境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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第十四話 – 凪の日

 耳に、小さくて聞き逃してしまいそうな音が入る。覚えがある音だった。もうすぐ電車が到着するのを知らせるアナウンス音だ。

 だんだんと意識が戻っているのか、聞こえる音は大きくなる。電車の停車音が後押しになって、閉じていた瞼が開かれた。

 最初に映ったのは、澤海―――

 

「はぁはっは、スベテノクロマクハワタシダッタノダァ~~~」

 

 ―――いきなり……抑揚が平坦にも程がある棒読みな口撃(こうげき)に、僕は椅子から転げ落ちそうになった。

 

「んなご都合主義が許されてたまるか! せめて騙そうとするくらいの熱演を見せたらどうなんだよ!」

「お、よかったよかった、いつものアキだ」

 

 からかいの悦に満ちた彼のニヤケ顔見た僕はしまったと思い知る。澤海はわざわざ僕をツッコませる為に、わざと下手くそな演技を披露したのだ。

 またしてやられたと思う一方、いつもの感じで接してくれる彼のお陰で少し気持ちが穏やかになる。

 

「ここは……」

 

 現在僕たちは、僕と栗山さんの住まいの最寄駅のホーム内にあるガラス張りでできた休憩室にて、中の椅子に丁度向かい合う形で座っていた。

 

「泉さんは?」

「とっくに帰ったさ」

 

 意識を失う前に泉さんから受けた仕打ちを説明すると、僕は幻覚を見せられたのだ。

〝白昼夢〟―――前に博臣が話していた檻を極めた者が使えるようになる能力の一つで、現実とほとんど変わらない仮想空間を生み出してしまう。

 そこでは創造主たる術者が思いのままに〝夢〟を見せることができる。当然……相手が恐れ、望まぬ光景を嫌でも見せることだって………だからこの白昼夢は、一種の拷問器具とも言えた。

 

「殺意抱いただろ?」

「うん……ほんとマジで抱かされましたよ、泉さんほんと人の心抉る天才だわ」

 

 今まで何度も異界士や妖夢に命を狙われ、その境遇に何度も嘆いてはいても、彼らに殺意まで抱かなかった僕でさえ、少なからず〝殺意〟というものが沸き上がってしまうまでに、泉さんお手製の仮想(せかい)は、生々しくて悪趣味に満ちていた。

 澤海が割って入ってくれなければ、もっと長い時間かの悪夢を何度も魅せられ続けていたに違いない。

 なんで澤海が僕らを見かけたのかと言えば、半分偶然で、僕と同じく気晴らしで長月市の中心市街に来て散策していた彼は、普段街中では絶対に感じない〝不快感を催す異界士の気配〟を察知し、それを辿ってみたら僕に〝白昼夢〟見せる泉さんの図に出くわしたというわけだ。

 

「名瀬泉は言葉で人を殺せる魔女だからな」

 

 そのまま唾を吐き捨てそうな、心底忌々しげな調子で澤海は呟いた。

 僕や美月らといった信頼に値する者なら人間だろうと何だろうと問わない一方で、彼は基本〝人間〟という集団、種族に対してはほとんど信用しておらず、名家の出という人種は特に大嫌い。それ以上に泉さんを毛嫌っている。

 理由は色々あれど、しいて一つ上げるなら、目的の為なら〝肉親〟でも切り捨てられる泉さんの心の内にある冷酷な本性だろう。

 同族またはそれに値する存在に対しては情が篤く、そして深い〝ゴジラ〟とは、絶対に相容れない一線だ。

 

「それを言ったら、ゴジラなお前なんて歩く大災害じゃないか」

 

 現在は人の姿でいることが多く、ゴジラになってもせいぜい肉食恐竜ほどの大きさにしかならない澤海だけれど、その気になれば前世と同じ巨躯にまで巨大化できる。そうなった彼は、ただ歩くだけで文明の生産物を洗いざらい破壊してしまうことだろう。

 僕からのちょっと意地悪な一言に澤海は〝当然〟だと言わんばかりに無糖ブラックのコーヒーを飲んだ後。

 

「んでこっからは真面目な話なんだけど―――」

 

 怪獣王は本日二度目のボケをかます、また椅子から転がりそうになった。

 

「わざわざ宣言することか!?」

 

 ぐしゃり、と金属が潰れる音。

 

「何がだ♪」

「いえ、すみませんでした!」

 

