境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~   作:フォレス・ノースウッド

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第十一話 - 血の呪縛

 異界士と妖夢の戦いは、周囲に多大が影響を与える。

 特に猛者な異界士と上級の妖夢ともなれば、局地的に怪獣が引き起こした災害に等しい規模の被害を齎し、その上超大型妖夢ともなれば、完全に怪獣が暴れまわるのと大差がない。

 その為異界士の世界では、一般人に悟られる前に妖夢との戦闘で戦場となった地から痕跡を消し、綺麗に元通りにする事後処理を担う職種が存在し、それを生業とする者は〝掃除屋〟と呼ばれている。

 妖夢使いの襲撃で、結界内の学校の一画は妖夢の死体で溢れており、そのまま解除するわけにもいかず、結界の維持は博臣から他の名瀬の異界士らに譲渡し、一族専属の掃除屋たちに後始末を任せることになった。

 俺も含めた文芸部員の一部は、戦闘で制服が破れるやら血まみれ(特に未来などホラー映画のレベルで返り血を全身に浴びさせられた)やらでとても外には出歩けないので、結界と同時に校舎裏から校内を出ると、直ぐ様名瀬が手配した車に乗せられ、同様に一族が所有し、異界士の緊急避難用な学校から程近くのマンションに連れて行かれ、そこで体を洗いつつ代えの制服を貰った。

 今日はどの道、部活動など行えるわけもなくそこで解散になり、俺は博臣から話があると、そのまま名瀬家の屋敷に連行、俺からすれば連行同然………もとい招待された。

 飯がまだだったので、食事を作ってくれるという名瀬家の計らいを受けたが……丁重に却下した。

 美月や博臣の二人には気に入っているけど、名瀬家そのもの……というより〝名家〟な輩ってのは正直信用してないし、この手の家に貸しを作ると碌なことがないと思っている。名瀬兄妹はともかく、ああいう連中は下手に信じない方が良い。

 なので俺は、屋敷内の厨房は借りつつ自分で夕飯を作り。

 

「春に鍋焼きうどんとは………微妙に季節錯誤ではないのか?」

「別にいいだろ、俺の好みとお前の〝体質〟に合致してんだからさ」

「別に嫌とは言ってないさ、たっくんのご厚意には感謝してるよ、年中冷え性な身にはありがたい」

 

 学友の博臣の部屋にてちゃっかり彼に夕食を振る舞い、テーブル上の携帯ガスコンロで保温させている鶏肉やら野菜やらも豆腐やらきのこやらうどんやら具材がたんまり入った鍋から小皿に適量を移して、鍋焼きうどんを食している。こういう具だくさんな料理は、雑食性かつ比較的大食いの方な俺には絶好の品だ。

 本当は美月にも振る舞ってやりたかったが、本人が『食欲ない』と帰宅して直ぐ部屋に籠もってしまい、仕方なく兄にだけご馳走している。

 できれば美月にも食べさせてやりたかった………足手まとい扱いされた彼女への施しでもあり、名瀬家のお偉いどもへの嫌味も兼ねていると言うのに、後で具も混ぜた雑炊だけでも持ってくか。

 うどんの麺を品良く食べる今の博臣には、さすがにマフラーは巻かれていない。なぜ博臣がいつも首にマフラーを巻きつけているかと言えば、彼の異能の代償で年中冷え性に苛まれる体質を持っているから、たとえサウナ並に蒸し暑い真夏日でも、冷える体で外では手放せないのだ。その為家の中を除けば、マフラー姿はキノコヘアと並んで博臣のトレードマークとなっている。

 

「鍋の熱さも捨てがたいが、やはり心地良い温かさではアッキーの脇が一番だな」

「そういう気持ち悪い発言は心の中に留めてほしいものですね、変態兄貴が………飯がくそ不味くなる」

 

 ここにはいない美月に代わり、〝ヘドロの海に浮かぶヘドラ〟を見下ろしたような彼女の目と発言をできるだけ再現した冷たい返しを博臣に投げた。

 シスコンな博臣には、もう一つ残念な一面がある。俺には理解し難いが、本人によれば秋人の両脇は暖を取るのに適した温かさらしく、事あるごとに彼の背後を捉えては脇に異能の冷え症で冷たい手を突っ込む奇行を繰り返していた。

