境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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第十二話 ‐ 真城一族

 四月の二十二日、日曜。

 

「澤海、これ」

「ありがとマナ、夕方までには帰ってくるから、アヤカの店番(てつだい)頼むな」

「うん♪ 行ってらっしゃい」

 

 マナから70cmと大き目な黒傘と見送りの挨拶を受け取った俺は、新堂写真館の鈴付きの扉を開けて外に出た。

 今日の天気は雨模様、灰色の空からは本降りと小雨の中間くらいな量と密度の雨玉たちが降り注いでいる。天気予報によると暫く雨の日が続くそうだ。

 

「よお、お二人さん」

「おはようございます、黒宮先輩」

 

 行き先は名瀬家の屋敷、踏切から秋人と未来の二人と鉢合わせになり、三人横並びで坂道を上がっていく。

 秋人は曇天よりは明るい灰色のパーカーと淡いジーパンのシンプルな組み合わせで、未来は白色のブラウスにチェック柄のスカートの組み合わせで、制服を着ている時とあまり変わらなかった。遠間からかシルエットでは絶対見分けがつきそうにない。

 

「やけにどんよりとしてるなアキ」

「だってもう十分くらい雨の中歩かなきゃならないだぞ、陰鬱とした気分にもなる」

 

 こういう雨の日に外へ出なきゃならないのは普通誰でも憂欝だ。

 そういう俺は結構雨が好きだったりする。これぐらいの雨量が奏でる雨音なら、機嫌が良くなるくらいだ。海中暮らしが長かったお陰で濡れることへの耐性が付いている。さすがに服やら私物やらの濡れては面倒なものがあるので、傘と言った雨具は欠かせないのだが。

 

「だからミライ君のメガネ姿をじっくり舐めてたのか」

「はい、駅に向かう時からすみずみまで舐められました、不愉快です」

「こらこら! 確かに今日もメガネが似合う栗山さんと雨の組み合わせも最高、でももうちょっとおしゃれしてほしいなと思って見てはいたけど、〝舐める〟なんて表現まで至ってないって!」

「そういう邪な要求を惜しげもなく言われても説得力がありません、いやらしいです」

「メガネスト対策として、いっそコンタクトに変えたらどうだ?」

「それは名案です黒宮先輩、前から一度やってみようかなと考えてましたし」

「ダメだ栗山さん! それだけは、それだけはご勘弁をぉぉぉぉぉーーー!!!」

 

 まるで目の前で世界遺産がなす術もなく破壊される様を目の当たりにしたかの如き悲鳴を上げる秋人だった。

 その間に目線で未来に〝付き合ってくれてありがと〟と伝え、彼女は言葉の代わりに笑顔でそれに応じた。

 メガネストの変態性癖そのものはしょうがなくとも、それをやたら表に出してこの純心な女の子に苦痛を与えるなど、絶対あってはならない。

 

「これで雨からのストレスは緩和できただろ?」

「違うストレスに置き換わっただけじゃないか! これなら雨の憂欝の方がまだマシだよ……」

 

 嘆くならもう少し慎ましさを覚えろっての……お互いの同意を得るまではそういった嗜好は秘めておくべき、それが〝紳士〟ってものだろう。

 そんなこんなで、舗装されて緩やかだけど長い坂道を登っていく内に目的地に着いた。

 

「これが名瀬家のお屋敷なんですね?」

「ああ」

「いつ見ても頑丈そうだよな」

 

 日本の屋敷と言うより家屋と言うと、解放感をイメージする者は結構いるだろう。そのイメージに間違いはない、けど名瀬家の屋敷に限って言えば違う。

 そこは一種の要塞と言えた。外壁は分厚く高くそり立ち、奥に佇む建物も歴史を感じさせる癖に堅固に作られた感じがある。

 秋人が〝頑丈そう〟と表するのも納得だ。

 俺もそういう印象はある。だがそれ以上に、俺はこの屋敷から名瀬の〝檻(いのう)〟と凝り固まった〝保守性〟を感じさせられた。

 防水機能付きのスマホを取り出して時刻を確認、『9:59』と表示されたデジタル数字は、約5秒ほど経って『10:00』へと変わる。

 10時きっかりになったと同時に、色合いは地味なのに華美な装飾が施された重々しい正門が開いた。

 秋人も未来も、表情が神妙なものとなる。

 扉の境界の先には、執事服を着た初老の年代な名瀬の使用人が立っていた。

 

