

「だからお前は、真城に復讐の鉄槌を下す算段を企てたんだな?」

「はい、一族が唯さんを死に至らしめたのは他者への〝妬み〟を抱ける余力がある程に組織が安定していたからでした………ならばそれを崩してやれば………妬みや怒りを外部から内部に向かわせ、内紛を誘発させてやれば………奴らの悪意は外に向けられることはなく、これ以上犠牲が出ることも無い」

 

 言葉を紡いていくごとに、悲哀を帯びていた彼の声音は淡々したものへと変わっていく。

 自らの生を一変させた過去を回想することで、抑えていた真城一族への憎悪が再燃しているのだと分かった。

 その姿はまるで……心を持たぬ、ただ決められた行動(プログラム)を実行するだけの機械のように見えた。

 真城優斗の述懐を前に、秋人は戦慄で顔は凝固し、未来も変わり果てた幼なじみから提示された真実を未だ呑み切れず………奴の下に詰めよる。

 

「一族の内紛を引き越したって言うの?」

「そうだ」

 

 奴は少女の問いを抑揚がほとんど消えた声で答えた。

 

「それが本当に正しいと思ってるの?」

「思ってるよ」

 

 バシッ―――と甲高い音が朽ちた神社の境内を轟かせる。

 未来が小さな平手を、真城優斗の頬に打ち当てた音だった。

 

「ばかぁ………どうして………どうして話してくれなかったの?」

「未来を共犯者にできるわけないだろ?」

「え?」

 

 返された本人は奴の言葉の意味を読みとれずにいる。

 対して澤海と、そして秋人は、その〝意味〟を理解していた。

 伊波唯を殺してしまってから今日まで、彼女はその人並み以上の優しさを持つがゆえに、ずっと〝罪悪感〟と呼称される〝毒〟に苦しめられてきて、自らの師と同じ〝運命〟を辿ろうとしていたのだ。

 もし彼女が真城優斗の苦しみを、背負うとしている罪を知ってしまったら?

 地獄への旅路を、幼なじみと一緒に辿ったに違いない。

 この幼なじみも、それが分かっていたから、今日この瞬間まで、未来に何も話さなかった。

 二人のお互いへの優しさが、この擦れ違いを起こしてしまったのだ。

 

「おい」

 

 秋人が真城優斗へ一声。

 澤海は黙ったままでいたが、内心〝余計な横槍を入れるな〟と彼に言いたい気が出ていた。

 これは栗山と真城優斗、二人の幼なじみの問題である。

 この春に彼女と会ったばかりの〝先輩〟でしかない自分らは、少し巻き添えを食っただけの傍観者、彼女らの間に押し入る隙など端からないのだ。

 一方で澤海は、自分の立場を分かった上で割り込んだ秋人の意図を汲み取っていたがゆえに、〝もう暫く〟は何もせず成り行きを見守ることにした。

 

「お前にとって……伊波唯と栗山さん………どっちが大事なんだ?」

 

 秋人は、それがどれだけ返答に困る問いかけであるのか、自覚はしつつも投げ掛けた、投げ掛けずにはいられなかった。

 

「この状況が〝答え〟です、あの日から俺が望むものは、一族の終焉以外にないのですから」

 

 目を静かに覆って、そう真城優斗は秋人の問いに答える。

 彼の言う〝あの日〟とは、伊波唯の死が同族によって仕組まれたものだと知ってしまった日だろう。

 苦虫を噛む秋人は、一度未来に目を向けたが、直ぐに逸らしてしまう。

 残酷な真実を前に涙ぐむ少女の姿を、彼は直視できなかったのだ。

 そして………真城優斗の両肩を掴み上げた。思った以上に秋人の手には力が籠もっていたらしく、相手も微かに驚いた様子を見せた。

 

「栗山さんがどんな想いでここに来たのか分かってるのか!?」

 

 秋人の込み上げた怒りを胸に問い詰める。

 

「それについては、申し訳ないと思っています」

 

 淡々とした調子から発せられた謝意に、秋人の怒りの火は強まり、優斗の胸倉を掴み、そのまま捻り上げた。

 

「そんな安っぽい言葉で済ませるな! 栗山さんは………栗山さんはずっとお前に恨まれてると思って………伊波唯と同じ運命を辿って………お前に殺される気だったんだぞ!」

 

 実際にこの目で栗山未来が苦しむ姿を見てきた秋人は、結果的にそうなってしまった一面もあるとは言え、彼女にその〝苦しみ〟を味あわせてしまった幼なじみに怒りをぶつけずにはいられなかったのだ。