 その瞬間を目にした気味悪さと言ったら筆舌に尽くし難い………恵まれた美貌が却って不快感を煽りに煽ってくる。

 前に秋人とその手の話になった時、『俺はアッキーの脇の清潔さと温もりだけは認めてるんだぞ』と本人から言われたのを聞いた………俺が秋人の立場だったら悪寒が走って『そんなもん認められても嬉しくない!』と突っ返すだろう、現に秋人も同じ反応をし、同様の返答を博臣に突っ込んだという。

 

「そろそろ本題に入ってもいいかな?」

「構わねえぜ」

 

 しばらくは鍋の具を味わっていた中、日常(いつもの)から〝異界士〟の顔になった博臣が、俺を屋敷に招いた理由を切り出した。

 言うまでもなく、話題は放課後の部活動中に起きた襲撃事件である。

 

「正直、夕方の件は今でも困惑してる……不可解なことが多過ぎたからね」

「だろうな……」

 

 怪訝な苦々しい笑みを博臣は浮かべた。

 俺もあれから色々考えてみたが、どうにもしっくり来ない。

 

「情報の整理も兼ねて、たっくんの意見を聞かせてくれないか?」

「あんま参考にならねえよ」

「それでも何かしら収穫はある筈だ」

 

 この日夕方の流れを一から説明し直すと。

 まず長月市には、超大型妖夢虚ろな影と、全ての妖夢を弱体化させる現象――凪がほぼ同時に押し寄せている。

 その状勢の中、この街の大地主な名瀬家を失墜させようとする輩がいる。

 どの業界でも、名を上げた奴ほど同業者から疎まれる側面があり、異界士の世界でもそれは同じ、俺からすれば、縄張り争いはどうにか理解できても、そんな足の引っ張り合いな内ゲバに何の意味があるのやらでしかない。

 ともかく、自分らに喧嘩売ろうとする奴らの存在を察した名瀬家は、待ち伏せ作戦を博臣に命じ、彼が学校の結界の効力を弱めて網を張っていると………部活中に襲撃を受けたわけだ。

 

「檻の使い手が欲しかった………にしても納得いかねえし」

 

 その連中の目的たる仮説の一つは、〝檻〟を使える名瀬の異界士が欲しかった。様々な用途に使える〝檻〟は、単純な盾としても頑丈である。力づくで壊すのは困難だ。

 例えるなら〝檻〟は強力なセキュリティプログラムで、そのプロテクトを解けるのは同じ名瀬の異界士だけ。

 だから〝檻〟の対抗戦力として、名瀬兄妹を狙おうとした。

 そうしてどちらか、あるいは両方を殺して捕えたら、〝傀儡法〟を使って手駒にする気だった。

 傀儡法とは、人間の死体を操作する術でそいつが有していた異能も行使できてしまう………特に性悪な妖夢どもが好む手。本来妖夢にしか扱えない能力なのだが、〝妖夢使い〟ならその術を使える妖夢を乗っ取れば異界士でも使える。糸で操る人形で作業するに等しいから、かなり面倒だけど。

 

「檻を中和できる以上、わざわざ俺達を狙う必要はないしな……」

 

 だがこの説は切り捨てざるを得ない。

 箸を止めて、俺はポケットからスマホを取り出し操作する。

 

「ニノさんが写真を撮ってくれたんだが」

「片腕が使えない状況でか? よくやるなあの人も」

 

 顧問から送られてきたメールに添付されていた写真を博臣に見せる。

 写っているのは、例の結界内で現れた穴だ。

 この穴は檻によってできた空間の風穴………これは向こうには既に〝檻の使い手〟がいる可能性を示している。穴以外にも博臣に悟られずに結界内に妖夢を転送する離れ業も行われた。

 つまり、名瀬の人間の一人が殺され傀儡にされているか………もしくは一族を裏切って協力しているのかもしれないのだ。

 とすれば………敢えて〝裏切り者〟の存在を明かし、一族の者同士を疑心暗鬼にさせ、内部抗争による自滅を誘発させる、なんてもう一つの仮説ができる。

 自分からすると悪辣塗れだが、こちらの説そのものの信憑性はある。

 

「この美人の傀儡が、黒外套の正体?」

「ああ」

 