「ようこそお出で下さいました、ご案内致します」

 

 笑みこそ浮かばず、けれど丁寧な物腰で俺達を屋敷内へと招く。偉そうな名家は気に食わない俺だが、彼のようにそこに仕える者たちまでは嫌いじゃなかった。

 

 

 

 

 

 真摯な姿勢で応対する執事姿の男に自然と背筋が伸びた僕は、澤海と栗山さんと共に敷石が敷き詰められた地面を進み、これはまた頑丈そうな玄関から屋敷内に入った。

 そこから使用人の先導で数分掛けて廊下を歩き続けていると、応接室らしき広間に着いた。

 

「お連れ致しました」

 

 使用人の男性が出ていく、備えつけられたソファーには三人の人物が鎮座していた。

 一人はいつもの軽薄さは鳴りを潜めて〝異界士〟の顔となっている博臣、僕らにその美貌を存分に生かした爽やかな笑みを見せてきたけど、軽くスルーした。

 二人目の170前後あるすらりとした長身と、座っていてもプロのモデル顔負けなスタイルの良さが分かる美月たちと同じ色合いで、宝石の如く光を反射させる美しい黒髪の美女は――名瀬泉、名瀬兄妹の姉で、最も名瀬家の次期当主の座に近いらしい異界士だ。

 美月はここにはいなかった。伝令役を請け負ったと言うのに、今回も蚊帳の外に追いやられたらしい。

 

「ようこそ、ご足労をお掛けしましたね、どうぞ空いている席にお座り下さい」

 

 泉さんは温和な微笑みで出迎え、僕らにソファーを座るよう催促する。

 僕と緊張で固くなっている栗山さんは一礼し、澤海は仏頂面寄りの能面で挨拶もせずソファーに腰掛け、ぶてぶてしく腕を組んだ。

 

「この度は危険な事態に巻き込んでしまい、申し訳ありません」

「ご心配には及びません、何せ〝不死身〟ですから」

 

 オブラートした皮肉と嫌味も込めて僕は応じた。

 僕とて泉さんの人の良さそうな態度が〝作りもの〟であり、笑みの奥には〝冷徹〟さを秘めていることぐらいは分かる。澤海が平日の朝以上に無愛想なのも、彼女の本性を嗅ぎ取っているからだ。

 彼は動物的感性も持っているだけに、たとえ〝嫌い〟だと感じた人間が相手でも〝一緒にいても問題ない〟と思った人間には何だかんだ付き合う、幸い文芸部に属する部員たちは全員〝気に入った奴〟に該当している。

 対して泉さんの場合、〝嫌い〟かつ〝一緒にいたくもない〟人物であると彼からは見なされていた。

 おまけにちょくちょく澤海は、時に深夜の睡眠中だったり、時に部活動真っただ中に彼女から妖夢討伐依頼の催促もとい脅迫のメールを貰い、渋々仕事に駆り出されるのが多いのもあって完全に毛嫌いしている。彼が躊躇いなく熱線を放射しかねないくらいの相手からの依頼も断らないのは、ビジネスライクによる割り切りと、自身もプロである自覚があるからだ。慈善事業や娯楽性で成り立つほど、異界士稼業も甘くない。

 窓の外の雨模様を黙々と眺める澤海と、緊張の糸が張りつめた栗山さんを横目に、僕は三人目に目をやる。二十代後半くらいで、存在感が薄目な背広姿の男性で、一応異界士の筈なのだけれど、どう見ても街中で見かけるサラリーマンにしか見えない。応接室(ここ)にいる他の異界士たちが揃いも揃って美形ばかりなのがそれに拍車を掛けていた。