 

「先輩、もう……良いんです」

 

 これ以上、自分のことで〝怒る〟先輩の姿を見ていられなくなったのだろう。

 未来は秋人の行為を制止させとうとしたが―――その前に、澤海が彼と真城優斗の間に割って入ると、彼女の幼なじみの頬に一発、右の手の拳を振るった。

 境内を一瞬騒がす鈍い打撃音。思いがけなかったようで、まともにくらった優斗は地面に倒れ込む。

 当然秋人も未来も、状況を呑み込み切れず、棒立ちの状態だ。

 当事者たる澤海はあまりにも自然とした所作で右手をスナップさせていた。

 これでも加減は抑えてある上、敢えて相手の頬との密着時間を長くさせていた。

 打撃、特に四肢から繰り出される攻撃は、対象と接触している時間が長ければ長いほど、衝撃が上手く伝わらない。その為格闘技に精通しているほど、打撃を当てた瞬間、素早く身を引かせる。

 澤海はその性質を逆に利用したのだ。それでも人間体とは言え、ゴジラの拳打をまともに受けた優斗の頬は赤く腫れていた。

 

「わりいな……お前の境遇に何も感じないわけじゃねんだが」

 

 今澤海が口にした通り、彼は彼なりに真城優斗の境遇に対し、思うところは少なからずある。

 彼もまた、自らの〝楽園〟を奪われた者。おまけによりにもよって同じ血を宿した同族が下らぬエゴの為に奪い去った。

 そいつらに〝同士撃ち〟と言う形で破滅を誘わせようとする復讐者の怨嗟を、理解できぬ澤海ではなかった。

 なのに、拳を一発ぶち込んでやったのは――

 

「てめえの目的の為に、怖い目にあった奴らもいるもんでね」

 

 先の〝一発〟は、彼が目的を果たす過程で、美月たちが憂き目に遭った事実を突きつける為に放ったものであり。

 

「それと、てめえがどう思ってようとな、そんな獣道選んだ時点でミライ君が傷つくことは避けられねえことを叩きこんでおきたくてな、殴らせてもらった」

 

 復讐と言う〝茨の道〟を進むことを決めた瞬間から、大事な幼なじみの〝涙〟は不可避であったことを改めて示す為の一発でもあった。

 

「確かに、あなた方への謝罪の言葉がまだでした、申し訳ありません」

 

 しばらく倒れ込んだままだった優斗は立ち上がり、頭を下げた。

 

「まあ、せっかくの部活動邪魔された件も込みで、これでちゃらにしてやる」

「あなたの逆麟に触れた私を、一発のみで許すの―――」

 

 口にしようとしていた言葉を全て言い終える直前、優斗の首が〝二つの指〟に挟み込まれた。

 それが突き出された澤海の握り拳の隙間から伸びたエネルギーの刃であると気づくのに、秋人も未来も、真城優斗でさえほんの少しばかり時間を要した。

 中央の刃も伸び、優斗の喉仏にぎりぎり触れない隙間が残されたところで止まる。

 

「勘違いするな」

 

 殺ろうと思えばいつでも殺せる状態な澤海から、絶対零度の殺気を込め、チェレンコフ光と同色に光る〝ゴジラ〟の目が、優斗を捉える。

 

「お前にくれてやる〝慈悲〟など持ってない……〝彼女(おさななじみ)〟がいなければ―――躊躇いなくお前を殺してたところだ」

 

 背後にいる秋人たちでさえ金縛りにあう効力を有した殺意がそこにはあった。

 澤海が拳〝一発〟のみで済まそうとしたのは、優しさゆえに自らを追い込み過ぎてしまう少女を彼なりに案じてのこと。

 もし澤海が彼を殺してしまえば、彼女は彼を恨む以上に、こんな事態を引き起こす〝切欠〟を作ってしまった自分を攻めてしまうだろう。

 そう踏まえたからこそ、澤海は真城優斗に慈悲を齎したのであり、今宣言したように未来と言う存在がいなければ、迷わず自らと学友たちの〝日常〟を侵し、友に手を出した異界士を殺していた。

 比喩表現でもなんでもなく、たとえ事情を知り、それに一定の理解を示しても尚、引導を渡す気でいた。

 真城優斗の首がまだ胴体と繋がっているのは、ひとえに栗山未来の存在あってのことだった。

 

「肝に銘じておきます」

 