 言い返した僕だったが、彼のリアクションを前に、即……謝罪の一礼。

 どうしてかと言うと、彼がやたらにこやかな笑顔を見せつつ、コーヒーの空き缶を糸も簡単に握りつぶしたからだ。しかもかの笑みから発せられるプレッシャーも半端なく………彼の背後から〝笑いながら背びれ発光させて熱線撃つ気満々なゴジラ〟が見え、僕の防衛本能が直ぐ様反応したからだった。

 体から発する〝気〟だけで相手を屈服させる………さすが怪獣の王と言うべきか。

 

「どうぞお話し下さいませ」

 

 そうかしこまると、怖いくらいに眩しい笑みを見せていた澤海の顔が急激に真剣味を帯び、釣られて僕も緊張感で気が引き締まる。

 

「悪いことは言わねえ、これ以上〝異界士〟としての〝栗山未来〟に深入りするな」

 

 僕から見たら、淡々と……突き放す声色な一言だった。

 

「どうして……」

 

 彼がこんなことを言うわけはほとんど察していたけど、それでも発言の意図を僕は尋ねる。

 

「忘れたわけじゃねえだろ? 名瀬との〝契約〟を」

 

〝契約〟………その単語は、改めて僕にある事実を突きつける。

 僕がひとえに学校生活を送れているのは、ある契約の下、名瀬家からの保護を受けているからに他ならない。

 簡単に纏めるならば―――

 

「〝名瀬は神原秋人に手を出さない〟、〝その代わり神原秋人は誰にも加担しない〟」

「うん……忘れてはいないよ」

 

 ―――この二つを澤海が提示する。つまり鉄火場に突っ込むなどと言った問題行動を起こさなければ、人並みの生活と言う名の自由を与えてやると言ったものだった。

 

「テリトリーを犯した真城優斗に手は出さないと名瀬が決めた以上、ミライ君の問題に首突っ込むってことは、その契約に違反することになる」

 

 そう、認めるしかない。異界士としての栗山さんが抱える問題に加担すれば……二重の意味で名瀬家に唾を吐いたも同然となってしまうのだと。

 

「廃人を何人も出してやがる名瀬泉が釘刺してきたんだ、次は本気でお前を〝凍結界〟に放り込むかもしれねえぞ」

 

〝凍結界〟……それは武道の流派で言うところの奥義に相当する檻の極致。対象を生きたまま……意識だけ残されたまま、周りの時間はおろか、肉体の時間すら凍結された異空間に閉じ込めてしまう術。

 術者が自分から解くか、または術者が死ぬまで、生きることも死ぬこともできぬまま、たとえ発狂しても精神崩壊しても尚続く地獄。

 

「名瀬の屋敷ん中に、妖夢の絵みたいなもんが飾ってあっただろ?」

「あ、そう言えば……」

 

 あの時は緊張感であっさりスルーしたけど、屋敷の中に、水棲生物系の妖夢らしきものが描かれた一際大きな絵が、額縁に飾られていたのを思い出す。

 そしてハッとする………彼がわざわざそのことを切り出したと言うことは―――

 

「あれはな、凍結界に閉じ込められた、まだ〝息がある妖夢〟だ」

 

 戦慄を覚えて閉口した、これにはお人よしなのには自覚のある僕でも、反吐が出そうになった。

 生きた妖夢を結界製のキャンバスに〝閉じ込めて〟屋敷内で額縁に飾る、あれはいくらなんでも……度を越して悪趣味だ。

 

「ミライ君だって、自分(てめえ)の立場危うくしてまで助けてほしいとは思ってない、それどころか………お前と関わりを持っちまったことで、自分を攻め続けるかもしれねえぞ、伊波唯を殺してしまった時みたいにな、お前だって……あの子をそんな目に遭わしたくないだろ?」

 

 澤海の発せられる言葉の数々には、刺々しさと容赦のなかがあった。でも一方で、それらは僕を少なからず思っているからこそ、紡がれる言葉でもあった。

 栗山さんを助けたい僕の気持ちに理解する一方で、その為に自身の〝今〟を壊してしまったら元も子もない、そうなってしまったら……栗山さんをもっと苦しめることになってしまう―――と、彼は言いたいのだ。

 一見突き放した澤海の言葉の内には、そんな意味が込められていた。

 ああ………これはどうしようもなく、澤海の方が正しい。

 僕は、どう足掻いても部外者、その上動けば動くほど足場が崩れ、自分で自分を追い詰めてしまう身の上だ。

 己が立場を認識した上で、あの眼鏡の女の子のことを思うなら………確かに身を引いた方が良い。

 それを勧めてくる目の前の友は、信頼できるに値すると見なした者には義理を尽くす男だ。

 