 

「それでは真城さん、説明に入る前にお手数ですが、まずは自己紹介を」

「はい」

 

〝真城〟と呼ばれた背広の男性が、よそよそしく余裕が無さそうに応じた。

 

「私は思念操作の術者、いわゆる妖夢使いの一族である真城家の渉外担当をさせて頂いております、本日こちらに足を運んだ理由は他でもありません、先日名瀬博臣さん並びに美月さんが襲撃を受けた一件についてお話があるからです」

 

 妖夢使いの一族だって? まさかあの襲撃者の身内らしい人物を屋敷に招いたのか!?

 顔に出すまいと努力してはいたが、それでも驚愕せずに済むのは無理な話だった。

 事情が読め切れていない僕は、澤海からの視線を感じて目を向けると、彼は瞳で〝今は黙って聞け〟と言ってきた。確かにその通りではあるので、気持ちを落ち着かせ、渉外役の男の話に耳を傾ける。

 

「まず皆様にご理解して頂きたいのは、今回の事件が一族総意によるものではないということです」

「と、言いますと?」

「全ては、一人の裏切り者によって引き起こされた悲劇なのです」

 

 入った時から緊迫感に満ちていた部屋に不穏さが立ちこめる。

 

「その裏切り者とは?」

「………」

 

 真城氏はしばし固く口を閉ざした。

 どうもこの人の態度が好きになれない。こちらに良くない印象を与えまいと気を遣い過ぎて、妙に芝居がかった感じがするのだ。そのせいで何だか演劇を舞台上の間近から鑑賞しているなんて錯覚に陥りそうになる。

 

「真城……優斗」

 

 ようやく真城氏が裏切り者らしい襲撃者の名を口にする。

 その名に覚えがあるようで、博臣と泉さんの顔に厳しさが増し、栗山さんがぐっと息を呑んだ。澤海はと言えば腕を組んだまま目を瞑って、興味あるのかないのか分からない態度でいる。多分、僕以上に真城氏の胡散臭さを嗅ぎ取っているからかもしれない。

 当然僕には初めて聞く名、それも真城氏が説明する筈なので聞き手に徹する。

 

「確か幹部候補の異界士だと聞き及んでいましたが、なぜ一族から造反を?」

「こちらもまだ動機を掴めてはいないのです」

 

 そこからの真城氏の説明を纏めると―――どうも真城優斗は氏曰く〝ある時期〟から〝虚ろな影〟の討伐することに固執するようになり、何度も幹部に提案したが却下されたらしい。

 さらに現在、真城家は次の代表を誰にするかを巡って一族内で内輪もめが起きており、これを機会に〝真城家〟という名の組織を崩壊させてやろうと画策しているかもしれないとの推測を打ち明けた。

 

「提案を却下された程度で造反するとは、随分と短絡的な幹部候補生ですね」

 

 泉さんのこの言葉には皮肉がたっぷり混入されており、言外に『真城家のお里が知れる』なんて意味合いを含んでいた。

 この人とてそれが理由とは端から思ってなさそうだと分かった。僕だって『それはない、絶対他の理由があるだろ』と言い切れるからだ。

 

「無理を押し通そうとする真城優斗と幹部との間に軋轢が生じたのは確かです、立場を悪くした若者が暴走を起こすはそう珍しいことではありません」

「事情は大体理解しました、この際虚ろな影討伐を進言した動機は後廻しにするとして、彼の足取りについて、どこまで掴んでおられるのですか?」

 

 真城氏によれば、今のところ戦闘使役用の妖夢三体を連れて逃亡、途中でその数を増やし、人間の亡骸を操る傀儡法に関してはその能力を有した妖夢を使ったらしい。

 これには泉さんも博臣も内心頭を抱えているだろう。真城家は犯人の行方どころか、使役する妖夢の数も種類も全く把握できていないのだ。

 なぜ真城優斗が博臣たちを襲撃したそもそもの件については。

 

「俺と美月を襲った理由は、檻の使い手を欲したからもしれないな」

 