 さしもの真城優斗も、ゴジラの眼光を直視し続けるのは堪えたらしく、平静を保っている彼の声には僅かばかり震えが見られた。

 彼もこの時、思い知ったであろう。

 

 基本、妖夢は見つけ次第討伐が当たり前な異界士の世界に於いて、曲りなりにも〝妖夢〟の側面を持つ人間の器を得た〝怪獣王〟が、なぜ堂々と鎮座できているのかを。

 

 この〝王〟の逆麟にだけは、絶対に触れてはならないものであるかを。

 

「結構」

 

 澤海は殺気を消すと同時に爪を引いて結合を解き、刃は微粒子となって拡散していった。

 

「聞きてえことがあるんだろ? アキ」

「あ……ああ」

 

〝いつも〟の〝彼〟からの呼び掛けに、秋人はようやく我に帰る。

 確かに真城優斗に聞きたいことがあった。

 彼の目的を粗方知った上で、それでも晴れない疑問があったからだ。

 

「伊波唯の死の真相を知ったお前は真城家に内紛を起こそうとし、でも栗山さんを巻きこませたくはなかったから、表向きは討伐依頼ってことで長月(こっち)に呼び寄せた………で間違いないんだよな?」

「はい」

 

 未来に〝自身への復讐〟であると誤認させてしまった〝虚ろな影〟討伐の依頼は、優斗が自らの復讐の煽りを受けさせたくがない為にとった措置だった。

 真城家が内紛を誘発させた優斗〝裏切り者〟として祭り上げば、確実に彼と幼なじみな未来を利用しようとする。

 かと言ってバカ正直に詳細を伏せて〝逃げてほしい〟と本人に伝えれば、彼女は優斗を問い詰めて真相を聞き出してしまう恐れもあった。

 だから虚ろな影が進行する名瀬の実質的領有地に彼女を呼び寄せた。

 保守的で縄張り意識の強い名瀬が相手では、真城も迂闊に手を出せず、ある程度の安全は確保できる。

 

「だったら、何で名瀬家の子息を襲うような真似をしたんだ? 〝一族〟の崩壊が目的なら、名瀬を狙う理由なんて全くないじゃないか」

 

 これこそ、真相を知ったことでさらに謎が深まった秋人の疑問。

 真城優斗が、部活動中だった名瀬兄妹に襲撃を掛けてきたその理由だ。

 この件に関しては澤海も秋人らには〝まだ分からない〟と話していた。

 ただ、実際は当事者と対面するまでは本当なのかまだ測りかねなかっただけで、澤海は襲撃の意図もおおよそ読みとっていた。

 だからこそ、優斗に〝一発〟を与えたのである。

 

「理由ならあります、あの襲撃がきっかけで、真城に内紛が起きたのですから」

 

 種明かしの一部を、優斗は明かす。

 澤海は内心〝やっぱりか〟と呟いていた。

 

「証拠を見せろ、もう〝手元〟に戻ってるだろ?」

「勿論です」

 

 と、応じた優斗の口から〝呪文〟らしき詠唱が紡がれる。すると地面にあの襲撃があった日に〝伊波唯〟が見せたのと同じ魔方陣が現れたかと思うと、彼女が使ったのと同じ、霊力で生成した大剣が召喚された。

 秋人は驚き、未来はそれ以上に驚愕の表情を形作っている。

 記憶が正しければ、この大剣は名瀬家が回収した筈、なのに持ち主たる彼の手元にあると言うことは――

 

「お前と〝名瀬泉〟はグルで、あの襲撃は最初から失敗する目的で実行された出来レースだったわけか」

「ええ、ご明察です」

 

 皮肉を籠もらせ、吐き捨てるかの如き澤海の問いかけを、優斗は肯定した。

 彼は復讐を実行に移す上で、前々から名瀬家と、正確には名瀬泉と通じていたのだ。

 

「真城一族の崩壊を条件に、未来の安全の保障と、一族が所有している唯さんの〝遺体〟の回収を依頼したら、名瀬泉は二つ返事で了承してくれました、あちらにとっては美味しい話でしたからね」

「つまり真城の総意でもあったんだな? 名瀬の襲撃は」

「はい、襲撃そのものは名瀬泉の手こそ借りましたが俺が単独で起こしたものです、けれど檻の能力は、以前から幹部たちの間で注目を受けていましたからね、俺の真意も知らず潜伏の手引きもしてくれましたよ」

 