 博臣が目にする写真は、あの黒外套の女性の屍だ。

 実は二つ目の仮説にもおかしな点がある――――〝手掛かり〟を残し過ぎている点だ。

 檻を中和して裏切り者の存在を名瀬にアピールしたければ、最初に襲ってきた人狼だけでどうにかなる。俺とニノさんによって戦闘不能にされる前に逃がしておけば事足りたのだ。

 なのに敵は妖夢の自害強要に、結界内に複数妖夢を転移、さらに傀儡の異界士までも送りこんできた。

 その傀儡の顔でも見られれば正体を掴まれる危険性が高まるのに、おまけに置いていかれたあの大剣………持った時の感触から、あれは霊力を実体化させた代物だと分かった。それをわざわざ傀儡に召喚させた……正体を明かして下さいと言わんばかりに。

 顔を見られたのにも拘わらず、傀儡は連れ戻して剣を放置した点も不自然だ。

 手掛かりを隠すどころか、逆に見せつけ、故意に残してもいやがる………一体敵は、何をしたかったんだ?

 しいて、あの場にいた誰かにあの傀儡と大剣を見せたとしたら――

 

「未来ちゃんだね、アッキーには悪いけど」

「ヒロもそう思うか?」

「あの傀儡の操り主、明らかに彼女を意識していたからな」

 

 俺達は実のとこ、今回の件で栗山未来に疑惑を抱かされてしまっている。

 あの子が良い奴なのは疑い様がないけど、徹底して長月市に来た目的を自分からは明かしてはくれず……〝虚ろな影〟のことさえ博臣に明かされたから渋々応えた様なものだ。

 その上にあの妖夢らによる襲撃と首謀者の不可解な行動の数々、秋人には申し訳ないけど、謎だらけな未来の現状と今日の一件に、異界士としての仕事柄上………彼女に疑いの目を向けざるを得ない、白か黒か、どっちにしてもはっきりできる証拠がまだないのだ。

 襲撃者と共謀の線は行き過ぎだとしても、何らかの関係があることは捨てきれなかった。

 まあいずれにしても、手がかりが結構残されている。それを生かさない手は無い。

 名瀬は下手人の割り出しで躍起になるだろうし、俺も俺で独自の情報網で調査を進めるつもりだ。

 

「俺も正直、未来ちゃんに疑いの目など持ちたくない………自分の異能で散々酷い目に遭ってきたと………思い知ったからね」

「マジでビビったか?」

「マジさ……彼女の力を目にした時、嫌でも浮かんできたよ…………〝呪われた血の一族〟って言葉が」

 

〝呪われた血の一族〟

 未来の〝血を操る〟異能を持った者たちを差す言葉、当然良い意味で付けられてはいない………同業者たちの恐怖と侮蔑が沁み込まれた蔑称だ。

 理由はその〝血〟に宿る恐るべき力が原因だった。

 例の異能者たちの血は、単に様々な形状へ変えられ、自由自在に操れるだけじゃない、猛毒を含んでいる。

 量にもよるが、一度他の生命体の身に触れると血は表皮を溶かして侵入し、脅威的な速度で全身の細胞を破壊し尽くしてしまう。

 放射線、悪性腫瘍、ウイルス、水銀、カドミウム、ダイオキシン、その他多くの生命体に牙を向くありとあらゆる物質よりも速く〝命〟を浸食し、脅かす悪魔の血。

 俺もその力に対し、ある兵器が頭に浮かんだ。

 科学者芹沢大助博士が、その人道的な人柄と裏腹に酸素の研究過程で生み出してしまい、東京湾で初代様を葬り、自分とも浅からぬ因縁を持った酸素破壊剤―――オキシジェンデストロイヤー………そいつと彼女が持つ血は、余りによく似ていた。

 一瞬で生物に〝死〟を齎す一点が………その突出し過ぎた異能は、人間社会では同じ異端に見なされる者たちを恐れさせ、〝良心〟を麻痺させたくそったれな奴らは、中世ヨーロッパの魔女狩りも同然な迫害に身を投じた。