 博臣がわざとそれらしい理由を述べ。

 

「今のところ、その可能性が一番高いかと」

 

 と、真城氏は応じた。

 でもこの仮説には矛盾がある。檻を中和できる術がとうにあるのなら、わざわざ檻の使い手を欲する必要はないからだ。

 ああも簡単に中和されたせいで、僕は一時、博臣たちは相手を泳がす為に逃がしたのでは? と疑ってしまったが、襲撃の第一波を受けた時の澤海がそれを否定する。彼は博臣から生け捕りを依頼されなければ、間違いなく人狼を殺す気でいた。

 最初から逃亡を許す魂胆なら、澤海にも予め打ち合わせをしなければならなかった筈、なので僕の疑惑は否定される。

 博臣たちは結局、あの襲撃の際に起きた不可解な現象については一切明かさなかった。今後の〝外交〟に於ける切り札として伏せておく気と思われる。

 

「内紛で組織内の力が弱まっている現在の状況で、名瀬家を敵に回してしまえば裏切り者を捕えることすらままなりません、どうか今しばらくの猶予を頂き、真城優斗の処分をこちらに委ねては頂けないでしょうか?」

 

 つまり今回の件は裏切り者個人が引き起こした犯行で、一族そのものには名瀬に喧嘩を売る気など毛頭ない、こちらでどうにか犯人は捕まえるから、どうか大目に見てほしいと真城家は主張しているのだ。

 もうこれじゃ交渉とは言えず、懇願と呼んだ方が良い。それだけ名瀬と真城の間には覆せない力関係が存在しているのだと分かった。

 

「まあいいでしょう、今回の一件は黙認することに致します、しかしそちらの管理能力の不手際で名瀬家に被害を被ったことはお忘れなく」

「はい、ありがとうございます」

 

 意外にあっさりと和睦が成立した。けどこれで真城家は名瀬家に大きな貸しを作ってしまったことになり、頭が上がらなくなることだろう。

 そう言えば、以前澤海と歴史関連の勉学をし、休憩中にテレビで外交絡みのニュースが流れた時に、彼はこう言っていた。

 

〝外交ってのは結局、いかに相手を手玉に取り、自分たちにとって有利な立場を勝ち取ろうする騙し合いだ、友好なんてのは幻想なのさ〟

 

 名瀬家と真城家のこのやり取りを見てると、澤海の発言は正論だと言う他なかった。

 

「あの、すみません」

 

 少しずつ張りつめた大気が緩んでいくのを感じていると、栗山さんが何やら切り出してきた。

 

「なんでしょう?」

 

 表面上は聖人の如きにこやかで、泉さんは応じた。

 

「なぜ私もこの場に呼ばれたのでしょうか?」

「あなたにも謝罪と説明責任を果たす為です」

 

 微笑みを維持した泉さんの言葉に隠された意味をどうにか読みとった僕は――

 

「つまり、手の内を明かすので部外者風情が勝手な行動をしないように、と言うことですか? 泉さん」

「ええ、神原君の表現には少々辛辣さも混じっておられますが、大方そう認識してもらって結構です」

 

 酷薄で皮肉めいた調子で〝隠れた意味〟を訳し、対して泉さんは少しも動揺することなく返してきた。

 やはりこの人の底知れなさと喰えなさは空恐ろしい………意外にあっさり和睦を踏み切ったのも何か裏があるのでは? と勘繰ってしまう。

 後に僕のこの時の直感は、ある意味で正しかったと思い知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 応接室から出た僕らは、客室へ向かおうとする。博臣によれば昼食を用意しているそうだ。

 しかしその中で、澤海だけが反対方向に行こうとしている。

 

「澤海? どこ行くんだ?」

「ミツキのとこ、部屋でしょんぼりしてるみてえだからな」

 

 と、そそくさと行ってしまった。

 

「元気づけてほしいと頼むつもりだったが、先読みされたか」

「じゃあ……ってことは」

「たっくんの見立ては正解だ、あいつは朝から引きこもっているよ」

「それは、重症だよな……」

 