 経緯(ながれ)を整理して組み立てるとこうだ。

 前々から檻を使える名瀬の異界士を〝傀儡〟にし、名瀬への対抗戦力としたい意図があることを知っていた真城優斗は、裏で名瀬泉と交渉し、彼女と共謀にまでこぎ着けた。

 そして、四月の十六日のあの日、文芸部の活動中だった美月たちを襲撃、予定通り、わざと犯人が真城優斗であると匂わす〝手掛かり〟を残して失敗に至らせる。

 そうして名瀬から追及を受けた真城家は、『襲撃に失敗しただけでなく、名瀬に唾を吐いてしまった』状況に置かれたと思い知らされ、報復を恐れた彼らは慌てて渉外役を送り、『あくまで真城優斗の単独犯で、決して〝総意〟ではない』であると強調して弁明した。

 こうなるとどうなるか?

 

「襲撃失敗の一報が引き金になって、真城は真っ二つに分裂したわけか……」

「言わずもがなってやつです、一族は名瀬との全面戦争をするか否かで綺麗に別れ、紛争を始めてくれました、目論見通りにね」

 

 名瀬に唾を吐いた事態に追い込まれただけでなく、名瀬に巨大な借りも作ってしまうことになってしまった真城一族。

 これで彼らは名瀬に頭が上がらなくなる。実質名瀬家の属国な立場に追いやられたと言っても良い。

 一族の地位を高めるつもりが、逆に低くなってしまった上に、爆弾まで抱えてしまった。

 たった一人の幹部候補であった〝若き異界士〟によって。

 こうして真城は、『こうなれば名瀬と一戦交えるのみ』とする急進派と、『名瀬相手に勝てるわけない、開戦は断固反対』とする保守派に分裂し、優斗の目論見通りに同士撃ちを始めた。

 反対に名瀬はほぼ労せずして〝利益〟を得た。

 真城の保守派に首輪を掛けて、その縄を握れる立場を手にしたのだ。だから〝領土〟を侵され、美月たちが襲われたと言うのに、あっさりと不干渉の立場に徹する方を選べたのである。

 

〝稀代の悪女〟

 

 澤海は以前から抱いていた名瀬泉の印象を、より強めていた。

 ヤツ以上の悪人はもっといるだろう。しかしアレ程涼しい顔で暗躍できる奴はそうそういない。

 

 悪い奴は夜眠れないと言う―――罪悪感に少なからず苛まれているから。

 

 だが本当に悪い奴ほど―――逆にぐっすりとよく眠ると言う。

 

 澤海――ゴジラにとって後者は吐き気を催す存在、なぜならそんな奴らによって、自身は〝ゴジラ〟となってしまったからだ。

 

 名瀬泉は明らかに後者な〝悪女〟だ。

 真城の渉外役が〝事情の説明〟をしたあの時から、澤海は彼女が真城優斗と共謀していると推理していた。

 あの〝穴〟が根拠、博臣の〝檻〟にあれ程綺麗な中和による出口を作れる〝使い手〟が限られる上、目的の為なら肉親でさえ危険に晒せる〝冷徹〟さを有する者となれば、名瀬泉の可能性が一番高かった。

 そして渉外役に対する芝居がかって余裕ぶった態度から、彼女が〝共謀者〟である確信を澤海は得たのだ。

 

「ただ、お前でも計算外だったよな、ミライ君が名瀬の子息(せがれ)らがいる部に入ってたのは」

「否定はできません、あの場に未来もいたのには驚かされました、けれど逆に好都合だとも思いました、だから唯さんの姿に化かせ、この剣を持たせた傀儡を召喚させたのです」

「じゃあ………あれは唯さんじゃなかったの?」

 

 明かされた真実を前に、まともに声すら出せずにいた未来の口が久々に開かれた。

 

「違う、さっきも言っただろ? 俺は唯さんの遺体(なきがら)を真城から取り戻す為に名瀬泉と組んだって」

 

 不可解なくらい多く残された〝証拠〟の数々、あれは優斗が最初から〝犯行は自分〟だと真城に知らしめるべくわざとばら撒いたものであり、〝伊波唯〟に偽装した傀儡も、その一環だった。

 あの場に未来がいたことを利用し、より早い段階で犯人を特定させようとしたのだ。

 

「私は……ずっとあれが恨みを晴らす〝表明〟だと思ってた、だから誰にも話さなかったのに」

 