〝栗山さんを助けてほしい、死なせないでほしい〟

 

 そう僕が願い出れば、彼は迷わずに了承してくれる。むしろ僕から頼まれずとも………人間を震撼させてきたその〝怪獣王の力〟を、一人の女の子を助ける為に使うだろう。

 澤海は最初からそのつもりで、僕に〝身を引け〟と言っているのだ。

 正直……羨ましい。自らの内にありし強大な力を完全に制し、自分の意思で御すことのでき、〝怪獣の王〟、〝破壊神〟として堂々と鎮座している彼が………同じ〝不死身〟でも……僕は彼の様に自らの〝存在と生き方〟を確立できていない、人間と妖夢の境界線をひたすら漂流することしかできない〝半妖夢〟な半端者だ。

 

 

「じゃあ……僕が栗山さんを助けてくれって言ったら、助けてくれるか?」

「ああ」

 

 彼は凛然と、速答して肯定した。

 

「ありがとう」

 

 僕は彼の篤い義理とご厚意を、ありがたく噛みしめた上で。

 

「でもごめん、僕は栗山さんを戦場に行かせたまま………のこのこ日常を、送りたくないんだ」

 

 ちっぽけななけなしの意地を、通した。

 今〝栗山未来〟から離れてしまったら、僕は絶対後悔する。

 そうなったら、澤海に美月たちとの関係も、崩れてしまうだろう。

 僕はそのどちらも、嫌だった。

 

「…………」

 

 自分からの〝表明〟に対し、澤海はしばし黙然とこちらを見つめていた。

 彼の目は僕の体を凝視しているようで、実はそうじゃない。その瞳は、僕の心の内を見据えているようであった。

 やがて澤海は、そっと溜息を吐いた。その顔は、呆れているのか、それとも笑っているのか……僕には判別できなかった。

 

「なら、二つ言っとくことがある、俺は面倒見る気はさらさらないからな」

「何が?」

「〝遺品〟になったお前の持ってる〝眼鏡〟だよ、それと――」

 

 彼の背後の車線に列車が来るアナウンスが鳴ったと同時に、立ち上がると。

 

「善意や献身ってのもな、使いどころを間違えたら〝猛毒〟になっちまうもんだ………絶対毒にすんじゃねえぞ、お前自身の良心(おひとよし)を」

 

 澤海はそう忠告して、休憩室を出ていくと、持ってた空き缶を結構距離のあるダストシュートへと見事投げ入れ、そのまま丁度いいタイミングで空いた列車のドアを潜って乗車していった。

 

 

 

 

 

 新堂写真館と市立高校の最寄駅も通る車線の列車に乗った俺は、一つ向こうの扉から乗車し、すぐに座席の両端の柱に背を預けて腕を組む少女を見つけ、そこに行き、向かいの柱を背もたれにした。

 暗緑色なデニムジャケットを代表に、地味系の服装にベレー帽とサングラスの組み合わせな黒髪三つ編みの、ぱっと見た限りでは地味系な女子。

 

「そのサングラスはどうかと思うぞ」

「仕方ないじゃない、あの変態(メガネスト)相手じゃ、眼鏡だと簡単に見破れちゃうでしょ?」

 

 聞き慣れた甲高い声で、少女はサングラスを外す。

 その正体は美月だった。廃人製造機な名瀬泉がうっかりやり過ぎない様にと、お目付で変装していたのである。

 あの後二人で秋人運びつつ電車に乗り、一旦秋人の最寄駅で降りて、彼が目覚めるまで美月の檻が張った休憩室で待っていたわけ。

 ちなみに俺と秋人以外誰も入れない仕様は秋人が目覚めてから、それまではせいぜい市民が俺達を認識しない程度だ。

 

「まあ、確かにな、お前の眼鏡姿いつも妄想してるに違いねえし」

「健全なのか嫌らしいのかよく分からない妄想ね」

 

 言わせてもらえば、今の美月の格好にボストンタイプのサングラスは、ちと無理やりな組み合わせなのは否めない。

 ただ、眼鏡では秋人が簡単に看破してしまうだろう。美少女なのは認めた上で―――〝眼鏡を掛けてくれたらな……〟―――なんて願望があるあいつのことだ、眼鏡美少女になったこいつの姿をいつも想像しているだろう。

 それに秋人はサングラスに対しては手厳しく、前に部活中そのことで話題になったら、『眼鏡とサングラスは似て非なるモノだ、一緒にするんじゃない!』と一時間は熱い、でも聞いている側からは退屈な講義がぶっ通しで行われたくらいだ。

 

