境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

17 / 47
第十三話 - 少女の懺悔

 写真館内の四畳半な和室では、雨の中訪問してきた秋人と未来に、店主の彩華と、そして俺が卓袱台を囲む形で座っている。マナは幼さゆえの眠気により俺の部屋で昼寝中だ。

 せめてもの差し入れとして、秋人が道中専門店で買ってきたアイスクリームのセットから、彩華はストロベリー、未来は抹茶、秋人はチョコ、俺は黒ゴマ味を食しつつ、合間に俺が淹れた緑茶で一服。マナの分のアイスはちゃんと冷蔵庫に保管してある。

 深刻な話題を交わそうとしているのにアイスを食うってのは考えものかもしれないが、だからこそ空気が余り湿り過ぎないように秋人はそれを選んだのだろう。意外に茶の苦味はアイスの甘味をほどよく流してくれたりと、相性が良かった。

 

「改めて聞くけど、あんたと真城優斗、そして伊波唯は子どもん頃からの付き合いだったんだな?」

「はい」

 

 まずは真城家が今日の名瀬との会合で下手人に上げた〝真城優斗〟と、あの傀儡の〝顔の主〟である〝伊波唯〟の二人との関係についての話題から入った。

 未来が物心を芽生えさせる前には、外道(どうぎょうしゃ)たちの〝魔女狩り〟で彼女の両親も含めて殺され、天涯孤独となってしまった。

 そんな幼く見寄りのない彼女を引き取ったのは、その伊波家であった。

 少なからず善意によるものもある一方で、〝呪われた一族〟の子を手元に置くことで一族の懐の深さをアピールする打算的な思惑も、決して小さくはなかっただろう。

 しかし、少なくとも現当主の娘である〝伊波唯〟だけは、妹も同然に彼女と接していたであろう。

 

「この指輪も、唯さんがプレゼントしてくれたものなんです」

 

 包帯が巻かれた右手の小指に嵌められたシンプルな指輪、それは未来の異能を抑制させる効能を持っているだけでなく、師でもあり、血の異能ゆえ当初は屋敷と言う籠の鳥だった彼女に外の世界に誘ってくれた人からの贈り物でもあった。

 そして最初は同じ師――を持つ者同士として、〝真城優斗〟と出会った。

 沈痛な面持ちで〝友達〟のことを話す彼女の姿は、三人一緒にいた日々がささやかながらも幸福であったと証明していた……決して安息ばかりとは言えなかったとしてもだ。

 あの子の剣筋で良く分かった。尖り過ぎた異能の呪いで、幼い頃から〝生きる権利〟を得るべく妖夢との戦いに身を置き、世界に〝自らの有用性〟を示し続けなければならなかったことを。先進国たるこの日本(くに)にいながら、途上国の〝少年兵〟の如き境遇に置かれていたことを。

 それでも、縁を深めた〝他者〟と安らげる〝居場所〟は、確かに栗山未来にもあった。

 ずっとその日々が続いてほしいと願い、それは妖夢との命がけの戦いに対し確かな力の源となり、〝呪われた血〟と揶揄された自身の力でも、誰かを守れるのだ、救えるのだとという自信にもなっただろう。

 それが無慈悲に壊されたのは………二年前、未来と伊波唯も加わっていた〝虚ろな影〟の討伐任務。

 

「同行していた異界士は私を除いて全滅しました………唯さんも、虚ろな影に憑依されて」

 

 殺したのだ……その異能で、虚ろな影に取りつかれた〝伊波唯〟を。

 妖夢の中には、人間の肉体を乗っ取る能力を持つ個体もいる。たとえ異界士でも、自身の肉体に憑依した妖夢を自力で跳ね除けるのは困難であり、それが虚ろな影ほどの上級ならば、その支配から逃れるのは絶望的だった。

 放っておけば、伊波唯という人間の肉体を得た〝虚ろな影〟が、殺戮を繰り広げていたのは想像するに難くない。

 彼女の人としての尊厳を汚さぬ為には、一思いに引導を渡すしかなかった……のは事実だけど、簡単に割り切れるものでもないのもまた事実。

 