 憎悪で人間社会のテリトリーを侵し続けた自分なら、攻撃される道理は理解できる、己の居場所を守ろうとする意志はどの生物にもあるからだ。

 だが……未来たち一族は違う。ただその力を〝持っていた〟なんてくだらない理由で、彼らは存在を否定され、同朋たちから無残に殺される不条理を突きつけられたんだ。

 現在、体の中にその破壊の血が流れる能力者は、栗山未来ただ一人だけ……その彼女もまた、普通の日常(らくえん)から追い出された人間。

 秋人は……たとえそれを知っても尚、彼女を支えようとするだろう。

 襲撃が終わった直後、返り血だらけの未来は秋人にこう言った。

 

〝私が……普通の人間に見えますか?〟

 

 対して秋人は、その異能を間近で目にしても、否と答える奴らが多数いる現実を嫌って程に自身の境遇で思い知らされていても、それでも――

 

〝もちろん〟

 

 と、迷わずはっきり答え、栗山未来は〝人間〟だと彼は肯定した。

 あいつがそれでも自らの善意を貫くなら、その想い……無駄にはしないさ。

 かつて不信と憎悪と破壊に塗れた俺にとって、神原秋人は……心から信じられる〝ヒト〟の一人なのだから。

 

 

 

 

 

 激動の月曜日から、あっという間に金曜になった。

 ここ何日はそれこそ〝凪〟と表するに相応しい、春の暖気をまざまざと感じ取れる穏やかな日々だった。

 もうすぐ押し寄せる現象と、着々とこの長月(まち)に近づいている超大型妖夢の存在を踏まえると………〝嵐の前の静けさ〟以外の何者でもないのだが、そのいずれ来る〝嵐〟の前に日常をたんまり味わっておくことはできる。

 なのでここ数日は異界士の仕事で夜遅くまで廻りつつ、さぼらず部活動にも勤しんでいた。その分朝の眠気がより難敵と化すのだがそこは仕方ない、実際の時間の密度は減りもしないし、増えもしないのだ。

 この日も放課後は半妖夢と新入部員込みな異界士三人、そして異界士兼ゴジラな自分の五人で選考作業中。

 まだ色変えしつつも陽が出て、外ではまだ運動部が大会に向け練習中の頃。

 

「窓際の盆栽の数が増えている気がするのは気のせいかしら」

 

 ちょっと小休止に入った美月はそんなことを口走った。

 

「はぁ? 盆栽(そんなもん)部室にあるわけ………あれ?」

 

 窓際を見た秋人は自らの目を疑う。陽光射す窓側の棚の上には、いつのまにやら素人でも丁寧に手入れされていると分かる盆栽がズラリと並んでいた。

 ちなみに盆栽自体は未来が正式に入部した翌日の火曜から既に置かれており、俺はその犯人への目星は付いている。

 

「栗山さん?」

 

 秋人も状況を推理して、消去法で一番疑いの濃厚な新入部員に声を掛けると。

 

「ぎくり」

 

 彼女は馬鹿正直に擬音を発した。動揺で体が震えている。まさか〝ぎくり〟なんて単語、実際に口から出されるとこを見るなんて、貴重な体験をさせられたものだな。

 こんな小動物風な年齢相応より幼いなりをして、栗山未来は盆栽が趣味と言う渋い面を持っている。この間本屋で見かけた時、どれを買おうか迷っていた本はどちらも盆栽関連もものだった。土曜の昼食中、手打ちの品として彼女に渡したのはその時選ばれなかった方の雑誌だ。

『どどどどどうしよう!』と、上手い言い訳が出てこず慌てふためく彼女の姿がツボを刺激して、笑いがこみ上げてきた。

 

「この盆栽について、何か知らない?」

「ぼぼぼぼ盆栽ですか?」

「メガネ拭いてる時点で犯人は栗山さんだろ!」

「ふ、不愉快です」

 

 どうやらこのメガネっ子、図星を突かれるとメガネ拭きでレンズを高速で拭く癖があるらしい。

 慌てている隙を突き、俺は赤縁メガネをひったくってぶら下げる。

 

「あ~~返して下さい~~黒宮先輩!」

 

 未来は取り返そうとするも、低身長なせいでぴょんぴょん跳んでも全然届かない。

 

「図星指されるとメガネ拭く癖、直しといた方がいいぞ、ミライ君」

「なななななななんのことですか?」

「誤魔化すの下手過ぎでしょ!」

 