 けど転んでもただでは起きない美月のことだ……このシスコン兄貴を困らせる為に落ちこむ演技をしている可能性も否めなかった。

 

 

 

 

 

 二階に上がり、突きあたりを曲がった先の廊下の最も奥まで進んだ俺は、ひらがなで『みつき』と書かれた楕円状のプレートが掲げられた部屋の前に着く。

 

「入っていいか?」

 

 ノックして部屋の主に入室許可を貰おうとする。

 

「鍵なら開いているわ」

 

 ほんの少しの沈黙の後、いつもより元気がなさそうな美月の声が聞こえ、扉を開けて美月の自室に入った。

 いかにも女の子らしい色合いの部屋は想像以上に整頓されている。部室の備品の片づけ方が大雑把なこともあって、意外だと思うしかない。

 ホテル並に柔らかそうなベッドの上では、枕を抱いて不貞寝する美月のピンクなパジャマ姿があった。

 金曜の夜、俺の腕を枕に美月が見ていた夢に関しては、屋敷までおぶっていく最中に起きた彼女に、『うなされたたが、嫌な夢でも見てたか?』とぼやかして聞いてみたが、本人は『覚えてない』としか言わなかった……けどその一言が口から出るまで、ほんの数瞬の間があった。

 全部が全部記憶にないわけなじゃないと分かった俺は、それ以上は踏み込まなかった。こういうのは引き際と相手に考える猶予を与えるのが肝心だ。

 

「兄貴の差し金かしら?」

「いや、しいて言うなら、シスコンへの意地悪と、存分に笑える場が欲しかっただけだ」

 

 起き上がった美月は怪訝そうな顔付きになる。

 

「意地悪の件は何となく察したわ、でも笑える場ってどういうことよ?」

「ずっと我慢してたんだ、悪いが部屋と自分(てめえ)の耳に檻を貼ってくれ」

 

 俺の発言にまだ疑問符が顔から出ている美月は、渋々部屋全体と自身の耳の穴に防音の結界を形成した。

 よし、これで外に騒音被害を齎すことはない、心おきなく〝鳴ける〟。

 

「はははぁ……ははぁぁ……」

 

 自制の枷と解いた瞬間、体の中に封じていた衝動で腹を抱え、それが一気に喉まで達し。

 

「ふっはははははぁっ―――!あ――はぁははははははは!!」

 

 我ながら、あくどく下卑に満ち、狂いに狂った嘲笑を、遠慮も欠片も無い大音量で迸らせた。

 そうだな……例えるなら白い永遠の悪魔な仮面戦士に変身するリビングデッドの傭兵が見せた嗤いに匹敵することだろう。

 または、コウモリのイカレコスプレヒーローが出るくらい治安が最悪な犯罪都市の道化師か。

 途中からはもう人間の嗤い声じゃなくなっていた。〝ゴジラそのものな唸り声〟で、俺は天に向かって嘲笑の咆哮を上げていたのだ。

 

「何が〝若者の暴走〟だぁ? 〝裏切り者の起こした悲劇〟だぁ? とんだ茶番だな、それで醜悪な内ゲバまでやらかしてんだから、ほんと可笑しくて狂いそうだぁ………はははははははぁっーーあぁーーはははははははははーーーー!」

 

 まあ何にせよ俺は、真城の奴らの弁明(いいわけ)に対し、嗤わずにはいられなかった。〝全ては一人の若者の暴走〟などとほざき始めた時点で大笑いしたくなる衝動を抑えていたものだ。

 惜しげもなく笑いこけた為か、思った以上に衝動は鳴りを潜めて落ち着きが台頭してくる。タフさに自信がある自分でも嗤い過ぎによる疲れで息は荒々しく、一時立てなくなって尻が床に着いてしまった。

 

「そろそろ説明してくれるかしら? ゴジラが笑ってるかと思うと凄く不気味で身震させられたよ、きっちり責任は果たしてよね」

 

 俺が笑いあげた最初こそ戦慄したものの、直ぐにいつもの高圧的な物腰で嘲笑いを黙認していた美月が説明を要求してくる。

 