「その時唯さんは……〝私ごと切って〟、〝異界士としての役目を全うして〟と………」

 

 現に未来の歳相応より幼く小柄な体は震え、特に膝の上に置かれた二つの握り拳は、怯えの域にまでいっていた。血の刃で〝伊波唯〟を殺した感触が蘇っているのだと、傍目からでもよく伝わってくる。

 

「栗山さん……辛いなら無理に」

「いえ、大丈夫です」

 

 その姿に良心が響いた秋人は未来を案じるが、彼女は〝懺悔〟を続ける。

 

「昔から優斗は、少し盲目的なくらい唯さんを敬愛していました、だから憎悪の矛先は虚ろな影だけでなく、実際この手で殺した私にも向けられたとしても………おかしくありません」

「栗山さん、その真城優斗は、あなたに一言でも恨みの言葉を漏らしたん?」

 

 今まで聞き手に徹していた彩華が質問を投げ掛けてくる。

 

「いえ、真城の渉外役が話してた通り、あれ以来優斗は狂ったように虚ろな影の生態の研究に没頭して、会う機会が減ってしまったものですから」

「だが今年になって奴はいきなり連絡を寄越してきた、長月(ここ)に来る虚ろな影を撃ってほしいって依頼を引っ提げて」

「はい、黒宮先輩のおっしゃる通りです、討伐の依頼をしてきたのは、優斗でした」

 

 やっぱりか、先日の襲撃前のやり取りを反芻しつつ、今日の会合の場での反応を見て、薄々そうではないかと勘繰っていた。

 ただし、襲撃の日にあの傀儡と大剣で首謀者〝優斗〟であると見抜いておきながら、何も話さなかったのは、クライアントでもあった奴を庇ったからではない。

 

「それで栗山さんは………虚ろな影にわざと憑依されて、真城優斗に殺される………つもりだったんだね? 彼が栗山さんへの恨みを晴らそうしてると、思ったから」

 

 未来はこっくりと頷いた。

 実体を持たない虚ろな影を確実に倒す方法、それは―――わざと人間に取りつかせ、そいつごと殺すこと……当然、故意にそれを実行するのは異界士の世界の倫理としても、人間そのものの道徳等にしても最低最悪な手段だ。もし妖夢を狩る為に〝人間の命を捨て石にした〟のが明るみに出れば、確実に実行犯は異界士を廃業させられる。

 伊波唯を〝殺してしまった〟その日から、ずっとこの子は罪悪感に苦しんでいた。一日、また一日を積み重ねる度、なぜ自分だけが生き残ったのかと悔やみ、自問自答し続け、時にこうも思ってしまった筈だ―――〝依り代となって殺されるべきは、自分の方だ〟と。

 そして真城優斗から討伐の依頼を受けた未来は、それが自身への復讐だと結論付けてしまい、自らその〝捨て石〟となるべくこの地に来た………だから頑なにその目的を話そうとしなかった。もし他の誰かに知られれば、その者から〝贖罪〟を妨害される可能性もあったから。

 あえて妖夢に憑依され、殺される―――二年前の伊波唯と同じ運命を辿ることで、真城優斗の内にあるであろう〝怨念〟を晴らす、それが彼女が選ぼうとしていた贖罪。

 なんて、無茶苦茶な償い方なんだ。未来当人の罪悪感を断じるようで忍びないが、たとえ本当に真城優斗が本当に彼女に対し憎しみを抱いていたとしても。たった一度の〝死〟程度で、恨みというものは消えない………それはかつての〝自分(ゴジラ)〟が証明している。

 秋人も内心こう思っているだろう、〝それでは誰も救われない〟と。

 

「そやけど、どうも澤海君は違うと考えているようやね」

「え?」

 