 ただ皮肉にも、当の未来には誤解――罪悪感から、優斗が〝伊波唯〟を殺してしまった自身を〝恨んでいる〟と言う過った認識を強めさせてしまう結果となってしまった。

 対して澤海は、あのメッセージが〝報復〟ではないと看破していた。

 理由は〝構え〟にある。

 傀儡はあの時霊力の大剣を〝八双〟に構えた。

 あれは、多人数を相手とした防御主体の構え、もし優斗が本当に未来に対し〝恨み〟があり、それを晴らそうとしている意志を伝えるのならば、正眼と言った切っ先を相手に向ける類の構えや、上段と言った〝攻撃的〟な構えを取る筈だ。

 だが、優斗に後ろめたがあり、その彼に殺される覚悟であった未来が勘違いしてしまうのも無理はなく、結局彼女は名瀬の屋敷に招かれた日に秋人へ打ち明けるまでは、頑なに口を閉ざしてしまった。

 

「俺も途中から未来が誤解してしまう可能性に気づき、名瀬泉に無理を言って、あなたがたの目の前で檻を中和させてもらいました」

 

 そうだろうと思ったよ……と澤海は心中で一人ごちた。

 真城を分裂させる計画を確実に成功させるには、名瀬の人間と共謀している疑いを見せてはならない。

 なのに、わざわざ〝檻〟に風穴が開けられる様を見せ、その疑惑をこちらに植え付けたのは、未来がメッセージを誤認してしまった場合の保険。

 現に未来は優斗を庇って固く口を閉ざし、一時共犯の疑いを掛けられていた。あの博打は、それを少しでも薄めさせ、澤海たちに真相を掴み易くさせる意図で行われたのだ。

 そんな気遣いをするんだったら………最初から偽悪的かつ突き放した態度で、栗山未来との関係を絶っておけばよかったんだ。

 やつが何も言わなかったせいで、あの子がここまで苦しんじまったのに………だから一発だけでも殴ってやらなければ気が済まず、先程秋人とともに、彼女の〝嘆き〟を澤海は代弁したのであった。

 

「名瀬家はともかく………真城の保守派は血眼になってお前を狙うぞ」

 

 秋人はここから先に待っている真城優斗の〝運命〟を本人に提示する。

 かつて〝ゴジラ〟が辿った道、誰一人味方のいない、自分自身以外は全て敵となった孤独なる〝戦い〟。

 優斗の首をこの手で取り、献上でもしなければ、永遠に真城家は属国として首輪の縄を握られ、従わざるを得なくなる。せめてそれだけは回避しようと、保守派はどれほどの年月が掛かろうとも、優斗の命を狙い続けるであろう。

 さらに、真城優斗に何かしらの助力を施そうとすれば、真城家だけでなく、その首輪の縄を手にする名瀬とも敵対することになりかねない。

 ゆえに……彼の味方となってくる者はほとんどいない。

 悲願を果たせたと引き換えに背負った、大き過ぎる代償だ。

 

「覚悟はできてます………だからこそ、最後に未来と会っておきたかった」

 

 幼なじみに優斗は、儚さに満ちた笑顔を向ける。

 

「優斗……」

 

 それが余りに、悲しくも晴れやかに映ったようで、声が震える未来は彼の名を呼ぶ以外に掛ける言葉を見い出せずにいた。

 

 

 

 

 

 舌打ちを鳴らしたくなる。

 せめてこいつらには〝別れ〟ぐらいちゃんとさせておこうと思ったが、それすらも許さない下衆な野郎どもがいた。

 そいつらが発する〝殺意〟は不快にもほどがあった。

 俺からすれば、真城優斗からの報復で内部抗争に陥った真城の現状など、自業自得でしかない。

〝同族〟のささやかな幸福を、下らぬ謀略でぶち壊したのだ。

 真城優斗も正直気に入れないが、もしこれ以上、未来との〝別れ〟すら邪魔すると言うのなら―――ヤツの背後に不意打ちを掛けようと飛びかかる〝人狼〟に、構えた指先から熱線弾を放つ。

 妖夢使いに操られた妖夢の血肉が四散した。

 そこでようやく、真城優斗を除き、秋人と未来は、取り囲むように生えている林の中に潜む〝刺客〟たちの存在に気がつく。

 

〝殺してやりたい〟お前らの気持ちは、同感ではある。

 

 しかし奴らは優斗だけでなく、真相を知った自分らにも口封じで殺す気だ。

 その証拠に、殺気は秋人たちにまで向けられている。

 奴らの意志に対し、我ならがら……冷血な笑顔を浮かべた。

 上等だ、向こうがその気なら、相応の〝地獄〟を見せてやるまでだ。

 

 来るなら来い―――完膚無きにまで、叩きのめしてやる。

 

つづく。




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