「責任とやらは果たすさ、そもそも最初からお前に話す気にいたからな、事件の真相ってやつを……まだはっきりとした証拠はないけどな」

「でもその真城の説明で、大方の糸が繋がったのでしょう?」

「ああ……見事に繋がっちまった」

 

 自分の中ではあまりに鮮やかにくっきりと繋がってしまったので、最近は人間の業を怒るどころか笑えるようになった俺にとって、とんだ笑いの種な交渉の場だったのだ。

 

「本筋に入る前に、まずはあの傀儡(しかばね)のことを説明しなきゃな」

 

 ここ数日の学業と部活動の合間を縫っての調査で集めた情報と、今日の交渉で真城がほざいた言い訳の内容を、美月に話し始める。

 

「例の仏さんの名は伊波唯、あの伊波の一族の子さ」

 

 伊波唯、享年18歳。

 異界士の異能のエネルギーたる霊力を武器として固体化させる術を有す、名瀬に並んで大物な名家の一角で、伊波唯も霊力製の大剣で妖夢を葬る技量を有する優れた異界士だったが……二年前の大型妖夢討伐任務の際、殉職した。

 

「生前のそいつはミライ君と真城優斗の師であり、同時に三人は幼なじみな間柄だったらしい」

「そう……やっぱり栗山さんと関係があったのね」

「お前も感づいてたのか?」

「薄々よ………あの傀儡、妙に栗山さんにばかり関心を送っている感じがしたから」

 

 ただ伊波唯は未来と真城優斗より五歳年上かつ、二人の師だったので、どちらかと言えば双子の兄妹と歳の離れた姉って表現の方が似合うかもしれない。

 日常の裏で常に命を失うかもしれない過酷な異界士の世界の中で、三人の関係はさぞ安らぎを齎してくれただろう……そしてその日々が続くことを願い……互いの縁を〝守り抜く〟意志に変えて妖夢たちとの戦いの日々を送っていたことだろう。

 しかし運命の歯車ってやつはとんだ気まぐれな外道で、ある程度幸せを感じている者たちを引き裂こうとする性質の悪い顔を持っている。

 そんな運命(げどう)によって、二年前……三人の幸福は呆気なく壊された。

 その運命ってのは、悪意を持った生ける者たちが引き起こしたものでもあるがな。

 

「その伊波唯が最後に相手をした妖夢って……まさか」

「〝虚ろな影〟だ」

「…………」

 

 俺からの話を一通り聞き、自分が投げた質問の返しを受けた美月はしばらく手を下あごに添えて思案し、やがて納得した様子で皮肉の色が混じった笑みを浮かばせる。

 

「なるほど………もし私が立てた推理と澤海の推理が同じで、実際の真相と合っていたのだとしたら………ゴジラも大笑いするとんだ皮肉よね」

 

 彼女の意地悪でサドさがよく現れた笑みを見た俺は、こちらもと皮肉な笑みを返す。わざわざ口頭で説明し合うまでもなかった。

 お互いの笑顔を見ただけで、各々が組み立てた推理は相手と同じものだと明確に理解できたからだ。

 

「仲間外れにされたことへの傷心には良い薬になったわ」

「傷心ね………兄貴を困らせたいから引きこもりを演じてたんじゃねえのか?」

「あら? どうして見破られたのかしら?」

 

 ほらやっぱり、わざとらしい演技からも明らかだった。

 転んでもたたでは絶対起きない、それが名瀬美月と言う少女であり、俺は決してそんな彼女の気質を嫌うどころかとても気に入っている。そうでなければ健全に罵り合いなどできるわけない。

 

「ところで、いくらかしら?」

 

 指を銭のマークする美月に。

 

「お前個人にはタダだ、だが名瀬家としてなら、安くねえぞ」

 