 この女狐め、ちゃっかり俺が未来とは違う結論に行き着いたことを先んじて明かしやがった。まあ、どの道言う気ではあったし、筋道を設けてくれたのはありがたくもある。

 

「澤海……本当なのか?」

「本当だ、はっきり言って、真城優斗がミライ君にも恨みを抱いてるなんてのは大外れだってのが俺の考えだ」

 

 未来と秋人は声にも出せぬくらい驚愕し、頭の中に大量の疑問符を浮かばせていた。

 

「とりあえず、半信半疑でも良いから俺の推理を聞いてくれ、意外とバカにもできねえんだぜ、〝部外者〟の意見ってのもな」

 

 立ち位置で言えば俺は、ちょっと巻き込まれた程度の部外者の身だ。けれど当事者がなまじ関わりと思い入れの強さのせいで見逃してしまう情報も、部外者はちゃっかり拾い上げてしまうことがある。

 

「まず真城優斗の目的が〝復讐〟なのは間違いない、ただその対象にミライ君は入ってないんだ、何せ奴が仇打ちしようしてる相手は―――」

 

 

 

 

 

 

 名瀬家と真城家との交渉の会合から、一週間後の休日。

 僕はその日、特に買いたいメガネや本があるわけでもなく、長月市の中心市街に来ていた。

 昨夜久々に見た〝悪夢〟の気晴らしというやつである。僕のまだ時の浅い人生が一変してしまった〝過去〟の再生である。

 

 

 

 

 

 小学生の低学年で、まだ普通の人間として暮らしていた頃……友達とボール遊びをしていた時、道路にボールが出てしまって、それを取りに行こうとした一人が車に引かれそうになった。

 僕は咄嗟に彼を突き飛ばして庇い、代わりに引かれた。人間としては確実に助からない怪我……けれど僕の再生能力は、たちまちその重傷すらあっとう間に完治してしまった。幼いながら、自分の体はとても治りが早いと自覚していたから、躊躇いも無く友達を助けられたのである。

 

〝な……なんなのそれ?〟

 

 傷の癒えた僕は、友達の無事を確認しようとして、自分を見て怯える彼らの姿に呆然とするしかなかった。

 

〝神原君……なんで……車にひかれたのに……〟

 

 この日僕は思い知った………〝不死身〟な僕は、人間の世界では異端だと言うことに。

 

 

 

 

 

 こんな記憶を追体験させられたものだから、選考の為に借りてきた文集たちを読み進める気にもなれず、どうにか暗澹とした気分を紛らわそうと街に出てきてはみたけど………失敗だった。

 周りは誰も彼も、家族連れだったり、友達と一緒だったりと複数……反対に僕は今一人、そのギャップが却って〝孤独〟な空虚さを増してしまった。

 ほんと、上手くいかない時はとことん裏目に裏目へと出てしまう、こんなことなら、なんだかんだ付き合ってくれる澤海を誘った方が賢明だったかもしれない。

 結局まともに気晴らしとならず、帰ろうと駅の中電車を待ち、その間の暇つぶしに辺りを見ていると………思わぬ人物を発見してしまった。

 白いワンピース姿がやたらと似合っている名瀬泉さんに……しかもイヤホンを付け、音楽プレーヤーを再生して何やら聞いている。

 その様を前に唖然としていると、不意に泉さんがこちらに目を向けてきた。

 たった今僕の存在に気づいた素ぶりだけど、檻の索敵能力を踏まえれば………僕が気がつくまでわざと待っていたとしか思えない。

 

「奇遇ですね……泉さん」

「買い物の帰りかしら?」

「はい、良いメガネがないかなと見に来たんですけど、今日は不作でして」

 

 知らん顔できるわけもなく、僕は正直に彼女の質問に答えた。

 

「そう、ところで今、お時間とれるかしら?」

 

 

 

 

 

 断る理由はなかったので、僕は泉さんに先導される形で、駅の改札の向こうで営業しているコーヒーショップに入った。

 

「ペンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップからのアイスコーヒーを―――あ、やっぱりホイップは乗せて頂けないかしら」