「秋人はどうだって?」

「全部聞いてただろ?」

 

 やたら用途が幅広い結界術な〝檻〟、たとえ形成場所からかなりの距離があっても結界内の会話を術者は聞きとることだってできる。

 俺がわざわざ報告せずとも、美月は休憩室での一部始終をとっくに把握していた。

 

「そうね……へっぽこ変態半妖夢のくせに、なんて頑固なのかしら」

 

 表面的にはボロッかすに秋人をけなす美月、当然ながら、これはサディストの仮面を被った彼女なりに、あいつを想ってのことだ。

 そうだな……一見人畜無害な野郎で荒事に向かなそうなようで、一度固めた決心は絶対に揺るがないのが秋人(あいつ)だった。

 さっきの身を引けって言葉は、俺の本心からの言葉だ。

 でもそれで素直に聞いてくれるとは端から考えてなかった………たとえ非力でも、部外者でも、それでも栗山未来を支え、関わり抜くと表明することは、最初から分かっていた。

 なのにわざわざ聞いたのは、その意志の度合いを確認したかったからと、大人しく引っ込まないなら引っ込まないで、未来の為に無茶をやらかすのをできるだけ予めに抑制させるのが目的だからだ。

 

「私からも一言いいかしら?」

「ああ」

 

 まず前置きを発し、少し間が空いたのを経て美月は、いつもは斜に構える目を真っ直ぐこちらに見据えて――

 

「必ず休み明けの文芸部に連れてきなさい、秋人と栗山さんを」

 

 ―――と、述べたてた。

 

「それは部長命令か?」

「半分はね……もう半分は私個人のお願いよ、異界士(わたしたち)のいざこざの為に、二人を死なせないで」

 

 そう願い立てるこの少女は、気丈に振る舞ってはいた。

 けれどその声には、名瀬家の者であるが故に、どうにかしたくてもどうすることもできない自分への無力感で、僅かに震えていた。

 

「言われるまでもねえさ」

 

 正直、今回の件で名瀬や真城がどうなろうとどうでもいいし、知ったことではない。

 だが……人の悪意が生み出した業が、人の世からつまみ出されても、それでも人として生きたい者たちを襲うと言うのなら、惜しまずにこの力を使わせてもらおう。

 俺は破壊神――ゴジラ、たとえあいつらを脅かす相手が、実体のない巨大な〝業〟だろうと、そんなもの、全力でぶっ壊すまでだ。

 

 

 

 

 

 

 

 四月最後の日、凪は始まりを告げた。

 同日、僕は栗山さんと一緒に、真城優斗が彼女に討伐依頼をした際に指定した場所へと向かっていた。

 最初の移動手段は電車。線路が一つしかなく、情緒的とも言えるけど、寂れている以外にこれと言った特徴のない無人駅を降り、直後丁度いいタイミングで、一時間に一本しかないバスが来てそれに乗り、目的地の最寄な地点で降りた。

 そうして、指定場所の神社の入り口に着く。

 その先は林道となる鳥居には、先に来ていた澤海が柱に背をもたせかける黒デニムにジーパンの風体な澤海が待っていた。

 

「行くぞ」

 

 僕たちが到着したのを見止めた彼は、ただ一言そう発して、ジーパンのポケットに両手を入れた立ち姿で先に鳥居の奥へと進みだし、僕たちも彼に着いて行く形で歩き出す。

 周りは群れてそびえ立つ木々と、そこから生える枝や葉のせいで見通しは最悪、昼だと言うのにかなり薄暗い。それなりに見栄えのある森だけど、襲撃を受ける恐れもあって、光景を堪能できそうになかった。

 幸いなのは先頭に澤海がいることだ。彼とて凪の影響を受けている筈なのに、助太刀の役を買って出てくれたその背中は、とてつもなく頼もしい。

 

「無理はしないで下さい、先輩の再生能力が落ちているのは確かなんですから」

「いや、そこは澤海もそうじゃないのか?」

「はい、ゴジラの細胞がどれほど凪の効力を打ち消すのか存じませんが、それでも能力減退は避けられないことは黒宮先輩も重々承知している筈です、むしろ一番危なっかしいのは神原先輩ですよ」

「分かってるよ……僕だって死にたがりじゃないんだ」

 