 俺の悪戯っ気のある笑みからの忠告を受けた未来は、目線を斜め上方向に向けて、持ってもいないのにメガネを拭く仕草をし、秋人から今日も神がかったタイミングとテンポの良いツッコミを受けた。

 

「ミライ君、話は変わるが」

「はい?」

「ひょっとして長月(ここ)に来た日、引っ越し先のマンションに潜んでた妖夢とどんぱちになっただろ?」

「ギクっ!」

 

 今のは相手の反応を見る為に咄嗟に浮かんだ虚言でしかなかったのだが、それを聞いた未来はまた擬音を発し、全身をビクっとけいれんさせた彼女の目はメガネ屋の看板並にぐるぐる回って泳いでいた。

 どうやら本当に、引っ越し早々妖夢と戦闘になるトラブルがあったらしい。

 

「そそそそんなことってあると思いますか? ぐぐぐ偶然引っ越してきた部屋に、ぐぐぐ偶然妖夢が住みついてるなんて」

 

 あ~~こいつは病みつきになるな、この子のテンパった時のリアクションは、疲労回復には丁度いい効能を持っている。マナのとはまた違った癒し能力だ。

 美月と博臣も俺と同様らしく、口を手で覆って笑い声を抑えていた。

 秋人は相手が小動物系眼鏡ッ子な為か、保護欲でも掻き立てられたようで偉く微笑ましいそうな顔になっている。というか完全にあれはかわいい孫を見るじいさんの目つきそのものだった。メガネについて熱く語り始めやがった時よりはマシと言えるけど。

 こんな新喜劇っぽいやりとりを一休み中に挟みつつ、選考作業は続く。

 来月末には発行しないといけないので、美月と俺と秋人は強行軍染みたノルマを貸して速読し、新入りな未来にもたくさん読ませざるを得なかった。当然〝妹がメインキャラのやつ読ませろ〟とほざく博臣の主張がガン無視である。

 人数が増えたこともあり、今日も強行軍な苦行でかなりの数の作品を読み終え、ノルマもどうにか達成できた。

 外を見ればもうとっくに夜、室内の時計を見れば短針は9を指していた。

 

「根を詰め過ぎてもいけないから、今日はこれでお開きにしましょう」

 

 部長の一声で本日の作業は終了となる。

 集中力が切れると途端に疲れが押し寄せてきた。

 さっさと帰って〝84年版〟の続きを見て寝たいとこだけど、部室へ行く途中に受けた美月からのメールで、もう少し学校にいなきゃならない。

 

「それにしても、最近は妙に部活動をやっている気がするのよね……どうしてかしら?」

「そりゃいつもは僕と澤海の三人でいるからじゃないのか?」

「なるほど、それでいつもは〝怪獣〟と〝家畜〟の世話に明け暮れる感じがしていたのね」

「待て……その発言において〝家畜〟に該当するのは僕だよな、お前は僕のことを何だと思ってるんだよ?」

「お前ですって? そんな屈辱的な呼ばれ方……初めてだわ」

 

 と、わざとらしく大げさにのけ反る部長。

 

「そうはいってもなアキ、お前の立場からすればあながち間違ってねえぞ」

「だからっていらんフォローせんでくれよ! みじめになるわ………とほほ」

 

 同じく疲れで体が重くなっているであろうに、美月の毒舌も秋人のツッコミも、全く衰えを見せていない。

 

「美月、一緒に帰るか?」

「結構です、お兄さまは大人しくお一人でお帰り下さい」

 

 帰り支度をしながら博臣は兄妹仲良く帰宅を所望するものの、あっさり却下された。罵詈雑言を受け慣れているだけに、妹からの丁重な応対は暴言より心に響いたらしく、兄は一人寂しく先に部室から出ていく。

 マフラー姿なこともあり、その背中は11月の寒風にでも晒された趣きと哀愁が見られた。

 

「僕たちも先に帰るよ、戸締りよろしくな」

「ああ」

「お先失礼します」

 

 続いて、電車通学かつ最寄駅なのも同じで、一緒に通学下校するようになった秋人と未来の二人が帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 部室の鍵を職員室に返した俺は、その足で屋上に向かう。

 地方都市で、山々が比較的近いせいか、人工の灯りに負けず星の光がくっくりと見える。

 星の概念など知るよしもなかったゴジラザウルスの頃も、ゴジラであった頃も、そして今でも星を見るのは好きだ。人様の夜景は良くも悪くも興奮するのに、反対に夜天の闇の中輝く光点たちに対しては、不思議と心が落ち着くのだ。