 

 レジに着いて早々、泉さんは自分のコーヒーを注文するのに、長ったらしい語句を滑らかに並べ立てた。しかも訂正のおまけ付き。

 

「泉さん………次からはそんな紛らわしい注文はやめた方が良いですよ」

 

 よりにもよって応対した女性店員はまだ研修期間中の新人であり、いきなり高難度な注文を前に右往左往するしかなく、先輩の助力を借りてどうにか会計を済ますことができた。

 内心店員さんに『ドンマイ』とエールを送り、無難にアイスコーヒー、シロップとミルク一つずつ付きを頼み、窓際の二人掛けの席に向かい合わせで座った。

 マイペースさを全く崩さない美人のお姉さんは、品の良さは維持したまま艶めかしくコーヒーの上に乗ったホイップを舌でかすめ取る。わざとなのではとも勘繰ったけど、僕にわざわざ色っぽさを見せる理由などないことと、美月も食事の時は気品とあだっぽさが同居した仕草で食すので、名瀬家の女性は自然と魅惑的な所作をしてしまう気質を持っているのだろう。

 相手は眼鏡と掛けていないとはいえ、さすがに眼前の女性の色気を目の当たりにするのは気まずく。

 

「用件は、警告ですか?」

 

 思いきって踏み込んでみた。泉さんがこれらか提示しようとしている事柄を。

 

「心当たりがおありなのかしら?」

「はい……」

 

 異界士の美女は、聖女の如き笑みを浮かべる。

 

「自覚を持っていらっしゃるようで何よりです、ないよりは良いことですからね、でも―――」

 

〝でも〟の一節から、彼女の声音が一変した。その声から温かみというものが、一切消え失せる。

 

「私は博臣や美月のように甘くはありません、邪魔だと判断すれば、躊躇わずにあなたを排除します、回りくどい方法を取るより、もっと直接的な手段で〝警告〟をしておくべきでしたね」

 

 どうやら、泉さんの目にはギリシャ神話のメデューサの如き見る者を硬直させる〝魔眼〟を有していたらしい。

 全身が完全に石化して身動きが取れなくなっていた。首はおろか瞼さえ微動だにできず、彼女の寒気を齎す美しくも冷徹な瞳を合わせることしかできない。

 

「あなたを〝殺す〟ことができないのなら、あなたの〝精神(こころ)〟を殺し尽くしてあげましょう」

 

 その目を僕は知っている―――異界士が妖夢と相対した時、彼らに向ける冷酷な眼差しそのものだった。

 次の瞬間、僕の〝意識〟は現実から引き剥がされた。

 

 

 

 

 

 

「悪趣味な悪夢(げんかく)もほどほどにしておけ、名瀬泉」

 

 秋人と向かい合う形で腰かけていた名瀬泉を冷たく見下ろす。

 

「あら奇遇ね、黒宮澤海君」

 

 対してこの女は、さっきまで秋人に見せていた冷徹なものから、温和で社交的なものに直ぐ様物腰を変質させ、俺に見上げてきた。

 

「〝奇遇〟ね……最初からこのメガネストに釘刺すつもりで接触してきたくせに」

「ふふ、さすがの目ざとさをお持ちだこと」

「お前のお世辞は正直吐き気がするからやめろ」

 

 この長月市は、ありとあらゆる場所に名瀬家の檻(あみ)が張られており、異界士と妖夢の動きはおおよそ読みとれてしまう。だから一人で外出した秋人を好機と見て、気配を悟られない檻で身を隠してずっと級友を監視していたのは明白だ。

 そしてメガネストの級友はと言えば、テーブルに突っ伏していた。気を失ってからまだ数秒……だがこいつの脳内では、名瀬泉が作り上げた生き地獄の幻覚を長いこと見せつけられていたことだろう。

 

 たとえば秋人の身近な人間たちの惨殺死体の図を。

 

 たとえば多数の人間から次々と罵倒される図を。

 