 眼鏡の似合う妹系異界士な後輩にここまで注意されるなんて、僕は相当〝無茶やらかす〟印象を持たれてしまったらしいと苦笑した。

 そりゃ、確かに不死身体質に甘んじて、時に無茶をしてしまう時もあるけど、今日から暫くはそうはいかないことへの自覚はある。

 妖夢の力を弱める〝凪〟。

 一応再生能力こそ残ってはいるけど、〝不死身〟と言えない。打ちどころが悪ければ………確実に〝死〟が待っている。

 現在の僕は、ただの高校生に少し毛が生えた頼りない身だ。普段から不死身な体質を持て余す、頼り難い半妖夢ではあるんだけど。

 栗山さんには弱体化していることは教えてあるけど、不死身じゃないことまでは伝えていなかった。澤海もあれ程反対したのだ。彼女がそれを知れば、僕の同行を絶対に拒否してしまう。

 我がままを押し通した以上、せめて自分の命の面倒は自分で見なければならない。

 薄暗い林道をもうしばし歩いていると、結構段差の数が多い石段に差し掛かった。

 それを全て登り切ると、本殿らしき建物が目に入る。もう何十年も前に廃棄されたらしく、社はボロボロで、今すぐにでも崩れてしまいそうだった。

 

「いるな、奴はもうここに来てる」

 

 澤海の鋭敏な感覚が〝彼〟の存在を捉えたらしい。彼は三原山からその〝分身〟のいる芦ノ湖へ正確に辿り着けるほど第六感の持ち主なので、〝彼〟ここにいることはほぼ確実だった。

 説明しておくと、澤海――ゴジラは未来人の策略の誤算で誕生した固体だが、時間改変を受けた自分とほぼ同じ出来事を体験、つまりバラと人間とG細胞で生まれた〝分身〟とも戦っているのだ。

 

「あそこだ」

 

 本殿の近くの木の背後から、人影が現れ、それを目視した僕は人差し指で指し示した。

 真っ黒なローブを纏った長身痩躯の少年。彼は被っていたフードを脱いだ。

 

「優斗……」

 

 栗山さんがその名を呼ぶ。彼こそあの〝真城優斗〟その人であった。

 真城優斗は黙したまま栗山さんを見つめる。聡明さのある瞳は、周囲の木陰よりも暗い影が、底の見えない深さのある哀しみと一緒に差し込んでいた。

 咄嗟に僕は彼女の前に出て庇い立てる。けれど栗山さんは真城優斗への視線を維持したまま、浮浪者の如き足取りで彼の下へと歩いていった。

 彼女の歩速に合わせて、僕も澤海も真城優斗も歩み寄って行く。

 

「そちらの方々は?」

 

 やがて歩を止めたと共に、真城優斗は口を開いた。

 

「黒宮澤海、この金髪は神原秋人、この子の先輩な文芸部員だ」

 

 まともに答えられる状態じゃない栗山さんに代わり、澤海が僕の分も込みで自己紹介した。

 

「そうでしたか、俺は真城優斗、彼女………栗山未来の幼なじみです」

 

 流麗かつ端正な所作で、真城優斗が一礼する。彼の応対にどう対応すればいいか分からなくなって面喰らい……静寂が、しばし朽ち果てた神社の敷地内を支配する。

 その静けさを破ったのは、栗山さんだった。

 真城優斗と再会したことにより、伊波唯を殺めてしまってから現在までの二年間、ずっと押し込めてきた罪悪感と贖罪の気持ちが一気に溢れ出て、とうとうこられ切れなくなった彼女はその場で崩れ落ち。

 

「ごめん……なさい」

 

 いわゆる四つん這いの格好で、幼なじみに謝罪の言葉を放った。

 僕からは、土下座の体勢よりも………それ以上に痛ましく悲愴に映って、見ていられなくなる。

 このまま栗山さんにこの体勢を続けさせたら、彼女の心が完全に壊れそうな気がして、僕は少々強引に彼女の体を立たせた。

 そんな罪の激流に苛まれる少女に対し。

 

「よかった……全てを打ち明けなくて」

 

 幼なじみは、哀しくも慈愛に満ちた微笑みを形作って、そう言い放つ。

 

「え?」

 

 僕も栗山さんも、最初理解が追いつかなくて、真城優斗の微笑をただ眺めることしかできない。

 そして、ようやく思考がある程度落ち着いたことで………真城優斗が発した言葉は、澤海の推理が他ならぬ〝当たっていた〟ことを示していたと思い知らされる。

 

「やはりか……」

 

 物悲しくも、乾きのある澤海の声が響く。

 

「伊波唯は………〝謀殺〟されたんだな、あんたと血を分けた真城(どうぞく)たちに」

 

 澤海はその推理の一端を口にし。

 

「はい、その通りです」

 

 真城優斗は、それを肯定した。

 

 

つづく。




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