 俺は金銭の要求を意味する指を同方向に伸ばした手を差し出した。

 まあ名瀬ほどの家なら、俺が得た情報などとっくに持っているから、情報の売り買いなど無いだろう。

 それに正直なところ、仮に名瀬から大金を提示されても、売る気などびた一文分の気もない。

 美月に明かしたのは、俺なりの人情に、使いっぱ知りにした次女を仲間外れにした上にちゃっかり今回の件で〝美味い思い〟をした幹部どもへのちょっとした嫌がらせでもあった。

 

 

 

 

 

「たっくん、美月の様子は?」

 

 美月の部屋から出て直ぐに、博臣が廊下の先からやってきた。

 あ、そう言えば部屋を出る際『もし兄貴に会ったら部屋に入れて頂戴』と頼まれたんだっけ? やっときますか。

 

「もう大丈夫だ、今なら最高の〝お兄ちゃん〟が聞けるかもし―――」

 

 言い終える前に博臣はささっと美月の部屋に直行した、本当現金な奴だ。

 そして扉が閉じてから一秒の経たぬ内に――

 

「auouwahoho!!gyau!!gyaaaaa―――――!!!」

 

 ――扉の奥から博臣らしき悲鳴が轟いた。

 らしきと付け加えたのは、某仲良く喧嘩する猫とネズミの猫の方の悲鳴っぽい悲鳴だったからだ。

 

 

「You`ll never learn. Preak brother!」

 

 俺は英語で『懲りないな、この変態兄貴!』と吐き出し、そのまま悲鳴塗れの廊下を後にした。

 

 

 

 

 

 あの後俺は直ぐに新堂写真館に帰った。

 午後になってからも雨は降り続く、こういう時は自室で開けた窓から雨音を聞くのが一番だが、店番の仕事もあるし、先に帰った秋人と未来のこともあった。

 あいつらの様子にでも行くかと思ってみたけど、考えてみればその必要はなかった。こちらが出向かなくとも、向こうから来る筈だからだ。

 今日の交渉で、未来に掛かった疑惑は強くなり、その上真城との不可侵条約締結で名瀬家が彼女を守ってくれそうにない状況下、秋人が未来のことで頼ってくるとするなら、写真館(ここ)だ。

 今日中には来ると見て、一階の喫茶フロアにて一応店番している俺とマナ、壁に掛けられた薄型テレビにて、専門チャンネルで放送されている映画を見ていた。

 今は奇遇にも、二代目出演作であり、シリーズ屈指のカルト作で、マナのお気に入りの一つである『ゴジラ対ヘドラ』だった。

 ゴーゴー喫茶で嫌でも印象に残る挿入歌が流れる場面になり、マナは劇中の人物たちと一緒にノリノリでサビの一節を連呼していた。

 ちなみに俺もこのブラックユーモアあふれるアバンギャルドな一作はお気に入りである。ただゴジラ当人としては、あの熱線を推進ジェットにした飛行シーンは何とも言えない気持ちになる………プロデューサーが入院している間にこっそり撮影するに値する場面だったのだろうか? まあやったのが二代目で良かった、俺と言うかVSのがやってたら下手なホラーよりホラーだ。

 

「澤海」

 

 と、ゴジラとヘドラの死闘に釘付けとなっていたマナが何かを感じた。

 

「結界に反応があったか?」

「うん、多分秋人と未来」

 

 直後、鈴付きのドアが開き、秋人と未来の二人が訪問してきた。

 目は口にほど物を言うなんて言葉が日本(このくに)にはある。

 確かに、秋人の目を見た俺の目は、ここに来る前に交わされた二人の会話の一節を鮮明に浮かばせた。

 

〝私は、人殺しです〟

 

 きっと未来は秋人にこう懺悔したことだろう。

 二年前、伊波唯も参じたあの虚ろな影討伐任務に加わった構成員の中には、弟子であり姉妹も同然だった未来もいた。

 そして………伊波唯に直接手を下した者は〝虚ろな影〟ではなかった。

 そう―――栗山未来その人だったのだ。

 これだけでも何て因果だと思うだろう。

 しかし……それ以上の因果と皮肉が、今回の事件の裏に潜んでいた。

 

 

つづく。


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