 たとえば、目の前で栗山未来が自ら命を絶った図を。

 

 たとえば………実母の神原弥生から自らの存在を否定される図を。

 

 実を言えばこれでも可愛い方だ。

 もし本当に〝邪魔者〟だと見なせば、この女は慈悲もなく秋人を〝凍結界〟に閉じ込めてしまうに違いない。

 

「私の目的が分かっていたのなら、なぜみすみず〝許した〟のかしら?」

「ちょっとした気の迷いだ、お前からの忠告の方が効果あるなんて少しでも考えてしまった自分に腹が立つ」

 

 秋人の〝お人よし〟を嫌ってなどいない。だからこそ、こいつは自分から藪の中に突っ込んでしまう悪癖には複雑な気持ちになる。

 理由は何となく察しがつく。

 人間でも妖夢でもない秋人は、両者の領域に入ることもできず、その境界線上で彷徨っている………半妖夢であるがゆえに何者にもなれず、自分が自分たるアイデンティティが不安定なこいつは、時に〝誰か〟に必要とされることを指針にしてしまう。

 そいつはある意味自分も同じだ。人間の器に放り込まれた〝ゴジラ〟という歪な身の上の俺が異界士をやれているのは、常に周囲に〝多大な犠牲を出して殺すよりも上手いこと利用して生かした方がいい〟と有用性を示しているからである。

 だから秋人の気持ちも分からなくもない一方で、今回ばかりは身を引いた方がいいとも思っていた。

 名瀬家の保護下にあるこいつが、親元も同然な家と不可侵条約を結んだ一族が絡む事件に首を突っ込んだらどうなるか………栗山未来に〝関わる〟とは、そういうことだ。

 実母からも〝深入り〟するなと便りが来た以上、大人しく学校生活を送っておいた方がいい………ただ、そうなったらきっと、秋人は後悔で〝日常〟を謳歌できなくなってしまうだろう…………俺もそんなのは、御免だ。

 

「ならあなたにも、一つ忠告しておくわ」

 

 名瀬泉は立ち上がり、擦れ違い様に―――

 

「彼もあなたも、〝人の皮〟を被っているだけの〝化け物〟でしかないのよ」

 

―――優雅にそう冷たく吐き捨て。

 

「それは〝人間様全員〟に言えることだ」

 

 と、直ぐに一言返した。檻の効果で、周りの客は俺達に全く気を止めてなどいない。

 名瀬泉は動揺どころか、僅かに動じる気配を見せることなく、外見に劣らない美麗な佇まいで店から出ていった。

 ほんと……女狐よりも悪辣な悪魔だ、あの女は………そいつに向けて俺が口にした言葉の意味を説明すると―――「人間の本質は〝混沌と無秩序〟であり、彼らは知性と引き換えに〝情〟という制御困難な怪物を秘めたケダモノでしかない」って意味だ。

 そこに例外など存在しない、俺も秋人も然り、地球上にいるどの人種も、誰も彼もが当てはまる真理、自然界と言う名の秩序から独立を図ろうとした人類が抱えてしまった代償ってやつである。

 誰もその真理が敷いた境界線を超えることはできない。

 とまあ、哲学もどきはこの辺にしとくとして。

 

「さて、こいつをどうすっかな」

 

 残された俺に待っている問題は、テーブルを枕に眠らされた秋人だった。

 さすがに奴の悪趣味な悪夢は見せられてはいない筈だが、当分起きそうにない。この手の店は長時間いるのを煙たがられるので、退散した方がよさそうだった。

 でもその前に、一応店の中に入ってしまった身なので、コーヒーの一杯だけでも注文しておこう。

 

「プレミアムコーヒーを、ブラックのホットで」

 

 一杯千円はするこの店で一番高値なコーヒーを頼んだ。やはりコーヒーはストレートに限る。

 シンプルな注文だったので、さっき長ったらしい呪文をくらった新人さんはどこかほっとした様子で応対するのであった。

 

つづく。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。