 少し星空を堪能した俺は、先に来てタンクの上に脚を組んで待っている美月を見つけた。

 部活前に美月から送られたメールの内容は、『部活の後屋上、都合がよかろうが悪かろうが絶対来ること』って一言だった。

 俺はタンクに飛び乗ると、彼女の右隣の位置に座り込んだ。

 

「わざわざこんなとこで待ち合わせとか、どういう風の吹き回しだ?」

「その言い方だど、私が普段部室に引きこもってるみたいじゃない」

「何が引きこもりだか」

 

 部長の返答に俺は皮肉げな笑みを浮かべた。

 

「部長(どくさいしゃ)として傲然と君臨してるくせに」

「口を慎みなさいこの放射能怪獣、せめてそこは女王様として敬ってほしいわ」

「あいにく人間の枠外にいる怪獣に、目上の輩とやらに仕える気なんかさらさらねえよ」

「確か二代目はヤクザの親分よろしく他の怪獣を引き連れていなかったかしら? その点はどう説明してくれるの?」

「怪獣の王だとか言われてんだから、王としての責務を全うするのは当然さ、纏め役がいなけりゃ人間様に暴れん坊な怪獣(やつら)の管理なんかできるわけねえ、お前んとこの家も実質ヤクザみたいなもんだろ?」

「口のよく回る怪獣王なんてどうかしてるけど、まあ、否定はしないわ」

 

 俺と美月の間で交わされる挨拶代わりないつのも清々しい毒舌の打ち合い。

 これを特撮で表現したなら、絶対に川北演出風光線合戦になること請け合いだ。お互いこういう会話の方が性に合っている悪友の間柄なもので、不愉快さとか不快さだとかいったものは一欠片もない。

 

「さて、本題に入ってもよろしいかしら?」

「いつでも」

 

 その証拠にあっさり美月は本題へと入らせた。

 よく秋人から『お前らはこの前振りがないと話せないのか?』と突っ込まれるのだが、双方好きでやっているのだから文句のつけ様はなく、不満など出ようがないのだ。

 

「明後日の日曜の予定は?」

「特に用事も仕事もねえけど」

「なら午前の十時、名瀬の屋敷に来てくれるかしら?」

「用件は?」

「知らないわよ………私はただの伝令役で何も知らされてないもの」

 

 頬の中の空気を膨張させて、美月は不貞腐れた。また見る目のない幹部どもから情報統制されているらしい。

 詳細は聞けずじまいだったが、日曜の午前十時に名瀬邸で行われる〝予定〟とやらは、ここ数日の出来事から大体見当がついている。

 でもそれならわざわざ口頭で伝えなくてもメールで事足りるよな? 秋人や未来には普通にメールで伝えた筈、これは他に真意があると見た。

 

「用はそれだけか? ならもう帰らせてもらうぞ」

 

 それを引き出そうと、俺は敢えて〝帰る振り〟をして立ち上がろうとし。

 

「待ちなさい」

 

 美月の両腕で右腕ががっちり縛り上げられた。

 相手からの圧迫力は大したことない一方で、当分は離さない気が感じられる。

 

「もう暫くは、傍にいなさい」

「何で?」

「それぐらい自分で察して………バカジラ」

 

 両腕だけでなく、体も俺の腕に密着させられている。

 当然頬も、制服の奥の柔らかい二つ山も押し付けられている状態。

 そこらの男なら非常に美味しい状況だろう。俺だって一応雄なので、何も感じてないわけじゃない。本能はまあ正直者で、心臓は平時よりも忙しく鼓動を鳴らしていた。

 

「一応………お礼ぐらいはしとこうと思って」

「どっちの方だ?」

「どっちも………雑炊、憎たらしいまでに美味しかったわ、そのご褒美よ」

 

〝どっち〟もとは、人狼襲撃時に助けた件と、鍋の具で作った雑炊の件の二つ。

 

「だがご褒美とらはここで寸止め、だろ?」

「ええ、だからこれで我慢しなさい、それ以上踏み込んだら〝凍結界〟に放り投げるから覚悟するのね」

「肝に銘じておくさ」

 

 しかし、日々ゴジラの闘争本能を御しながら戦っている経験で鍛えられた自制心で、自分を見失わずに済んでいる。

 お互い了承の上でこの段階に留めているのだから、何ら問題はない。

 かといって黙ったままも何なので、ちょっと話題振るか。

 

「もしかして、まだ怖がってんのか?」

 

 俺としてはいつもみたく強がりつつ、高圧的で平然とした態度でスラスラと毒の入った返しを期待していたのだが……

 

「うん……」

 

 予想に反して、少し顔が赤い美月は黙って腕の力を強め、しゅんとした様子でこっくりと頷いただけだった。

 色々返球を考えていた筈なのに、彼女の応じ様に全部吹き飛んでしまった。

 全くよ、こうも素直かつか弱い女子っぽく応じられると調子狂っちまうじゃないか、けどたまには……素直な彼女に付き合わないといけないよな。

 美月にも、血の呪縛ってやつを背負っている。

 異界士の名家で生まれた彼女………しかし不幸にも、異界士としての才は血を分けた兄と姉の方が恵まれていた。

 そのせいで、美月は大本な名瀬家の娘である自覚と自負心と、実力者な肉親への劣等感、自分も異界士としての役を全うしたいのに実戦に出してもらえない実状へのジレンマを抱え込んでいた。

 こんな立場ゆえ、美月は誰にも〝弱さ〟を打ち明けられず、必要以上に強がってしまう身の上となっている。

 肉親たる兄も然りだし、腹を割って話せる秋人とさえ〝監視する者〟と〝される者〟な関係性によって、サディストの仮面を外せない。

 学校といった外は勿論、家の中さえ〝自分の部屋〟以外に安らげる場所はなく、むしろ部屋から出た瞬間から、そこは予断を許さぬ外界となってしまう。

 本当に気を許せる奴は、今のこいつにはまだいないのだ。

 前世の俺が〝同族〟のいない〝孤独〟を味わったのなら、美月は同朋に囲まれた〝孤独〟の中にいる。

 こうして張りつめた気を安らげて、その〝弱さ〟を曲りなりに見せてくれるのは、人の日常に溶け込みつつも、人間と妖夢との領域と、常識の境界線を越えた先にいるこの〝ゴジラ〟であるのだ。

 これこそ―――特大に性質の悪い〝皮肉〟だ。できることなら、そんな彼女の重荷などぶっ壊してやりたいと、時として思ってしまう………代償が高くつくから、結局俺には受け皿になること以外、美月に何もしてやれない。

 とりあえず、こいつの気が済むまで静寂を維持した方が良さそうだ。

 実際、あの時の美月は本当に怖がり、怯えていた。まだそれを引き摺っているのなら、ジョークのネタにするにはよそう。

 

「ん?」

 

 急に肩に掛かる力が少し増した気がした。

 息づかいからしてもしやと美月の顔を見ると、俺の上腕を枕代わりにやはりすやすやと眠りに着いている。今になって選考作業の疲労が眠気となって押し寄せてきたようだ。

 なんだか未来やマナとは違う意味で微笑ましくなる。普段の毒々しさがさっぱりと抜けた穏やかな寝顔は、これもこれで可愛らくして、美しかった。

 シスコン的嗜好はさっぱりだけど、博臣があそこまで入れこんじまうのは無理ない。

 こいつが突出した美貌を持つ魅力的な女性だと認めるのは、俺もやぶさかじゃなかった。

 しかし、夜風吹く屋上なんかで寝ていたら風邪を引いてしまう………屋敷までおぶって行くかと、右腕に巻かれた両腕を慎重に解こうしたが――

 

 

「ミツキ?」

 

 安らかに眠りを維持していた美月の顔色が、一転して悪くなっていた。

 息が荒くなり、呼吸の間隔も秒刻みで短くなっていく、熱にでもうなされているみたく額から汗がいくつも流れ出て、縋るようにこちらの腕を掴む力が強くなる。

 乱れた呼吸のリズムが一時静まった瞬間――

 

「■■■……」

 

 ――ただ一言、そう口から零した。

 心当たりがあった………美月が発した言葉に。

 けれど彼女が口にしたのと、自分の知っているその単語が、同一のものであると知るのは、もう少し先の未来のことである。

 

つづく。


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